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福岡高等裁判所 平成24年(行コ)7号 判決 2013年5月30日

主文

1  原判決中,過少申告加算税賦課決定処分の取消請求を認容した部分をいずれも取り消し,同請求をいずれも棄却する。

2  前項に関する訴訟の総費用は被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文同旨

第2事案の概要(略称等は,当判決に特に記載するほか,原判決記載の例による。)

1  本件は,被控訴人らの経営する株式会社(以下,総称して「本件法人」という。)が契約者となり,保険料を支払った養老保険契約(被保険者が保険期間内に死亡した場合には死亡保険金が支払われ,保険期間満了まで生存していた場合には満期保険金が支払われる生命保険契約をいう。以下同じ。本件養老保険契約)に基づいて満期保険金の支払を受けた被控訴人らが,その満期保険金の金額を一時所得に係る総収入金額に算入した上で,本件法人の支払った上記保険料の全額(以下「本件支払保険料」という。)が一時所得の金額の計算上控除し得る「その収入を得るために支出した金額」(所得税法34条2項)に当たるとして,所得税(平成13年分から15年分まで)の確定申告をしたところ,各税務署長から本件支払保険料のうちその2分の1に相当する被控訴人らに対する貸付金として経理処理がされた部分(以下「貸付金処理保険料」という。)以外の部分(法人損金処理保険料)は,上記「その収入を得るために支出した金額」に当たらないとして,更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい,本件更正処分と併せて「本件更正処分等」という。)を受けたため,上記各処分(更正処分については申告額を超える部分)の取消しを求めた事案である。

2  審理経過

(1)  原審

原審は,被控訴人らの請求を全部認容し,本件更正処分等を取り消した。

(2)  差戻前控訴審

控訴人は,原審の判断を不服として控訴したところ,差戻前控訴審は,被控訴人らの請求はすべて理由があるとして,控訴をいずれも棄却した。

なお,本件更正処分等においては,上記のとおり争点となっている一時所得の金額の計算上控除できる支払保険料の範囲のほか,①被控訴人らが受領した満期保険金等を本件法人に対する貸付金として留保させていたことに伴い,貸付金処理保険料相当額について,被控訴人らが受け取るべき受取利息を認定したうえ,被控訴人らの雑所得として計上したこと,②被控訴人らが,本件支払保険料のうち2分の1について本件法人からの借入金として処理したことに伴い,当該支払利息相当額を満期保険金等に係る一時所得の計算上必要経費に算入したことの2点について併せて是正していた。被控訴人らは,上記①②の処理の適法性については格別争わなかったため,差戻前控訴審において,本件更正処分等のうち,本件における争点と関係しない部分について請求を減縮していた。

(3)  上告審

上記(2)に対し,控訴人が上告受理の申立てをしたところ,上告審は,以下のとおり判示して,差戻前控訴審判決を破棄し,本件更正処分の取消請求を認容した部分をいずれも取り消して同請求をいずれも棄却し,その余の部分につき,福岡高等裁判所に差し戻した。

本件支払保険料のうち,貸付金処理保険料は「その収入を得るために支出した金額」に該当するが,法人損金処理保険料はこれに該当しない。したがって,本件更正処分の一部取消しを求める部分は理由がないから,同部分につき第一審判決を取り消し,同部分に関する請求を棄却すべきである。また,被控訴人らの請求のうち,本件賦課決定処分の取消しを求める部分については,本件が例外的に過少申告加算税の課されない場合として国税通則法65条4項が定める「正当な理由があると認められる」場合に当たるか否かが問題となるところ,この関係の諸事情につき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

(4)  差戻審における審理の範囲

上記(3)の差戻しを受けた当審は,上告審の判断の拘束力を受けて(民事訴訟法325条3項),改めて本件賦課決定処分に関する控訴人の控訴について判断するものである。

3  関係法令等

原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2項のうち(1)ないし(3),(6)及び(8)に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決5頁11行目の「法31条2号」を「法第31条第2号」に改める。)。

