福岡高等裁判所 平成6年(ネ)1070号 判決 1996年7月31日
原審昭和六〇年(ワ)第五八〇号事件
一審原告
今田智明
外二八名
原審昭和六〇年(ワ)第五八一号事件
一審原告
享保衛
原審昭和六一年(ワ)第二四七号事件
一審原告
石川シズエ
外二名
右三三名訴訟代理人弁護士
森永正
同
浅井敬
同
石井精二
同
小野正章
同
古原進
同
小林清隆
同
國弘達夫
同
熊谷悟郎
同
塩塚節夫
同
柴田國義
同
高尾實
同
龍田紘一朗
同
中村尚達
同
中村照美
同
福崎博孝
同
松永保彦
同
水上正博
同
山田富康
同
山元昭則
同
横山茂樹
同
小林正博
同
原章夫
同
吉田良尚
同
河西龍太郎
同
東島浩幸
同
本多俊之
同
宮原貞喜
同
諌山博
同
稲村晴夫
同
岩城邦治
同
江上武幸
同
角銅立身
同
椛島敏雅
同
下田泰
同
立木豊地
同
馬奈木昭雄
同
三浦久
同
村井正昭
同
山本一行
同
小宮学
同
吉田孝美
同
鍬田万喜雄
同
千場茂勝
同
小野寺利孝
同
土田庄一
同
鈴木剛
同
山下登司夫
同
安江祐
同
山本高行
弁護士森永正訴訟復代理人弁護士
井上博史
同
小野寺信一
一審原告佐藤郁雄訴訟代理人弁護士
深堀寿美
同
横山聡
同
伊藤誠一
同
荒木貢
同
原田直子
同
松岡肇
原審全事件
一審被告
日鉄鉱業株式会社
右代表者代表取締役
吉田純
右訴訟代理人弁護士
山口定男
同
関孝友
同
三浦啓作
同
松崎隆
同
奥田邦夫
主文
一 左記1(1)ないし(6)記載の一審原告らの各控訴に基づき、原判決主文第一、二項中同一審原告らに関する部分を次のとおり変更する。
1 一審被告は、
(1) 一審原告本田基子に対し金一二六五万円、同岩崎寛子、同本田省三、同本田裕二、同本田洋一に対し各金三一六万二五〇〇円、及び、各金員に対する昭和六一年一一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員、
(2) 一審原告山元タエ子に対し金一二六五万円、同山元陽一郎、同山元紀子、同秦美奈子、同山元裕恵に対し各金三一六万二五〇〇円、及び、各金員に対する前同日から支払済みまで前同割合による金員、
(3) 一審原告宇都重徳、同大田利守雄、同斧澤正德、同佐藤郁雄、同原三作、同堀川武治、同本田勝雄、同溝田勝義、同宮崎貞雄、同山口庫松、同享保衛に対し各金二五三〇万円、及び、各金員に対する前同日から支払済みまで前同割合による金員、
(4) 一審原告廣瀬邇、同宮谷春松に対し各金一九八〇万円、及び、各金員に対する前同日から支払済みまで前同割合による金員、
(5) 一審原告石川シズエに対し金七二六万円、同鴨川勝子、同橋川まり子に対し各金三六三万円、及び、各金員に対する昭和六一年一一月二一日から支払済みまで前同割合による金員、
(6) 一審原告今田智明に対し金一六五〇万円及びこれに対する昭和六一年一一月五日から支払済みまで前同割合による金員、
をそれぞれ支払え。
2 右一審原告らのその余の請求を棄却する。
二 一審原告河野左郷、同田中豊、同宮崎正司、同山口惣次郎、当審訴訟承継人松島洋子、同大渡忠の本件各控訴を棄却する。
三 一審被告の控訴を棄却する。
四 当審における訴訟承継に基づき原判決主文第一項中一審原告亡大渡貞夫に関する部分を次のとおり変更する。
一審被告は当審訴訟承継人松島洋子、同大渡忠に対し各金七七〇万円、及び、右各金員に対する昭和六一年一一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 訴訟の総費用中、第一項記載の一審原告らと一審被告との間に生じたものは、第一、二審ともこれを三分し、その一を一審原告らの負担とし、その余を一審被告の負担とし、当審における訴訟費用中、第二項記載の一審原告ら及び当審訴訟承継人らの控訴費用は同人らの負担とし、一審被告の控訴費用は一審被告の負担とする。
六 この判決の主文第一項は同項記載の一審原告らに関する原判決別紙一「原告別認容金額一覧表」の「仮執行認容額」欄記載の各金額を超える部分につき、仮に執行することができる。
七 原判決主文第一項中この判決の主文第二項記載の一審原告ら及び一審原告亡大渡貞夫(本判決主文第四項のとおりに変更されている。)に関する各部分は、同一審原告らに関する原判決別紙一「原告別認容金額一覧表」の「仮執行認容額」欄記載の各金額を超える部分につき、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 平成七年(ネ)第一二〇号事件の控訴の趣旨
1 原判決を次のとおり変更する。
2 一審被告は、一審原告亡大渡貞夫の当審訴訟承継人松島洋子、同大渡忠に対し各金一六五〇万円及び右各金員に対する昭和六一年一一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 一審被告は、一審原告本田基子に対し金一六五〇万円、同岩崎寛子、同本田省三、同本田裕二、同本田洋一に対し、各金四一二万五〇〇〇円及び右各金員に対する昭和六一年一一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 一審被告は、一審原告山元タエ子に対し金一六五〇万円、同山元陽一郎、同山元紀子、同秦美奈子、同山元裕恵に対し、各金四一二万五〇〇〇円及び右各金員に対する昭和六一年一一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 一審被告は、一審原告石川シズエに対し金一一〇〇万円、同鴨川勝子、同橋川まり子に対し、各金五五〇万円及び右各金員に対する昭和六一年一一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
6 一審被告はその余の一審原告らに対し、各金三三〇〇万円及び右各金員に対する昭和六一年一一月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
7 訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。
8 仮執行宣言
(右2は、当審における一審原告大渡貞夫の死亡による訴訟承継により、請求の趣旨が変更されたものである。なお、以下において、特に断らない限り、訴訟承継人松島洋子、同大渡忠を便宜上、「一審原告」と表示することがある。)
二 平成六年(ネ)第一〇七〇号事件の控訴の趣旨
1 原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。
2 一審原告らの請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも一審原告らの負担とする。
