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福岡高等裁判所 平成26年(ネ)634号 判決 2014年12月18日

控訴人兼附帯被控訴人

株式会社Y銀行(以下「控訴人」という。)

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

作間功

植松功

鳥居玲子

越路倫有

髙井弘達

古賀純子

被控訴人兼附帯控訴人

有限会社X(以下「被控訴人」という。)

同代表者取締役

同訴訟代理人弁護士

吉田純二

主文

1(1)  控訴人の控訴に基づき、原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

2  被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。

3  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1(1)  控訴の趣旨(控訴人)

主文第1項(1)、(2)と同旨

(2)  控訴の趣旨に対する答弁(被控訴人)

控訴人の本件控訴を棄却する。

2(1)  附帯控訴の趣旨(被控訴人)

ア 原判決を次のとおり変更する。

イ 控訴人は、被控訴人に対し、245万円及びこれに対する平成25年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  附帯控訴の趣旨に対する答弁(控訴人)

主文第2項と同旨

第2事案の概要(略称等は、原判決の例による。以下同じ。)

1(1)  本件は、被控訴人の従業員であったCが、被控訴人から窃取した控訴人における被控訴人名義の普通預金口座(本件口座)の預金通帳及び届出印を使用して、控訴人から同口座の預金の払戻し(以下「本件払戻し」という。)を受けたところ、被控訴人が、控訴人に対し、同払戻しは無権限者に対するもので無効であると主張して、控訴人との預金契約に基づき、預金245万円(上記払戻しの金額から被害回復金額を控除した金額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成25年4月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

(2)  原審は、①本件払戻しにつき控訴人には過失があるから、同払戻しは無効であり、被控訴人は、控訴人に対して、預金契約に基づき被害回復未了分の預金245万円の払戻しを求める権利があるとする一方で、②Cによる本件払戻請求は控訴人に対する不法行為を構成するから、控訴人はCの使用者である被控訴人に対して民法715条に基づく損害賠償請求権を有するが、控訴人には本件払戻請求に応じたことにつき過失があるから5割の過失相殺をすべきであるとして、上記①の金額の5割に相当する122万5000円の限度で上記損害賠償請求権を認めた上、③控訴人の相殺の意思表示により、上記②の損害賠償請求権と上記①の預金払戻請求権とが対当額で消滅したとして、結論として、預金122万5000円及びこれに対する前同様の遅延損害金の支払を求める限度で被控訴人の請求を認容し、その余の被控訴人の請求を棄却した。

(3)  これに対し、被控訴人(編注:原文ママ 「控訴人」と思われる。)は、原判決中控訴人敗訴部分を不服として控訴し、被控訴人は、原判決中被控訴人敗訴部分を不服として附帯控訴した。

2  「前提事実」及び「当事者の主張」は、次のとおり付加訂正し、当審における当事者の補足的主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄の第2の2及び第3に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決2頁16行目の末尾に「(甲1)」を、同22行目の末尾に「(甲2)」を、同3頁2行目の末尾に「(甲1、18、19、被控訴人代表者)」を、同6行目の「に対し、」の次に「本件口座の預金通帳とともに、」を、それぞれ加え、同8行目の「記載された払戻請求書」を「記載され本件口座の届出印が押印された払戻請求書4枚」と改め、同10行目から同11行目にかけての「振込依頼書」の次に「1枚」を、同15行目の末尾に「(甲1、3~7、17、18、乙4、証人D)」を、同17行目の末尾に「(甲1、3~7、17、18、乙4、6、証人D)」を、それぞれ加え、同4頁17行目の「被告銀行」から同18行目の「した際に、」までを削り、同20行目の末尾に「(甲1、19、被控訴人代表者)」を加える。

(2)  同8頁16行目の「被告銀行は、」の次に「平成25年5月15日の本件第1回口頭弁論期日において、」を、同17行目の「相殺する」の次に「との意思表示をした」を、それぞれ加える。

3  当審における当事者の補足的主張

(控訴人の主張)

(1) 準占有者に対する弁済の成否について

ア 原判決は、正当な権限者であることを疑わせる特段の事情の有無の検討を、①本人確認を試みるべきか否かという観点からの検討と、②本人確認を試みたが、本人と連絡がつかないなどの事情で確認がとれなかった場合にどう対応するかという観点からの検討との2段階に分けるという判断枠組みを採用した上、上記①の観点から、利用実績が少ない支店での払戻し、本人以外の顔見知りではない者の払戻し、高額の払戻しというわずか3つの、しかも補充的な事情のみをもって、特段の事情を肯定した。

