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福岡高等裁判所 平成5年(行コ)1号 判決 1998年11月20日

控訴人

浅井宣隆

外三八九名

控訴人ら訴訟代理人弁護士

立木豊地

尾山宏

青木幸男

槙枝一臣

川副正敏

秋田瑞枝

被控訴人

熊本県教育委員会

右代表者委員長

岡﨑禮治

右指定代理人

高橋孝一

外七名

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一 当事者の求めた裁判

一 控訴人ら

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人が控訴人らに対してなした昭和五八年三月二八日付け戒告処分をいずれも取り消す。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二 被控訴人

主文同旨。

第二 当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり補正するほかは、原判決事実摘示(一枚目裏二行目から二六枚目裏一一行目までの記載)のとおりであるから、これを引用する。

一 原判決一枚目裏五行目の「その勤務校」の前に「県内の公立小中学校の教職員で組織する熊本県教職員組合(以下、熊本県教組という。)または県内の高等学校及び障害児学校の教職員で組織する熊本県高等学校教職員組合(以下、熊本県高教組という。)の組合員であるところ、」を加え、一〇行目末尾に続けて「なお、熊本県教組と熊本県高教組は、大学教組(略称)と共に熊本県教職員組合協議会を組織し、同協議会は、日本教職員組合に加盟している。」を加える。

二 原判決二枚目表二行目全部と五行目冒頭の「1」と六行目全部を削り、八行目の「昭和五七」を「政府が、昭和五七年九月二四日の閣議において、一般職国家公務員の給与を一人当たり平均4.58パーセント引き上げ、これを同年四月一日から実施すべきであるとする同年八月六日の人事院勧告の実施を見送る旨決定したことに対し、同」と改め、一一行目の「解除」を「撤回・完全実施」と改め、同裏一行目の「スト権投票」を「右ストライキを実施することについて組合員の意思を確認するための批准投票」と改め、五行目の「の通知を行い、」を「と題する書面により、公立学校教職員の職務の公共性は極めて高いものであり、公務員たる教職員の争議行為は目的のいかんを問わず禁止されていること、教職員が違法行為に参加することにより学校教育の正常な運営が阻害され、ひいては国民の学校教育に対する信頼を裏切る結果を招くことのないよう、教職員の服務についてあらかじめ十分な指導を徹底すること、ストライキ当日の教職員の勤務状況を正確に把握し、あえて非違を犯したものについては厳正な措置をとること、これらのことを管下市町村教育委員会(以下、地教委という。)に周知徹底するについても遺漏のないよう取り計らうこと等を通知し、」と改める。

三 原判決三枚目表一三行目の「としたうえで、」を「。したがって、」と改め、四枚目裏七行目の「教職員総数」の次に「約」を加え、八行目の「約四四五〇人」を「四四五三人」と改め、一一行目の「同251」の次に、「、控訴取下げ」を加える。

四 原判決五枚目表五行目から六行目にかけての「するとともに」、を「することに努めるとともに、地方公務員法二九条一項一号により、本件ストライキに参加した教職員に対して懲戒処分を行うこととし、」と改め、一二行目の「とし、」から一三行目までを「とした(職務放棄一時間未満の者については、文書訓告)。本件処分は、右基準に基づくものであり、本件ストライキに参加した教職員のうち四一六八人に対して戒告処分が行われた。」と改め、五枚目裏六行目の「7は争う。」を「7の事実は知らない。」と改め、七行目の「原告らの主張」を「再抗弁」と改める。

五 原判決六枚目表二行目冒頭の「(二)」を削り、七枚目表一行目の「から」以下一三行目の「であって」までを以下のとおり改める。

「。また、公務員の争議行為に関しては、労使とも、国会・議会の監督、国民の監視等による強力な批判・牽制を受ける制度的または事実上の制約があることから、争議行為により国会・議会の議決権を侵すおそれはなく、民間の争議行為と同様の抑止力も働いている。

労働基本権も絶対無制限のものではなく、合理的制約を受けることは当然であるが、公務員の労働基本権が制約され得るものとしても、これが憲法上の基本的人権であることから、財政民主主義・勤務条件法定主義の原理との調和的解釈を取る必要があるというべきである。すなわち、公務員の労働基本権に対する制約は、合理性のある必要最小限のものでなければならず、職務の公共性が極めて高い公務員による争議行為や、著しく長期間にわたる争議行為によって国民生活への影響が極めて大きくなった場合において、争議行為の禁止や緊急調整(労働関係調整法三五条の二以下)のような部分的制限を講ずれば足りるといえる。したがって、より制限的でない他の規制手段を設けることなく」

六 原判決八枚目表五行目の「争議行為」から六行目までを「公務員の労働基本権を制約するに当たっては、これに代わる代償措置が講じられなければならないが、地公法上の身分・任免・給与等に関する勤務条件の規定の存在や勤務条件条例主義、不利益処分に対する審査請求制度は、いずれも代償措置としての意味を持つものとはいえず、また、人事委員会による勧告制度は、次のとおり地方公務員の」と改め、同裏一行目の「解決のための」から二行目の「姿は」までを「解決のために設けられる第三者機関は」と改め、三行目の「にも」を「の後記各委員会による報告等に」と改め、四行目の「組合」を「者団体」と改め、五行目の前者の「構成」から六行目の「としても」までを「によって構成されるものが本来あるべき姿であり」と改める。

