福岡高等裁判所 平成8年(ネ)553号 判決 2000年11月28日
控訴人
北本盡吾
控訴人
日高治男
右両名訴訟代理人弁護士
石井将
同
服部弘昭
被控訴人
新日本製鐵株式会社
右代表者代表取締役
千速晃
右訴訟代理人弁護士
山崎辰雄
同
三浦啓作
同
奥田邦夫
同
加茂善仁
同
岩本智弘
主文
一 控訴人らの主位的請求をいずれも棄却する。
二 原判決を取り消し,控訴人らの第2次請求にかかる訴えをいずれも却下する。
三 控訴人らの第3次ないし第5次請求にかかる訴えをいずれも却下する。
四 訴訟費用は,第一・二審とも控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 主位的請求
控訴人らが,日鐵運輸株式会社に労務を提供する義務のないことを確認する。
2(一) 原判決を取り消す。
(二) 第2次請求
被控訴人が控訴人らに対してなした平成元年4月15日付け「八幡製鐵所労働部労働人事室労働人事掛勤務を命ずる。社外勤務休職を命ずる(日鐵運輸株式会社への出向)。」との各職務命令が無効であることを確認する。
3(一) 第3次請求
被控訴人が控訴人らに対してなした右各職務命令が平成4年4月15日以降は無効であることを確認する。
(二) 第4次請求
被控訴人が控訴人らに対してなした右各職務命令が平成7年4月15日以降は無効であることを確認する。
(三) 第5次請求
被控訴人が控訴人らに対してなした右各職務命令が平成10年4月15日以降は無効であることを確認する。
(控訴人らは,当審において主位的請求を追加し,従前の請求を第2次請求とするとともに,第3次ないし第5次請求を追加した。)
二 被控訴人ら
1 本案前の答弁
控訴人らの第2次ないし第5次請求をいずれも却下する。
2 本案に対する答弁
控訴人らの主位的請求及び第2次ないし第5次請求をいずれも棄却する。
第二事案の概要
本件は,被控訴人の従業員である控訴人らが,被控訴人の発令した出向命令が無効であるとして,主位的に,出向先で労務を提供する義務がないことの確認を求め,第2次請求として,右出向命令の無効確認を求め,さらに第3次ないし第5次請求として,その後3年毎になされた各出向延長措置以降において,右出向命令が無効であることの確認を求めたものである。
なお,以下の記述は,原判決の「事案の概要」を一部改訂(誤字脱字の訂正,削除,付加,配列の変更等)し,当審における主張の要旨を付加したものであるが,原判決の「事案の概要」を改訂した部分のうち主要な部分及び当審における主張部分には傍線を付している。
一 争いのない事実
1 当事者
(一) 控訴人ら
(1) 控訴人北本盡吾(以下「控訴人北本」という。)
控訴人北本は,昭和36年6月5日,臨時作業員として旧八幡製鐵株式会社に雇用され,その後2か月を経て同年8月5日付けで同社の社員として採用され,八幡製鐵所運輸部第二輸送課高見輸送掛に配属となり,さらに,同部製品輸送課製鋼分塊輸送掛,生産業務部八幡輸送課半製品輸送掛,同部輸送室八幡輸送掛,同部輸送管理室八幡輸送掛を経て,平成元年3月1日以降,同年4月15日付けで出向命令が発令されるまで同部輸送管理室輸送掛の職務に従事してきた者である。
(2) 控訴人日高治男(以下「控訴人日高」という。)
控訴人日高は,昭和36年9月15日,臨時作業員として旧八幡製鐵株式会社に雇用され,その後2か月を経て同年11月15日付けで同社の社員として採用され,八幡製鐵所運輸部鉄道課信号掛に配属となり,さらに生産業務部輸送室八幡輸送掛,同部輸送管理室八幡輸送掛を経て,平成元年3月1日以降,同年4月15日付けで出向命令が発令されるまで同部輸送管理室輸送掛の職務に従事してきた者である。
(3) 控訴人らは,新日本製鐵八幡労働組合(以下「八幡労組」という。)に所属する組合員であるところ,八幡労組は,その本部を北九州市に置き,平成元年4月1日現在で,組合員数1万2232名を擁し,下部組織として53の支部を有しているが,上部組織である新日本製鐵労働組合連合会(以下「連合会」という。)は,被控訴人の本社,製鉄所,製造所の各組合及び新日鐵化学株式会社の組合を単位組合とする連合体である(以下,連合会と八幡労組とを区別することなく,「組合」と呼称することもある。)。
(二) 被控訴人
被控訴人は,昭和45年3月31日,旧八幡製鐵株式会社と旧富士製鐵株式会社との合併により設立され,従来は鉄鋼の製造・販売を主たる事業としていたが,事業領域を拡大し,現在では右のほか,非鉄金属,セラミックス及び化学製品の製造・販売,製鉄プラント,化学プラント等の産業機械・装置及び鋼構造物の製造・販売,建設工事の請負,都市開発事業及び宅地建物の取引・貸借,情報処理・通信システム及び電子機器の製造・販売並びに通信事業,バイオテクノロジーによる農水産物等の生産・販売,教育・医療・スポーツ施設等の経営,以上に係わる技術の販売及び付帯する事業等を目的とする株式会社である(以下の記述においては,旧八幡製鐵株式会社時代を含めて,単に被控訴人と表示することがある。)。
平成元年4月1日の時点で,被控訴人に在籍する従業員の数は,出向者1万3393名を含み5万8349名であり,資本金は3318億3500万円である。
2 出向に関する被控訴人の規定(いずれも出向時のもの)
就業規則(<証拠略>)に「社員に対しては,業務上の必要により社外勤務をさせることがある。」(54条)との規定があるほか,八幡労組の組合員に適用される労働協約においても「会社は,業務上の必要により,組合員を社外勤務させることがある。」(54条1項)との規定がある。
また,被控訴人と連合会は,社外勤務者の取扱いにつき,労働組合法上の労働協約である社外勤務に関する協定(<証拠略>。以下「社外勤務協定」という。)を締結しており,同協定には,以下の趣旨の諸規定がある。
(一) 社外勤務を分けて,出向及び派遣とし(2条1項),出向とは,関係会社,関係団体,関係官庁等に役員または従業員として勤務することをいう(同条2項)。
(二) 出向する組合員は社外勤務休職とする(3条)。
(三) 出向期間は原則として3年以内とする。ただし,業務上の必要によりこの期間を延長し,またはこの期間を超えて出向を命ずることがある(4条1項)。出向期間は当社勤続年数に通算する(同条2項)。
(四) 出向者の就業時間,休日,休暇等就業に関しては出向先の規定による(6条1項)。
(五) 当社における考課,昇格,昇給及び賞与等の査定については,出向先における勤務成績を勘案の上,当社規定により社内勤務者と同一基準により行う(7条)。
(六) 出向者の懲戒については,出向先の規定による。この場合の当社の取扱いについては,その都度定める。ただし,出向先の規定または当社の規定により解雇に該当する場合は復職を命じた後,当社の規定を適用する(9条)。
出向者の転勤,職場もしくは職務の変更及び出張は出向先の命ずるところによる(10条)。
出向者が出向先の規定により休職に該当する場合は,出向先の定めるところによる。この場合の当社の取扱いについては,その都度定める(11条1項)。
出向者が当社の社員在職年齢満限に達したときは当社を退職するものとする(13条)。
(七) 出向手当A(一時金5万円)の支給(14条)。
(八) 出向者の給与及び賞与は出向先の定めるところによる。ただし,出向先支給額が当社規定による支給額に満たないときは当社の規定による支給額との差額を支給する(15条1項)。
(九) 右当社規定による支給額は,基準内外給与及び出向手当B(出向先の年間所定労働時間が当社年間所定労働時間を超える場合に右時間差に応じて支給。)とし,出向先における所定就業時間外の就業または休日の就業に対する過勤務手当及び深夜手当を一定の算式に従い支給するほか,その他諸手当は当社規定による(16条)。
(一〇) 賞与支給額は出向先における勤務に基づき当社基準により計算する(17条)。退職手当は出向期間を通算し当社規定により支給する(18条)。
(一一) 出向者は当社保有の病院等の厚生施設及び出張時の宿泊施設を利用でき,出向先の社宅が利用できない場合に限り当社の社宅を利用できる(19条)。
出向者は,当社の貸付制度,財形制度を利用できる。ただし,出向先に当社制度に準ずる貸付制度があり,これを利用できる場合はこの限りでない(21条)。
(一二) 出向者の健康保険,厚生年金保険及び雇用保険は原則として当社において加入し,労災保険は出向先において加入する。出向者の業務上及び業務外の災害補償は出向先の規定による。ただし,出向先に定めがない場合,または出向先の定める補償額が当社社員災害補償規程に定める補償額に満たないときは,その差額を支給する(23ないし25条)。
(一三) 出向者が復職する場合は,その能力,経験等を勘案して配置職務を決定する(26条)。
3 出向命令の発令
控訴人らに対し,平成元年4月10日,八幡製鐵所生産業務部輸送管理室長が同月15日付けで出向を命じる旨予告し,同月14日,八幡製鐵所労働部労働人事室長が,「八幡製鐵所労働部労働人事室労働人事掛を命ずる。社外勤務休職を命ずる(日鐵運輸株式会社への出向)。」旨の同月15日付けの通知文を交付した(以下「本件出向命令」という。)。これに対し,控訴人らは,同月17日,出向に不同意のまま日鐵運輸株式会社(以下「日鐵運輸」という。)へ赴任した。
なお,本件出向命令後,被控訴人は,控訴人らに対し,平成4年4月15日付け,同7年4月15日付け及び同10年4月15日付けの3回に亘り,それぞれ3年間の出向延長措置を採った(以下,これを一括して「本件延長措置」という。)。
二 争点
1 控訴人らの第2次ないし第5次請求にかかる訴えの適法性
2 本件出向命令の有効性
(一) 本件出向命令の根拠
(二) 本件出向命令は権利の濫用にあたるか。
(三) 本件出向命令は,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)32条1項の脱法行為として無効か。
3 控訴人らの出向に対する同意の拒絶が権利濫用にあたるか(予備的主張)。
三 争点についての当事者の主張
1 控訴人らの第2次ないし第5次請求にかかる訴えの適法性について
(被控訴人の主張)
控訴人らは,本件出向命令の無効確認を請求しているが,このような過去の法律行為の無効確認訴訟が許されるのは,当該法律行為の無効を前提とする現在の法律関係を確定しても紛争の抜本的解決が得られない等,当該法律行為の無効確認を求めるにつき,特段の利益が存在する場合に限られるというべきである。しかるに,控訴人らは,控訴審において,主位的請求として,出向先である日鐵運輸での就労義務不存在確認請求を追加しており,これに基づき,本件出向命令が無効であることを前提とした控訴人らの地位(法律関係)について判断されれば,控訴人らと被控訴人との間の本件出向命令を巡る紛争は,抜本的な解決が図られることになる。したがって,控訴人らの第2次請求ないし第5次請求は,確認の利益を欠いており,不適法として却下を免れない。
なお,第3次ないし第5次請求については,右主張の外に,時機に後れた攻撃方法にも該当するから,却下を免れない。
2 本件出向命令の法的根拠
(被控訴人の主張)
(一)(1) 出向命令は,出向させることのあることが労働契約の内容となっていたり,就業規則や労働協約に根拠規定があれば,当然発令でき,発令の際に,労働者の個別的同意は必要ではない。
日本における終身雇用的労働契約にあっては,契約締結の際,労働者は将来にわたり包括的に労働力の処分を使用者に委ね,使用者はそれに基づき労働力配置権及び配置変更権を取得するが,その範囲・内容は,労働契約締結の際,具体的に定めるものではなく,就業規則や労働協約により規律されることを内容として包括的に使用者に委ねるという形でなされるのが通常であり,特に労働契約に限定がない限り,労働力配置とその変更(人事権の行使)は,その他の労働条件と同様に,就業規則・労働協約により律せられることになる。したがって,出向も配置転換と同様,労働力配置の変更としてなされるから,就業規則や労働協約がその法的根拠となることは当然である。
(2) 本件においても,採用時,控訴人らは,被控訴人に対し,就業規則を遵守する旨の誓約書を提出しているところ,採用当時,控訴人らに交付され,同時に採用された他の従業員とともに逐一内容についての説明を受けた就業規則には「社員に対しては,業務上の必要により社外勤務をさせることがある。」と規定があり,本件出向命令時の就業規則にもこれと同旨の規定が存在していた。
(3) 被控訴人は,連合会との間にユニオン・ショップ協定を含む労働協約を締結し,控訴人らも右協定に従い組合員となることを義務付けられ,右労働協約の適用を受けるが,右労働協約も「会社は,業務上の必要により,組合員に社外勤務をさせることがある。」(54条1項)と規定する。さらに,被控訴人は連合会との間で右協約54条2項に基づき社外勤務協定を締結し,出向者の労働条件を明確にし,もって,労働者の出向義務の存在を補強している。
また,労使間で協議され,組合が了解した後,組合員に対して就業規則により会社が転勤や出向命令を発令することは,一種の制度的運用として慣行化してきており,組合了解表明後は就業規則や労働協約の人事規定を根拠にする人事発令は,個々の労働者に対する拘束力を強くするものであり,労働者の生活に著しい不利益を与え,社会通念上耐え難い不利益を甘受させるものでないかぎり,有効に労働者を拘束するものといわなければならない。
なお,本件においては,転勤その他個々の人事に労働組合との協議や同意を要件とする,いわゆる協議約款や同意約款を含む協定は存在しない。
(4) したがって,就業規則及び労働協約の前記各規定並びに社外勤務協定の規定は,出向応諾義務を法律上正当づける特段の根拠となりうる。仮に,そのように解することができないとしても,控訴人らは,入社時に就業規則の遵守を約し,労働契約の内容や個々の労働条件が就業規則によることについて包括的に合意しており,さらに,控訴人らの入社当時の就業規則に社外勤務させることがある旨の規定が存在することからも,出向応諾義務の存在に合意していたということができる。
(5) 控訴人らは,就業規則54条の規定が抽象的な規定に過ぎず,出向義務を根拠づけることはできないと主張するが,右規定と同規則における配転の規定とを照らし合わせると,出向を命じることのあることが配転を命じることがあることと同様に労働契約の内容となっていることは明らかである。
