福岡高等裁判所 平成24年(ネ)478号 判決 2012年7月31日
控訴人
Y1(以下「控訴人Y1」という。)<他1名>
控訴人ら訴訟代理人弁護士
椛島修
同
角倉潔
被控訴人
X
同法定代理人親権者父
A
同法定代理人親権者母
B
同訴訟代理人弁護士
富永孝太朗
同
宮崎智美
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二事案の概要
一(1) 本件は、控訴人Y1の運転車両につき、任意自動車保険契約が締結されていたところ、控訴人Y1が上記車両を運転中、控訴人Y1の過失により、道路横断中の被控訴人と上記車両とが衝突する交通事故があり、これにより被控訴人が受傷し、治療費等の損害を被ったとして、被控訴人が、① 控訴人Y1に対し、不法行為に基づく損害賠償として、元金二億二七四九万九六五三円、未払の確定損害金二八四三万五九二三円及び上記元金に対する平成二〇年九月五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、② 控訴人会社に対し、上記保険契約に基づく被害者からの直接の支払請求として、控訴人Y1に対する判決が確定したときは、上記①の請求額と同額を支払うよう求めた事案である。
(2) 原審は、被控訴人の請求のうち元金一億〇六五五万四六八二円及びこれに対する遅延損害金の範囲でこれを認めた。
(3) 控訴人らは、これを不服として控訴した。
二 事案の概要
本件事案の概要は、原判決の「事実及び理由」中「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
なお、被控訴人は、当審において、控訴人Y1の過失として、車両等は、交差点を通行するときには、当該交差点の状況に応じ、当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で通行する義務(道路交通法三六条四項)に違反したこと、交差点又はその直近で横断歩道の設けられていない場所で歩行者が道路を横断しているときには、その歩行者の通行を妨げてはならない義務(同法三八条の二)に違反したことを追加した。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないものと判断する。
その理由は、次のとおり原判決の付加訂正等を行い、次項において控訴理由に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 一三頁二一行目「証人A」を「被控訴人法定代理人親権者父A」に改める(なお、Aは被控訴人の法定代理人であるから、当事者本人尋問の手続により尋問しなければならない(民事訴訟法二一一条本文)。本件では、Aに対する尋問は証人尋問の手続により行われたので訴訟手続に法令違反があるが、当事者が遅滞なく異議を述べなかったことから、責問権は喪失しており、Aに対する尋問の結果は、当然に証拠資料となる。)。
(2) 一四頁六行目「証人A」を「A」に改め、以下いずれも同様に改める。
(3) 二〇頁二五行目「つまづく」を「つまずく」に改める。
二 控訴人らの主張に対する判断
(1) 控訴人Y1の過失について
ア 控訴人らは、① 雨天時に時速四〇kmで走行する車両が遅滞なく停止措置をとった場合の制動距離が一七・一六mから二一・四九mであるところ(乙七)、被控訴人が飛び出したのを控訴人Y1が発見した時点で衝突地点の約一五m手前を走行していたのであるから(乙六の一、二)、控訴人Y1に衝突の回避可能性がなく、② 衝突地点の三四・二m手前で被控訴人を発見したとしても、フットブレーキをかけて急激に減速することは交通の円滑を阻害してかえって別の危険を生じさせるので、減速する義務もなく、いずれにせよ同人に過失はないと主張する。
イ ①については、控訴人Y1には、道路交通法三六条四項、三八条の二及び七一条二号により、本件現場である交差点を通行するに当たり、道路、交通等の状況に応じ、当該交差点又はその直近で道路を横断し又は横断しようとする歩行者に危害を及ぼさないような速度と方法で運転すべき自動車運転上の注意義務があり、児童の飛び出し等に十分留意し、そのような事態が生じても、即応して直ちに停止が可能な速度で進行するなどすべき義務があった。それにもかかわらず、控訴人Y1はこれを怠り、漫然と時速四〇km程度の速度で控訴人車を進行させた過失により、被控訴人の飛び出しに対応することができず、急制動を講じたが及ばずに本件事故を惹起したものである。本件においては、控訴人Y1は、衝突地点の三四・二m手前で、被控訴人を含む子どもの一群が本件現場である交差点付近にたたずんでいるのを発見しつつ、上記速度で進行したのであるから、上記義務違反があることは明らかである。
