福岡高等裁判所 平成25年(ネ)13号 判決 2014年1月29日
控訴人(一審原告)
博多織工業組合
同代表者代表理事
A
同訴訟代理人弁護士
岩田務
同訴訟代理人弁理士
松尾憲一郎
同
市川泰央
被控訴人(一審被告)
日本和装ホールディングス株式会社
同代表者代表取締役
B
被控訴人(一審被告)
株式会社はかた匠工芸
同代表者代表取締役
C
被控訴人(一審被告)
博多織物協同組合
同代表者代表理事
C
被控訴人ら訴訟代理人弁護士
平尾正樹
同
星野健秀
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人らは、別紙一被控訴人標章目録①記載の標章を被控訴人らが製造し販売する帯に付してはならない。
三 被控訴人らは、別紙一被控訴人標章目録②記載の標章を活字媒体等の情報媒体において使用してはならない。
四 被控訴人らは、別紙一被控訴人標章目録①記載の標章を付した別紙二被控訴人商品目録記載の形態の帯を製造し、譲渡し、引渡し、譲渡もしくは引渡のため展示し又は輸出してはならない。
五 被控訴人らは、その製造販売に係る商品から別紙一被控訴人標章目録①記載の標章を抹消せよ。
六 被控訴人らは、別紙三謝罪広告目録記載の新聞に同目録記載の謝罪文を同目録記載の方法にて掲載せよ。
七 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、一億五〇四五万一四一一円及びこれに対する平成二三年二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の要旨
(1) 本件は、①地域団体商標である「博多織」の一連の文字によって成立する商標を使用して織物製品の製造・販売を行う者によって構成されている組合であり、同商標に係る商標権者である控訴人が、被控訴人らが製造・販売等している商品である帯製品に付され、あるいは頒布している季刊誌に記載されている「博多帯」の一連の文字によって成立する標章が、前記商標と同一又は類似しているため控訴人の商標権を侵害し、また、②前記控訴人の商標が周知著名な商品等表示であって、それが被控訴人らが製造、販売等している商品に付された標章とが類似しているため、需要者に誤認混同を生じさせているなどとして、被控訴人らに対し、商標法及び不正競争防止法に基づいて、被控訴人らの標章の使用等の差止め、被控訴人らが製造・販売等している商品からの被控訴人らの標章の抹消、謝罪広告の掲載及び損害賠償を求めた事案である。
(2) 原審(平成二四年一二月一〇日判決言渡)は、被控訴人らの標章の使用は商標法二六条一項二号又は三号に該当し、かつ不正競争防止法一九条一項一号に該当すると共に、控訴人の権利行使は権利濫用に当たるとの理由で控訴人の請求をいずれも棄却した。
(3) これに対し、控訴人は、原判決を不服として控訴をした。なお、控訴人は、当審において、原判決別紙一被控訴人標章目録②記載の標章のうち「博多織」の標章に関する請求を取り下げている。
二 前提事実
(1) 当事者
ア 控訴人
控訴人は、福岡県博多地域に由来する製法(以下「博多織製法」という。)により福岡県又はその周辺で製造された絹織物製の織物等(以下「博多織」といい、そのうち、控訴人の組合員によって製造・販売等される博多織を「控訴人商品」という。)の製造業を行う中小企業で構成されている、中小企業団体の組織に関する法律(以下「中小企業団体組織法」という。)三条一項八号を設立準拠法とする商工組合である。
イ 被控訴人ら
(ア) 被控訴人日本和装ホールディングス株式会社(以下「被控訴人ホールディングス」という。)は、和服及び和装品の販売促進の企画やこれらの販売代理業及び売買契約の仲介業並びに着物関連事業を主たる業とする株式会社であり、同会社及びその子会社などからなる企業グループ(以下「日本和装グループ」という。)全体の経営管理を行う株式会社である。
(イ) 被控訴人株式会社はかた匠工芸(旧商号日本和装ホールセラーズ株式会社から平成二四年三月一二日に商号変更、以下「被控訴人匠工芸」という。)は、被控訴人ホールディングスが一〇〇パーセント出資した連結子会社であり、日本和装グループの一員として、和服等の製造・販売を行っている株式会社である。
(ウ) 被控訴人博多織物協同組合(以下「被控訴人協同組合」という。)は、証紙の発行に関する事業等を目的とする協同組合であり、日本和装グループの一員である。
(2) 本件商標権
控訴人は、次の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を有している。
ア 出願年月日 平成一八年七月一〇日(地域団体商標出願)
イ 登録年月日 平成一九年三月九日
ウ 登録番号 第五〇三一五三一号
エ 指定商品 第二四類
福岡県博多地域に由来する製法により福岡県福岡市・久留米市・甘木市・小郡市・筑紫野市・春日市・大野城市・太宰府市・前原市・筑紫郡那珂川町・糟屋郡宇美町・糟屋郡志免町・糟屋郡須恵町・糟屋郡粕屋町・福津市・朝倉郡筑前町・糸島郡二丈町・佐賀県唐津市・佐賀郡川副町・佐賀郡久保田町・大分県豊後高田市・杵築市で生産された絹織物
第二五類
福岡県博多地域に由来する製法により福岡県福岡市・久留米市・甘木市・小郡市・筑紫野市・春日市・大野城市・太宰府市・前原市・筑紫郡那珂川町・糟屋郡宇美町・糟屋郡志免町・糟屋郡須恵町・糟屋郡粕屋町・福津市・朝倉郡筑前町・糸島郡二丈町・佐賀県唐津市・佐賀郡川副町・佐賀郡久保田町・大分県豊後高田市・杵築市で生産された絹織物製の和服
オ 登録商標 博多織(標準文字)
(3) 被控訴人らの行為
ア 被控訴人匠工芸は、博多織製法を用いて織られた織物で製造する帯製品(以下「被控訴人商品」という。)に別紙一被控訴人標章目録①記載の標章(以下「被控訴人標章①」という。)を付して製造販売している。
イ 被控訴人ホールディングスは、前記のとおり日本和装グループ全体の経営管理を行い、被控訴人匠工芸による被控訴人商品の販売の仲介を行うとともに、自社の会員向けに年四回無料で発行している季刊誌「KOSODE」四一号、四二号、四三号、四五号、四六号、四七号(以下「本件雑誌」という。)に別紙一被控訴人標章目録②記載の標章(以下「被控訴人標章②」といい、被控訴人標章①と併せて「被控訴人標章」という。)を付して、本件雑誌を頒布している。
