福岡高等裁判所 平成28年(行ケ)1号 判決 2016年10月31日
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別紙当事者目録記載のとおり
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1 原告X1
平成28年7月10日に行われた参議院議員通常選挙(以下「本件選挙」という。)の福岡県選挙区における選挙を無効とする。
2 原告X2
本件選挙の佐賀県選挙区における選挙を無効とする。
3 原告X3
本件選挙の長崎県選挙区における選挙を無効とする。
4 原告X4
本件選挙の熊本県選挙区における選挙を無効とする。
5 原告X5
本件選挙の大分県選挙区における選挙を無効とする。
第2事案の概要
1 本件は,平成28年7月10日に行われた参議院議員通常選挙(本件選挙)について,福岡県選挙区の選挙人である原告X1,佐賀県選挙区の選挙人である原告X2,長崎県選挙区の選挙人である原告X3,熊本県選挙区の選挙人である原告X4及び大分県選挙区の選挙人である原告X5が,公職選挙法14条,別表第三の参議院(選挙区選出)議員の議員定数配分規定(以下,平成27年法律第60号(以下「平成27年改正法」という。)による改正後のものを「本件定数配分規定」といい,同改正を含む数次の改正の前後を通じ,「参議院議員定数配分規定」又は単に「定数配分規定」という。)は憲法14条1項等に違反し無効であるから,本件定数配分規定に基づき行われた本件選挙の上記各選挙区における選挙も無効であると主張して提起した選挙無効訴訟である。
2 前提事実(争いのない事実又は証拠上容易に認定できる事実)
(1) 原告X1は本件選挙の福岡県選挙区の,原告X2は同じく佐賀県選挙区の,原告X3は同じく長崎県選挙区の,原告X4は同じく熊本県選挙区の,原告X5は同じく大分県選挙区の,各選挙人である。
(2) 本件選挙が行われた当時(平成28年7月10日)の選挙制度によれば,参議院議員の定数は242人であり,うち146人が選挙区選出議員,96人が比例代表選出議員である。
本件選挙は,本件定数配分規定に基づいて行われた。
(3) 総務省選挙資料(平成27年9月2日現在)に基づく各選挙区選出の参議院議員1人当たりの選挙人数は別表のとおりであり,同議員1人当たりの選挙人数が最少の福井県選挙区の有権者数(32万2224人)と最多の埼玉県選挙区の有権者数(98万8965人)の較差(以下,選挙人数を基準とした同較差を「最大較差」といい,人口を基準としたそれを「最大較差(人口)」という。)は,3.069倍(以下,概数で「3.07倍」と表記し,以下に掲記する最大較差又は最大較差(人口)に係る数値は全て概数で表記する。)である。
同様に,総務省選挙資料(平成27年9月2日現在)に基づく議員1人当たりの選挙人数が最少である福井県選挙区と原告らが選挙人となっている各選挙区の較差は,福岡県選挙区が2.14倍,佐賀県選挙区が1.05倍,長崎県選挙区が1.78倍,熊本県選挙区が2.28倍,大分県選挙区が1.51倍である。
(4) 本件定数配分規定に至るまでの参議院議員定数配分規定の変遷等
ア 法改正の経緯等
参議院議員選挙法(昭和22年法律第11号)は,参議院議員の選挙について,参議院議員250人を全国選出議員100人と地方選出議員150人とに区分し,全国選出議員については,全都道府県の区域を通じて選出されるものとする一方,地方選出議員については,その選挙区及び各選挙区における議員定数を別表で定め,都道府県を単位とする選挙区において選出されるものとし,各選挙区ごとの議員定数については,半数改選を定める憲法の要請から,定数を偶数としてその最小限を2人とする方針の下に,各選挙区の人口に比例する形で,2人ないし8人の偶数の議員定数を配分した。昭和25年に制定された公職選挙法の参議院議員定数配分規定は,上記の参議院議員選挙法の議員定数配分規定をそのまま引き継いだものであり,その後に沖縄県選挙区の議員定数2人が付加されたほかは,平成6年法律第47号による公職選挙法の改正(以下「平成6年改正」という。)まで,上記参議院議員定数配分規定に変更はなかった。なお,昭和57年法律第81号による公職選挙法の改正(以下「昭和57年改正」という。)により,参議院議員の選挙についていわゆる拘束名簿式比例代表制が導入され,参議院議員252人は各政党等の得票に比例して選出される比例代表選出議員100人と都道府県を単位とする選挙区ごとに選出される選挙区選出議員152人とに区分されることになった(この選挙区選出議員は,従来の地方選出議員の名称が変更されたものにすぎない。)。その後,平成12年法律第118号による公職選挙法の改正(以下「平成12年改正」という。)により,比例代表選出議員の選挙制度がいわゆる非拘束名簿式比例代表制に改められるとともに,参議院議員の総定数が10人削減されて242人とされ,比例代表選出議員96人及び選挙区選出議員146人とされた。
イ 平成6年改正から平成18年法律第52号による公職選挙法の改正(以下「平成18年改正」という。)までの最大較差又は最大較差(人口)の推移
参議院議員選挙法制定当時,選挙区間における最大較差(人口)は2.62倍であったが,地方から都市部への人口移動等により次第に拡大を続け,平成4年に行われた通常選挙(以下「平成4年選挙」という。)当時,選挙区間における最大較差が6.59倍に達した後,平成6年改正における7選挙区の定数を8増8減する措置により,平成2年10月実施の国勢調査結果による選挙区間の最大較差(人口)は4.81倍に縮小し,いわゆる逆転現象(人口又は選挙人数において少ない選挙区が,多い選挙区よりも多くの議員定数を配分されている状態)は消滅した。その後,平成12年改正における3選挙区の定数を6減する措置及び平成18年改正における4選挙区の定数を4増4減する措置の前後を通じて,平成13年から同19年までに行われた各通常選挙当時の選挙区間の最大較差は5倍前後で推移した。
