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福岡高等裁判所 平成25年(ネ)423号 判決 2013年10月03日

控訴人

同訴訟代理人弁護士

小川秀世

伊藤修一

被控訴人

亡X1訴訟承継人X2

同訴訟代理人弁護士

大窪和久

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  差戻前及び差戻後の控訴審並びに上告審の訴訟費用は、すべて控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

(1)  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要、本件の争点及び審理の経過(本判決に特に掲記する以外、略称は原判決の例による。)

一  事案の概要

本件は、亡X1(以下「X1」という。)が、平成一七年六月にa群島のb事務所の弁護士であった控訴人に債務整理を委任したが、控訴人が債務整理の方針等についての説明を怠り、過払金の回収事務以外の債務整理を放置したことにより、遅延損害金が増加するなどの損害が生じたほか、精神的損害を被ったとして、控訴人に対し、債務不履行に基づく損害賠償金四五五万四〇二九円(遅延損害金相当額一五万四〇二九円、慰謝料四〇〇万円及び弁護士費用四〇万円の合計額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二二年三月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

X1は、本件訴訟を提起したが、第一審係属中である平成二三年三月二〇日に死亡し、同人の妻である被控訴人が本件訴訟に係るX1の権利を承継した。

二  本件の争いのない事実等、争点及び当事者の主張は、後記四のとおり当審における当事者の主張を追加するほか、原判決「事実及び理由」中「第二 事案の概要等」の二及び三に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決三頁一四行目「七月三一日」を「八月一日頃」に改める。)。

本件の争点は、① 控訴人の説明義務違反の有無、② 控訴人の事務処理懈怠の有無、③ X1に生じた損害の有無及び損害額である。

三  本件の審理の経過は以下のとおりである。

(1)  原審は、以下のとおり判示して、控訴人の債務不履行責任を認め、二二万円(慰謝料二〇万円及び弁護士費用二万円)及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で被控訴人の請求を認容し、その余の請求を棄却した。

控訴人は、これを不服として控訴した(被控訴人は控訴していない。)。

ア 争点①について

控訴人は、平成一八年六月二日までに、アイフル、アコム及び武富士から合計一五九万六七九三円の過払金を回収し、楽天KC(当時の商号は国内信販株式会社)及びプロミスには利息制限法の制限利息を超過する支払を元本に充当計算後も残債務(以下「利限残」という。)が残っていることを把握したものの、X1に直接面談して説明することもなく、楽天KC及びプロミスに対し、利限残の八割を一括弁済することによる和解を提案する分配通知を送付し、両者が控訴人の要求に応じない場合には消滅時効を待つとの債務整理の方針(以下「時効待ち方針」という。)を採ることにして、これに応じた楽天KCとの間では和解を成立させたが、控訴人の提案に応じなかったプロミスに対しては、さらなる和解提示等の積極的な働きかけを行わずに待つことにした。

控訴人は、X1に対し、同年七月三一日頃の電話の際に、プロミスが控訴人の提案した和解案に応じなかったので五年の時効を待つこと、プロミスから連絡があったらb事務所に連絡するように指示したが、プロミスに対して時効待ち方針を採ることで終局的な債務整理の解決が遅れること、プロミスから訴訟を提起された場合に遅延損害金のついた敗訴判決を受ける危険性があることなど、時効待ち方針を採ることにデメリットがあることや、過払金から債権者に対して支払った金額を控除した預り金残額がプロミスの利限残を上回っていることから、その全額の弁済を行い債務整理を早期に終了させることが可能であることの説明をせず、預り金の返還分(四八万七二二二円)から支払原資を残すよう説明しなかったことなどからすると、控訴人には、同日の時点において、債務整理を受任した弁護士としての説明義務違反による債務不履行責任が認められる。

イ 争点②について

控訴人は、上記時効待ち方針を採ったことにより債務整理が遅滞したことからすると、事務処理懈怠による債務不履行責任を負う。

ウ 争点③について

控訴人の債務不履行によってX1が被った損害を賠償するには、二二万円(慰謝料二〇万円及び弁護士費用二万円)が相当である。

(2)  (1)に対し、控訴人が控訴したところ、差戻前控訴審は、以下のとおり判示して、被控訴人の請求を棄却した。

被控訴人は、これを不服として上告受理を申し立てた。

ア 争点①について

債務整理を依頼された弁護士は、債権者に対して分配通知等を送付し、これに応じない限りは消滅時効を援用する旨を告げるといった終局処理の遅延が避けられない方法を採用する場合においては、依頼者に当該方法のマイナス面を説明し、当該依頼者の意向や同人の置かれている状況、支払原資の有無、債権者側の対応状況等といった諸事情をふまえて債務整理を進める義務があるというべきである。