ウ 被控訴人協同組合は、被控訴人標章①を付して被控訴人製品に付するための証紙を発行している。
三 争点
(1) 商標法に基づく請求について
ア 本件商標と被控訴人標章の類否(争点一)
イ 被控訴人標章の使用は商標としての使用に該当するか(争点二)
ウ 被控訴人標章の使用は商標法二六条一項二号に該当するか(争点三)
(2) 不正競争防止法に基づく請求について
ア 本件商標は、周知著名商品等表示(不正競争防止法二条二項一号・二号)に該当するか(争点四)。
イ 本件商標と被控訴人標章との類否(争点五)
ウ 被控訴人標章の使用は不正競争防止法一九条一項に該当するか(争点六)
(3) 前記(1)及び(2)に基づく請求について
ア 権利濫用の成否(争点七)
イ 損害の発生及び数額(争点八)
ウ 謝罪広告の掲載の必要性(争点九)
四 争点に対する当事者の主張
(1) 争点一及び争点五(商標の類否)について
【控訴人の主張】
ア 被控訴人標章である「博多帯」は、博多織の帯という意味であり、本件商標である「博多織」とは、指定商品「和服」の中の「帯」について共通観念を有し、観念的に極めて類似している。そのため、需要者が被控訴人標章を見た場合は、「博多織」の表示がなくても、「博多織」の「帯」と連想することになるから観念が類似する。また、本件商標と被控訴人標章の称呼を比べると、「ハカタオリ(織)」と「ハカタオビ(帯)」では、語尾の「リ」と「ビ」の差異は母音「i」を同じくする語であり、称呼が類似する。さらに、本件商標と被控訴人標章は、これらを構成する文字のうち頭の二文字が「博多」と共通するため、その外観も類似している。
よって、本件商標と被控訴人標章とは類似する。
イ 被控訴人らは、本件商標には識別力がないと主張するが、失当である。本件商標は周知性の要件を満たしていると判断されたからこそ地域団体商標として登録されたものである。本件商標は、「博多織産地における生産者の集合体である控訴人の組合員の製品」という出所表示機能を備えている。従って、類否の検討がなされるべきである。
【被控訴人らの主張】
ア 外観、称呼、観念による商標の類否判断は、識別標識たる商標の類否判断に用いられる手法であるところ、本件商標は地域団体商標とされたものの識別力はなく、被控訴人標章に至っては後記のとおり普通名称であって識別標識ではないから、両者を上記手法で対比することは無意味である。
イ 本件商標と被控訴人標章とを対比すると、まず、称呼については、「ハカタオリ」と「ハカタオビ」は末尾において「リ」音と「ビ」音の差異があり、両差異音は母音共通であるものの、末尾音は中間音よりも聴取が容易であるし、子音において前者は軽やかな音感のラ行音、後者は鈍い音感の濁音の差異があるばかりか、その抑揚も前者は、未尾の「リ」音にアクセントを付して滑らかに発音されるのに対し、後者は「オ」音にアクセントを付して二段落で「ハカタ」「オビ」と発音され、顕著な差がある。
次に、観念についても、「博多織」は博多織製法で織られた絹織物の意味であり、「博多帯」はそのようにして織られた帯の意味であって「織物」と「帯」の違いがあり、いずれも古来から日本にあって永い歴史の過程で区別して認識されてきた文字であるから、観念的にも同一又は類似ではない。
さらに、外観上についても、「博多織」と「博多帯」は、いずれも漢字三文字から成り、最初の二文字の「博多」は共通するが、末尾文字が「織」と「帯」であって全く異なる。共通文字である「博多」は周知の地名であって、商品等に多用されていて、看者の注意をさほど惹かないから、「博多織」と「博多帯」は「織」と「帯」の文字によって十分に区別できる。
これら称呼、観念、外観の全体から与えられる印象の差異に加えて、地域ブランドは、永い歴史の過程で特定の商品群を指称する営業名称として認識されてきたものであるから、それに地域団体商標権が設定されたとしても、その類似範囲は制度趣旨に照らして相応に限定されなくてはならないことや、被控訴人商品が一本三〇万円ないし五〇万円の高価品であり、需要者において商品を選択する際に相当の注意を払うと考えられることを総合考慮すれば、本件商標と被控訴人標章による出所混同のおそれはなく、これらが類似するとはいえない。
(2) 争点二(商標としての使用の該当性)について
【控訴人の主張】
被控訴人標章の使用は、博多織物協同組合(被控訴人協同組合)に属する業者が製造したという自他商品識別機能を発揮しているので、商標としての使用に当たる。
すなわち、被控訴人標章①については、甲一六、一七の証紙には「博多帯」の文字の真下に「博多織物協同組合」という文字が大書されている。取引者、需要者は、この証紙に書かれている「二千年伝承」や「博多織物協同組合」と表示されていることも含めて、文字の書かれた位置、態様、文字の大きさを総合的に観察して、被控訴人標章は、博多織物協同組合に属する業者の製造した「博多帯」であるという意味を持つところの出所標識ないし識別標識であると認識する。このように被控訴人標章①の使用は、博多織物協同組合に属する業者が製造したという自他商品識別機能を有しているので、商標としての使用に当たる。
【被控訴人らの主張】
ア 商標は自他商品の識別標識であるところ、被控訴人標章の「博多帯」は、「博多織の帯」の商品群を指称するのみで、「誰の帯であるか」を識別する機能を備えていないから商標ではなく、商標としての使用に当たらない。
イ 被控訴人標章①について
帯や和服に証紙を付してその証紙にどこの帯であるかを記すことは一般に行われているところ、被控訴人標章①も通常の書体の域を出ない書体で「二千年伝承 博多帯」と記載した証紙を帯に付して、それが博多地域で古来から伝承した織り方で織られた帯であることを需要者に発信したものであって、需要者もそれを超えて「誰かの帯である」と認識するものではないから、商標の「使用」には当たらない。
ウ 被控訴人標章②について
被控訴人標章②の使用は、いずれも商品の標識として用いたものではないから、商標の「使用」ではない。
(3) 争点三(被控訴人標章の使用の商標法二六条一項二号該当性)について
【被控訴人らの主張】
ア 地域団体商標と商標法二六条該当性
