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福岡高等裁判所 平成25年(ネ)1018号 判決 2014年3月27日

控訴人

破産者A破産管財人 X

上記代理人破産管財人代理

被控訴人

Y株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

牟田清敬

田代英毅

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載一及び二の不動産(本件不動産)について、福岡法務局b支局平成二四年五月二三日受付第一三二九三号抵当権更正登記(本件更正登記)の否認登記手続をせよ。

(3)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二事案の概要(略称は、本判決に特に記載しない限り、原判決の例による。)

一  本件は、破産者A(破産者)の破産管財人である控訴人が、破産者が所有する本件不動産上に抵当権を有する被控訴人に対し、当該抵当権に係る抵当権設定登記(本件抵当権登記)についてされた債権額を一七一〇円から一七一〇万円に訂正する登記の更正(不動産登記法六七条二項に基づく登記の更正)が支払停止後の対抗要件具備行為に当たるので、破産法一六四条一項により否認する旨主張して、本件更正登記の否認登記手続を求める事案である。

原審が控訴人の請求を棄却したので、控訴人が控訴を提起した。

二  本件の前提事実並びに争点及び当事者の主張は、三のとおり当審における主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中「第二 事案の概要」一及び二に記載のとおりであるから、これを引用する。

三  当審における主張

(控訴人の主張)

(1) 平成一六年法律第七五号による廃止前の破産法(大正一一年法律第七一号。以下「旧破産法」という。)七四条の法律的性質について、本来対抗要件充足行為は債務者の財産を減少させるものではないので、否認の対象とはならないが、一般債権者を保護するために、特別に対抗要件の否認権を創設したものであるとの創造説と、対抗要件の充足行為も第三者に対する関係で実質的には財産処分行為であるから、本来否認の一般規定によって否認できるはずであるが、すでに生じた権利変動を完成させる行為にすぎないので、原因行為に否認の理由がない限り、できるだけ対抗要件を具備させるべきとし、否認の要件を制限したものであるとする制限説が対立していた。そして、最高裁昭和四五年八月二〇日判決・民集二四巻九号一三三九頁(以下「昭和四五年判決」という。)は、制限説を採ったものと解されている。原判決は、昭和四五年判決を根拠に、本件更正登記が否認の対象にならないと判示したものと解される。

しかし、破産法一六四条の要件は、創造説と制限説のいずれを採るかによって論理的に定まるものではない。同条が、原因行為に対する否認とは別に対抗要件具備行為の否認を認めた趣旨について、現在の一般的理解は、破産者に属する財産について担保設定等の原因行為がされたにもかかわらず対抗要件具備による公示がなされなければ、破産者の一般債権者としては、その取引がなされていないと信頼するので、対抗要件具備行為が合理的限度を超えて遅延したときは、一般債権者の信頼を裏切る秘密取引であり、債権者平等の理念に反するものとして、原因行為について否認が成立するか否かにかかわらず、対抗要件具備行為の否認を認めるというものである。

本件更正登記が、原因行為から一五日をはるかに超えてなされており、被控訴人及び登記官のいずれも、破産者の支払停止の事実について悪意である以上、一般債権者の信頼を裏切る秘密取引に当たる。また、被控訴人においては、原因行為時に、直ちに登記内容を確認すれば、支払停止後に突如として本件更正登記を行う必要はなく、被控訴人においてこのような秘密取引を是正することは十分可能であった。加えて、旧破産法七四条は現行破産法においても実質的に維持されているのに、否認の一般規定である旧破産法七二条は実質的な改正がされたから、昭和四五年判決の先例としての価値には疑問もある。

(2) 原判決の掲げる登記の更正の要件(不動産登記法六七条二項、一項)は、更正の登記が権利変動の原因となる法律行為を前提としてなされる登記ではないことの理由にはならない。昭和四五年判決を前提とするとしても、同判決は、不動産の対抗要件の具備が、破産財団の増減という観点から、権利変動の原因たる法律行為と同様破産債権者を害する結果となるものであるかという効果を中心に捉えていると解すべきである。不動産登記法は、登記の更正によって、もともと存在した物権変動についての対抗要件の範囲が変動することを前提としており、抵当権の被担保債権額の増額の場合には、もともと更正前の被担保債権額でしか対抗要件を具備していなかったにもかかわらず、更正後には増額された被担保債権額の範囲で対抗要件を具備することになる。これを破産手続の観点から見れば、破産債権者の引当となる破産財団は減少することになるから、破産財団の増減という観点から見て、権利変動の原因たる法律行為と同様、破産債権者を害する結果を生じさせているものである。