本件において、控訴人は、X1に対し、初回面談に際し、取り戻した過払金を用いて、利限残のある債権者に一括払いでの和解を提案するとの債務整理の方針について説明し、平成一八年七月三一日頃にも、サラ金業者から回収した過払金額や楽天KCやプロミスに対する利限残の額、プロミスだけが和解に応じないので五年の消滅時効を待つとの時効待ち方針を採ること、預り金を返還するが、プロミスとの交渉で必要になるかもしれないので保管した方がよいこと、裁判所やプロミスから連絡があれば控訴人の方で対処することについて説明している。X1は、このような控訴人の債務整理の方針について一応の説明を受け、これに異議を述べず、黙示に承諾したものと認められる。

以上からすれば、控訴人に、事件処理の経過や方針について説明義務違反があったとまでは認められない。

イ 争点②について

X1は、上記アのとおり時効待ち方針を採ることで終局処理に時間がかかることが見込まれるような債務整理の方針を黙示に承諾し、その上で控訴人は利限残の八割を一括で支払う内容の和解提示を維持したものであるし、プロミスとの和解交渉が困難になった平成二一年四月以降は、サラ金業者の経営が苦しくなりプロミスから提訴される可能性が高くなったこと、提訴を避けるために一括払いでの和解交渉をするために一定額の金員を準備した方がよいなどと説明したが、和解交渉の前提となる積立金の提供を受ける前にX1から解任され債務整理を終えることができなかったのであるから、控訴人の事務処理に懈怠があったとまでは認められない。

よって、争点③について判断するまでもなく、被控訴人の請求には理由がない。

(3)  上告審は、争点①について以下のとおり判示して、差戻前控訴審判決を破棄し、損害の点についてさらに審理を尽くさせるため、本件を当審に差し戻した。

ア 本件において、控訴人が採った時効待ち方針は、プロミスがX1に対して何らの措置も執らないことを一方的に期待して残債務の消滅時効の完成を待つというものであり、債務整理の最終的な解決が遅延するという不利益があるばかりか、当時の状況に鑑みてプロミスがX1に対する残債権の回収を断念し、消滅時効が完成することを期待し得る合理的な根拠があったことはうかがえないのであるから、プロミスから提訴される可能性を残し、一旦提訴されると法定利率を超える高い利率による遅延損害金も含めた敗訴判決を受ける公算が高いというリスクをも伴うものであった。

また、控訴人は、X1に対し、プロミスに対する未払分として二九万七八四〇円が残ったと通知していたところ、回収した過払金から控訴人の報酬等を控除してもなお四八万円を超える残金があったのであるから、これを用いてプロミスに対する残債務を弁済するという一般的に採られている債務整理の方法によって最終的な解決を図ることも現実的な選択肢として十分に考えられたといえる。

このような事情の下においては、債務整理に係る法律事務を受任した控訴人は、委任契約に基づく善管注意義務の一環として、時効待ち方針を採るのであれば、X1に対し、時効待ち方針に伴う上記の不利益やリスクを説明するとともに、回収した過払金をもってプロミスに対する債務を弁済するという選択肢があることも説明すべき義務を負っていたというべきである。

イ しかるに、控訴人は、平成一八年七月三一日頃、X1に対し、裁判所やプロミスから連絡があった場合には控訴人に伝えてくれれば対処すること、プロミスとの交渉に際して必要になるかもしれないので返還する預り金は保管しておいた方がよいことなどは説明しているものの、時効待ち方針を採ることによる上記の不利益やリスクをX1に理解させるに足りる説明をしたとは認め難く、また、プロミスに対する債務を弁済するという選択肢について説明したことはうかがわれないのであるから、上記の説明義務を尽くしたということはできない。そうである以上、仮に、X1が時効待ち方針を承諾していたとしても、それによって説明義務違反の責任を免れるものではない。