地域団体商標は普通名称であるから、同商標に自他商品の識別力はなく、同商標が表示しているのは品質表示・産地表示だけであるとして、地域団体商標に係る商標権(以下「地域団体商標権」という。)の効力は、地域にあって地域に由来する製法で製品を製造しているものの同商標権の権利者である団体に加入していない者(以下「地域内アウトサイダー」という。)に対しては、商標法二六条が適用され、その効力は及ばない。何故なら、地域団体商標は、品質(地域性・製法)標識であるから品質(地域性・製法)を備えている限りその使用を認めても実害がないし、商標権者の権利内容は普通名称と同じであってその財産的価値は考慮に値しないからである。また、地域団体商標制度は、地域内事業者に地域外事業者を排除する権利を与えた制度であるから、地域内事業者が固有の製法で生産した商品である限り基本的にはその使用を認めるべきであるからである。
イ 被控訴人標章の使用の商標法二六条一項二号該当性
「普通名称」とは、特定の業務を営む者から流出・提供された商品又は役務を指称するのではなく、取引界においてその商品又は役務の一般的な名称であると認識されるに至っているものをいう。そして、「博多帯」は、広辞苑に「博多織の帯」と掲載される等しており、「博多織製法によって織られた帯」の意として永い歴史の中で使われてきた普通名称である。そして、「普通に用いられる方法」とは、取引界において普通に使用されると認められるような方法を指すところ、被控訴人標章②が「普通に用いられる方法」に該当することはいうまでもない。また、帯や和服に証紙を付してその証紙にどこの帯であるかを記すことは一般に行われており、特に商品が帯のように日本の伝統文化に属するものであれば毛筆書体で表示することも一般であるところ、被控訴人標章①は、事業者が通常用いる書体の域を出ない毛筆書体で「博多帯」と記載した証紙を帯に付して、「二千年伝承」の文字を付記してそれが博多地域で古来から伝承した繊り方によって織られた博多帯であることを需要者に発信したものであって、需要者もそれを越えて「誰かの帯である」と認識するものではないから「普通に用いられる方法」に該当する。
【控訴人の主張】
ア 地域団体商標と商標法二六条該当性
地域団体商標制度は、地域における複数の事業者等が当該地域の特産品に当該地域名と商品等の普通名称を組み合わせた標章を付して販売するような製品等(以下「地域ブランド」という。)についての事業者等の信用の維持を図るとともに、地域ブランドの保護による我が国の産業競争力の強化と地域経済の活性化を図るために平成一七年の商標法改正によって新設された制度であり、商標法三条二項より若干登録要件(特別顕著性)を緩和することによって多くの地域ブランドに商標法上の保護を与えようとしたものである。
そして、地域団体商標権の効力が他の商標権の効力と何ら異ならない以上、地域団体商標権の効力が、地域団体商標又はその類似する商標を使用している地域内アウトサイダーにも及ぶことは当然であり、地域団体商標権の地域内アウトサイダーに対する効力において、特別に問題となるのは商標法三二条の二が規定する先使用権の問題だけである。この点、被控訴人匠工芸が、被控訴人標章の使用を始めたのは、控訴人が本件商標の登録を行ってから二年が経過した後であり、被控訴人匠工芸による被控訴人標章の使用は、商標法三二条の二が規定する先使用には当たらない。
イ 被控訴人標章の使用の商標法二六条一項二号該当性
(ア) 被控訴人標章を見た場合、取引界では、「博多帯」の名称は、特定の業務を営む被控訴人から供出された商品を指称すると理解され、出所表示機能があり、自他商品識別機能も備わっていることが明らかである。したがって、被控訴人標章の「博多帯」は普通名称ではない。
(イ) 地域団体商標権に関して、商標法二六条の適用に関する特別な規定がないことから、被控訴人標章の使用につき商標法二六条一項二号が適用される。すなわち、被控訴人が地域内アウトサイダーであっても、地域団体商標と類似の標章を普通に用いられる方法によって使用する限りは、商標法二六条一項二号に該当する。
そして、「普通に用いられる方法」とは、当該商標の位置、大きさ等から、それが自他商品識別機能を発揮する態様で使用されているか否かにより個別具体的に判断すべきところ、本件において、帯に標章が付される一般的な場所に「品質表示の証紙」と「スコッチガードの証紙」との間に、これらの証紙の数倍の大きさで被控訴人標章が付されている。そして、被控訴人標章の使用は、被控訴人協同組合に属する業者が製造したという自他商品識別機能を発揮しているので、「普通に用いられる方法」とはいえない。
(4) 争点四(周知著名商品等表示該当性)について
【控訴人の主張】
本件商標は、控訴人設立当時(昭和三〇年)又はそれ以前から全国に控訴人商品を出荷するに当たって使用されてきた。現に福岡、東京、大阪、名古屋をはじめとして全国的規模で毎年博多織展が開催されていて、その博多織展において本件商標は使用されており、新聞、雑誌、カタログ等によってもその事実は明らかである。また、そもそも本件商標は地域団体商標として登録されたものであるから、商標法七条の二の登録要件(周知性の要件)を具備していることは当然である。
したがって、本件商標は、和服の取引関係者及び一般需要者の間で既に全国的に周知著名な商標となっている。
【被控訴人らの主張】
控訴人が本件商標の周知性及び著名性の立証のために提出した証拠を検討するに、証拠<省略>については、本件商標を使用するのは情報宣伝・販売促進事業のみであるところ、同事業は平成二一年度においては求評会を一回開催し、博多の観光と物産展に一回参加し、他団体主催の催事に一〇回余り参加したにすぎない。また、証拠<省略>は博多織求評会に関するものであって博多織展に関するものではなく、また多くは「博多織求評会」と表示されていて本件商標が使用されているものは少ない。さらに、証拠<省略>は控訴人が頒布したチラシであるがその頒布数は不明であり、証拠<省略>には本件商標が使用されておらず、証拠<省略>は控訴人が作成頒布したカタログであるがその頒布数は不明であり、証拠<省略>は控訴人が使用する便せんと封筒であるが本件商標が使用されておらず、証拠<省略>は、控訴人の副理事長の名刺にすぎない。
したがって、上記証拠をもってしては本件商標が周知著名な商品等表示であるとはいえない。
(5) 争点六(不正競争防止法一九条一項該当性)について
【被控訴人らの主張】
被控訴人らの被控訴人標章の使用は、前記(3)と同じ理由により不正競争防止法一九条一項一号に該当する。
【控訴人の主張】
否認ないし争う。
