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福岡高等裁判所 平成26年(行ケ)4号 判決 2015年3月25日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。ただし,平成26年12月14日に行われた衆議院議員選挙の小選挙区福岡県第1区ないし第11区,佐賀県第1区及び第2区,長崎県第1区ないし第4区,熊本県第1区ないし第5区,大分県第1区ないし第3区における選挙は,いずれも違法である。

2  訴訟費用は,被告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

平成26年12月14日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の福岡県第1区ないし第11区,佐賀県第1区及び第2区,長崎県第1区ないし第4区,熊本県第1区ないし第5区,大分県第1区ないし第3区における選挙を無効とする。

第2事案の概要

1  本件は,平成26年12月14日に施行された衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)について,それぞれ小選挙区福岡県第1区ないし第11区,佐賀県第1区及び第2区,長崎県第1区ないし第4区,熊本県第1区ないし第5区,大分県第1区ないし第3区(以下併せて「本件各選挙区」という。)の各選挙人である原告らが,衆議院小選挙区選出議員の選挙(以下「本件小選挙区選挙」という。)の選挙区割りに関する公職選挙法の規定は憲法に違反し無効であるから,これに基づき施行された本件選挙の本件各選挙区における選挙も無効であると主張して,公職選挙法204条に基づき提起した選挙無効訴訟である。

2  前提となる事実

本件の前提として,当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実関係は,以下のとおりである。

(1)  本件選挙の施行等(争いのない事実)

本件選挙の小選挙区選挙は,平成26年12月14日,公職選挙法(平成25年法律第68号による改正後のもの。以下「平成25年改正法」という。)13条1項及び別表第1(以下「本件区割規定」といい,上記改正前のそれを「旧区割規定」という場合がある。)による選挙区割り(以下「本件選挙区割り」という。)の下で施行された。

(2)  当事者等(争いのない事実)

原告Aは,本件選挙の福岡県第1区の選挙人,同Bは,同福岡県第2区の選挙人,同Cは,同福岡県第3区の選挙人,同Dは,同福岡県第4区の選挙人,同Eは,同福岡県第5区の選挙人,同Fは,同福岡県第6区の選挙人,同Gは,同福岡県第7区の選挙人,同Hは,同福岡県第8区の選挙人,同Iは,同福岡県第9区の選挙人,同Jは,同福岡県第10区の選挙人,同Kは,同福岡県第11区の選挙人,同Lは,同佐賀県第1区の選挙人,同Mは,同佐賀県第2区の選挙人,同Nは,同長崎県第1区の選挙人,同Oは,同長崎県第2区の選挙人,同Pは,同長崎県第3区の選挙人,同Qは,同長崎県第4区の選挙人,同Rは,同熊本県第1区の選挙人,同Sは,同熊本県第2区の選挙人,同Tは,同熊本県第3区の選挙人,同Uは,同熊本県第4区の選挙人,同Vは,同熊本県第5区の選挙人,同Wは,同大分県第1区の選挙人,同Xは,大分県第2区の選挙人,同Yは,同大分県第3区の選挙人である。

(3)  本件選挙前後の事実経過(弁論の全趣旨)

ア 衆議院議員の選挙制度は,平成6年1月,公職選挙法の一部を改正する法律(平成6年法律第2号)が成立し,その後,平成6年法律第10号及び同第104号により,その一部が改正され,これらにより従来の中選挙区単記投票制から小選挙区比例代表並立制に改められた。そして,平成6年1月,上記公職選挙法の一部を改正する法律と同時に成立した衆議院議員選挙区画定審議会設置法(平成24年改正法による改正前のもの。以下「旧区画審設置法」といい,現行のそれを「区画審設置法」という。)において,衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)は,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとされ(区画審設置法2条),上記改定案を作成するに当たっての選挙区の区割りの基準として,①各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上にならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないこと(同法3条1項),②各都道府県の区域内の衆議院小選挙区選出議員の選挙区の数は,各都道府県にあらかじめ1を配当した上で(以下,このことを「1人別枠方式」という。),これに,衆議院小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とすること(同条2項)が定められた(以下,この区割基準を「旧区割基準」といい,この規定を「旧区割基準規定」という。)。

上記の1人別枠方式を設けることについて,同法の法案の国会での審議においては,法案提出者である政府側から,各都道府県への選挙区の数すなわち議員の定数の配分については,投票価値の平等の確保の必要性がある一方で,過疎地域に対する配慮,具体的には人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮等の視点も重要であることから,人口の少ない県に居住する国民の意思をも十分に国政に反映させるために,定数配分上配慮して,各都道府県にまず1人を配分した後に,残余の定数を人口比例で配分することとした旨の説明がされていた。

イ 平成8年10月20日,旧区割基準規定の下,衆議院議員総選挙が施行されたが,同選挙のうち小選挙区選挙の効力が争われた選挙無効訴訟において,最高裁判所は,1人別枠方式を含む区画審設置法に規定される基準は投票価値の平等との関係において国会の裁量の範囲を逸脱するものということはできず,選挙区間における人口の最大較差1対2.309(平成7年10月に実施された国勢調査によるもの)が示す選挙区間における投票価値の不平等は,一般に合理性を有するとは考えられない程度に達しているとまでいうことができず,旧区割規定が憲法14条等に違反するとはいえないと判示した(最高裁平成11年(行ツ)第7号同11年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1441頁,以下「平成11年大法廷判決」という。)。

