福岡高等裁判所 平成7年(ネ)461号 判決 1995年12月26日
控訴人
前川聿史
右訴訟代理人弁護士
矢野博邦
被控訴人
有限会社裕建設
右代表者代表取締役
田中昭三
右訴訟代理人弁護士
原田信輔
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二 当事者双方の主張
一 請求原因
1 被控訴人は、昭和六一年七月一八日、控訴人との間で、代金を五一〇〇万円とし、工事完了後に支払うとの約束の下に、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の新築工事を請け負う旨の契約(以下「本件請負契約」という。)を締結し、同年一〇月二五日ころ、本件建物を完成させてこれを控訴人に引き渡した。
2 よって、被控訴人は、控訴人に対し、内入れのあった一六七〇万円(昭和六一年七月一八日に金額五〇〇万円及び七〇〇万円の約束手形二通(以下「本件約束手形」という。いずれも後に決済された。)で一二〇〇万円、同年八月一九日に現金二二〇万円、同年九月二九日に現金二五〇万円)を控除した本件請負契約の残代金三四三〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である同年一〇月二六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1の事実は認める。
三 抗弁
1 弁済
本件請負契約に基づく代金の支払として、控訴人は、次のとおり弁済した。
(一) 昭和六一年七月一八日、被控訴人から弁済受領代理権を与えられた宮崎勝信(以下「宮崎」という。)に対し、現金で三〇〇万円を支払ったほか、本件約束手形を支払のため交付し、同手形は控訴人の出捐により最終的に決済された。
(二) 同年八月八日、右同宮崎に対し、現金で三六〇万円を支払った。
(三) 同年九月三日、被控訴人代表者田中昭三(以下「田中」ともいう。)に対し、現金で五〇〇万円を支払った。
(四) 同月六日、田中に対し、現金で五〇〇万円を支払ったほか、金額五〇〇万円の約束手形を支払のため交付し、右手形は控訴人の出捐により最終的に決済された。
(五) 同年一〇月一三日、弁済受領代理権を有する平田信雄に対し、現金で三七〇〇万円を支払った。
2 受取証書持参人への弁済
仮に前記1(五)の弁済につき平田信雄に受領権限がなかったとしても、同人は領収証を持参したから、民法四八〇条により弁済受領権限があるものとみなされる。
3 債権の準占有者への弁済
仮に右につき平田信雄に受領権限がなかったとしても、同人は領収証を持参して被控訴人の代理人として債権を行使し、かつ、控訴人が平田信雄に代理権があるものと信じて弁済したことに過失はなかったから、民法四七八条により同人に対する弁済は有効である。
4 代金減額の合意
昭和六一年一〇月一三日、控訴人と被控訴人との間で、本件請負代金のうち二四〇万円を減額する旨を合意した。
5 消滅時効(当審での新たな主張)
本件請負契約における代金支払時期である昭和六一年一〇月二五日(本件建物の完成時期)から三年が経過した。控訴人は、本件において右三年の短期消滅時効(民法一七〇条二号)を援用する。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の(一)のうち、控訴人が主張の日に弁済受領権を有する宮崎に対して本件約束手形を支払のため交付し、同手形が最終的に決済されたことは認め、その余の事実は否認する。ただし、本件約束手形による一二〇〇万円の支払分は、被控訴人においてこれを控除した上で本件請求に及んでいるから、更に控除すべきものではない。
2 同1の(二)ないし(五)の事実及び同2ないし4の事実は、いずれも否認する。
3 同5は争う。なお、本件は、昭和六三年一一月一八日に訴えが提起され、平成七年四月五日に第一審判決が言い渡されたが、この間、請負代金の弁済の有無が主な争点として訴訟が進行していたことに鑑みると、当審になって突如としてなされた消滅時効の主張は、時機に後れた攻撃防禦方法に当たるから、却下されるべきである。
五 再抗弁