第二 事案の概要
一 本件は、一審被告が経営していた長崎県西彼杵郡伊王島等所在の各炭鉱の従業員として炭鉱労働に従事し、じん(塵)肺に罹患した者又はその相続人としての一審原告らから一審被告に対する雇用契約に基づく安全配慮(健康保持)義務の不履行に基づく損害賠償請求事件につき、原審がその一部を認容し、その余を棄却したのに対し、一審原告ら、一審被告の双方が不服を申立ている控訴事件である。
二 争いのない事実等
1 当事者
当裁判所も、次のとおり、付加、訂正するほかは、当事者につき、原審と事実の確定を同じくするから、原判決「事実及び理由」中その説示(原判決四頁四行目から七頁一〇行目まで)を引用する。
(1) 原判決四頁八行目から九行目にかけての「(以下「嘉穂長崎鉱業」という。)」を「(以下「嘉穂長崎鉱業」という。なお、嘉穂長崎鉱業は、昭和二八年二月、嘉穂鉱業株式会社と長崎鉱業株式会社が合併した会社である。)」と改める。
(2) 原判決七頁九行目の末尾に改行して次のとおり加える。「(4) 一審原告大渡貞夫は、平成七年二月一八日死亡した。当審訴訟承継人松島洋子、同大渡忠は、貞夫の子である(弁論の全趣旨。なお、貞夫の死亡の事実については当事者間に争いがない。)。」
(3) 原判決七頁一〇行目の「一三名」を「一五名」と改める。
2 一審原告ら元従業員が就労した各炭坑の概要
一審原告ら元従業員が就労した伊王島鉱業所伊王島坑、北松鉱業所御橋鉱、同池野鉱、同神田鉱、同矢岳鉱、同小佐々坑、二瀬鉱業所高雄二坑の概要についての判断は、原判決「事実及び理由」中その説示(原判決七頁末行から一三頁四行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
3 一審原告ら元従業員のじん肺法等に基づく行政上の決定原判決が「一審原告ら元従業員のじん肺法等に基づく行政上の決定」の認定に供した証拠(一三頁一〇行目から一四頁五行目までに掲記の証拠)に当審で提出された証拠(甲第一一〇二号証の八、第一一〇七号証の九、一一、第一一一二号証の一三、第一一一三号証の九、第一一二〇号証の一一)を加えると、一審原告ら元従業員のじん肺法等に基づく行政上の決定に関し、次の事実が認められる。
(1) 亡石川清文を除く一審原告ら元従業員は、それぞれ、じん肺法(昭和三五年三月三一日法律第三〇号。以下「旧じん肺法」という。)又は労働安全衛生法及びじん肺法の一部を改正する法律(昭和五二年七月一日法律第七六号)によって改正されたじん肺法(以下「改正じん肺法」という。)に基づき、本判決別紙二「管理区分行政決定経過一覧表」記載のとおりの行政上の決定を受けた。
(2) このうち、原審口頭弁論終結時の一審原告ら元従業員の管理区分は原判決別紙三「管理区分行政決定経過一覧表」記載のとおりである。
(3) また、原審口頭弁論終結後に管理区分等が進行した一審原告ら元従業員の管理区分を抽出したのが本判決別紙三「原判決後に管理区分が進展した者の管理区分行政決定経過一覧表」記載のとおりである。即ち、一審原告宇都重徳は原判決後の平成七年四月四日管理四、同佐藤郁雄は同年一二月二七日管理四、同廣瀬邇は同年七月三日管理三イ合併症(続発性気管支炎)、同堀川武治は同年一〇月一八日管理四、同山口庫松は同年一一月二一日管理四の行政上の決定を受けた。
(4) この結果、当審口頭弁論終結時における一審原告ら元従業員の管理区分は本判決別紙二「管理区分行政決定経過一覧表」記載のとおりとなった。
なお、亡石川清文が改正じん肺法等に基づく行政上の決定を受けていないことは当事者間に争いがない。そして、当裁判所は、後に説示するとおり、亡石川清文のじん肺の重症度は管理三イ(合併症有り)相当であったと認定するものである。
(5) 右認定事実に基づき、一審原告ら元従業員二二名の管理区分の進行状況を、① 一審原告らの最終の訴え提起時、② 原審口頭弁論終結時、③ 当審口頭弁論終結時に区分して数字的に見てみると、次のとおりとなる(この関係では、亡石川清文を管理三イ合併症有りとして算出した。)。
① 一審原告らの最終の訴え提起時(昭和六一年六月)
管理四 六名
管理三ロ 一名(合併症有り)
管理三イ 二名(うち一名合併症有り)
管理二 一三名(うち一名合併症有り)
② 原審口頭弁論終結時(平成六年五月)
管理四 九名
管理三イ 五名(うち二名合併症有り)
管理二八 名(うち一名合併症有り)
③ 当審口頭弁論終結時(平成八年三月)
管理四 一三名
管理三イ 四名(うち三名合併症有り)
管理二 五名(うち一名合併症有り)
(6) 右認定事実に基づき、訴え提起の時点で管理二、管理三の決定を受け合併症のなかった者(単純管理二、管理三)に注目してみると、単純管理二の者一二名、単純管理三の者一名の合計一三名であり、当審口頭弁論終結時までに、単純管理三の者一名の管理区分に進展はなかったが、単純管理二の者のうち六名が管理四に進展し、二名が管理三に進展していることが明らかであり、後示のじん肺の進行性の特質を如実に物語っている。このことは、単純管理二、管理三の決定を受けた者の損害の評価にあたり、これらの者のじん肺症の程度を軽視できないことを意味しているというべきである。
三 争点
争点に関する当事者の主張は、損益相殺、慰謝料算定の事情に関する当審における一審被告の主張として、原判決五六頁七行目の末尾に改行して、次のとおり加え、争点に対する判断の過程において摘示するほかは、原判決「事実及び理由」中のその記載(原判決一四頁九行目から五七頁五行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
「原審口頭弁論終結後の経過を踏まえた一審原告ら元従業員又は遺族が受給する労災保険受給金は、本判決別紙「労働災害保険給付個人別受給額計算表(1)ないし(4)」(計算根拠は本判決別紙「労災保険受給額の計算」による。)記載の既受領額及び同表記載の将来受領額のとおりであり、同表記載の「一審原告ら元従業員」欄記載の各元従業員の損害からそれぞれ損益相殺として控除されるべきである。また、右各受給金額は、既受領額、将来受領額の双方につき、慰謝料額算定の際十分に斟酌されるべきである。」
第三 証拠
証拠関係は、記録中の原審・当審の各証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 争点に対する判断
一 争点1(一審被告の健康保持義務あるいは安全配慮義務の具体的内容)について
当裁判所も、一審被告が負担する安全配慮義務及びその具体的内容についての事実上及び法律上の判断を同じくするから、原判決「事実及び理由」中その説示(原判決五七頁八行目から一五八頁六行目まで)を引用する(但し、原判決一五六頁五行目の「中食事発破」を「中食時発破」と、一五八頁三行目の「補償制度にに」を「補償制度に」と改める。)。