4  前提事実

原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の3項に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決9頁16行目の「確定申告を行った」の次に「(以下,満期保険金等を一時所得として確定申告するにあたり,本件支払保険料全額,つまり,法人損金処理保険料についても「その収入を得るために支出した金額」として控除できるものとした申告を「本件申告処理」という。)」を加える。)。

5  争点

被控訴人らが本件満期保険金等に係る一時所得の金額の計算において,法人損金処理保険料についても,所得税法34条2項の「その収入を得るために支出した金額」に当たるとして,その金額を控除して申告したこと(本件申告処理)について,国税通則法65条4項が定める「正当な理由があると認められる」場合に該当するか。

6  争点に関する当事者の主張

(被控訴人らの主張)

以下の事情ないし事実からすると,本件申告処理は,例外的に過少申告加算税の課されない場合として国税通則法65条4項が定める「正当な理由があると認められる」場合に該当する。

(1) 福岡国税局による誤指導

ア 被控訴人らの顧問税理士であるA税理士とB税理士は,平成8年12月11日,福岡国税局法人税課にて本件養老保険契約における法人税の課税関係を確認し,その際,A税理士らが所得税の課税関係についても確認する意向であることを伝えると,法人税課の担当者は自ら所得税課に出向いた。30分程度経って法人税課の担当者が戻って来ると,同人は,所得税課における検討の結果,所得税課は,「本件支払保険料を一時所得の計算上全額控除することが可能である」と回答したと述べた。

イ 福岡国税局は,前アの回答について,その後,A税理士らに訂正の連絡をしなかった。

ウ 被控訴人らは,平成14年3月に本件申告処理をして平成13年分の確定申告をしたが,福岡国税局は,これについて何の指摘もしなかった。

被控訴人らは,平成15年,平成16年にも本件申告処理をして平成14年,平成15年分の確定申告をしたが,福岡国税局は,これについて何の指摘もしなかった。

(2) 所得税法,同法施行令,通達の文言解釈との関係等

以下のとおり,被控訴人らの解釈は,法令や通達の文言を素直に解釈することによって導かれる,法律の文言どおりの解釈である。

ア 本件満期保険金等は,一時所得であるところ,所得税法34条2項は,一時所得の金額の計算につき,「一時所得の金額は,その年中の一時所得にかかる総収入金額からその収入を得るために支出した金額の合計額を控除し」と規定し,「その収入を得るために支出した金額」が収入を得た本人の負担分に限定される旨の明示は一切ない。

イ また,所得税法施行令183条2項2号は,「生命保険契約等に係る保険料又は掛金の総額」は,一時所得の計算上控除できる旨規定しており,その文言上,本人が負担した保険料しか控除できないという限定はない。また,同号は,除外事由について規定しているが,養老保険にかかる支払保険料については,除外事由に該当しない。

ウ さらに,所得税基本通達34-4は,一時所得の計算上控除できる保険料等の額には「満期返戻金等の支払を受ける者以外の者が負担した保険料等の額も含まれる。」と規定し,支払を受ける者以外が負担した保険料又は掛金の額も支出した金額に含まれる旨を明示している。

(3) 養老保険の特性

養老保険の場合,支払保険料の総額を払い込まない限り満期(又は死亡)保険金全額の支払を受けることはできないのであるから,死亡と生存は表裏の関係にあり,満期(又は死亡)保険金に対応しているのは,あくまでも支払保険料の総額である。

養老保険は,生存または死亡を保険事故とすることから,本件のように満期保険金と死亡保険金の受取人が分離するということも当然にありうるが,この場合でも,満期(又は死亡)保険金に対応しているのは,支払保険料の総額であることに何ら変わりはない。