(4)  当審の審理の対象について

上記(3)の差戻を受けた当審は、上告審の判断の拘束力を受けるものであるから(民事訴訟法三二五条三項)、当審の審理の対象は、前記の経緯の元で控訴人が説明義務違反の債務不履行責任を負うことを前提とした、X1に生じた損害の有無及びその金額である。

四  当審における当事者の主張

(1)  控訴人の主張

ア 時効を待っている期間は、X1には何ら苦痛ではなかったこと

控訴人は、X1に対し、プロミスについて和解案提示に応じてもらえないので、五年の消滅時効が成立するまで待つとの時効待ち方針を説明しており、X1は、時効待ち方針を採用した場合には、解決まで少なくとも五年間は必要であることを十分に理解していた。したがって、X1にとっては、単なる五年間という時間の経過は何ら苦痛ではなかった。

控訴人とX1が時効待ち方針を採用することにしたのは、平成一八年七月三一日頃であり、控訴人が、提示額を増額して再交渉をする旨の連絡をしたのは平成二一年四月二四日であるから、この間は約二年九か月にすぎない。五年間待つことが苦痛ではなかったX1にとっては、約二年九か月は何ら精神的な苦痛を感じない期間にすぎない。

イ プロミスから提訴されたり敗訴判決を受ける可能性はなく、控訴人がX1から解任されなければ、プロミスとの間で減額和解が成立していた可能性が高いこと

控訴人は、本件と同様の分配通知を出したほかの案件について、九一%について和解が成立し、サラ金業者の七八%について減額和解が成立している(乙二〇の三、五二。ただし、控訴人の四人の事務職員のうち、C担当分のみであるから、控訴人担当事件全体の四分の一について分析したものである。)、控訴人は、プロミスとの間でも、最終取引時点の利限残の七三%の金額での和解が成立している(乙一六)。控訴人は、これまで、プロミスに対して遅延損害金を含めた残債務を弁済したケースは一件もなく、プロミスから提訴されたり、遅延損害金が付された敗訴判決を受けた経験もない。

控訴人は、債権者に対して分配通知を一方的に送りつけ、絶対に譲歩しない姿勢を示していたが、それが功を奏したものであり、本件においても、控訴人が債務整理を担当していたのであれば、上記と同程度の減額和解にプロミスが応じていたであろうことは強く推認される。だとすれば、X1にとって、むしろ約二年九か月の時間の経過は債務整理をする上で有利に働いていたであろうことは明らかである。

本件において、被控訴人訴訟代理人は、平成二一年一二月一七日、プロミスとの間で五〇万円を支払う和解をし、X1は、そのうち一二万円を支払ったところで死亡したため、プロミスは残債務を免除している。

上記のような控訴人の和解実績から考えて、X1が遅延損害金を含んだ和解を余儀なくされたのは、控訴人を解任し、被控訴人訴訟代理人にプロミスとの間の債務整理を依頼したせいである。遅延損害金を上乗せした金額を元金とする和解をすることは、東京三弁護士会統一基準(貸金業者より取引履歴の完全開示を受けること、利息制限法に基づき充当再計算を行うこと、最終取引日における残元金額をもって残債務額として確定し、債権者に提示する和解案には遅延損害金や将来利息を付さないこと。以下「三会統一基準」という。乙一七の四)に違反するため、通常の弁護士であればしないものである。

ウ X1に経済的な損害が生じるおそれがなく、現に経済的な損失が生じなかったこと

X1は自営農家であり、借家住まいであるから、たとえ敗訴判決を受けたとしても、財産を差し押さえられる危険もなかった。

X1は、被控訴人訴訟代理人により五〇万円で和解することを余儀なくされたが、そのうち元金の約四割に当たる一二万円を支払っただけで、結果的には残元金を含むすべての債務を免れているから、何らの損害は発生していない。

よって、本件において、控訴人に説明義務違反があったとしても、それによってX1にはいかなる損害も発生していないし、控訴人は、前記イのとおり、被控訴人訴訟代理人が三会統一基準に反した和解をして、X1が遅延損害金の支払を余儀なくされる事態になることは予見できなかったのであるから、控訴人に損害賠償金の支払が命じられる理由はない。