ウ 平成12年6月25日にも,旧区割規定の下,衆議院議員総選挙が施行されたが,同選挙の効力が争われた選挙無効訴訟においても,最高裁判所は,旧区割規定が憲法に違反するとはいえない旨判示した(最高裁平成13年(行ツ)第223号同13年12月18日第三小法廷判決・民集55巻7号1647頁)。なお,同選挙当時の選挙区間における選挙人数の最大較差は,1対2.471であった。

エ 区画審は,平成12年10月に実施された国勢調査(以下「平成12年国勢調査」という。)の結果に基づき,衆議院小選挙区選出議員の選挙区に関し,各都道府県の議員の定数につきいわゆる「5増5減」とする改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し,これを受けて,その勧告どおり選挙区割りの改定を行うことなどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号。以下「平成14年改正法」という。)が成立した。

オ 平成17年9月11日,平成14年改正法により改定された選挙区割りの下で衆議院議員総選挙が施行されたが(なお,同選挙当日における選挙区間の議員1人当たりの選挙人数の最大較差は1対2.171(平成12年国勢調査の結果によれば,選挙区間の人口のそれは1対2.064)であった。),同選挙のうち小選挙区選挙の効力が争われた選挙無効訴訟において,最高裁判所は,旧区画審設置法に規定される基準は憲法の規定に反するものではなく,平成12年国勢調査による人口を基に旧区割規定を定めたことが投票価値の平等との関係において国会の裁量の範囲を逸脱するものであるということはできない旨判示した(最高裁平成18年(行ツ)第176号同19年6月13日大法廷判決・民集61巻4号1617頁,以下「平成19年大法廷判決」という。)。

カ 平成21年8月30日,衆議院議員総選挙(以下「平成21年選挙」という。)が施行されたが(議員1人当たりの選挙人数の最大較差は,高知県第3区と千葉県第4区との間の1対2.304であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は45選挙区),同選挙のうち小選挙区選挙の効力が争われた選挙無効訴訟において,最高裁判所は,当時,旧区画審設置法3条の定める衆議院小選挙区選出議員の選挙区割りの基準のうち,同条2項のいわゆる1人別枠方式に係る部分は,遅くとも平成21年選挙時においては,その立法時の合理性が失われたにもかかわらず,投票価値の平等と相容れない作用を及ぼすものとして,それ自体,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っており,同基準に従って平成14年に改定された公職選挙法13条1項,別表第1の定める選挙区割りも,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたが,いずれも憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,上記各規定が憲法14条1項等の規定に違反するものということはできないとした上で,事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に上記の状態を解消するため,できるだけ速やかに旧区割基準中の1人別枠方式を廃止し,旧区画審設置法3条1項の趣旨に沿って区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要がある旨判示した(最高裁平成22年(行ツ)第207号同23年3月23日大法廷判決・民集65巻2号755頁,以下「平成23年大法廷判決」という。)。

キ 平成23年大法廷判決を受けて,国会においては,投票価値の最大較差の是正に向けた選挙制度の改革が議論され,各都道府県の議員定数につきいわゆる0増5減(各都道府県の選挙区数を増やすことなく議員1人当たりの人口の少ない5県の各選挙区数をそれぞれ1減ずること)を行うこと,旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分を削除することを内容とする改正法案が平成24年11月16日に成立した(衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律。以下「平成24年改正法」という。)。平成24年改正法による改正後は,旧区画審設置法3条1項が同改正後の区画審設置法3条となり,同条の基準が選挙区割りの改定案を策定するに当たっての基準として定められている(以下この基準を「本件区割基準」という。)。

平成24年改正法は,各選挙区の人口が,人口の最も少ない都道府県(鳥取県)の区域内における人口の最も少ない選挙区の人口を基準として,当該人口の2倍未満であるようにする内容のもの(附則3条2項1号)である。

ク 平成24年改正法の成立と同日に衆議院が解散され,平成24年12月16日,衆議院議員総選挙が施行された(以下「平成24年選挙」という。)。平成24年改正法のうち,1人別枠方式の廃止に係る部分については,平成24年選挙前に施行されていたが,平成24年改正法の内容に沿って選挙区割りを改定するためには,区画審が新たな区割りの改定案を作成して,それを勧告し,この勧告に基づき旧区割規定を改正することを要するため,平成24年選挙は旧区割規定の定める選挙区割りの下で施行された。

なお,平成24年選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は,選挙人数が最も少ない高知県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区との間の1対2.425であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は72選挙区であった。

