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福岡高等裁判所 平成7年(ネ)212号 判決 1996年4月18日

控訴人

伊藤泰房

伊藤由美子

右両名訴訟代理人弁護士

伊藤文夫

被控訴人

田脇和生

外四三名

右四四名訴訟代理人弁護士

福島康夫

美奈川成章

植田正男

田中久敏

大神周一

佐藤至

市丸信敏

入屋秀夫

鬼丸義生

椛島修

三浦邦俊

主文

原判決中控訴人伊藤由美子に関する部分を取り消す。

被控訴人らの控訴人伊藤由美子に対する請求を棄却する。

控訴人伊藤泰房の控訴を棄却する。

訴訴費用は、被控訴人らと控訴人伊藤由美子との関係では第一、二審とも被控訴人らの負担とし、被控訴人らと控訴人伊藤泰房との関係では被控訴人らについて生じた控訴費用を二分し、その一を控訴人伊藤泰房、その余を各自の負担とする。

事実

第一  申立

控訴人らは、「原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訴費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、「本件各控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

第二  主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示中、控訴人らと被控訴人らに関係する部分の記載と同一であるから、これを引用する。

1  原判決二枚目表六行目の「その会員となっていた者ら」を「同社が主体の販売組織に組み込まれて会員となった者ら」と改める。

2  同五枚目裏一一行目の「「無限連鎖講の防止に関する法律」第二条」を「昭和六三年五月法律二四号による改正前の無限連鎖講の防止に関する法律(以下、単に「無限連鎖講防止法」という。)二条」と改める。

3  同六枚目表六行目の「「訪問販売等に関する法律」第二条を「昭和六三年五月法律四三号による改正前の訪問販売等に関する法律(以下、単に「訪問販売法」という。)一一条一項」と改める。

4  同八枚目表一三行目の「独占禁止法」を「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下、単に「独占禁止法」という。)」と、同一四行目の「昭和五七年六月八日公正取引委員会告示第一五条」を「昭和五七年六月一八日公正取引委員会告示第一五号(以下、単に「公正取引委員会告示」という。)」と、同裏一行目の各「誘因」をいずれも「誘引」とそれぞれ改める。

5  当審における主張及び認否

(控訴人らの主張)

(一) 本件商法は訪問販売法を遵守するよう弁護士の指導をも受けて工夫したものであり、しかも、平成元年八月二九日に東京地方裁判所で言い渡された判決では本件商法に違法性はないと判断されているのであるから、控訴人らが本件商法の違法性を認識することは不可能であった。

(二) 原審において、控訴人ら以外の第一審被告ら一〇名と被控訴人らほか五五名の第一審原告らとの間で訴訟上の和解が成立し、合計四〇〇万円が支払われているので、右の限度で被控訴人らの損害は填補されている。

(右主張に対する被控訴人らの認否及び主張)

(一) 右主張(二)のうち、控訴人ら主張のとおり合計四〇〇万円が支払われたことは認める。

(二) 右和解金は被控訴人ら以外の第一審原告ら五四名の損害に充当されたから、右支払によっては被控訴人らの損害は填補されていない。

第三  証拠

証拠の関係は、原審及び当審記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  訴外会社(ベルギーダイヤモンド株式会社)の概要及び同社における一般的な本件商法の内容

次のとおり付加訂正するほか、原判決一五枚目表七行目から同二一枚目表九行目までと同一であるから、これを引用する。

1  原判決一五枚目表八行目の「当事者間に争いのない事実と甲一ないし二〇」を「甲一の1、2、二ないし一〇」と改める。同九、一〇行目の「五三、五七、五八」を削除する。同裏一二行目の「昭和五八年」を削除する。

2  同一六枚目裏六行目の「翌年」から同七行目までを「同年三月期の決算では、未処理損失約五億円を、翌六〇年三月期の決算では、未処理損失約二億円をそれぞれ計上している。」と改める。同八、九行目を削除する。同一四行目の「破産宣告を受けるに至った」を「右状況の下に倒産するに至った」と改める。