しかし、そのような判断枠組みは不当であり、正当な権限者であることを疑わせる特段の事情の有無は、上記3つの補充的事情だけでなく、払戻請求に係る諸事情を総合考慮して判断されるべきである。そして、本件払戻請求に係る諸事情を総合考慮すれば、Cの手口は極めて巧妙であり、Cに不審な風体・挙動、言動及び説明等は一切なかったのであるから、Cが正当な権限者であることを疑わせる特段の事情は認められない。

イ また、原判決は、特段の事情があった場合に社会通念上期待される確認措置を、本人への直接の連絡という方法に限定して解釈している。

しかし、そのような解釈は不当であり、社会通念上期待される確認措置は、特段の事情を基礎付ける不審な事情の内容、程度等に応じて異なり、本人への直接の連絡が唯一の方法ではない。そして、本件において、控訴人は、Cに対する被控訴人の経理担当者との立場の確認や身分証明書による身元の確認によって、社会通念上期待される確認措置を講じた。

ウ 一般に、法人は、経済取引のプロであり、リスク管理能力やセキュリティ対策の対応力も高いことから、金融機関が法人と取引をする場合、法人自身が相応のリスク管理を行っていることを前提として取引をすることが許されるというべきであり、個人と比べて法人の保護の必要性は低い。

しかも、本件は、法人の従業員が法人の真正な預金通帳及び届出印を窃取して払戻しを受けた事案であり、このような事案では、本来、当該法人内部の問題として、当該従業員を雇用して事故を発生させた法人がその責任を負うべきであり、金融機関に責任を転嫁するのは筋違いである。

エ 以上によれば、本件払戻請求に対する本件払戻しは、債権の準占有者に対する弁済として有効というべきである。

(2) 使用者責任に基づく損害賠償請求権について

控訴人は、故意犯であるCに対し、過失相殺を受けることなく全損害の賠償を請求できるところ、使用者責任の性質は代位責任であるから、使用者たる被控訴人の責任範囲は、被用者たるCの責任範囲と一致すべきである。したがって、原判決が、控訴人の被控訴人に対する使用者責任に基づく損害賠償請求権につき、控訴人に過失があるとして5割の過失相殺をしたのは、不当である。

(3) 過失相殺規定の類推適用又は信義則に基づく責任軽減について

Cが本件口座の預金通帳及び届出印を窃取したことにつき、これらを管理していた被控訴人代表者の落ち度は著しいから、控訴人には、過失相殺規定の類推適用又は信義則に基づく責任軽減が認められるべきである。

(被控訴人の主張)

(1) 準占有者に対する弁済の成否について

原判決の認定判断は正当である。

本件においては、客観的に見て、Cが正当な権限者であることを疑うべき事情は十分にあったし、控訴人が被控訴人代表者に電話連絡をすることは社会通念上期待される確認措置であったというべきであって、控訴人の当審における主張には理由がない。

(2) 使用者責任に基づく損害賠償請求権について

ア Cによる本件払戻請求は、外形的、客観的に判断して、同人の職務の範囲内の行為ということはできず、「事業の執行について」されたもの(民法715条)ということはできないから、これについて被控訴人に使用者責任が生じる余地はない。

また、控訴人の従業員らは、少なくとも、重大な過失により、本件払戻請求がCの職務権限内において適法に行われたものではないことを知らないで、これに応じたのであるから、控訴人は、外形理論による保護に値せず、被控訴人に対し使用者責任を追及することはできない。

イ 仮に被控訴人に使用者責任が認められるとしても、控訴人に本件確認を怠った過失があるのは明らかであり、かつ、その過失は重大であるから、5割を超える過失相殺がされるべきである。なお、使用者責任の性質を固有責任とする見解も有力であるし、民法722条2項の文言及び趣旨からしても、本件のように被害者側に大きな落ち度がある事案において過失相殺が制限されるものではない。

(3) 過失相殺規定の類推適用又は信義則に基づく責任軽減について

本件口座の預金通帳及び届出印の管理に係る被控訴人代表者の落ち度が著しいとはいえず、控訴人について過失相殺規定の類推適用又は信義則に基づく責任軽減を認める余地はない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は、原判決と異なり、本件払戻しは債権の準占有者に対する弁済として有効であり(民法478条)、被控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおりである。