また,控訴人らは,民法625条は強行規定である旨主張するが,同条は,本来使用者の地位を譲渡する転籍ないしは転属の場合に適用されるものであって,在籍出向の場合に当然に適用されると解することは疑問であるし,仮に右規定の適用があるとしても,同規定を強行規定と解すべき理由はない。
さらに,控訴人らは,本件出向前には,労働組合との間で,出向対象の従業員の具体的・個別的同意を得るという解釈・運用が定着していたと主張するが,八幡労組が,出向に当たっては本人の意思を尊重することを運動方針としていたことはあるとしても,労働協約上,そのような規定はないし,就業規則について,右主張の解釈・運用が確立し,定着していた事実はない。
(6) また,控訴人らは,本件出向につき,控訴人らと出向元である被控訴人のみならず出向先である日鐵運輸との三者の合意が必要と解すべきである等と主張するが,出向先との雇用関係が存するといっても,出向元の雇用関係がそのまま完全に移転するわけではなく,出向先で発生する関係はあくまでも限定的なものであり,むしろ,出向先での雇用関係の発生は,出向元における労働条件の一つと解されるものである。かかる部分的な雇用関係の発生は,出向元の雇用関係から切り離された新たな雇用関係を成立させるものではないから,出向元の就業規則や労働協約の根拠規定に基づいて,十分に命じうる。
(二) 本件出向の法的性質
就業規則に「社員が第54条により社外勤務を命ぜられたときには,休職とすることがある。」(56条1項),「前項の休職期間は勤続年数に通算する。」(同条2項)とあり,被控訴人における出向措置は全て在籍出向となっている。給与・賞与等の支給が被控訴人の規定に基づくこと等から,実態的にも本件出向が在籍出向であることは疑いの余地がない。
控訴人らは,本件出向においては,出向に際して出向期間が明示されず,原職場は日鐵運輸に業務委託されているので,控訴人らに戻るべき職場はなく,また,日鐵運輸には,業務委託された作業に従事する従業員を独自に養成する意図はなく,被控訴人も控訴人らの復帰計画を今日まで示していないから,出向期間を3年とする社外勤務協定を逸脱し,復帰を予定しない出向(永久出向)であり,いわゆる転籍(移籍出向)と同質であると解して労働者本人の同意を必要とすべきであるし,もしくは,権利の濫用にあたるとして本件出向命令を無効と解すべきであると主張する。しかし,出向期間及び期間延長があることについては,社外勤務協定(4条)に明記されており,被控訴人は,控訴人らに対し,本件出向に際しては右規定どおり実施することを説明しているし,期間到来の都度,その時々の事情を見直し,その結果,出向の必要性はむしろ増大していると判断して延長通告を行ってきたのであって,控訴人らの右主張は理由がない。
(控訴人らの主張)
(一) 出向に対する労働者の個別・具体的な同意の必要性
(1) 民法625条1項
労働契約に基づく労務提供義務等の権利義務には一身専属性があり,それゆえ,民法625条1項は「使用者ハ労務者ノ承諾アルニ非サレハ其権利ヲ第三者ニ譲渡スルコトヲ得ス」と定めている。したがって,出向には労働者の同意を必要とするが,労働者の個別の同意を要するとしたのは,出向に伴う不利益から労働者を保護するためであるから,右規定は強行規定と解すべきである。
被控訴人は,八幡製鐵所構内鉄道輸送作業及びその関連作業を平成元年3月1日付けで日鐵運輸へ一括して業務委託した(以下「本件業務委託」という。)が,これにより被控訴人が得た税務や人事管理等の利益は,控訴人ら労働者の利益とはならず,労務指揮権の主体が変動すること自体が大きな不利益である上,控訴人らは,後記のとおり,労働時間や賃金等の面でも大きな不利益を受けているから,民法の右規定を厳格に解して,本件出向については控訴人ら労働者の個別・具体的な同意が必要であり,控訴人らの同意のない本件出向命令は無効というべきである。そして,右同意は,あらかじめ就業規則や労働協約において包括的に定めることでは不十分である。
(2) 本件出向は復帰を予定しない永久出向である。
本件出向においては,出向に際して出向期間の明示はなく,控訴人らの原職場は,日鐵運輸に業務委託されているので,控訴人らに戻るべき職場はない。また,日鐵運輸には,業務委託された作業に従事する従業員を独自に養成する意図はなく,被控訴人も控訴人らの復帰計画を今日まで示していない。
したがって,本件出向は,出向期間を3年とする社外勤務協定を逸脱し,復帰を予定しない出向(永久出向)であり,後記のとおり,権利の濫用にあたるとして無効とするか,あるいは,いわゆる転籍(移籍出向)と同質であると解して労働者本人の個別の同意を必要とすべきである。
(3) 三者間法律関係論
在籍出向においては,出向元との間に存在する労働契約上の権利義務が部分的に出向先に移転し,その限りで,労働者の権利義務が出向元のみならず出向先との間でも複合的に成立するから,出向先も出向労働関係の当事者にほかならない。すなわち,在籍出向は指揮命令権の移転にとどまらず,それまでの労働者と出向元の二者関係を,出向先を含めた三者関係に変更させるものであるから,出向に関する労働関係の発生原因を被控訴人の指揮命令権に求めることは適切でなく,控訴人らと出向元である被控訴人のみならず出向先である日鐵運輸との三者の合意が必要であると解すべきであるが,本件においてそのような合意は存在しない。
また,控訴人らと日鐵運輸との間で労働契約関係が成立するためには,日鐵運輸の採用の意思表示のみでは足りず,控訴人らの日鐵運輸に対する入社の意思表示が必要であるが,控訴人らの入社の意思表示はない。
そして,以下において,個別に検討するように,出向を労働者と出向元の二者関係として把握することはできず,出向先が契約当事者とならざるをえない側面と労働者と出向先の合意が必要である側面があることは明らかであり,また,労働者の合意は,労働者の権利を奪い,使用者の義務を免責するものであるから,就業規則,労働協約に基づくべきではなく,控訴人らの個別的な同意に基づくべきものである。
<1> 休日及び休暇について
社外勤務協定は,休日及び休暇について,出向先の定めによるとしている(6条1項)が,それらは控訴人らの権利に属するものであるから,控訴人らの個別の同意なしには,被控訴人はこれらを付与する義務を日鐵運輸に移転させることはできない。また,休日日数については,本件出向後,被控訴人の方が日鐵運輸より2日増えているが,これは被控訴人の債務を2日分免責する免責的債務引受であるから,控訴人らの個別の同意が必要である。さらに,休日及び休暇の権利は控訴人ら個人に帰属するから,出向先である日鐵運輸と控訴人らとの合意があって初めて,これらの付与方法を合理的に変更できるというべきであって,被控訴人の就業規則ないし労働協約の規定を根拠に控訴人らから右権利を奪うことはできない。
<2> 年次有給休暇について
社外勤務協定は,年次有給休暇について,出向年度における残日数のうち,出向先の規定による引き継ぎ可能な日数の範囲で,出向先に引き継ぐとしている(6条2項)が,年次有給休暇を出向先の日鐵運輸に移転させ,引き継ぎ可能な最高日数に免責するためには,免責的債務引受の理論に従う限り,控訴人らの個別の同意が必要である。また,休日及び休暇の場合と同様,控訴人ら個人に帰属する右権利を,被控訴人の就業規則ないし労働協約によって奪うことはできない。
<3> 給与及び賞与について
社外勤務協定は,出向者の給与及び賞与については,原則として出向先の定めによるが,出向先の支給額が被控訴人の規定による支給額に満たないときは差額を支給するとしている(15条1項)。仮に,日鐵運輸が同社の給与体系による賃金分を負担しているとすれば,その限りで給与及び賞与の支払義務が出向先に移転されたことになるが,それが認められるためには,免責的債務引受の理論に従う限り,控訴人らの個別の同意が必要である。また,賃金支払義務は使用者(出向元)の基本的義務であるから,被控訴人の就業規則ないし労働協約により免責措置はとり得ない。
(二) 本件出向命令の根拠についての被控訴人の主張に対する反論
(1) そもそも,就業規則及び労働協約は出向命令の根拠とはならない。
<1> 本件出向命令時の就業規則は,「社員に対しては,業務上の必要により社外勤務をさせることがある。」(54条)と規定するだけで,出向先,出向中の労働条件等にも一切触れておらず,出向の諸条件が制度として明確に定められていないから,このような一般的,抽象的規定は,「出向があり得る」という訓示的効果を有するにとどまり,労働者に出向を命じうる実質を備えているとはいえない。また,右規定に規範的効力を認めることは,強行法規である民法625条1項に反し,許されない。
仮に,使用者が,本件のような就業規則の出向規定を利用できるとした場合,使用者は,関連会社に一部門を業務委託して労働者を出向させ,個々の労働者の労働条件を個別に不利益に変更できることになるが,その結果,使用者の裁量的判断による人選を媒介にして,同一の勤務先に雇用され同一職場に勤務する労働者を,異なる労働条件の下で勤務させることになり,就業規則の機能である労働条件の統一的・画一的処理に反する。
<2> また,本件出向命令時の労働協約にも,右就業規則と同様の規定がある(54条)が,組合員全員を出向対象者としているわけではなく,出向対象者の選定を被控訴人に包括的に委ねているから,通常の「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準(労働条件基準)」(労働組合法16条)と考えることはできない。仮にこれを認めた場合,右就業規則の場合と同様,強行法規である民法625条1項に反する上,業務委託出向の形式をとれば,個々の労働者の労働条件を個別に不利益に変更することを可能にし,労働協約の集団的・画一的機能を没却する。そもそも,労働組合には,出向の意思のある労働者の労働条件を改善ないし規律する能力があるにとどまり,それを超えて出向の意思のない労働者にまで出向義務を強制ないし創設する能力はない。
<3> さらに,就業規則ないし労働協約は,当該事業場の労働規律と労働条件を定めるもので,出向先のそれらを制約するものではないから,権利義務の帰属先の変更は出向元会社の就業規則ないし労働協約ではなし得ないというべきである。法人格を別にする以上,出向先での労働契約関係の発生を,出向元における労働条件の一つと解するのは誤りである。
(2) 控訴人ら入社時,労働契約の内容に出向は含まれていなかった。
<1> 就業規則
昭和36年10月6日当時の八幡製鐵所社員就業規則には,「社員に対しては,業務上の必要によって出張または社外勤務をさせることがある。」(50条),「社員(作業職社員を除く。)が前条により社外勤務を命ぜられた場合には,休職とすることがある。」(50条の2)との規定があった。当時,「社外勤務」には,被控訴人との労働契約関係を「現在の所属のまま」とするいわゆる派遣型と,被控訴人との労働契約関係を休職として「先方の社員とする」いわゆる出向型との2つの形態があるとされていたが,右就業規則における「休職を伴う社外勤務」とはまさしく「出向」を意味するものであり,控訴人ら作業職社員は出向型の社外勤務から規定上除外されていた。したがって,例えば,昭和36年のブラジルのウジミナス製鉄所派遣のように,就業規則の規定に反して作業職社員が休職を伴う出向型の社外勤務の対象となる場合には,団体交渉を通じて特別の協定を結んで処理されていた。また,控訴人らは,入社時,被控訴人から,社外勤務は作業職社員には関係ないと説明されており,控訴人らが採用された2年後の昭和38年当時においても,社外勤務や出向の制度について労使間で全く議論されておらず,社外勤務として予定されていたのは,一時的な必要に基づく出張に類するようなものであった。
<2> 労働協約
控訴人ら入社当時の労働協約,昭和39年及び昭和41年にそれぞれ締結された労働協約のいずれにも,出向等の社外勤務に関する条項はない。これは,この当時まで,前記ウジミナス製鉄所派遣のような特別の場合を除き,控訴人ら作業職社員を社外勤務から除外する運用がなされていたために,一般的に「社外勤務」に関する条項を労働協約に取り込む必要がなかったからである。
<3> 誓約書及び身元引受書
控訴人らは,入社時に,被控訴人に就業規則を遵守する旨の誓約書を提出しているが,これは,労働契約締結時の労働契約の内容となる就業規則に従うことを約束したものであって,将来,被控訴人によって一方的に不利益に変更される就業規則に従うことまで約束したものではない。
(3) 就業規則54条についての運用
被控訴人においては,労働者を出向させる場合は,出向対象者の個別具体的な同意を得るという,就業規則第54条についての解釈ないし運用が,労使間で確立し定着していた。
3 本件出向命令は権利の濫用にあたるか。
(控訴人らの主張)
(一) 雇用調整型の出向と権利の濫用
(1) 本件出向命令に業務上の必要性は認められない。
被控訴人を含めた鉄鋼大手5社は,平成元年3月期決算で,約4900億円という史上最高の経常利益を記録し,景気拡大による鉄鋼需要の増大,輸出価格の好転などで大幅な増収増益を達成し,価格競争力の点でも復活しつつあった。被控訴人も,申告所得が975億8400万円あり,対前年度比153.8パーセントの増益を達成していた。
このように,鉄鋼業界は,好景気のために深刻な人手不足に陥り,休・廃止した高炉を再稼働させるなどする一方で,先制的な人員削減を強行したために,社会的な非難を浴びたが,被控訴人も,史上最高の経常利益をあげている最中である昭和63年12月20日,本件出向の前提となった「輸送・出荷部門の体質強化を目的とした構内輸送体制の再構築計画」(通称P550計画。以下「P550計画」という。)を八幡労組に提案した。
したがって,本件出向の方法を採用しなければ,雇用を維持できないほどに被控訴人の経営が悪化していたとは到底いえないものであって,本件出向には業務上の必要性は全くなかった。
(2) 本件業務委託の必要性及び合理性
<1> P550計画は,本件業務委託及び本件出向の必要性を裏付けるものではない。
被控訴人は,P550計画において,(イ) 輸送技術の革新等最適な輸送手段の選択により,従来の鉄道輸送と無軌道輸送の範囲を見直し,輸送効率を向上させる,(ロ) 「鉄道運行管理オンラインシステム」を開発・導入して鉄道部門の抜本的な効率化を図る,(ハ),(イ),(ロ)によって生じる余剰人員の解消のため構内輸送業務を統合・再編する,という3点をあげるが,いずれも本件業務委託及び本件出向の必要性ないし合理性の根拠としては不十分ないし不適当である。