3  同一七枚目表五行目の「一〇」の後に「一一、一四の1、2」を加える。同行の「三〇、三四」を「三一ないし三四」と改める。同行から次行までの「五ないし三二」を「五ないし二四、二八ないし三二」と改める。同九行目の「ダイヤ」の後に「(訴外会社はダイヤのほかに、ルビー、サファイヤ等の宝石も取り扱っていたが、主たる商品はダイヤであったから、以下では単に「ダイヤ」とだけいう。)」を加える。同一四行目の「子孫会員が」を「子孫会員を」と改める。同裏一四行目の「(MCC)」を「(B教と呼称されていた。)」と改める。

4  同一八枚目裏二行目の「四パーセント」を「二パーセント」と改める。同三行目の「ができる。なお、」を「ができる(訴外会社ではこれをオーバーライドと称した。)。なお、」と改める。同一〇行目の「それぞれ取得することができる」の後に「(訴外会社ではこれをオーバーライドと称した。)」を加える。

5  同一九枚目裏三行目の「乙二九」の後に「三二、三三の1、2、三四の1、2、三八の1、2」を加える。同九行目の「豪華な」の後の「な」を削除する。

6  同二〇枚目表三行目及び同二一枚目表六行目の各「BC会員」をいずれも「愛好会会員」と改める。

第二  訴外会社福岡支店、博多支店及び小倉支店の概要並びに同各支店における本件商法の内容

一  右各支店の概要

証拠(甲第一六号証の三、第一八号証、第二〇ないし第二三号証、第二八、第五二、第七三、第八四号証、乙第三〇、第三一号証、第三五号証の一ないし六、第三六号証の一ないし五、原審証人阿部彰一の証言、原審における控訴人伊藤泰房本人尋問の結果)によれば、以下の事実が認められる。

1  訴外会社の設立(昭和五八年二月八日)後、同社取締役藤原照久やコンサルタント業の平井康雄らは、同社の営業システムを整備すべく、同年三月ころ、約二九名の第一期トレーナーを採用して、アメリカで研修を受けさせ、同年五月ころ、右トレーナーを全国各地に派遣した。

2  昭和五八年六月ころ、福岡支店が福岡市中洲の八階建ビル全部を賃借して開設され、昭和五九年六月ころ博多支店が博多駅前のビルに、同じころ小倉支店がそれぞれ開設された。

3  控訴人伊藤泰房は、右第一期トレーナーとして福岡に派遣された者の一人で、結城章雄や富田隆義らとともに福岡支店の創設者と目され、福岡における営業の拡大を図る一方、昭和五九年二、三月ころ福岡支店長に、博多支店開設と同時に博多支店長にそれぞれ就任し、トレーナーの指導監督に当たった。同年四月ころ、本社に営業本部が設置され、藤原照久が営業本部長に就任し、控訴人伊藤泰房は、同年九月ころ九州総支店長に、昭和六〇年二月ころ西日本地区の営業部長取締役にそれぞれ就任して、同年五月ころ訴外会社を退社するまで、福岡を含む西日本地区の支店長及びトレーナーの指導監督に当たった。

4  控訴人伊藤泰房は、訴外会社から、いずれも給与ないし報酬として、トレーナーのときには毎月約三〇万円、支店長のときには毎月約五〇万円、営業部長のときには毎月約二〇〇万円の各支給を受けた(総額約一六〇〇万円)ほか、ビジネス会員(BDA)の手数料等(販売媒介手数料及び指導育成料のほか、オーバーライドと称する手数料を含む。以下同じ。)として、少なく見積もっても、一五〇〇万円(福岡銀行大池出張所の同控訴人及び同人が手数料等入金のため設立した有限会社アントワープの各預金口座に、昭和五八年七月から昭和六〇五月までに入金された合計約三一〇〇万円から、前記支給額を差し引いた金額)を訴外会社から収受した。

