福岡高等裁判所 平成26年(ネ)373号 判決 2014年11月06日
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 控訴人Y1と被控訴人との間で,原判決別紙物件目録<省略>記載1の土地と同目録<省略>記載2の土地との境界は,同別紙図面1<省略>記載のあ,い,う,え,お,か,G,L,Mの各点を順次直線で結ぶ線であることを確定する。
3 被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要等(本判決に特に掲記するほか,略称は原判決の例による。)
1 事案の概要
本件は,原判決別紙物件目録<省略>記載1の土地(被控訴人所有地。宮内庁が所管する陵墓地(皇室用財産)である。)を所有する被控訴人が,①同土地と隣接する同目録<省略>記載2の土地(控訴人所有地)を所有する控訴人Y1(以下「控訴人Y1」という。)に対し,被控訴人所有地と控訴人所有地の境界(本件境界)の確定を求めるとともに,②被控訴人所有地上に同目録<省略>記載4の建物(本件建物)を所有して同土地の一部(本件占有部分㋐)を占有している控訴人Y1に対し,本件建物を収去して同占有部分を明け渡すことを求め,③控訴人Y1の夫であり本件建物を占有して本件占有部分㋐を占有している控訴人Y2(以下「控訴人Y2」という。)に対し,本件建物から退去して同占有部分を明け渡すことを求め,④控訴人らに対し,控訴人らが被控訴人所有地の一部(本件占有部分㋑)に設置した立木,石垣,庭石及びその他の動産を収去して同占有部分を明け渡すことを求めた事案である。
被控訴人は,本件境界は原判決別紙図面1<省略>記載の37,38,Q,39の各点を順次直線で結ぶ線(被控訴人主張線)であると主張し,控訴人らは,本件境界は同図面1<省略>記載のあ,い,う,え,お,か,G,L,Mの各点を順次直線で結ぶ線(控訴人主張線)であると主張した。
原審は,本件境界は被控訴人主張線のとおりであるとしてこれを確定し,本件占有部分㋐及び同㋑の所有者はいずれも被控訴人であると認め,被控訴人の請求をいずれも認容した。
控訴人らはこれを不服として控訴した。
2 本件の前提事実及び当事者の主張は,以下のとおり付加訂正し,次項のとおり当審における控訴人らの主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」中「第2 事案の概要」1及び2(3頁1行目ないし9頁26行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
⑴ 原判決3頁23行目「2469番の土地」を「原判決別紙物件目録<省略>記載3の土地」に改める。
⑵ 同4頁3行目「A」の前に「離婚前の氏名である」を加える。
⑶ 同5頁22行目の末尾で改行し,次のとおり加える。
「本件境界簿に記載されている合筆前の被控訴人所有地とE寺所有地との境界は,原判決別紙図面3<省略>の37ないし32の各点を順次直線で結ぶ線であり,被控訴人とE寺との間で,被控訴人所有地とE寺所有地との境界(以下「E寺所有地との境界」という。)が本件境界簿に記載されている上記境界線であることに争いはない。原判決別紙図面1<省略>の37,36,35,N,Mを順次直線で結ぶ線は,E寺所有地との境界の一部である。」
⑷ 同頁23行目「証拠<省略>」の次に,「,弁論の全趣旨」を加える。
⑸ 同7頁5行目「居宅兼車庫であった。」を次のとおり改める。
「居宅兼車庫であった(なお,本件建物は,本件訴訟前は未登記であったが,本件建物について平成24年4月6日熊本地方裁判所八代支部の処分禁止の仮処分の登記をするため,同月9日,控訴人Y1名義の所有権保存登記がなされている。)。
本件建物の1階部分は車庫として使用され,2階部分は控訴人らの孫の勉強部屋等として使用されたことがあったが,現在は本件建物に誰も居住しておらず,2階部分は物置として使用されている。控訴人らは,現在,本件建物に隣接する建物に2人で居住している。」
⑹ 同頁6行目「証拠<省略>」の前に「証拠<省略>」を,「証拠<省略>」の次に「,控訴人Y2」を,それぞれ加える。
⑺ 同頁24行目の「別紙図面4<省略>記載」を「別紙図面4,5<省略>記載亅に改める。
3 当審における控訴人らの主張
⑴ 本件境界確定協議の効力について
被控訴人,隣接土地管理者(熊本県知事,八代市長)及び隣接土地所有者(E寺,Aの相続人であるC)は,昭和32年3月,本件境界について協議(本件境界確定協議)し,同協議の結果に基づき,本件境界確定簿(証拠<省略>)を作成した。
しかしながら,Cは,Aの相続人の一人にすぎず,他の相続人から委任を受けるなどしていなかったにもかかわらず,本件境界確定協議に参加したものであるから,同協議は無効であり,無効な協議に基づいて作成された本件境界確定簿に基づいて本件境界を確定することはできない。
⑵ 昭和59年協議に関する合意について
控訴人Y1と被控訴人は,昭和59年に本件境界について協議(昭和59年協議)した結果,控訴人Y1が被控訴人に対して2474番2の土地を無償譲渡する代わりに,本件境界を原判決別紙図面4<省略>の界37号ないし界42号の各点を順次直線で結ぶ線(昭和59年協議線)とするとの合意(以下「昭和59年協議に関する合意」という。)をした。