ウ 最高裁判所は,参議院議員定数配分規定の合憲性に関し,最大較差が6.59倍に達した平成4年選挙について,違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態が生じていた旨判示したが(最高裁平成6年(行ツ)第59号同8年9月11日大法廷判決),平成6年改正後の定数配分規定の下で行われた2回の通常選挙については,上記の状態に至っていたとはいえない旨判示した(最高裁平成9年(行ツ)第104号同10年9月2日大法廷判決,最高裁平成11年(行ツ)第241号同12年9月6日大法廷判決)。その後,平成12年改正後の定数配分規定の下で行われた2回の通常選挙及び平成18年改正後の定数配分規定の下で平成19年に行われた通常選挙(以下「平成19年選挙」という。)のいずれについても,同裁判所大法廷は,上記の状態に至っていたか否かにつき明示的に判示することなく,結論において当該各定数配分規定が憲法に違反するに至っていたとはいえない旨の判断を示した(最高裁平成15年(行ツ)第24号同16年1月14日大法廷判決,最高裁平成17年(行ツ)第247号同18年10月4日大法廷判決,最高裁平成20年(行ツ)第209号同21年9月30日大法廷判決)。ただし,上掲最高裁平成18年10月4日大法廷判決においては,投票価値の平等の重要性を考慮すると投票価値の不平等の是正について国会における不断の努力が望まれる旨の,上掲最高裁平成21年9月30日大法廷判決(以下「平成21年大法廷判決」という。)においては,当時の較差が投票価値の平等という観点からはなお大きな不平等が存する状態であって,選挙区間における投票価値の較差の縮小を図ることが求められる状況にあり,最大較差の大幅な縮小を図るためには現行の選挙制度の仕組み自体の見直しが必要となる旨の指摘がそれぞれされた。
エ 平成22年7月11日,選挙区間の最大較差が5.00倍に拡大した状況において,平成18年改正後の定数配分規定の下で2回目となる通常選挙が行われた(以下「平成22年選挙」という。)。
平成22年選挙につき,最高裁平成23年(行ツ)第51号同24年10月17日大法廷判決(以下「平成24年大法廷判決」という。)は,結論において同選挙当時における平成18年改正後の定数配分規定が憲法に違反するに至っていたとはいえないとしたものの,長年にわたる制度及び社会状況の変化を踏まえ,都道府県を各選挙区の単位とする仕組みを維持しながら投票価値の平等の要求に応えていくことはもはや著しく困難な状況に至っていることなどに照らし,違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態が生じていた旨判示するとともに,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ,できるだけ速やかに違憲の問題が生ずる上記の不平等状態を解消する必要がある旨を指摘した。
オ 平成24年大法廷判決の言渡し後,同年11月16日に,公職選挙法の一部を改正する法律案が平成24年法律第94号(以下「平成24年改正法」という。)として成立し,同月26日に施行された(以下,同改正法による改正後の定数配分規定を「本件旧定数配分規定」という。)。
平成24年改正法では,選挙区選出議員について,4選挙区で定数を4増4減することとされたほか,附則において,平成28年に行われる通常選挙に向けて,参議院の在り方,選挙区間における議員一人当たりの人口の較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,結論を得るものとする旨が定められた。
平成25年7月21日,本件旧定数配分規定の下での初めての通常選挙が行われた(以下「平成25年選挙」という。)。平成25年選挙時の選挙区間の最大較差は,4.77倍であった。
平成25年選挙につき,最高裁大法廷は,平成26年11月26日,5件の判決(①平成26年(行ツ)第60号ほか,②同第78号,79号,③同第111号,④同117号,118号,⑤第155号,156号,以下,5件の判決を合わせて「平成26年大法廷判決」という。)を言い渡した。
平成26年大法廷判決は,平成25年選挙当時において,本件旧定数配分規定の下で,選挙区間における投票価値の不均衡は,平成24年改正法による改正後も前回の平成22年選挙当時と同様に違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったものではあるが,平成25年選挙までの間に更に本件旧定数配分規定の改正がされなかったことをもって国会の裁量権の限界を超えるものとはいえず,本件旧定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできないと判示しつつ,国民の意思を適正に反映する選挙制度が民主政治の基盤であり,投票価値の平等が憲法上の要請であることや,国政の運営における参議院の役割等に照らせば,参議院の選挙制度については,より適切な民意の反映が可能となるよう,従来の改正のように単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず,国会において,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなどの具体的な改正案の検討と集約が着実に進められ,できるだけ速やかに,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置によって違憲の問題が生ずる前記の不平等状態が解消される必要がある旨を指摘した。