被控訴人は、消滅時効完成前である昭和六三年一一月一八日に本件訴えを提起した。右訴え提起当時の訴訟物は、本件建物所有権に基づく同建物保存登記の抹消登記請求権であったが、それは、控訴人が請負残代金を支払わないため、請負残代金請求権を保全する目的で抹消登記請求の訴えを提起したもので、争点は請負代金請求権の有無であったから、本件訴えの提起により請負代金請求権につき消滅時効中断の効力を生ずるものというべきである。仮にそうでないとしても、被控訴人は、抹消登記請求の前提として、請負代金請求権が存在することを主張し、請求の意思があることを明らかにしていたから、右主張は裁判上の請求に準ずるものとして請負代金請求権につき消滅時効中断の効力が認められるべきである。そして、右の時効中断の効力は、平成二年九月一九日に請負残代金請求に訴えが変更された後も引き継がれ、維持されている。
六 再抗弁に対する認否
争う。本件訴え提起当時の訴訟物は、本件建物の保存登記の抹消登記請求権であって、請負代金請求権ではないから、本件訴えの提起には消滅時効中断の効力はなく、被控訴人が訴訟物を請負代金請求権に変更した時点では、既に消滅時効が完成している。
第三 証拠の関係は、原審及び当審記録中の各書証目録並びに原審記録中の証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 弁済(抗弁1)、受取証書持参人への弁済(抗弁2)、債権の準占有者への弁済(抗弁3)、代金減額の合意(抗弁4)の各抗弁について
1 控訴人が、昭和六一年七月一八日、被控訴人のための弁済受領権を有する宮崎に対して本件約束手形を支払のため交付し、同手形が最終的に決済されたことは、当事者間に争いがない。
2 昭和六一年七月一八日三〇〇万円及び同年八月八日三六〇万円の各弁済について
証拠(甲第二六号証、第二八号証、乙ア第一ないし第三号証(乙ア第三号証については、同号証の被控訴人会社名下の印影が被控訴人の会社印によって顕出されたことに争いがなく、甲第二六号証の供述記載と合わせて成立の真正を認める。)、控訴人本人(第一、二回)及び被控訴人代表者各尋問の結果並びに弁論の全趣旨)によれば、(1) 被控訴人代表者は、本件請負契約を締結するに際し、宮崎に対して本件請負代金の取立てを委任したこと、(2) 控訴人は、宮崎に対し、昭和六一年七月一八日に現金三〇〇万円を、同年八月八日に現金三六〇万円をそれぞれ支払ったこと、(3) 宮崎は、右弁済を受けた金員の一部につき、同月一九日ころに二二〇万円を、同年九月二九日ころに二五〇万円をそれぞれ被控訴人に交付したが、その余の金員はこれを交付しないまま着服横領したことが認められる。
右(2)の三六〇万円の支払に関し、被控訴人代表者は、乙ア第三号証の同額の領収証は被控訴人が割り引いた手形の領収証であるとか、甲第三九号証の四がその複写式の控えの写しであるのに、金額が乙ア第三号証と異なっているなどと、右の弁済を否定する供述をするが、同趣旨の控えであるとする甲第三九号証の一ないし七はいずれも写しであるところ、控えの原本そのものは証拠として提出されていないし、その金額や日付その他の書込部分に書き変えられたと思われる跡が薄く残っているなど不自然な点があり、右各書証及び被控訴人の右供述部分をもってしては右認定を覆すに足りず、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。
3 抗弁1の(一)、(二)の事実関係は、右1、2のとおりであるが、弁論の全趣旨によれば、本件約束手形による一二〇〇万円の弁済は、被控訴人が弁済を自認して請求金額から予め控除している一二〇〇万円と同一のものであり、このほかに被控訴人が内入れのあったことを自認している二二〇万円と二五〇万円の金員は、同年七月一八日と同年八月八日の弁済分からその一部が被控訴人に交付されたものに該当するものと推認できるから、抗弁1の(一)、(二)による弁済の抗弁は、結局一九〇万円の弁済の限度で理由がある。
4 昭和六一年九月三日五〇〇万円及び同年九月六日一〇〇〇万円の各弁済について