すなわち,(イ)については,そもそも,輸送部門の労働生産性が低い原因は,八幡製鐵所が八幡地区と戸畑地区に分散しているというレイアウトの悪さにあり,構内輸送の全てを無軌道輸送化することは不可能であるから,他の製鉄所と比べて八幡製鐵所の無軌道輸送化には限界があるし,実際にも,新たな改善はなされていない。
(ロ)は,被控訴人が独自に開発・導入したもので,日鐵運輸の関与するところではなく,本件業務委託とは無関係である。
(ハ)については,控訴人らの従事するディーゼル機関車(以下「DL」という。)ないし電気機関車(以下「EL」という。)の運転と信号列車整理の業務は,「鉄道運行管理オンラインシステム」の本体を構成する不可欠の部門であって,これがなければ鉄道輸送は成り立たず,ここに人員がいなければ鉄道輸送は停止する。つまり,控訴人らは,もともと余剰人員ではなく,本件出向は余剰人員の解消とは関係がない。
<2> 日鐵運輸に業務委託する合理性はなかった。
「鉄道運行管理オンラインシステム」や鉄道設備のほとんど全ては被控訴人のものであり,日鐵運輸には鉄道輸送業務を行うための人材はおらず,本件業務委託後7年間にわたり,右業務に従事する人員のほとんど全ては被控訴人からの出向者が占めている。
つまり,日鐵運輸は,業務委託される業務を遂行すべき物的・人的設備をなんら持ち合わせていないのであって,被控訴人から受け入れた出向者を,要員として供出するバイパスの機能を果たしているだけである。
被控訴人は要員の弾力的運用とか,各協力会社間の管理業務の重複の解消などと称しているが,出向者が無軌道施設に回されるなどの弾力的運用がされた事実はなく,また,無軌道部門に他企業を入れる等の矛盾したことをし,日鐵運輸のほかにも株式会社峰製作所(以下「峰製作所」という。)や山九株式会社(以下「山九」という。)等を新たに加えてより重複化を進めている。
(3) 本件出向命令により控訴人らが受けた不利益
<1> 所定内労働時間
控訴人らは,出向しなかった労働者に比べ,平成元年4月1日からの1年間で,所定内労働時間で14.5時間の長時間労働を余儀なくされ,更に,その不利益は,平成3年には36.25時間に,平成4年には58時間に,平成5年には79.75時間にまで拡大している。
<2> 所定外労働時間
年間所定外労働時間については,控訴人北本において出向以前は0ないし7時間であったものが,出向後101.5時間ないし180.0時間に増大し,控訴人日高においても,出向以前は0ないし21時間であったものが,出向後は51.75時間ないし178.0時間に増加している。
<3> 賃金等
被控訴人と日鐵運輸との年間所定内労働時間差について,控訴人北本の場合,仮に被控訴人に勤務したならば支給される過勤務手当と,出向手当Bとの差額を求めると,年間3926円ないし7万6509円の不利益を被り,控訴人日高の場合,年間1万1281円ないし6万0320円の不利益を被っている。
(4) まとめ
被控訴人は,本件出向を実施しなければ雇用を維持できないほど経営が悪化していたわけではなく,本件出向に業務上の必要性は全くなかった。
そして,被控訴人は,本件出向によって労働条件を切り下げ(控訴人らの労働時間の増加,休日日数の減少とそれによる休日出勤手当の不払い),中期的には在籍出向者を転籍させ,人件費を削減する等のコストダウンの利益を得たが,控訴人らは何らの利益も受けず,出向前後で,勤務地や業務内容が全く変わらないのに,前記のような重大な不利益を受けている。
ところで,やむを得ない人員削減の手段として整理解雇をするには,<1> 業務上の必要性(客観的に経営危機に直面し人員整理がやむを得ないこと),<2> 解雇回避義務の履行(解雇に訴える前に希望退職募集,再配置等の余剰職員を克服する努力がなされていること),<3> 整理解雇基準の合理性,<4> 労働者・労働組合と十分に説明と協議を尽くすことの4つの要件が必要であるが,雇用調整型の出向は,整理解雇の脱法形態として利用される危険性が強いから,右に類似した解釈が必要であって,業務上の必要性を厳格に考えるべきである。殊に,本件のような先制的な雇用調整としての出向命令には,業務上の必要性を一層厳しく考えるべきである。
したがって,本件出向命令は,業務上の必要性がないのに,先制的な雇用調整として,かつ,整理解雇の脱法行為としてなされたものであるから,権利の濫用であって,無効である。
(二) 復帰を予定しない永久出向と権利濫用
前記2控訴人らの主張(一)(2)のとおり,本件出向は,出向期間を3年とする社外勤務協定を逸脱し,復帰を予定しない出向(永久出向)であるところ,復帰することが予定されていない出向は権利の濫用にあたり,無効と解すべきである。
(被控訴人の主張)
(一)ないし(五)で述べる本件出向の必要性,出向者の人選,控訴人らの被る不利益,組合との折衝等の諸事情に照らすと,本件出向命令は,権利の濫用にはあたらない。
(一) 八幡製鐵所における構内輸送体制の合理化
(1) 八幡製鐵所における構内輸送体制の改善の歴史と問題点
一般に,銑鋼一貫生産を行う製鉄所においては,製鉄所の構内輸送部門は,円滑な鉄鋼生産活動を支える付帯部門として位置付けられるが,八幡製鐵所においては,八幡,戸畑両地区での二元的生産体制,工場や倉庫の複雑な配置による構内輸送経路の錯綜,輸送需要構成の多様化等,輸送作業の効率向上に対する多くの構造的な制約要因が存在していたので,被控訴人は,構内の各生産設備・倉庫等の集約統合と配置の簡素化による物流経路の合理化を図り,蒸気機関車からディーゼル機関車への切替え,トーピードカーの導入等の各輸送設備の改善を図ってきた。
しかしながら,八幡製鐵所は,右のとおり,輸送作業の効率を向上させるうえで多くの構造的な制約要因を抱えている実情にあり,また,一般的に,構内輸送作業は,輸送作業量の変動が著しく,輸送管理機能の向上や人員の弾力的活用等を推進することにより,右変動に対して柔軟に対応していくことが緊急の課題となっていた。国内鉄鋼各社の製鉄所,においては,鉄道輸送から,近年の技術革新により進歩した無軌道輸送へと転換する傾向を強めてきたが,八幡製鐵所においては,依然として,無軌道輸送よりもコストと効率の点で劣る鉄道輸送の占める割合が高く,独自の輸送に関する情報の収集や伝達面におけるシステムはいまだ構築されていなかった。
この点,国内鉄鋼各社及び被控訴人の他の製鉄所では,鉄道輸送を含めて構内輸送作業をほぼ全面的に輸送の専門会社である協力会社に業務委託している例があり,八幡製鐵所においても,鉄鋼各社の主力製鉄所の水準に遠く及ばない構内輸送作業の労働生産性の改善に向け,構内輸送体制を抜本的に見直すことが急務となっていた。
(2) 「製鉄事業中期総合計画」及び「複合経営推進の中長期ビジョン」(以下,まとめて「中期総合計画」という。)
昭和60年秋の先進5ケ国蔵相会議における政策的合意以降,50パーセントにも達する円高が進行し,被控訴人ら高炉業界は国際競争力を根底から覆され,従来とは質の異なる構造的苦境を強いられるに至り,国内の鉄鋼需要産業が生産拠点を海外に移転し,資機材の調達先を海外に求めるなど,いわゆる産業の空洞化が急速に進行し,わが国の製品輸入も拡大傾向にあり,国内の鉄鋼需要が中期的に大幅な減少傾向にあった。
こうした状況の下,被控訴人の昭和61年度の業績は極度に悪化したが,これは単なる景気循環的要因によるものではなく,円高に伴う環境条件の構造的変化のもとで生じたものであるだけに,極めて深刻であり,このまま推移すれば数年を経ずして経営の破綻を来すという存亡の岐路に立たされた被控訴人は,危機的局面を克服するために,連合会に対し,昭和62年2月13日,中央経営審議会で,中期総合計画を発表した。右計画は,全国粗鋼生産量は今後中期的には年間9000万トンレベルで推移するであろうとの通産省の諮問機関である「産業構造審議会」での答申等を踏まえ,被控訴人の粗鋼生産レベルが2400万トンに落ち込んだとしても,なお会社として存立し,かつ,健全な経営を維持し得るために,総固定費・総資産の削減,特に総固定費の25パーセント以上の削減を最大の眼目とするものであることから,収益力維持のための総固定費削減に向けて,製造部門のみならず輸送作業や試験分析作業等の付帯部門についても合理化が一層強く求められ,八幡製鐵所における構内輸送作業体制の見直しについても早期実施が要請されることになった。
(二) 本件業務委託について
(1) 業務委託の必要性
(一)で述べた経緯並びに要請のもと,被控訴人は,八幡製鐵所における構内輸送体制を抜本的に見直し,これを再構築して合理化するために,昭和63年12月20日,P550計画を発表し,<1> トラック,トレーラー等の技術革新により進歩した無軌道輸送手段を採り入れ,鉄道と無軌道の両輸送手段の分担関係を見直し,構内輸送全体の効率化を図り,<2> 鉄道輸送における総合運行管理システムを開発・導入して,設備・要員の合理化を図るとともに,<3> 鉄道輸送及びその関連作業について,従来の被控訴人と協力会社との作業分担関係を見直し,協力会社を積極的に起用していくことにした。
(2) 本件業務委託
そこで,被控訴人は,平成元年12月1日,直営であった鉄道輸送に関するDLないしELの運転作業,信号作業,信号列車整理作業及び鉄道車両の日常点検・補修作業並びに株式会社山本工作所(以下「山本工作所」という。)が業務委託を受けていた貨車の定期的点検・整備作業について,協力会社として,八幡製鐵所戸畑地区における無軌道輸送作業,被控訴人の堺製鉄所及び君津製鉄所における鉄道輸送作業等を受託するなど,無軌道及び鉄道のいずれに関しても豊富な経験と高度な技術を有する日鐵運輸に業務委託し,鉄道輸送作業量の変動への弾力的対応,車両整備の分野での重複業務の解消を図り,将来的な更なる効率化を期待することにしたほか,信号保安設備整備作業については,信号所監視区域内外を問わず,峰製作所に対する業務委託を実施することにした。
(3) 本件業務委託に伴う出向措置の必要性
P550計画に係わる諸施策のうち,鉄道から無軌道への輸送手段変更に伴う鉄道輸送量の減少や「鉄道運行管理オンラインシステム」の導入による作業の効率化等によって,対象職場の要員40名の合理化が図られることになった以外に,本件業務委託によって,対象職場の要員148名が削減されることとなり,八幡製鐵所鉄道輸送部門に大量の人員余力が発生したが,前記のとおり,被控訴人は中期総合計画の推進過程で大量の人員余力を抱えており,製鉄所内での余剰吸収には限界があることから,委託する業務に従事する従業員の雇用確保の観点からは,委託先会社への出向措置を積極的に講じる必要があり,日鐵運輸及び峰製作所が鉄道輸送作業及びその関連作業の円滑な遂行に必要な人員を直ちに確保・養成することも困難であることから,従前より当該作業に従事し,必要な技能を有する者を対象に出向措置を講じることとした。
そこで,被控訴人は,日鐵運輸及び峰製作所と協議し,対象職場の稼働人員(在籍人員から,高齢者や病気休職者等実際には作業に従事していない者を除いた人員)のうち,被控訴人が引き続き担当する輸送計画作業及び輸送設備管理作業に従事する者約30名を除き,本件業務委託に伴い,日鐵運輸へ133名,峰製作所へ8名の合計141名の出向措置を実施した。
(三) 組合との折衝
(1) 中期総合計画に対する労働組合の態度
前記のとおり,被控訴人は連合会に対し,昭和62年2月13日,中期総合計画を示したが,その後,15回に及ぶ中央経営審議会を開催し,連合会との折衝を重ねた結果,同年5月20日,連合会から,中期総合計画について了解する旨の態度表明がなされた。
(2) 本件業務委託の出向措置を含む人員措置についての労働組合の態度
昭和63年12月20日,被控訴人は八幡労組に対し,P550計画の実施及びこれに伴う要員改定と人員措置について提案し,その後,八幡労組と折衝を重ねたところ,八幡労組から,平成元年1月27日,被控訴人の提案を了解する旨の態度表明がなされた。
(四) 本件出向命令に至る経緯
被控訴人は,八幡労組の前記了解表明後,控訴人らを含む141名を出向者として人選したが,控訴人らについては,出向に同意しなかったので,前記のとおり,本件出向命令を発令した。
(五) 控訴人らの不利益について
(1) 職場の変化,職務の変化の有無
本件出向においては,職場は変わらず,転勤による家庭生活への影響はなく,職務も従前と同一で,新しい仕事を覚えることに伴う苦痛も生じないので,控訴人らは,仕事,通勤その他生活上の不利益を何ら受けない。
(2) 労働条件について
<1> 年間所定内労働時間の差
本件出向後,被控訴人がいわゆる時短を行った結果,日鐵運輸の方が年間所定労働時間が多くなったが,これは,勤務時間は出向先の規定に従う(社外勤務協定6条1項)ことによるものであって,出向後に控訴人らの労働条件が不利益に変更されたわけではなく,また,この差については,出向手当Bの支給により補填されている。
<2> 出向者の給与
給与については,基本給(基準内給与)は,出向前と同額とし,被控訴人が出向先支給分に差額を加えて支給し(社外勤務協定15条1項),賞与についても,社内勤務者と同じ計算式により,出向前と同額が支払われる。また,出向者は,出向に伴い出向手当A(5万円)が支払われる。
<3> 勤続通算
出向先の勤続年数は通算され,これを基準に退職金が計算されるから,控訴人らはこの点の不利益を受けない。
<4> 健康保険,社会保険の扱い
健康保険,厚生年金等の社会保険は出向前と同じで,被控訴人が保険料の会社負担分を負担し,本人負担分を給与より源泉徴収するので,その点について特段の不利益はない。
4 本件出向命令は労働者派遣法32条2項の脱法行為として無効か。
(控訴人らの主張)
(一) 本件出向と労働者派遣法にいう「派遣」との同質性
本件出向命令においては,第1段階として,控訴人らを現職である八幡製鐵所生産業務部輸送管理室輸送掛から労働部労働人事室労働人事掛に配転する命令とその履行,第2段階として,同掛から日鐵運輸への出向命令とその履行という各段階を経ることになっている。
ところで,第1段階においては,控訴人らには,被控訴人の業務命令により他企業へ出向する,つまり実質的に「派遣労働」に従事することだけが予定されている。