二 争点2(一審被告の安全配慮義務違反の有無等)について
当裁判所も、一審原告ら元従業員の従事した本件各炭坑における掘進、採炭、仕繰、坑内運搬等の坑内作業、選炭作業の各作業から発生する粉じんの吸入によるじん肺の罹患を回避するためには、適切な防じん措置等の実施が不可欠であるところ、一審被告には、発じん抑制(散水、さく岩機の湿式化等)、粉じん曝露回避措置(坑内通気、防じんマスク、発破作業)、健康管理(健康診断、作業転換)、じん肺教育等の面における安全配慮義務の不履行があり、一審原告ら元従業員は一審被告の右安全配慮義務の不履行に因り大量の粉じんを吸入し、じん肺に罹患したというべきであり、また、一審被告の右安全配慮義務の不履行は、少なくとも過失、昭和二五年以降は重大な過失に基づくものであり、一審被告には右安全配慮義務に基づく結果回避措置の期待可能性の不存在等の有責性の不存在事由は認められないと判断する。その理由は、次のとおり改めるほか、原審と事実の認定及びこれに基づく判断を同じくするから、原判決「事実及び理由」中その説示(原判決一五八頁八行目から二四六頁二行目まで)を引用する。
1 原判決一六八頁九行目の「炭則一四一条六号」を「炭則一四一条五号」と改める。
2 作業転換に関する説示の一部である原判決二二八頁六行目から二三〇頁五行目までの全文を次のとおりに改める。
「しかしながら、一審被告が作業転換を打診しても、これに応じない従業員が少なくなく、現実に作業転換されたのは、その必要性が認められるじん肺罹患者のうちの一部にすぎなかった。
粉じん作業に従事する労働者の非粉じん作業への作業転換は、不可逆性という特性を有するじん肺のより以上の進展を防止するという観点から、最も基本的、かつ効果的な健康管理のための措置とされている。このような観点から、作業転換を積極的に推進すべきであるが、種々の社会的阻害要因も多く、特に、作業転換は、労働者に対し職業の変更、賃金の変更等重大な影響を及ぼすことがあるので、その実施にあたっては画一的にならないよう、あくまで個々の労働者の具体的条件に即して当該労働者と十分話合いの上、行うべきものとされている(例えば、けい特法案要綱に対するけい肺審議会は「けい肺にかかった者の作業転換を行うに当たっては、その保護措置が十分でないのでこれが当該労働者の将来に重大な影響をもつことに鑑み、これが方策を確立し、強制にわたることなく、労使の十分な了解によって円満に実行せらるよう配慮すること。」と答申し(乙三五六号証)、労働省労働基準局長は各都道府県労働基準局長に対し、けい特法八条に基づく作業転換の勧告に関し、「作業転換勧告は労働者及びその使用者双方とも合意の上、当該労働者が当該事業所内において粉じん作業以外の適当な作業につくことを了承している場合に限り勧告することとされたい。」と通達している(乙一三九号証))。一審被告の従業員中にも、一審被告の作業転換の勧告にもかかわらず、作業転換に伴う収入の減少という経済的事情等から作業転換を拒否する者も多くいたものと窺える。一審被告は、このような事実的、制度的、社会的背景のもとに、従業員が作業転換を拒否した以上、一審被告に安全配慮義務の不履行はない旨主張する。しかし、ここで問われているのは、作業転換が実現しなかったこと自体の違法性の有無ではなく、作業転換の実現に向けての作業の過程における信義則上の配慮の欠如の有無であるから、このような観点からは、労使双方がじん肺の病状の特質、当該労働者の健康状態等を的確に把握した上で、十分な交渉を持つべきであるというべきところ、一審被告は作業転換事情聴取書に旧じん肺法に基づく管理三の決定を受けた者を「健康」と記載していることからも窺えるように、作業転換に向けての作業過程において当該労働者の健康状態等の把握の努力に欠けていたというほかなく、ひいては作業転換の措置が十分に機能しなかったというべきであり、この面でも一審被告に安全配慮義務の履行において不十分であったことが明らかである。」
三 争点3(一審原告ら元従業員の損害)について
一審原告ら元従業員は、一審被告の安全配慮義務の不履行によって、じん肺に罹患したのであるから、一審被告は右じん肺罹患に因って一審原告ら元従業員に生じた損害を賠償する義務を負うところ、当裁判所も、次のとおり、付加、訂正するほかは、一審原告ら元従業員の損害の算定に関する事項(じん肺の病像、じん肺の健康管理区分決定手続、一審原告らの請求の理解、一審原告ら元従業員の健康被害、慰謝料算定の事情等)につき、原審と事実の認定及びこれに対する判断を同じくするから、原判決「事実及び理由」中その説示(原判決二四六頁四行目から三二四頁一行目まで)を引用する(但し、原判決二五六頁一行目の「免疫能の低下」を「免疫機能の低下」と、三〇四頁末行の「経済的困窮ついては、」を「経済的困窮については、」と、三一五頁九行目の「機能」を「希望」と、それぞれ改める。)。
1 慰謝料算定の事情に関し、原判決二七一頁四行目から八行目までの全文を次のとおりに改める。
「しかし、一審原告らの提訴の様式及び意向を慰謝料の算定における一事情として考慮するのは、主として本件損害賠償請求の根拠事実であるじん肺の病像が不可逆的で進行性の性質を有するとされているのに、これを事実審の口頭弁論終結時点におけるじん肺症の経過及び症状の程度に応じて慰謝料額を算定せざるを得ないことに依拠するものであって、もとより、慰謝料としての賠償の中に、実質的には逸失利益の賠償を取り込むことを意味するものではない。そうすると、一審原告ら元従業員又は遺族一審原告らが、逸失利益の賠償の性質を有する労災保険法等による保険給付を受けている場合にも、その事実を慰謝料の算定に際し考慮に入れるにしても、これを過大に評価することは相当でない。」
2 原判決後の状況を加味した一審原告ら元従業員の健康被害等について、次のとおり、原判決の認定に付加し、訂正する。
(1) 原判決二八〇頁四行目の末尾に改行して「一審原告今田智明は、更に、息切れ、咳の程度の悪化を訴えている(甲一一〇一号証の七)が、右認定と大きな変化は認められない。」を加える。
(2) 原判決二八〇頁一〇行目の末尾に改行して「一審原告宇都重徳は、更に、息切れの程度の悪化を訴え、平成七年四月には、エックス線写真像第1型、著しい肺機能障害があるとして管理四の決定を受けた(甲一一〇二号証の八、九、当審における検証)。」を加える。
(3) 原判決二八一頁八行目の末尾に改行して「一審原告大田利守雄は、息切れ、咳の程度の悪化を訴えている(甲一一〇三号証の一二、当審における同本人尋問の結果、当審における検証)が、右認定と大きな変化は認められない。」を加える。
