福岡高等裁判所 平成4年(う)151号 判決 1992年9月17日
国籍
韓国
住居
福岡県糟屋郡粕屋町大字仲原二七六〇番地の一
会社役員
木村茂こと 孫茂
一九四一年四月二三日生
右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成四年三月一三日福岡地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官森統一出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
原判決中、被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役一一月に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人三浦邦俊作成の控訴趣意書記載のとおりであり(なお、弁護人は、第一回公判期日において、控訴趣意書三丁表七行目に「次女」とあるのを「長女」と訂正した)、これに対する答弁は、検察官森統一作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。所論は、要するに、被告人に対する原判決の量刑は、刑期の点において重すぎて不当である、というのである。
そこで、記録を調査して検討するに、本件は、被告人が、パチンコ店を経営する福北興業株式会社の代表取締役として、同社の法人税を免れようと企て、売上金の一部を秘匿したうえ、昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度における同社の所得金額及び法人税額をいずれも零円とする内容虚偽の法人税確定申告書を香椎税務署長に提出し、同事業年度における法人税額四九三一万九七〇〇円を免れ(原判示第一の事実)、また、同年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度における同社の所得金額を三九五万四八四一円、法人税額を一〇九万八二〇〇円とする内容虚偽の法人税確定申告書を同税務署長に提出し、同事業年度における法人税額のうち、五〇四七万二七〇〇円を免れた(同第二の事実)という事案であるところ、本件各犯行における逋脱率は、原判示第一の事業年度においては一〇〇パーセント、同第二の事業年度においては約九七・九パーセントと極めて高率であるうえ、逋脱額も合計九九七九万二四〇〇円と高額に上ること、被告人が本件各犯行に及ぶに至った動機は、浮き沈みの激しいパチンコ業界で生き残るための資金や今後事業拡大を図る際の資金を蓄えておく必要があったというものであるが、それは、納税義務の重要性に鑑みれば、あまりにも自己中心的なものであって、格別酌量すべき事情とはいえないことを併せ考えると、犯情は悪質であり、被告人の刑事責任を軽視することはできない。そうすると、被告人は、今では本件各犯行に及んだことを反省し、今後は、納税義務者としての責任を果たしていくことを誓っているほか、本件各犯行に係る法人税等の修正申告にも応じ、既に全額納付済みであること、その他被告人にさしたる前科がないことなどを被告人に有利に酌むべき諸般の事情を考慮に入れても、被告人を懲役一年二月に処したうえ、その刑の執行を三年間猶予した原判決の量刑が、その刑期の点においても、言渡し当時において、重すぎて不当であったとは考えられない。
しかしながら、当審における事実取調べの結果によれば、原判決後、原判決が、本件に関し、福北興業株式会社に言い渡した罰金二三〇〇万円について、被告人の努力によつて、その全額が納付されたことが認められ、右事情を前記被告人に有利な情状と併せ考えると、現時点において、被告人に対する原判決の量刑をそのまま維持するのは重すぎて相当でないと考えられる。
そこで、刑訴法三九七条二項により、原判決中、被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、更に次のとおり判決する。
原判示罪となるべき事実に、被告人に関する原判決挙示の法令を適用したうえ(刑種の選択、併合罪の処理を含む)、所定刑期の範囲内で被告人を懲役一一月に処し、前記情状を考慮して刑法二五条一項により、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 雑賀飛龍 裁判官 濱﨑裕 裁判官 川口宰護)
平成四年(う)第一五一号
○ 控訴趣意書
被告人 木村茂
こと孫茂
右の者に対する法人税法違反被告事件について、控訴の趣意は左記の通りである。
平成四年六月一二日
弁護人 三浦邦俊
福岡高等裁判所第二刑事部 御中
原判決の量刑は、重きに失し不当であるのでその破棄を求める。
一 原判決は、被告人に対して、懲役一年二月、執行猶予三年の刑を言い渡した。しかし、右量刑は、被告人の抱える事情に全くの配慮を示さず、これからは、納税意識を高めて、事業意欲を燃やそうとしている被告人にとって、冷水を浴びさせられたに等しいものである。
二 被告人は、「多々良会館」、「パーラーロッキー会館」という二つのパチンコ店を営むものであるが、パチンコ営業には、風俗等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下、風営法という。)第三条第一項、第二条第一項七号の許可を受けなければならないと定められている。二つのパチンコ店とも、当然、この許可を受けているものである。