七 原判決九枚目表三行目から四行目にかけての「べきもので、すなわち」を「ことができる」と改め、同裏四行目の「逆に、」を削り、一〇枚目表四行目冒頭の「2」を「(二)」と改め、六行目冒頭の「(一)」と一〇行目冒頭の「(二)」を削り、一二行目の「労働者」の次に「とその団体」を加え、同裏二行目の「範囲」の次に「や職種」を加え、八行目の「仲裁」の次に「機関による」を加え、一〇行目の「ILO」から一一行目の「最低労働基準」までを「国際的に確立した労働常識」と改め、一一枚目表一行目の「抵触して」を「抵触し、したがって、条約の優位を定めた」と改める。

八 原判決一一枚目表三行目を削り、四行目を「2 本件処分の適用違憲性(本件ストライキの正当性)」と改め、一一行目の「一般職」の前に「昭和六〇年法律第九七号による改正前の」を加え、一二行目の「八・別表八」を「一項八号(別表第八)」と改め、同行の「一〇」の前に「昭和五四年」を加え、同裏四行目の「改正」を「改定」と改め、一二枚目裏三行目の「において、人事院勧告凍結を決定し、」を「を経て、」と改め、四行目から五行目にかけての「され、その理由として」を「されたが、その理由は」と改め、一四行目の「述べられ、さらに、」を「いうものであり、」と改める。

九 原判決一三枚目表四行目の「述べた」を「された」と改め、五行目の「右同日」を「その日に」と改め、一四行目から同裏一一行目までを以下のとおり改める。

「(7) 熊本県公務員労働組合協議会(県予算により給与が支払われる職員で組織される労働組合の協議会。以下、県公労という。)は、右のような状況の下で熊本県人事委員会(以下、県人事委員会という。)が同一内容の勧告を行っても、県当局がこれを凍結することが予想されたため、昭和五七年九月二二日、県知事に対し、県人事委員会勧告の完全実施と、国に対する人事院勧告完全実施の要請を行うよう申し入れ、県議会にも勧告完全実施の請願行動を行った。

県人事委員会は、昭和五七年一〇月二一日、県議会議長及び県知事に対し、県職員の給与について「現行の給料表を国家公務員についての人事院勧告の俸給表に準じて改定する。」旨の勧告を行い、県公労は、その後も、勧告完全実施に向けて県当局との交渉を重ねたが、県知事は、右勧告を完全実施することはできない旨の意向を表明した。

(8) そこで、熊本県教組及び熊本県高教組は、公務員共闘・日教組の人事院勧告凍結撤回・完全実施を要求する統一闘争に参加するとともに、熊本県公務員共闘・県公労の県人事委員会勧告凍結撤回・完全実施等を求める統一闘争に参加した。そして、昭和五七年一一月五日に開催された日教組中央委員会のストライキ実施決定を受けて、熊本県教組は同月八日から二七日までの間に、熊本県高教組は同月一五日から二二日までの間にそれぞれ批准投票を行い、児童・生徒に対し自習の指導案を作成するなど教育的配慮を十分行ったうえ、同年一二月一六日、日教組の指令により本件ストライキを実施した。」

一〇 原判決一四枚目裏九行目の「国家公務員法」の次に「(以下、国公法という。)」を加え、一三行目の「国家公務員法」を「国公法」と改め、一五枚目表一三行目の「なされず、」から同裏四行目までを「なされない場合において、当局側が右勧告の不実施について誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くさなかったときは、代償措置の機能の発揮を求めて、公務員が争議行為を行っても、それが相当な範囲を逸脱しない手段、態様によるものである限り、憲法上保障された正当な争議行為として容認され、したがって、地公法三七条一項に基づいてその参加者に懲戒処分を課すことは、右規定の適用上違憲となると考えるべきである。」と改め、同裏一一行目の「組み入れた」の次に「給与改善費」を加える。

一一 原判決一六枚目表三行目の「当局」から四行目の「一パーセント」までを「右給与改善費」と改め、一三行目から一四行目にかけての「は経常収支比率71.3パーセントと良好であり、」を「を見ると、同年度の一般会計歳入歳出決算書によれば、収入済額から支出済額を引いた黒字が約八三億八〇〇〇万円(予算減額から支払済額及び翌年度繰越金を差し引いた不用額は約二三億二四〇〇万円)あり、県が自由に処理できる各種基金として現金だけでも約四〇一億円があったほか、地方公共団体の財政構造の弾力性を判断する指標として用いられる経常収支比率も、同年度は71.3パーセントであって、硬直化の目安とされる七五パーセントを下回っており、県の財政が良好・健全であったことは明らかである。そして、同年度の人事委員会勧告の完全実施に必要な給与費は六七億円であり、これから国庫負担分一四億円と、予算編成段階で組み込まれていた給与改善費分一パーセント(約一〇億円)を差し引くと、必要な県費支出額は約四三億円であって、」と改め、同裏一行目の「のであり、」を「。そうすると、熊本県当局は、」と改め、二行目の「凍結に」から四行目までを「を凍結したのであり、勧告実施のための努力を放棄したに等しく、法律上及び事実上可能な限りのことを尽くしたということはできない。」と改める。

一二 原判決一七枚目表二行目冒頭の「2」を「3」と改め、同行の次に改行して以下のとおり加える。

「本件処分は、被控訴人において懲戒権を行使するに当たり、労働基本権制約の代償措置であり、慣熟した慣行とされた人事院・人事委員会勧告の完全実施が凍結されたことを考慮せず、その裁量権を濫用してなされたものであって、以下のとおり、本件ストライキの目的・手段・方法・結果、当局側の対応、処分の苛酷性等諸般の事情を考慮すれば、地公法二七条一項の公正原則に反し、社会観念上著しく妥当を欠くものとして取消しを免れないものである。」