(4) 一審原告亡大渡貞夫のじん肺の経過及びじん肺の程度等に関し、原判決二八一頁一〇行目から二八三頁三行目までの全文を次のように改める。
「一審原告亡大渡貞夫(大正一一年三月生)は、被告退職後、昭和四七年七月ころから同四八年四月ころまで、三菱重工の下請企業で稼働していたが、肺結核に罹患したため、その後は稼働せず、同五一年三月から約一〇か月は、肺結核のため入院していた。同五四、五年ころ、咳や痰がよく出て、坂道等で息切れがするようになり、同五六年には、肺の切除手術を受けた。同五七年一〇月に、エックス線写真像第1型で、肺結核に罹患しているとして管理二・要療養の決定を受けた(したがって、同四八年ころから罹患していた結核は、じん肺の合併症であったと推認される。)。その後、平成二年二月ころに管理二・肺結核治癒・療養不要とされたが、同四年一〇月二二日から国立療養所長崎病院に、じん肺結核、結核性胸膜炎等により入院し、肺結核の合併症により再び要療養の決定を受けた。その間、肝臓の検査のため長崎大学付属病院に入院したこともあった。自覚症状としては、咳、痰、体力低下等がある(なお、平成三年六月ころから生じているという手足の痺れは、糖尿病が原因であると推認され、じん肺に起因するものとは認められない。)。一審原告亡大渡貞夫は、平成七年二月一八日、入院先の国立療養所長崎病院において、肝細胞癌に因り死亡した。肝細胞癌発病から死亡までの期間は一年二月とされている。死亡とじん肺、じん肺合併肺結核との因果関係は認められないが、じん肺結核、結核性胸膜炎等により入院治療中に、肝細胞癌が発病しており、一層の困難を増したものと推認できる(甲一一〇四号証の一ないし一四)。」
(5) 原判決二八四頁四行目の末尾に改行して「一審原告斧澤正德は、更に、息切れ、咳の程度の悪化を訴えている(甲一一〇五号証の二一)が、右認定と大きな変化は認められない。」を加える。
(6) 原判決二八五頁六行目の末尾に改行して「一審原告河野左郷は、更に、息切れ、咳の程度の悪化や、風邪をひきやすくなったと訴えている(甲一一〇六号証の九)が、右認定と大きな変化は認められない。」を加える。
(7) 原判決二八六頁三行目の末尾に改行して「一審原告佐藤郁雄は、更に、息切れの程度の悪化を訴え、平成七年一二月には、エックス線写真像第1型、著しい肺機能障害があるとして管理四の決定を受けた(甲一一〇七号証の七、一一)。」を加える。
(8) 原判決二八七頁一行目の末尾に改行して「一審原告田中豊は、更に、息切れ、痰、動悸、胸痛の程度の悪化等を訴えている(甲一一〇八号証の四)が、右認定と大きな変化は認められない。」を加える。
(9) 原判決二八七頁一〇行目の末尾に改行して「一審原告原三作は、更に、息切れ、痰、動悸、胸痛の程度の悪化、不眠、疲労、チアノーゼの出現等を訴え、石段を踏み外す転倒事故により負傷する等(甲一一一一号証の二一、)、日常生活における困難の増大が認められる。」を加える。
(10) 原判決二八八頁八行目の末尾に改行して「一審原告廣瀬邇は、更に、咳、痰、息切れの程度の悪化を訴え、平成七年七月には、エックス線写真像第2型、肺機能障害があるとして管理三イ、続発性気管支炎の合併症により要療養の決定を受けた(甲一一一二号証の一三、当審における同本人尋問の結果)。」を加える。
(11) 原判決二八九頁五行目の末尾に改行して「一審原告堀川武治は、更に、咳、胸痛の程度の悪化を訴え、平成七年一〇月には、エックス線写真像第1型、著しい肺機能障害があるとして管理四の決定を受けた(甲一一一三号証の九ないし一一)。」を加える。
(12) 原判決二九〇頁三行目の末尾に改行して「一審原告本田勝雄は、更に、咳、痰の程度の悪化を訴え、心臓発作の不安を抱いている(甲一一一四号証の一三)。」を加える。
(13) 原判決二九一頁二行目の末尾に「故昌幸の死は、じん肺に起因するものとして行政認定を受けている(弁論の全趣旨)。」を加える。
(14) 原判決二九一頁末行の末尾に「一審原告溝田勝義は、更に、呼吸困難、咳、痰の程度の悪化を訴え(甲一一一六号証の一一、当審における検証)、日常生活における困難の増大が認められる。」を加える。
(15) 原判決二九二頁八行目の末尾に「一審原告宮崎貞雄は、更に、呼吸困難、咳、痰の程度の悪化を訴え(甲一一一七号証の二三)、日常生活における困難の増大が認められる。」を加える。
(16) 原判決二九三頁四行目の末尾に「一審原告宮崎正司は、更に、坂道での呼吸困難、咳、痰の程度の悪化を訴えているが(甲一一一八号証の六)、右認定と大きな変化は認められない。」を加える。
(17) 原判決二九四頁七行目の末尾に「一審原告宮谷春松は、更に、坂道での呼吸困難、咳の程度の悪化、気胸の発作の不安を訴え(甲一一一九号証の六)、日常生活における困難の増大が認められる。」を加える。
(18) 原判決二九四頁九行目から二九五頁四行目までの全文を「一審原告山口庫松は、一審被告を定年退職後、昭和五五年ころまで、機械組立修理に従事したり、造船所の下請業者で稼働していたが、同四五年ころから、咳や痰が出て、息切れを感じるようになり、同六一年七月、エックス線写真像第1型、肺機能障害ありとして管理二の決定を受け、同六二年八月に同じくエックス線写真像第1型、肺機能障害ありとして管理二の決定を受け、更に、呼吸困難、咳、痰の程度の悪化を訴え、平成七年一一月には、エックス線写真像第1型、著しい肺機能障害があるとして管理四の決定を受けた(甲一一二〇号証の四、七、一一、一二)。」と改める。
(19) 原判決二九六頁二行目の末尾に改行して「一審原告山口惣次郎は、更に、咳、息切れの程度の悪化、歩行時の呼吸困難を訴え、平成七年一一月には、管理三の認定申請をしているが、未だ決定を受けるに至っていない(甲一一二一号証の八)。」を加える。
(20) 一審原告亡山元秋夫の死亡とじん肺の因果関係に関する原判決二九七頁九行目から二九八頁三行目までの全文を次のとおりに改める。
「右認定事実、甲一一二三号証の一六、弁論の全趣旨を総合すると、一審原告亡山元秋夫のじん肺は、エックス線写真像第4型、著しい肺機能障害の有る管理四であり、じん肺症の経過及び症状の程度は重症であったが、なお、十分余命を残した程度のものであり、肝腫瘍診断時点での状態は単発性であり、手術可能な程度のものであったこと、気胸の再発の繰り返しによる著しい肺機能低下があり、全身麻酔での肝腫瘍手術は不可能であったこと、肝腫瘍診断時に手術が実施されていた場合、肝腫瘍が完治したか否かは不明であるが、なお延命の余地があったことが推認され、これらの事実によると、一審原告亡山元秋夫は、重症のじん肺症にじん肺とは関連のない機序で発生した肝腫瘍が共同原因となって死亡するに至ったと認められる。」と改める。
