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福岡高等裁判所 平成24年(ネ)62号 判決 2012年6月08日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1 被控訴人は,平成 21年4月 22日当時,a社に対し,源泉所得税,消費税,地方消費税及び延滞税の合計 1614 万 0646 円の租税債権(以下「本件租税債権」という。)を有していたところ,a社は,前同日に効力発生となる,控訴人を設立会社とし,a社を分割会社とする会社分割(新設分割)を行い,控訴人に対し,a社の主たる事業(貸衣裳業等)の資産を承継させた(以下「本件会社分割」という。)。

本件は,被控訴人が,a社は債務超過であり,本件会社分割後はめぼしい資産がなく,a社から租税債権を回収することができなくなったと主張して,控訴人に対し,本件租税債権を被保全債権とする詐害行為取消権に基づき,本件会社分割を被保全債権の 1614 万 0646 円の限度で取り消し,同額の価格賠償及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求めた事案である。

原判決は,被控訴人の請求を全部認容したため,控訴人がこれを不服として控訴した。

2 前提となる事実,争点及び当事者の主張は,当審における当事者の主張を3に付加するほかは,原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」

1  2記載のとおりであるから,これを引用する。

ただし,原判決の3頁5行目1413ページ 17 行目の「4月 22日時点において」の後に,「同社の貸借対照表によれば,」を挿入する。

3  当審における当事者の主張

(1)  控訴人の主張

ア 新設分割は,詐害行為取消権の対象とならないこと

(ア) 新設分割は,組織的財産としての事業を移転する組織法上の行為であることから,法律上当然に権利義務の包括的な承継が生じるものとされているのであり,新設分割の一部である財産の承継について,新設分割から独立した財産移転行為と観念することはできず,資産の承継のみを取り出して詐害行為取消権の対象とすることは許されない。

(イ) 原判決は,詐害行為取消は,新設分割の組織法上の効果を取り消すものではなく,あくまで財産行為の側面のみを問題とし,被保全債権の限度で取り消すものであるから,新設分割を詐害行為取消の対象としても,法的安定性を害するとはいえない旨判示した。

しかしながら,そのような詐害行為取消を認めることにより,現実に設立会社が破綻を余儀なくされる場合には,最終的な結果として,取消債権者は詐害行為取消後の設立会社の責任財産から債権を回収する一方,設立会社は消滅するのであるから,実質的に会社分割無効の訴えと同じ効果を持つことになる。控訴人においても,被控訴人の請求が認められると,破綻を余儀なくされ,実質的に本件会社分割が無効とされた場合と同じ結果が生じる。

このように,会社分割無効の訴えの提訴権が認められていない被控訴人による新設分割の詐害行為取消を認めると,会社分割無効の訴えの提訴権者,出訴期間を限定した会社法の趣旨を没却することになる。

(ウ) 以上のとおりであるから,本件会社分割が詐害行為取消の対象となると解することはできない。

イ 本件訴えは提訴期間を徒過していること

上記のとおり,新設分割につき詐害行為取消権行使を認めることは,実質的には,会社分割無効の訴えと同じ効果を持つことになる。会社分割による権利義務の承継関係の早期確定と安定という趣旨から,会社法は,会社分割無効の訴えの出訴期間を会社分割の効力発生日から6か月に限定したのであり(会社法828条1項9号,10号),本件にもこの出訴期間が妥当するものと解すべきである。

本件会社分割は,平成 21年4月 22日に効力が生じており,本件訴訟提起は平成 23 年4月7日であるから,出訴期間を徒過したものとして許されない。

ウ 本件会社分割には詐害性がないこと,a社ないし控訴人に詐害意思がないこと

(ア) 原判決は,本件会社分割により,分割会社であるa社の資産が,設立会社である控訴人の株式という容易に処分可能な財産に転換していることをもって詐害性があると判断したが,そもそも,これが容易に処分可能であるとの判断は根拠を欠いている。

確かに,a社は,平成 21年6月 11日,控訴人の株式をb社に譲渡したが,これは,本件会社分割の効力発生日から1か月以上も経過した後に,本件会社分割とは全く関係なく行われたものであって,詐害性の判断において考慮すべき事情ではない。