破産管財人は、不動産登記法六六条に定める「登記上の利害関係を有する第三者」に当たり、破産管財人が承諾しない限り、同法六七条による登記の更正はできないことになる。対抗要件否認は、支払の停止等という危機時期以降になされたことを要件としている点で、危機否認としての性格を有しているが、危機否認は、破産財団に関する破産手続開始決定による制約を破産手続開始前の一定時期まで前倒しするというものである。そうすると、破産手続開始決定後には、破産管財人の承諾なく、登記の更正を行うことができない以上、危機時期に行われた登記の更正は対抗要件否認の対象になるというべきである。

また、不動産登記法六七条二項は平常時における登記の更正について定めるのみであり、危機時機については、破産法一六四条が特別法の関係に該当すると考えるべきである。

(3) 最高裁昭和四〇年三月九日判決・民集一九巻二号三五二頁(以下「昭和四〇年判決」という。)は、旧破産法七四条一項の規定により否認することのできる「第三者ニ対抗スルニ必要ナル行為」は、破産者の行為又はこれと同視すべきものに限られると解するのが相当であると判示する。しかしながら、最高裁平成八年一〇月一七日判決・民集五〇巻九号二四五四頁(以下「平成八年判決」という。)は、仮登記仮処分命令を得てする仮登記が、その効力において共同申請による仮登記と何ら異なることがないことを理由として、破産者の行為があった場合と同視して否認ができるとしている。更正登記は、原則として登記権利者と登記義務者の共同申請によってなされ、更正の原因に応じて登記名義人の単独申請によってなされることもあるものであるが(不動産登記法六〇条)、本件更正登記は不動産登記法六七条の定める職権更正登記であるところ、その効力において共同申請による更正登記と何ら異なるものではない。特に、本件においては、被控訴人から更正登記の請求を行うよう依頼されたa銀行が、福岡法務局b支局に来庁して口頭で債権額の過誤を伝えた結果、登記官による職権更正登記が行われており、実態としては、被控訴人の申請による更正登記と異ならない。したがって、本件更正登記は、破産者と被控訴人が共同で申請する更正登記と同視できる。

第三当裁判所の判断

当裁判所も本件更正登記は否認の対象とならず、原判決の判断は正当であると判断する。その理由は、以下のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  破産法一六四条一項にいう「第三者に対抗するために必要な行為」は、破産者の行為又はこれと同視すべきものに限られると解するのが相当である(旧破産法七四条一項に関する昭和四〇年判決参照。)

本件更正登記は、不動産登記法六七条により、職権による登記の更正としてなされたものであり、権利変動の原因となる法律行為を前提としてされたものではないだけでなく、破産者の行為又はこれと同視すべきものでないことは明らかである。

控訴人は、平成八年判決を引用して、本件更正登記がその効果において共同申請による更正と異ならないことを理由に、破産者の行為と同視すべきである旨を主張するが、平成八年判決は仮登記仮処分命令にかかる事案であり、同命令は仮登記義務者の処分意思が明確に認められる文書等が存するときに発令されるのが通例であるから、破産者の意思が介在しない本件とは事案を異にする。

控訴人の否認登記手続請求は理由がない。

二  控訴人は、本件更正登記が一般債権者の信頼を裏切る秘密取引に当たり、破産債権者を害する旨を主張する。

しかしながら、今日の貨幣価値、不動産登記記録の記載から推知される本件不動産の担保価値、登録免許税額及び被控訴人がa銀行が行う住宅ローン等の保証等を業とする会社であり、一七一〇円の債権のため抵当権を設定することは考え難いことに照らし、債権額の表示が真実の債権額一七一〇万円の誤記(登記の錯誤)であることは、登記の外形上明らかであり、一般人が容易に認識することができたこと、上記の登記の過誤は登記官の過誤によるものであり、被控訴人がこれを知ったのは破産者の支払停止後であったこと、破産者がこの過誤に気づいていたことを認めるに足りる証拠がないこと等に照らすと、本件更正登記が一般債権者の信頼を裏切る秘密取引に当たらず、債権者平等の理念に反するものではないことは明らかである。

なお、控訴人は、破産手続開始決定後には、破産管財人の承諾なく、登記の更正を行うことができないことを理由に、本件更正登記が否認の対象になるべきである旨も主張する。しかし、二に述べた事情に照らすと、控訴人が虚偽の登記を信頼した者として保護されるべきであるとはいえず、破産手続開始決定後の登記の更正であったとしても、控訴人がその承諾を拒めるものということもできない(福岡高等裁判所平成一二年五月二六日・金融商事判例一〇九八号二〇頁参照)。控訴人の主張を採用することはできない。

三  そのほか、衡平の観点からも、本件更正登記を否認すべき理由は見出せない。

第四結論

以上によれば、原判決は正当であり、本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 犬飼眞二 裁判官 青木亮 清野英之)

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