福岡高等裁判所 平成24年(ラ)371号 決定 2012年11月15日
抗告人(原審申立人)
a児童相談所長X
事件本人
A
親権者父
B
親権者母
C
主文
1 原審判を次のとおり変更する。
2 申立人が,事件本人を,情緒障害児短期治療施設若しくは児童養護施設に入所させること又は里親若しくは小規模住居型児童養育事業を行う者に委託することを承認する。
3 抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
第1抗告の趣旨
原審判中,申立却下部分を取り消し,本件を福岡家庭裁判所に差し戻す。
又は主文2項と同旨。
第2事案の概要等
1 本件は,事件本人の親権者母(以下「母」という。)が,事件本人の親権者父(以下「父」という。)に傷害を与え,逮捕されたことを契機として,平成24年×月×日,事件本人が一時保護されたが,抗告人は,事件本人については,これまで一時保護等が繰り返されてきたことなどからして,施設入所等の措置が必要であるとして,父母を説得したが,父母の同意が得られないとして,児童福祉法28条1項1号所定の承認を求めた事案である。
原審において,抗告人は,事件本人を,児童養護施設若しくは情緒障害児短期治療施設に入所させること又は里親若しくは小規模住居型児童養育事業(以下「ファミリーホーム」という。)を行う者に委託することについて承認を求めたところ,原審は,情緒障害児短期治療施設又は児童養護施設に入所させることを承認し,その余については承認をしなかった。
抗告人は,これを不服として,抗告の趣旨記載のとおり,抗告した。
2 抗告の理由
(1) 抗告人が求める複数の措置につき承認が必要なことについて
ア 事件本人は,ADHD(注意欠如多動性障害)と診断されており,生来の落ち着きの無さや粗暴な行動傾向に加え,注目を浴びたいがために集団の行動を乱す傾向等がある。事件本人は,乳児期から一時保護と家庭引取りとが繰り返され,安定した環境下で母子関係を形成できなかったものであり,小学1年生であるが,まだ排尿は自立しておらず,学力も年齢に比して低い。
事件本人に対し,小学校等の集団生活に適応できるような対人関係を身に付けさせながら,日々の監護を行っていくためには,専門的な知識を持つ人物が,事件本人のわがままにうまく付き合いつつ,長期的に関わることが必須である。
イ 考えられる措置の種別
(ア) 里親・ファミリーホーム委託
事件本人には,特定の養育者との間でしっかりとした愛着関係を形成させることが必要であるとともに,個別で丁寧な指導が必要であり,事件本人のわがままにうまく付き合いながら長期的に関わることが必須であるところ,そのように関われるのは,里親かファミリーホームが一番に考えられる。なお,里親とファミリーホームとの違いは,受託できる児童の人数に差がある(4人と5,6人)という点だけであり,両者は一種別の措置と考えてよい。
里親・ファミリーホームの養育者は,児童虐待等の行為により心身に有害な影響を受けた児童や身体障害,知的障害又は精神障害がある児童を養育するものとして養育里親名簿に登録された専門里親(児童福祉法施行規則1条の36)である者も多く,専門的知識において必ずしも不足するものではない。
(イ) 情緒障害児短期治療施設入所
事件本人がADHDと診断されていることから,専門的な治療ができる措置の種別としては,情緒障害児短期治療施設入所が考えられる。
同施設であれば,個別で丁寧な指導ができ,児童のわがままに付き合えるが,体制を整えた情緒障害児短期治療施設は数少なく,少なくともb県内にはない。
(ウ) 児童養護施設入所
適当な情緒障害児短期治療施設や,里親・ファミリーホームがない場合には,やむを得ず,児童養護施設入所を考えざるを得ない。
ウ 複数の措置の承認の必要性について
前記のとおり,3つの措置の種別が考えられるが,事件本人の状況を考えれば,最も適している措置は,里親・ファミリーホーム委託である。ただし,現時点では,事件本人の状況に適合しうる里親・ファミリーホームの受入れが難しい。
そこで,まずは情緒障害児短期治療施設の治療を先行させることが考えられる。
しかし,児童の状況は固定的なものではなく,情緒障害児短期治療施設における治療が短期間に終了することも十分に考えられ,事件本人の状況の変化に応じて,里親・ファミリーホーム委託を速やかに採ることは,事件本人の福祉を充足させるものである。
そして,通常,里親・ファミリーホームに児童を委託する際は,事前に,児童と里親・ファミリーホームが適合(マッチング)するかを見極めるために,段階的な交流をしてから,正式に委託しており,マッチングには相当期間を要する。事件本人の傾向等からすると,里親・ファミリーホームとのマッチングには,通常より更に期間を要すると思われる。
そうであれば,情緒障害児短期治療施設入所から里親・ファミリーホーム委託に措置を変更する際には,治療終了前から,里親・ファミリーホームとの交流を開始する必要があり,その前提として,法的に不安定なまま交流をすることは相当ではなく,予め,里親・ファミリーホーム委託の承認を得ておく必要がある。
エ 以上のとおり,原審判にかかる承認のみでは,事件本人の福祉を充足させるには不十分であり,里親・ファミリーホーム委託の承認を得る必要がある。
(2) 原審判の問題点
ア 原審判は,情緒障害児短期治療施設における治療終了後,児童養護施設入所が適当として,同施設入所のみを措置の種別として選択しているが,本来,事件本人の状況に最も適しているのは,里親・ファミリーホーム委託であり,児童養護施設入所は,そもそも適当な里親・ファミリーホームや情緒障害児短期治療施設がない場合の窮余の措置である。さらに,児童養護施設は,粗暴な傾向のある児童や施設の運営方針に合わせることのできない児童等,行動や性格に問題のある児童を受け入れることが難しいことがままあり,必ずしも専門性が十分であるとはいえないのが現状である。