(イ) さらに,a社及び控訴人の代表者であるA(以下「控訴人代表者」という。)には,詐害意思はなかった。

すなわち,①a社は,出店していた鹿児島のホテルが倒産したため,資金繰りが圧迫され,②a社内部において,社長派と反社長派の対立が生じ,業績も悪化し,平成 20 年2月ころから経営が行き詰まったが,民事再生やM&Aといった再建策をとることは不可能であり,③c銀行から競売を申し立てられ,a社の信用が低下し,他の債権者から差押えを受けるおそれがあり切迫した状況となり,④福岡商工会議所の再生協議会の助言もあり,創業以来50 年以上続いた事業を継続し,40名以上の従業員の雇用を守るため,藁をもすがる思いで,本件会社分割を行ったものである。また,本件会社分割には,大阪のコンサルタント会社にも相談した。

以上からすれば,本件会社分割は,事業と雇用の継続という有用の目的のために行われたものであって,悪質性がなく,また,a社は控訴人の株式を100%取得し,散逸しにくい資産に変わったのであり,詐害性は認められず,主観的にも詐害の意思はなかった。

エ 被控訴人の詐害行為取消権行使は,他の債権者との公平を欠くことそもそも詐害行為取消権は,特定の債権者への優先弁済のための制度ではなく,その費用は共益費用となり(民法307条,306条1号),総債権者の共同担保の確保のための制度である。

本件で被控訴人の請求が認められる場合,本件会社分割の効力発生時点におけるa社の清算配当率が 35%であったにもかかわらず,詐害行為取消権を行使することにより 100%の回収が可能になるのであり,他の債権者との関係で明らかにバランスを失する。

オ 詐害行為取消の範囲に関する原判決の判断は誤りであること原判決は,本件会社分割の一部取消と価格弁償を認めたが,そもそも,会社分割は,分割計画書の記載に従い,分割会社の事業に関する権利義務が全体として一括して移転・承継されるのであり,組織法上の行為であることから,取消しの目的物が可分と解することは,明らかに理論的整合性を欠くことになる。

実質的にも,詐害行為取消によって資産の移転のみを取り消すことができると解することは,設立会社の債権者となった者の保護に欠けることになり,妥当ではない。

また,詐害行為取消の効果を,権利義務の移転・承継の全体に及ぼすと,権利義務の移転が全くなくなったにもかかわらず,法人格創設の効力が認められるので,これ自体極めて疑問であるといわざるを得ず,法人格の設立という組織法の面と権利義務の移転という財産法の面を分けて考えることは不可能である。

そこで,会社分割の詐害行為取消により会社の設立を不存在とすると,新設分割無効の訴えによらずに,同じ効果が生じることになる。

このようなことから,原判決の詐害行為取消の範囲に関する判断は,理論的に誤っている。

(2)  被控訴人の主張

控訴人の主張は,いずれも原審における主張の繰り返しにすぎず,控訴人の原判決に対する批判及び主張は失当である。

なお,控訴人は,本件会社分割は,事業継続及び雇用維持のために行われたものであり,悪質性はないなどと主張するが,そもそも控訴人が主張するような事情について立証は全くされていない。仮に,そのような目的が含まれていたとしても,そのことにより詐害性や詐害意思が否定されることにはならない。

新設分割が会社法に基づく組織法上の法律行為であるからといって,直ちに私法の一般法である民法上の規定の適用が制限又は排除されるものではなく,新設分割は,その事業に関して有する権利義務の全部又は一部を新設分割設立会社に承継させる法律行為であり(会社法2条30号),その事業に関して有する権利義務とは正に財産権なのであるから,新設分割は財産権を目的とする法律行為にほかならない。

そして,そもそも,会社分割無効の訴えと詐害行為取消を求める訴えとは,それぞれ要件・効果を異にする別個の制度であり,新設分割について詐害行為取消権の行使を認めたとしても,その取消しの効力は残存債権者の被保全債権を保全するために必要な範囲で相対的な効力を有するにすぎず,対価として交付された株式を無効としたり,あるいは,設立会社の設立を無効とするような効果はない。残存債権者に新設分割についての詐害行為取消権の行使を認めたとしても,新設分割の無効は新設分割無効の訴えによってのみ争うことができ,対世効を有するとする会社法の規定と矛盾するものではないことなどからすれば,新設分割を詐害行為取消の対象としても,その法的安定性を害することにはならず,詐害行為取消権の行使を否定すべき理由はない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,原審と同じく,本件会社分割につき,被控訴人の債権額の限度で詐害行為取消を認め,控訴人の被控訴人に対する原状回復については価格賠償の方法によるべきものと考える。