よって、被控訴人が飛び出した時点を基準として、制動距離から考えて急制動をかけたとしても結果回避可能性がないとする控訴人らの主張は、採用できない。
ウ ②については、時速四〇kmで走行し、空走時間を〇・八秒にした場合、乗客に不快感を与えない程度にブレーキ操作をした場合の停止距離は二七・〇mとされている(乙一一)。
控訴人Y1は、衝突地点の三四・二m手前で被控訴人を発見したのであるから、時速四〇km程度の速度で走行していたのであれば、乗客に不快感を与えない程度にブレーキ操作をしたとしても、衝突地点の約七m手前で停止することが可能だった。本件交通事故の時点で天候が小雨であり、路面が濡れていて制動距離が若干伸びる可能性があることを考慮しても、同程度のブレーキ操作により衝突地点よりも手前で停止できることに変わりはない。
よって、控訴人Y1は、被控訴人を含む子どもの一群を発見してから余裕をもって停止することが可能だったといえるので、控訴人らの主張は採用できない。
(2) 過失相殺について
控訴人らは、仮に控訴人Y1に過失を認めるとしても、飛び出したのは被控訴人であるから、五〇%程度の過失相殺をすべきであると主張する。
しかし、上記のとおり控訴人Y1は衝突地点の三四・二m手前で被控訴人を発見したにもかかわらず、漫然と時速四〇km程度の速度で本件交差点に進入したこと、被控訴人は本件事故当時七歳六か月弱であったことから、原判決の認定どおり、本件事故の過失割合は、控訴人Y1・九〇%、被控訴人・一〇%とするのが相当である。
(3) 近親者付添費について
ア 入院付添費
控訴人らは、看護体制が整っていたのであるから付添費用は必要がなく、必要があるとしても日額八〇〇〇円は高額に過ぎると主張する。
しかし、本件事故当時被控訴人は小学一年生であったこと、意識不明の重体であったことからすれば、看護体制が整っていたとしても、社会常識上付添の必要が認められる。また、被控訴人の年齢を考慮すれば、付添費日額八〇〇〇円は高額とはいえない。
イ 自宅付添費
控訴人は、退院後症状固定までの間、付添の必要が特に高かったと認めるだけの事情がないから、自宅付添費として日額四〇〇〇円は高額に過ぎると主張する。
しかし、被控訴人は、当初介助されないと着替えができず、段差等もあがるのが困難で、つまずいたり、階段で転倒する危険もあった。症状固定時においても、次に何をすべきか自分で判断して行動することができないため、周囲からの確認や声かけが必要だった。よって、退院後症状固定まで自宅付添の必要性が認められるし、その場合の金額として日額四〇〇〇円が相当である。
(4) 慰謝料について
ア 入通院慰謝料について
控訴人は、入院二か月、通院一か月(実通院日数八日×三)の場合と見て、いわゆる赤い本の入通院慰謝料別表Ⅰにより、一三九万円が相当であると主張する(乙一九)。
しかし、被控訴人が入院した日数は一二七日であるから、入院日数は四か月を前提に入通院慰謝料を考慮すべきである。通院については、被控訴人は、平成二〇年七月二八日までの約二年二か月の間に七日もしくは八日しか通院していないため、通院日数を一か月として入通院慰謝料を算定すべきである。
以上のとおり、被控訴人の入院日数を四か月、通院日数を一か月とした上、被控訴人の負った傷害がびまん性軸索損傷、急性硬膜下血腫、外傷性くも膜下出血、頭蓋骨骨折、骨盤骨折、肝損傷等であり、生死が危ぶまれるような重体であったことを考慮すれば、入通院慰謝料として二七〇万円を認めた原審の判断は正当である。
イ 後遺症慰謝料について
控訴人らは、控訴人らが過失を争ったことを慰謝料増額事由として斟酌することはきわめて不当であり、後遺症慰謝料を二一〇〇万円まで増額する必要はないと主張する。
しかし、控訴人会社は、その担当者において、平成二一年四月ころ、Aに対し、本訴提起前の示談交渉に当たり、控訴人Y1に過失があることを前提に、その過失割合を三五%とする過失相殺の処理をした上での示談の提案をしたこと(甲三)、これ以上の増額の提案はできないので、訴訟を提起することを促したことが認められる。