(2)  被控訴人の主張

ア 控訴人は、約二年九か月の経過はX1にとって有利でこそあれ、何ら苦痛ではなかったと主張する。

しかし、X1は、控訴人が時効待ち方針を採ることによるリスクや、プロミスに対して過払金から債務を一括払いにより弁済して債務整理を終了させる方法もあること等を説明しなかったことから、債務整理を早期に解決する機会を奪われた。X1は、後に、時効待ち方針のリスクについてほかの弁護士から説明を受け、これを現実に取りやめているが、そのときには返還を受けた過払金も費消しており、遅延損害金も増加していたので、平成一八年七月当時と同内容の和解を行うことは困難な状況に陥っていた。X1には、控訴人の説明義務違反により約二年九か月を無駄に経過させられ、平成一八年七月当時と同内容の和解を行う機会を奪われたことによる精神的苦痛がある。

イ 控訴人は、X1が控訴人を解任しなければ、プロミスとの間で減額和解が成立していた可能性が高いと主張する。

しかし、サラ金業者は、通常の請求により回収できない場合には、訴訟を提起して遅延損害金のついた判決を得て債権回収を行おうとすることは、一般的に予想しうることである。また、X1は、b事務所の女性事務員から電話を受けた平成二一年四月二四日の段階では、返還を受けた過払金を費消しており、プロミスとの間で利限残を一括払いすることにより和解することはできず、分割払いにより和解するしか方法がなかった。サラ金業者は、一括払いであれば遅延損害金を免除し、元金のみを支払うことで和解に応じることはあるが、分割払いによる和解の場合、元金のみならず、経過利息や遅延損害金の支払も求めることは珍しいことではない。弁護士の側から三会統一基準による和解を求めたとしても、同基準には法的根拠はないから、サラ金業者がこれに応じない場合には、和解を行うことはできない。

結局、X1は、早期和解を求めるとすれば時効待ち方針を採ることはできないし、仮に時効待ち方針を採ったとしても、プロミスが法的手段を執ってくる可能性もあったのであるから、消滅時効が成立したかは不明である。そして、控訴人が主張するような、元金一括払いにより利限残よりも減額してプロミスと和解する方法は、X1には平成二一年四月二四日の段階では不可能だったのであるから、控訴人の主張は理由がない。

ウ 控訴人は、X1がプロミスと和解した五〇万円のうち一二万円しか支払わず、残りはX1の死亡により債務免除を受けているから損害がないと主張する。

しかし、X1は、生前に長期間和解がなされず、結果的に遅延損害金が付された金額を分割して支払うとの内容による和解を余儀なくされ、あげく死ぬまで支払が終わらなかったのであるから、これによる精神的苦痛が生じていたことは言うまでもない。

第三当裁判所の判断

当裁判所も、被控訴人の請求は、控訴人に対し、慰謝料二〇万円及び弁護士費用二万円の支払を命ずる限度で理由があると判断する。その理由は以下のとおりである。

一  認定事実

証拠(各文末に記載のもの)及び弁論の全趣旨により認められる事実は、以下のとおりである。

(1)  平成一七年六月三〇日の初回法律相談と委任契約の締結について

X1は、平成一七年六月三〇日、サラ金業者等に対する債務整理相談のためにb事務所を訪問し、事務職員であるA(以下「A」という。)と面談した。X1が作成した法律相談受付カード及び債権者一覧表には、当時四四歳で妻子があること、武富士、アイフル及びプロミスのサラ金業者三社に合計で約二五〇万円の債務があり、国内信販(楽天KC)に約三三万円の自動車ローン残がある一方で、さとうきび農業の自営により約八万円の手取り月収があり、同居の妻は小学校の用務員で一二、三万円の手取り月収(年二回三〇万円ずつの賞与)があること、毎月約五万円を借金の返済に充てていること、自宅は借家であることなどが記載されている。

控訴人は、同日、X1と面談し、アコムからの当初借入れやレイクへの完済の時期、当初借金の原因や返済状況、親から五〇〇ないし六〇〇万円程度を借りていたことなどについて聴取した後、過払金が生じている債権者から過払金を回収した上で、取り戻した過払金を用いて、利限残が残っている債権者に一括払いでの和解を持ちかける債務整理を行うこと、債務整理費用は三〇万円であり、過払金回収報酬は回収額の三割であることなどを説明した。これを受けて、X1は、控訴人との間で、債務整理を目的とする委任契約を締結した。