その理由は,以下のとおり,控訴人の当審における主張に関する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  当審における控訴人の主張に対する判断

(1)  新設分割は詐害行為取消権の対象となること

ア 控訴人は,新設分割が組織法上の行為であることを理由に,詐害行為取消権の対象とすることは許されないと主張するが,新設分割は,分割会社がその事業に関して有する権利義務の全部又は一部を設立会社に承継させるものであり,それが実質上財産権を目的とする法律行為である以上,詐害行為取消の対象となるものである。

イ また,控訴人は,詐害行為取消を認めた場合,設立会社が破綻し,消滅するので,会社分割無効の訴えと同じ効果があり,法的安定性を害するとも主張する。

しかしながら,詐害行為取消の効果は相対的なものであり,詐害行為取消が認められた場合であっても,設立会社は,当該取消しの範囲で財産を返還あるいは価格賠償すればよく,これにより設立会社の法人格に影響はなく,現実に破綻に至るか否かは当該会社の経営状態によるものである。この点,会社分割無効の訴えが認められたときとは,効果が全く異なるのであって,これを実質的に同じであるという控訴人の主張は失当である。

(2)  本件訴えは提訴期間を徒過していないこと

控訴人は,本件訴えが出訴期間を徒過していると主張するが,この主張は,新設分割につき詐害行為取消権行使を認めることは実質的に会社分割無効の訴えと同じ効果を持つことを前提としており,この前提自体が失当であるから,控訴人の主張は採用できない。

(3)  本件会社分割には詐害性があり,a社ないし控訴人に詐害意思があったこと

ア 原判決は,本件会社分割により,分割会社であるa社の資産が,設立会社である控訴人の株式という容易に処分可能な財産に転換していることをもって詐害性があると判断したところ,これに対し,控訴人は,設立会社の株式が容易に処分可能であるとの判断は根拠を欠くと主張する。

この点,一般論として,分割会社が,設立会社に承継させた資産に見合う対価を取得し,分割会社の総資産に変動がないと評価し得る場合には,当該新設分割に詐害性がないと判断することも可能であり,その対価が設立会社の株式である場合であっても,株の価値が承継資産に見合うだけの実質を持つのであれば,詐害性が認められないと判断することも十分考えられる。

しかしながら,以下の事情に照らせば,a社が,本件会社分割によって控訴人の株式を取得した行為は,株式を安価に処分することにより,ひいてはa社の財産について隠匿することを容易にし,少なくともそのおそれを生じさせる行為といえるのであり,本件会社分割は,詐害性を有するといわなければならない。

イ すなわち,a社は,昭和 30年に貸衣裳専門店として創業し,昭和 48 年に株式会社として法人化し,複数のホテルやデパートに出店してその事業を拡大させた企業であり,北九州市<以下省略>に地上6階地下1階の本社ビルとその敷地を所有する他,ホテル等に対する保証金等の資産も有し,本件会社分割までは営業を継続していたものである。平成 21年4月 22日時点におけるa社の総資産は,事業継続を前提とすれば合計約6億 8266万円,清算を前提に評価したとしても合計約2億 8018 万円であった(証拠<省略>)。こうした企業実態からすると,a社の債権者は,事業収益から債権回収ができればよく,倒産した場合であっても,適正に個々の資産を換価処分し,あるいは営業譲渡を行うことにより相応の債権回収を図ることを想定していたものと解される。しかるにa社は,本件会社分割により,事業に属する流動資産,有形固定資産,無形固定資産,差入保証金や敷金,投資資産,並びに営業に関する契約や許認可等のおよそ全ての資産を控訴人に承継させ,債務は控訴人に一切承継せず,負債を全て抱えたまま,事実上,事業を廃止した(証拠<省略>)。