二  右各支店における本件商法の内容

証拠(甲第一四号証の一、二、第三六ないし第八一号証、第八二号証の一、二、第八四、第八五号証、原審証人阿部彰一の証言、原審における被控訴人久本明本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  右各支店における本件商法の内容も、前記第一の訴外会社における一般的な本件商法の仕組み、顧客勧誘方法と異なるところはなかった。なお、控訴人伊藤泰房は、MCCに際し、支店長としての立場で講義を行っていた。

2  被控訴人らは、親類又は知人のビジネス会員から「サイドビジネスの良い話がある。」などと誘われて、同会員とともに右各支店のいずれかに赴き、トレーナーや上級会員らから「ダイヤを購入して会員になったら、その代金を回収できるだけでなく、大変な利益が得られる。」などと購入を勧められ、原判決別紙二認容額一覧表「契約日」欄記載の昭和五八年一〇月から昭和六〇年四月までの間に、それぞれ、訴外会社から、購入代金として四〇万円前後を支払ってダイヤモンド等の宝石を購入した(ただし、被控訴人青柳とも子に関しては夫の青柳幸男が代理人の立場でその手続をした。)。

第三  本件商法の違法性

証拠(甲第二、第六、第一〇、第二八、第二九号証、第三六ないし第八〇号証、第八五号証、乙第一六、第二二、第三二号証、第三三、第三四号証の各一、二、第三五号証の二、第三六号証の二、第三七、第三八号証の各一、二、第四一号証、原審証人堺次夫の証言)によれば、訴外会社の販売するダイヤは4C(カラット、カラー、クラリティ、カット)グレードを保証した鑑定書が付けられていたが、小売店が一般に扱うダイヤより小粒であったため、換金性に乏しく、仮に換金できたとしても処分価格は販売価格の一〇パーセント程度にすぎなかったこと、訴外会社は、販売価格の約二〇パーセントの価格でダイヤを仕入れ、仕入原価と販売価格との差額をビジネス会員に支払う手数料等や、訴外会社の経費等に宛てていたこと、被控訴人らを含め、訴外会社からダイヤを購入する者は、そのほとんどがダイヤが欲しくて購入するのではなく、ビジネスへの参加資格を得るためにダイヤを購入していたものであって、購入したダイヤを装身具に加工使用することはなく、手元においたまま放置していることが認められる。そこで、右認定事実のほか前記第一、第二に認定の事実関係のもとで、本件商法が違法性を有するか否かについて、証拠(甲第二、第三号証、第五ないし第七号証、第九、第一三号証)をも参酌して検討する。

一  無限連鎖講防止法は、無限連鎖講の開設、運営等を罰則をもって禁止する。無限連鎖講とは、一定額の金銭を支出する加入者が無限に増加するものであるとして、先に加入した者が先順位者、以下これに連鎖して段階的に二以上の倍率をもって増加する後続の加入者がそれぞれの段階に応じた後順位者となり、順次先順位者が後順位者の支出する金銭から自己の支出した額を上回る額の金銭を受領することを内容とする金銭配当組織であって(同法二条。なお、昭和六三年法律二四号により右の「金銭」は「金品(財産権を表彰する証券又は証書を含む。)」と改正された。)、右に関する行為が禁止されるのは、無限連鎖講が、終局において破綻すべき性質のものであるのにかかわらず、いたずらに関係者の射幸心をあおり、加入者の相当部分の者に経済的な損失を与えるに至るものだからである(同法一条)。