(6) 争点七(権利濫用の成否)
【被控訴人らの主張】
ア(ア) 控訴人の組合員であった株式会社匠工芸(以下「旧匠工芸」という。)は、平成二一年一月二六日株主総会決議により解散して清算会社となり、被控訴人匠工芸(当時の商号:日本和装ホールセラーズ株式会社)は、清算会社旧匠工芸から同社の営業一切を承継し営業承継に伴って控訴人の組合員資格も承継した。このように被控訴人匠工芸は、控訴人の組合員であるから、本件商標を使用することができる(商標法三一条の二第一項)。
(イ) 旧匠工芸は、控訴人の組合員となった以前から、福岡県博多区又は同県大野城市において、不正競争の目的なく、継続してその製造する帯に本件商標を付して販売しており、その後本件商標権が設定された後も同様であった。そして、前記のとおり被控訴人匠工芸は、清算会社旧匠工芸から同社の営業一切を承継したが、本件商標の使用を中止した期間はわずか二年強である。よって、被控訴人匠工芸は、業務を承継した者として先使用権を有する(商標法三二条の二、不正競争防止法一九条一項三号及び四号)。
(ウ) 控訴人による被控訴人匠工芸の組合加入拒否は無効であり、被控訴人匠工芸は控訴人の組合員たる地位に基づき本件商標を使用することができる(商標法三一条の二第一項)。
(エ) 以上のとおり、被控訴人匠工芸は、被控訴人商品に本件商標を使用できるのに、控訴人は、被控訴人匠工芸に対して、被控訴人匠工芸が本件商標ないしこれに類似する標章を使用することは、商標法及び不正競争防止法違反の行為であり、これについては刑事罰も定められていること、また、同使用の事実が判明した場合は、法的措置を行う旨の警告を行うなどの虚偽の説明及び警告をし、被控訴人匠工芸の営業を妨害した。これによって、被控訴人匠工芸は、やむなく当面は「博多織」の使用を控えて「博多帯」の表示を使用することとしたものである。したがって、控訴人の被控訴人匠工芸に対する本件商標権の行使は、権利の濫用である。
イ 被控訴人匠工芸は、不当にも組合加入を拒否された地域内アウトサイダーであるから、不当拒否した控訴人が被控訴人匠工芸に対して地域団体商標である本件商標権を行使することは権利の濫用である。
この点、控訴人は、被控訴人匠工芸の組合加入を拒否したことには正当な理由があると主張する。しかし、以下のとおり控訴人の主張は理由がない。
まず、被控訴人匠工芸は、資本金が三〇〇〇万円で、常時使用する従業員数は五〇名以下であるから、中小企業団体組織法五条の「中小企業」に該当するし、被控訴人ホールディングスの一〇〇%子会社ではあるが、同社との間に取締役の兼任もなく、支配従属の関係もないから、大企業であるとはいえない。
仮に、被控訴人ホールディングスと同匠工芸とを一体的にとらえて被控訴人匠工芸が大企業であったとしても、控訴人は定款をもって大企業の控訴人への加入を認めているから、控訴人の組合加入拒否は違法である。すなわち、中小企業団体組織法一一条一項は、定款で定めたときは「その地区内において資格事業を営む者であって、中小企業者以外の者」も組合員資格を有すると規定する。そして、控訴人の定款第九条も組合員の資格を中小企業に限定していない。
また、控訴人は、商工組合であるところ、商工組合は、「法律の規定に基づいて設立された組合」(独占禁止法二二条)に該当しないから、独占禁止法二二条は商工組合には適用されない。もっとも、中小企業団体組織法八九条で独占禁止法の適用除外を規定しており、同条には「中小企業者以外のものが利用するものを除く」とあることから、大企業者も利用する事業には独占禁止法の規定が除外されないことになる。
さらに、被控訴人匠工芸の商品を全国約一六万二〇〇〇人の女性会員を相手に販売しても、そのために控訴人の他の組合員の商品が売れなくなるわけではない。
【控訴人の主張】
ア 旧匠工芸が本件商標の登録前から「博多織」を使用していて、本件商標について先使用権を有していたとしても、先使用権が成立するためには登録出願前から当該時点まで継続してその商標を使用していることを要する(商標法三二条の二第一項)。しかるに、被控訴人匠工芸が旧匠工芸の事業を承継する前に、旧匠工芸は「博多織」を使用しなくなっており、その先使用権は上記要件を欠けることとなっており、消滅している。したがって、被控訴人匠工芸が旧匠工芸の先使用権を承継することはない。
イ 被控訴人標章の出所は被控訴人匠工芸であるにもかかわらず、控訴人と紛らわしい被控訴人協同組合を設立し、それが出所であるかのように偽っており、この点において、他人の信用を利用して不当に利益を得ようとする目的、すなわち不正競争の目的があるといえる。
ウ 控訴人は、被控訴人匠工芸による控訴人への加入申出を拒絶しているところ、同拒絶には、以下のとおり正当な理由(中小企業団体組織法四〇条、中小企業等協同組合法一四条)がある。
まず、控訴人は、中小企業団体組織法を設立準拠法とする工業組合であり、中小企業が協同することを組合の目的としているところ、巨大企業である日本和装グループが控訴人に加入すると、控訴人内のパワーバランスが崩れ、控訴人の民主的な運営が阻害され、中小企業事業者の事業の改善、発達という、組合設立の目的が実現しなくなる。
次に、控訴人に日本和装グループのような巨大企業が加入してしまうと、控訴人が、独占禁止法の適用除外組合ではなくなり、控訴人の存在意義そのものが危うくなる。すなわち、控訴人は、小規模事業者の相互扶助を目的とする組合であり、独占禁止法が適用除外される組合である(独占禁止法二二条)。そして、組合に小規模事業者とは認められない者が加入していると、その協同組合は「小規模の事業者の相互扶助を目的とする」ものとは認められず、独占禁止法の適用除外とならない。同法の適用を考える場合、小規模事業者とは、その業界の特質、取引の態様、企業の従業員数、資本金、総資産、生産能力、生産・販売の実績、取引数、資本系列等の諸事情を総合的に勘案して判断される。しかるに、被控訴人匠工芸は同ホールディングスを含めて実質的に考えると、小規模事業者に該当しない。
さらに、日本和装グループの販売方法について、従来から評判が悪く、日本和装グループの控訴人への加入を認めた場合、控訴人の社会的信用が失墜し、控訴人にとって打撃となるおそれがある。
