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福岡高等裁判所 平成7年(ネ)531号 判決 1996年3月18日

控訴人

シャープファイナンス株式会社

右代表者代表取締役

今田昭七

右訴訟代理人支配人

吉村貞夫

右訴訟代理人弁護士

宮下和彦

吉野正

被控訴人

長﨑屋こと

長﨑千代子

長﨑武利

右両名訴訟代理人弁護士

中園勝人

緒方研一

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、一九七万〇八八〇円及びこれに対する平成六年三月三〇日から支払済みまで年29.2パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、控訴人が、被控訴人長﨑千代子(以下「被控訴人千代子」という。)との間で締結したリース契約に基づき、リース料の不払を理由に同契約を解除したとして、同被控訴人及びその連帯保証人である被控訴人長﨑武利(以下「被控訴人武利」という。)に対し、残リース料相当額の損害金及びこれに対する約定遅延損害金の支払を求めたところ、被控訴人らが、リース物件の引渡しがないことを理由にその支払を拒んでいる事案である。

一  争いのない事実等

1  平成三年六月一四日、控訴人と被控訴人千代子は、次のとおり、ZM酒販店POSコンピューター一台(以下「本件リース物件」という。)を賃貸する旨のリース契約(以下「本件リース契約」という。)を締結した。

(一) リース期間は、平成三年六月一四日から平成九年六月一三日までとする。

(二) リース料の総額は、三五五万九六八〇円(消費税一〇万三六八〇円を含む。)とし、平成三年七月から平成九年六月まで七二回に分割して、毎月三日に四万九四四〇円(消費税一四四〇円を含む。)宛支払う。

(三) 被控訴人千代子が右リース料の分割支払を一回でも怠ったときは、控訴人は催告をしないで本件リース契約を解除でき、その場合、被控訴人千代子は控訴人に対し、残リース料相当額を損害賠償として直ちに支払う。

(四) 遅延損害金は、年29.2パーセントの割合とする。

2  被控訴人武利は、控訴人に対し、右契約の日に、本件リース契約により生ずる被控訴人千代子の一切の債務を連帯して保証する旨約した。

3  控訴人は、平成六年一月分(三一回分)までしか右リース料が支払われなかったので、同年三月二九日、本件リース契約を解除する旨の意思表示をし、その通知は同月三〇日に被控訴人らに到達した(甲四の1ないし3)。

二  争点

1  本件リース物件が被控訴人千代子に引き渡されたか。

(一) 控訴人

本件リース物件は、本件リース契約締結のころ、NOCシステム株式会社(以下「訴外会社」という。)から被控訴人千代子に対して現実に又は占有改定の方法により引き渡された。

(二) 被控訴人ら

引渡しはなされていない。

2  被控訴人らが本件リース物件の引渡しがないことを理由にリース料の支払を拒絶することが信義則に反するか。

(一) 控訴人

仮に本件リース物件の引渡しがなかったとしても、控訴人は、被控訴人千代子から本件リース契約締結の意思があることを直接確認しており、その際、同被控訴人から形式的にも不備のない物件受領書の交付を受けて、本件リース物件の売買代金を支払ったものであるし、同被控訴人は、その後、少なくとも一年間近くもリース料を支払っていたから、被控訴人らが本件リース物件の未納入を理由にリース料の支払を拒絶することは信義則に反し許されない。

(二) 被控訴人ら

控訴人は、物件受領書に不備があり、本件リース物件の引渡しがないことを知りながら、訴外会社に対して売買代金を支払ったのであるから、被控訴人千代子が事実に反する内容の物件受領書を交付したとしても、信義則に反することにはならない。

第三  証拠の関係は、原審及び当審記録中の各書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  争点に対する判断

一  本件リース契約締結に至る経緯、本件リース物件の納入に関する事実関係及びその後のリース料の支払状況等

1  被控訴人らは、被控訴人千代子を代表者として「長﨑屋」の屋号で酒類や米の販売をしており、顧客管理や商品管理を目的として、ナショナルファイナンス社をリース会社とするリース契約により、本件リース契約の三、四年前からコンピューターを使用していた。平成三年六月ころ、被控訴人らは、このリース契約の際と同じ販売店である訴外会社から新たなコンピューターを導入することとし、これにつき控訴人と本件リース契約を締結した(甲一、原審での被控訴人武利及び当審での被控訴人千代子各本人)。