すなわち、①無限連鎖講は加入者がネズミ算式に増加して連鎖が無限に続くことを前提としているが、ネズミ算式に増加する加入者は容易に日本の人口を超えてしまうから、終局的には破綻に至るものである。②右のように破綻は必然的に起こるのであるが、破綻したときには、配当される金銭は加入者の支出金を原資とするから、自己の支出金の数倍にも及ぶ多額の経済的利益を得るごく少数の加入者と、自己の支出金すら回収できない圧倒的多数の加入者とを生み出すことになる。③また、一切の社会的生産や商品流通と関係なく、後順位者による勧誘の成否という偶然の事情により、加入者の支出金を山分けするものであるから、射幸性が極めて強く、国民の健全な勤労意欲を失わせてしまうことにもなる。④さらに、右のように無限連鎖講は必然的に破綻し、圧倒的多数の犠牲者の上にごく少数の者だけが経済的利益を享受できる結果に終わるのであるが、このような事実が一般に知られるならば、組織の前提となる加入者の増加はほとんど望めないことになるから、勧誘行為はその本質を隠蔽するために欺まん的・誇大的なものとなる。以上、①ないし④の観点から無限連鎖講は公序良俗に反するものとして禁止されている。

二  訪問販売法は、連鎖販売取引を定義して、販売の目的物たる商品の再販売をする者(販売の相手方が商品を買い受けて販売すること)を特定利益を収受し得ることをもって誘引し、その者と特定負担をすること(同法施行令により特定負担の金額は二万円以上とされている。)を条件とするその商品の販売にかかる取引とし(一一条一項。なお、昭和六三年五月法律四三号により右の「再販売」「販売」に「販売のあっせん」等が追加された。)、連鎖販売業にかかる連鎖販売取引についての契約の締結について勧誘するときは、その連鎖販売業に関する重要な事項につき、故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為をしてはならない(一二条)など、罰則をもって規制している。右の連鎖販売取引とは、いわゆるマルチ商法に当たるものであって、典型的な形態としては、(ア)加盟者となるため、或いは、より上位のランクの地位に昇格するためには、相当多額の加盟金等の支払い又は多量の商品購入が条件とされていること(訪問販売法にいう「特定負担」)、(イ)(ア)によって加盟者が支払った加盟金等の一部若しくは全部、又は加盟者の商品購入による卸売利益が本部会社以外の加盟者に配分される仕組みとなっていること(同法にいう「特定利益」)、(ウ)加盟者が(ア)の投資を決定する判断材料として、自分が勧誘する他の者等が支払う投資金の一部を(イ)の仕組みによって自分も収受し得ることを考慮していることなどの特徴を有するとされている。

連鎖販売取引も、無限連鎖講と同様に、①破綻の必然性、②多数の経済的損失者の現出、③非生産性・射幸性、④欺まん的・誇大的勧誘行為といった性格を有しており、そのため、訪問販売法はこれが公序良俗に反するとして規制しているものである。同法は連鎖販売取引自体を禁止するような規定の仕方をしていないが、これは罪刑法定主義の建前から処罰の対象を明確にするための立法技術上の制約によるものであって、このことから、同法がマルチ商法を原則として許容しているといえないことはもちろん、同法が一一条一項所定の要件を満さない連鎖販売取引はすべて公序良俗に反しないことを宣明しているわけでもない。

三  本件商法の特徴は次のとおりである。(ア)顧客は訴外会社からダイヤを購入して愛好会会員として登録され、ビジネスに参加する資格を与えられる。(イ)愛好会会員はビジネスに参加することを申し出て、訴外会社の承認を受けた上でビジネス会員たるDMの資格を取得する。(ウ)DMはMCCという勧誘方法修得のための講義を受講することが義務付けられ、その受講費用は一万五〇〇〇円である。(エ)DMは顧客を訴外会社に紹介してダイヤ販売のあっせんをし、その販売価格(物品税額控除後の金額)に対する一定率の販売媒介手数料及び指導育成料を訴外会社から収受する。(オ)販売のあっせんの累計額及びビジネス会員の育成人数があらかじめ定められた数値に達すれば、DMはOMに、OMはBDAに、BDAはBDMにそれぞれ昇格し、それとともに販売媒介手数料及び指導育成料の率は高率となり、そのほか、BDAは自己の育成したBDA及び右BDAが育成したBDAのあっせんによる販売について一定率のオーバーライドと称する手数料を、BDMは自己の育成したBDM及びBDMが育成したBDMのあっせんによる販売について一定率のオーバーライドを、それぞれ訴外会社から収受できるようになる。

