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福岡高等裁判所 平成25年(ネ)891号 判決 2014年1月30日

北九州市<以下省略>

控訴人

同訴訟代理人弁護士

大年一彦

同訴訟復代理人弁護士

本田祐司

東京都中央区<以下省略>

被控訴人

岡藤商事株式会社(以下「被控訴人会社」という。)

同代表者代表取締役

大阪市<以下省略>

被控訴人

Y1(以下「被控訴人Y1」という。)

福岡県<以下省略>

被控訴人

Y2(以下「被控訴人Y2」という。)

福岡県<以下省略>

被控訴人

Y3(以下「被控訴人Y3」という。)

上記4名訴訟代理人弁護士

新道弘康

伊藤巧示

安東哲

埋田晶子

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,441万2605円及びこれに対する平成23年3月13日(但し,被控訴人会社についてのみ同月15日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その2を控訴人の負担とし,その余を被控訴人らの負担とする。

5  この判決は,2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,788万7675円及びこれに対する平成23年3月13日(但し,被控訴人会社についてのみ同月15日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

4  2項につき仮執行宣言

第2事案の概要(略称等は原判決記載の例による。)

1(1)  本件は,控訴人が被控訴人会社に対し,先物取引の注文を委託する際に,被控訴人会社従業員である被控訴人会社を除く被控訴人ら(被控訴人Y2ら)にいわゆる適合性原則違反や説明義務違反等があったと主張して,控訴人が,被控訴人らに対し,不法行為に基づく損害賠償として(被控訴人Y2らにつき民法709条,719条,被控訴人会社につき同法715条に基づき),損害賠償金788万7675円(財産的損失668万7675円,慰謝料50万円,弁護士費用70万円)及びこれに対する不法行為の日の後である平成23年3月13日(但し,被控訴人会社についてのみ同月15日。いずれも訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(2)  原審は,控訴人の請求を棄却した。

(3)  控訴人は,これを不服として控訴した。

2  事案の概要は,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する(但し,原判決2頁15行目の末尾に「(争いがないか弁論の全趣旨により認められる。)」を加える。)。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

原判決6頁22行目から10頁4行目までに記載のとおりであるから,これを引用する(原判決9頁2行目の「これら」を「家族名義の財産,例えば,家族名義の不動産は控訴人の資産に入らないが,控訴人が5000万円以上の資産を保有しているということで間違いがないのか」に改める。)。

2  判断

(1)  適合性原則違反について

控訴人は,資産状況,先物取引に関する知識がないことなどから,本件勧誘は適合性の原則に反して違法である旨主張する。

ア 適合性の原則とは,金融商品取引業者等は,金融商品取引行為について,顧客の知識,経験,財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けること,又は欠けることとなるおそれがないようにその業務を行わなければならないというものである(金融商品取引法40条1項)。

そして,経済産業省は「商品先物取引の委託者の保護に関するガイドライン」により,商品取引員は投資者の知識,経験,財産の状況及び受託契約を締結する目的に関する情報の提供を求め,投資者の属性の把握に務める必要があるとし,また,適合性の原則に関する項目の解釈指針を示している。その中に,適合性の原則に照らして,常に不適当と認められる勧誘と,原則として不適当と認められる勧誘とが掲げられており,後者については,一定以上の収入を有しない者(年間500万円以上を目安とする)に対する勧誘が含まれるが,顧客が申告した投資可能金額の裏付けとなる資産を有していれば不適当な勧誘に当たらない(ガイドラインA・3(乙15)及び本件管理規則(乙12の1)6条)。

そうすると,控訴人は,当時の年収は漸く300万円を超える程度で,見るべき資産を有していなかったから(認定事実),控訴人は,年間500万円の収入を目安とする一定以上の収入を有しない者であり,自己申告の投資可能金額1000万円の資産を有していなかったため,控訴人を勧誘して本件取引を行わせたことは,適合性の原則に違反するものであったことが認められる。

イ しかしながら,年収が800万円以上で,資産が5000万円以上,投資可能金額が1000万円である旨の口座申込書等の記載は控訴人自身の自発的な申告によるものであって,被控訴人Y2らが指示したものではないから(認定事実),これを信じた被控訴人Y2らに過失による不法行為が成立するかが検討されなければならない。

(ア) そもそも,顧客が適合性の原則に合うかどうかを判断するにあたって,国内公設の商品取引員であり,投資家を勧誘し,手数料を取得することを業とする被控訴人会社の従業員は,顧客の収入や資産に関する自己申告をそのまま鵜呑みにするのではなく,その確からしさについても注意すべきというべきである。そして,顧客の年齢,職業,社会的地位などに照らして,自己申告の内容が実体と齟齬しているのではないかと疑問をもつのが相当であるような場合には,自己申告の内容を確認し,その応答如何によっては,さらに,収入や資産の種類を質問したり,場合によってはその証明を求めるなどするの注意義務が課せられると解される。