ところで、風営法第四条は、右営業についての許可基準を、同法八条は、許可の取消について定める。同法第四条第一項第二号によれぱ、許可を受けようとするものが、一年以上の懲役若しくは禁錮の刑に処せられたものに該当するときは、公安委員会は、許可をしてはならないと定め、同法第四条九号によれば、法人で役員のうちに右の要件に該当するものがあれば、許可をしてはならないと定める。さらに、同法第八条によれば、公安委員会は許可を受けたものについて、次の各号に掲げるいずれかの事実が判明したときは、その許可を取り消すことが出来ると定めるとし、同二号として、第四条第一項各号に掲げる者のいずれかに該当していること、との定めがある。
すなわち、被告人は二つのパチンコ店の営業許可をいずれも、法人名で得ているものであるが、このまま刑の言い渡しが確定すれば、二つのパチンコ店とも、風営法の営業許可を取り消される恐れがある。
三 福北興業株式会社は、被告人の一人会社であって、被告人以外の者が被告人に代わって、刑の言い渡しの効力が無くなるまでの間、その経営上の采配を振るうとしても、適当な者が全くいない。
被告人の経営する二つのパチンコ店の営業主体である福北興業株式会社は、被告人の一人会社である。すなわち、登記簿に役員として名前が上がっている木村ユリ子は、被告人の妻であり、木村光伸は被告人の長男、木村恵美子は、次女である。
そして、福北興業株式会社の運営は、被告人が殆ど一人で行ってきたというのが実態であって、資金繰りや、経営判断、諸官庁との折衝などは、被告人以外の者が、行うことはなかった。被告人の妻は、登記簿の役員欄に記載があり、役員報酬を会社から得ていたが、経営にタッチしたことはなく、専業主婦として家庭を守っているにすぎない。また、長男は、現在早稲田大学に在学中で、パチンコ営業の経験はない。僅かに、次女恵美子は、福北興業株式会社の経理を手伝っているが、被告人の指示に従って機会的労務に従事しているにすぎないのである。
従業員は、「多々良会館」、「パーラーロッキー会館」にはそれぞれの店長の下に、何十人かの者がいるが、店長以下の従業員は、パチンコ店のホール管理と顧客に対する営業が仕事であって、機械メーカー等の業者との取引の折衝などには、一切関与していない状態である。
すなわち、福北興業株式会社の経営の主体として、被告人以外の者があたるということは、到底考えられないというのが、実態である。
そして、風営法第一一条は、第三条第一項の許可を受けた者は、自己の名義をもって、他人に風俗営業を営ませてはならないと規定し、いわゆる名義貸しを禁止しており、これに違反すれば、罰則の適用がある(同法第四九条一項三号)という構造になっているのである。従って、被告人が被告人以外の者に依頼して、風俗営業の許可の名義人になるか、被告人が一旦役員を退いた形にして、実質的な経営の采配を振るうという便法を採ることも、法律違反とならざるを得ないということが、予想されるものである。
この点、公安委員会の裁量によって、既に営業許可のある二つの店舗については、営業許可が取消にならない可能性も僅かに残っているかもしれない。しかし、いつ何時、営業許可が取り消されるかも知れないという状態で、事業に力が注げる筈もないものである。被告人は、今回の事件を機会に新規一転、納税意識を高め、新たな事業意欲を燃やしてしたものであるが、そのような不安定な状態では、被告人の今後の経営意欲は殺がれるばかりである。
四 被告人は、脱税で摘発されてからは、素直にこの事実を認め、新規一転事業意欲を燃やそうと考えていたため、平成三年の初め頃より、新店舗を展開すべく進出先を捜していたものである。
そして、既に具体的計画に入っており、店舗用地の確保も九割程度完了している現状にある。すなわち、被告人は、現在、佐賀県西松浦郡有田町と、熊本県松橋町に新規店舗を出店する計画を具体的に進行させている。出展のための市場調査や、企業目標、経営戦略、収支計画、土地取得や、設備投資に必要な資金調達などは、全て被告人が、税理士などと相談しながら進めているもので、被告人以外の者が、この計画を進める事は、出来ない状況にある。また、二つの店舗を合わせた総投資額は、一六億六八五三万五〇〇〇円を予定しており、このうち、一〇億円を銀行借入でまかなう資金計画を立てているものがあるが、被告人が、代表者はおろか、取締役を退く事態になれば、信用不安が広がり、銀行融資が得られない恐れが生ずることが見込まれるのである。かりに、そのようなことになれば、新規事業計画は、頓挫しかねないばかりか、最悪の場合は、福北興業株式会社の倒産をまねく恐れがある。
また、被告人の福北興業株式会社における地位を考慮すれば、被告人が、同社の経営から離れることは考えられないことであって、被告人が取締役の地位を離れる事は出来ないことであると考えられる。
原判決は、この福北興業株式会社の実態を充分考慮しておらず、正に福北興業株式会社を倒産に追いやる判決であったと言わざるを得ないものである。
五 被告人は、脱税事件については事実を間違いないと正直に認め、新規一転事業展開を図りたいと希望していたものである。被告人の事業意欲が強いものであることは、脱税の動機となった将来の投資に備えたかったというところからも充分に窺えるものである。
脱税の予防については、従来、北九州市の税理士事務所に経理を見てもらっていたものを、福岡市内の税理士事務所に切り替え、再犯を犯すような事が、絶対ないように留意しているところである。また、福岡県韓国人納税経友会という健全な納税を図り、会員相互の親睦を図る団体を設立しようと、その準備委員会の活動に積極的に参加しているなど、被告人の納税意識の改善は、目を見張るものがある。
このような被告人に対して、原判決の量刑は、被告人の更生の意欲をさえも殺いでしまい、被告人に事業を廃業せよと宣告するに等しい結論を導いてしまっているものあって、これを破棄しなければ、著しく正義に反するものである。