エ 被控訴人らは、被控訴人匠工芸は大企業ではないから控訴人に加入できるはずであると主張するが、被控訴人匠工芸は、日本和装グループ全体の経営管理を行っている被控訴人ホールディングスの一〇〇%子会社であり、被控訴人ホールディングスと一体となって着物関連事業等を行っている会社であるから、被控訴人匠工芸と被控訴人ホールディングスは一体とみるべきであって、被控訴人匠工芸だけを取り上げて中小企業と評価すべきではない。
したがって、控訴人が、被控訴人匠工芸の控訴人への加入を拒むことには、正当な理由がある。
(7) 争点八(損害の発生及び数額)について
【控訴人の主張】
ア 逸失利益
被控訴人商品の売上 一億三九二七万〇四四八円
生産本数 五一一七本
一本当たりの売上高 二万七二一七円
被控訴人標章の使用期間は平成二一年四月から平成二三年二月までの二三か月で、博多織業者の粗利益率は通常約四〇%であるから、被控訴人匠工芸の平成二一年四月から平成二二年一一月までの粗利益は次のとおりである。
一億三九二七万〇四四八円×〇・四×二三/一二=一億〇六七七万四〇一〇円
イ ライセンス料相当額の損害 八〇〇万八〇五〇円
仮に逸失利益の損害が認められないとしても、通常のライセンス料相当額の損害を被っている。
通常のライセンス料は、売上げの三%程度であるところ、ライセンス料相当額の損害は、八〇〇万八〇五〇円である。
ウ 信用毀損による損害 三〇〇〇万円
エ 弁護士費用及び弁理士費用 一三六七万七四〇一円
オ 上記ア、ウ、エの合計 一億五〇四五万一四一一円
【被控訴人らの主張】
否認する。
控訴人が被控訴人らに対して本件商標権の通常使用権を許諾することは、法律的に認められないばかりか、両者間に本件商標権の通常使用権の許諾契約が締結された可能性は全くないから、控訴人にライセンス料相当損害金が発生する余地はない。
(8) 争点九(謝罪広告の成否)について
【控訴人の主張】
被控訴人らの商標権侵害行為及び不正競争行為によって、控訴人がその営業上の信用を毀損されたことから、被控訴人らは、控訴人の営業上の信用を回復するため、別紙三謝罪広告目録記載の謝罪文を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に掲載する義務がある。
【被控訴人らの主張】
否認する。
第三当裁判所の判断
当裁判所は、控訴人の商標法に基づく請求については、①本件商標と被控訴人標章とは類似せず、②仮に本件商標と被控訴人標章とが類似するとしても、被控訴人による被控訴人標章①の使用が商標としての使用に該当し、かつ商標法二六条一項二号に該当しないが、被控訴人標章②の使用は商標としての使用に該当せず、かつ商標法二六条一項二号に該当するので理由がなく、控訴人の不正競争防止法に基づく請求については、①本件商標が同法二条一項一号及び二号の周知著名商品等表示に該当するとは認められず、②仮に本件商標が周知商品等表示に該当するとしても、上記のとおり本件商標と被控訴人標章とは類似せず、③被控訴人による被控訴人標章①の使用は同法一九条一項一号に該当しないが、被控訴人標章②の使用は同法一九条一項一号に該当するので理由がなく、いずれの請求についても権利濫用(民法一条三項)に該当し理由がないので、本件控訴をいずれも棄却すべきものと判断する。以下理由を述べる。
一 地域団体商標制度について
本件商標は、地域団体商標であるところ、地域団体商標(商標法七条の二)は、地域産業の活性化を図るための地域ブランドの保護の観点から、地域名と商品名又は役務名とからなる商標について、登録要件を緩和するものである。
すなわち、地域における複数の事業者等が、当該地域の特産品に、当該地域名と商品等の普通名称を組み合わせた標章を付して商品を売り出すことがあるが、従前、このような標章については原則として商標登録を行うことができず(同法三条一項三号)、同標章について、商標登録を受けるためには、商標法三条二項によりそれが特定の出所を示すものとして需要者に認識される必要があった。しかし、上記のような地域ブランドが、商標法三条二項が規定する特別顕著性の要件を充足することは困難なことが多く、そのような識別性を獲得するまでの間、他の地域の事業者等が地域ブランドの名称を便乗使用することを排除できないなど弊害が多かったことから、地域産業の振興の観点から、同法三条二項が規定する特別顕著性を獲得する以前の地域ブランドについて、所定の要件の下で特別の商標登録ができるように、平成一七年の商標法改正によって新たに規定を設けたのが地域団体商標の制度である(産業政策説。)。
そして、地域名と商品名又は役務名とからなる商標は、一般に独占に適さないと考えられるため、団体商標制度の枠組みが採用され、組合等の一定の団体が構成員に使用させる商標についてのみ、地域団体商標として登録が認められたものである。加えて、地域団体商標の出願人となり得るのは、事業協同組合等の特別法により設立された組合であって、設立根拠法上、構成員の加入の自由が保障されているものに限られる(同法七条の二第一項柱書)。これは、前記のとおり地域名と商品名又は役務名とからなる商標は、本来独占に適さないことが考慮されたものである。
本件の争点を検討するに当たっては、地域団体商標の上記制度趣旨等を考慮して判断するのが相当である。
二 争点一及び争点五(本件商標と被控訴人標章の類否)について
(1) 控訴人は、被控訴人標章は、本件商標と類似し、本件商標は前記前提事実のとおり、指定商品に博多織製法により福岡県福岡市等により製造された絹織物の和服が含まれているところ(第二五類)、被控訴人標章を被控訴人商品に付して使用することは、本件商標権を侵害する旨主張する。
この点、被控訴人商品は博多織製法により製造された帯製品であるところ、これは本件商標の指定商品(第二五類)に含まれることから、以下本件商標と被控訴人標章との類似性について判断する。
ところで、商標と標章の類否は、対比される標章が同一又は類似の商品・役務に使用された場合、商品・役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品・役務に使用された標章がその外観、称呼、観念等によって取引者又は需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察するべく、しかもその商品、役務の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。そして、商標と標章の外観、称呼又は観念の類似は、その商標を使用した商品・役務につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず、したがって、これら三点のうち類似する点があるとしても、他の点において著しく相違することその他取引の実情等によって、何ら商品・役務の出所の誤認混同をきたすおそれの認め難いものについては、これを類似の標章と解することはできないというべきである(最高裁判所昭和三九年(行ツ)第一一〇号同四三年二月二七日第三小法廷判決・民集二二巻二号三九九頁、最高裁判所平成六年(オ)第一一〇二号同九年三月一一日第三小法廷判決・民集五一巻三号一〇五五頁参照)。