本件において,被控訴人Y3は,管理課長兼顧客サービス班員であり,新たに取引を始める顧客に対して,営業担当者がした先物取引の仕組み,ルール及び危険性等の説明につき,その理解の有無を確認し,説明の補充等をする部署に属しており(被控訴人Y3),しかも,顧客サービス班員は,お客様カードや口座開設申込書等から作成される顧客カードの作成や管理が委ねられている(乙12の1)。そうすると,被控訴人Y3は,控訴人の資産が5000万円以上という点については,その中に,家族名義の不動産が含まれているのではないかという念押しをしているが,控訴人が大卒の32歳の独身であり,薬店に勤務し,父母も健在で相続などがあったことも予想されないことからすると,5000万円もの資産があるという点については,いかなる資産があるのかを尋ねるなどして,その内容の真偽を確認すべき注意義務があったものと解される。また,控訴人の収入に関しても,控訴人の年齢からすると高額であるから,収入額の変遷を尋ねるなどして,その内容の真偽を確認すべき注意義務があったものと解される。

被控訴人Y2は,営業部次長であるが,同人の面前で控訴人のお客様カードが作成されており,同様の理由により,控訴人の資産,収入に関して確認する注意義務があったものと認められる。

被控訴人Y1は,支店長であるが,支店における業務の責任者であるから,控訴人と面談するについては,先物取引のしくみやリスクについて理解度を確認するだけではなく,そもそも控訴人が適合性の原則に反していないのかについて注意する義務があり,被控訴人Y1が控訴人と面談をする3月13日には,顧客カードが作成されているのであるから(乙13,14),控訴人の収入や資産の金額に不審な点はないかを確認すべき注意義務があったものと認められる。

したがって,被控訴人Y2らには,上記注意義務を怠ったという過失が認められる。

(イ) もっとも,適合性の原則は,金融商品取引業者等の行為規制として取締法規として機能しているものであるから,この定めに違背した投資勧誘行為が,私法上も直ちに違法となって,不法行為を構成するものではない。

しかしながら,本件取引のような商品先物取引は,ハイリスク・ハイリターンな取引であり,特に他の資産運用手段に比較してリスクが高く,預け入れた金銭等以上の損失が発生することもあるという特徴を有するものである。そうすると,投資金額全額の損失を被ると社会生活や日常生活に支障を来すような投資者の参加を排除して投資者を保護する必要性が高いといえる。

そして,控訴人については,いかに説明を尽くしたとしても本件取引の勧誘を行ってはならない属性の投資者であって,いわば,狭義の適合性の原則に違反する者であり,自己責任で本件取引を行うについても適正を欠くと評価され,先物取引市場から排除されなければならなかった者である。

そうすると,控訴人の場合,先物取引市場から排除されて財産権が守られるべき立場にあり,控訴人はかような利益を享受する地位にあったにもかかわらず,国内公設の商品取引員である被控訴人会社の登録外務員であるY2らの勧誘行為によってその利益を享受できなくなったのであるから,法律上保護された利益を被控訴人Y2らの著しい過失で侵害されたものということができる。

したがって,本件の場合,私法上も違法なものになるというべきであり,被控訴人Y2らは不法行為責任を,被控訴人会社は使用者責任をそれぞれ免れない。

(ウ) そして,損害額の認定については,上記利益を侵害されたことを理由とする損害賠償の目的は,取引を締結しなかった状態を回復する点に求めるべきであるといえるのであるから,本件取引によって控訴人が被った損失額が,損害額になると解される。

ウ 以上によれば,被控訴人らは,控訴人に対して,不法行為責任を負うこととなる。

(2)  新規委託者保護義務違反について

原判決11頁13行目から12頁2行目までに記載のとおりであるから,これを引用する(但し,原判決11頁25行目から12頁2行目までを「そして,この点につき,少なくとも,被控訴人Y3及び同Y1については,上記(1)ウのとおり,その内容の真偽を確認する注意義務があったと認められるため,被控訴人Y3及び同Y1の行為は違法であり,過失による不法行為を構成する。」に改める。

(3)  断定的判断の提供,説明義務違反について

原判決12頁4行目から同頁18行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(4)  過失相殺等

以上によれは,控訴人は,被控訴人Y2らの不法行為によって668万7675円に弁護士費用を加算した損害を受けたものと認められる。なお,控訴人は,慰謝料も請求しているが,本件取引によって生じた控訴人の精神的苦痛は,取引自体による損害が回復されれば,慰謝されると解すべきであるから,これを認めるに足りない。

ただし,控訴人にも,資産,収入,投資可能資金額について虚偽申告したという非難すべき点があり,4割の過失相殺をすべきである。

したがって,被控訴人らは民法709条により(被控訴人会社については,民法715条),損失額の6割である401万2605円に,訴訟の経過等に鑑み,弁護士費用として認められる40万円を加算した441万2605円及びこれに対する遅延損害金について連帯して支払義務を負う。

3  よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古賀寛 裁判官 武野康代 裁判官 常盤紀之)

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