(4) 死亡保険金が一時所得となる事例との比較

死亡保険金が一時所得となる事例においては,一時所得の計算上控除される保険料は,保険金受取人が負担したか否かにかかわらず,支払保険料の総額となるのであるから,本件のように満期保険金が一時所得となる事例についても,同様に一時所得の計算上控除される保険料は保険金受取人が負担したか否かにかかわらず,支払保険料の総額とすべきであり,あえて異なる取扱いをする合理的理由はない。

(5) 契約者を法人,被保険者を従業員の家族とし,死亡保険金の受取人を従業員,満期保険金の受取人を法人とする事例との比較

契約者を法人,被保険者を従業員の家族とし,死亡保険金の受取人を従業員,満期保険金の受取人を法人とする場合には,法人は,支払保険料の2分の1を保険料積立金として資産計上し,残りの2分の1を福利厚生費として損金算入する経理処理を行うこととなる。

この場合,福利厚生費として損金算入された支払保険料については,従業員に給与課税されないこととなるが,それでも,従業員が死亡保険金を受け取った際には一時所得の計算上,支払保険料全額について控除が認められることとなる。

これとの対比上,本件において,保険金の受取人に対する課税の有無と,支払保険料の控除の可否とを結びつける必然性は全くない。

(6) 課税金の不還付

養老保険について,満期保険金の受取人を法人とし,死亡保険金の受取人を従業員の遺族とする場合については,支払保険料の2分の1を資産計上し,残りの2分の1を給与として経理処理をせよとされている(法人税基本通達9-3-4(3)但書き)。

本件養老保険契約において,仮に被保険者が保険期間中に死亡し,本件会社が死亡保険金を受け取ることとなっても,既に給与課税をした保険料について課税金を被保険者の相続人に還付しないはずである。

また,本件養老保険契約が解約された場合,解約返戻金は,過去の支払保険料に対する課税関係とは無関係に全て契約者たる法人に返還されることとなるが,この場合も,解約という結果から顧みれば本来給与課税は不要であったことになるものの,給与課税をした保険料について課税金の還付は行わないはずである。

(7) 市販の解説書の存在

本件申告処理を適法とする市販の解説書が複数存在した。

これに対して,控訴人は,C(株式会社D発行)の記事(平成11年1月18日付け)には,本件申告処理を認めない旨の記載があったと主張するが,Cは参考図書にすぎない。

(8) 種々の裁判例の存在

本件上告審判決は,本件申告処理が違法である旨判断した。

それまで,本件申告処理が適法であるかどうかについては,下級審の判断も分かれる状態であり,本件申告処理を適法とする判断もあった。本件申告処理を違法であるとする裁判例もあったが,その場合においても,過少申告加算税の賦課まで認めた裁判例は一例もなかった。

なお,税務当局は,「申告所得税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについて(事務運営指針)」を定めている。

同通達は,「正当な理由があると認められる」場合として「税法の解釈に関し,申告書提出後新たに法令解釈が明確化されたため,その法令解釈と納税者の解釈とが異なることとなった場合において,その納税者の解釈について相当の理由があると認められること」を規定しているところ,本件申告処理が違法とされたのは,本件上告審判決が言い渡された平成24年1月13日である。

(控訴人の主張)

過少申告加算税は,期限内申告書が提出された場合において,修正申告又は更正がされ,当初の申告税額が結果的に過少になったときに,増差税額の10%又は15%の税率を乗じて課される附帯税である。そして,過少申告加算税は,過少申告による納税義務違反の事実があれば,原則としてその違反者に対し課されるものであり,これによって,当初から適法に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに,過少申告による納税義務違反の発生を防止し,適正な申告納税の実現を図り,もって納税の実を挙げようとする行政上の措置であり,主観的責任の追及という意味での制裁的な要素は重加算税に比して少ないものである。