(21) 原判決二九九頁末行の末尾に改行して「一審原告享保衛は、更に、体動時の呼吸困難、咳の程度の悪化を訴え、酸素吸入器の常時使用を余儀なくされ(甲一二〇一号証の二四、当審における検証)、日常生活における困難の増大が認められる。」を加える。
(22) 亡石川清文のじん肺の経過及び程度に関する原判決三〇〇頁二行目から三〇三頁九行目までの全文を次のとおりに改める。
「亡石川清文(大正二年二月生)は、昭和三二年ころから、咳が出て、風邪に罹患しやすくなり、同三七年七月に一審被告を退職して後は、呼吸困難のため稼働していなかった。同五〇年ころ、保健所の胸部検診を受け、再検査を勧められたが、これを受診せずにいたところ、同五一年五月末、旅行後に体調を崩し、同年六月四日、喘鳴、咳、喀痰を訴えて医師の診察を受け、じん肺症と診断され、翌五日、江迎病院に転院、呼吸困難、発熱等により入院、酸素吸入等の治療を受けた。しかし、呼吸困難、発熱が継続し、笛声音、ラッセル音が認められるようになり、同月一五日には、突然血を吐いて、血圧が低下、貧血症状が著明になり、全身が衰弱した。同月一七日には血便多量となり、意識混濁状態に陥り、下血が続いたため、このころ消化管出血と診断され、同月一九日午前三時ころから呼吸困難、下血等症状が悪化し、同月二〇日、消化管出血及び喀血による心不全により死亡した。この間、亡石川清文の症状は、明らかにじん肺症であると診断されたが、症状が重篤であったため、心肺機能検査の実施は不可能とされ、症状が落着いた後に実施されることになっていたところ、同人の死亡により、心肺機能検査は、結局、実施されなかった。
同人の治療にあたった医師は、エックス線写真において、全肺野に結節性陰影散布、右肺野全般に点状ないし斑状陰影散布が認められ、肺紋理が著明に増強し、胸水もたまっていたこと、呼吸異常があったこと等から、同人は明らかにじん肺に罹患しており(なお、肺性心は認められなかった。)、結核にも罹患していると判断し、同人の死亡は、じん肺有所見者が気道感染により、呼吸困難等の症状を起こし(喀血、血痰)、なんらかの原因により消化管出血(出血場所は不明)あるいは肺動脈破じょう等のいずれかにより死亡したものと考えられ、じん肺結核兼結核性肋膜炎にて喀血あるいは上部消化管出血による呼吸不全、心不全を起こしたものであると判断した。
しかし、労災保険審査手続において意見を述べた医師は、じん肺(エックス線写真像第2型)や結核への罹患は認められるものの、直接死因は消化管出血からの吐血であり、その原因がじん肺と関係があるかどうかは定めがたいとするものやこれを否定するものがあった。他方、消化管潰瘍や癌の可能性が否定できないが、その予後不良にじん肺症状が影響していると考えられるので、直接死因にじん肺も寄与しているとの意見や、慢性気管支炎や肺気腫及びじん肺に罹患している者は、出血等を起こすような重篤な消化性潰瘍あるいは広汎な消化管出血を発生しやすいのであり、同人の死亡はじん肺症及びこれと密接な因果関係のある消化管出血によるものであるとの意見も示された。
以上によると、同人は、死亡の当時、管理三イに相当する程度のじん肺に罹患しており、合併症である結核に罹患していたと認められるから、同人のじん肺症の程度は、管理三イ・要療養の決定を受ける程度にあったとするのが相当である。この点につき、同人の遺族である一審原告石川シズエ、同鴨川勝子、同橋川まり子は、当審において、亡石川清文のじん肺の程度は管理四相当と評価すべきである旨主張するが、同人については心肺機能検査が行われていないので、管理四相当と評価するに足りる資料はないというほかない。また、死亡原因である消化管出血とじん肺の因果関係を肯認するのは困難であり、したがって、同人の死亡がじん肺に起因するものと認めることは困難であるが、予後不良にじん肺症状が影響していることは否定し難い。」
3 一審原告ら元従業員の健康被害の程度の総括的評価に関する原判決三〇三頁一〇行目から三〇四頁一〇行目までの全文を次のとおりに改める。「(三) 前記(二)で認定した一審原告ら元従業員の個々の病状等及び前掲各証拠によると、一審原告ら元従業員のうち、じん肺に因り死亡した者の悲惨さ、管理四の重症度のじん肺に罹患した者、合併症に罹患した者らの被害の深刻さは言うに及ばず、そこに至らない者についても、その症状の程度に軽重はあるものの、咳、痰、呼吸困難等のじん肺の症状のために、外出することが容易ではなくなり、そのため、社会的な活動等を行うことが阻害され、日常生活においても、風邪等に罹患しないように注意を払うことを余儀なくされ、入浴も制限されるなど日常生活上種々の制約を受けている。また、これらの制約から、旅行に出たり、趣味を持つことも困難であり、煙草等の嗜好品についても制約を受けたために、精神的に豊かな生活を送ることができず、多大の苦痛を被ったばかりか、罹患した疾病が進行性であり、かつ、治癒することがないことからくる将来への不安も大きい。一審原告らの元従業員のじん肺症が、家族に多大の肉体的あるいは精神的負担を強いることからくる精神的苦痛も大きいというべきである。」
4 一審原告ら元従業員の健康被害の程度の総括的評価に関する原判決三〇五頁八行目から三一〇頁六行目までの全文を次のとおりに改める。
「(四)(1) ところで、前記3で認定したように、管理区分の決定は専門医によって慎重に行われること、肺機能検査の結果の判定も、肺機能検査によって得られた数値と基準値の対照、エックス線写真像、既往歴及び過去の健康診断の結果、自覚症状及び臨床所見等を含めて総合的に判断されていることからすると、右管理区分は健康管理のための行政上の区分ではあるけれども、じん肺罹患者の健康被害の程度を客観的に示すものとして、最も信用性の高いものということができる。
したがって、一審原告ら元従業員の具体的な病状が、各人が受けている管理区分の決定に相当するものより、一貫して、著しく軽い又は重いことを証する事実が認められない限り、各一審原告ら元従業員は、その属する管理区分に相当する健康被害を受けているというべきである。なお、合併症の罹患の有無は、当該罹患者が、合併症罹患により入院治療等を余儀なくされ、合併症に罹患していない場合よりも、種々の制約を受けるとの事実に照らし、健康被害の程度を大きくするものということができる。
(2) これを、亡石川清文を除く一審原告ら元従業員の各人についてみるに、前記(二)で認定したところによると、管理二の決定を受けている者のうち、亡大渡貞夫(死因の肝細胞癌とじん肺、じん肺合併肺結核との因果関係は認められない。)は、肺結核の合併症に罹患していたことから、他の者より健康被害の程度が大きく、他方、一審原告河野左郷、同宮崎正司は、管理区分の決定を受けて以来、現在まで、肺機能障害がほとんど認められない状態にあり、同じく管理二の決定を受けた同田中豊、同山口惣次郎に比べ、健康被害の程度は軽いということができる。