(2) そこで検討すると、本件商標の構成は、標準文字で「博多織」と横書きしてなるものである。これに対し、被控訴人標章は、別紙一被控訴人標章目録記載のとおりであり、毛筆体で「博多帯」と横書きしてなるものか(被控訴人標章①)、明朝体又はゴシック体で「博多帯」と縦書き又は横書きしてなるものである。
まず、外観について検討すると、外観の類似性とは、視覚を通して文字、図形、記号、色彩等外観に現れた形象を観察した場合両商標が相紛らわしいことをいうところ、本件標章は標準文字で「博多織」の三文字の漢字からなるものであるのに対し、被控訴人標章はやはり「博多帯」と三文字の漢字からなるものである。そして、両者は「博多」で共通するものの、「博多」は福岡県博多区ないし福岡市東半部を指す地名にとどまり、それ自体何ら自他商品の出所識別機能を有するものではない。そして、末尾の「織」と「帯」の文字は異なることから、全体が三文字であることを併せ考慮すると、この末尾の一文字が異なる結果、それらの外観は著しく異なるものというべきである。
次に称呼について検討すると、称呼の類似性とは、文字、図形、記号、色彩等の標章の構成からその標章を読みかつ呼ぶ場合その読み方呼び方において両商標が相紛らわしいことをいう。標章の構成から本件標章は「ハカタオリ」との称呼が生じるのに対し、被控訴人標章は「ハカタオビ」という称呼が生じ、末尾の母音もいずれも「イ」であり共通する。しかしながら、末尾音は中間音と比べて聴取しやすいことに加え、前者は「ハカタオリ」と一連の呼び方をし、かつ冒頭にアクセントがあるのに対し、後者は「ハカタ・オビ」と前半三文字の音と後半二文字の音が区別され、しかも後者の「オ」にアクセントがあると認められる。そして、前記のとおり「博多」の部分は地名にとどまりそれ自体何らの自他商品の出所識別機能を有さず、末尾の「オリ」と「オビ」で区別するものといえるから、両者は呼び方において相紛らわしいとはいえない。
最後に観念について検討すると、観念の類似性とは、文字、図形、記号、色彩等の標章の構成から一定の意味を把握する場合その意味において両商標が相紛らわしいことをいう。本件商標は、「博多で生産される絹織物」との観念が生じるのに対し、被控訴人商標は「博多で生産される着物の帯」との観念が生じ、絹織物と帯とは後者は前者に含まれるとはいえ、両者は区別されるものである。
(3) 以上のとおり、本件商標と被控訴人標章とは、少なくとも外観と称呼が類似せず、その取引の実情を考慮しても、両者は需要者又は取引者において区別することができ、両者は類似しないものというべきである。
なお、被控訴人は、本件商標は地域団体商標とされたものの識別力はなく、被控訴人標章は普通名称であって識別標識ではないから、両者を上記手法で対比することは無意味であると主張する。しかし、地域団体商標権も商標権の一種であり、商標権と同しくその侵害に対しては損害賠償請求も差止請求も認められる点で効力が同じであり、その商標の類否も前記のとおり同様の手法で判断するべきである。よって、この点に関する被控訴人の主張は採用できない。
三 争点二(商標としての使用の有無)、争点三(商標法二六条一項二号該当性)及び争点六(不正競争防止法一九条一項一号該当性)について
(1) 地域団体商標の制度趣旨につき、不正競争防止法二条一項一三号でも規制し得る産地等の誤認行為を定型的に規制する制度であると理解する見解がある(行為規制定型化説)。この見解によれば、地域全体の事業者にとってのブランド保護が地域団体商標制度の目的と解することから、当該地域の事業者(地域内アウトサイダー)が用いる限り、当然に商標法二六条一項二号に該当すると解することになるとされる。
しかし、地域団体商標の制度趣旨は、前記のとおり、地域産業の振興の観点から、商標法三条二項が規定する特別顕著性を獲得する以前の地域ブランドについて、所定の要件の下で特別の商標登録ができるようにしたものと理解するのが相当であり(産業政策説)、このような理解によれば、前記地域内アウトサイダーが当該地域団体商標を使用する場合にも、当該使用態様が自他商品の出所識別機能を害するものである場合は、商標法二六条一項二号に該当するということはできないことになる。地域団体商標制度の導入に際しては、地域団体商標として登録される地域の名称及び商品の名称等からなる商標は、当該地域において当該商品の生産・販売、役務の提供等を行う者が広く使用を欲する商標であり一事業者による独占に適さない等の理由で原則として登録を認めないこととされていたところ、地域団体商標が登録されたことにより、同種の商品を扱う者が商品の産地や原材料名等の取引上必要な表示を全く付せなくなれば、これらの者の営業活動が過度に制約されるおそれがあり、地域団体商標に係る商標権の効力が他の事業者による取引上必要な表示に対して過度に及ばないようにする必要があることから、商標法二六条一項を適用することにして特別規定を設けていない。さらに、実質的にも地域内アウトサイダーの使用とはいえ、先使用権の要件を除き通常の商標権と同一である地域団体商標権を侵害する場合があり得ることからすれば、後者の理解が相当である。
(2) 被控訴人標章①について
被控訴人標章①の「博多帯」は、広辞苑に「博多織の帯」と掲載される等しており、「博多織製法によって織られた帯」の意として長年使われてきた普通名称であると理解される。
そこで、被控訴人標章①の使用が「普通に用いられる方法」に該当するか否かを検討すると、本件において、帯に標章が付される一般的な場所に証紙が付され、その証紙において毛筆体で証紙のおおむね中心に「博多帯」と書かれ、その直下には「博多織物協同組合」と被控訴人協同組合の名称が刻印と共に付されており、被控訴人標章①を看た需要者は、これらが一体として被控訴人協同組合に属する業者が製造したものであるという自他商品識別機能を発揮しているので、「普通に用いられる方法」ということはできない。