上記合意が成立したことは,控訴人Y1が,昭和59年12月11日付けで,被控訴人に対し,2474番2の土地の登記承諾書,土地無償譲渡証書及び印鑑登録証明書を交付していること(証拠<省略>)から明らかである。
よって,本件境界は昭和59年協議線のとおりである。
⑶ 信義則違反について
控訴人Y1は,上記⑵のとおり,本件境界を昭和59年協議線のとおりとすることを承諾し,被控訴人に対し,2474番2の土地を無償譲渡するのに必要な書類を交付した。そのため,控訴人らは,控訴人Y1と被控訴人との間で昭和59年協議に関する合意が成立し,後は被控訴人が昭和59年協議に関する合意に従った措置に必要な手続を執るものと信頼したものであり,そのように信頼したとしても軽率とはいえない。
それにもかかわらず,被控訴人は,控訴人らに何ら連絡することなく本件訴訟に及んでいることから,本件各請求は権利の濫用である。控訴人Y1は,2474番2の土地の固定資産税を納付し続けているが,租税の徴収は行政の一方的な権限でなされるものであるから,これに控訴人Y1が異議を述べなかったことをもって,昭和59年協議に関する合意が成立したことを否定する根拠とすることはできない。
⑷ 本件建物収去の範囲について
原審は,本件建物のうち被控訴人所有地を敷地としている部分(本件占有部分㋐)はその一部にすぎないにもかかわらず,本件建物の一部のみを収去することは被控訴人に不可能を強いる結果になるとして,被控訴人に対して本件占有部分㋐を明け渡す方法として本件建物の全部について収去を認めている。
しかしながら,本件建物のうち被控訴人所有地を敷地としている部分のみを収去し,残部について新たに支柱を設置することにより,本件建物の残部を残すことは可能である(証拠<省略>)。
よって,仮に被控訴人の控訴人Y1に対する建物収去土地明渡請求が認められるとしても,建物収去は,上記のとおり,本件建物のうち本件占有部分㋐を敷地としている部分についてのみ認められるに留まるのであり,本件建物全部について収去を認めることは,控訴人らに対して必要以上の負担を強いるものである。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人らの主張はいずれも理由がなく,[判示事項]原判決は相当であると判断する。
その理由は,以下のとおり訂正し,次項のとおり当審における控訴人らの主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」中「第3 当裁判所の判断」(10頁1行目ないし15頁3行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
⑴ 原判決11頁7行目の末尾で改行し,次のとおり加える。
「また,本件境界簿に記載されている控訴人所有地と被控訴人所有地との境界は,隣接するE寺所有地と被控訴人所有地との境界(この境界についてはE寺と被控訴人との間に争いがない。)と連続性を有しており,その点でも本件境界と認めるのが合理的であり,整合性がある。」
⑵ 同頁17行目の「したがって,」から19行目末尾までを次のとおり改める。
「隣接する土地の所有者による境界についての合意は,公法上の境界を確定する効力を有しないことは上記⑴のとおりであるが,所有者間での合意が境界を確定するための資料になり得る場合もあるから,昭和59年協議に関する合意の成否につき,以下検討する。」
⑶ 同12頁25行目「証拠はないから,」を次のとおり改める。
「証拠はない。本件境界簿に記載されている合筆前の被控訴人所有地とE寺所有地との境界について,被控訴人とE寺との間で,原判決別紙図面3<省略>の37ないし32の各点を順次直線で結ぶ線であることに争いはなく,原判決別紙図面1<省略>の37,36,35,N,Mを順次直線で結ぶ線はその一部であることから,」
⑷ 同14頁22行目「不可能」を「不可能又は困難」に改める。
2 当審における控訴人らの主張に対する判断
⑴ 控訴人らの主張⑴(本件境界確定協議の効力)について
控訴人らは,本件境界確定協議がAの相続人の1人にすぎないCにより,他の相続人から委任を受けずになされたもので,無効であるから,本件境界確定協議の結果作成された本件境界簿によって本件境界を確定することはできないと主張する。
しかしながら,控訴人らが主張するとおり,CがAの他の相続人から何ら権限を与えられずに本件境界確定協議をしたもので,その法的効力には問題があるとしても,本件境界確定協議がされた当時,Cは控訴人所有地に居住し,本件境界について最も良く事情を知っており,かつ,本件境界の帰趨に最も利害関係を有していた者というべきであるから,Cが本件境界簿(証拠<省略>)に記載された境界線を承認し,本件境界簿にA名義で署名押印した(証拠<省略>)という事実は,本件境界が本件境界簿に記載されているとおりであることを裏付ける有力な証拠であるというべきである。そして,他に,本件境界が控訴人主張線のとおりであることを裏付ける証拠はないことからして,本件境界を本件境界簿のとおり被控訴人主張線と確定するのが相当である。