右にみるとおり、本件商法は、商品流通と利益配当とを結合させたものであって純粋な金銭配当組織ではないから、ダイヤがほとんど無価値で、実質的には商品流通に名を借りた金銭配当組織というべき場合でない限り(本件商法は右の場合に該当するとまではいいきれない。)、無限連鎖講防止法によって禁止されている無限連鎖講には該当しない。また、本件商法において、利益配当をもって誘引されるのは再販売をする者ではなく販売のあっせんをする者であるから、法文上は、訪問販売法によって規制されている連鎖販売取引にも該当しない(ただし、この点については、前記二のとおり、昭和六三年に「販売のあっせん」も規制対象となるように改正された。)。以上のとおり、本件商法は、少なくともその開始から右訪問販売法改正までの間は、法文上、右両法には抵触しなかったのであるが、むしろ、訴外会社は右両法の潜脱を企図して本件商法を案出したことが窺われるのである。

しかし、それにもかかわらず、本件商法は違法というべきである。すなわち、本件商法においては、ダイヤの販売とビジネスへの参加とは一件截然と区分されているかのようであるが、実態はそうとはいえない。本件商法の原資はダイヤの販売代金であるから購入者の増加が必須であって、購入者の増加はこれをあっせんするビジネス会員の増加によって達成される。そのため、ビジネス会員は、血縁者や知人を訴外会社の支店へ誘い、上級会員及び訴外会社のトレーナーとともに、ビジネスに参加すればダイヤ購入代金を上回る大きな経済的利益を得ることができ、そのビジネスに参加するためにはダイヤを購入する必要があるなどと言ってダイヤの購入を勧めるのであり、その勧誘の仕方は、客をして、ダイヤの購入をビジネスへの参加の手段として動機付けるものである。現に、新規会員のダイヤ購入目的は、ほとんど、ビジネスに参加するためで、購入したダイヤは利用することなく放置されており、しかも、四〇万円前後で購入したダイヤはほとんど換価性がなく、換価できたとしても処分価格は購入価格の約一〇パーセントにすぎないというのである。さらに、本件商法は、予定されている仕組みが機能するについては、購入者ないしビジネス会員がネズミ算式に増加することが予定されているため、容易に日本の人口を超える計算になって、必然的に破綻に至るものであり、その際には、多額の経済的利益を得るごく少数のビジネス会員とダイヤ購入代金すら回収できない圧倒的多数のビジネス会員とを生み出すことになる。また、本件商法は、他のビジネス会員による勧誘の成否という偶然の事情によっても手数料等が支払われるため、極めて射幸性が強い上、前記第一でみるとおり、その勧誘方法は、本件商法の右のような本質を隠蔽するために欺まん的・誇大的なものとなっている。以上の本件商法の実態をみると、本件商法は、その実質は訪問販売法で規制対象とされている連鎖販売取引と何ら異なるところはなく、ダイヤの販売はこれを隠蔽するための手段にすぎないものということができる(なお、右の勧誘方法やダイヤの換価性に徴すると、購入代金の支払自体が訪問販売法一一条一項所定の「特定負担」に該当するといえる。)。そうすると、本件商法も、無限連鎖講や、訪問販売法で規制対象とされていた連鎖販売取引と同様に、①破綻の必然性、②多数の経済的損失者の現出、③非生産性・射幸性、④欺まん的・誇大的勧誘行為といった特質を有するものであり、ひいては、その勧誘方法だけをみても、独占禁止法二条九項に基づく公正取引委員会告示八項(欺もう的顧客誘引)、九項(不当な利益による顧客誘引)に該当するといえるから、本件商法は全体として公序良俗に反し違法というべきであって、本件商法の開設、運営等を行った者は不法行為責任を負う。