また,本件出向は,第1に労務指揮権が出向(派遣)先の日鐵運輸に存在し,第2に賃金は被控訴人が支払い,第3に労働条件は出向(派遣)元の被控訴人と労働組合との協定による(被控訴人との労働契約内容により,出向〔派遣〕先での労働条件が基本的に決定される)という点で,労働者派遣法2条1号の「労働者派遣」の定義,すなわち「自己の雇用する労働者を,当該雇用関係の下に,かつ,他人の指揮命令を受けて,当該他人のために労働に従事させることをいい,当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まない」というに合致する。そして,出向と派遣とを区別する最大のメルクマールは「当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするもの」か否かであるが,本件において,労働契約の本質的部分をなす賃金支払の権利義務関係についてみると,日鐵運輸が控訴人ら出向者に支払う賃金は業務委託契約によって被控訴人が日鐵運輸に支払う委託料に外ならず,形式上は,被控訴人の日鐵運輸に対する委託料,日鐵運輸の控訴人ら出向者に対する賃金であるが,実体は被控訴人が賃金支払義務者として控訴人ら出向者に直接に賃金を支払っているものというべきである。実際,出向後の控訴人らに対する給与は「所属,労働人事室,日鐵運輸」と記載された被控訴人名義の給与明細票により,被控訴人から支払われているし,本件出向によって休日数の減少及びそれに伴い本来ならば支給を受けたはずの休日出勤の割増手当分のカット等の控訴人らに生じた労働条件の低下を,被控訴人から支払われる委託料から被控訴人の利益分として控除されたものと解することができる。結局,本件出向は,労働者派遣の場合と同じく,被控訴人(派遣元)が賃金支払義務者として,委託料(派遣料)より労働条件の不利益変更(手数料)の名の下に被控訴人(派遣業者)の利益分を控除して賃金を支払うのと本質は同じである。
さらに,本件において,日鐵運輸が控訴人らを雇用していないことは,被控訴人が自分の給与体系に従って賃金を支給し,日鐵運輸の賃金分の実体は本件出向と一体となった業務委託契約の委託料にすぎないこと,通勤交通費,賞与,労働災害補償等については,被控訴人が業務委託契約の委託料から支給していること等からみて明らかである。
(二) 本件出向命令の脱法行為性
労働者派遣法は,一般労働者として雇い入れた者を労働者派遣の対象とする場合,当該労働者の同意を要件としている(32条2項)。
ところが,本件出向の場合,一般労働者である控訴人らが労働部労働人事室労働人事掛に配転させられた結果,事実上,控訴人らは派遣労働者と同じ立場に立たされ,出向名目で他企業へ同意を要件とすることなく「派遣」されるに等しい状態となっており,これは,労働者派遣法が要求する同意を形骸化することを狙った脱法措置というほかない。
前記のとおり,本件出向は,<1> 業務上の必要性がないのに業務委託して出向を行い,<2> 経営指導,技術指導の実施ではなく,<3> 職業能力開発の一環として行うものでもなく,<4> 復帰を全く予定しない出向であり,そのために,被控訴人と日鐵運輸との間で3年ごとに出向の期間が繰り返し延長されているものであり,仮に,本件出向が在籍出向であるとしても,「社会通念上業として行われていると判断されるもの」といわざるを得ず,労働者派遣法32条の労働者個人の個別的な同意を必要とするものである。
したがって,本件出向の実質は「派遣労働」であり,控訴人らの同意を欠く本件出向は違法であり,無効である。
(被控訴人の主張)
労働者派遣法にいう「派遣」は,派遣先が雇用する場合を含まないのに対し,本件においては出向先の日鐵運輸と控訴人らとの間には雇用契約関係が存在するから,右派遣に該当しないことは明らかである。また,被控訴人は,日鐵運輸との出向契約に基づき,控訴人らの日鐵運輸における労働の対価としての賃金を日鐵運輸から一括して受領し,これに賃金差額相当額を加えて控訴人らに支払っているが,これは便法に過ぎず,派遣元が賃金支払義務者として,派遣料より手数料名下に自己の利益を控除して賃金を支払うのと本質を異にする。
5 控訴人らの出向に対する同意の拒絶が権利濫用にあたるか
(被控訴人の主張)
仮に,本件出向命令に控訴人らの個別的同意を要するとしても,被控訴人は,人員に余力があり,人員に相応する職場を確保できず,人件費削減の必要性から雇用確保のために出向を発令せざるを得なくなっており,就業規則,労働協約に社外勤務のあることが規定され,社外勤務協定で社外勤務の条件が定められ,控訴人らも就業規則遵守を誓い,かつ,労働組合も雇用確保のため出向措置を了解し,現在36パーセントにも上る従業員(組合員)が出向措置を了解して出向に同意している状況の下,本件出向による不利益が極めて小さいにもかかわらず,控訴人らが出向に対する同意権を主張するのは権利の濫用であって,控訴人らは同意を拒絶できないと解すべきである。
(控訴人らの主張)
本件では,出向の方法を採らなければ雇用を維持できない程に被控訴人の経営が悪化していたものではなく,いわゆる雇用調整型の出向ではなく,出向の必要性も高くないから,同意の拒絶が権利の濫用に当たるということはできない。
四 控訴人らの当審における主張
1 本件出向命令の根拠と労働慣行について
原判決は,本件出向命令は労働慣行により根拠づけられるとしている。
しかしながら,被控訴人が労働者に対し,その個別的・具体的同意なくして,本件のような実質的転籍ともいうべき出向を一方的に命じることができるとする慣行が確立しているとは到底いえない。確かに,労働契約において,明示の合意がない事項であっても,それが企業社会一般あるいは当該企業において慣行として行われているときには,黙示の合意により契約内容となっていると認められる場合があるし,その慣行により当初の契約内容が修正されたと解される場合があり得る。しかし,右の慣行は,単に長期間・多数回にわたり行われるだけでは足りず,当該慣行が企業社会一般において労働関係を律する規範的な事実として明確に承認され,あるいは,当該企業の従業員が一般に当然のこととして異議をとどめず,当該企業における事実上の制度として確立しているものでなければならない。ところで,原判決の認定した慣行の存在理由は,本件出向のような業務委託に伴う出向の事例が増加していったこと及び労働組合が本件のような出向を容認し,手を貸していたことに大別できるが,前者については,業務委託に伴う出向が大幅に増え,これが技術職社員一般の問題として認識され始めたのは昭和61年ころ以降に過ぎず,慣行の前提となるような出向が,長年にわたり,多数,積み重ねられてきたわけではないし,後者についても,組合は,本件のような出向に反対する多くの労働者の意思に反してこれに手を貸しており,むしろ,労働者の規範意識に反しているし,被控訴人の組合の実態からすると同組合の了解を重視するのは相当ではないから,本件のような出向が労働者の規範意識に支えられ,制度として確立しているとは到底いえない。
2 本件延長措置の必要性・合理性について
(一) 社外勤務協定によれば,出向期間は原則3年であるから,業務委託契約の長期化の必要性や被控訴人の余剰人員対策の必要性があったとしても,個々の労働者への出向命令は原則として3年で終了すべきである。右期間が3年を超える場合には,当該労働者を元の職場へ復帰させる義務を免除するだけのより高い業務上の必要性が求められるのであって,単に出向継続の必要性の有無のみならず,当該労働者を復帰させ,他の労働者を出向させるというローテーションを組むなど,代替可能な労働者が存在するか否かも重要な要素として考慮すべきである。被控訴人の八幡製鐵所には,本件出向の当初から多数の余剰人員が存在し,平成4年には500名近くの,同7年にも250名前後の余剰人員がそれぞれ存在したが,これらは何時でも控訴人らと代替可能な人員であり,控訴人らを復帰させ,他の労働者を出向させるというローテーションを組むことは可能であったのであるから,控訴人らを3年を超えて出向させる業務上の必要性は存在しない。また,長期間に亘り,出向者を特定の労働者に固定することは,他の労働者が出向を免れることになり公平を失うから,本件延長措置の必要性,合理性が認められるとしても,公平の原則に反し,権利濫用となって無効である。
(二) 本件出向命令は,期限の定めのない命令であり,延長措置は,復帰命令を出さないことを事実上確認したに過ぎず,本件出向命令と独立の命令とはいえないが,仮に,延長措置は,留保された延長命令権の行使であって,本件出向命令により生じている出向関係を前提にして,これを延長する旨の意思表示であるとすると,三度に亘る延長の意思表示には,その合理性・必要性を認めるような特段の事由は存在せず,各延長命令は無効であるから,本件出向命令が有効であるとしても,延長の意思表示がなかったことになる。したがって,本件出向命令は3年間で終了したことになるし,そうでないとしても,2回目の延長の意思表示は無効であるから,本件出向命令は6年間で終了したことになるし,そうでないとしても,3回目の延長の意思表示は無効であるから,本件出向命令は9年間で終了したことになる(第3次ないし第5次請求)。
3 さらに,控訴人らを復帰させることが可能であるにもかかわらず,期間3年間という原則を無視し,意図的に控訴人らの出向を無期限化しようとすることは,控訴人らが,社党協所属の活動家であることを理由とする思想・信条による差別待遇であり,本件出向命令及び各延長措置は,憲法14条,労働基準法3条に違反し,無効である。
4 社外勤務協定第4条によれば,出向命令の期間は「3年以内の期間」と「3年を超えた期間」の二通りであるが,本件出向命令及び本件延長措置は,いずれも期間の明示がないから,右協定に違反し,無効である。
5 当審における被控訴人の各予備的主張については,時機に後れた攻撃方法であるから,却下されるべきである。
五 被控訴人の当審における主張
1 本件延長措置の有効性について
(一) 本件延長措置は,本件出向命令と同様に,いずれも,社外勤務協定の「出向期間は原則として3年以内とする。ただし,業務上の必要によりこの期間を延長し,またはこの期間を超えて出向を命ずることがある。」(4条1項)との規定に基づいて行われている。そして,昭和63年4月1日施行の社外勤務協定の改定に関する労使協議の際に,同項ただし書中の「業務上の必要」の解釈について,「新規事業に関わる出向や余力人員の活用策としての出向等を含め,幅広く運用する」との了解が労使間でなされ,議事録確認が締結されており,本件出向のような業務委託に伴う出向で,かつ長期化が避けられない出向も含むことは明らかである。
控訴人らは,個々の労働者への出向命令は原則として3年で終了すべきであり,右期間が3年を超える場合には,当該労働者を元の職場へ復帰させる義務を免除するだけのより高い業務上の必要性が求められると主張するが,労働協約は,出向延長措置と同様,出向の発令自体につき「業務上の必要」を要件としているのであって,その間に差異はなく,延長措置についてのみ,「高度の」業務上の必要性が要求されるものでないことは明らかである。
(二) 以下のとおり,本件延長措置については,それぞれ,必要性・合理性があったといわざるを得ない。
(1) 平成4年4月15日付け出向延長措置の必要性・合理性
当時の経営環境は平成2年に入って公定歩合の相次ぐ引上げとともに,株価が下落を始め,また,地価も同年秋から上げ止まり,ないしは低下傾向を見せはじめ,それまで「バブル景気」に沸いてきた企業及び家計に「逆資産効果」をもたらしたことによって,民間設備投資や個人消費が低迷し,わが国経済は一転して調整局面に入ることとなった。すなわち,実質国民総生産も平成3年には3.2パーセント,平成4年度は0.7パーセント,平成5年度は0.1パーセントまで下落し,わが国経済は長期低迷の様相を呈するに至っており,被控訴人の粗鋼生産量は,平成2年度の2899万トンをピークに急速な減少傾向をたどり,平成3年度は2769万トン,平成4年度は2532万トン,平成5年度は2512万トンと発足以来最低の水準にまで落ち込んだ。被控訴人は,このような業績の悪化を克服するために,新たな合理化施策を講じる必要があるため,平成3年4月12日,「新中期総合経営計画」につき,中央経営審議会の場において,組合に説明した。
このような状況の中で,被控訴人が控訴人らを復帰させ,構内輸送業務を再び直営化することは,固定費負担が高く労働生産性の低い合理化前の八幡製鐵所構内輸送業務遂行形態に戻すことに他ならないことから,不可能であり,また,八幡製鐵所の余力人員は多く,全社余力の過半を占めている状況のなかで,出向者を復帰させることは困難な状況であるから,雇用確保の観点からも,本件業務委託を継続し,これに伴う技能保有者の出向延長措置を取ることは必要であるとともに,極めて合理的な選択であったといわなければならない。
(2) 平成7年4月15日付け出向延長措置の必要性・合理性
前記(1)の経済環境の変化は,平成5年に入り極めて深刻化することとなった。すなわち,前記新中期総合経営計画の策定・実行により,その要員合理化など,バブル景気に高騰した諸費用の圧縮を主としたある程度のコスト改善ができたものの,販売環境の急激な悪化に伴い,3年間で4700億円にも上る売上高の減少に見舞われたことにより,被控訴人の平成5年度の経常損益は株式売却益658億円を計上しても,なお183億円の経常損失(株式売却前の実質経常損失は841億円)と,昭和61年以来の赤字に転落するという極めて厳しい状況に直面することになった。これを克服すべく策定されたのが,「第3次中期経営計画」であるが,同計画は,被控訴人が国内外の競合他社と比肩し得るコスト構造を構築することを狙いとしつつ,赤字の解消,適正利潤の確保,今後のさらなる販売環境の悪化等を総合勘案し,平成6年度から平成8年度までの3年間で最低3000億円のコスト削減の実施を目指すという,従来の枠を超えた厳しい改善策であった。このうち,労務費や諸経費で1000億円程度のコスト削減,すなわち,管理職・主務職の約40パーセント(4000名程度),技術職社員については配置・機械化合理化等を含めた15パーセント(3000名程度)を目処に行うというものであるが,被控訴人としては雇用の場の確保を大前提に具体的施策を進めることにした。
このような状況下において,本件出向の延長措置を取る必要性,合理性は前同様に存在していたことは明らかである。