(5) 本件定数配分規定及び本件選挙
ア 平成26年大法廷判決の言渡し後,平成27年7月28日に,選挙区選出議員について,鳥取県及び島根県,徳島県及び高知県をそれぞれ合区して定数2人の選挙区とし,定数4の県のうち議員一人当たりの人口の少ない3県(宮城県,新潟県及び長野県)の定数を2人ずつ減員するとともに,議員一人当たりの人口の多い東京都,北海道,愛知県,兵庫県及び福岡県の定数を2人ずつ増員すること(2合区を含む10増10減)に加え,附則において,平成31年に行われる通常選挙に向けて,参議院の在り方を踏まえて,選挙区間における議員一人当たりの人口の較差の是正等を考慮しつつ,選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,必ず結論を得るものとする旨を併せて定めた公職選挙法の一部を改正する平成27年改正法が成立し,同年11月5日に施行された。
平成27年改正法により,平成22年国勢調査の結果に基づく最大較差(人口)は,2.97倍に縮小された。
イ 平成28年7月10日に行われた本件選挙は,平成27年改正法に基づく本件定数配分規定の下での初めての通常選挙であり,本件選挙時の最大較差は3.08倍であった。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 本件定数配分規定は違憲であり,無効か。
【原告らの主張】
ア 憲法は,主権者たる国民が,国会議員を通じて,多数決で両院の議事を決する旨を定めているのであるから,国会議員の選挙については,人口比例選挙を保障している。
そして,参議院議員の選挙であること自体から,直ちに投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由は見出し難いし,都道府県を参議院議員の選挙区の単位としなければならないという憲法上の要請はない。
イ 本件定数配分規定の下で行われた本件選挙は,①2つの合区を除いては,都道府県を選挙区の単位として行われ,かつ,②総務省選挙資料(平成27年9月2日現在)に基づく各選挙区間における最大較差は3.07倍(最大選挙区である埼玉県選挙区は議員1名当たりの選挙人数が98万8965人であるのに対し,最小選挙区である福井県選挙区は議員1名当たりの選挙人数が32万2224人)であり,これを投票価値に換算すると,福井県選挙区を1票とすると,埼玉県選挙区の1票の価値は0.33票である。
してみると,本件定数配分規定は,人口比例に基づく定数配分をしておらず,憲法が規定する「正当(な)選挙」に基づく代議制及び選挙権の平等の保障に反する配分となっているから,本件選挙時において定数配分規定の是正のための合理的期間を徒過していたか否かを問題とするまでもなく,憲法に違反し,無効である。
憲法47条の「選挙に関する事項」については,①投票価値の平等に係わる事項と,②議員の定数を何人にするか,選挙制度を比例代表制にするか,選挙区制にするか,両者を組み合わせるか,選挙区割の大きさをどのようにするか等の問題に関する事項とを区別して考えるべきであり,②について国会の裁量が認められるとしても,①について,国会が,憲法に基づく「人口比例選挙の保障」という規範に反する選挙区割りの立法をする立法裁量権を有するものではない。
ウ 平成24年改正法が,その附則において,平成28年に行われる通常選挙に向けて,参議院の在り方,選挙区間における議員一人当たりの人口の較差の是正等を考慮しつつ選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,結論を得るものとする旨を定め,平成26年大法廷判決が,できるだけ速やかに,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置によって違憲状態を解消すべき旨を判示し,同判決の補足意見として,5名の最高裁判所判事が,上記附則につき,平成24年大法廷判決の趣旨に沿って選挙制度の仕組み自体を抜本的に見直す改正法を早期に成立させ,平成28年選挙から実施することを,正に国会自身が上記責務の遂行の方針として具体的に宣明したものと指摘していることからすると,本件選挙時において,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置をとるべき合理的期間は徒過したというべきである。
【被告らの主張】
ア 憲法が二院制を採用した趣旨及び定数の偶数配分という参議院議員の選挙制度における技術的制約に照らすと,国会の定めた参議院議員定数配分規定が憲法14条1項等の規定に違反して違憲と評価されるのは,参議院の独自性その他の政策的目的ないし理由を考慮しても,投票価値の平等の見地からみて違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じており,かつ,当該選挙までの期間内にその是正がされなかったことが国会の裁量権の限界を超える場合に限られる。
イ 平成27年改正法における本件定数配分規定は,都道府県単位の選挙制度が果たしてきた役割の重要性等を踏まえつつ,憲法が求める投票価値の平等の要請に応えるため,一部の選挙区について合区する一方で,参議院の選挙区選出議員について,都道府県を構成する住民の意思を集約的に反映させるという意義ないし機能を原則として維持し,これにより,その代表の実質的内容ないし機能に衆議院議員とは異なる独特の要素を持たせようとしたものである。
合区により都道府県を各選挙区の単位とする仕組みを改めた本件定数配分規定により,平成25年選挙時に4.77倍であった最大較差は,平成22年国勢調査の結果に基づく最大較差(人口)において2.97倍に縮小され,本件選挙当日の最大較差においても3.08倍と3倍をわずかに超えるにとどまり,その余の較差はいずれも3倍未満となるなど,投票価値の較差は最高裁判所大法廷判決の趣旨に沿って大幅に縮小された。