一審原告今田智明、同宮谷春松、同廣瀬邇は、管理三イの決定を受けているが、同宮谷春松は続発性気胸の合併症に、同廣瀬邇は続発性気管支炎の合併症に、それぞれ罹患しており、いずれも同今田智明よりも健康被害の程度が重いといえる。
一審原告宮谷春松、同廣瀬邇の健康被害は同程度と認められ、管理四の決定を受けている者よりも軽いということができる。
一審原告宇都重徳、同大田利守雄、同斧澤正德、同佐藤郁雄、同原三作、同堀川武治、同本田勝雄、同亡本田昌幸、同溝田勝義、同宮崎貞雄、同山口庫松、同亡山元秋夫、同享保衛の一三名は、管理四の決定を受けている。
じん肺症により死亡した同亡本田昌幸は、じん肺症も共同原因となって死亡した同亡山元秋夫については死亡という最大の被害が生じている。
一審原告亡山元秋夫は、管理四の重症のじん肺症に、じん肺とは関連のない機序で発生した肝腫瘍が共同原因となって死亡するに至ったのであるが、管理四の重症のじん肺症に因り死亡した亡本田昌幸の慰謝料額と異なる評価をすべき理由も見当たらない。
また、じん肺の前記病像にかんがみ、管理四のじん肺に罹患した者とじん肺症に因り死亡した者の慰謝料額は同一に評価するのが相当である。
なお、一審原告原三作と同宮崎貞雄は、旧じん肺法に基づき、管理四の決定を受けた者であるが、同人らは、右決定時、肺結核に罹患していなかったから、前記3(三)で認定したところに照らし、改正じん肺法に基づく管理四の決定を受けた者と異なるところがない。
(3) 管理区分の決定を受けていない亡石川清文については、管理区分の決定基準、他の患者との対比等により、その病状が、どの管理区分に相当するものかを認定することにより、健康被害の程度を決定するのが相当であるところ、先に認定したように、同人のじん肺症の程度は、管理三イに相当するものであり、かつ、肺結核の合併症に罹患していたのであるから、その健康被害の程度は、一審原告宮谷春松、同廣瀬邇と同程度であったと認められる(同人の死亡がじん肺症によるものと認められないことは、先に認定したとおりである。)。
(五)(1) 一審原告ら元従業員の本件口頭弁論終結時又は死亡時の健康被害の程度は以上のとおりであるが、管理二、管理三の有所見者、特に合併症がなく療養の必要性のない、いわゆる「単純管理二、管理三」の者についても、エックス線写真上じん肺所見があることは否定できないばかりか、そのことは肺の繊維増殖性変化の進行又は気道の慢性炎症性変化、気腫性変化を窺わせるに足りるものであり、かつ、じん肺の病像、なかんずく、その進行性の特質にかんがみると、一審原告ら元従業員が粉じん作業から離脱して相当期間経過した現時点においても、将来管理区分が上昇し、合併症を併発するおそれも極めて大きいといえる。このことは、先に説示した管理区分の進行状況に照らしてみても、本件一審原告らの中に、そのような経過を辿った者が少なくないことによっても、明らかである。そうすると、合併症のある管理二、管理三の決定を受けている者についてはもとより、単純管理二、管理三の決定を受けている者についても、更に進行する可能性のある疾病であることを、慰謝料算定の重要な要素として勘案し、相応の慰謝料額を算定するのが相当である。
もっとも、じん肺の進行性も決して無限ではなく、吸入された粉じんの質・量等により多様であり、個人の資質も影響するとされているのであるから、相当長期間、病状の進行が認められない場合に、進行の可能性が低下していると考えることも、あながち不当とはいえないこと、一審原告ら元従業員がじん肺症の故に今日までに受けた生活面での苦痛、精神的損害の程度も、基本的にはじん肺症の経過及びじん肺症の程度によって差異があるとみざるを得ないのであるから、管理区分の軽重、合併症の有無にかかわらず、一審原告らに一律に同額の慰謝料を算定すべきであるとする一審原告らの主張は合理性を欠くというべきであり、同一管理区分相互間にも合併症の有無、肺機能障害の有無により、相応の差異を認めるのが相当である。」
5 特に、単純管理二、管理三の者の評価に関し、原判決三一四頁二行目から一〇行目までの全文を次のとおりに改める。
「確かに、単純管理二、管理三の者、即ち、管理二、管理三の者で、合併症に罹患していない者の健康被害の程度は、管理四の決定を受けている者や要療養の決定を受けている者に比して軽度であり、これは先に認定説示したとおりである。しかしながら、単純管理二、管理三の者についても、エックス線写真上じん肺所見があることは否定できないばかりか、そのことは肺の繊維増殖性変化の進行又は気道の慢性炎症性変化、気腫性変化を窺わせるに足りるものであり、そこに健康被害のあることは明らかであり、このことは、じん肺の病状の進行性の特質にかんがみると、現時点では肺機能障害のほとんど認められない一審原告河野左郷、同宮崎正司についても、基本的には異ならない。そうすると、これらの者が、一見、日常生活上何らの支障がないかのようにみえたり、労働能力に影響を及ぼさないかのようにみえることがあったとしても、その健康被害を軽視することは許されない。一審被告は、単純管理二、管理三の者の評価に関し、これらの者には賠償すべき損害は発生していない旨原審以来一貫して強く主張しているが、到底これを採用することができない。また、労働災害補償制度が単純管理二、管理三の者を補償の対象外にしていることをもって、債務不履行による損害賠償の対象とならないとする一審被告の主張は、一定の範囲内で労働者や遺族の生活保障を図ることを目的として使用者に無過失の損害填補義務を認める労働災害補償制度と、労働災害に際して被災労働者が更に債務不履行による損害賠償を求める場合の損害の範囲を同一に論じるものであって不当であり、到底これを採用することができない。」
6 慰謝料算定の考慮事情に関し、原判決三一六頁四行目から一〇行目までの全文を次のとおりに改める。
「次に、一審原審ら元従業員のうち、要療養又は管理四の決定を受けた者(一審原告宇都重徳、同大田利守雄、同亡大渡貞夫、同斧澤正德、同佐藤郁雄、同原三作、同廣瀬邇、同堀川武治、同本田勝雄、同亡本田昌幸、同溝田勝義、同宮崎貞雄、同宮谷春松、同山口庫松、同亡山元秋夫、同享保衛)は、当該一審原審ら元従業員又はその相続人(遺族一審原告)が、それぞれの管理区分に相当する労災保険法及び厚生年金法上の保険給付を既に受給しているし、将来受給するものと推認される。そして、一審被告は、労災保険法上の保険給付につき、当審において、別紙のとおり主張し、乙第三四七ないし三五五号証を提出している。
しかし、一審原告らの本訴請求は、生命、身体、人格、財産等一切に生じた損害に起因する精神的損害に対する慰謝料を請求しているのであって、具体的な物質的損害の賠償をも請求しているものではない上、右保険給付も、各人のじん肺症の経過及び程度に応じた物質的損害を補填しているものであるから、その事実を慰謝料の算定に際し考慮に入れるにしても、これを過大に評価することは相当でない。」