したがって,「正当な理由があると認められる」場合については,ある程度厳格に解するべきである。

(1) 福岡国税局による誤指導

A税理士は,前記(被控訴人らの主張)(1)アのとおり証言する。しかしながら,その証言内容を裏付ける客観的資料がないほか,証言内容の重要な部分については,極めて曖昧で具体性に欠ける証言しかなく,その証言の信用性は極めて低い。したがって,被控訴人らが主張する福岡国税局の職員による誤指導の事実は認められない。

(2) 所得税法,同法施行令,通達の文言解釈との関係等

被控訴人らは,前記(被控訴人らの主張)(2)のとおり主張する。しかしながら,法の不知や法令解釈の誤りは納税者の主観的事情にすぎず,「正当な理由があると認められる」場合を基礎付ける事情となるものではない。

(3) 市販の解説書の存在

被控訴人らは,前記(被控訴人らの主張)(7)のとおり主張する。しかしながら,いずれの市販の解説書も,税務当局の職員が監修等で関与したものではなく,客観的にその記載内容が税務当局の見解であると理解されるようなものではないし,法令解釈上の具体的な根拠も示されておらず,他に根拠となり得るような課税実務の運用や税務当局ないしその関係者の示した見解があるといった事情も存しない。

かえって,Cには,税務当局の関係者により具体的根拠とともに,本件養老保険契約にかかる満期保険金について,法人が負担した保険料の額を控除できないことが明らかにされており,かかる見解は本件上告審判決に合致するものである。

(4) 種々の裁判例の存在

被控訴人らは,前記(被控訴人らの主張)(8)のとおり主張する。しかしながら,所得税法34条2項などについての本件上告審判決の法令解釈は,同条項の趣旨・目的により従前から明確であったといえ,租税法律主義に反するものではなく,一般的な常識にも合致するものである。

(5) 課税実務上の運用の変更の不存在

税務当局は,従前から,本件上告審判決と同様の法令解釈の下で課税実務上の運用を行っているのであり,課税実務上の運用を変更した事実もない。

(6) 以上によれば,本件において,「正当な理由があると認められる」場合に該当する事実は認められない。

第3当裁判所の判断

1  過少申告加算税は,過少申告による納税義務違反の事実があれば,原則としてその違反者に対し課されるものであり,これによって,当初から適法に申告して納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに,過少申告による納税義務違反の発生を防止し,適正な申告納税の実現を図り,もって納税の実を挙げようとする行政上の措置である。この趣旨に照らせば,過少申告があっても,例外的に過少申告加算税が課されない場合として国税通則法65条4項が定めている「正当な理由があると認められる」場合とは,真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり,上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である(最高裁判所平成18年10月24日第三小法廷判決・民集60巻8号3128頁)。

2(1)ア 福岡国税局による誤指導の有無

被控訴人らは,前記第2(被控訴人らの主張)(1)アのとおり主張し,証人A(以下「A証人」という。)は,これに沿う証言をする。

(ア)  そこで,A証人の証言の信用性について判断する。

A証人は,福岡国税局から回答を得たと主張する日から約12年後である平成20年3月6日付けの陳述書(甲19)を第一審裁判所に提出しているが,これと証言内容とを比較するに,福岡国税局にて本件養老保険契約に関し法人税及び所得税の各課税について質問して回答を受けたことに関する証言がなされたのは,陳述書作成日より約4年9か月後であるにもかかわらず,証言内容の方がかなり詳細となっている(法人税の課税に関する担当者の回答をE課長が聞いた時の同人の反応(尋問調書9頁),法人税課と所得税課に質問して回答を受けた際,A証人が質問事項については課内で事前に協議済みであると感じたこと(13頁),法人税の担当者に本件養老保険契約の内容を説明した際の文言(22頁),A証人が所得税課に赴くと言った際に法人税課の担当者が所得税課に赴いた経緯(25頁),所得税課の担当者から「全額控除可能」であるとの回答を得た後,A証人とE課長が話し合った内容(27頁)など)。

