福岡高等裁判所 平成25年(ネ)505号 判決 2013年9月10日
控訴人兼附帯被控訴人(被告)
全国健康保険協会(以下「控訴人」という。)
同代表者理事長
B
同訴訟代理人弁護士
安西愈
同
梅木佳則
同
加藤純子
被控訴人兼附帯控訴人(原告)
X(以下「被控訴人」という。)
同訴訟代理人弁護士
光永享央
主文
1(1) 控訴人の控訴に基づき、原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 上記部分につき、被控訴人の請求を棄却する。
2 本件附帯控訴を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じ、全部被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴及び附帯控訴の趣旨
1 控訴の趣旨
主文同旨
2 附帯控訴の趣旨
(1) 原判決中、主文2項を次のとおり変更する。
控訴人は、被控訴人に対し、10万円及びこれに対する平成24年1月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は、第1、2審とも控訴人の負担とする。
(3) 仮執行宣言
第2事案の概要(略称等は原判決の例による。)
1(1) 本件は、被控訴人及び第一審原告C(以下、両名を併せ「被控訴人ら」という。)が、被控訴人が福岡県弁護士会(本件弁護士会)所属の弁護士である第一審原告Cを訴訟代理人として離婚訴訟を提起し、訴状の送達先の確認及び強制執行の申立てに必要な被控訴人の夫であったAの就業先を調査するために、控訴人に対して調査嘱託及び弁護士法23条の2に基づく照会(23条照会)が行われたが、控訴人がこれらに対する回答及び報告を拒否したことによって、被控訴人の裁判を受ける権利等及び第一審原告Cの本件弁護士会に対する情報収集権といった権利又は法律上保護される利益が侵害され、被控訴人らが精神的苦痛又は無形の損害を被った旨主張して、不法行為に基づき、被控訴人が控訴人に対し、慰謝料200万円及び弁護士費用相当の損害20万円の合計220万円並びにこれに対する不法行為が終了した日である平成24年1月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、第一審原告Cが控訴人に対し、慰謝料又は無形の損害50万円及びこれに対する不法行為が終了した日である同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めたほか、第一審原告Cが、予備的に、控訴人が上記の報告拒否によって本件弁護士会の報告請求権を侵害した旨主張して、控訴人に対し、本件弁護士会の控訴人に対する不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、本件弁護士会に代位して無形の損害50万円及びこれに対する不法行為が終了した日である同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
(2) 原審は、被控訴人らの請求のうち、上記代位請求に係る訴えを却下し、被控訴人の控訴人に対する慰謝料1万円及び弁護士費用2000円並びにこれらに対する不法行為が行われた日である平成24年1月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求について認容し、その余の被控訴人らの請求をいずれも棄却した。
(3) 控訴人は、上記敗訴部分を不服として控訴し、被控訴人は原判決における認容額の元金1万2000円を10万円とすることを求めて附帯控訴した。
2 当事者の主張は、以下のとおり付加訂正等するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるからこれを引用する。
(1) 原判決3頁11行目の「訴訟代理人として、」の後に「Aの就業場所に対する訴状送達をすることを目的として、」を加え、12行目の「氏名等の事項」を「氏名、電話番号及びAの使用を開始した日」と改め、16行目の「甲7」の後に「、弁論の全趣旨(訴状3頁第2の2(1))」を、23行目の「同月16日、」の後に「上記(4)と同様の目的のため、」を、24行目の「照会先として、」及び25行目の「被告に対し、」の後に「上記目的を記載して」をそれぞれ加え、24行目の「申出をし」の後に「(甲10)」を加える。
(2) 5頁8行目の「本件弁護士会会長に対し、」の後に「Aの給与債権差押えを目的として、」を、9行目の「照会先として、」及び10行目の「被告に対し、」の後に「上記目的を記載して」を、それぞれ加える。
(3) 5頁21行目及び6頁4行目の「原告らとの関係で」をそれぞれ削る。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は、原審と異なり、被控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
2 控訴人が本件調査嘱託及び本件各照会に対する回答及び報告を拒絶したことが違法であるか否か(争点(1))について
(1) 原判決13頁19行目の「本件調査嘱託は」から14頁24行目までを引用する。
(2) 14頁24行目末尾で改行の上、以下の記載を加える。