(3) 平成10年4月15日付け出向延長措置の必要性・合理性
第3次中期経営計画策定以降,被控訴人として総力を挙げた取り組みを展開してきた結果,当初の狙いどおり,主要品種では,国内市場において最強競合者に比肩し得るコスト競争力をほぼ確保でき,また,コスト削減努力の積み重ねにより,平成8年度において,800億円程度の経常利益の確保が見込まれるレベルにまで回復してきた。しかしながら,経済活動のボーダーレス化が進展する中で,国内需要産業の海外移転や資材等の海外調達の拡大といった需要構造の変化,更には,韓国・台湾等アジア諸国や国内電炉メーカーの能力増強,製造品種拡大に伴う市場競争の激化等,被控訴人を取り巻く環境条件の構造的変化は,当初の見通しを上回るスピードで進展している。こうした変化は,とりわけ鋼材販売価格の下落という形で被控訴人の収益に大きな打撃を与えてきており,健全な経営に必要な経常利益水準を確保するという,収益面での目標を達成し得なかった。かかる経済活動のボーダーレス化に伴う,よりグローバルな規模でのマーケットの一体化の進展は,中でも,被控訴人の主たる収益源となっている薄板系のマーケットで起こるものであるだけに,その被る打撃は極めて甚大であるとの覚悟が必要であり,これを生き抜き被控訴人の経営基盤を盤石のものとして行くためには,収益力の更なる向上と財務体質の改善を図ることが不可欠となっていた。このような状況の中で,構造調整諸施策の推進過程にあることなど,当期利益を殆ど確保できなかったことから,過去最低水準にまで落ち込んだ特別積立金積増しを図り得る状況にない等,疲弊したストックの回復には手を打てておらず,起こり得る変化への対応力という点では極めて脆弱な状態にある実態であった。
このような中で,本件業務委託及びこれに伴う出向を,なお継続する必要が認められるところから,出向先会社の要請を踏まえた上で,出向延長の措置を講じたものである。
(三) 本件延長措置につき,控訴人らの被る不利益がほとんどないことは,本件出向発令時点と同じである。また,被控訴人は,控訴人らを含めた日鐵運輸への出向についての延長措置につき,労使委員会で内容を説明し,組合も延長措置を承認している。
(四) 社外勤務協定には,出向期間につき「出向期間は原則として3年以内とする。」との定めはあるが,「業務上の必要によりこの期間を延長」することがあると定めている。そして,被控訴人は,日鐵運輸に対する構内輸送業務の委託を継続し,これに伴って出向した者全員の出向を延長する業務上の必要により,延長措置をとったものであるから,被控訴人は,意図的に控訴人らに対してのみ,出向を無期限化しようとするものでないことは明らかである。したがって,本件出向命令及び本件延長措置が憲法14条,労働基準法3条に違反し,無効である旨の控訴人らの主張は理由がない。
2 「雇用調整型出向」の有効性(予備的主張1)
仮に,本件出向が控訴人らの主張する「雇用調整型出向」にあたるとしても,業務内容が労働契約の範囲を超えておらず,出向の諸条件が出向者の利益に配慮した従来どおりの取扱基準を用いる場合には,使用者の出向命令権を肯定することができると解される。本件において,被控訴人は,昭和62年5月に大幅な人員削減を中心とする中期総合計画について連合会より了解する旨の表明を受け,大量の余力人員を抱えていたところ,本件業務委託に伴い,人員措置を採らない限り,当該業務に従事している従業員も,さらに余力人員となったことから,被控訴人は,八幡労組との協議・了解のもとに,これらの従業員の雇用を確保する観点からも業務委託先である日鐵運輸に出向させたものであるが,出向者の業務内容・勤務地は,出向前と何ら変わらず,賃金その他出向労働条件も差額の補填により従前と変わりないものであるから,本件出向命令は有効ということになる。
3 変更解約告知の有効性(予備的主張2)
本件出向は,被控訴人の八幡製鐵所の構内輸送体制の生産性を向上させる一環として,鉄道輸送業務を業務委託したことに伴うものであるが,その必要性・合理性があったことは,八幡労組も了解していることからも明らかである。しかも,八幡製鐵所においては,既に大幅な余力人員を抱えていたため,日鐵運輸等へ業務委託した鉄道輸送業務に従事していた控訴人らを含む従業員は,いわゆる余力人員となっていたところ,被控訴人は,控訴人らを含むこれらの者の解雇を回避し,雇用を維持するとの観点からも,控訴人らに対し,本件業務委託先である日鐵運輸等への出向について話し合いを実施したものである。被控訴人の控訴人らに対する右対応は,変更解約告知,すなわち,新たな労働条件による再雇用の申し出を伴った労働契約解約の意思表示としてされたものとして,その効力を生ずるというべきである。
第三当裁判所の判断
一 第2次ないし第5次請求にかかる訴えの適法性について
民事訴訟は,現在の法律上の紛争の解決を目的とするものであるから,現在の権利または法律関係の存否を問うのが直接的であり,また効果的であって,そうすることに特段の支障がない場合には,その前提にすぎない過去の法律行為の効力を問題にするのは迂遠であり,現在の紛争の解決に役立つとは限らないから,過去の法律行為の無効確認を求める訴えは,原則として利益がないといわざるを得ない。本件において,控訴人らは,第2次ないし第5次請求として,いずれも本件出向命令(過去の法律行為)の無効確認を求めるとともに,当審において,本件出向命令が無効であることを前提として,出向先である日鐵運輸に労務を提供する義務がないことの確認を求める訴えを主位的に追加しており,この訴えについて判断がなされれば,控訴人らと被控訴人との間の本件出向命令を巡る紛争は,抜本的な解決が図られることになる。
そうすると,控訴人らの第2次ないし第5次請求は,いずれも確認の利益を欠いており,不適法である。
二 事実経過について
前記争いのない事実と証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
1 出向に関する規定等
(一) 就業規則
控訴人らが入社した当時の就業規則(昭和26年12月1日施行,昭和35年10月26日改正,<証拠略>・50条)には,「社員に対しては,業務上の必要によって出張または社外勤務をさせることがある。」と規定されており,控訴人らに対する本件出向命令発令時の就業規則(平成元年4月1日施行,<証拠略>・54条)にも同旨の規定がある。
控訴人らは,いずれも臨時作業員(試用研修期間2か月)として旧八幡製鐵株式会社に雇用されたが,その際,臨時作業員として就業規則を遵守する旨の誓約書(<証拠略>)をそれぞれ提出し,就業規則や入社案内の交付を受けた後,右2か月間の期間中に約1週間にわたり,講義形式で会社概要の説明を受け,そのうち2日に分けて4時間程度就業規則の説明を受け(<証拠略>),控訴人北本は昭和36年8月5日に,控訴人日高は同年11月15日に,いずれも旧八幡製鐵株式会社の正社員になったが,その際も右と同旨の誓約書(<証拠略>)をそれぞれ提出した。
(二) 労働協約
控訴人らが入社した当時の労働協約には,社外勤務に関する規定は置かれておらず(<証拠略>),社外勤務が実施されるときは,就業規則やその都度の取り決めなどによって運用されてきていたが,旧八幡製鐵株式会社は,昭和44年9月,控訴人らも所属していた旧八幡製鐵労働組合に対し,労働協約に社外勤務者の取扱規定を設けることを提案した。右労働組合は,当時,上部団体であった鉄鋼労連が傘下組合に対し右規定の協定化を指導してきた経過もあり,取扱基準を明確にすることにより,適用対象者の不安を除去し,社外勤務運用の円滑化を図ること,給与・社会保障等処遇面などできるだけ,社内勤務者と同様の取扱いとなるようにすること,出向手当を新設して出向者に報いること等を要求して団体交渉を持ったうえで,これらを含めた詳細な社外勤務協定(<証拠略>)を締結し,同年10月1日から実施された。右協定の内容は,社外勤務を出向と派遣に分け,出向については,関係会社,関係団体,関係官庁等に役員または従業員として勤務することをいうと定義し,期間は原則として3年以内であり,業務上の必要により期間が延長されることがあること,出向期間は被控訴人の勤続年数に通算すること,出向手当を支給すること等が定められていた。なお,右協定では,出向関係事項に関する労働協約上の取扱いについては,労働協約の次期改定時に改定することとなった。
昭和45年3月31日,旧八幡製鐵株式会社と旧富士製鐵株式会社との合併により被控訴人が設立されたが,その後,全社に統一的に適用される労働協約締結に向けて,労使代表から構成される統一労働協約検討委員会が設置され,昭和47年4月3日以降,右委員会で労働協約の内容について論議され,「人事」の中の「社外勤務」条項として「(1)業務上の都合により組合員を社外勤務させることがある旨規定すること,(2)社外勤務に関しては別に協定すること」について労使双方の見解が一致し(<証拠略>),昭和48年4月,その旨の規定が合併後の新しい労働協約に置かれた。
そして,その後の労働協約にも同様の規定が設けられ,ユニオン・ショップ協定(2条)により管理職や特定の社員を除いた組合員全員に適用される被控訴人と連合会との間の本件出向命令時の労働協約(<証拠略>)にも,同旨の規定(54条1項,2項)が存在する。
また,社外勤務協定については,前記昭和44年9月締結のものから更新を重ね(<証拠略>),本件出向命令発令時の社外勤務協定(<証拠略>~その主要な内容は,前記争いのない事実2記載のとおり)に至っているが,出向手当に関する点や出向する組合員を社外勤務休職とする点を除いて,ほぼ同じである。
(三) 被控訴人における社外勤務の事例
控訴人ら入社当時,既に,昭和33年ころから,ブラジルのウジミナス製鉄所へ技術指導を目的として技術員が派遣され,その後,昭和36年2月以降,作業職社員についても同様の派遣が実施され(<証拠略>),昭和41年には,マレーシアのマラヤ・ヤハタ製鉄所へ社員が派遣された(<証拠略>)が,ウジミナス製鉄所への「派遣」については,派遣者の身分が,派遣と同時に日本ウジミナス株式会社の社員となるということもあり,実質は出向に近いものであり,昭和40年9月の労働協約交渉で,社外派遣者,ウジミナス派遣者等を「社外勤務者」に統一することになった(<証拠略>)。
その後,八幡製鐵所においても,社外勤務協定が締結された昭和44年9月以降本件出向までの間,業務委託に伴う出向事例は23件を数え,出向者総数も1100名を超えており,また,本件出向後,平成3年4月までの間においても,14件を数え,出向者総数も400名を超えている。そして,平成3年4月時点における八幡製鐵所技術職1万0299名のうち,2657名(約26パーセント)が出向している(<証拠略>)。
(四) 出向に対する組合の対応
(1) 被控訴人における労使交渉制度
被控訴人の労働協約において,被控訴人と連合会または各(単位)組合との話し合いの場は,経営審議会,労使委員会及び団体交渉の3つがあり,中央においては会社と連合会とで全社共通事項を,箇所においては会社と各(単位)組合とで箇所限りの事項を取り扱うことになっており,それぞれ付議事項及び話し合いの程度が定められているが,組合員の労働条件については,団体交渉付議事項と労使委員会付議事項とに分けられ,賃金,労働時間,休日等は団体交渉付議事項として協議決定され,また,生産計画の変更等に伴う重要な要員事項は被控訴人と連合会の各20名以内の委員から構成される労使委員会(旧労働協約における「生産委員会」)付議事項として協議されることになっている(<証拠略>)。ここにいう「協議」とは,「会社と連合会または組合双方誠意をもって合意に到達するよう努力することであるが,協議した結果,合意に到達できないからといって,会社が決定し実施できないということではない。」(労働協約付則1(2))とされている。
前記ウジミナス製鉄所等への派遣ないし出向については,旧八幡製鐵株式会社当時の労働協約に基づき,「生産計画に伴う重要な要員事項」(19条2項5号)として,その都度,労使間で,「生産委員会」において,必要要員数や取扱い,派遣の条件等を協議し,労使合意の上で実施された(<証拠略>)。また,昭和40年9月の被控訴人と組合との協約交渉においては,当時,生産計画に伴う重要な要員事項に該当するケースは,ほとんどが事務職社員であるが,技術職社員も含まれていることが労使双方で確認されている(<証拠略>)。そして,前記社外勤務協定締結後,業務の委託化に伴う出向措置についても,当時の労働協約に基づき,「生産計画に伴う重要な要員事項」(19条2項5号)(<証拠略>)として,その都度,労使間で,「生産委員会」において,あるいは,「生産計画の変更等に伴う重要な要員事項」(22条1項2号)(<証拠略>)として「労使委員会」において,要員改定の必要性やこれに伴うその人員措置等について協議し,組合の了解の上で実施されている。
(2) ところで,前記(三)のとおり,社外勤務協定締結後,委託化に伴う出向の事例が増加していったが,連合会は,昭和49年1月開催の中央委員会において,緑化環境整備事業の委託化に伴う出向(303名)に関し,1名が同意しなかった問題についての質疑で,本人の意思の尊重について,客観的に見て,労働条件,生活環境の低下というような問題がある場合には,本人の立場に立って会社と交渉するが,理由が客観的にみて適当と認められない場合には,その人達の立場に立ち得ないとの整理をしている(<証拠略>)し,その後,ステンレス厚板工場の一部作業の委託化に伴う出向措置に関して,昭和63年4月30日,出向措置そのものについては,労働協約及びこれに基づく社外勤務協定並びに就業規則において明らかなように,労使間で包括的に合意された人員措置の一つであると考えつつも,出向措置に対する組合の対応については,「本人の合意を踏まえて対処していく」ことを運動方針としているところ,右の「本人の合意」の趣旨は,形式的な本人合意の有無にあるのではなく,個々の出向案件において本人の事情等をも参酌したものとなっているかを,組合として本人の意思確認を通じて再確認し,対処していくとするものであり,その基準は組合員全体の合意と納得を形作り得る公平感であり,特段他と異なる個別事情もなく,単に「出向したくない」という個人的感情だけで出向に合意しない場合について,出向を認めないとするものではない,との見解を示しており,その後,本件出向前後を通じてこの立場が維持されている(<証拠略>)。