その後、Aは、X1に対し、車のローンを支払えるかは過払金の回収状況によること、弁護士費用の支払方法を妻である被控訴人と話し合い、被控訴人の借金の有無を確認してb事務所に連絡するとともに、家計簿を提出してもらう必要があることなどを伝えた。

(2)  債権調査と過払金の回収について

原判決「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」の「一 認定事実」(3)(原判決七頁二二行目ないし九頁一一行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。

ただし、八頁一八行目の末尾で改行し、以下の文章を加える。

「 X1とプロミスとの取引には、昭和六〇年八月一二日から昭和六二年三月三日までの取引(以下「第一取引」という。)と、平成一二年一一月二八日から平成一七年四月一八日までの取引(以下「第二取引」という。)の間に、約一三年九か月に及ぶ取引のない期間がある。控訴人は、プロミスに対し、第一取引と第二取引を一連の取引として引直し計算した利限残が一一万七八二一円であることを前提に、その約八割に相当する九万四〇〇〇円を一括で支払うとの和解案を提案したが、プロミスは、取引が分断されていると主張したので、和解に至らなかった。控訴人の計算によれば、第二取引のみを利息制限法に基づいて引直し計算した場合、平成一七年四月一八日の最終取引時点での利限残は、二九万七八四〇円となる。」

(3)  分配通知と弁護士費用の清算について

Aは、アイフル及びアコムから合計五〇万九〇二二円の過払金を回収したところ、控訴人の弁護士費用が債務整理報酬三〇万円と上記過払金の三割である過払金報酬一五万二七〇七円の合計四五万二七〇七円になると計算した。

控訴人は、上記過払金に加え、武富士から過払金一〇八万七七七一円を回収したことにより、利限残のある債権者への支払原資を確保できたことから、平成一八年六月一二日、楽天KC及びプロミスに対し、利限残の八割の金額(楽天KCは三〇万九〇〇〇円、プロミスは控訴人の主張する一連計算に基づく九万四〇〇〇円)を一括して支払う内容の和解を提案する文書をそれぞれ送付した。当該文書には、利限残の八割に当たる和解提示を行うほか、債権者側が和解提示に応じない場合は、預り金を返してしまい、五年の消滅時効を待つことにする、訴訟等の債権回収行為をしてもかまわないが、費用を回収できない可能性があるなどと記載されている。

その後、楽天KCが、控訴人が提案した前記和解に応じたことから、控訴人は、同月二六日に三〇万九〇〇〇円を支払った。これに対し、プロミスは、前記和解に応じなかった。その後、控訴人は、プロミスに対しては、時効待ち方針に基づき、債務整理について積極的に交渉しなかった。

その頃、Aは、X1について回収した過払金が合計で一五九万六七九三円となる一方で、控訴人の弁護士費用が債務整理費用三〇万円及び前記過払金の三割である過払金回収報酬四七万九〇三八円になると計算し、経過一覧表を作成した。当該経過一覧表には、回収した過払金額の合計が一五九万六七九三円であること、プロミスに対する債務は控訴人の主張する一連計算に基づく一一万七八二一円またはプロミスの主張する分断計算に基づく二九万七八四〇円であること、楽天KCに対する債務は三八万七〇〇〇円であり、楽天KCに三〇万九〇〇〇円を支払って解決済みであることが記載されている。

(4)  X1に対する控訴人の説明について

控訴人は、同年七月三一日頃、X1方に電話をかけ、X1に対し、武富士らサラ金業者三社から回収した過払金や楽天KC及びプロミスに残っている利限残の額、プロミスについて和解提示に応じてもらえないので五年の消滅時効が成立するまで待つ方針であり、その他の債権者については和解ができた、裁判所やプロミスから連絡があったら、連絡してくれれば対処する、預り金を返還するが、プロミスとの交渉に際して必要になるかもしれないので保管した方がよいなどと説明した。