2(1)  本件払戻請求は、銀行である控訴人の窓口において、控訴人に開設された普通預金口座につき、真正な預金通帳及び真正な届出印が押印された払戻請求書を用いてされたものである(前提事実(2)ウ)。一般に銀行の窓口においては大量の預金払戻し等の事務を迅速かつ円滑に処理する必要があることからすれば、このような場合、当該払戻請求をした者が正当な権限者でないと疑うべき特段の事情が認められない限り、当該払戻請求が正当な権限のない者により行われたものであったとしても、これに応じて払戻しをした銀行には過失がなく、当該払戻しは、民法478条所定の債権の準占有者に対する弁済として、その効力を有するものというべきである。控訴人が定める「普通預金・貯蓄預金共通規定」(乙9)の7条において、「払戻請求書、諸届その他の書類に使用された印影を届出の印鑑と相当の注意をもって照合し、相違ないものと認めて取扱いましたうえは、それらの書類につき偽造、変造その他の事故があってもそのために生じた損害については、当行は責任を負いません。」とされているのも、上記と同様の趣旨と解される。

(2)  そこで、本件払戻請求について、上記特段の事情があったと認められるかどうかについて検討する。

ア 本件払戻請求は、本件口座の預金名義人である被控訴人の従業員であるCがしたものであるところ、Cは、①被控訴人に勤務する時の通常の服装と解される作業服姿で、黒いカバンを持参して控訴人b支店を訪れ(甲1、17、乙4、証人D)、②その窓口担当職員であるD職員に対し、本件口座につき、真正な預金通帳、真正な届出印が押印された払戻請求書4枚及び振込依頼書1枚を提出して、4口に分けて合計290万円の払戻しを請求した上(前提事実(2)ウ)、③不鮮明な印影の払戻請求書について、D職員の面前で改めて真正な届出印を用いて押印し(甲3、証人D)、④D職員から、未記入であった振込依頼書の依頼人住所欄への記入を求められると、直ちに、名刺等を参照することなく被控訴人の住所を記入し(前提事実(2)エ(ア))、⑤D職員から、身分の確認を求められると、自分は被控訴人の代表者ではなく経理事務を担当する従業員である旨説明するとともに、被控訴人の従業員であることを示す自身の名刺及び自身の顔写真付きの運転免許証を提示して(前提事実(2)エ(イ)、払戻手続が終わるまでこれらをD職員に預け(なお、D職員は、その運転免許証番号を上記各払戻請求書の本件確認欄に記載した。甲3~6、乙4、証人D)、⑥D職員から、会社に在籍確認をしたい旨告げられると、「会社に電話しても誰もいないし、電話しても自分に転送される。」旨説明し(前提事実(2)エ(ウ))、⑦D職員がE課長に払戻しの可否について相談をしている間、同支店のロビーのソファーに座って待っており(乙4、証人D)、⑧払戻しを受ける際には、預金通帳、現金、振込領収書、振込手数料のお釣り、運転免許証及び名刺を一つずつ受領し、これを持参したカバンにしまって、退店した(乙4、証人D)ものと認められ、この間、Cに、慌てたり、急いだりするなどの不自然な言動・挙動があったとはうかがわれない。また、上記のとおりCが提示、提出した名刺及び振込依頼書に記載されている被控訴人の住所は、控訴人に登録されている被控訴人の住所と一致しており(前提事実(2)エ(エ))、そのほかにも、CがD職員に対して提示、提出した書面に、明らかな記載の誤りその他の不自然な記載は見当たらない。

以上の本件払戻請求の経緯において、Cに本件口座の払戻請求権限を有する者として不自然な言動があったということはできない。

イ これに対し、被控訴人は、①控訴人b支店は、本件口座の開設支店ではなく、かつ、これまで本件口座について窓口出金の手続がされたことのない支店であったこと、②Cは、被控訴人の代表者ではなく、同支店の窓口担当職員において本件口座の払戻請求権者として認識されていた者でもなかったこと、③本件払戻請求は合計290万円という高額のものであったこと、④Cが同支店を訪れたのは、午前9時7分という開店直後の時刻であったこと、⑤Cは、本件払戻請求に際し、これまで振込実績のないC自身の名義の口座への振り込みを求めていたこと、⑥Cは、D職員による在籍確認の問いに対し、「会社に電話しても誰もいないし、電話しても自分に転送される。」として、被控訴人への連絡を避けようとする発言をしていたことからすれば、Cが正当な権限者でないと疑うべき特段の事情があった旨主張する。