ケ 区画審は,平成24年選挙後の平成25年3月28日,内閣総理大臣に対し,平成24年改正法附則に規定された基準に基づき,各都道府県の選挙区数の0増5減を前提に,選挙区間の人口較差が2倍未満となるように17都県の42選挙区において区割りを改めることを内容とする選挙区割りの改定案を勧告し,内閣が第183回国会において,上記改定案に基づく選挙区割りの改定を盛り込んだ平成24年改正法の一部を改正する法律案を衆議院に提出した。この改正法案は,平成25年4月23日,衆議院で可決されたが,参議院では同日の送付から60日の経過後も議決に至らなかったため,同年6月24日,衆議院において,参議院で否決されたものとみなした上で出席議員の3分の2以上の多数決により再可決され(憲法59条2項,4項),平成25年法律第68号として成立し(衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律の一部を改正する法律。平成25年改正法),同月28日公布された。平成25年改正法のうち,0増5減及び区割規定の改定に係る部分については,同年7月28日に施行され,これにより,平成22年国政調査の結果による選挙区間の人口の最大較差は1対1.998に縮小された(甲5)。

コ 平成24年選挙のうち小選挙区選挙の効力が争われた選挙無効訴訟において,最高裁判所は,平成25年11月20日,旧区割規定の定める選挙区割りは,平成21年選挙時に既に憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたこと,選挙区間の較差が平成21年選挙時よりも更に拡大して最大較差が2.425倍に達していたものであり,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものであるが,1人別枠方式を定めた旧区画審設置法3条2項の規定が削除され,かつ,全国の選挙区間の人口較差を2倍未満に収めることを可能とする定数配分と区割り改定の枠組みが定められていたこと等の諸事情に照らすと,国会における是正の実現に向けた取組が平成23年大法廷判決の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものでなかったということはできないとして,憲法上要求される合理的期間における是正がされなかったとはいえず,旧区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものではない旨判示した(最高裁平成25年(行ツ)第209号ないし第211号同25年11月20日大法廷判決・民集67巻8号1503頁,以下「平成25年大法廷判決」という。)。

サ 平成25年大法廷判決後,国会においては,与野党による選挙制度実務者協議により,選挙制度の改革について検討を重ねてきたが,意見を集約することができなかった。そこで,平成26年9月19日,衆議院に,衆議院選挙制度に関する調査・検討等を行うための有識者による議長の諮問機関として,「衆議院選挙制度に関する調査会」(以下「選挙制度調査会」という。)が設置された。諮問事項は,現行制度を含めた選挙制度の評価,衆議院議員定数削減の処理,一票の較差を是正する方途等であり,各会派は,選挙制度調査会の答申を尊重するものとされている。

選挙制度調査会においては,当時の衆議院議員の任期である平成28年12月を念頭に,立法作業や周知期間を考慮して答申を行うため,1か月に1回ないし2か月に3回程度の間隔で会合を開催するものとされ,平成26年9月11日,同年10月9日,同月20日,同年11月20日に会合が行われた(乙3ないし8)。

シ 平成26年11月21日の衆議院の解散に先立って開催された衆議院運営委員会の理事会において,本件選挙後に選挙制度調査会を再開することが合意され,本件選挙後に就任した衆議院議長も,就任後の記者会見において,選挙制度調査会を継続させた上で,結論を急ぐ考えを示した。そして,本件選挙後の事情についてみるに,平成26年12月26日に開催された衆議院運営委員会の理事会において,選挙制度調査会を存続する方針が確認され,平成27年2月9日及び同年3月3日に会合が予定されている(乙9ないし11)。

(4)  本件選挙における投票価値等(乙1,顕著な事実,弁論の全趣旨)

(本件選挙は,平成26年11月21日の衆議院解散に伴い,同年12月4日公示され,同月14日,本件選挙区割りの下で施行されたが,本件選挙における議員1人当たりの登録有権者数の較差は,その最小の宮城県第5区と最多の東京都第1区との間では1対2.129であり,宮城県第5区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は13選挙区であった。

本件各選挙区についてみると,宮城県第5区と福岡県第1区ないし第11区は,それぞれ1.764(第1区),1.953(第2区),1.766(第3区),1.503(第4区),1.789(第5区),1.608(第6区),1.310(第7区),1.564(第8区),1.675(第9区),1.770(第10区),1.148(第11区),佐賀県第1区及び第2区は,1.416(第1区),1.531(第2区),長崎県第1区ないし第4区は,1.499(第1区),1.415(第2区),1.036(第3区),1.038(第4区),熊本県第1区ないし第5区は,1.610(第1区),1.312(第2区),1.181(第3区),1.215(第4区),1.065(第5区),大分県第1区ないし第3区は,1.606(第1区),1.259(第2区),1.353(第3区)である。

3  原告らの主張

本件区割規定に基づく議員の配分は憲法に違反する。

(1)  主位的主張

ア 本件区割規定に基づく議員の配分は,憲法前文第1文,1条,56条2項が保障する人口比例選挙の原則に反しているので,憲法98条1項により無効である。すなわち,本件選挙区割りは,平成25年大法廷判決が,憲法の投票価値の平等の要求に反していると判断している「1人別枠方式」を実質的に廃止していない,いわゆる「0増5減」の平成25年改正法の下における区割り規定に基づいており,人口比例選挙の原則に反する。