(一) 右各弁済を裏付ける乙ア第四、第五号証の各領収証のうち、各内訳欄を除くその余の部分が真正に成立したものであることについては争いがない。そして、被控訴人代表者田中は、その代表者尋問において、乙ア第四、第五号証が本件請負代金の支払を受けたときに発行されたものであることは認めるものの、右各領収証は、金額五〇〇万円と一五〇〇万円の手形二通、金額合計二〇〇〇万円受領の領収証として発行したもので、かつ、右各手形は不渡りになった旨供述する。しかし、右領収証記載の金額と田中が供述する手形金額とが相違し、右各領収証が手形受領の領収証として発行されたものであることを裏付ける的確な証拠はない。
(二) 控訴人は、その本人尋問(第一、二回)において、「田中から、宮崎から入金がないので直接自分に支払うよう求められたため、田中に対し、建築現場で現金五〇〇万円を支払い、その三日くらい後に乙ア第四号証の領収証をもらった。さらに、乙ア第五号証記載の支払は、昭和六一年九月六日に、建築現場で現金五〇〇万円と金額五〇〇万円の手形を田中に支払った分である。」旨を供述する。
(三) 右の(一)、(二)の事情のほか、乙ア第四、第五号証に書き込まれた宛名、但書及び金額がいずれも被控訴人会社の事務員の記載したものであること(甲第三一号証)を総合して判断すると、乙ア第四、第五号証の各領収証は真正に成立したものであり、控訴人主張のとおり、昭和六一年九月三日ころに五〇〇万円、同月六日に一〇〇〇万円(うち五〇〇万円が現金、残金が手形払い)の弁済がなされた(手形については最終的に決済された)ものと認めるのが相当である。
5 昭和六一年一〇月一三日の三七〇〇万円の弁済について
(一) 控訴人は、その本人尋問(第一、二回)において、「昭和六一年一〇月一〇日ころに被控訴人代表者田中から残金を支払うよう電話で申入れがあったところ、同月一三日、被控訴人会社専務の平田信雄と称する者が名刺(乙ア第七号証)を持って社長である田中の代理で集金に来たと言って控訴人方を訪れたので、控訴人は、平田信雄なる者に対し、その場で現金三七〇〇万円を支払い、乙ア第六号証の領収証を受け取った。」旨を供述する。そして、乙ア第七号証の名刺には、被控訴人会社専務取締役と表示されており、また、乙ア第六号証の被控訴人会社名下の印影が被控訴人の会社印によって顕出されたことについては争いがない。
(二) しかし、控訴人の右供述に関しては、次のような多くの疑問点がある。
(1) 昭和六一年一〇月当時、被控訴人会社の専務取締役その他の関係者に、平田信雄なる者がいたことを認めるに足りる証拠はないばかりでなく、本件全証拠によるも、控訴人が代金を支払ったという平田信雄なる人物がどこのどのような人物なのか全く不明である。しかも、控訴人の供述(第一回)によれば、控訴人は三七〇〇万円を支払った時が平田なる人物との初対面であり、かつ、同人は名刺のほかには委任状等も持参していなかったというのであって、このような状況の下で、平田信雄なる人物の取立権限も確認しないまま三七〇〇万円もの大金を渡したというのは、いささか不自然の感を免れない。
(2) 本件請負代金が五一〇〇万円であることは当事者間に争いがないところ、控訴人が主張、供述するすべての支払がなされたとすると、控訴人は合計七〇六〇万円を支払ったこととなり、本件請負代金をはるかに超えることとなる。
この点に関し、控訴人はその本人尋問(第二回)において、右過払いの理由として、控訴人が安徳企業に支払うべき工事代金一〇〇〇万円を被控訴人を通じて支払ってもらうことにしたこと及び被控訴人に交付した支払手形が不渡りになる可能性が高かったことなどを供述している。しかし、甲第六号証及び控訴人本人尋問の結果(第二回)によれば、右三七〇〇万円の支払の時点において、控訴人は被控訴人に交付していた支払手形の回収をしなかったことが認められるほか、控訴人の供述によっても、安徳企業に対する工事代金の支払を被控訴人を通じてしなければならなかった理由につき、納得できる事情が認められない。
(3) また、控訴人は、原審(第二回)において、三七〇〇万円の支払には不渡りになった本件約束手形の分も含まれているとも供述するが、右供述部分は、本件約束手形による一二〇〇万円の弁済を認めた上で三七〇〇万円の弁済を別途主張している控訴人の態度とも矛盾するし、そもそも、本件請負代金の弁済期が昭和六一年一〇月二五日であることは争いがないところ、控訴人が三七〇〇万円を支払ったとする同月一三日は右弁済期の前であるし、本件約束手形の満期(同月一五日及び同月二〇日。甲第三号証、第三四号証の一、二)も未到来であった上、金融業を手伝っていて多数の手形を扱った経験のある控訴人が、本件約束手形を回収することなく三七〇〇万円もの大金を支払ったということになり、この点でも不自然といわなければならない。