7 慰謝料額の算定に関し、原判決三二〇頁一〇行目から三二二頁一〇行目までの全文を次のとおりに改める。
「以上検討したすべての事情、即ち、一審原告ら元従業員の労働能力の喪失又は低下を含む健康被害の程度、じん肺の特質、一審被告の安全配慮義務不履行の態様・程度、一審原告らの本訴提起の態様・意向、各種保険金受領の有無、じん肺協定の内容、安全配慮義務履行の困難な時期の存在等、なかんずく一審原告ら元従業員が一審被告の経営する炭鉱において長期間にわたって炭鉱労務に従事した結果、じん肺に罹患したものであり、じん肺が重篤な進行性の疾患であり、現在の医学では治療が不可能とされ、進行する場合の予後は不良であること、本件における一審原告ら元従業員の症状は多様であるが、症状が重篤である者は、長期間にわたって入院し、あるいは入院しないまでも寝たり起きたりの状態であったり、呼吸困難のため日常の起居にも不自由を来すという状況にあり、そのままじん肺に伴う合併症により苦しみながら死亡した者もあること、症状が比較的軽度である者でも、重い咳や息切れ等の症状に苦しみ、坂道等の歩行は困難で、家でも休んでいることが多く、夜間に重い咳が続いたり呼吸困難に陥る者もあること、単純管理二、管理三の決定を受けた者のじん肺症の程度を軽視することは許されないこと、一審原告ら元従業員は、一審被告を退職した後じん肺の進行により徐々に労働能力を喪失し、或いは喪失の過程にあること、一審被告は一審原告ら元従業員の雇用者として、健康管理・じん肺罹患の予防につき深甚の配慮をなすべき立場にあったこと、本訴請求は慰謝料を対象とするものであるが、物質的賠償は別途請求するというものではなく、かえって一審原告らはいかなる形態にしろ別訴を提起する意思のないことを訴訟上明確に宣明しこれに拘束されていること等を総合考慮して、一審原告ら元従業員のじん肺罹患に因る慰謝料額を次の基準によって算定するのが相当である。
(一) じん肺死、共同原因死、管理四該当者
二三〇〇万円
(二) 管理三該当者で合併症のある者
一八〇〇万円
(三) 管理三該当者で合併症のない者
一五〇〇万円
(四) 管理二該当者で合併症のある者
一四〇〇万円
(五) 管理二該当者で合併症のない者
一〇〇〇万円
(六) 管理二該当者で合併症も肺機能障害もない者
九〇〇万円
(七) 管理三相当で合併症があり、特別の加算事由のある者
一九八〇万円
結局、一審原告ら元従業員の慰謝料額は、次のとおりとなる。
(1) じん肺症に因り死亡した亡本田昌幸及びじん肺も共同原因の一つとなって死亡するに至った亡山元秋夫について
各二三〇〇万円
(2) 管理四の一審原告宇都重徳、同大田利守雄、同斧澤正德、同佐藤郁雄、同原三作、同堀川武治、同本田勝雄、同溝田勝義、同宮崎貞雄、同山口庫松、同享保衛については
各二三〇〇万円
(3) 管理三イの決定を受け、続発性気管支炎に罹患している同廣瀬邇、管理三イの決定を受け続発性気胸に罹患している同宮谷春松について
各一八〇〇万円
(4) 管理三イ相当で肺結核に罹患しており、管理区分の決定を受けていないため、各種保険給付を受領できず、生前の経済的困窮の著しかった亡石川清文について
一九八〇万円
(5) 管理三イの決定を受けている同今田智明について
一五〇〇万円
(6) 管理二の決定を受け、肺結核に罹患していた亡大渡貞夫について
一四〇〇万円
(7) 管理二の決定を受けている同田中豊、同山口惣次郎について
各一〇〇〇万円
(8) 管理二の決定を受けているが、合併症も肺機能障害もない同河野左郷、同宮崎正司について
各九〇〇万円」
8 弁護士費用の損害は、認容額の一割に相当する金額を一審被告の債務不履行と相当因果関係のある弁護士費用の損害と認定することにつき、原審と認定を同じくするから、原判決「事実及び理由」中その説示(原判決三二三頁一行目から六行目まで)を引用し、当審での慰謝料の認容額に即して、本判決別紙一「一審原告別認容金額一覧表」の各該当欄記載のとおり、これを算定することとする。
9 相続関係につき、原判決三二四頁一行目の末尾に改行して「 一審原告大渡貞夫は、平成七年二月一八日死亡し、当審訴訟承継人松島洋子、同大渡忠は、貞夫の子であることは前示のとおりであるから、右二名の当審訴訟承継人が、それぞれ、本判決別紙一審原告認容額一覧表の「認容金額」合計欄記載の金額及びそれに対する同表「遅延損害金起算日」欄記載の各日から年五分の割合による遅延損害金の請求権を相続したと認められる。」を加える。
四 争点4(他粉じん職歴による責任の限定)について
当裁判所も、本件事実関係のもとでは、債務不履行に基づく損害賠償責任についても不法行為に関する民法七一九条一項後段の規定を類推適用し、一審被告の他粉じん職歴による責任の限定の主張を排斥するのが相当であると判断する。その理由は原判決「事実及び理由」中のその説示(原判決三二四頁三行目から三四四頁六行目まで)と同一であるからこれを引用する(但し、原判決三三四頁一〇行目の「共立工建」を「共立工業」と改める。)。
五 争点5(消滅時効及び除斥期間等)について
当裁判所も、一審被告の消滅時効及び除斥期間等の損害賠償請求権の消滅事由に関する主張は理由がないと判断する。その理由は、亡石川清文の損害賠償請求権の消滅時効の起算点に関する判断を、次のとおり改めるほか、原審と認定・判断を同じくするから、原判決「事実及び理由」中その説示(原判決三四四頁八行目から三五四頁六行目まで)を引用する(但し、三五一頁七行目の「別紙三管理区分行政決定経過一覧表」を「本判決別紙二管理区分行政決定経過一覧表」と改める。)。
原判決三五〇頁七行目から三五一頁三行目までの全文を次のとおりに改める。
「(二) ところで、亡石川清文は、その死亡に至るまで、改正じん肺法等に基づく行政上の決定を受けたことがなかったが、このような罹患者についても、じん肺症状の重症度に基づく損害を確定し得る場合には、これに相当する損害について損害賠償の請求をすることが可能であるから、その時点から消滅時効が進行するというべきであるところ、右罹患者が死亡した場合、遅くとも右死亡時には、右罹患者がじん肺罹患により被った損害も確定するのであり、右時点を消滅時効の起算点と解するのが相当である。