イ 合理的期間の判例法理は,憲法の最高法規性を否定するものであり,憲法98条1項に違反し,違憲無効である。

ウ 事情判決の法理は,公職選挙法219条1項所定の訴訟について,行政事件訴訟法31条を準用しない旨の同項の明文の定めにもかかわらず,当該行政処分が違法であっても,これを取り消すことが公共の福祉に適合しないと認められる限り,裁判所において,これを取り消さないとする一般的な法の基本原則を該当選挙に適用するものであり,憲法98条1項により違憲無効である。

(2)  予備的主張

ア 憲法の要求する合理的期間内における是正について

(ア) 国会議員は,日本国民によって,正当に選挙された全国民を代表する国会における代表者であり,公的な存在であり私的な存在ではない。そして,憲法43条1項は,国会議員が,全国民を代表して,国会の活動をすることを要求しており,国会議員が自らの私益のために,国会の活動をすることを禁止している(憲法99条)。そうすると,国会議員は,選挙区割りの改正立法のための国会での活動において,国会機関としてそれが自己の身分の喪失に関わり得る事項であっても,一切私益によることなく,公益のために選挙区割りに関する立法裁量権の行使を遅滞なく,合理的に行使するように要求されている。

したがって,国会議員が,当該立法裁量権の行使を,当該私益のために遅延させることは,憲法99条に違反する。

(イ) 平成23年大法廷判決及び平成25年大法廷判決は,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置をできるだけ速やかに,かつ着実に講ずる必要がある喫緊の課題であると判示している。そうすると,国会は,平成23年大法廷判決言渡日である平成23年3月23日から本件選挙日である平成26年12月14日まで3年8か月22日経過したにもかかわらず,上記立法的措置を講じていないのであるから,合理的期間を徒過している。

イ 事情判決の法理について

(ア) 最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁(以下「昭和51年大法廷判決」という。)は,①違憲の選挙で選出された全衆議院議員が失格すると,誰一人として衆議院議員がいなくなり,衆議院の活動ができなくなるため,公職選挙法自体の改正もできなくなること,②一部の選挙区のみが無効とされるにとどまった場合でも,同じ憲法違反の瑕疵を有する選挙について,あるものは無効とされ,他のものは有効として残り,しかも,公職選挙法の改正を含むその後の衆議院の活動が,選挙を無効とされた選挙区からの選出議員を得ることができないままの異常な状態の下で行わざるを得ないこととなるのであって,このような結果は,憲法上決して望ましい姿ではなく,また,その所期するところでもないことから,いわゆる事情判決の法理を採った。しかし,①本件選挙日現在,衆議院は小選挙区選出議員295人と比例代表選出議員180人から成っているので,前者の議員が全員失格しても,後者の議員によって衆議院の活動を行い得るし,②本件選挙では,全295小選挙区で選挙無効訴訟が提起されていることからすれば,本件選挙が違憲違法であれば事情判決の法理を採ることはできない。

(イ) 本件選挙が無効となると,①全295小選挙区選出議員の失格,②総理大臣及び各大臣の失格,③公職選挙法に基づく再選挙に関する各条項に基づく新国会議員の選出,④新内閣総理大臣の指名及び任命,⑤新各大臣の任命が必須となるが,国民にとって,憲法と公職選挙法の再選挙に関する各条項に従った,法治国会では当たり前の出来事であって,社会的混乱はあり得ない。よって,本件選挙が違憲違法であれば事情判決の法理を採ることはできない。

4  被告らの主張

(1)  本件選挙区割りは投票価値の平等に反するかについて

(平成25年改正法による改正の結果,本件選挙区割りは,平成22年10月に実施された国勢調査の結果による選挙区間の人口の最大較差が1.998倍に縮小された。これは,衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定案の作成は,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本としなければならないことを定めた区画審設置法3条の趣旨に沿うものであり,その結果,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態は解消された。もっとも,1人別枠方式の構造的な問題が最終的に解決したとはいえなかったことから,その後の人口変動の結果,本件選挙当日の選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の最大較差が2倍を超える状態が発生したが,上記問題の解決は,今後の国勢調査の結果を踏まえ,区画審による選挙区割りの改定案の勧告や,これに基づく新たな選挙区割りを定める法改正が予定されていたのであるから,その間の人口変動による選挙人数の最大較差の拡大は一定程度避け難いものである。しかも,最大較差が2倍を超えたとはいえ僅かであり,これまでの最高裁判決で問題となった最大較差を下回るものであった。

以上の諸事情を考慮すれば,本件選挙区割りが本件選挙当時,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったとはいえない。

(2)  憲法の要求する合理的期間内における是正について

前記(1)の諸事情に加え,国会においては,平成25年大法廷判決以降も,今後の人口変動によっても憲法の投票価値の平等の要求に反する状態とならないようにするために,選挙制度調査会において,解散前の衆議院議員の任期である平成28年12月を念頭に答申を行うべく,選挙制度の改革に向けた検討を重ねており,今後も引き続き議論が進展していく見通しであることからすれば,国会が,今後の国勢調査の結果や,平成23年大法廷判決及び平成25年大法廷判決の趣旨を踏まえた所要の適切な是正の措置を講ずることが十分に見込まれる状況にある。