イ 児童の権利に関する条約では,家庭にとどまることができない児童のための代替的監護として,まず里親委託等を挙げており(同条約20条3項),里親委託を優先し,施設入所は次善の策とされている。
上記条約に基づく「児童の代替的養護に関する指針」(国連総会)においては脱施設化方針が明記されており,また,厚生労働省も,「里親委託優先の原則」の指針を出している(里親委託ガイドライン参照)。
ウ また,里親・ファミリーホームに委託するとき改めて承認を得ればよいとの考えは誤っている。
児童の状況変化に応じて速やかに適切な措置を採ることができるのは,児童相談所長であり,適当な里親・ファミリーホームが受け入れ可能となれば,できる限り早期に,情緒障害児短期治療施設の治療の途中であっても,即座に委託の措置をとるか,委託できる児童の枠を確保しなければならない。しかも,事件本人と里親・ファミリーホームとのマッチングには相当期間を要する。
したがって,里親・ファミリーホーム委託の必要性が生じた段階で,改めて承認を得るのでは遅すぎる。
エ 原審においては,申立ての当初から,求める措置の種別をもっと絞るように求められていたが,本件では,複数の措置の種別の承認が必要であり,児童相談所は,児童福祉に関する専門的知識と技術を有しているのであるから,児童相談所長につき,児童の処遇については児童相談所長の判断を尊重して,これに委ねるべきである。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は,抗告人が,児童福祉法28条1項1号の規定に基づき,事件本人に対する措置を採ることについて承認する点において,基本的には原審判の判断を相当とするものの,承認を与える措置の種別については,児童養護施設若しくは情緒障害児短期治療施設に入所させることに加えて,里親若しくは小規模住居型児童養育事業を行う者(ファミリーホーム)に委託することをも承認すべきものと判断する。
その理由は,当審における抗告人の主張に対する判断を2に加えるほかは,原審判の2頁11行目「当裁判所が家庭裁判所調査官3名にさせた,」から3頁23行目「いわざるを得ないものである。」まで記載のとおりであるから,これを引用する。
2 事件本人について複数の措置の承認をすべきこと
(1) 一件記録によれば,事件本人は,母の精神状態が悪いことなどを理由に,乳児期から乳児院や児童養護施設等への一時保護と家庭引取りとが繰り返され,家庭においては父母に暴力を伴う争いがあり,安心した環境下で親子関係を形成できなかったという事情があることが認められる。また,事件本人は,ADHD(注意欠如多動性障害)と診断され,集団生活に不向きな傾向があり,排尿等の生活習慣や年齢に応じた学力が身に付いていないことが認められる。
こうした事件本人の特性からすると,事件本人には,専門的知識を有する者が,事件本人のわがままにうまく付き合いつつ,長期的に関わることが必要であると考えられる(原審における家庭裁判所調査官3名による調査報告書の意見参照)。
(2) そこで,事件本人に対する措置としては,長期的に個別で丁寧な指導を得て,安定的な人間関係を形成するという点において,専門性の高い里親若しくはファミリーホーム(以下「里親等」という。)への委託が適切であると考えられ,そのような専門性を有する者が里親等として児童の委託を受けることもあるが,現時点においては,事件本人に適し,かつ,直ちに事件本人を受け入れることが可能な里親等は見当たらない状況である。しかしながら,適切な里親等の候補が現れた場合には,事件本人とのマッチングを確認するため,段階的な交流を開始する必要があるが,委託措置につき承認がない場合には,速やかに事件本人に里親等との交流の機会が与えられないこととなる。
(3) 他方,事件本人に対し,専門的知識を有する者による個別的な指導ないし治療を受けるという面からは,情緒障害児短期治療施設入所が適している。しかしながら,事件本人を受け入れる施設の有無の問題,また,いったん入所しても短期的に退所することになった場合に,続いていかなる処遇をすべきかという問題が生じるのであり,情緒障害児短期治療施設の入所が確実かつ安定的であるともいえず,同施設の入所困難又は短期間で退所した場合の措置を検討しておかなければならない。
(4) 以上のとおり,事件本人の特性に照らせば,里親等への委託措置を採ることが優先されるべきであると考えられるが,里親等の候補が現れていない現時点では,情緒障害児短期治療施設の入所を先行させることは必要な措置である。
そして,里親等への委託措置については,現時点で候補が現れていないとしても,①事件本人の特性に照らし適した措置であり,事件本人の福祉に適うこと,②情緒障害児短期治療施設の入所困難又は短期間で退所した場合の措置として選択する可能性があること,③里親等の候補との段階的交流の機会を付与する必要があることから,児童相談所長が適宜対応を採ることが可能となるよう,本件に関してはこれを承認すべきであるといわなければならない。
なお,児童養護施設への入所は,里親等への委託や情緒障害児短期治療施設の入所といった措置が困難である場合などは,有用であるので,合わせて承認すべきである。
(5) ところで,児童福祉法28条1項1号に基づき同法27条1項3号の措置を採ることの承認については,措置を特定して行うべきであるところ,本件は,申立ての当初から事件本人の特性や措置の種別による実態を踏まえて複数の措置の承認が求められているものであり,特定性を欠いた包括的承認とは異なるものと解される。
3 以上によれば,事件本人を,児童養護施設若しくは情緒障害児短期治療施設に入所させることのみを承認した原審判は相当でなく,本件抗告は理由があるので,原審判を変更することとし,よって,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 木村元昭 裁判官 吉村美夏子 島戸真)