また、四行目及び八行目の「前記1」を「前記2」と改め、一七枚目裏一行目の「政府」の前に「前記2の(二)、(三)で述べたとおり、」を加え、五行目の「前記」から六行目の「相当な」までを「昭和五七年度の右勧告凍結については、そのような」と改め、八行目から一三行目までを次のとおり改める。

「(3) 政府は、人事院勧告制度が設けられた後の昭和二四年以降勧告を実施しなかったり実施時期を繰り延べたりしてきたが、昭和四五年に至り勧告を完全実施するとともに、国民及び国会に対し、これが今後の確立されたルールであり、財政事情等により特殊な措置はとらない旨誓約し、以後昭和五三年度までこれを実行してきた。このように、人事院勧告の完全実施は、慣熟した慣行として確立していたにもかかわらず、政府は、昭和五四年度から五六年度まで指定職の給与改定を遅延させるなどして人事院勧告を完全に実施せず、そして、昭和五七年九月二四日には勧告凍結を閣議決定したのであり、右凍結を正当化すべき事情のなかったことは、右(2)に述べたとおりである。

また、教職員の給与決定権者である熊本県当局は、順調な財政事情から給与改善費を捻出することができたにもかかわらず、その主体性を放棄して、国の人事院勧告凍結に従って県人事委員会勧告の凍結を実施し、完全実施のための努力を尽くさなかった。

(4) 三公社五現業職員(昭和五七年中に現業を外れたアルコール専売を含む。)に対する公共企業体等労働委員会の仲裁裁定は、労働基本権制約の代償措置としての意義を有する点で人事院・人事委員会勧告と変りがないにもかかわらず、昭和五七年度の右仲裁裁定(定期昇給抜きで平均4.60パーセント。所要額二四七九億円)は、期末手当のはね返り分を除いて完全に実施された。加えて、同年度の民間賃金の賃金引上げ率が平均7.01パーセント(定期昇給込み)であったことと比較すれば、右勧告の凍結は、著しく不合理・不公平であり、非現業公務員のみに著しい不利益を強いるものである。」

一三 原判決一八枚目表一行目から二行目にかけての「解除・人事院勧告」を「撤回・」と改め、七行目の「前記1」を「前記2」と改め、同裏六行目の「復元されずに」を「、右通知に復元を絶対に行うことのないよう明記されていて、そのまま」と改め、一九枚目表七行目の「され」を「受け」と改め、同裏六行目から八行目までを削り、九行目冒頭の「七」を「六」と改め、「被告」の前に「再抗弁に対する」を加える。

一四 原判決二〇枚目裏一行目の「かねて」の前に「年間授業計画には相当の柔軟性があり、争議行為による授業計画の一時的停滞はその後の努力により回復可能であるとしても、教職員のストライキが及ぼす影響は、単に授業計画の円滑な運営を阻害するという表面的・技術的次元に止まらないのである。また、」を加え、三行目の「結果となるとともに、」の次に「争議行為を巡る管理者と組合員との軋櫟が教育現場に露呈することによって」を加える。

一五 原判決二四枚目表九行目の「・九八号条約」と一〇行目冒頭の「(一)」を削り、同裏三行目の「第一七号」を「第七一号」と改め、六行目の「たので」を「、公務員の争議権を制限した憲法及び地公法の規定と矛盾抵触するものでないことが承認されたのである。」と改め、七行目から一二行目までを削る。

一六 原判決二五枚目表四行目の「がすべて」から行末までを以下のとおり改める。

「全体の機能が喪失したといえないことは明らかである。

そして、国家公務員の給与改定は、人事院勧告に完全に拘束されるものではなく、民間賃金との比較、政治、経済、社会その他諸般の事情をも勘案したうえで、高度に政策的な判断として国会で決定されることを要し、国会の決定は議会制民主主義の原理に基づくものであることから、たとえ政府・国会が人事院勧告を完全実施しなかったとしても、その政治責任が追及されることはともかく、争議行為の違法性が阻却される理由にはならないのであって、そのことは地方公務員にも当然妥当する。したがって、いわゆる全農林警職法事件における最高裁判所昭和四八年四月二五日大法廷判決(刑集二七巻四号五四七頁)中の岸盛一、天野武一両裁判官の追加補足意見は、右観点から妥当とはいえず、これに立脚した控訴人らの主張も失当である。」

一七 原判決二五枚目表五行目の「地方公務員」の前に「本件ストライキの目的は、あくまでも」を加え、六行目の「ことは、」を「ものと解し得るところ、これは、」と改め、一三行目の「不実施については」を「見送りに至るまで」と改め、一四行目の「のである。」を「にもかかわらず、その実施を見送らざるを得なかったのであり、国会もこれを承認したのであるから、前記追加補足意見を前提としても、人事院勧告制度が本来の機能を果たしていないと見られる事態になかったことは明らかである。」と改め、二五枚目裏三行目の「閣議決定に至るまで、」を削り、五行目の「なされたが」から六行目の「なされなかった。」までを「なされた結果、人事院勧告の実施が見送られたのである。」と改め、一〇行目の次に改行して以下のとおり加える。

「そもそも、人事院勧告に基づく国家公務員の給与改定は、政府・国会が最終的には諸般の事情を勘案し、高度な政治的、政策的判断の結果として決定するものであり、財政的遣繰りが可能であったかどうかのみによっては到底決せられない問題である。そして、財政事情の良否は、景気動向・税制改革等による歳入の増減も考慮し、歳入・歳出のバランスで捉えるべきであって、個々の歳入・歳出項目等を取り上げて批判することは失当であるし、昭和五八年度以降の財政状況は、五七年度のそれと比べ質的に変化しているのであるから、この点を考慮することなく昭和五七年度が危機的な財政事情になかったと考えることも失当である。」