第四  控訴人らの責任

一  控訴人伊藤泰房

1  前記第二のとおり、控訴人伊藤泰房は、昭和五八年六月ころから昭和六〇年五月ころまでの間、本件商法を福岡で開設、運営し、トレーナー、支店長或いは九州地区の責任者として販売組織の拡大を推進したものであるから、訴外会社の、福岡支店、博多支店及び小倉支店において昭和五八年一〇月ころから昭和六〇年四月ころまでの間に、本件商法によってダイヤを購入した被控訴人らに対し、故意又は過失による不法行為責任を負うというべきである。

控訴人伊藤泰房は当審において、本件商法の違法性を認識することは不可能であったと主張する。しかし、前記第三によると、本件商法の実態に精通する者はこれが違法であることは容易に認識し得たものといい得るところ、前記第二のとおり、控訴人伊藤泰房は、第一期トレーナーとして福岡に派遣され、福岡における本件商法の開設、運営に携わった者であって、本件商法の実態を熟知していたことが推認されるから、控訴人伊藤泰房は本件商法の違法性を認識していたか、又は認識すべきであったということができ、右主張は失当である。

2  控訴人伊藤泰房は右不法行為に基づく損害賠償債権は時効により消滅したと主張する。ところで、不法行為による損害賠償債権の消滅時効は被害者が損害及び加害者を知ったときから進行を開始し(民法七二四条)、右の損害を知るというのは、他人の不法行為によって損害を受けたことを知ることを意味すると解されるので、この点について検討する。

証拠(甲第一ないし第六号証、第八号証、第一〇ないし第一二号証、第一五号証の二ないし一一、第一九号証、乙第五二号証、原審証人堺次夫の証言)によれば、本件商法は、昭和五九年六月ころから、新聞、週刊誌において社会問題として取り上げられ、昭和六〇年二月二一日、悪徳商法被害者対策委員会(会長堺次夫)は、京都の弁護士グループとともに、独占禁止法一九条違反によって訴外会社を公正取引委員会に申告し、さらに、同年六月四日、右堺次夫は、衆議院商工委員会、流通問題小委員会において参考人として本件商法の問題点につき意見を述べたこと、昭和六〇年四月三〇日、広島地方裁判所(同年(ワ)第四四五号)に本件と同様の損害賠償請求訴訟が提起され、同年五月二八日、東京地方裁判所(同年(ワ)第五九八一号。平成元年八月二九日、同裁判所は他の裁判所に先立って判決を言い渡し、本件商法の違法性を否定して請求を棄却した。)と大阪地方裁判所(昭和六〇年(ワ)第三九四〇号。その後、同裁判所には同年(ワ)第八二六八号が提起された。)に、同年六月二八日、名古屋地方裁判所にそれぞれ右同様の訴えが提起されたこと、同月二九日、愛知県警は無限連鎖講防止法により訴外会社の強制捜査に着手し、他の一四県警もこれに続いて捜査を開始したこと、ところが、公正取引委員会への申告については結論が出されないまま訴外会社が倒産し、県警が捜査対象とした被疑事件は不起訴とされたこと、豊田商事株式会社、銀河計画株式会社及び訴外会社等の各社は永野一男を代表者とする豊田商事グループを形成していたが、同年七月一日に豊田商事株式会社が、同月一二日に銀河計画株式会社がそれぞれ破産宣告を受け、そのころ、訴外会社も倒産し、同年九月二四日、豊田商事株式会社の破産事件において、破産管財人から大阪地方裁判所に対し第一回調査報告書が提出され、ようやく、豊田商事グループの概要が明らかにされ始めたことが認められる。