(4) 被控訴人代表者尋問の結果によれば、乙ア第六号証の領収証は、被控訴人会社で使用していた領収証用紙であることが認められ、被控訴人会社の印影も被控訴人会社の印章によるものであることは争いのないところである。しかし、被控訴人代表者は、右領収証の手書き部分が被控訴人によって作成されたことは否定しているところであり、右手書き部分が 誰によって記載されたものか及び乙ア第六号証が被控訴人から平田信雄なる人物に渡った経緯を明らかにする証拠はない。したがって、乙ア第六号証があるからといって、ただちに三七〇〇万円の弁済を裏付けるものとはいい難い。
(三) 右(二)に判示の諸事情に照らして考えると、平田信雄なる人物に現金で三七〇〇万円を支払ったとの前記(一)の控訴人の供述はたやすく信用できず、ほかに右支払を認めるに足りる証拠はない。
(四) 仮に控訴人が平田信雄なる人物に三七〇〇万円を支払った事実があったとしても、同人に弁済受領権限があったと認めるには足りず、また、民法四八〇条の受取証書持参人への弁済として有効とみなされるためには、受取証書自体が真正なものであることを要すると解すべきところ、本件においては、平田信雄なる人物が持参した乙ア第六号証の領収証が被控訴人によってまたはその作成権限のある者によって真正に作成されたものであることを認めるに足りないから、同条の弁済として有効と解する余地はない。
また、民法四七八条の債権の準占有者への弁済として有効とされるためには、弁済者が善意かつ無過失であることを要するところ(最高裁昭和三七年八月二一日第三小法廷判決・民集一六巻九号一八〇九頁)、被控訴人代表者尋問の結果によれば、昭和六一年九月末ころ、被控訴人が本件請負代金の取立てを依頼していた宮崎が集金した代金の一部を着服していることが発覚し、控訴人においても、そのころには右着服の事実を知ったことが認められる。このような事実を知りながら、前記(一)に認定のように、その後間もなく取立てに訪れた初対面の平田信雄なる人物に対し、その権限もよく確認しないまま三七〇〇万円という大金を支払ったという控訴人には過失があるものといわねばならず、民法四七八条の弁済としても有効と解することはできない。
6 控訴人は、本件請負契約に基づく代金のうち二四〇万円について減額の合意があった旨主張するが、控訴人本人尋問の結果(第一、二回)によっても、控訴人が前記の平田信雄に対して冗談半分に「負けてくれ。」と言ったところ、同人が「社長と相談しておく。」と答えたというにとどまり、控訴人が被控訴人代表者から直接減額の承諾を得たわけではないことが認められるのであり、他に右合意の存在を認めるに足りる証拠はない。
7 結局、抗弁1の(一)ないし(四)のうち、合計一六九〇万円の弁済は理由があるが、同1の(五)及び同2ないし4は、いずれも理由がない。したがって、被控訴人の有する本件請負残代金は、差し引き一七四〇万円となる。
三 消滅時効の抗弁(抗弁5)及び時効中断の再抗弁について
1 被控訴人は、控訴人の消滅時効の抗弁は時機に後れた攻撃防禦方法であると主張するが、控訴人は、原審では全額弁済したことにより本件請負代金債権は存在しなくなったとして請求の全部棄却を求めて争っていたところ、原審が一部認容判決をするに至ったため、当審での第一回口頭弁論期日における控訴状の陳述をもって、仮定的に消滅時効の抗弁を主張するに至ったものと解されるから、このような訴訟の経過に鑑みると、控訴人の右主張が時機に後れた攻撃防禦方法に該当するということはできず、また、同抗弁立証のために格別の証拠調べが必要となるものでもないから、訴訟の完結を遅延させるものでもない。結局、被控訴人の右主張は失当である。
2 本件請負代金の弁済期が昭和六一年一〇月二五日であることは当事者間に争いがなく、平成二年九月一九日の訴え変更申立てまでに三年の期間が経過したこと及び控訴人が本件において民法一七〇条二号の短期消滅時効を援用したことは、訴訟手続上、当裁判所に明らかである。