また,本件定数配分規定が参議院の選挙区選出議員について都道府県を構成する住民の意思を集約的に反映させるという意義ないし機能を原則として維持したことは,両議院の選挙制度が同質的なものとなっている中で,参議院の選挙区選出議員の選出基盤について衆議院議員のそれとは異なる要素を付加し,地方の民意を含む多角的な民意の反映を可能とするものであるから,憲法が二院制を採用した趣旨に沿うものといえる。
さらに,我が国の国民には,人口の集中する都市部に居住する者もいれば,山間部などのいわゆる過疎地域を含む県に居住する者もいるのであるから,過疎地域に住む少数者の声も国政に届くような定数配分規定を定めることもまた,国会において正当に考慮することができる政策的目的ないし理由となる。
以上の諸点に,参議院議員については,憲法上,3年ごとに議員の半数を改選するものとされ,定数の偶数配分が求められるなどの技術的制約があること等を併せ考慮すると,本件選挙当時,本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は,投票価値の平等の重要性に照らして看過し得ない程度に達しているとはいえず,仮に同程度に達しているとしても,これを正当化すべき理由があるというべきであるから,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていたとはいえない。
ウ 憲法秩序の下における司法権と立法権との関係に照らすと,当該定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡が違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っている旨の司法の判断がされれば,国会はこれを受けて是正を行う責務を負うものであるところ,当該選挙までの期間内にその是正をしなかったことが国会の裁量権の限界を超えるといえるか否かを判断するに当たっては,単に期間の長短のみならず,是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して,国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた裁量権の行使の在り方として相当なものであったといえるか否かという観点に立って評価すべきである。
そうすると,当該選挙までの期間内にその是正をしなかったことが国会の裁量権の限界を超えるといえるか否かは,裁判所において当該定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡が違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っているとの判断が示されるなど,国会が,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態となったことを認識し得た時期を基準(始期)として,上記の諸般の事情を総合考慮して判断されるべきである。
これを本件についてみると,本件定数配分規定は,最高裁判所大法廷判決の趣旨を踏まえて都道府県を各選挙区の単位とする仕組みを改め,投票価値の較差を大幅に縮小させたものであり,本件選挙は,平成27年改正法により新たに定められた本件定数配分規定に基づく初めての選挙である。そのため,本件選挙までの間に,裁判所において本件定数配分規定に基づく選挙区間における投票価値の不均衡について違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っている旨の判断が示されたことはなく,また,本件定数配分規定における平成22年国勢調査の結果に基づく最大較差(2.97倍)及び本件選挙当日の最大較差(3.08倍)も,これまでの累次の最高裁判所判決の事案において合憲とされた最大較差を大幅に下回るものであったことからすれば,国会において,本件選挙までの間に上記状態に至っていたことを認識し得たとは到底いえない。
そうすると,仮に本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡が違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていたと評価されたとしても,国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた裁量権の行使の在り方として相当なものでなかったとは認められないから,本件選挙までの期間内に本件定数配分規定の改正がされなかったことをもって国会の裁量権の限界を超えるものとはいえない。
エ してみると,本件定数配分規定が憲法の規定に違反する無効なものであるとはいえない。
(2) 本件定数配分規定が憲法の規定に反し無効である場合に,いかなる主文に依るべきか。
【原告らの主張】
本件定数配分規定が憲法の規定に反し無効である以上,同定数配分規定の下で行われた本件選挙のうち,福岡県選挙区,佐賀県選挙区,長崎県選挙区,熊本県選挙区及び大分県選挙区における選挙は無効であり,裁判所は,その旨を主文で明らかにすべきである。
参議院選挙において,当該選挙における選挙区選出議員全員の当選が無効となったとしても,社会的混乱が生ずることはない。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
甲第2及び第4号証,乙第1,第2,第4,第5及び第7号証並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認定することができる。