一八 原判決二六枚目表六行目の「がすべて」から行末までを「全体の機能が喪失したとはいえず、また、争議行為の違法性が阻却される理由とならないことは前記4の(一)のとおりである。」と改め、一三行目の「あったこと」を「あり」と改める。

一九 原判決別紙一覧表の訴状番号74の勤務校欄の「白水小」を「白水中」と改め、同149の勤務校欄の「養護」の次に「学校」を加える。

第三 証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録(原審及び当審)各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  請求原因について

請求原因1(当事者)、2(本件処分)及び3(審査請求)の各事実は当事者間に争いがない。

第二  抗弁について

一  抗弁1(日教組の対応)、3(ストライキの実施決定)、5(ストライキの実施)及び6(控訴人らの参加)の各事実は当事者間に争いがない。

二  証拠(乙6、7の1、2、8の1ないし3、弁論の全趣旨)によれば、抗弁2及び4(いずれも当局側の対応)の各事実が認められ、証拠(甲127、248、293、451の1、弁論の全趣旨)によれば、抗弁7(処分基準等)の事実が認められる。

三  以上の事実によれば、本件ストライキは、地公法三七条一項前段の争議行為に当たり、これに参加した控訴人らについては、同法二九条一項一号の懲戒事由があるものと認められる。

第三  再抗弁について

一  憲法違反の主張について

控訴人らは、地方公務員の争議行為を禁止した地公法三七条一項は憲法二八条及び九八条二項に違反し、したがって、右地公法の規定に基づく本件処分は無効である旨主張する。

1  憲法二八条違反の主張について

公務員は、憲法二八条にいう勤労者として同条が規定する労働基本権の保障を受けるが、全体の奉仕者としての地位及び職務内容の公共的性格から、労働基本権の保障について一定の制約を受け、地方公務員の場合、労働基本権の制約に見合う代償措置として、勤務条件に関する利益保障(地公法二四条ないし二六条等)や身分保障(同法二七条以下)に関する規定が設けられているほか、国家公務員の人事院制度に対応する人事機関として、類似の性格を持つ人事委員会又は公平委員会の制度が設けられている(同法七条以下)のであるから、地公法三七条一項による争議行為の禁止は、詰まるところ国民全体の共同利益のためのやむを得ない制約というべきであって、地公法三七条一項は、憲法二八条に違反するもいのではないと解するのが相当である(最高裁判所昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号一一七八頁参照)。

よって、控訴人らの右主張は採用することができない。

2  憲法九八条二項違反の主張について

控訴人らは、地公法三七条一項は結社の自由及び団結権の保護に関する条約(昭和四〇年条約第七号。いわゆるILO八七号条約)に抵触し、したがって、条約の優位を定めた憲法九八条二項に違反する旨主張するが、ILO八七号条約は、結社の自由と団結権の保護を目的として制定されたものであり、公務員の争議権を保障したものではないから、右主張は、その前提を欠くものというべきである。

なお、証拠(甲46ないし50の2、53ないし55、証人中山和久)によれば、ILO八七号条約採択以降、ILOの結社の自由委員会が扱った事件に関する報告や条約勧告適用専門家委員会の調査報告の中で、ストライキ権を制限される公務員の範囲、制限に対する保障措置等についてのILOの見解が示されていることが認められるが、ILOの右見解によって地公法三七条一項の違憲性が根拠付けられるものでもない。

よって、控訴人らの右主張は採用することができない。

二  本件処分の適用違憲性(本件ストライキの正当性)の主張について

1(一)  控訴人らは、公務員の労働基本権制約の代償措置として設けられた人事院及び人事委員会の給与勧告制度は、勧告が完全に実施されてこそ本来の機能が果たされるのであり、完全実施が行われず、当局側がその不実施について誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くさなかったときは、公務員が制度の正常な運用を求めて争議行為を行っても、それが相当な手段、態様によるものである限り、憲法二八条によって保障された正当な争議行為として容認され、したがって、これに参加した者を懲戒処分に付することは、地公法三七条一項の適用上憲法二八条に違反する旨主張する。

さらに、控訴人らは、昭和五七年度における人事院勧告を実施する財源として、七五六二億円の決算剰余金があり、また、資金運用部資金、補助貨幣回収準備資金、外国為替資金特別会計、自動車賠償責任保険再保険特別会計等から借り入れることもできたこと等を指摘し、政府及び国会は、誠実に法律上及び事実上可能な限りのことを尽くしたとはいえない旨主張する。

(二) 公務員の労働基本権を制約する代償措置が人事院・人事委員会の給与勧告制度に限らないことは、前記一の1のとおりである。したがって、右代償措置が本来の機能を発揮しているといえるか否かを判断するについては、代償措置全体の機能を総合して考慮すべきであるが、公務員の勤務条件に関する利益保障や身分保障が法律又は条例の規定より比較的安定した状態にあるのに対し、公務員の日常生活に直結する給与の改定は、毎年行われる給与勧告及びその実施の動向にかかっており、現実の問題として代償措置の中で給与勧告制度が相対的に大きな比重を占める事実は否定し難い。