以上によれば,平成25年改正法の定める本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態であると評価されたとしても,国会において,本件選挙までの間に,本件選挙区割りが違憲状態となったことを認識し得たとはいえない。また,国会において,本件選挙区割りが違憲状態となったことを認識し得たとしても,国会においては,平成25年大法廷判決以降も,選挙制度の改革に向けた検討が重ねられており,今後も引き続き議論が進展していく見通しであることからすれば,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえない。

第3当裁判所の判断

1  選挙制度と投票価値の平等について

(1)  議会制民主主義をとる日本国憲法の下において,国権の最高機関である国会は,全国民を代表する選挙された議員で組織する衆議院及び参議院で構成されるところ(41条,42条,43条1項),両議院の議員を選挙する権利は,国民の国政への参加を認める基本的権利であって,その資格は,人種,信条,性別等によって差別してはならないのであり(15条1項,3項,44条ただし書),さらに,憲法14条1項の規定は,これを徹底して,選挙権の内容の平等,換言すれば,議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等,すなわち投票価値の平等を要求しているものと解すべきである。

他方,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準ではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものであるところ,国会の両議院の議員の選挙については,憲法上,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとされ(43条2項,47条),選挙制度の仕組みの決定について国会に広範な裁量が認められている。すなわち,国会が選挙制度の仕組みについて具体的に定めたところが,上記のような基本的な要請や法の下の平等などの憲法上の要請に反するため,上記の裁量権を考慮してもなおその限界を超えており,これを是認することができない場合に,初めてこれが憲法に違反することになるものと解される(最高裁昭和51年大法廷判決,最高裁昭和56年(行ツ)第57号同58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁(以下「昭和58年大法廷判決」という。),最高裁昭和59年(行ツ)第339号同60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁(以下「昭和60年大法廷判決」という。),最高裁平成3年(行ツ)第111号同5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁(以下「平成5年大法廷判決」という。),平成11年大法廷判決,平成19年大法廷判決,平成23年大法廷判決,平成25年大法廷判決参照)。

(2)  原告らは,主位的主張として,憲法上,国会議員の選挙については,憲法前文第1文,1条,56条2項を根拠に,人口比例選挙が保障されていると主張する。しかし,憲法の解釈は,他の規定と調和的に解釈されるべきところ,国会の両議院の議員の選挙については,憲法上,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとされ(43条2項,47条),選挙制度の仕組みの決定について国会に広範な裁量が認められているといわざるを得ない。そして,上記規定を前提に,憲法の解釈として,両議院とも国会議員の選挙制度の仕組みの決定において国会に裁量権があると解されることは,昭和51年大法廷判決以降の累次の大法廷判決の趣旨とするところであり,全国民の代表として国政に係る多様な事項の決定に継続的に関わる国会議員の構成に多角的に民意が反映されるように選挙制度の仕組みを定める局面において,一義的に,人口比例選挙が保障されているものと解することはできない。したがって,原告らの主張の趣旨が,憲法は人口比例選挙を保障するため,投票価値の平等こそが選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準であり,国会に裁量権はないという趣旨であれば採用することができない。

(3)  しかしながら,選挙制度の仕組みを決定するに当たって国会に裁量権が認められるとはいえ,衆議院は,その権能,議員の任期及び解散制度の存在等に鑑み,常に的確に国民の意思を反映するものであることが求められていることからすれば,衆議院議員の選挙につき多数の選挙区を設けてこれに議員定数を配分するについて,議員1人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に保たれることが最も重要かつ基本的な基準とされるのであり,このような趣旨からすれば,人口比例に基づく選挙を原則とし,できる限り投票価値の平等を確保することは,憲法上の要請であると解するのが相当である。

2  本件区割規定の憲法適合性について

(1)  本件区割規定は,前記前提事実で認定したとおり,平成23年大法廷判決において憲法の投票価値の平等に反する状態にあると判断された平成24年改正法による改正前の旧区割規定及び旧選挙区割りについて,1人別枠方式を定めた旧区画審設置法3条2項の規定の削除と選挙区間の人口較差を2倍未満に抑えるための0増5減による定数配分の見直し等を内容とする平成25年改正法により改正された後のものである。しかしながら,平成25年改正法による本件区割規定については,上記0増5減による定数削減の対象とされた県以外の都道府県については,1人別枠方式によって配分された定数が維持されており,なお今後の人口変動により再び較差が2倍以上の選挙区が出現し増加する蓋然性が高いと想定されるなど,1人別枠方式の構造的な問題が最終的に解決されているとはいえないことは平成25年大法廷判決が指摘するところである。そうすると,本件選挙は平成25年改正法の下で行われたとはいえ,平成23年大法廷判決及び平成25年大法廷判決によりその立法時の合理性が失われ,投票価値の平等と相容れないものと判断された前記1人別枠方式の構造的な問題が最終的に解決されていない以上,それ自体,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものといわざるを得ない。