右事実によると、本件商法は昭和五九年六月ころから社会問題化し、翌六〇年に入ってからは公正取引委員会への申告、裁判所への訴え提起及び捜査機関による捜査がなされたものの、訴外会社が倒産するまでには、右各機関においても本件商法を違法と断定するには至っていなかったのであるから、一般的には本件商法を違法とする事実はいまだ十分には把握されていなかったことが認められる。これに、前記第三のとおり、本件商法は無限連鎖講防止法及び訪問販売法を潜脱する巧妙な仕組みとなっていた上、これが破綻しない限り被害者の損害は顕在化しないことをも併せ考えると、被控訴人らは、訴外会社の倒産や前記第一回調査報告書の提出から数か月後の昭和六一年に入るまでは、本件商法を違法とする事実を認識し得なかったものと認められる。したがって、被控訴人らが本件商法による損害を知ったといえるのは早くても昭和六一年に入ってからであって、本訴提起が昭和六三年一一月二九日であることは記録上明らかであるから、被控訴人らの損害賠償債権は時効により消滅したとはいえない。

二  控訴人伊藤由美子

証拠(甲第一六号証の三、第一八、第二〇号証、原審における控訴人伊藤泰房本人尋問の結果)によれば、控訴人伊藤泰房は、昭和五八年五月ころ、妻である控訴人伊藤由美子名義で訴外会社の原始会員となり、その数か月後にBDAに昇格して、昭和五八年八月二六日、登記上の代表者を同控訴人とする有限会社アントワープを設立し、訴外会社から控訴人伊藤泰房に対して支払われる手数料等は、当初控訴人伊藤由美子名義の預金口座に、同社設立後は同社名義の預金口座にそれぞれ振り込まれていたことが認められる。

しかし、原審証人阿部彰一の証言によれば、同人は一時期福岡支店のトレーナーをしていたが、その間、同支店で控訴人伊藤由美子を見たことはなかったことが認められ、右事実と、控訴人伊藤泰房が原審において、控訴人伊藤由美子の名義を使用しただけで、同控訴人は訴外会社には何ら関与していないと供述していることに照らすと、前認定事実から控訴人伊藤由美子の本件商法への関与を認めることは困難であって、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、控訴人伊藤由美子に不法行為責任を認めることはできない。

第五  被控訴人らの損害

一  購入代金 原判決別紙三請求額一覧表(ただし、同一覧表のうち番号98の「山村明巳」を「山村明己」と改める。)「損害額合計」欄に記載のとおり

証拠(甲第三六ないし第八〇号証、第八二号証の一、二、第八五号証)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは、原判決別紙二認容額一覧表「契約日」欄記載の昭和五八年一〇月から昭和六〇年四月までの間に、本件商法により、それぞれ、訴外会社との間で代金四〇万円前後のダイヤモンド等の宝石を買い受ける契約を締結したこと、原判決別紙三請求額一覧表番号1ないし9、11ないし13、15、17、19、25、26、32、34、35、40、47、50、53、54、57ないし60、64、69、71ないし73、76、78、80、85、89、90の被控訴人ら(四〇名)は、右買受代金の内金として、同一覧表「頭金」欄記載の額の金員を頭金の名目で訴外会社に支払うとともに(ただし、番号78の被控訴人は頭金の支払をしていない。)、残金につき、原判決別紙四立替払一覧表記載のとおり、昭和五八年一〇月から昭和六〇年四月までの間に信販会社との間で立替払契約を締結し、右信販会社に対し、原判決別紙三請求額一覧表「既払金」欄記載の額の金員を割賦金として支払ったこと、原判決別紙三請求額一覧表番号95ないし98(四名)の被控訴人らは、訴外会社に対し、同一覧表「損害額合計」欄記載の購入代金を一括して支払ったことが認められる。

