福岡高等裁判所 平成5年(う)344号 判決 1994年2月03日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
一 本件控訴の趣意は、弁護人橋本千尋提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官飼手義彦提出の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
所論は、要するに、本件窃盗の客体である現金の占有者はAであり、被告人とAとの間には同居していない親族(六親等の血族)の関係があるから、本件は刑法二四四条一項後段により親告罪に該当するというべきであるのに、Aからの告訴のないままされた本件公訴を棄却しないで有罪判決を言い渡した原判決には、不法に公訴を受理した違法がある、というのである。
二 そこで、記録を調査して検討するに、原審で取り調べた証拠によれば、本件窃盗(変更後の訴因及び原判示の窃盗)の客体である現金の占有者はAであり、被告人とAとの間には同居していない親族(六親等の血族)の関係があるが、他方、右現金の所有者は甲野株式会社(代表取締役B)であることが認められる。したがつて、本件の場合、窃盗犯人と窃盗の客体である財物(以下、単に「財物」という。)の占有者との間には刑法二四四条一項後段の親族関係があるが、窃盗犯人と財物の所有者との間には親族関係がない。
このような場合、刑法二四四条一項後段の適用があるかどうかが、本件の争点であるところ、所論は、最高裁昭和二四年五月二一日第二小法廷判決(刑集三巻六号八五八頁)を援用して、刑法二四四条一項が適用されるには、窃盗犯人と財物の占有者との間に同条項所定の親族関係があれば足り、窃盗犯人と財物の所有者との間に右親族関係があることは必要でない旨主張する。
三 しかし、窃盗罪においては、財物に対する占有のみならず、その背後にある所有権等の本権も保護の対象とされているというべきであるから、財物の占有者のみならず、その所有者も被害者として扱われるべきであり、したがつて、刑法二四四条一項が適用されるには、窃盗犯人と財物の占有者及び所有者双方との間に同条項所定の親族関係のあることが必要であり、単に窃盗犯人と財物の占有者との間にのみ又は窃盗犯人と財物の所有者との間にのみ右親族関係があるにすぎない場合には、同条項は適用されないと解すべきである。
四 所論引用の最高裁昭和二四年五月二一日第二小法廷判決は、「所論刑法第二四四条親族相盗に関する規定は、窃盗罪の直接被害者たる占有者と犯人との関係についていうものであつて、所論のごとくその物件の所有権者と犯人との関係について規定したものではない」旨説示している(以下、単に「説示部分」という。)から、窃盗犯人と財物の占有者との間には刑法二四四条一項所定の親族関係があるが窃盗犯人と財物の所有者との間には右親族関係がない本件のような事案について、同条項の適用を肯定する見解を採つたものと解されないではない。しかし、右最高裁判決が出される前の判例は、窃盗犯人と財物の所有者との間には同条項所定の親族関係があるが窃盗犯人と財物の占有者との間には右親族関係がない事案(以下、第一類型と仮称する。)についても、窃盗犯人と財物の占有者との間には同条項所定の親族関係があるが窃盗犯人と財物の所有者との間には右親族関係がない本件のような事案(以下、第二類型と仮称する。)についても、刑法二四四条一項の適用を否定していた(第一類型の事案について、大審院明治四三年六月七日判決・刑録一六輯一一〇三頁、第二類型の事案について、大審院昭和一二年四月八日判決・刑集一六巻四八五頁参照)。そうであるところ、右最高裁判決は、窃盗犯人と財物の占有者との間には同条項所定の親族関係がなく、窃盗犯人と財物の所有者との間には右親族関係があるかどうか不明の事案(一応、第一類型に属するといえる。)について、「所論被害物件は、…食肉組合代表者宮崎進の保管していたものであることは、原判決の確定するところである。(説示部分)のであるから、原審が右組合に関して、それが法人格を有するか否かを明らかにせず、従つて、右物件の所有権関係については、単に『組合所有』とのみ判示して、その所有権の帰属者を明らかにしなかつたとしても、所論のごとき違法ありとすることはできない。また、右物件の保管者宮崎進と被告人等との間には、親族関係の存在を疑わしめるような事情は少しもあらわれていないのであるから、原審が公判において、この点について審訊をしなかつたからといつて、所論のごとき違法ありとはいえない。」と判示するなどして、刑法二四四条一項を適用しなかつた原審の判断を維持したものであるから、右最高裁判決が、第一類型の事案について、従前の判例と同じく、同条項の適用を否定する見解を採つていることは明らかである。次に、右判決は、説示部分によれば、本件のような第二類型の事案については、従前の判例と異なり、同条項の適用を肯定する見解を採つたものと解されないではないものの、右判決は第一類型に属する事案に関するものであること及び右判決文全体の趣旨に照らすと、右判決が、第一類型とは事案を異にする本件のような第二類型の事案について、従前の判例と異なる判断を示しているとみることには些か疑問がある上、仮に、そのような判断を示しているとしても、右判決を、本件のような第二類型の事案についての従前の判例を変更した判例として扱うのは相当でない。そうすると、右判決は、刑法二四四条一項の規定について、前記三のように解釈する支障とはならないというべきである。
五 以上のとおりであつて、本件の場合は、窃盗犯人と財物の占有者との間には刑法二四四条一項後段所定の親族関係があるが、窃盗犯人と財物の所有者との間には親族関係がないから、同条項後段の適用はないというべきである。したがつて、原判決に所論のような違法はなく、論旨は理由がない。
六 それで、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項但書に従い被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田憲義 裁判官 浜崎 裕 裁判官 川口宰護)