そこで、控訴人らの主張に則り、給与勧告制度の機能の帰すうを中心に判断を進めるが、人事院・人事委員会の給与勧告は、その当時の国又は地方公共団体を取り巻く経済的、社会的、政治的諸情勢の中で、国会又は議会による審議又は議決によって予算及び給与関連の法律又は条例が成立して初めて実施されるものであるから、勧告の不実施が代償措置としての本来的機能を果たさなかったことになるかどうかを判断するについては、不実施の結論に至る過程において、当局側が法律上及び事実上可能な限りのことを尽くしたかどうかがその要点をなすものと解される。

(三)  そこで、この点を中心に検討を進めるに、証拠(甲5、19ないし25、41、42、80、86、98、115、178、225、234、261の1ないし272の2、287、308、312、317、350、360、363、365ないし367、404の1、2、407、412、426、乙1ないし3の各1及び2、4、22ないし32の4、34、証人上村文男、同大出俊、同坂田竜義、同柴田徳義、同津島幸生、同中小路清雄、同槇枝元文、同丸山澄雄、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実を認めることができる。

(1)ア 人事院勧告は、昭和二三年度(第一回)以来、必ずしも勧告どおりに実施されていなかった(勧告自体が留保された年もあった。)。しかし、昭和四五年度から五三年度まで完全実施が続き、その実績によって、人事院勧告の完全実施は「慣熟した慣行」と評されるに至った。

ところが、昭和五四年度及び五五年度に、逼迫した財政事情等を理由に指定職俸給表適用の職員に対する実施時期が六か月繰り下げられた。そして、昭和五六年度には、同年一一月二七日の閣議決定により、危機的な財政事情等を理由に、①俸給表等は、人事院勧告どおり昭和五六年四月一日(調整手当については、昭和五七年四月一日)から改定するが、指定職等の職員については、昭和五七年四月一日から改定すること、②期末・勤勉手当は、昭和五五年度の俸給表等を基準に算定した額に凍結することが決められ、国会においてこれに沿う議決がされた。

イ 昭和五七年の春闘において、公務員共闘等の関係諸団体は、人事院勧告の完全実施を要求の一つに掲げて運動を展開するとともに、総理府総務長官、労働大臣ら政府関係者と会見し、同年四月には、総務長官から、人事院給与勧告は尊重するのが基本的建前であること、同年度の給与勧告の取扱いについては、逼迫した財政事情により極めて厳しい状況下にあるが、誠意をもって努力すること、国家公務員について給与改定が行われた場合、地方公務員についてもこれに準じて配慮すべき旨を自治大臣に伝えること等の回答を得た。

ウ 昭和五七年八月六日、人事院は、国会及び内閣に対し、一般職の国家公務員の給与を平均4.58パーセント(一万〇七一五円)引き上げ、同年四月一日から実施すべき旨の勧告を行った。これを受けて、右勧告当日、公務員共闘等は、総務長官に人事院勧告の早期完全実施を求めた。

鈴木善幸内閣総理大臣は、昭和五七年九月一六日の記者会見において、わが国の財政は既に九〇兆円を超える国債の累積を抱えており、その利払い等に必要な経費として同年度予算で七兆八〇〇〇億円を計上しなければならないこと、経済成長の低下により、同年度においても五兆円から六兆円程度の減収が予想されること、この結果、国の重要な施策を充実していくことが非常に難しくなっているなど財政・経済の運営面で多くの弊害が生まれ始めていることを指摘し、人事院勧告に基づく給与の改定については、近く給与関係閣僚会議でその取扱いを決定することを明らかにした(財政非常事態宣言)。

そして、政府は、給与関係閣僚会議の決定を経て、昭和五七年九月二四日、①一般職国家公務員の給与について、未曾有の危機的な財政事情の下において、国民的課題である行財政改革を担う公務員が率先してこれに協力する姿勢を示す必要があることにかんがみ、また、官民給与の格差が一〇〇分の五未満であること等を総合的に勘案して、その改定を見送ること、②特別職国家公務員の給与についても改定を見送ること、③公務員のみに痛みを強いる結果とならないよう、本年度においては、従来を上回る経費の節減を図るとともに、追加財政需要も極力抑制し、昭和五八年度予算編成に当たっても、歳出全般について厳しく抑制すること、④地方公務員の給与の関する取扱いについては、国家公務員に準じた措置を講ずるべきであり、その旨を地方公共団体に要請すること等を内容とする閣議決定をした。

そして、自治事務次官は、右閣議決定の当日、各都道府県知事及び指定都市市長あてに、地方公務員の給与は、その決定原則に則り、国家公務員の給与に準じて措置されるべきものであり、地方公務員の給与の改定については、国家公務員について閣議決定がされたことを踏まえ、国の措置に準じて対処されるよう通知する旨の通知を発し、都道府県の市区町村にも通知の趣旨を速やかに連絡するよう求めた。

また、鈴木総理は、昭和五七年一〇月四日、関係各労働団体の代表者と会見し、今回の措置について理解と協力を求めた。

エ 国会は、昭和五七年一一月二六日から開催された臨時会において補正予算案を審議した。この予算案は、①歳出につき、災害復旧費等の合計一兆二二〇八億円を追加する一方、既定経費の節減、定率繰入れ等の停止による国債費の減額等による修正減少額を当初予算四九兆六八〇八億円のうちの三兆三三九五億円とし、②歳入につき、租税及び印紙収入の六兆一四六〇億円の減収を見込み、雑収入増一二二三億円を計上するほか、三兆九〇五〇億円の公債を増発すること等を内容とするものであり、給与関係では、当初予算において給与改善所要額六七一億円(公務員給与を四月から一パーセント引き上げるのに要する額)が計上されていたが、改定見送りに伴う規定経費の節減として合計六六九億七五〇〇万円が不用額とされた(当初予算に対し、歳入歳出とも二兆一一八七億円の減額)。