(1) 平成22年選挙後,平成21年大法廷判決の指摘を踏まえた選挙制度の仕組みの見直しを含む制度改革に向けた検討のため,参議院に選挙制度の改革に関する検討会(以下「検討会」という。)が発足し,その会議において参議院議長から上記改革の検討の基礎となる案が提案され,平成23年以降,各政党からも様々な改正案が発表されるなどしたが,上記改革の方向性に係る各会派の意見は区々に分かれて集約されない状況が続き,同年12月以降の同検討会及びその下に設置された選挙制度協議会における検討を経て,同24年8月に当面の較差の拡大を抑える措置として公職選挙法の一部を改正する法律案が国会に提出された。その内容は,平成25年7月に行われる通常選挙に向けた改正として選挙区選出議員について4選挙区で定数を4増4減するものであり,その附則には,平成28年に行われる通常選挙に向けて,選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,結論を得るものとする旨の規定が置かれていた。
(2) このような状況の下で,前記前提事実(4)エのとおり,平成24年10月17日に言い渡された平成24年大法廷判決は,平成22年選挙につき,違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態が生じていた旨判示するとともに,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置を講じ,できるだけ速やかに違憲の問題が生ずる上記の不平等状態を解消する必要がある旨を指摘した。
一方,前記前提事実(4)オのとおり,平成24年11月16日に上記(1)の内容による平成24年改正法が成立して,同月26日に施行された。
そして,同月以降,選挙制度協議会において平成24年大法廷判決を受けて選挙制度の改革に関する検討が行われ,検討会においても,平成25年7月に行われる通常選挙後も引き続き抜本的な見直しに向けた協議を行い,早急に結論を得ることを確認した。
そのような中,平成25年7月21日,平成24年改正法に基づく本件旧定数配分規定の下で,平成25年選挙が行われた。同選挙時の選挙区間の最大較差は4.77倍であった。
(3) 平成25年9月,参議院において平成25年選挙後に改めて選挙制度の改革に関する検討会が開かれてその下に選挙制度協議会が設置され,同検討会において,同27年中の公職選挙法改正の成立を目指すことが確認されるとともに,同協議会において,同月以降おおむね月数回ずつ有識者等からの意見や説明の聴取をした上で協議が行われ,同26年4月には選挙制度の仕組みの見直しを内容とする具体的な改正案として座長案が示され,その後に同案の調整案も示された。これらの案は,基本的には,人口の少ない一定数の選挙区を隣接区と合区してその定数を削減し,人口の多い一定数の選挙区の定数を増やして選挙区間の最大較差を大幅に縮小するというものであるところ,同協議会において,同年5月以降,上記の案や参議院の各会派の提案等をめぐり検討と協議が行われた(上記各会派の提案の中には,上記の案を基礎として合区の範囲等に修正を加える提案のほか,都道府県に代えてより広域の選挙区の単位を新たに創設する提案等が含まれていた。)。
(4) このような状況の下で,前記前提事実(4)オのとおり,平成26年11月26日に言い渡された平成26年大法廷判決は,平成25年選挙につき,平成25年選挙までの間に更に本件旧定数配分規定の改正がされなかったことをもって国会の裁量権の限界を超えるものとはいえず,本件旧定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできないと判示しつつ,参議院議員の選挙制度については,単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず,国会において,都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなどの具体的な改正案の検討と集約が着実に進められ,できるだけ速やかに,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを内容とする立法的措置によって違憲の問題が生ずる前記の不平等状態が解消される必要がある旨を指摘した。
(5) 上記協議会は,平成26年11月以降,意見集約に向けて議論を行っていたが,各会派の意見が一致しないことから,それまでの議論を踏まえて上記検討会へ提出する報告書のとりまとめに入り,同年12月26日,各会派から示された改革案を併記する形で作成した選挙制度協議会報告書を参議院議長に報告することを決定した。
上記検討会は,選挙制度協議会報告書の提出を受け,平成27年2月25日から同年5月29日まで,選挙制度の改革について協議を重ねたが,各会派が一致する結論を得られなかったことから,同検討会における協議に一区切りをつけ,委員会及び本会議で結論を出すこととした。その後,選挙制度の改革については,各会派内及び各会派間における検討が進められ,「4県2合区を含む10増10減案」(①案)と「20県10合区による12増12減」(②案)の改正案に集約され,前記前提事実(5)アのとおり,平成27年7月28日,上記①案を内容とする平成27年改正法が成立し,同年11月5日に施行された。平成27年改正法により,平成22年国勢調査の結果に基づく最大較差(人口)は,平成24年改正法成立時の4.75倍から,2.97倍に縮小した。
そして,前記前提事実(5)イのとおり,平成28年7月10日に本件選挙が行われ,最大較差は,平成25年選挙時の4.77倍から,3.08倍に縮小した。
2 判断枠組み