二  損害填補及び損益相殺

被控訴人らが他の上級会員との間で成立した和解によって原判決別紙三請求額一覧表「填補金額」欄記載のとおりの支払を受けたことは、被控訴人らにおいて自認するところであるから、被控訴人らの各損害額から右各金額を控除する。さらに、前記第二の二の2、第三の冒頭部分に判示のとおり、被控訴人らには本件商法によって購入した宝石を手元に保有しており、その購入価格は四〇万円前後であって処分価格はその約一〇パーセントであるから、被控訴人らの各損害額から右処分価格相当の四万円を控除する。

控訴人伊藤泰房は当審において、原審で控訴人ら以外の第一審被告ら一〇名と被控訴人らほか五五名の第一審原告らとの間で訴訟上の和解が成立し、合計四〇〇万円が支払われているので、右の限度で被控訴人らの損害は填補されていると主張し、右主張のとおり合計四〇〇万円が支払われたことは当事者間に争いがない。ただ、この抗弁は、被控訴人らの各損害賠償債権が和解金の支払により消滅したというのであるから、被控訴人らのそれぞれにつき、和解金を取得したこと及びその取得金額が主張立証されなければならないものであるが、控訴人伊藤泰房は右の点について何ら明示の主張をしていない。もっとも、同控訴人の抗弁の趣旨を合理的に解釈すれば、前記和解金は、和解の一方の当事者である被控訴人らほか五五名の第一審原告ら全員に、均等割又は債権額による比例配分の方法により分配されたとの主張を含むものとみることができる。しかしながら、被控訴人らが前記和解金を現実に手中にしたことの証拠資料はなく、かえって、前記訴訟上の和解における和解条項が「被告らは連帯して原告らに対し、金三六〇万円の支払義務あることを認め(以下略)」あるいは「被告は原告らに対し金四〇万円の支払義務あることを認め(以下略)」とされていること(原審の第二四回及び第二五回各口頭弁論調書。ただし、いずれも分離分)、被控訴人らは、前記抗弁につき、和解金は被控訴人ら以外の第一審原告ら五四名の損害に充当されたと主張するところ、右五四名とは原審において請求を全部棄却された、被控訴人ら及びもと相被控訴人本田玲子を除くその余の第一審原告らであること(弁論の全趣旨)、及び、右の被控訴人らの主張に対する控訴人伊藤泰房の具体的反論はないことからすれば、前記和解は、和解の双方当事者による、「和解金の分配方法は第一審原告らによる協議にゆだねることとし、和解条項上は、和解金(総額)を第一審原告らに支払うとの表現にとどめる。」との合意のもとに成立したもので、これにより支払われた和解金は、第一審原告らの協議に基づき、被控訴人ら及びもと相被控訴人本田玲子を除くその余の第一審原告ら五四名に分配され、被控訴人らは和解金を一切取得していないことが認められる。したがって、和解金の支払によって被控訴人らの損害が填補されたとの主張は失当である。

以上によると、被控訴人らの各損害額は原判決別紙二認容額一覧表「未填補金額」欄記載の各金額となる。

三  弁護士費用

本件事案の概要、右二の各損害額等諸般の事情を斟酌すると、前記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、右各損害額の約一〇パーセントに相当する原判決別紙二認容額一覧表「弁護士費用」欄記載の各金額をもって相当と認める。

以上によると、控訴人伊藤泰房が被控訴人らに賠償すべき損害額は同一覧表「認容額」欄記載の各金額となる。

第六  結論

よって、被控訴人らの控訴人伊藤由美子に対する本訴請求は失当として棄却すべきであるから、右と異なる原判決中控訴人伊藤由美子に関する部分を取り消して、同請求を棄却し、被控訴人らの控訴人伊藤泰房に対する本訴請求は原判決別紙二認容額一覧表「認容額」欄記載の各金額及びこれに対する不法行為の後である昭和六三年一二月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容し、その余は失当として棄却すべきであるから、右と同旨の原判決は相当であって、同控訴人の控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官秋元隆男 裁判官池谷泉 裁判官川久保政德)

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