2 本件出向に至る経緯について
(一) 八幡製鐵所の構内輸送体制
(1) 八幡製鐵所は,わが国最初の銑鋼一貫生産を行う製鉄所として,明治34年に操業を開始し,八幡・戸畑・若松の3地区から構成され,戸畑地区には鉄源部門(製銑・製鋼工程)が配置され,圧延以降の製品製造工程は,戸畑地区と八幡地区に分かれており,両地区は,全長6.4キロメートルの専用鉄道で結ばれている。高炉,転炉,圧延等の工程を経て,銑鉄から鋼そして製品へと移行する製造工程の流れに対応して,これを支えるものとして輸送・出荷部門があり,同部門は,輸入原燃料のクレーン揚陸作業を担当する原料揚陸部門,原料揚陸後から出荷までの各工程間の運搬を担当する構内輸送部門,倉庫での保管と払出作業を担当する倉庫部門,製品の出荷を担当する出荷部門の4つに分かれているところ,そのうちの構内輸送部門は,さらに無軌道部門と鉄道部門とに大きく分けられる(<証拠略>)。
八幡製鐵所の構内輸送作業については,昭和43年ころから種々の社内的合理化策が実施されてきた(<証拠略>)ほか,業務委託による効率化も進められ,P550計画実施当時には,被控訴人が直営する業務と,協力会社に委託して行う業務とに分かれていた。すなわち,戸畑地区における無軌道輸送作業及び鉄道車両整備作業のうちの機関車の定期的な点検・整備作業は日鐵運輸に,八幡地区における無軌道輸送作業は山九に,鉄道車両整備作業のうちの貨車の定期的な点検・整備作業は山本工作所に,信号保安設備整備作業のうちの信号所監視区域外の比較的平易な作業は峰製作所に,それぞれ業務委託され,これらの協力会社がそれぞれ作業を担当し,被控訴人の直営業務としては,八幡と戸畑の各出荷掛が,各地区のDL運転作業,輸送計画作業,機関車・貨車の日常点検・補修,両地区の輸送掛が,各地区のDL・EL運転作業,輸送計画作業,信号列車整理作業,機関車・貨車の日常点検・補修,輸送設備掛が,機関車・貨車の日常点検・補修,信号所監視区域内信号保安設備整備作業,輸送設備管理作業をそれぞれ行うこととされていたほか,輸送企画掛等が置かれていた(<証拠略>)。
(2) 八幡製鐵所の運輸部門の労働生産性
昭和60年3月に日本鉄鋼協会共同研究会の運輸部会労働生産性調査ワーキンググループが発表した昭和59年度の全国主要製鉄所における運輸部門の労働生産性の調査結果によると,被控訴人(名古屋製鐵所及び君津製鐵所)は,他の鉄鋼会社の製鉄所に比べ,運輸部門における労働生産性が劣っていた(<証拠略>)。
これに対し,被控訴人も独自に,右調査と同時期に同じ方法で被控訴人の全製鉄所の鉄道輸送部門に関する労働生産性を調査したところ,<1> 鉄道輸送部門の作業効率性の度合い,鉄道輸送への依存度を示す粗鋼量生産性,<2> 鉄道輸送部門従業員1人当たりの運搬量を示す取扱量生産性,<3> 取扱量生産性につき輸送対象物が異なることにより能率も異なることがあることを考慮し,対象物の特性により一定の補正をした換算取扱量生産性,<4> 取扱量生産性のうち,運転工だけを取り上げて1人当たりの輸送量をもって鉄道輸送の現場の効率性を端的に示す運転工取扱量生産性,<5> 運転工以外の管理的作業従事者,下回り作業従事者等,物を運ばない従業員1人当たりの運搬量によって,輸送付帯部門の合理化・効率化の度合いを示す非運転工取扱量生産性のいずれにおいても,八幡製鐵所は,他社製鉄所だけでなく,被控訴人の他製鉄所に比べても労働生産性が著しく劣っていることが判明した(<証拠略>)。その概要は以下のとおりである(比較対象の他製鉄所は,被控訴人の君津製鉄所と名古屋製鉄所,他社製鉄所は,日本鋼管(福山),川崎製鉄(千葉・水島),住友金属工業(和歌山),神戸製鋼所(加古川)であり,単位は,千トン/人・月である。)。
<省略>
(二) 中期総合計画について
(1) 中期総合計画の策定
昭和60年9月ころから昭和61年9月ころにかけて,円が急騰し,昭和61年1月,被控訴人を含め高炉9社は,国の円高不況雇用対策として構造不況業種の指定を受け,同年2月1日から1年間,雇用調整助成金の交付を受けることになり,高炉5社(被控訴人,日本鋼管,住友金属工業,川崎製鉄,神戸製鋼所)の9月中間決算は経常利益がいずれもマイナスとなる戦後最悪の状態に至り,昭和62年1月には,鉄鋼労連がベア要求を断念し,被控訴人ら高炉各社は雇用調整の一環として本格的な一時休業を開始した。労働省は,高炉各社の申請を受け,前記雇用調整助成金の対象指定を1年延長し,同年9月には,高炉大手5社は,中間配当の見送りを一斉に発表した(<証拠略>)。
昭和62年3月,学者,鉄鋼経営者,鉄鋼産業労働者及びマスコミ等の代表者から構成される「基礎素材産業懇談会」が通商産業省の諮問を受けて発足し,昭和60年秋の先進5ケ国蔵相会議における政策的合意以降,50パーセントにも達する大幅な円高の進展を背景にした,中長期的に厳しい経済情勢に対する鉄鋼業界の対応について検討し,同年10月8日,今後の鉄鋼業の在り方を「新世代の鉄鋼業に向けて」と題する中間報告として答申したが,その内容は,いわゆる鉄鋼寡消費型の経済構造への転換による国内鉄鋼需要の減少及び鉄鋼需要産業の現地海外生産の活発化による鉄鋼純輸出の減少により,粗鋼生産の低下傾向は避けられないとの見通しを前提に,鉄鋼業が,他産業に比しコスト構造において固定費が高比率にあることや円高による収益の悪化が予想されることを考慮し,人件費,減価償却費及び金融費用等の固定費削減の必要性,高稼働率を保つための余剰設備削減の必要性,出向を含む人員合理化の必要性等を示したものとなっていた(<証拠略>)。
こうした状況下で,被控訴人ら高炉大手5社は,対応策として要員削減(被控訴人1万9000人,日本鋼管8000人,川崎製鉄5300人,住友金属工業6000人,神戸製鋼所6000人,合計4万4300人)を中心にした合理化計画としての中期的な経営計画を相次いで発表したが(<証拠略>),被控訴人も連合会及び八幡労組に対し,昭和62年2月13日,中央及び八幡製鐵所の経営審議会において,中期総合計画の内容について説明を行った(<証拠略>)。右計画は,被控訴人の昭和62年度から平成2年度の4年間の経営計画として,総固定費(25パーセント以上の削減)・総資産の削減を最大の目標とし,これを達成するための販売政策・原料購買政策・管理部門の抜本的業務革新政策・投資政策・生産設備体制の再編・要員構造の転換を柱とするものであった。そして,右要員構造の転換については,平成2年度末までに生産設備体制の再編により被控訴人全体で約7000名(うち,八幡製鐵所で約1200名)を,競争力強化の観点からの合理化により被控訴人全体で約1万2000名(うち,八幡製鐵所で約3000名)を削減するとしていた(<証拠略>)。
(2) 中期総合計画についての労使の折衝
被控訴人の労働協約においては,中期総合計画については,経営審議会の付議事項である「生産計画に関する重要事項」(労働協約16条1項1号)等に該当し,話し合いの程度としては,「会社はこれについて説明または報告し,連合会または組合は意見を開陳」(同条2項)し,「労働条件に重大な影響があると認められるものについては,双方慎重に意見の交換を行う。」(同条[覚書])ものであるところ,前記のとおり,被控訴人から中期総合計画の説明を受けた連合会は,経営審議会において,二度に亘る石油危機以降,鉄寡消費型経済の進行や中進製鉄国の追い上げなど鉄鋼需給構造が変化し,さらに急激かつ大幅な円高によって,製品の輸出円手取額が減少し,昭和61年度通期の収益が大幅赤字になるという状況について理解し,こうした鉄鋼産業を取り巻く環境条件が一過性のものではないとの認識を示しつつも,同計画がかつて経験したことのない大規模なもので,組合員の雇用確保のための具体的施策抜きで,右問題を論じることはできないとの意見を述べた。その後,連合会は,各単位組合の機関討議,職場討議等を行いながら会社側との間で意見交換が繰り返された後,連合会が求めていた雇用確保の具体的施策につき,所間異動(転勤)の実施,出向の拡大,臨時休業等の継続等の被控訴人の最終見解の表明を経て,昭和62年5月20日,中央臨時経営審議会において,中期総合計画を了解する旨の態度を表明した(<証拠略>)。
(3) 社外勤務協定の改定
昭和62年11月5日,中央団体交渉において,被控訴人は,中期総合計画における約1万9000人の要員減に対し,新規事業等への要員6000人を見込んでも,現状の余剰人員を加えた平成2年度未(ママ)の人員余剰が約6000人とこれまでにない規模となる見込みであり,雇用確保維持のためには,出向措置を積極的に拡大し,少なくともその半数以上に出向措置を講ずる必要があると同時に,今後は,これまでの関連・協力企業を中心とした地元地域での出向に加え,異業種・異業態の産業・企業等や遠隔地への出向の実施,出向対象層の拡大,出向期間の長期化が避けられないこと,給与・賞与について差額補填した上,出向先実労働時間と被控訴人の所定内労働時間の差を過勤務とみなして過勤務手当を支給するという今までの扱いでは,今後の出向拡大や情勢変化により増大する労務費負担に耐え得ないとともに,社内勤務者について,臨時休業や労働時間管理等の諸施策を実施し,長期の業務応援派遣や所間応援,大量の転勤措置,配置転換を実施しており,従業員処遇全体のバランスにも顧慮する必要があるとして,連合会に対し,<1> 社外勤務協定における月額4000円の出向手当を廃止し,新たに出向手当A(5万円)を出向発令時に一時金として支給する,<2> 出向先実労働時間と被控訴人の所定内労働時間の差の補填について,従来,被控訴人規定の過勤務手当を支給してきたが,これを所定内労働時間差と出向先での過勤務時間とに分け,前者については,出向先との年間所定内労働時間差に応じ,年2回に分けて出向手当Bを支給し,後者については,出向先の割増率と過勤務手当算定の基礎単価を適用し,基礎単価の計算については補填分を加えた出向先基準内賃金を出向先所定内労働時間で除したものを適用する,<3> 出向者の出向期間中の扱いについて,出向先従業員との一体意識の醸成の要請から社外勤務休職とし,その期間を勤続年数に通算することを提案した(<証拠略>)。
これに対し,連合会は,「現下の雇用環境の厳しさと今後の見通しのもとでは,基本的には,出向措置を雇用確保の施策として認めていかなければならないと考えている。」としながらも,被控訴人が提案する「(右)措置はその影響等から容易に納得できるものではない。」として,全組合員の問題として慎重に検討し対処するとの方針の下,各単位労働組合ごとに,機関・職場にこれを報告・討議を行い,その意向や疑問点を把握し,これを踏まえて中央交渉に臨み,被控訴人との間で,主に,<1> 出向手当については,これを出向手当Aとして見直すとしても,これが与える生活への影響や負担等を考慮し,この支給方法と補償措置を別途検討すること,<2> 所定内労働時間差の補填については,その単価水準を引き上げ,月払いとした上で,これを諸手当の単価計算に関わる基準内賃金の中に算入するとともに,適切な移行措置を検討すること,<3> 過勤務・深夜就業に対する割増率については,これまでどおりの扱いとすること,<4> 社外勤務休職の扱いについては,今回の見直し趣旨とは直接的な関係がないこと等を勘案し,別途話し合うとの方針で交渉した(<証拠略>)。
そして,被控訴人と連合会との交渉の末,昭和62年12月23日,第7回交渉において,<1>及び<4>については被控訴人の提案どおりとするが,<2>の出向手当Bについては,連合会の要求をいれて被控訴人の提案を一部修正し,年間支給額(出向先と被控訴人との所定内労働時間差につき,区分に応じて25時間ごとに年間3万円単位。ただし,移行措置として18か月間は,4万円を単位とする。)を月割で支給し,これを過勤務及び深夜手当の単価算定の基礎給に含める,<3>の過勤務・深夜就業に対する割増率についても,連合会の要求をいれて被控訴人の提案を一部修正し,出向先での過勤務手当,深夜就業手当の計算の単価算定基礎給に出向手当Bを含め,割増率については従来どおり,被控訴人の割増率を適用するということで合意し,昭和63年3月2日,社外勤務協定を改定し,同年4月1日から施行することとなった(<証拠略>)。
(三) 八幡製鐵所における構内輸送体制の再構築とこれに伴う輸送・出荷部門の要員改定
(1) 前記の労働生産性調査の結果を踏まえて,被控訴人は,八幡製鐵所を含む各製鉄所の輸送・出荷部門の労働生産性の飛躍的な向上を目指すP550計画(すなわち,輸送出荷部門の従業員1人の1か月当たりの粗鋼生産量の目標を現状の250トンから550トンとするもの)の策定を進めていたが,その後,前記のとおり,中期総合計画が策定されたことを受けて,P550計画の早期実施の必要性は更に高くなった。
P550計画(八幡製鐵所に関するもの。以下同じ。)の中で,被控訴人は,八幡製鐵所の労働生産性が低い原因を,<1> 他の製鉄所に比べて輸送手段のうち一般に効率の劣る鉄道輸送割合が60パーセント強と高いこと,<2> 無軌道輸送設備の機械化,大型化が遅れていること,<3> 輸送作業量の変動に対応する要員の弾力的運用が不十分であり,輸送独自の運行管理システムすら構築されていないこと,<4> 八幡・戸畑両地区での二元的生産体制に伴う両地区間の半製品等の輸送作業が不可避的に生じる上,工場・倉庫の複雑な配置によって構内の輸送経路が錯綜していること(<証拠略>),<5> 高級多品種の製品が生産されているため,加工工程数が増加し輸送効率を低下させていることの5点にあると分析した。被控訴人は,右分析結果に基づき,八幡製鐵所の輸送・出荷部門の体質強化を目的とした構内輸送体制の再構築についての施策(P550計画の一部を構成するもの。以下,これを「本件計画」という。)を策定したが,これは,<1> 鉄道輸送・無軌道輸送の分担関係の見直し,<2> 鉄道輸送全体を把握・管理し得るシステムの新たな構築,<3> 業務委託化による構内輸送作業体制の統合・再編の推進,をその目的とするものであり,実施時期を昭和64年(平成元年)3月1日としていた(<証拠略>)。