控訴人に承継された資産価値は,平成 21 年4月 22 日における清算を前提とした貸借対照表(証拠<省略>)によっても,出店先のホテル・デパート等に対する債権である仮払金約 73 万円,未収入金約 3108 万円,差入保証金約1億 5767万円,敷金約 1835 万円を認めることができ,他の事業用資産も併せれば2億円を上回るものと認められ,これに反する証拠はない。

a社には,新設分割により控訴人の株式が交付されたので,計算上は,この株式が控訴人に承継された資産の価値を把握していることになるが,かような株式については,公然性がなく,a社と株式買受けを希望する者との間で合意することにより,安価な処分をすることは容易であり,資産を手放し収入も失ったa社が,経費等の捻出のために安価な処分をすることは十分に考えられるところである。したがって,a社の債権者からすると,本件会社分割前に比し,より不利益な資産換価がされたといえるのであり,かような株式の保有のみを残した本件会社分割について詐害性を認めることができる。

ウ 現実に,控訴人の株式は,本件会社分割後の平成 21年6月 11 日,a社からb社に対して 600万円で全株式が譲渡され,さらに,平成 22 年9月8日,b社から控訴人代表者に対する本件株式譲渡契約に基づき,控訴人代表者からb社に対して 600 万円が支払われ,全株式の所有権が控訴人代表者に移転した(証拠<省略>)。b社がa社の負債を一部引き受けたものとしても(証拠<省略>),先に述べたa社からの承継資産や事業規模等に照らせば,控訴人の株式が安価で譲渡されたことは明らかである。

このことは,本件会社分割の当初の計画に,b社に対する株式の譲渡が予定されていなかったとしても,a社の資産が,控訴人の株式に変わることにより,安価で処分され得る状態になったことを裏付けるものである。

エ 以上のとおり,本件会社分割には詐害性が認められるのであり,この事実を認識していた控訴人代表者には,詐害意思があったと認めることができる。

控訴人は,a社は平成 20年2月ころから経営が行き詰まり,民事再生やM&Aといった再建策をとることは不可能であり,さらに,c銀行の申立てによる本社ビルの競売開始決定がされたことから,他の債権者からの差押えを免れるために本件会社分割を行ったと主張しており,このような事情が存するのであれば,控訴人代表者が,本件会社分割により債権者を害することを十分に認識していたといわざる得ない。

オ 控訴人は,さらに,福岡商工会議所の再生協議会の助言を受けたとか,大阪のコンサルタント会社に相談をしたなどと主張するが,その助言の内容やコンサルタントとの相談結果に関する証拠はない。

また,控訴人は,a社において,事業の継続と雇用の維持のために会社分割を行ったと主張するが,事業を継続しているのは控訴人であり(証拠<省略>),a社は事業継続しておらず,平成 21 年9月には破産申立ての準備をしていたことも認められる(証拠<省略>)。仮に,控訴人の主張するような主観的意図があったとしても,a社の債権者を害することに変わりなく,このような行為が正当化されるわけではなく,詐害性及び詐害意思を否定することはできない。

カ 以上のとおり,本件会社分割の詐害性や詐害意思に関する控訴人の主張は,採用することができない。

(4)  他の債権者との公平性について

控訴人は,本件で被控訴人の請求が認められる場合,被控訴人が 100%の回収が可能になるとして,他の債権者との関係で公平を欠くというが,詐害行為取消の制度に照らし,上記主張は採用できない。

(5)  詐害行為取消の範囲に関する原判決の判断について

控訴人は,会社分割は権利義務が全体として一括して移転・承継される組織法上の行為であること,詐害行為取消によって設立会社の債権者となった者の保護に欠けることを理由に,一部取消を認めることはできないと主張する。

しかしながら,そもそも詐害行為取消については,被保全債権の範囲で相対的に取り消す制度であり,また,取消しが認められた場合であっても,現物の返還が困難であれば価格賠償を認めるものであり,これを会社分割に適用した原判決の判断は相当である。

控訴人は,その他るる主張するが,いずれも採用できない。

3 以上のとおり,原判決は相当であり,控訴人の控訴は理由がないから,これを棄却することとし,よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 木村元昭 裁判官 吉村美夏子 裁判官 島戸真)

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