(1) 憲法14条が保障する法の下の平等原則は,あらゆる場面で適用されるべきものであり,選挙権の内容についても当然に適用されるべきものである。したがって,議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等,すなわち投票価値の平等も憲法上の要請というべきである。他方で,平成26年大法廷判決が指摘するとおり,憲法は,多岐にわたる国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させるために選挙制度をどのような制度にするかの決定を国会の裁量に委ねているのであるから,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する唯一,絶対の基準となるものではなく,国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである。それゆえ,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を有するものである限り,それによって投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求められることになっても,憲法に違反するとはいえないというべきである。
国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由をどのようにとらえるかについては,本件選挙が参議院議員選挙であることを考慮する必要がある。憲法が二院制を採用し衆議院と参議院の権限及び議員の任期等に差異を設けている趣旨は,それぞれの議院に特色のある機能を発揮させることによって,国会を公正かつ効果的に国民を代表する機関たらしめようとするところにあると解される。前記前提事実(4)アにおいてみた参議院議員の選挙制度の仕組みは,このような観点から,参議院議員については,各選挙区から選出される議員のみからなる衆議院議員と異なり,全国選出議員(昭和57年改正後は比例代表選出議員)と地方選出議員(同改正後は選挙区選出議員)に分け,前者については全国(全都道府県)の区域を通じて選挙するものとし,後者については都道府県を各選挙区の単位としたものである。昭和22年の参議院議員選挙法及び同25年の公職選挙法の制定当時において,このような選挙制度の仕組みを定めたことが,国会の有する裁量権の合理的な行使の範囲を超えるものであったということはできない。しかしながら,社会的,経済的変化の激しい時代にあって不断に生ずる人口変動の結果,上記の仕組みの下で投票価値の著しい不平等状態が生じ,かつ,それが相当期間継続しているにもかかわらずこれを是正する措置を講じないことが,国会の裁量権の限界を超えると判断される場合には,当該定数配分規定が憲法に違反するに至るものと解するのが相当である。
(2) 原告らは,投票価値の平等に係わる事項について国会の立法裁量は否定されるべきであり,投票価値の著しい不平等状態が生じている以上は,当然に違憲と判断されるべきである旨主張する。
しかしながら,三権分立の制度のもとでは,裁判所において選挙制度について投票価値の平等の観点から憲法上問題があると判断したとしても,自らこれに代わる具体的な制度を定め得るものではなく,その是正は国会の立法によって行われることになるものであり,是正の方法についても国会は幅広い裁量権を有しているので,裁判所が選挙制度の憲法適合性について上記の判断枠組みの下で一定の判断を示すことにより,国会がこれを踏まえて自ら所要の適切な是正の措置を講ずることが憲法上想定されており,そのような司法と立法の憲法上の位置づけや機能の違いの結果,国会の裁量権の範囲内で講じられた是正の措置の内容において,あるいは,適切な是正措置が講じられるまでに必要な期間,是正前の状態が継続することによって,投票価値の平等の実現に一定の期間を要することとなったとしても,これをもって直ちに憲法に違反するということはできない。
したがって,上記のような憲法秩序に照らせば,司法が定数配分規定の憲法適合性について違憲の問題が生ずるとの判断をし,かつ,これについて国会が適切な是正の措置を講じることができたにもかかわらずこれをしないまま,新たな選挙が行われた場合に,初めて当該選挙時における定数配分規定は違憲であるとの判断を司法が行うことが可能となるというべきであって,原告らの上記主張は採用できない。
なお,上記のとおり,投票価値の著しい不平等状態が存在すれば直ちに当該定数配分規定が憲法に違反するに至るわけではないから,投票価値の著しい不平等状態の下で行われた選挙で選出された国会議員についても,その国会議員としての法的な資格に問題があるわけではない。
(3) 以上によれば,本件定数配分規定が違憲であるか否かは,①本件選挙時において,本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不平等が,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていたか,かつ,②本件選挙までの期間内に上記のような著しい不平等状態を是正しなかったことが国会の裁量権の限界を超えるかという判断枠組みの下で検討するのが相当である。
3 本件選挙時において,選挙区間における投票価値の不平等が,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態に至っていたか。
(1) 憲法が,二院制の下で,一定の事項について衆議院の優越を認める反面,参議院議員につき任期を6年の長期とし,解散もなく,選挙は3年ごとにその半数について行うことを定めている(46条等)趣旨は,平成26年大法廷判決が示すとおり,立法を始めとする多くの事柄について参議院にも衆議院とほぼ等しい権限を与えつつ,参議院議員の任期をより長期とすること等によって,多角的かつ長期的な視点からの民意を反映させ,衆議院との権限の抑制,均衡を図り,国政の運営の安定性,継続性を確保しようとしたものと解される。