(イ)  また,上記陳述書には,A証人は,本件養老保険契約の法人税の取扱いについて法人税通達9-3-4(3)の類推適用をするという考え方で良いかを確認したとの記載があり,これは,A証人自身が本件養老保険契約の存在そのものについては肯定し,ただ,法人税課税についての疑問を質問したものと解される。これに対し,A証人の証言においては,要旨,本件養老保険契約のように,会社が支払保険料の2分の1を保険料として損金処理をし,残りの保険料を役員が負担し,満期を迎えた場合には役員が満期保険金を全額受け取るという内容の保険は,税法上あり得ず,まかりならないとして,そのような保険契約の存在そのものを否定する内容となっており,記憶の変容が著しいといわざるを得ない。

(ウ)  さらに,A証人は,平成8年に福岡国税局から法人税及び所得税の課税に関する前記回答を得た後,平成11年に,本件養老保険契約に係る一時所得の計算上,法人が負担した保険料を控除できない旨「国税庁審理室課長補佐」との官職名を明示して担当者が執筆したCを読み,また,平成13年までの間に,Cと同じ内容の文献に接し,しかも,Cと同じ内容の文献の方が多かったと認識していたにもかかわらず,福岡国税局の回答に従うべきであり,福岡国税局に確認をする必要もないとして,確定申告の際に確認をすることなく,本件申告処理をした旨の証言をする。

しかしながら,証拠(A証人,甲19)によればA証人は,平成5年7月まで福岡国税局に勤務していたのであるから,課税にあたっては,合法性の原則や租税公平主義が妥当することを知悉していたはずである。そうであれば,福岡国税局の回答が,国税局の上部組織である国税庁の職員の見解と異なったことに気づいたならば,何らかの確認をするのが通常であり,確認をする必要もないと思っていたという証言は,不自然であり,信用できない。

(エ)  他方,平成8年当時,福岡国税局の法人税課の審理係長として税理士等からの法人税に関する質問に対応する職務を行っていたF(以下「F証人」という。)の証言は,①税理士等からの法人税に関する質問について対応する職務を行っていたのは,F証人のみであるところ,審理係長の職にある間,A証人から本件養老保険契約について質問された記憶はなく,②福岡国税局においては,国税庁からの指導のとおり,本件養老保険契約を含めて,通達に規定していない契約内容の保険に係る課税上の取扱いについて質問があった場合は,質問をした者において保険業の業界を通じて国税庁にその取扱いを問い合わせるよう回答しており,③法人税担当の職員が,法人税以外の税目の質問を受けた場合には,その税目を担当している課に質問に行くよう対応しており,代弁するような形で法人税以外の税目に関する事項の質問を受けたり,回答をしたりすることはせず,④法人税あるいは所得税に関する質問に対して回答をするためには,資料の検討,回答案の作成,担当課長までの決裁を経なければならず,質問を受けてから30分以内で回答することはできないというものである。これらの証言内容は,実務の経験を踏まえた合理的で十分理解可能なものであり,また,反対尋問によっても覆るなどしなかったものであって,信用性が高いところ,これに反するA証人の証言は,F証人の証言に照らし,信用できない。

以上によれば,被控訴人らの顧問税理士であるA税理士らが,平成8年12月11日ころ,福岡国税局から本件申告処理をすべきである旨の回答を得た事実を認めることはできない。

イ 本件申告処理に関する指摘の有無

次に,被控訴人らは,前記第2(被控訴人らの主張)(1)ウのとおり主張する。

しかしながら,申告納税の租税については,税額等は,一次的には申告によって確定するが,租税行政庁も二次的にこれを確定する権限を与えられており,税額等がその調査したところと異なるときは,その調査により,当該申告書に係る税額等を更正することができるところ(国税通則法24条),租税法上の法律関係をいつまでも不確定の状態にしておくことは好ましくないため,更正・決定・賦課決定等をなし得る期間には制限があり,更正は,原則として,その更正に係る国税の法定申告期限から3年を経過した日以後においてはすることはできない(国税通則法70条1項1号)。