2  控訴人の営業担当者の岡田拓洋(以下「岡田」という。)は、同年六月七日に被控訴人らの店舗を訪れ、被控訴人千代子及び訴外会社の担当者の長野某(以下「長野」という。)と面談して、本件リース契約を締結することについて被控訴人千代子の意思を確認した。その際、本件リース物件は納入されていなかったが、長野は、コンピューターに顧客や商品の管理に関する情報を入力するために時間がかかるので納期が約一か月先になると説明し、被控訴人千代子はこのことを納得していた。そこで、岡田は、約一か月後には本件リース物件が納入されるであろうとの予測の下に、「事業用契約確認・物件確認状況書」(甲三)に、右同日午後二時現在の確認状況として、リース物件の納入状況は「完納」であり、工事が完成して稼働可能な状況で、設置場所は店内カウンターである旨の記載をした。また、その際、被控訴人千代子は、長野から、本件リース契約を締結するのに必要であるとの説明を受けて、「シャープリース契約書」(甲一)に署名捺印した(従業員に署名を代行させた。)が、右契約書には、本件リース物件の引渡しを受けて検収した旨が不動文字で記載された物件受領書(甲二)が複写式で添付されており、被控訴人千代子は長野の指示に従ってこれにも押印した。その後、同月一〇日ころ、控訴人から訴外会社に対し、本件リース物件の代金が支払われたが、控訴人は本件リース物件の納入を確認しないまま支払をしたものである。岡田は、被控訴人武利に対しては、同月一四日に、連帯保証の意思を有する旨を電話により確認した。以上の経緯で、控訴人は同月一四日に本件リース契約が締結された旨の事務処理をし、右契約書(甲一)の契約年月日や物件受領書(甲二)の交付年月日(いずれも平成三年六月一四日)は控訴人側がそのころ書き入れたものと推認されるが、その時点においても、控訴人は本件リース物件の納入を確認していない(むしろ、控訴人は右納入が未了であることを知りながら右の事務処理をしたものと推認される。)(甲一ないし三、原審証人岡田、原審での被控訴人武利及び当審での被控訴人千代子各本人、弁論の全趣旨)。

3  本件リース物件の引渡しがなかったので、同年一二月ころ、被控訴人武利が訴外会社に催促したところ、機械の調子が良くないので待ってくれとの返事だった。ところが、平成四年四月ころになっても納品がなされなかったため、被控訴人武利は岡田に対し、今後リース料の支払をしない旨を申し入れた。岡田は、訴外会社を訪問して早く納品するよう言ったが、直ちに納品するとの返事だったので、それ以上の対応はしなかった(原審証人岡田、原審での被控訴人武利本人)。

4  本件リース契約において、リース料の支払は、毎月三日に被控訴人千代子名義の銀行預金から口座振替する方法により行うと定められ、被控訴人らは、当初、近い将来にはコンピューターへの入力が完了して本件リース物件の引渡しが受けられるものと期待しつつ、これを支払っていたが、控訴人に右申入れをした平成四年四月ころ、当該銀行に対し、右口座振替を止める手続をした。その後、平成六年一月分までのリース料が控訴人に入金されているが、その入金は、毎月三日以外の日になされている(甲一、五、六、乙二、原審での被控訴人武利及び当審での被控訴人千代子各本人)。

二  以上に認定した事実を前提として検討するに、本件リース物件の引渡しの有無(争点1)につき、控訴人は、本件リース契約が締結されたころ、訴外会社から被控訴人千代子に対して現実に本件リース物件が引き渡された旨主張するが、そもそも控訴人は、原審では右引渡しがなかったことを明らかに争っておらず、当審になって初めて争うようになったものであるし、控訴人の担当者である原審証人岡田も、控訴人主張のころに本件リース物件の引渡しがあったわけではないことを認める旨の供述をしているのであって、前記一で認定したところによれば、本件リース物件が被控訴人千代子に引き渡されていないことは明らかである。