審議の中で、竹下登大蔵大臣は、「補正予算を編成するに当たりあらゆる角度から節減をかけ、単なる公務員給与のみでなく、諸般の問題に全て節減をかけて編成し直して出した苦心の策である。別に財源があるではないかという議論に対して、いま財源を調達までしてこれを行う環境にはないという決定に基づいて減額補正を御審議いただいておる。」などと答弁し、また、右財源として補助貨幣回収準備資金や外国為替資金特別会計の利用の可否についても議論されたが、竹下大蔵大臣及び大蔵省政府委員は、①前者については、貨幣の信認維持のために預託されているものであり、その財源の性格上ベースアップの財源に充当するのは適当でない、②外国為替資金特別会計の運用益については、昭和五七年度当初予算で二〇〇〇億円を一般会計に繰り入れることで既に措置済みであり、また、双方とも臨時的な収入であり、財政の節度という面から、これらを恒常的な経費に充てるのは適当でない旨述べ、さらに、竹下大蔵大臣は、歳入歳出両面の議論をしていると、災害復旧に要する経費のテンポを遅らせて人件費に使えばいいではないかという議論になるので、政策選択の順位の判断基準における見解の相違である旨答弁した。

そして、右補正予算は、右のような審議の結果、昭和五七年一二月二五日に政府原案のとおり可決された。

(2)ア 熊本県人事委員会は、県職員の給与の改定について、昭和三五年度以降概ね国に準じた勧告を行ってきた。また、県職員の労働組合側は、県公労が、例年、春闘の時期から県当局に賃金に関する要求、交渉等を行うほか、県人事委員会とも交渉を持ち、人事委員会勧告後は、その完全実施を求めて県当局と交渉するのが慣例であった。

イ 県公労は、昭和五七年八月一六日、県人事委員会あてに給与に関する要求書を提出し、同年九月一〇日に同委員会と交渉を持ったが、給与関係閣僚会議の前記人事院勧告不実施の決定により危機感を強め、同月二二日、その完全実施に関する決議をして、沢田一精県知事あてにその旨の申入れをし、同年一〇月八日以降は県人事委員会事務局長や県総務部長らと交渉を重ねた。

県人事委員会は、昭和五七年一〇月二一日、県議会議長及び県知事に対し、熊本県職員の給与について、現行の給料表を人事院勧告の俸給表に準じて改定し、諸手当も同様とする旨の勧告を行った(平均4.53パーセント、一万〇六二八円)。これを受けて、沢田県知事は、国や他県の動向、本県の財政事情等諸般の情勢を十分勘案しながら、慎重に対処したい旨の談話を発表した。

ウ 県公労は、昭和五七年一〇月二二日、同年度の給与改定について県当局に要求書を提出し、これ以後も副知事、県総務部長らと交渉を続け、県庁座り込み等の運動を展開したが、県当局は、国や他県の動向を見て慎重に対処するとの態度を変えなかった。

エ 日教組の統一ストライキ決定を受けて、熊本県教組は昭和五七年一一月九日から二四日までの間に、熊本県高教組は同月一五日から二二日までの間にそれぞれ批准投票を行い、いずれも批准が成立した(日教組がストライキの実施を決定した後から本件ストライキまでの経緯は、前記第二の一、二で判示したとおりである。)。

オ 沢田知事は、昭和五七年一二月七日の県議会定例会の代表質問において、県職員給与の取扱いに関し、「国、地方を通じた窮迫した財政事情の中で行財政改革が国民的課題とされている今日、このたびの措置(人事院勧告不実施の措置)は、公務員全体にかかわる国策上の問題と理解しており、国や他県との均衡を無視して考えるわけにはいかない。このたびの措置は、現在の厳しい財政環境の下における緊急避難的な極めて異例なものであると理解する。」、「国や他県が改定を見送る中で今後の本県の財政運営を考えた場合、本県のみ独自に実施することについて県民のコンセンサスを得ることはできないと考える。臨時国会の審議経過を特に重視し、国の動向等を十分見極めた上で結論を得たい。」旨答弁した。

その後、特段の情勢の変化がないまま本件ストライキの当日を迎え、結局、熊本県においても、昭和五七年度の県人事委員会勧告に基づく職員給与の改定は実施されなかった。

(四)  事実関係は以上のとおりであるところ、地方公務員である控訴人らが国との間に公務員関係を持たないことは明らかであるが、熊本県では、昭和三五年以降、県職員の給与について国の人事院勧告に準じた県人事委員会の勧告が行われ、その実施についても国に準ずる取扱いが行われており、そして、昭和五七年度においても、政府は、地方公共団体に対し、人事院勧告不実施の決定を伝え、これに準ずる取扱いをするよう要請し、熊本県は、右要請に従ったことが認められる。したがって、控訴人らの県職員が、県当局に対し、県人事委員会勧告の完全実施を要求する前提として、国による人事院勧告不実施に反対し、その完全実施を要求する運動を行うことは、長年にわたる両者の事実関係に照らして、それ自体において目的が正当でないと断定することはできない。