そうであれば,本件において,各税務署長は,調査のうえ,国税の法定申告期限から3年を経過していない時期に更正処分をしたのであるから,何ら違法・不当ではなく,この時期に更正処分がなされることもまれではないから,被控訴人らの主張は採用できない。

(2) 所得税法,同法施行令,通達の文言解釈との関係等

被控訴人らは,前記第2(被控訴人らの主張)(2)のとおり主張する。

しかしながら,本件上告審判決の判断は,一時所得に係る収入を得た個人の担税力に応じた課税を図るという所得税法34条2項の趣旨からすると,当然の帰結であるといえる。所得税法施行令183条2項2号や所得税基本通達34-4がその規定振りのために,いささかわかりにくい面があり,本件養老保険契約における満期保険金等の課税処理について解釈が分かれていたものである。そして,もとより,政令は法律よりも下位規範であるから,政令が法律の解釈を決定付けるものではなく,いわんや通達が法律の解釈を決定付けるものでもない。そして,そもそも,上記施行令も,上記通達も,いずれも所得税法34条2項と整合的に解されるべきであり,またそのように解し得たものである。

これに対して,本件申告処理は,法人損金処理保険料につき,本件会社の法人税額算出及び被控訴人らの所得税額算出に当たって,二重に控除して非課税とするという点において不合理な申告である。

したがって,被控訴人らの主張は採用できない。

(3) 養老保険の特性

被控訴人らは,前記第2(被控訴人らの主張)(3)のとおり主張する。

しかしながら,一時所得に係る収入を得た個人の担税力に応じた課税を図るという所得税法34条2項の趣旨からすると,同項の「その収入を得るために支出した金額」という文言も,収入を得る主体と支出をする主体が同一であることを前提としたものと解されるということと,保険料の総額を支払わなければ満期(又は死亡)保険金全額の支払を受けることができないという本件養老保険契約の内容とを関連づけて考察することは疑問なしとしない。

したがって,被控訴人らの主張は採用できない。

(4) 死亡保険金が一時所得となる事例との比較

被控訴人らは,前記第2(被控訴人らの主張)(4)のとおり主張する。

しかしながら,被控訴人らが主張する事例は,相続税法基本通達3-17(2)の事例であるところ,同通達は,従業員等が死亡保険金を受領してこれが一時所得となる場合,使用者からその保険料相当額の経済的利益を,いわば福利厚生として享受したものとみるべきであるから(乙22,24,34,37),当該経済的利益については従業員等の給与として課税しないという特別の扱いをした(従業員が使用者から経済的利益を受けた場合には給与とみなされて所得税が課税されるのが原則であるが,従業員が死亡保険金を受け取った場合には,死亡保険金は実質的には使用者から遺族に対する香典ないし弔慰金の性質を有するものであるから,従業員は保険料相当額の経済的利益を福利厚生として享受したものとして,上記原則にかかわらず,所得税の課税をしないという特別の扱いをした。)とみるべきである。

したがって,使用者が負担した保険料相当額についても,従業員等に対する課税がなされている場合と同様に扱うべきものであり,従業員等の一時所得の計算上控除できる。

本件の場合,被控訴人らが受領したのは満期保険金であり,法人損金保険料相当額の経済的利益を福利厚生として享受したものとみることはできず,上記特別の扱いをする基礎に欠ける。

したがって,被控訴人らの主張は採用できない。

(5) 契約者を法人,被保険者を従業員の家族とし,死亡保険金の受取人を従業員,満期保険金の受取人を法人とする事例との比較

被控訴人らは,前記第2(被控訴人らの主張)(5)のとおり主張する。

しかしながら,前(4)記載と同様,被控訴人らが受領したのは満期保険金であり,法人損金処理保険料相当額の経済的利益を福利厚生として享受したものとみることはできず,上記特別の扱いをする基礎に欠ける。