しかし、上記①につき、控訴人b支店の所在地(福岡市博多区<以下省略>。甲1)は、控訴人に登録されている被控訴人の住所地(福岡県糟屋郡志免町<以下省略>)からそれほど離れていない上(福岡市博多区と福岡県糟屋郡志免町とが隣接していることは、当裁判所に顕著である。)、付近に会社の営業所が多く、交通の便も良いため、他支店の顧客の利用が多いこと(D証人)から、被控訴人の従業員が同支店において本件口座の払戻請求をすることは、それまでに同支店の窓口での払戻実績がなかったとしても、不自然ということはできない。また、上記②については、法人の預金口座の払戻請求を常にその代表者が行うとは限らないし、前記アのとおり、窓口担当職員であるD職員に対し、被控訴人の経理担当者である旨説明し、自身の名刺や運転免許証を提示するなどして身分確認に応じたCの言動に、本件口座の払戻請求権限を有する者として不自然な点があったということはできない。さらに、上記③については、本件払戻請求の金額は合計290万円であるところ、本件口座が法人名義のものであることや、その払戻し後になお相当額の残高(130万5968円)があること(甲2)からすれば、上記払戻請求金額が不自然なものということはできない(現に、平成17年11月28日の開設後の本件口座の取引履歴〔甲2〕を見ると、本件払戻請求以前においても、一日のうちに合計100万円を超える出金がされた例は多数あり、それが合計200万円を超えた例も散見されるし、口座の残高も、数万円から数百万円までの範囲で大きな変動を繰り返していた。なお、犯罪による収益の移転防止に関する法律及び同法施行令上の金融機関の取引時確認義務の規定は、債権の準占有者に対する弁済の効力の有無を規律する民法478条とは趣旨・目的を異にし、それが直ちに同条適用上の弁済者の注意義務を構成するものとはいえない。)。上記④については、Cが控訴人b支店を訪れたのがその開店直後であるとしても、前記アのとおり、Cは同支店において特に払戻しを急ぐような言動・挙動をしておらず、単に来店時刻のみをもって不自然ということはできない。上記⑤については、法人名義の口座からその従業員名義の口座への振り込みがされること自体が不自然とはいえないし、C名義の口座への振込依頼額は45万円であって、本件払戻請求全体の一部にすぎず、かつ、それが従業員名義の口座への振り込みとして特に高額であるともいえない。かえって、Cがした自身の名義の口座への振込依頼は、自身の顔写真付きの運転免許証の提示とともに、払戻請求者の身元を明らかにし、不正の発覚や払戻請求者に対する責任追及を容易にする行為といえるのであって、正当な払戻権限を有しないこととは相容れない行動ということができる。上記⑥については、Cは、電話による被控訴人に対する在籍確認には実効性がない旨告げたにすぎず、これを殊更に拒んだり止めさせようとしたりしたというわけではなく、被控訴人の従業員の言動として特に不自然とまでいうことはできない。

そうすると、本件払戻請求に関し、被控訴人が主調する上記各事情をもって、Cが正当な権限者でないと疑うべき特段の事情があったというには足りず、そのほかにも、Cが正当な権限者でないと疑うべき事情があったとは認められない。

ウ 以上によれば、本件払戻請求につき、控訴人において、これをしたCが正当な権限者でないと疑うべき特段の事情があったと認めることはできない。

(3)  したがって、本件払戻請求に応じて払戻しをした控訴人には過失がなく、本件払戻しは、民法478条所定の債権の準占有者に対する弁済として、その効力を有するというべきである。そして、これにより、被控訴人の控訴人に対する本件払戻しに係る預金債権は消滅したというべきである。

3  結論

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本件請求は理由がないから、これを棄却すべきである。

よって、これと一部結論を異にする原判決は相当でないから、控訴人の控訴に基づき、原判決中控訴人敗訴部分を取り消して、被控訴人の請求を棄却し、被控訴人の附帯控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永松健幹 裁判官 杉本宏之 裁判官 貝阿彌亮)

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