ところで、右(三)の(1)の各事実によれば、政府は、人事院勧告制度を尊重する基本的原則を堅持する立場をとりつつも、昭和五七年度の国の財政状態が六兆円を超える巨額の歳入不足により未曾有の危機的状況にあることを理由に、人事院勧告の実施を見送る政策決定をして、これを前提とする補正予算案を国会に提出し、これを受けた国会は、人事院勧告の意義及び重要性、勧告の実施を見送った場合の影響、考えられる財政的手段等について審議を経た上、政府原案どおり補正予算を可決成立させたことが認められる。また、政府が右補正予算案を作成するまでの過程において、有効適切な打開策を検討する一方、関係各方面に事実関係を説明して、広く理解と協力を求める努力をしたことが認められ、これによると、当局側は、本件人事院勧告の不実施について法律上及び事実上可能な限りのことを尽くしたものというべきである。

控訴人らは、昭和五七年度の人事院勧告を実施する財源の調達方法について主張するが、右主張事実が、当時の国の経済的、社会的、政治的諸情勢の下において、国民全体の共同利益を擁護する立場から選択すべき政策として有効適切なものであったことを裏付ける証拠はない。

そうすると、昭和五七年度の人事院勧告が実施されなかったことによって、公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置がその本来的機能を失ったとみられる事態に至ったと認めることはできない。

2 控訴人らは、熊本県当局が県人事委員会の勧告を実施しなかった理由について、専ら国の財政上の圧力によるものであり、当時の県の財政状況からすれば、右勧告を完全実施することは十分可能であった旨主張する。

しかし、証拠(前記1の(三)掲記のものの外、甲100、101、114)によれば、熊本県の場合、給与改善費の大部分は、一般財源のうち地方交付税に頼っており、県予算の歳入(一般会計)に占める地方交付税の構成比は、昭和五六年度の最終予算額で29.3パーセント(約一三一六億円)、五七年度で29.7パーセント(約一四三二億円)であったことが認められ、このような熊本県の財政事情に照らすと、仮に当該年度において熊本県において県人事委員会の勧告を実施するだけの財源があったとしても、国家公務員に係る人事院勧告の不実施について労働基本権の制約に見合う代償措置が本来の機能を失っていないと見られる状況の下において、県当局が、県民全体の共同利益を擁護すべき立場から、県人事委員会の勧告を実施しないで、右財源を他の重要な施策の実施等に優先的に活用する政策を選択したからといって、これによって地方公務員に係る右代償措置が本来的機能を失ったものとすることはできない。

以上の理由により、控訴人らの適用違憲性の主張は採用することができない。

三  裁量権の濫用の主張について

1 地方公務員に対する懲戒処分の場合、懲戒権者は、公正の原則(地公法二七条一項)、平等取扱いの原則(同法一三条)及び不利益取扱いの禁止(同法五六条)の規定に則り、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定することができる。そして、その判断は、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきであり、懲戒権者がした懲戒処分は、それが社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲にあるものとして、違法とはならないものというべきである。したがって、裁判所が懲戒処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒処分が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法と判断すべきである(最高裁判所昭和四七年(行ツ)第五二号同五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)。

2  そこで、右基準を前提に、控訴人らの主張に即して検討する。

(一) 人事院勧告不実施の当否について

(1) 国公法や地公法が規定する各種の代償措置は、公務員の労働基本権の保障に対する制約に見合うものとして設けられているのであるから、中でも、重要な代償措置でありながら、時時の経済的、社会的、政治的諸情勢に影響を受けやすい給与の勧告制度については、その機能が十分に発揮されるよう厳正な運用が図られなければならないと解するのが相当であるが、前述のとおり、控訴人らの本件ストライキの目的は、人事院勧告の不実施に反対し、人事院勧告及び県人事委員会勧告の完全実施を要求するものであったところ、昭和五七年度において、国家公務員の給与に関する人事院勧告の実施が見送られ、控訴人ら地方公務員の給与に関する県人事委員会の勧告も不実施に終わった理由は、当時の財政事情によるものであり、当局が勧告の不実施について法律上及び事実上可能な限りのことを尽くしたことは、既に述べたとおりである。

したがって、右給与勧告の不実施が不当であると認めることはできない。

(2) この点に関し、控訴人らは、昭和五七年度において三公社五現業の職員(当時の旧公共企業体等労働関係法二条一項所定の企業に従事する一般職公務員。以下同じ。)に対する公共企業体等労働委員会の仲裁裁定が完全実施されたことや、同年の民間の賃金引上げ率との比較から、人事院勧告が実施されなかったことは、非現業公務員にとって著しく不合理・不公平である旨主張する。

確かに、証拠(甲190、203、205、225、370、429、証人大出俊、同鷲見友好)によれば、三公社五現業職員に対する昭和五七年度の右仲裁裁定は、平均八九五七円(4.60パーセント)であり、期末手当のいわゆるはね返り分を除いて、完全実施されたことが認められる。

三公社五現業の職員と非現業国家公務員との間でこのような格差が生じたのは、仲裁裁定には政府の実施努力義務及び国会承認制度に関する規定(国営企業労働関係法(旧公労法も同じ。)三五条、一六条)が設けられていること等の理由によるものと窺われるが(なお、仲裁裁定の完全実施は昭和三二年度から続いている。)、「未曾有の危機的な財政事情」を理由に昭和五七年度の人事院勧告の実施を見送りながら、赤字経営を続けていた旧国鉄(略称)等の職員を含む三公社五現業の職員全体について一律に仲裁裁定を実施した点は、財政上の観点から見る限り、不公平の感を否めない。しかし、このことは、現業の国家公務員と対応関係にない控訴人ら地方公務員にとっては、間接的な事情にすぎない。それに、本来、主張立証はないが、国労法(旧公労法)と同旨の規定を持つ地方公営企業労働関係法による熊本県経営企業の職員と県職員の給与について、仮に昭和五七年度に前同様の格差が生じたとしても、よって立つ基盤の異なる両者間の格差の存在をもって、被控訴人の裁量権の行使を不当とすることはできない。