この点に関して控訴人は、現実の引渡しがないにしても少なくとも占有改定による引渡しはあったと主張するが、右主張を裏付けるに足りる的確な証拠はない。

三  そこで、本件リース物件の引渡しがないことを理由に被控訴人らがリース料の支払を拒絶することが信義則に反するか否かの点(争点2)について検討するに、前記認定の本件リース物件の種類、性質、本件リース契約の内容及び本件リース契約締結に至る経緯等に照らすと、本件リース契約は、いわゆるファイナンスリース契約の性質を有する契約であると解することができる。したがって、その経済的実質は、ユーザーに対するリース物件の購入代金の融資にあり、リース物件の使用収益とリース料の支払とは完全な意味での対価関係に立つものではないと解されるが、リース会社(控訴人)がサプラーヤー(訴外会社)に対して売買代金を一括して支払うことによって、ユーザー(被控訴人千代子)が金融上の利益を受けるといえるためには、ユーザーがリース物件を直ちに使用収益しうることが当然の前提となっているものと解される。本件においても、ユーザーである被控訴人千代子は、本件リース物件の占有を取得してこれを使用する目的で本件リース契約を締結したものであるし、本件リース契約の約款(甲一)を見ても、控訴人が本件リース物件を被控訴人千代子に賃貸する(一条)とか、リース期間の満了又は契約が解除された場合には直ちにリース物件を控訴人の指定場所に返還する(一六条)など、本件リース契約が賃貸借であることを前提とする条項が多数存在していることに鑑みると、本件リース契約において、リース会社である控訴人に、被控訴人千代子に対する本件リース物件の引渡し義務が全くないと解することは困難である。また、本件リース契約上、リース期間は、被控訴人千代子が本件リース物件の検収(それは物件の引渡しを受けてから七日以内に完了するものと定められている。)を完了した日から起算することとされており(甲一の二条、五条)、本件リース物件の引渡しがない限りリース期間が開始しない建前ともなっているのである。そうすると、被控訴人らは、本件リース物件の引渡しがない以上、リース料の支払を拒みうるものと解することができる。

ところが、本件では、被控訴人千代子は、本件リース物件が納入されていないことを知りながら物件受領書を作成、交付したものであるところ、一般的に、ファイナンスリース契約においては、リース会社は、リース物件の選定や引渡しに関与せず、サプライヤーとユーザーとの間で機種等が選定され、その引渡しも、リース会社の立会いなしにサプライヤーからユーザーに直接納入する方法によるのが通常であり、ユーザーはこれを検収した上で物件受領書を作成し、サプライヤーを経由してリース会社が右物件受領書の交付を受けることにより、リース会社は引渡しがあったことを書面上確認してサプライヤーに売買代金を支払うという流れになっていることは、当裁判所に顕著である。そうであるとすれば、通常のファイナンスリース契約の仕組みからすれば、ユーザーからの物件受領書が交付されれば、リース会社としてはその記載を信じてリース物件の売買代金をサプライヤーに支払うことになり、これにより経済的実質に即した金融の利益を供与したということができるから、仮にユーザーが内容虚偽の物件受領書を作成し、他方でリース会社がリース物件の引渡しがないことを知らず、物件受領書の記載を信じて代金を支払ったような場合には、ユーザーがリース物件の引渡しがないことを理由としてリース料の支払を拒絶するのは、原則として信義則に反するというべきである。しかしながら、本件では、前記認定のとおり、控訴人は、本件リース物件が被控訴人千代子に引き渡されていないのに物件受領書が作成されたとの事実を知っており、後に納入される予定であると考えていたにしても、訴外会社に売買代金を支払う時点でも本件リース物件の納入の有無を確認しなかったものであって、結局、将来本件リース物件が被控訴人千代子に引き渡されるであろうことを期待して、自らの責任において売買代金を訴外会社に支払ったものというべきである。したがって、被控訴人千代子が真実に副わない物件受領書を作成、交付したことは、取引の当事者として不用意のそしりを免れないが、以上の事実を総合すると、同被控訴人において控訴人に対し、本件リース物件の引渡しがないことを主張することが信義則に反して許されないとまで解するのは相当ではない。このように解したとしても、控訴人の担当者岡田において引渡しがないことを認識していたのであるから、リース会社である控訴人が不測の損害を被るということにはならないというべきである。なお、控訴人は、被控訴人らがリース物件の納入がないことを知りながら一年間近くもリース料を支払い続けたことを問題とするけれども、被控訴人らは、再三にわたって訴外会社に対して本件リース物件の引渡しを求めたが、訴外会社からコンピューターにトラブルがあったのでメーカーに問い合わせているなどと言われ、いずれは引き渡して貰えると考えて支払を継続していたのであり(原審での被控訴人武利及び当審での被控訴人千代子各本人)、その後、もはや引渡しを期待できないとの判断の下に、平成四年四月ころにリース料支払のための口座振替えを止める手続を取ったもの(その後の支払は訴外会社によってなされたものと推測できる。)で、既払のリース料については返還を求めるつもりもない(原審での被控訴人武利本人)というのであるから、右リース料の支払がなされていたことをもって前記認定を左右するに足りない。

そうすると、被控訴人らには本件リース料の支払義務はなく、控訴人による本件リース契約解除の主張は理由がないことになるから、控訴人の残リース料相当額の損害金の請求及び右付帯請求はその前提を欠くことになり、理由がないことに帰する。

第五  よって、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官友納治夫 裁判官有吉一郎 裁判官奥田正昭)

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