そして,前記前提事実によれば,本件選挙当時,本件選挙の小選挙区選挙における議員1人当たりの登録有権者数の較差は,その最少の宮城県第5区と最多の東京都第1区との間では1対2.129であり,宮城県第5区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は13選挙区に及んでいるところである。本件選挙時におけるこのような事態は,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものというべきである。

(2)  証拠(乙1,2)によれば,本件選挙の宮城県第5区は,石巻市及東松島市を選挙区域とするものであるところ,これらの地域は平成23年3月11日に発生した東日本大震災によって甚大な被害を受けた地域であり,人口の流出が起こっていることは公知の事実である。しかし,東日本大震災直後であればともかく,本件選挙時は東日本大震災から約3年9か月を経過していることからすれば,やはり前記議員1人当たりの登録有権者数の較差が2倍を超えるという事態を正当化することができるとは言い難い。また,仮に上記事情から宮城県第5区を最少の選挙区として基準とするのが相当でないとしても,宮城県第5区の次に登録有権者数の少ない福島県第4区又は鳥取県第1区を基準としても,最多の東京都第1区をはじめ複数の選挙区との間において議員1人当たりの登録有権者数の較差が2倍を超えることが認められる。したがって,上記事情をもってしても,やはり本件選挙は憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたといわざるを得ない。

3  憲法の要求する合理的期間内における是正について

(1)  本件区割規定が,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至ったとしても,これによって直ちに当該規定を憲法違反とすべきものではなく,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったときに,初めて当該区割規定が憲法の規定に違反すると判断されるべきである。

そして,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったといえるか否かを判断するに当たっては,単に期間の長短のみならず,是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して,国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものであったといえるか否かという観点から評価すべきものと解される(平成25年大法廷判決参照)。

(2)  原告らは,合理的期間の判例法理が憲法の最高法規性(憲法99条)に反し違憲無効であると主張する。しかし,前記のとおり,選挙制度の仕組みの決定について国会に広範な裁量が認められているところ,憲法の保障する投票価値の平等の実現に向けた立法作業等に相応の時間を要するものと考えられること,憲法上要求される合理的期間内において投票価値の較差の是正がされなかったときに,初めて当該区割規定が憲法の規定に違反すると判断されるべきことは昭和51年大法廷判決以降の累次の最高裁大法廷判決の趣旨とするところである(昭和51年大法廷判決,昭和58年大法廷判決,昭和60年大法廷判決,平成5年大法廷判決,平成23年大法廷判決,平成25年大法廷判決)。原告らの主張は採用することができない。

(3)  そこで,本件において,本件区割規定が憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったといえるか否かについて検討する。

ア 憲法上要請される合理的な是正期間は,投票価値の平等に反する状態が生じた時点から起算すべきものと解するのが相当である。しかるに,旧区割基準中の1人別枠方式に係る部分及び同方式を含む旧区割基準に基づいて定められた選挙区割りについては,平成23年大法廷判決がはじめて憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていると判断したものであるから,国会においてこれらが上記の状態にあると認識し得たのは同判決言渡し時の平成23年3月23日と認めるのが相当である。そして,前記のとおり平成25年改正法は1人別枠方式の構造的な問題を最終的に解決するものではない以上,上記改正法をもってしても憲法の投票価値の平等の要求に反する状態は継続しているというべきであるから,憲法上要求される合理的期間の起算点は,依然平成23年3月23日であると解するのが相当である。

イ そこで,平成23年3月23日から本件選挙までの間の国会の投票価値の較差の是正に向けた取組について検討する。前記前提事実及び顕著な事実によれば,①旧区割基準中の1人別枠方式に係る部分及び同方式を含む同区割基準に基づいて定められた選挙区割りについて,平成23年大法廷判決は,前記前提事実で認定したとおり,憲法の投票価値の平等に反する状態であると判示するとともに,事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に,できるだけ速やかに旧区割基準中の1人別枠方式を廃止し,旧区画審設置法3条1項の趣旨に沿って旧区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があると判示したこと,②平成23年大法廷判決を受けて,国会は,平成24年11月16日,1人別枠方式の廃止(旧区画審設置法3条2項の削除)及びいわゆる0増5減等を内容とする平成24年改正法を成立させたこと,③平成24年改正法の成立後,同改正法の附則の規定に従って区画審による審議が行われ,区画審は,平成25年3月28日に内閣総理大臣に対し,各都道府県の選挙区数の0増5減を前提に,選挙区間の人口較差が2倍未満となるように17都県の42選挙区において区割りを改めることを内容とする選挙区割りの改定案の勧告を行い,これに基づき内閣が平成24年改正法の一部を改正する法律案を国会に提出し,平成25年6月24日,平成25年改正法が成立したこと,④平成25年大法廷判決は,旧区割規定の定める選挙区割りは投票価値の平等に反する状態にあるが,なお憲法14条等に反するものではないと判示するとともに,国会においては,今後も,区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく必要があるというべきであると判示したこと,⑤その後も現行制度を含めた選挙制度の評価,衆議院議員定数削減の処理,一票の較差を是正する方途等を諮問事項とする選挙制度調査会の設置と同調査会による議論が継続していることが認められる。このような国会の取組は,投票価値の是正に向けた取組として一定の評価は可能であるといえる。