このように,参議院は,衆議院とは異なる点を持ち,衆議院とは異なる機能を有する面もあるが,衆議院と同様,全国民を代表する選挙された議員で組織され(憲法43条1項),衆議院とともに国権の最高機関として適切に民意を国政に反映する機関としての責務を負っていることは明らかであり,参議院の役割が衆議院とは異なるものがあること,参議院議員の任期等が衆議院議員のそれと異なることが,投票価値の平等の要請を制限し得る理由になるものではない。
また,平成26年大法廷判決が指摘するとおり,都道府県が地方における一つのまとまりを有する行政等の単位であるという限度において,都道府県を各選挙区の単位とすることが相応の合理性を有していたことは否定し難いものの,これを参議院議員の各選挙区の単位としなければならないという憲法上の要請はない。むしろ,都道府県を各選挙区の単位とする場合は,半数改選を定める憲法の要請から議員定数を偶数にすることも相まって,その間の人口較差に起因して投票価値の大きな不平等状態が長期にわたって継続するという事態を招来することになり,そのような事態こそ憲法上問題があると考えられる。
(2) 平成26年大法廷判決は,前記のとおり,最大較差4.77倍であった本件旧定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不均衡は,これが5倍であった平成22年選挙当時と同様に違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったと判断した。
しかし,上記のような投票価値の平等の憲法上の位置づけに照らすと,選挙区間における投票価値の不均衡が違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあるか否かは,あくまでも,国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由との関連において具体的に定めた選挙制度の仕組みが国会の裁量権の行使として合理性を有し,これにより投票価値の平等が一定の限度で譲歩を求められることが憲法上許容されるのかという観点から検討すべきであり,最大較差が5倍前後であるかどうかということ自体が重要な意味を有するものではない。
(3) 前記のとおり,平成27年改正法は,選挙区選出議員について,一部の都道府県の定数を変更したほか,初めて合区の方法を採用したことから,本件定数配分規定により,平成22年国勢調査の結果に基づく最大較差(人口)は2.97倍となり,本件選挙時における最大較差も3.08倍となった。この平成27年改正法の下での最大較差は,平成24年改正法までは概ね5倍前後で推移していたことからすると,大幅に縮小されたものであるということはできる。
しかし,投票価値の平等という憲法上の要請の重要性や上記(1)の点に照らすと,被告らの主張する政策的目的等を考慮しても,本件選挙における最大較差(人口)2.97倍,最大較差3.08倍という較差は,合理的な理由によるものとは認め難く,なお憲法上の問題があるというべきであって,平成26年大法廷判決の指摘した違憲の問題が生ずる程度の著しい投票価値の不平等状態が是正されたということはできない。
したがって,本件選挙時においても,本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不平等は,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったと認められる。
4 本件選挙までの期間内に違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態を是正しなかったことが国会の裁量権の限界を超えるか。
(1) 上記2(2)で述べたところに照らせば,本件選挙までの期間内に違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態の是正がされなかったことが国会の裁量権の限界を超えるといえるか否かを判断するに当たっては,単に期間の長短のみならず,是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して,国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた裁量権の行使の在り方として相当なものであったといえるか否かという観点に立って評価すべきものと解される(最高裁平成25年(行ツ)第209号,第210号,第211号同年11月20日大法廷判決・民集67巻8号1503頁,平成26年大法廷判決)。
そして,平成24年大法廷判決が,平成22年選挙時における定数配分規定下で違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等が生じていたとした上で,現行の選挙制度の仕組み自体の見直しを求めていたこと(前記認定事実(2))に照らすと,本件において問題とされるべきは,平成24年大法廷判決から本件選挙時に至るまでの国会の選挙制度是正の取組が,平成24年大法廷判決及び平成26年大法廷判決の趣旨を踏まえた国会の裁量権行使の在り方として相当なものであったか否かであるということができる。