そして、控訴人は、同日、X1に対し、「債務整理終了のお知らせ」と題する連絡文書及び帳簿の写しを送付した。上記連絡書面には、「頭書の件ですが、すべて終了しましたので、ご報告いたします。こちらで再計算したところ、アコム二五万四五一二円、アイフル二四万四二二二円、武富士一〇八万四五七一円の過払金があり、和解金として、アコム二五万七八一二円、アイフル二五万一二一〇円、武富士一〇八万七七七一円の合計一五九万六七九三円を回収しました。また、未払分として、楽天KC三八万七〇〇〇円、プロミス二九万七八四〇円残りましたが、楽天KCは三〇万九〇〇〇円を既に支払いました。プロミスは和解に応じてもらえなかったため、五年の時効を待とうと考えています。プロミスや裁判所から連絡があった場合は、私のところに連絡を下さい。回収した金額から、裁判費用(二万一二一八円)、楽天KCへの和解金(三〇万九三一五円)及び私の報酬(七七万九〇三八円)を差し引いた四八万七二二二円を返金しますので、振込先を教えて下さい。」と記載されている。

(5)  その後の処理について

控訴人は、同年八月一日頃、X1について回収した過払金合計一五九万六七九三円から、その三割に当たる過払金回収報酬四七万九〇三八円及び債務整理費用三〇万円の合計七七万九〇三八円と、楽天KCへの和解金三〇万九三一五円(振込手数料三一五円を含む。)及び裁判費用二万一二一八円を差し引いて受領する経理処理を行い、残金の四八万七二二二円から振込費用を除いた金額をX1に送金した。

控訴人は、平成二〇年五月にb事務所から静岡県のc市に事務所を移転させるに際し、依頼者ごとの債務整理の方針等を記載した表を作成していたが、当該表には、X1の債務整理の方針は分配とされ、費用は足りており、プロミスには利限残の八割で和解を提案し、時効待ちの状況にあることが記載されている。

(6)  控訴人の解任、辞任について

原判決「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」の「一 認定事実」(5)(原判決一二頁二行目ないし一三頁一六行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(7)  被控訴人訴訟代理人による債務整理について

被控訴人訴訟代理人は、平成二一年一一月四日、プロミスに対し、X1が一三万〇一九五円を一括で支払う内容の和解案を提示した。プロミスは、上記和解案による和解が応じなかったため、被控訴人訴訟代理人がさらに交渉した結果、同年一二月一七日、和解金の総額を五〇万円とし、X1が初回に二万円、その後は毎月一万五〇〇〇円ずつを三二回に分割して支払うとの内容で、訴訟外の和解をした。

X1は、プロミスに対し、上記和解に基づき一二万円を断続的に支払った後、平成二三年三月二〇日に死亡した。プロミスは、同月一五日、X1に対する残債務の支払を免除した。

二  争点①(控訴人の説明義務違反の有無)について

争点①については、前記のとおり同一の事実関係が認定できるから、差戻を受けた当審は、控訴人が説明義務違反の債務不履行責任を負うとの上告審の判断の拘束力を受けるものである。

三  争点③(X1の損害の有無及びその金額)について

(1)  前記一の事実によれば、① 控訴人がプロミスに提示した分配通知は、第一取引と第二取引が一連計算されることを前提とし、その利限残の約八割を弁済金として提示したものであるが、第一取引の終了から第二取引の開始まで約一三年九か月が経過していることを考慮すれば、控訴人がX1に債務整理終了を通知した平成一八年七月三一日頃の時点で、プロミスが上記和解に応じる可能性は低かったこと、② プロミスが大手貸金業者であり、債権管理も厳格になされているであろうことを考慮すれば、プロミスがX1に対する債権を消滅時効に係るまで放置する可能性は低かったこと、③ 仮に訴訟となった場合、分断期間が長期間にわたることから、一連計算を前提とした判決が言い渡される可能性は低かったこと、④ 第一取引と第二取引が分断して計算されることを前提に、第二取引についてのみ引直し計算した場合であっても、引直し計算後の平成一七年四月一八日の最終取引日時点での残高は二九万七八四〇円にとどまること、⑤ 控訴人が過払金として回収した金額から、過払報酬、債務整理費用、裁判費用及び楽天KCへの和解金を控除した残金が四八万七二二二円であることからすれば、控訴人がX1に債務整理終了のお知らせをした時点でプロミスと和解することは容易であったこと、⑥ 上記残金を返金する際、X1に特に早期に上記四八万七二二二円の返金を受けるべき資金需要があったことや、X1において早期に返金されることを希望していたという事情があったことはうかがえないことからすれば、控訴人が、X1に対し、時効待ち方針を採った場合には、プロミスから訴訟提起され、分断期間が長期間にわたるから分断計算を前提として遅延損害金が付された敗訴判決を受けるリスクがある一方、上記残金を用いてプロミスとの間で一括払いによる和解をして早期に解決することも可能であることを説明すれば、X1は、時効待ち方針よりも一括払いによる和解をして早期解決をすることを希望した可能性が高かったことが認められる。それにもかかわらず、控訴人の説明義務違反により、X1は時効待ち方針を承諾した結果、約二年九か月間債務整理が終了しないという不安定な法的地位に立たされ、被控訴人訴訟代理人が、平成二〇年一二月二二日、控訴人のほかの元依頼者の代理人として、控訴人が債務整理を放置したことを理由とする損害賠償請求訴訟を提起し、そのことが同月二三日及び二四日に鹿児島県内のマスコミで大きく取り上げられたことをきっかけとして、X1は、控訴人に対する不信感を抱き、解任するに至ったものである。以上の事実からすれば、X1は、控訴人の説明義務違反により、債務整理につき早期解決の機会を奪われ、不安定な法的地位のまま推移させられたとの不利益を被ったものであり、これにより精神的苦痛を受けたことが明らかである。