しかしながら,①平成23年3月23日の平成23年大法廷判決言渡しから本件選挙までに約3年8か月が経過していること,②その間,前記のとおりの数次にわたる公職選挙法の改正にもかかわらず投票価値の平等に反する状態が依然解消していないこと,③平成25年改正法もそれにより平成22年国勢調査の結果による選挙区間の人口の最大較差は1.998倍に縮小されたとはいえ,平成25年大法廷判決が判示するとおり,全体として区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備が十分に実現されているとはいえず,今後の人口変動により再び較差が2倍以上の選挙区が出現し増加する蓋然性が高いと想定されるなど,前記1人別枠方式の構造的な問題が最終的に解決されていないこと,④実際に,投票価値の較差是正のために行われた平成25年改正法によっても,本件選挙時の議員1人当たりの選挙人数の最大較差が2.129と前回選挙から大幅に改善されたとはいえず,本件選挙時には13にも及ぶ選挙区において較差が2倍以上となり,上記③の想定どおりとなっており,是正が不十分であることが明らかとなっていることが認められる。そして,前記のとおり憲法の保障する投票価値の平等の内容が可能な限り人口比例選挙を実現すべきものと理解するところからすれば,これまでの国会の取組は,結局のところ選挙区間の人口較差を2倍以内とすることに終始しており,平成23年大法廷判決の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当なものではなかったといわざるを得ない。

ウ 平成23年大法廷判決は,区画審設置法3条所定の区割基準につき投票価値の平等に配慮した合理的な基準を定めたものということができると判示している。しかし,上記区割基準のいう「各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上にならないことを基本とし」は,投票価値の平等を保障するという見地からすれば,いわば当然のことをいうものであり,これをもって最大較差2倍という数値を基準とする趣旨とは理解できず,言い換えると,1人2票の選挙区が生じるという選挙区間の最大較差が2倍を超える事態を許容する趣旨と理解することはできない。

また,平成25年大法廷判決は,区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備については,今回のような漸次的な見直しを重ねることによって,これを実現していくことも,国会の裁量に係る現実的な選択として許容されているところと解されると判示している。しかし,区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備の方法として,漸次的な見直しを重ねることが許容されるとしても,平成23年大法廷判決が指摘するとおり,できるだけ速やかに投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があるし,その見直しの過程にある以上,選挙区間の較差が2倍を超える事態が許容されるとは理解できないことは前記のとおりであるし,平成25年改正法によっても,平成22年国勢調査の結果による選挙区間の人口の最大較差は1.998倍と2倍をごくわずかに下回る状態であり,早晩2倍を超えることは容易に予測できたことからすれば,遅くとも平成25年大法廷判決が1人別枠方式の構造的な問題が最終的に解決していない旨判示した以上は,国会において速やかな是正が必要であったというべきである。それにもかかわらず,かかる是正を行っていないことからすれば(区画審設置法4条2項によって,審議会は,各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるときは,同法2条の規定による勧告を行うことも可能である。),たとえ,投票価値の是正のためには定数の削減等国会における合意の形成が容易な事柄ではないこと,憲法の予定している司法権と立法権との関係を考慮しても,本件選挙時にはすでに憲法上要求される合理的期間を徒過しているものといわざるを得ない。

(4)  以上によれば,本件区割規定ないし本件選挙区割りは,本件選挙当時,憲法の保障する投票価値の平等に反し,違憲であったというべきである。

もっとも,前記前提事実によれば,本件各選挙区の中には宮城県第5区を1とした場合の較差がわずかな選挙区も存するものの,本件選挙区割りは,その性質上不可分一体のものと解すべきであり,憲法に違反する不平等が生じている部分のみならず,全体として違憲の瑕疵を帯びるものと解するのが相当である(昭和51年大法廷判決,昭和60年大法廷判決参照)。

4  本件選挙の効力について

(1)  以上のとおり,当裁判所は,本件選挙は憲法の保障する投票価値の平等に反するものであり違法であると解するものであるが,さらに進んで本件選挙を無効とするか否かは検討を要するところである。

確かに,選挙区割りが違憲とされる場合に,当該選挙区割りに基づいて実施された選挙を無効としない場合には,憲法の保障する投票価値の平等が実現されず,選挙人の基本的権利である選挙権が制約されるという不利益など当該選挙の効力を否定しないことによる弊害が生じる。しかしながら,選挙を無効とした場合には,選挙区割りに関する公職選挙法の規定の改正が当該選挙区から選出された議員が存在しない状態で行わざるを得ないなど一時的にせよ憲法の予定しない事態が現出することによってもたらされる不都合等が生じる。そこで,これらの他諸般の事情を総合的に考慮し,いわゆる事情判決の制度(行政事件訴訟法31条1項)の基礎に存するものと解すべき一般的な法の基本原則を適用して,選挙を無効とする結果余儀なくされる不都合を回避することもあり得るものと解すべきである(昭和51年大法廷判決,昭和60年大法廷判決参照)。