したがって,被控訴人らの主張は採用できない。

(6) 課税金の不還付

被控訴人らは,前記第2(被控訴人らの主張)(6)のとおり主張する。

しかしながら,契約内容に従って,法人が死亡保険金を受け取ることや解約の場合に契約者たる法人に保険料が返還されることと,法律に従ってなされる課税実務とを関連付けて考察することは疑問なしとしない。

したがって,被控訴人らの主張は採用できない。

(7) 市販の解説書の存在

被控訴人らは,前記第2(被控訴人らの主張)(7)のとおり主張する。

証拠(甲4ないし6,17,21)によれば,確かに,本件申告処理が許容されるとの理解の下に執筆された解説書が存在することが認められる。

しかしながら,同解説書について,税務当局あるいはその職員が税務当局の官職名を明示した上で監修あるいは執筆をしていたり,本件申告処理を採用すべき法令解釈上の具体的な根拠を示していたりするなどの事情は認められない。

他方,証拠(乙27)によれば,国税庁が監修し,昭和62年に発行された解説書には,生命保険契約等に基づく一時金に係る一時所得の金額の計算の改正について,「事業主が負担した保険料又は掛金で給与所得として課税が行われていないものは,その控除する保険料又は掛金の総額から除くこととされています。」と明記されていたことが認められる。

また,Cは,国税庁審理室課長補佐がその官職名を明示したうえ,具体的根拠を示しながら,法人負担(損金算入され,給与課税されていない。)部分の額は一時所得の計算上控除できないこと,つまり,本件申告処理は許容されないことを述べていたものである(乙46)。

したがって,被控訴人らの主張は採用できない。

(8) 課税実務上の運用に関する変更の有無

税務当局が,養老保険の満期保険金に係る一時所得の金額の計算について,課税実務上の変更を行った形跡はない。すなわち,証拠(甲20,乙27)及び弁論の全趣旨によれば,養老保険は,昭和60年ころから流通し始めたものであり,満期までの期間が概ね5年であること,上記(7)のとおり,国税庁が監修して昭和62年に発行された解説書(乙27)には,一時所得の計算上控除される保険料等の総額は,課税済みの本人負担分に限られ,事業主が負担した保険料等で,給与所得として課税が行われていないものは,その控除する保険料等の総額から除くこととされることが明記されていたものである。しかし,税務当局が従前の実務上の運用を変更したことや従来の実務の運用が不明確であったと認めるに足りる証拠はない。

(9) 種々の裁判例の存在

被控訴人らは,前記第2(被控訴人らの主張)(8)のとおり主張する。

確かに,被控訴人らが主張するように,本件申告処理について下級審においては判断が分かれており,適法とする判断も,違法とする判断もあったことは顕著な事実である。

しかしながら,前記(7)のとおり,税務当局が監修をしていたり,税務当局の職員がその官職名を明示したうえで執筆するなどした市販の解説書には,本件申告処理を適法とするものはなく,かえって,本件申告処理は適法ではないと理解できる記載がなされていた。

そして,本件上告審判決の法令解釈は,所得税法の趣旨に照らして所得税法施行令や所得税基本通達を解釈するものであって,本来あるべき解釈であったということができる。

したがって,本件申告処理を適法とする判断の裁判例があったことは重視されるべき事情であるとはいえない。

(10) まとめ

上記の説示に加え,被控訴人らは,申告前に,本件申告処理が妥当であるかどうかについて,税務当局に問い合わせをすることもなく,課税額が少額となる本件申告処理を採用して申告したものである(弁論の全趣旨)。

かような事実関係の下においては,真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり,過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になるものとまでは認めることができず,「正当な理由があると認められる」場合に該当するとはいえない。

3  以上によれば,本件各賦課決定の取消しを求める部分については,原判決を取り消し,同部分に関する請求を棄却すべきである。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古賀寛 裁判官 武野康代)

裁判官清野英之は,差し支えのため署名押印できない。

裁判長裁判官 古賀寛

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