⑵ 控訴人らの主張⑵(昭和59年協議に関する合意)について
控訴人らは,控訴人Y1と被控訴人との間で昭和59年協議に関する合意が成立したから,本件境界は昭和59年協議線であると主張する。
しかしながら,控訴人Y1が昭和59年12月に被控訴人に対して2474番2の土地の無償譲渡証書等を送付したとしても,控訴人らが,昭和59年協議以後も,昭和59年協議線を越えてコンクリート舗装敷を放置し,平成10年10月頃には同協議線を越えて本件建物を建築し,現に控訴人らが被控訴人所有地を占有する部分(本件占有部分㋐及び同㋑)は同協議線を大きく越えるものであることなど,昭和59年協議と矛盾する行動をしていること(原判決11頁20行目ないし12頁9行目)からすれば,控訴人Y1は本件境界を昭和59年協議線とすることを承諾したとは認められない。そうすると,控訴人Y1と被控訴人との間で昭和59年協議に関する合意が成立したと認めることはできない。
⑶ 控訴人らの主張⑶(信義則違反)について
控訴人らは,控訴人Y1と被控訴人との間で昭和59年協議に関する合意が成立したと信頼したのであるから,被控訴人が同協議線を越えた部分について本件境界の確定を求め,控訴人らについて建物収去土地明渡等を求めることは,信義則に違反すると主張する。
しかしながら,控訴人らが,控訴人Y1と被控訴人との間の熊本地方裁判所八代支部平成14年(ワ)第65号事件(前訴事件)の控訴(福岡高等裁判所平成16年(ネ)第983号)を取り下げた後,控訴人Y1が2474番2の土地を被控訴人に対して無償譲渡し,被控訴人所有地のうち原判決別紙図面5<省略>の仮柵までの部分について控訴人Y1が払下げを受けることを求めたのに対し,被控訴人指定代理人は,上記提案を直ちに拒否しなかったが,払下げが可能であるとしても,控訴人Y1がAの相続人間の権利関係を調整することが前提であり,さらに,被控訴人側でも国有地の払下げには関係機関との調整が必要であると回答しており(証拠<省略>),払下げが可能であると確定的に回答したものではない。また,前記⑵のとおり,控訴人らは,昭和59年協議以降も,昭和59年協議線を越えて本件建物を建築するなど,自ら昭和59年協議と矛盾する行動をしている。
以上からすれば,そもそも,控訴人Y1と被控訴人との間で昭和59年協議に関する合意が成立したとは認められず,また,控訴人らにおいて上記合意が成立したと信頼したとも認められないから,控訴人ら主張に係る事情を考慮したとしても,被控訴人の請求が信義に反して許されないと認めることはできない。
⑷ 本件建物収去の範囲について
ア 控訴人らは,本件建物の一部のみを収去することも可能であるから,原審が被控訴人に対して本件占有部分㋐を明け渡す方法として本件建物の全部について収去を認めたのは不当であると主張する。
しかしながら,本件建物の一部のみの収去が可能であるとして控訴人らが提出した図面(証拠<省略>)は簡易な手書きのもので,建築基準法等に配慮した上で構造計算されたものであるとは認められない。同図面からは,本件建物の四隅の主要な柱のうち2本を取り除いた後,いかなる工法を用いて工事し,またどの部分に支柱を入れて本件建物の残部を支えることにするのか,そのような工事にどの程度の費用を要するのかも明らかではない。
そして,仮に本件建物の一部のみを収去して残部を残すことが建築工学的には可能であるとしても,そのような工事を行うためには建物全体を収去することと比較して過大な費用を要するものと考えられ,被控訴人に不可能又は困難を強いることになるから,相当ではないというべきである。
イ 控訴人らは,控訴人Y1に本件建物全部の収去を命じるとすれば,控訴人らに対して必要以上の負担を強いることになるとも主張する。
しかしながら,以前,本件建物の1階部分は車庫として使用され,2階部分は控訴人らの孫の勉強部屋等として使用されたことがあったものの,現在は物置として使用されているだけで,本件建物は住居としては使用されていない。控訴人らは,本件建物の隣の建物に2人で居住しているのであるから(控訴人Y2),本件建物全部を収去したとしても,控訴人らの生活に重大な影響があるとは認められない。また,仮に本件建物の一部のみを収去することが可能であるとしても,一部収去により本件建物は四隅の主要な4本の柱のうちの2本を含めて少なくとも建物面積の3分の1程度を失うことになるから,残部のみで建物としての効用を維持することができるのか疑問がある。そうすると,本件建物全部を収去することによる控訴人らの経済的な負担が,本件建物の一部のみを収去することによる負担を大きく上回るものとは認め難い。
以上の事情からすれば,本件建物全体を収去することは,本件建物の一部を収去することと比較して,控訴人らに対して必要以上の負担を強いるものとは認められない。
ウ よって,控訴人Y1に対し,被控訴人に対して本件占有部分㋐を明け渡す方法として,本件建物全部の収去を命じるのが相当である。
第4結論
以上のとおりであるから,控訴人らの主張はいずれも理由がなく,原判決は相当であるから本件控訴をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 金村敏彦 片山昭人 清野英之)