そして,<1>については,当時,鉄道輸送部門は,関連設備として線路約140キロメートル,機関車約50台,貨車約870台を保有していたが,トラック,トレーラー等の無軌道輸送手段に係わる近年の技術革新の成果を採りいれ,鉄道と無軌道の両輸送手段の分担関係を見直し,無軌道輸送が可能なものは原則として全て無軌道輸送に切り替え,鉄道輸送はその特性を生かせる大量・熱物・重量物輸送に限定し,構内輸送全体の効率化を図ることにした。また,<2>については,通信装置とコンピューターシステムを利用した「鉄道運行管理システム」を開発・導入し,輸送指令業務の大幅な省力化・効率化を推進することにした。
さらに,右各施策の実施によるも,なお,構内輸送作業は,作業量の変動が大きく,これに弾力的に対応するためには,八幡製鐵所の固定的な配置体制での要員の機動的活用には限界があること,無軌道輸送の技術革新に伴う鉄道・無軌道の両輸送手段の分担関係の逐次見直しのためには,両輸送部門を担当し,輸送手段を適宜・適切に評価・選択しうる体制が必要であること,当時,無軌道輸送部門の業務委託率が97パーセントであったのに対し,鉄道輸送部門の委託率が7パーセントに過ぎないこと等から,<3>として,被控訴人が担当している鉄道輸送作業を一括して日鐵運輸に委託することにした(<証拠略>)。
(2) 本件業務委託
日鐵運輸は,昭和17年12月,旧日本製鐵株式会社八幡製鐵所の港湾運送に係わる多数の会社を集約して設立され,昭和45年7月,現在の社名(商号)に変更されたが,本社を北九州市八幡東区<以下略>に,事務所を東京に,事業所を堺と君津に,営業所を福岡に,出張所を光に置く,資本金5億円,従業員1564名の株式会社(平成2年時)である。被控訴人は,日鐵運輸の株式の約76パーセントを保有し,全役員10名のうち社長ほか8名を派遣し,平成元年4月1日現在,日鐵運輸の全従業員の約18パーセントにあたる274名は被控訴人からの出向社員である(<証拠略>)。
日鐵運輸は被控訴人から,門司港及び八幡製鐵所専用港における原料及び装具等の荷役,艀運送等の作業のほか,戸畑地区の無軌道輸送作業,堺製鐵所及び君津製鐵所の鉄道・無軌道輸送作業,これら3製鐵所の機関車整備作業について業務委託を受け,機関車整備工場を有していたが,君津製鐵所において,昭和61年5月にコンピューターによる情報処理を利用した運行管理の集中一元化を可能にする鉄道運行管理システムを開発,導入するなどしたほか,自動車,重機,建設機械の販売,輸送警備,常駐警備等の新規事業にも進出している(<証拠略>)。
なお,前記のとおり,昭和46年7月に八幡製鐵所における機関車点検・整備作業が,昭和56年4月に八幡製鐵所戸畑地区の棟間無軌道輸送が,日鐵運輸に業務委託されているが,いずれの場合も,当該作業の従事者について日鐵運輸への出向措置が実施されている。
そこで,被控訴人は,協力会社であり,被控訴人以上の構内輸送業務等の経験と技術を持つ日鐵運輸に対し,直営であった八幡製鐵所の鉄道輸送に関するDL・EL運転作業,信号作業,信号列車整理作業及び鉄道車両の日常点検・補修作業,山本工作所に委託してきた貨車の定期点検・整備作業を業務委託することにより,鉄道輸送作業量の変動への弾力的対応,車両整備の分野での重複業務の解消を図り,八幡製鐵所における運輸部門の労働生産性の向上を目指すことにした。
(3) 本件計画に伴う要員改定と人員措置
本件計画に伴う要員改定としては,要員の合理化と作業の委託化を柱とするものであり,これに伴う人員措置としては,新たに委託化する作業に現在従事している者の中から,委託先会社における円滑な作業遂行上必要となる規模に見合った人員数の出向措置を講じることを基本としていた。具体的には,本件計画実施前の平成元年2月28日当時,鉄道部門全体の要員は211名であったが,前記「鉄道運行管理オンラインシステム」の導入(<証拠略>)及び鉄道から無軌道への輸送手段の変更等による要員改定により,40名を削減することができるから,鉄道部門全体の要員は171名となり,これから,業務委託後も被控訴人が引き続き直営で行う輸送計画作業及び輸送設備管理作業の要員23名を引くと148名になるところ,委託先会社と協議した結果,前記148名から日鐵運輸への業務委託による作業の一元化に伴う減員3名と峰製作所への出向対象者のうち人選の基準に満たない4名を除いた141名について,日鐵運輸へ133名,峰製作所へ8名の出向措置を講じるというものであった。(<証拠略>)。
ところで,被控訴人は,一方で,前記のとおり,中期総合計画の推進過程で大量の余剰人員を抱えざるを得ず,八幡製鐵所においても右委託化に伴い鉄道輸送部門での大幅な余剰人員が生じ,製鉄所内でこれらを吸収することにも限界がある(<証拠略>)ことから,従業員の雇用確保の観点から,委託先会社への出向措置を積極的に講じる必要があり,他方では,委託先会社である日鐵運輸及び峰製作所においても,委託化される八幡製鐵所の鉄道輸送作業及びその関連作業を円滑に遂行し得る人員を直ちに確保,養成することは困難であり,出向の要望は強かった。
(4) 労使の折衝
本件計画に伴う要員改定及び人員措置の基準方針については,労使委員会の付議事項である「生産計画の変更等にともなう重要な要員事項」(22条1項2号)等に該当し,その話し合いの程度としては,「協議」(同条2項)するものとなっているので,前記のとおり,昭和63年12月20日,被控訴人は,八幡労組に対し,労使委員会において,右要員改定及び人員措置について説明するとともに,出向先である日鐵運輸及び峰製作所の主要な就業条件として,年間所定内労働時間,年間休日日数,就業時間,実労働時間及び交替者の勤務形態を説明した(<証拠略>)。
その後,同年12月27日,平成元年1月9日,同月13日及び同月19日と労使の折衝が重ねられたが,これは本件計画の実施を前提に,出向後の労働条件,特に勤務形態に重点を置いたものであった。その際,八幡労組から,特に,出向者の勤務形態が被控訴人の就業規則では4組3交代制であるのに,日鐵運輸では3組3交代個人指定休日方式になる点について,鉄道輸送作業が厳しい作業環境である屋外での肉体的負荷が高い作業であることや高齢者が多い職場であることを考慮して,4組3交代制にできないかという要求が出された(<証拠略>)。
八幡労組の右要求に対し,被控訴人は,当初,出向者が従うべき就業条件を決めるのは日鐵運輸であって,今回の出向者だけを日鐵運輸の労働者と異なる勤務形態とすることは難しいとしていたが,八幡労組の要求が強いことに対応して,日鐵運輸に対し,鉄道輸送業務の実情を説明して交渉した結果,日鐵運輸において個別例外的な運用の措置を講じることになった。すなわち,日鐵運輸は,鉄道輸送作業職場については4組編制とするが,この編制による年間非番日数91日と日鐵運輸における当時の年間休日日数85日との差については,予備直勤務配置日とし,これを「調整代務日」として扱い,相当する労働時間は出向先の年間所定労働時間から控除することとした(<証拠略>)。
これに対し,八幡労組は,実質上は出向前と同様の勤務編制が維持されるとともに,通常,予備直勤務配置日には,勤務の必要性が生じないので,年間休日日数としても実質91日が確保できたとして,右の4組編成とした措置について「率直に評価する」と述べた(<証拠略>)。
そして,八幡労組は被控訴人に対し,平成元年1月27日,前記要員改定及び人員措置について了解し,右同日以後,被控訴人が具体的な人選に入ることは特段問題ない旨の見解を表明した(<証拠略>)。
3 本件出向命令について
(一) 人選
被控訴人は,平成元年1月下旬から,前記業務委託に伴う出向対象者141名の人選を開始した。右人選は,各人の保有する知識・技能・経験・年齢等を基準に行われたが,特に,年満(退職)まで期間のない高齢者の出向は避け,また,採用者数も少なく,職種転換等の比較的容易な30歳代以下の従業員については,所内配転を優先する方針を採っていた。
控訴人日高の属する八幡輸送掛信号列車整理の従事者21名につき,日鐵運輸から要請のあった出向要員数は8名であり,平成3年2月末までに年満となる高齢者7名,長期休職者1名,本来の職務が機関車の運転作業であったことから,機関車の運転技能保有者として日鐵運輸に出向する予定の5名を除外した控訴人日高を含む8名(右各理由で除外された以外の者全員)が予定者として選ばれた。
また,控訴人北本の属する八幡輸送掛DL運転従事者18名及び技能上の共通性のある同掛EL運転従事者13名につき,日鐵運輸から要請のあった出向要員数は26名であり,高齢者4名,病休職等の5名,30歳代以下の者1名,他への出向予定者2名を除外した控訴人北本を含む19名(右各理由で除外された以外の者全員)が予定者として選ばれ,不足人員は他から選ばれることになった。
なお,出向の対象外となる直営要員については,新しく導入する鉄道運行管理オンラインシステムの運用に従事することが予定されていたことから,これまでに鉄道輸送に関する輸送指令作業の実務経験があり,右システムを効率的に遂行することができることを基準に人選したが,控訴人らは右実務経験を有しておらず,右要員予定者にはならなかった(<証拠略>)。
(二) 発令手続
出向予定者として選ばれた141名のうち136名は日鐵運輸及び峰製作所への業務委託日である平成元年3月1日付けで,うち1名は同年4月1日付けで出向を命じられたが,控訴人両名を含む4名の者が出向を拒否する態度を示した。そこで,被控訴人は,一旦は,出向の発令を延期して控訴人らと話し合ったが,進展は見られなかったため,同年4月15日付けで,控訴人らに対し,本件出向命令の通知書(<証拠略>)を交付してその旨を通知した。右書面には,出向期間の記載はなく,交付時,控訴人らから,右期間につき,質問が出た。これに対し,被控訴人の担当者は,出向期間については,社外勤務協定による取扱いによること,すなわち,期間は原則3年であり,業務上の必要により延長される場合がある旨返答した。控訴人らは,同月17日,本件出向に不同意のまま,日鐵運輸に赴任した。
右命令の内容は,いずれも「八幡製鐵所労働部労働人事室労働人事掛勤務を命ずる。社外勤務休職を命ずる(日鐵運輸へ出向)。」というものであるが,控訴人らに労働人事室勤務を命じたのは,被控訴人における出向措置一般の取扱いとして,出向者を元の職場に在籍したままにしておくと,出向後も,各職場管理者が,出向者に関する人事管理,勤務管理,給与管理等の管理内容について,各出向先との間で個別に連絡を取らなければならなくなり,事務処理が錯綜し,煩雑となることから,便宜上の措置として,被控訴人の労働人事室が各出向先との間でこれらの事務処理を一元的に行うことを目的としたものである。
なお,八幡労組は,控訴人らにつき,出向に応じたくないとする客観的な理由については見出せないとした上で,被控訴人が控訴人らに対して出向を命じる措置を講じたとしても,労使間の出向措置に関する取扱い上,特段の問題はないと判断する旨の見解を示していた(<証拠略>)(ママ)
(三) 本件出向期間中の控訴人らの労働条件について
(1) 社外勤務協定の主たる内容は,前記争いのない事実2記載のとおりであり,出向期間中の控訴人らの労働条件等について詳細に定められている(<証拠略>)。なお,被控訴人と日鐵運輸との間で,右協定の存在を前提にして,「出向者の取扱いに関する覚書」(<証拠略>)を取り交わしている。
(2) ところで,出向の前後を通じて,控訴人らの勤務場所,勤務内容,勤務形態に特段の変化はなく,また,勤務時間(所定内労働時間)についても,控訴人らが最初に本件出向を告げられた時には差異はなかった。もっとも,被控訴人の労働時間の短縮が進み,年間の休日日数が91日から,平成元年4月に93日に,平成3年4月に96日に,平成4年には99日,平成5年には102日と漸次増加したため,同年時点では年間で11日間の差が生じている。これに対し,前記社外勤務協定では出向先の年間所定労働時間が被控訴人のそれを超える場合には,時間差に応じて出向手当B(月額)を支給する旨定められており,控訴人らに対しても,右手当が支給されている(<証拠略>)。
4 本件延長措置について
(一) 平成3年以降の被控訴人の経営環境等
(1) 中期総合経営計画は,平成3年3月で終了し,一定の成果を挙げたが,右計画実施期間中,国内経済はいわゆるバブル景気に沸き,活況を呈していた一方で,当時の経営環境は昭和60年に始まった円高が想像を上回る勢いで進展し,中進製鉄国からの鋼材の輸入が増大し,また,国内においては電炉メーカーとの競争が熾烈化し,鉄鋼のユーザーである自動車や電機メーカーが海外に生産拠点を移す等の環境面における構造的な変化が起こり,一段と厳しさを増してきた。そして,平成2年ころからは,政府の内需拡大策による設備投資等の伸びが鈍化するとともに,平成元年以降の公定歩合の相次ぐ引き上げや平成2年秋ころからの株価や地価の値下がり等のために,企業は生産調整等を行うようになり,企業収益を圧迫するようになった。そこで,被控訴人は,中期総合経営計画をさらに発展させ,より一層の経営基盤の強化を図るために,複合経営の本格的展開を図ること等を内容とする「新中期総合経営計画」(平成3年度から同5年度)を策定し,平成3年4月12日,中央経営審議会の場において,連合会に説明した。そして,右計画は,労働生産性の向上として,要員合理化と多様な人員措置等を鋭意推進することが含まれていた。これに対し,組合(連合会及び八幡労組)は,組合員の雇用の安定・労働条件の向上等の要求を掲げて交渉し,最終的には右計画を了解する旨の態度を表明した(<証拠略>)。
(2) 新中期総合経営計画がスタートした後,実質国民総生産は平成3年が3.2パーセント,平成4年度が0.7パーセント,平成5年度がマイナス0.1パーセントまで下落し,わが国経済は戦後最大の不況を呈するに至った。また,披(ママ)控訴人の粗鋼生産量も,平成2年度の2899万トンをピークに急速な減少傾向をたどり,平成3年度は2769万トン,平成4年度は2532万トン,平成5年度は2512万トンと発足以来最低の水準にまで落ち込んだが,これらは円高による国際競争力の低下,鉄鋼需要の減少等がその要因となり,総コストに占める固定費の比率が上昇し,被控訴人の収益を圧迫し,被控訴人の平成5年度の経常損益は株式売却益658億円を計上しても,なお183億円の経常損失(実質経常赤字約850億円)となった。