(2) そして,前記認定事実によれば,①平成22年選挙後,平成21年大法廷判決の指摘を踏まえた選挙制度の仕組みの見直しを含む制度改革に向けた検討が開始され,平成24年大法廷判決とほぼ同時期に成立した平成24年改正法における本件旧定数配分規定は,選挙制度改革の方向性に係る各会派の意見が区々に分かれて集約できない状態の下で,平成25年選挙における当面の較差の拡大を抑える措置として制定されたものにとどまったが,その附則においては,平成28年に行われる通常選挙に向けて,選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,結論を得るものとする旨の規定が置かれていたこと,②平成25年選挙の直後である平成25年9月以降,平成27年中の公職選挙法改正の成立を目指し,概ね月数回ずつ有識者からの意見や説明の聴取をした上で協議が行われ,平成26年4月には選挙制度の見直しを内容とする具体的な改正案が示され,検討と協議が行われたこと,③平成26年大法廷判決後,協議会は,各会派から示された改革案を併記する形で選挙制度協議会報告書を作成し,参議院議長に報告したこと,④選挙制度協議会報告書の提出を受け,選挙制度の改革に関する検討会は,選挙制度の改革について協議をしたが,各会派が一致する結論が得られなかったため,委員会及び本会議で結論を出すこととし,各会派内及び各会派間の検討の結果,「4県2合区を含む10増10減案」と「20県10合区による12増12減」の改正案に集約され,平成27年7月28日,前者を内容とする平成27年改正法が成立し,同年11月5日に施行されたこと及び⑤平成27年改正法により,平成22年国勢調査の結果に基づく最大較差(人口)は,平成24年改正法成立時の4.75倍から,2.97倍に縮小し,本件選挙時における最大較差も,平成25年選挙時の4.77倍から,3.08倍に縮小したことの各事情を指摘することができる。
上記各事情によれば,国会は,平成21年大法廷判決及び平成24年大法廷判決の趣旨を踏まえ,平成25年選挙の直後から,平成27年に行われる通常選挙に間に合わせるべく,選挙制度の見直しを内容とする選挙制度の改革に取り組み,各会派の意見の一致を得ることが困難な中,平成26年大法廷判決後,都道府県を単位とする選挙区制度に合区という制度を初めて組み入れた平成27年改正法を成立させ,同改正法における本件定数配分規定の下での最大較差も上記のとおり大幅に縮小されたと評価することができる。
本件定数配分規定の下での約3倍という最大較差になお憲法上の問題があることは前記3で述べたとおりであり,また,平成24年大法廷判決が平成22年選挙について違憲の問題が生ずる程度の投票価値の著しい不平等状態が生じていた旨を判示してから本件選挙までの間に約4年が経過しているにもかかわらず,いまだ憲法上の問題が生じる程度の投票価値の不平等が存在しており,期間の長さと本件選挙時における投票価値平等についての是正の程度だけをみれば,国会がした是正措置は十分なものとは言い難い。
しかしながら,上記(1)のとおり,国会の裁量権の限界を超えるか否かの判断に当たっては,期間の長短だけでなく,是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して,国会における是正の実現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた裁量権の行使の在り方として相当なものであったといえるか否かという観点に立って評価すべきものであるところ,選挙制度の仕組み自体の見直しについては,参議院の在り方をも踏まえた高度に政治的な判断が求められるなど,事柄の性質上課題も多いため,その検討に相応の時間を要することは認めざるを得ず,特に,平成27年改正法では,合区を行い,初めて,都道府県を選挙区の単位とする仕組みを改めたものであって,その結果,選挙区選出の参議院議員がいない県が発生する可能性があるなど,該当する県の選挙人にとって極めて大きな影響のある改正であり,その実現に一定の時間と手続を要することはやむを得ないというべきである。また,参議院の各会派による協議を経て改正の方向性や制度設計の方針を策定し,具体的な改正案を立案して法改正を実現していくためには,これらの各過程における諸々の手続や作業が必要となること,平成27年改正法における本件定数配分規定では,合区により最大較差も大幅に縮小したことのほか,平成27年改正法は,附則において,平成31年に行われる通常選挙に向けて,参議院の在り方を踏まえて,選挙区間における議員一人当たりの人口の較差の是正等を考慮しつつ,選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い,必ず結論を得るものとする旨が規定されていることを併せ考慮すると,平成24年大法廷判決から本件選挙時に至るまでの国会の選挙制度是正の取組が,平成24年大法廷判決及び平成26年大法廷判決の趣旨を踏まえた国会の裁量権行使の在り方として相当性を欠くと評価することはできない。
(3) よって,本件選挙までの期間内に違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態を是正しなかったことが国会の裁量権の限界を超えるということはできない。
5 してみると,①本件選挙時においても,本件定数配分規定の下での選挙区間における投票価値の不平等は,違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったと認められるが,②平成24年大法廷判決から本件選挙までの期間内に上記のような著しい不平等状態を是正しなかったことが国会の裁量権の限界を超えるということはできず,本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできない。したがって,同定数配分規定に基づいて行われた本件選挙の福岡県選挙区,佐賀県選挙区,長崎県選挙区,熊本県選挙区及び大分県選挙区における選挙は無効ではない。
第4結語
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告らの各請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金村敏彦 裁判官 山之内紀行 裁判官 坂本寛)