被控訴人らは、上記態様が「普通に用いられる方法」であるとして証拠<省略>を提出するが、いずれも上記被控訴人標章①の使用態様と異なるものであり、前記認定判断を左右するものではない。
(3) 被控訴人標章②について
ア 証拠<省略>によれば、被控訴人ホールディングス発行の宣伝誌「KOSODE」中の被控訴人標章②の使用態様は次のとおりである。
(ア) 四一号
① 「ひと目ぼれした博多帯は、オールマイティに活用できる私の強い味方!」
② 「博多帯は、合わせやすくて、とても重宝しています」(いずれも縦書き)
(イ) 四二号
① 「人気の献上博多帯は、配色で秋らしさを漂わせています。」(横書き)
② 「博多帯ですっきりと」(縦書き)
③ 「軽くて結びやすい博多帯で活動的に。」(横書き)
(ウ) 四三号
「涼やかな夏塩沢に、色味を抑えた博多帯。」(横書き)
(エ) 四五号
① 「琉球絣の味わいを楽しみながら博多帯で陶芸展に」(縦書き)
② 「張りのあるきものにふさわしい絽目に織りだした博多帯。」(横書き)
③ 「明るい色調が若々しい夏大島に絽の博多帯でミニ同窓会に」(縦書き)
④ 「大胆な紗紬に博多帯で遊び心を。」(縦書き)
⑤ 「独鈷柄の博多帯はさすが」(横書き)
(オ) 四六号
「白の博多帯で洒落な着こなしに」(横書き)
(カ) 四七号
① 「鮫小紋を楽しむ」「博多帯二種」(二段横書き)
② 「博多帯一〇万円均一」(縦書き)
イ 以上検討すると、いずれも「博多帯」の文字を短文の一部に用いたもので自他商品識別機能を害する態様で使用されているものではない。よって、被控訴人らによる被控訴人標章②の使用は、商標としての使用に該当せず、かつ商標法二六条一項二号及び不正競争防止法一九条一項一号にいう「普通名称を普通に用いる方法」により使用するものというべきである。
四 争点四(周知著名商品等表示の該当性)について
(1) 周知商品等表示(不正競争防止法二条一項一号)の該当性
不正競争防止法二条一項一号が適用されるためには、当該商品等表示が「他人の商品等表示」すなわち「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものをいうとされる。そして、控訴人の提出する証拠<省略>をもってしても、本件商標が控訴人の商品等表示であるとして、少なくとも福岡県及びその隣接県に及ぶ程度の需要者の間に広く認識されているということはできない(本件商標自体が上記需要者の間に広く認識されているとしても、後記のとおり本件商標である「博多織」が普通名詞であるといえる以上、もとより当然である。)。
この点、本件商標は、商標法七条の二第一項の「自己又はその構成員の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているとき」の要件を満たすとして地域団体商標として登録されているが、たとえ不正競争防止法二条一項一号の周知性の要件も商標法七条の二第一項の周知性の要件も需要者からの当該商標と特定の団体又はその構成員の業務に係る商品等との結び付きの認識を要する点で同義であったとしても、本件において前記立証を要するものであるから、前記判断を左右するものではない。
したがって、本件商標は周知商品等表示に該当するということはできない。
(2) 著名商品等表示(不正競争防止法二条一項二号)の該当性
不正競争防止法二条一項二号が適用されるためには、当該商品等表示が「著名な」商品等表示であることを要するところ、ここでいう「著名な商品等表示」とは、商品等表示の中でも特にその表示主体の営業努力によって高い名声、信用及び評価が備わり、全国的に広く知られるようになったものをいうと解される。しかし、控訴人提出の前記証拠によっては、本件商標が控訴人の商品等表示であるとして全国的に広く知られているということはできず、控訴人の主張は理由がない。また、本件商標が地域団体商標として登録されているとしても、商標法七条の二第一項の周知性の要件は、前記のとおり同法三条二項の特別顕著性の要件が緩和されたものであり、本件商標が全国的に広く知られているということはできない。
したがって、本件商標は著名商品等表示に該当するということはできない。
五 争点六(不正競争防止法一九条一項の適否)について
前記のとおり、本件被控訴人標章①の使用は「普通名称を普通に用いられる方法」により使用したとは認められないことから、同様の理由から、不正競争防止法一九条一項もまた適用されないというべきである。これに対し、本件被控訴人標章②の使用は、不正競争防止法一九条一項に該当するといえる。
六 争点七(権利濫用の成否)について
なお、事案に鑑み、控訴人の権利行使が権利の濫用に当たるか否かについても当裁判所の判断を示すこととする。
(1) 認定事実
当事者間に争いのない事実並びに証拠<省略>によれば、以下の事実が認められる。
ア 控訴人の組合員であった旧匠工芸は、控訴人が地域団体商標として商標登録を受ける以前から、本件商標が表示された証紙を付した博多織の帯の製造・販売を行い、控訴人が本件商標につき商標登録を受けた後も継続して本件商標を使用していたものであるが、平成二一年一月二六日に解散し清算会社になった。
イ 旧匠工芸は、平成二一年二月一〇日、同社が博多織を製造していた工場や同工場内の機械器具動産一式を被控訴人匠工芸に賃貸し、被控訴人匠工芸は、賃借した同工場及び同機械器具動産一式を用いて、旧匠工芸の元従業員を雇用した上、被控訴人商品の製造・販売を開始した。被控訴人匠工芸の資本金は三〇〇〇万円であり、従業員数は五〇名以下である。
ウ 控訴人は、平成二一年二月二七日、旧匠工芸に対し、同会社が解散したことによって、控訴人の組合員資格を失った旨通知した。
また、控訴人は、被控訴人匠工芸に対し、平成二一年三月、被控訴人匠工芸が本件商標ないしこれに類似する商標を使用することは、商標法及び不正競争防止法に違反する行為であり、同使用については刑事罰も定められていること、また、同使用の事実が判明した場合は、法的措置を行う旨の警告を行った。
エ 被控訴人匠工芸は、上記ウの警告を受け、被控訴人商品に本件商標である「博多織」の表示を使用せず、被控訴人商品に「博多帯」の表示、すなわち、被控訴人標章①を付した上、全国に販売することとした。