以上の事実に加えて、⑦ 控訴人は、X1に対し、四八万七二二二円から振込手数料を控除した金額を返金した際、プロミスに対する利限残として二九万七八四〇円が残っており、返金した金はプロミスとの交渉に際して必要になるかもしれないので保管しておいた方がよいと説明したこと、⑧ それにもかかわらず、X1は、返金された分を生活費に費消してしまったこと、⑨ 控訴人は、X1からの解任通知書を受け取り、X1に対し、債務整理を残したことの清算として債務整理報酬三〇万円のうち一〇万円を返金すると通知し、同額から振込手数料を差し引いた九万九二六五円を返金したこと、⑩ 時効待ち方針を採用したことにより、債務整理の終了までの期間が長期にわたり、X1は、プロミスとの間で、第二取引の利限残に遅延損害金を付した五〇万円を分割して支払うとの和解をせざるを得なかったものの、実際にはそのうち一二万円を支払っただけで、残債務については免除を受けていることなどの事情を合わせ考慮すれば、X1が受けた精神的苦痛を慰謝する損害賠償額として二〇万円を認めるのが相当である。

また、本件事案の性質や訴訟の難易度など、本件にあらわれたすべての事情を考慮し、弁護士費用二万円の損害を認めるのが相当である。

なお、事務処理懈怠によって生じる損害は上記損害を上回るものではないから、争点②につき判断するまでもなく、その余の損害賠償請求は理由がない。

(2)  これに対し、控訴人は、X1の慰謝料は認められないとして以下のとおり主張するが、いずれも採用できない。

ア 控訴人は、X1は時効待ち方針を採用すること自体については承諾していたから、五年間を待つことを受け入れており、控訴人が時効待ち方針を伝えてから再交渉をする旨連絡するまで約二年九か月経過しているにすぎないことからすれば、これは何ら痛痒を感じない期間であると主張する。

しかし、本件においては、控訴人が時効待ち方針を伝えた平成一八年七月三一日頃の段階で、預り金残金を利用して、プロミスとの間で一括払いによる和解をすることにより早期解決が可能であり、X1が時効待ち方針により五年間を待つことを受け入れたこと自体、控訴人の説明義務違反に基づき判断した結果であるといわざるを得ず、X1が五年間待つことを承諾していたとしても、説明義務違反による慰謝料の有無及びその金額についての判断を左右するものではない。

イ 控訴人は、控訴人が担当したほかの事件においては、プロミスとの間では、いずれも利限残の七三%程度での和解が成立しており、プロミスとの間で遅延損害金を含めて和解したケースはなく、本件においても、控訴人が引き続きプロミスとの間で交渉をしていれば、X1に有利な和解が成立した可能性があると主張する。