3 そこで、再抗弁(時効中断の有無)について検討するに、証拠(甲第一号証、原審での被控訴人代表者尋問の結果、弁論の全趣旨)並びに本件記録によれば、被控訴人は、控訴人からその新築を請け負って完成させた本件建物を控訴人に引き渡した(ただし、被控訴人は、工事完了引渡証明書を控訴人に詐取された旨の認識を有していた。)にもかかわらず、本件請負代金が一部しか支払われておらず、しかも、昭和六一年九月二〇日受付で控訴人名義に本件建物の所有権保存登記がなされ、更に同年一〇月二一日受付で有限会社北部商事(一審相被告)に所有権移転登記がなされたことが判明したところから、右請負残代金請求権を保全する目的で、昭和六三年一一月一八日、弁護士に委任することなく、本人訴訟として、控訴人に対し、右保存登記の抹消を求める本件訴えを提起したこと、本件訴状には、右工事完了後に支払われるべき本件請負代金の大部分(六一〇〇万円のうち五六五〇万円)が未払であって、控訴人が、残代金は本件建物を銀行に担保に入れて借り入れた金員から支払うと約束していた旨が記載されており、その後に被控訴人が作成して原審の口頭弁論で陳述した準備書面等においても、控訴人による弁済の主張に反論する形で、請負残代金請求権が存在し、これを行使する意思がある旨が明らかにされていたこと、平成二年九月一九日(原審第一六回口頭弁論期日)に至って、被控訴人は、本件請負残代金は四六三〇万円であると主張を訂正した上、本件建物の保存登記の抹消請求をあきらめ、紛争の実質に合わせて請負代金請求に訴えを交換的に変更したこと、原審での審理においては、訴え変更の前後を通じて、請負代金の支払の有無が証拠調べの対象となったが、その結果、原判決が認容した限度で被控訴人の残代金請求が一部認められ、その旨の原判決が言い渡されたこと、以上の事実が認められる(当審も、前記説示のとおり、原判決と同額の請負残代金債権が存在するものと判断する。)。
以上に認定したところによれば、本件訴え提起時には請負代金請求権が直接の訴訟物となっていなかったことは明らかであるが、被控訴人は、本件訴え提起の当初から、本件建物保存登記の抹消請求の前提として請負代金の残金があることを主張しており、これにつき請求の意思があることを明らかにしていたということができるし、原審での主たる争点も、当初から請負代金の弁済の有無であった。そして、本件建物の所有権が、その完成により、当然に請負人たる被控訴人に帰属すると解すべきかどうかについては、議論のあるところと考えられるが、請負人にとっては、請負代金の弁済を受けるまでは、本件建物の所有権を確保することにより、担保としての機能を果たさせようと意図するのは無理からぬところであり、当初の請求はその目的に出たものと認められる。一方、注文主たる控訴人が代金全額を弁済することにより、建物の所有権は完全に控訴人に帰属し、被控訴人による保存登記の抹消請求も認められなくなる関係にあり、その意味で、本件訴え提起当時の訴訟物と訴え変更後の訴訟物とは密接な関係があるということができるのである。このほか、原審では終始被控訴人本人によって訴訟が追行されたことをも併せ考慮すると、本件のような事実関係の下においては、本件訴えの提起によって、本件請負代金請求権についての裁判上の請求に準ずる権利主張があったものとして、同請求権につき消滅時効中断の効力があると解するのが相当である(なお、訴訟物が異なることをもって、裁判上の請求に準ずるものと解することができないとしても、前記認定の事実関係に照らすと、被控訴人の本件訴状による主張は、本件請負代金請求権につき、少なくともいわゆる裁判上の催告の限度では効力を有するものと認めるべきであるところ、右時効中断の効力は、訴えの提起という訴訟行為によるものであるから、その提起時から前記訴えの交換的変更に至るまで継続して存在するものというべく、右訴えの交換的変更(請求)によって、確定的に消滅時効中断の効力が生ずるに至ったものと認められる。)。よって、消滅時効の抗弁は理由がない。
四 以上に認定、説示したところによれば、被控訴人の請求は原判決が認容した限度で理由があるからこれを認容すべきであり、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。よって、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官友納治夫 裁判官有吉一郎 裁判官奥田正昭)
別紙<省略>