一審被告は、当審において、亡石川清文は死の二週間前である昭和五一年六月四日のエックス線写真等をもとにじん肺と認定されたものであり、じん肺の病状は死亡時もその二週間前も異ならないのであるから、消滅時効の起算点を死亡時とする必然性はなく、じん肺であるとの診断がなされた昭和五一年六月四日の時点で既に損害は確定しており、その時点において、その損害賠償請求権の行使も可能であるから、同年六月五日をもって消滅時効の起算点と解すべきであり、同六一年六月五日をもって、消滅時効が完成したと主張するので判断するに、前示認定事実に、甲一三〇一号証の四ないし六によれば、なるほど、同人は、死の二週間前である昭和五一年六月四日、五日のエックス線写真、臨床所見等により、じん肺、じん肺合併肺結核に罹患していること、エックス線写真像は管理三イ相当であると診断されていることが認められ、一見、これによる損害賠償請求権の行使がこの時点で可能であるかのようであるが、前示のとおり、同人の病状が重篤であったため、心肺機能検査は実施されておらず、症状の落着後に実施される予定になっていたのであり、エックス線写真像等に心肺機能検査の結果を総合して管理四相当と診断される余地もあったというべきであるから、同人のじん肺の重症度は同六一年六月五日の診断時点でも未だ確定しておらず、同人の死亡の時点において、少なくとも、管理三イ相当、じん肺合併肺結核の症度による損害が確定し、これに基づく損害賠償請求権の行使が可能になったというべきであるから、右損害賠償請求権の消滅時効の起算点は死亡の時点であると解するのが相当であるから、一審被告の右主張は理由がない。」
六 争点6(過失相殺)について
当裁判所も、一審原告宮崎貞雄の作業転換拒否が過失相殺の対象事由となり得るかについての説示を、次のとおりに改めるほかは、過失相殺の争点につき、原審と認定・判断を同じくするから、原判決「事実及び理由」中その説示(原判決三五四頁八行目から三六〇頁三行目まで)を引用する。
原判決三五九頁七行目から三六〇頁一行目までを次のとおりに改める。
「一審被告は、原審・当審において、一審原告宮崎貞雄は昭和四一年四月ころと同四五年五月ころの二度にわたり一審被告からの作業転換の勧告を拒否しており、同人が同五一年五月一七日に管理四の決定を受けるに至ったのは、同原告が作業転換を拒否して粉じん作業を継続した結果であるから、過失相殺の対象となる旨主張するので判断する。
前示のとおり、作業転換はじん肺の進展を防止するための最も基本的、かつ効果的な健康管理のための措置であり、種々の制度的、社会的制約を受けつつも、これを推進すべきものであり、特に、一審被告には、使用者が負担する安全配慮義務との関係では、作業転換の実現に向けての過程における安全配慮に不十分なところがあり、作業転換の措置が十分に機能していなかったというべきである。そして、甲一一一七号証の一、乙一三五、一三七、一三八、三五七号証、一審原告宮崎貞雄本人尋問の結果によると、宮崎貞雄は同四一年六月ころ一審被告から作業転換事情調査を受けて『現在健康であり、定年満期退職が同四二年八月でもあり、長男が高校三年生であるので、転換の希望はない。』と回答し、同四二年四月一四日旧じん肺法に基づき管理三の決定を受け、更に、同四二年五月ころ一審被告から再度作業転換事情調査を受けて『健康体であり、定年退職も三か月後であるから転換の希望はない。』と回答し、採炭員の作業を継続し同四二年八月に定年退職し、同五一年五月一七日同法に基づき管理四の決定を受けていることが認められる。これらの事実経過自体が一審被告のじん肺教育の不十分さと作業転換の必要性の説明の不十分さを物語っており、一審被告の作業転換の実現に向けての作業の過程における安全配慮義務の不履行が顕著であり、最初の作業転換勧告から定年退職までの期間が僅か一年二月余であることも勘案すると、同人が作業転換に応じなかったことをもって、過失相殺の対象とすることはできない。」
七 争点7(損益相殺)について
当裁判所も、労災保険法に基づき、一審原告ら元従業員又は遺族一審原告らが、本件口頭弁論終結時までに支給を受けた休業補償給付、傷病補償年金、遺族補償給付及び将来受領するであろう右各給付金を一審原告ら元従業員の損害額から損益相殺として控除すべきであるとの一審被告の主張は、理由がないと判断するものであるが、その理由は、労災保険給付と慰謝料の考慮事情の関係の判断を次のとおり改めるほか、原判決の理由と同じであるから、原判決「事実及び理由」中のその説示(原判決三六〇頁五行目から三六三頁五行目まで)を引用する。
原判決三六二頁末行から三六三頁五行目までの全文を次のとおり改める。
「もっとも、一審原告ら元従業員又は遺族一審原告らが労災保険給付を含む各種の保険給付を受けていることを慰謝料算定の一事情として考慮することまでが許されないものではないし、前記慰謝料の算定にあたって、これを考慮にいれたことは、これまでの説示に照らし明らかである。しかし、一審原告らの本訴請求は、生命、身体、人格、財産等一切に生じた損害に起因する精神的損害に対する慰謝料を請求しているのであって、慰謝料としての賠償の中に実質的には逸失利益の賠償を取り込むことを意味するものではないうえ、右保険給付も、各人のじん肺症の経過及び程度に応じた物質的損害を填補しているものであるから、その事実を慰謝料の算定に際し考慮に入れるにしても、これを過大に評価することは相当でない。そうすると、労災保険金等受給の有無や既に受給している金額の多寡と前記慰謝料の算定額との間に仮に不均衡があったとしても、これを異にするに足りない。」
八 結論
以上の次第であるから、一審原告らの各請求は、本判決別紙一「一審原告別認容金額一覧表」の「慰謝料」欄記載の各金額と「弁護士費用」欄記載の各金額の各合計金額及びこれに対する同表「遅延損害金起算日」欄記載の日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきところ、本判決主文第一項記載の一審原告らとの関係でこれと異なる原判決主文第一、二項を同一審原告らの控訴に基づき変更し、一審原告河野左郷、同田中豊、同宮崎正司、同山口惣次郎、当審訴訟承継人松島洋子、同大渡忠及び一審被告の各控訴は、いずれも理由がないからこれを棄却し、当審における訴訟承継に基づき原判決第一項中一審原告亡大渡貞夫に関する部分を本判決主文第四項のとおりに変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九五条、九三条、九二条、八九条を適用し、一審原告ら全員に関し、一審被告に支払を命じた金員の全額につき仮執行宣言を付するのが相当であるから、同法一九六条をそれぞれ適用して、いまだ仮執行宣言のされていない原判決別紙一「原告別認容金額一覧表」の「仮執行認容額」欄記載の各金額を超える部分につき更に仮執行宣言を付し、仮執行免脱の宣言は相当でないのでこれを付さないことにして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官田中貞和 裁判官宮良允通 裁判官野﨑彌純)
別紙<省略>