本件においては、本件交通事故が発生したのが平成一八年一月二〇日であるから、上記示談の提案をするまでに、事故の状況を検討した上で過失割合を算定するのに十分な時間が経過している。示談の提案をする前提として控訴人会社担当者が把握していた事実と、訴訟において明らかになった事実とが大きく食い違うという事情もない。よって、控訴人会社が行った上記示談の提案が、事案を十分検討しないでなされたものということはできない。
さらに、訴訟係属後も、控訴人らは、答弁書において控訴人Y1の不法行為責任を認める旨の認否をしたにもかかわらず、後にその主張を撤回し、控訴人Y1の過失及び不法行為責任を争うに至っている。この主張の撤回自体は権利自白の撤回として許されるとしても、上記のとおり、事故から三年たった後にも控訴人Y1に過失があることを前提として示談交渉がなされていたことを考えれば、不誠実な態度であるとのそしりを免れない。
被控訴人の親権者らは、以上のような控訴人らの態度の変更に憤り、被控訴人の将来を思うと不安になったというのであって、このような心情に至ったのも無理からぬところである。
よって、上記事情を斟酌し、後遺症慰謝料を二一〇〇万円とした原審の認定は相当である。
(5) 将来介護の必要性について
ア 控訴人らは、C医師の意見書(甲一七)の信用性に疑問があるとし、症状固定ころのD医師の診察において身の回り動作能力が一〇項目すべて自立と診断されていること(乙四の二)、E医師の回答(乙一四)によっても将来の状況を具体的かつ的確に推定することは困難であること、被控訴人が退院以来学校生活をおおむね問題なく送り、成績も中程度であること、部活動に参加し自転車通学をしていることなどを理由として、将来介護の必要性がないと主張する。
イ 原判決も詳細に認定しているところであるが、高次脳機能は幼少であるほど評価がしにくく、年齢が上がるにつれて、学習や生活面で要求される課題が高くなっていくと明らかになってきて、生活場面での困難度が増していくことが多い。症状固定のころは被控訴人は未だ九歳だったのであるから高次脳機能の評価がしにくく、D医師の診察をもって、被控訴人に将来介護の必要性がないということはできない。
E医師の意見書(乙一四)も、被控訴人は介護保険法に定義される介護や支援が必要な状態ではないと述べるにとどまり、その余の記載は、むしろ将来介護の必要性をうかがわせる内容となっている。
被控訴人が退院以来学校生活をおおむね問題なく送ることができたのも、小学校においては教諭や被控訴人の友人らの支援によるところが大きい。被控訴人は、中学校に入ってからは学習上の困難が生じていることがうかがわれ(甲三三)、むしろ、将来介護の必要性を基礎づけるものといえる。
被控訴人はブラスバンド部に所属しているものの、指先を動かすためのリハビリ的な意味でクラリネットを担当しているのにとどまり、クラリネットを演奏できるわけではない(A・一四七項)。自転車通学をしているものの、自転車に乗っていて転倒することもある(A・一四八項)。
C医師は、今後、被控訴人が日常生活を送るに当たって事故等を防止するためには、長期にわたる周囲の見守り、声かけなどの支援が必須となるとの診断を下しているが(甲一七)、同医師は小児神経学が専門で多数の臨床経験があること、尋問に対する回答内容が具体的かつ合理的であることから、上記診断の信用性は高い。
よって、被控訴人に対しては、常時の介護が必要ではないとしても、症状固定後も親族等による随時の看視及び援助が必要な状況にあるものといえ、将来介護の必要性が認められる。
ウ 以上のとおり将来介護の必要性が認められるところ、原判決は、介護費用について、症状固定後、被控訴人の母が六七歳となるころまでの二四年間については、主として近親者による看護を前提として日額三〇〇〇円を要するものとし、その後、平均余命を考慮し、さらに四二年間については、主として職業付添人による看護を前提としながら、常時看護が必要とまでは断じがたいことをふまえ、日額七〇〇〇円を限度に認めた。
控訴人らは、上記介護費が高額に過ぎると主張するが、被控訴人の後遺障害の内容から考えて、上記介護費が高額であるとはいえない。
(6) 弁護士費用について
原審は、本件の弁護士費用として九六八万円が相当としているが、本件の事情を総合すると、上記弁護士費用が特に高額であるとはいえない。
(7) 既払金に関する充当合意について
本件においては、既払金のうち治療費については元本に充当する旨の黙示の合意を認定するに足りる証拠はない。
三 以上のとおりであるから、原審の認定は相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古賀寛 裁判官 常盤紀之 清野英之)