「(4)ア もっとも、上記同意がないこととは別に、控訴人において本件調査嘱託及び本件各照会に対する回答及び報告を拒む正当事由(健康保険法7条の37に基づく控訴人の秘密保持義務が、上記回答等をする義務に優越する事由。)が存在したかについて検討するに、控訴人は、① 就業先の情報はプライバシーに関わる情報であって、第三者に開示されることで不利益を被る可能性がある情報であり、その結果、控訴人が損害賠償を請求されるリスクが存在する旨主張する。また、控訴理由書4、5頁において、② 就業先が他者に知られることにより、離婚の事実や給与の差押えを受けたことなどの他人に知られたくない自己に関する情報が明らかになるおそれがある、③ Aにとって、同人の就業先についての情報は、単に強制執行を受けないようにする目的のみならず、別の目的からも、被控訴人に対し秘匿する必要性の高い情報であったことは明らかである旨主張し、同7、8頁において、④ 強制執行に伴う不利益を指摘する。
しかしながら、④の強制執行に伴う不利益については、Aが自らの債務履行を怠ったことによるものであり、上記正当事由に該当しないものであることは明らかである。
また、その余の理由については、抽象的な危険性を指摘するにとどまるものであり、本件調査嘱託等に対する回答、報告義務を否定するには足りないし(③の「別の目的」については、控訴人の主張からはその具体的内容が不明である。)、本件調査嘱託及び本件各照会の目的(訴状送達及び強制執行)によれば、報告等の結果が裁判所以外の第三者に開示されAが不利益を被るものと認めることはできず、本件全証拠によるも、上記回答等により、Aに対する他の不利益が生じるものと認めることもできない。
さらに、控訴人は、控訴理由書9頁において、被控訴人から控訴人に対し、本件各照会に対して回答すべきか否かについて判断するに必要な資料が提供されなかった旨主張するが、上記付加訂正後の前提事実(6)、(10)記載のとおり、照会の目的を明らかにしているから、上記主張も採用できない。
すると、上記正当事由の存在を認めることはできない。
イ ただし、訴状送達及び強制執行という目的に鑑み、本件事項のうち、Aを現在使用している船舶所有者の住所、氏名以外の事項についての回答及び報告は不要であったと考えられる。」
(3) 16頁2行目の「(4)」を「(5)」と改める。
(4) 16頁2行目の「もっとも」から6行目までを引用する。
3 控訴人の行為によって被控訴人の権利又は法律上保護される利益が侵害されたか否か(争点(2))について
(1) 民事訴訟法151条1項6号及び186条は、調査嘱託をする権限を裁判所に与え、弁護士法23条の2第2項は、23条照会をする権限を弁護士会に与えており、調査嘱託を申し立てた弁護士の依頼者及び23条照会の申出をした弁護士の依頼者(以下、これらの者を「当事者」という。)が調査嘱託及び23条照会を受けた者に対して回答及び報告を求める権利又は利益を有すると解すべき法律上の根拠はない。
このことは、調査嘱託については上記条文の定めから明らかである。
また、23条照会についても、上記弁護士法23条の2における規定のほか、同条が立法されるに当たり、参議院において「弁護士は、その職務を執行するため必要事実の調査及び証拠のしゅう集を行うことができる。」として、個々の弁護士に権限を与える旨の法案を可決したところ、衆議院が、弁護士に対しこのような権利を認めることは相当ではないとしてこれに反対し、結局法案として成立しなかったところ、その後に現行法のとおり制定されるに至ったとの立法経緯(条解弁護士法(第3版)173頁(日本弁護士連合会編))に照らしても明らかである。
調査嘱託及び23条照会は、いずれも、正確な事実に基づく適切妥当な法律事務がなされることを目的とする公的な制度であり、当事者がこれらにより情報を得ることによる利益は、上記目的に収れんされ、あるいは上記目的が履行されることにより得られる反射的利益であり、当事者固有の利益ではないと解するのが相当である。
すると、調査嘱託及び23条照会を受けた者がこれに応じる公法上の義務に違反したために当事者が上記反射的利益を享受することができなかったとしても、当事者の権利又は法律上保護される利益が侵害されたものということはできない。
したがって、控訴人が本件調査嘱託及び本件各照会について回答及び報告を拒絶したことを理由とする、被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求は、理由がないものである。
ただし、このことは、上記拒絶が違法であり、控訴人には回答等を行う義務があることを否定するものではなく、むしろ控訴人において速やかに上記義務を履行すべきであることについて、当裁判所は強く付言するものである。
(2) これに対し、被控訴人は、法律上保護される利益を有する旨主張をするが、これが採用できないことは上記のとおりである。
(3) 原判決は、強制執行により自己の権利を実現する利益は法律上保護されるものとして、被控訴人の請求を一部認容するが、上記に照らし相当ではない。
また、原判決は、本件調査嘱託及び本件第一次照会において控訴人が回答及び報告をしなかったことを理由とする被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求については、上記(1)と同様の理由により棄却しながら、第二次照会に対する報告を拒絶したことを理由とする損害賠償請求について認容したことは、理由に食違いがあるといわざるを得ない。
4 よって、その余について検討するまでもなく、被控訴人の控訴人に対する請求は理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古賀寛 裁判官 武野康代 常盤紀之)