しかし、X1は、控訴人の説明義務違反により、債務整理終了のお知らせを受けた平成一八年七月三一日頃の段階で、プロミスに対し、時効待ち方針を採るか早期和解をするかの判断をする機会を奪われ、早期和解をする機会を逸したものであり、仮に控訴人が引き続きプロミスとの間で交渉を継続したとすれば、X1に有利な和解が成立する可能性があったとしても、X1は、控訴人の説明義務違反によりその機会を奪われたのであり、その後約二年九か月にわたり、プロミスに対する債務について解決がつかないという不安定な法的地位に置かれたことに変わりはない。控訴人は、被控訴人訴訟代理人が、平成二一年一二月一七日に、プロミスとの間で遅延損害金を付して分割払いによる和解を締結したことについて三会統一基準に反するとして論難するが、三会統一基準には法的拘束力がないこと、三会統一基準によっても、和解案の提示に当たりそれまでの遅延損害金及び将来の利息は付けないこととされているが、和解成立の場面については特に言及していないこと(被控訴人訴訟代理人も、和解案の提示に遅延損害金や利息を付していたことは認められない。)からすれば、被控訴人訴訟代理人が上記和解を締結したことが不当であるとはいえない。

ウ 控訴人は、X1は、プロミスとの間で、確定遅延損害金を含めて五〇万円を分割して支払うとの和解をしたが、結果としてそのうち一二万円しか支払わず、残債務について免除を受けているから、この点からもX1に損害が発生していないと主張する。

しかし、X1は、控訴人の説明義務違反により、時効待ち方針を採るか早期和解をするかの判断をする機会を奪われ、時効待ち方針を採ることを承諾したが、控訴人から時効待ち方針のリスク並びに預り金残金を利用した早期和解の可能性及びそのメリットについて説明を受けていれば、早期和解による解決を希望した可能性が高いことは、前記(1)のとおりである。本件において、X1は、控訴人の説明義務違反により早期解決の機会を奪われ、その後約二年九か月に渡って不安定な法的地位におかれたという不利益な結果は既に生じている。後に、X1がプロミスに対する債務のうち一二万円しか支払わず、X1が亡くなる直前に残債務の免除を受け、経済的には損失が生じなかったという事情があったとしても、既に生じていたX1の精神的苦痛の有無に消長を来すものではない。

エ 控訴人の前記ウの主張は、プロミスに対する債務について時効待ち方針を採るか早期和解をするかの意思決定は、生命、身体等の人格的利益に関するものではなく、財産的利益に関するものであるから、この意思決定に関し、説明義務違反があったとしても、財産的損害とは別に慰謝料請求権が発生すると評価することはできないとの主張を含むと解される。

しかし、サラ金業者から借金をする者は、月々の債務の弁済に負われるうちに徐々に負債総額がふくらんでいき、あるサラ金業者から借りては別のサラ金業者に返すという自転車操業の状態に陥り、時に自己が負っている負債総額も十分に把握できず、最終的にいつになれば債務を完済しうるのか分からず、サラ金業者に対する返済がままならなくなり、やむにやまれず最後に頼るべきところとして弁護士に依頼するものと解される。債務整理の依頼者は、自らの債務を極力減らしたいと願うのみならず、可及的早期に多重債務を負う状態を脱し、債務返済の不安のない生活を取り戻したいと願うものであるから、依頼を受けた弁護士は、その窮状を理解して、債務整理を早期に解決し生活を安定させるため、債務整理の方針やその進捗状況、今後の見通しなどについて、十分説明する義務があると解されるから、債務整理における意思決定は、単なる財産的利益に関するものではなく、安定した社会生活を営む上で重要な人格的利益に関わるものと解すべきである。

本件において、X1は、農業による月収が約八万円で、妻の手取り月収約一二、三万円(ただし、年二回三〇万円ずつの賞与がある。)であるのに対し、サラ金業者三社に対する返済は月々五万円で、約定の残債務は約二五〇万円、車のローン債務が約三三万円であったから、自らの収入では到底サラ金業者に対する借金を返済できない状態に陥っていたものといえる。X1は、早期に債務整理を終了させることにより生活を安定させたいと願い、控訴人に債務整理を依頼したものというべきであるから、時効待ち方針を採るか一括払いにより早期和解をして解決を図るかというX1の意思決定は、財産的利益のみならず、人格的利益に関するものというべきである。そして、控訴人の説明義務違反により、X1がプロミスに対する債務について早期和解をするとの意思決定の機会を奪われ、時効待ち方針を採ることを余儀なくされ、不安定な地位に置かれたことについて慰謝料を認めることは、何ら不当なものではない。

四  以上のとおり、控訴人の主張はいずれも理由がなく、原判決は、慰謝料二〇万円及び弁護士費用二万円を認めたという結論において相当であるから本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 犬飼眞二 裁判官 青木亮 清野英之)

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