オ 被控訴人匠工芸は、平成二一年九月二八日、訴外匠工芸から、従前、被控訴人匠工芸が訴外匠工芸から賃借していた建物及び機械器具動産一式を七〇〇〇万円で購入し、訴外匠工芸が行っていた博多織事業の承継を完了した。
カ 被控訴人匠工芸は、平成二二年五月一二日、控訴人に対し、控訴人への加入を申し込んだが、これに対し、控訴人は、被控訴人匠工芸が被控訴人標章を用いていることに異議を述べるとともに、日本和装グループの評判が悪いとしていくつかの質問をし、被控訴人匠工芸は担当者を通じてこれに回答したが、結局、被控訴人匠工芸の控訴人への加入を認めなかった。
キ 控訴人の定款には、以下の規定がある。
(組合員の資格)
第九条 本組合の組合員たる資格を有する者は、次の各号の一に掲げる事業者とする。
(1) 地区内において絹人絹織物、絹人繊織物又は繊維雑品の製造の事業を営む者
(2) 地区内において絹人絹織物および絹人繊織物又は繊維雑品の製造の事業を行なう事業協同組合、事業協同小組合、協同組合連合会、商工組合、協業組合、または商工組合連合会
(加入)
第一〇条 組合員たる資格を有する者は、本組合の承諾を得て、加入することができる。
ク 控訴人は、平成一八年四月時点では組合員数は四七名であるのに対し、平成二三年三月一八日時点では組合員数は四八名であり、両者を比較すると訴外匠工芸を含む九名が脱退し一〇名が新規加入している。
(2) 判断
前記(1)で認定したとおり、本件商標である「博多織」は、本件登録出願前から、被控訴人匠工芸が承継した旧匠工芸において本件商標が表示された証紙を付した博多織の帯の製造・販売を行っていたものである。そして、被控訴人匠工芸において被控訴人標章①を使用するに至ったのは、控訴人の被控訴人匠工芸に対する本件商標権の侵害及び不正競争防止法違反との警告状を受けてのものであるが、その上記本件商標権の侵害も不正競争防止法違反も認められないことは前記認定判断のとおりである。
また、前記のとおり、地域団体商標は、地域名と商品名又は役務名とからなる商標であり、本来独占に適さないことから、地域団体商標の出願人となり得るのは、事業協同組合等の特別法により設立された組合であって、設立根拠法上、構成員の加入の自由が保障されているものに限られるとされる。すなわち、上記出願人たり得る組合は、設立準拠法において、正当な理由がないのに、構成員たる資格を有する者の加入を拒み、又はその加入につき現在の構成員が加入の際に付されたよりも困難な条件を付してはならない旨の定めのあるものに限られている(商標法七条の二第一項)。この点、控訴人は、①被控訴人匠工芸が控訴人に加入すると、控訴人の民主的な運営が阻害され、中小企業事業者の事業の改善、発達という、組合設立の目的が実現しなくなる、②控訴人に被控訴人匠工芸が加入すると、同社が日本和装グループに属するため、控訴人が、独占禁止法の適用除外組合ではなくなり、控訴人の存在意義そのものが危うくなる、③被控訴人ホールディングスの販売方法について、従来から「押し付け商法」との社会的非難を受ける等評判が悪く被控訴人匠工芸、すなわち日本和装グループの控訴人への加入を認めた場合、控訴人の社会的信用が失墜し、控訴人にとって打撃となるおそれがあると主張する。しかしながら、①前記(1)で認定したとおり、被控訴人匠工芸は、その規模からして中小企業団体組織法五条の「中小企業」に該当すること、②前記のとおりそもそも控訴人の定款第九条では組合員の資格を中小企業に限定していないこと、③控訴人は、商工組合であるところ、商工組合は、「法律の規定に基づいて設立された組合」(独占禁止法二二条)に該当しないから、独占禁止法二二条は商工組合には適用されず、仮に被控訴人匠工芸が控訴人に加入しても独占禁止法の適用除外組合ではなくなるとはいえないこと、④控訴人の指摘する日本和装グループの評判についてもそれを認めるに足りる証拠はなく(甲三八は個人のブログにすぎず、その記載をもって上記事実を裏付けられるものではない。)、仮にそのような評判があるとしても、特段控訴人にとって被控訴人匠工芸が控訴人に加入することの妨げになるとはいえないことが認められる。よって、控訴人が被控訴人匠工芸の加入を拒否したことに正当な理由があるということはできない。
なお、控訴人は、日本和装グループが被控訴人協同組合を設立し、その名義で証紙を発行していることから不正競争の目的があり、控訴人の権利行使は権利濫用に当たらない旨主張する。しかし、協同組合が証紙を発行する場合は控訴人以外にも認められ、上記をもって控訴人の権利行使が権利濫用に当たるとの認定判断を左右するものではない。
以上によれば、①被控訴人匠工芸が承継した旧匠工芸において本件商標登録以前から本件商標を使用していたこと、②控訴人の被控訴人匠工芸に対する前記警告は理由がないこと、③控訴人は、本来控訴人への自由加入が保障されていることを前提として地域団体商標登録されたにもかかわらず、被控訴人匠工芸の組合加入の申し出に対して正当な理由なくその加入を認めなかったことからすれば、控訴人が被控訴人匠工芸に対して、本件商標権に基づいて又は本件商標が周知著名商品等表示に該当するとして権利行使をすることは権利濫用に該当し許されないというべきであって、同社の製造販売に加担しているその余の被控訴人に対する関係でも同様に権利濫用に当たるものと解される。
七 結論
以上のとおり、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人の請求はいずれも理由がないから、これらを棄却すべきところ、原判決はその理由が異なるものの、結論において相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙野裕 裁判官 吉村美夏子 上田洋幸)
別紙一 被控訴人標章目録
被控訴人標章
① 被控訴人博多織物協同組合作成の博多帯証紙(下図)記載の、「博多帯」という三文字の一連の漢字(毛筆書体)によって成立する標章
<省略>
② 被控訴人ホールディングス発行の宣伝誌kosode誌(vol.四一、vol.四二、vol.四三、vol.四五、vol.四六、vol.四七)記載の「博多帯」という三文字の一連の漢字(標準書体)(下図)によって成立する標章
<省略>
別紙二 被控訴人商品目録<省略>
別紙三 謝罪広告目録<省略>