(2)  原告らは,主位的主張として,事情判決の法理の適用は,公職選挙法219条1項所定の訴訟について,行政事件訴訟法31条を準用しない旨の同項の明文の定めに反し,憲法98条1項により違憲無効であると主張し,予備的主張として,事情判決の法理の適用があり得るとしても,本件においては,①本件選挙日現在,衆議院は小選挙区選出議員295人と比例代表選出議員180人から成っているので,前者の議員が全員失格しても,後者の議員によって衆議院の活動を行い得るし,②本件選挙に係る選挙区を含めて全295小選挙区で選挙無効訴訟が提起されていることから,本件選挙を無効としても社会的混乱は起こらない旨主張する。

しかしながら,当該選挙を無効とすると投票価値の平等の実現のための選挙区割規定の改正が当該選挙区から選出された議員が存在しない状態で行わざるを得ないなど一時的にせよ憲法の予定しない事態が現出することによってもたらされる不都合が生じる場合において,選挙を無効とすることはかえって憲法の予期しない結果が生じるのであるから,選挙を無効とすることなくこうした不都合を回避することは憲法上許容されるというべきであり,前記数次の大法廷判決が採用するところである。そして,衆議院において小選挙区選出議員全員が失格し,比例代表選出議員によって衆議院の活動を行うこと自体が憲法の予期しない事態であるといわざるを得ず,その後に想定される弊害と混乱は否定できないところである(そもそも憲法56条1項に定める定足数は議事進行及び議決のために定められるものであり,同条にいう「総議員」の一部を欠いている場合に適用される規定ではない。)。原告らの主張は採用できない。

(3)  そこで,本件選挙の効力を無効とするのが相当か否かについて検討する。

平成23年大法廷判決によって,国会は旧区割規定の下での選挙区間の較差が憲法が保障する投票価値の平等に反する状態にあることが示され,同判決を踏まえて平成24年改正法及び平成25年改正法を成立させたものの,依然投票価値に平等に反する状態にあったにもかかわらず,本件選挙が施行されるに至った経過は看過することができない。

しかしながら,前記前提事実のとおり,国会において,これらの数次の公職選挙法の改正に加えて,平成25年大法廷判決をも踏まえて,1人別枠方式の完全な廃止と定数削減をも視野に入れた人口変動の影響を受けにくい定数配分の是正に向けて選挙制度調査会における議論を重ね,本来の衆議院議員の任期満了時である平成28年12月を目処に答申を行うとの対応を示していること,平成27年実施予定の国勢調査の結果等を踏まえた区割審による選挙区割りの改定案の勧告やこれに基づく新たな選挙区割りを定める法改正も予想されるところであることからすれば,今後,選挙区割りを憲法が要求している投票価値の平等にかなったものに是正していくことがなお期待できるところである。このような国会の対応を尊重し,本件選挙の効力を無効としないことは,憲法の予定している司法権と立法権との関係に沿うものであるし,平成25年大法廷判決が前回選挙が投票価値の平等に反する状態であったが,合理的期間内の是正されなかったとはいえないとしてなお合憲と判断したことからして,定数配分の是正に向けていわば猶予期間を設けることも許容されるべきものというべきである。

その他諸般の事情を併せ考慮すると,本件は,前記の一般的な法の基本原則に従い,本件選挙が憲法に違反する選挙区割規定に基づいて行われた点において違法である旨を判示し,主文において本件選挙の違法を宣言するにとどめるのが相当である。

5  被告らの弁論再開申請について

被告らは,①宮城県第5区は東日本大震災によって甚大な被害を被った地域を含むものであり,急激な人口流出は予期できず,なお本件選挙区割りは投票価値の平等に反するとはいえないこと,②本件選挙後の事情として選挙制度調査会の議論の中で1都14県で9増9減となり,都道府県間における議員1人当たりの人口の最大較差が1.598倍となる配分方式が議論されていることを主張立証するため弁論再開を申請した。

しかしながら,①については前記2(2)で判示したところからすれば,当裁判所の認定判断を左右するものではないし,②についても本件選挙の憲法適合性を判断するに当たって直接考慮される事情は本件選挙までの事情であることに加え,なお上記選挙制度調査会の議論の帰趨は流動的であることを考慮すれば,やはり当裁判所の認定判断を左右するものとはいえず,弁論を再開しないこととした。

第4結論

以上のとおり,原告らの請求は,本件選挙を違法とする主張については理由があるものの,本件の諸般の事情を総合的に考慮すると,本件選挙自体はこれを無効としないこととするのが相当である。よって,事情判決の制度の基礎に存する一般的な法の基本原則を適用して,原告らの請求を棄却した上で,本件選挙が違法であることを主文において宣言するにとどめることとし,訴訟費用については,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法64条ただし書を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙野裕 裁判官 吉村美夏子 裁判官 上田洋幸)

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