また、証拠(右掲記のものの外、甲204)によれば、昭和五七年度における民間主要企業二八八社の春闘妥結平均額は一万三六一三円(賃金引上げ率7.01パーセント)であったことが認められるが、民間企業の賃金引上げの状況は、公務員給与の改定を検討する場合の基礎資料となり得るにとどまり、右検討の結果による人事院勧告の不実施が適法である以上、裁量権行使の不当性を基礎付ける事実として取り上げることはできない。

(二) 本件ストライキの目的、動機、態様及び影響について

(1) 本件ストライキは、前記のとおり、県下教職員のうち四四五三人(管理職員等を除く教職員総数の約三〇パーセント)が、勤務開始時から二時間(定時制高校では勤務終了前一時間)勤務を放棄したものであり、弁論の全趣旨によれば、後記試験の開始が二時間遅れたことを除いて、特に職場の混乱はなかったことが認められる。

しかし、本件ストライキが、全体として平穏に実施されたとしても地公法に反する争議行為であることに変りはなく、職務専念義務(地公法三五条)に反するものである以上、右態様をもって控訴人らに有利な事情として考慮することはできない。

(2) また、証拠(甲289、294、304、451の1、452の1、453の1、454の1、455の1、456の1、証人草野誠彌、同渡邉剛、控訴人高木正博、同田崎典夫、同樋口輝幸、同村下洋一、同吉岡威夫)によれば、本件ストライキの参加者のうち、当日授業を行う予定のあった者は、それまでに自習計画を作成したり、自習課題を児童・生徒に与えたりするなどの対策を講じ、本件ストライキによる弊害の防止に努めたこと、高校では、当日県下一斉テストが予定されており、本件ストライキにより全体の実施が二時間遅れたが、無事終了したこと、定時制高校では、既に冬休みに入っていたため、生徒への直接的な支障はなかったこと、本件ストライキに対し、児童・生徒又はその父母らによる批判は格別なかったことが認められる。

しかし、職員による本件ストライキにより、学校教育の正常な運営が阻害され、公立学校の児童・生徒が短時間とはいえ教育を受ける権利を侵害されたことは明らかであり、外見上の支障が見られないからといって、児童・生徒の心神の健全の育成に及ぼす教育上の影響がなかったと断定することはできない。

(三) 本件処分の苛酷性の有無について

(1) 控訴人らは、懲戒処分には昇給時期の延伸が伴い、本件ストライキに対する処分としては著しく過酷なものである旨主張するところ、証拠(甲251、257、258、451の1、2、452の1、2、453の1、3、454の1、2、455の1、2、456の1、2、証人高山三雄)によれば、熊本県においては、次期昇給起算日から最短の次期昇給予定日の前日までに停職、減給又は戒告の処分があった者については、勤務成績の証明が得られないものとして取り扱われ、その結果、懲戒処分には昇給時期の延伸が伴うことになること、控訴人らの試算では、期末勤勉手当のカットや退職手当及び年金の減額分を加えて、四〇歳の教員が三か月間昇給を延伸されたとした場合、単年度で約五万三〇〇〇円、六〇歳までの累計額として合計約一〇六万円(定期昇給を除いた場合)の各損失が算出されること、本件処分は、昭和天皇の崩御に伴う大赦令及び復権令の交付施行により、将来に向ってその懲戒が免除されたが、平成元年二月一四日付けの文部省教育助成局長の通知(昭和天皇の崩御に伴う職員の懲戒免除等について)により、懲戒処分に伴い昇給が延伸された者の給与上の取扱いについては、一切影響を与えないものとされたため、控訴人らに対する昇給延伸の効果は存続していることが認められる。

しかし、右のような不利益は、懲戒処分を受けた職員一般に適用される人事又は給与上の措置であり、控訴人らは、本件ストライキが違法であることは承知しており、事前にその旨の警告も受けていたのであるから、昇給延伸及びこれに伴う不利益を受けたことをもって、本件処分自体が著しく苛酷であると認めることはできない。

(2) また、証拠(247、248、証人中小路清雄)によれば、本件ストライキ当日には、日教組のほか、公務員共闘傘下の各単産において同一目的のストライキが実施されたが、これによる懲戒処分やその後の実損回復の状況は単産によって異なること、日教組については、参加組合員中約四万六〇〇〇人が懲戒処分を受けており、その中でも、各都道府県によって処分を受けた者の数が異なることが認められる。

しかし、懲戒権者は、当該懲戒処分の対象者について、諸般の事情を考慮して懲戒処分をすべきかどうかを決定するのであって、他の都道府県や国家公務員の処分状況によって裁量権の行使が左右されるものではないから、右のような差異が生じたからといって、そのことを本件処分の裁量権の濫用と結びつけるのは失当である。

3 以上のとおり、人事院・県人事委員会の給与勧告を巡る状況、本件ストライキの実施に至った経緯、目的、動機、態様及び影響等の各事情に、本件処分が懲戒処分の中で最も軽い戒告に止まっていることを考え併せると、人事院勧告の不実施という異例の事態の中で本件ストライキが行われたことを考慮しても、被控訴人の裁量権行使に基づく本件処分が社会通念上著しく妥当性を欠くものと認めることはできない。

以上の理由により、控訴人らの裁量権濫用の主張は採用することができない。

第四  結論

よって、控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからいずれも棄却することとし、控訴費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条一項、六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小長光馨一 裁判官小山邦和 裁判官石川恭司)

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