こうした状況の下で,被控訴人は,「第3次中期経営計画」(平成6年度から同8年度)を策定し,平成5年10月29日,中央経営審議会において,連合会に説明した。右計画は,3000億円規模のコスト・収益構造の改革を図ること,組織・業務運営の改革により,製鉄事業部門の管理職・主務職要員の4000名規模の削減,技術職社員の3000名規模の要員合理化等を基本方針とするものであった。また,被控訴人は,右計画と同時に,「同計画における人員対策」も説明したが,余剰人員が2000人規模に達し,今後の余剰人員を加えると規模が膨大なものとなることを前提に,出向の拡大,関係会社への転出,高齢者の長期教育・休業措置並びに代休,早期退職者援助措置の延長等の人員対策を強力かつ多方面に推進するというものであった。これに対し,数次の話し合いの結果,平成6年5月,組合は右計画を了解する旨の態度を表明した(<証拠略>)。
(3) 被控訴人は,右第3次中期経営計画に従って,全社的なコスト削減対策等を推進し,平成8年度において,800億円程度の経常利益が見込めるレベルまで業績を回復させてきたが,国内需要産業の海外移転や資材等の海外調達の拡大等による需要構造の変化,アジア諸国との市場競争の激化等の構造的変化が予想を上回る速度で進展し,鋼材販売価格の下落による収益力の低下等の状況を踏まえ,大競争時代を生き抜くための経営基盤の確立(収益力の向上と財務対(ママ)質の改善)が不可欠であるとの認識の下に,右計画を更に推進し,複合経営の確立,経営ソフトの革新等を目指すべく,改めて「中期経営方針」(平成9年度から同11年度)を策定し,平成8年11月26日,中央経営審議会において連合会に説明したが,右経営方針における人員措置の内容についても,出向措置を基本とする等,第3次中期経営計画における人員対策を継続するというものであったが,連合会は,平成9年2月13日,右計画に基づく要人員措置に対し,要請を付しながらも,基本的に了解する旨の態度を表明した(<証拠略>)。
(4) このように,出向措置は,これらの各計画における人員措置の柱として位置づけられているところ,実際,八幡製鐵所における技術職社員の在籍出向人員は,平成3年度が1492名(全社では5851名。以下,括弧内の数字は全社の数),平成4年度が1509名(5815名),平成5年度が2585名(9675名),平成6年度が2822名(1万0368名),平成7年度が2443名(8889名),平成8年度が2349名(8338名)となっている(<証拠略>)。
また,被控訴人において,昭和45年以降,業務委託に伴う出向が行われた例のうち,3年以上経過した44例のうち,43例につき,3年ごとの延長措置が採られており,うち37例において2回以上の,うち19例において3回以上の延長措置が採られている(<証拠略>)。
(二) 業務委託継続の必要性
八幡製鐵所の輸送・出荷部門の体質強化を目的とした構内輸送体制の再構築についての施策の実施の結果,八幡製鐵所構内輸送に占める無軌道(自動車)輸送の比率は,平成9年度で66パーセントにまで上昇したが,右施策の前提となった本件計画の目標値を達成するまでには至っておらず,業務委託化による構内輸送作業体制の統合・再編を含めた右施策の継続が求められている。他方,業務委託先の日鐵運輸は,新規採用者を鉄道部門に配置する等している(平成10年度は7名)ものの,未だ被控訴人からの出向者の技能経験を必要とする現状にあり(平成10年12月1日時点の出向者は86名であるのに対し,日鐵運輸の社員は29名),出向が継続されることを希望している(<証拠略>)。
(三) 人員余剰について
八幡製鐵所の人員余剰の状況は,平成3年度は190名(全社で646名。以下,括弧内の数字は全社の数),平成4年度は454名(1277名),平成5年度は561名(989名),平成6年度は541名(1145名),平成7年度は233名(436名),平成8年度は171名(198名)であり,一貫して余剰の基調にあるし,業務委託後に直営として残った輸送出荷掛も平成元年以降,人員余剰の基調で推移している。また,本件出向命令後の数次の要員合理化施策の実施により,右輸送出荷掛のうちの鉄道部門の要員数は,業務委託時の23名から平成9年4月1日には3名にまで減少したが,右3名の業務については,本件出向時に控訴人らが担当していた業務とは異なった内容となっている(<証拠略>)。
(四) 延長の手続
被控訴人は,社外勤務協定4条1項但書に基づき,同項の「業務上の必要」があると判断し,本件出向命令の発令後の平成4年4月15日,同7年4月15日及び同10年4月15日の3回に亘り,本件出向命令の期間を延長した。被控訴人は,出向期間を延長する際には,事前に出向先の担当者や出向者本人と面談した上で,延長の要否について判断し,また,その結果を組合に説明しており,控訴人らについても同様の扱いがされている。また,被控訴人は,控訴人らに対し,その都度,事前に,その旨を口頭により通知している。右各年度には,控訴人ら及び控訴人らと同様に出向に反対している2名(以下,この項では「控訴人ら4名」という。)を除く日鐵運輸への出向者らについて,被控訴人は出向延長措置を提案し,八幡労組は,各年度とも,中央闘争委員会等において,右提案は,平成元年3月1日実施の「輸送・出荷部門の体質強化を目的とした構内輸送体制の再構築およびこれに伴う人員措置」に伴うものであり,その必要性を認め,かつ,出向者の意思確認もできたとして,会社の提案を了承している。これに対し,控訴人ら4名は,いずれの延長通知に対しても,復帰を希望したが,八幡労組は,中央闘争委員会等で出向延長の必要性を承認していることと,右4名についても,これまでの経験・技能を活かして引き続き当該作業に従事するものであることや,出向先である日鐵運輸における状況変化もないこと等から出向措置時と同様の対応を図るとの判断を示し,個別対応を継続しても進展がないとして関与しない方針を取った(<証拠略>)。
三 本件出向命令の有効性について
1 本件出向命令の根拠について
(一) 本件出向の性質
(1) 前記認定の事実経過によれば,本件出向命令は,控訴人らの入社した昭和36年当時及び本件出向命令が発令された平成元年当時の就業規則に「社員に対しては,業務上の必要によって社外勤務をさせることがある。」との規定があり,ユニオンショップ協定によって控訴人らも加入する八幡労組と被控訴人間で昭和48年4月に締結され,本件出向命令当時も更新されていた労働協約にも「会社は,業務上の必要により,組合員を社外勤務させることがある。」との規定が定められている下において,昭和44年9月に制定(同年10月1日施行)され,昭和63年3月に改定(昭和63年4月1日施行)された労働協約の性質を有する社外勤務協定(以下「改定社外勤務協定」という。)の適用される社外勤務として発令されたものであることが認められる。
そして,改定社外勤務協定の内容(出向期間の定め,出向期間の被控訴人の勤続年数通算規定,被控訴人の社員としての昇級・昇格規定,給与・賞与規定,復職規定,その他の処遇に関する規定等)に照らすと,本件出向は,控訴人らが被控訴人との間の雇用契約関係を維持し,その従業員たる地位を保持したまま,日鐵運輸の指揮命令の下でその業務に従事する人事異動,すなわち,在籍出向であることは明らかである。
(2) 控訴人らは,本件出向は,復帰を予定しない「永久」出向であり,実質的には転籍(移籍)出向と同質であると主張するところ,先に認定した本件出向に至る経緯からみて,本件出向は,国際的・国内的な競争力の向上が生き残りのための緊急課題とされる経済状況の下で策定された被控訴人全社のコスト・収益構造の改革の一環として,八幡製鐵所の輸送部門の低い労働生産性の改善を目指して,控訴人らの従事していた構内輸送業務の大部分を協力会社である日鐵運輸に委託したことに伴って生じたものであること,鉄鋼業界を巡る環境からみて,このような合理化策を逆戻りさせ,再び直営化することはほとんど期待できないことであり,その可能性を示す状況はないこと,控訴人らが担当していた業務自体が委託され,八幡製鐵所にその業務を担当する部署自体がなくなっており,控訴人らがその業務の熟練した技術職社員であることなどからすれば,控訴人らが復職する可能性は,本件出向当初からほとんど期待できない状況にあったものというべきであり,控訴人らが「永久」出向と主張することは十分理解できるというべきである。しかし,本件出向は,前述のように社外勤務協定の内容からみて在籍出向の性質を有するものであることは明らかであり,従来の使用者との雇用契約関係を解消して,第三者との間で新たに雇用契約を締結する転籍(移籍)出向と本質的に異なるというべきである。もっとも,本件出向が右のような実態をもつことは,出向命令権の行使の相当性(権利濫用の有無)を判断するうえにおいて考慮されるべきである。
(二) 出向命令権の根拠
(1) ところで,雇用契約は,通常,特定の指揮監督権者の下での労働力の提供が予定されているものと解するのが相当であるから,使用者は,当然には,労働者を他の指揮監督権者の下で労働に従事させることはできないというべきである。
そして,民法625条1項,使用者の権利を第三者に譲渡する場合は,労働者の承諾を要するものとし,債権譲渡の一般規定と異なる制限をしている。これは,雇用契約の場合,使用者の権利の譲渡が,労働者からみて,単に義務の履行先の変更にとどまるものではなく,指揮監督権,人事権,労働条件決定権等の主体の変更によって,給付すべき義務の内容が変化し,労働条件等で不利益を受けるおそれがあることから,労働者を保護する趣旨にでたものと考えられる。
しかして,出向(在籍出向,以下同じ)は,労務提供の相手方の変更,すなわち,使用者の権利の全部ないし一部の出向先への譲渡を意味するから,使用者がこれを命じるためには,原則として,労働者の承諾を要するものというべきである。そして,右承諾は,労働者の不利益防止を目的とするものであることからすると,事前の無限定の包括的同意のような労働力の処分を使用者に委ねてしまうような承諾は,右規定の趣旨に沿った承諾といいがたいと評すべきである。逆に,個別の承諾がない場合においても,出向が実質的に労働者の給付義務の内容に大きな変更を加えるものでない場合や,右規定の趣旨に抵触せず,承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合には,形式的に承諾がないからといって,全ての出向を違法と解するのも相当でない。
控訴人らは,民法625条1項は強行規定であるから,右のような解釈は許されず,出向については,常に個別の同意を要すると主張するが,右規定を強行規定と解すべき理由は見当たらず,右規定の「承諾」は個別・具体的な承諾のほかに,包括的な事前の承諾をも含み,かつ,それと同視しうる場合も含むと解されるから,右主張は採用できない。
(2) これを本件についてみるに,<1> 前記事実経過で認定したとおり,控訴人らの入社時及び本件出向命令時の就業規則に,業務上の必要により,社員に対して社外勤務をさせることがある旨の規定が存在し,控訴人らは,入社時に右就業規則について説明を受け,就業規則を遵守する旨の誓約書を提出しており,就業規則の規範性からこれを出向命令の根拠としうる余地があること,<2> 昭和44年9月に旧八幡製鐵株式会社と八幡製鐵労働組合との間において,出向期間,出向後の労働条件等について詳細に規定した社外勤務協定(労働協約と一体をなすもの)が締結され,さらに,昭和48年4月,被控訴人と連合外との間の労働協約においても右就業規則と同旨の規定が設けられ,本件出向命令の発令時においても,これらの諸規定が更新・改定されて存在(存続)しており,労働協約の規範的効力ないし補充的効力からして,これも個別的同意のない出向を適法とする根拠となりうると考えられること,<3> 右労働協約及びその一環をなす改定社外勤務協定は,鉄鋼業界全体が構造不況業種の指定を受ける事態の下において,余剰設備の削減とともに,大量の人員合理化を迫られるという環境条件の中で,労使協議を経て,雇用確保を第一とする組合が受け入れた中期総合計画の実現の過程で締結されたものであり,整理解雇等の人員削減策を回避し,雇用を確保する役割を果たすものであること,<4> 八幡製鐵所においては,単に就業規則や労働協約に抽象的な出向規定があるというにとどまらず,多くの分野で業務委託が実行され,それに伴って多数の社員が現実に出向しており,右規定が現実的に機能していたこと,<5> 本件出向は,控訴人らが従前従事していた業務と密接に関係する部門の委託を受けていた協力会社に対し,控訴人らの業務部門も追加して委託されたことに伴って,従前と同様の業務を続けて遂行するために出向したものであり,控訴人らの労働給付の内容に実質的な変化はないこと,等の諸事情が認められ,かかる事実関係の下においては,右就業規則や労働協約は,個別の同意に代わりうる出向命令権の根拠足りうるものと解するのが相当である。なお,右各規定中には出向先に関して,「関係会社,関係団体,関係官庁等」との抽象的な規定(社外勤務協定2条1項)が存在するにとどまるが,前記認定のとおり,本件出向の前後を通じて勤務場所,勤務内容及び勤務態様が全く変わらない事実に照らすと,右規定が抽象的であるからといって,本件出向を命じることができなくなるものではない。
(三) 控訴人らの主張の検討
(1) 控訴人らは,控訴人ら入社時の就業規則においては,休職を伴う社外勤務とこれを伴わない社外勤務とがあり,前者はまさしく出向を意味していたところ,控訴人ら作業職社員(技術職社員)には休職の対象,すなわち,出向の対象から除外されていたと主張するが,右就業規則(<証拠略>)の社外勤務の定め(50条)には,「社員に対しては,業務上の必要によって出張または社外勤務させることがある。」とあり,右「社員」から作業職社員を除外する規定は存在せず,また,そのように解すべき理由もない。かえって,右就業規則50条の2には,「社員(作業職社員を除く。)が前条により社外勤務を命ぜられた場合には,休職とすることがある。」と規定されており,作業職社員も社外勤務(出向)をすることが前提となっている。したがって,右主張は理由がない。
(2) 控訴人らは,就業規則や労働協約の出向規定に基づいて,労働者を出向させることができることになれば,使用者の裁量的判断による人選を媒介にして,個々の労働者の労働条件を個別に不利益に変更することを可能にし,就業規則や労働協約の集団的・画一的機能を没却すると主張するが,後記のとおり,右指摘の点は,出向者の人選の合理性や出向により労働者が受ける不利益の問題として,個々の出向命令が権利の濫用に該当するか否かの判断において考慮されるべきであって,出向命令の根拠の有無を左右する主張とはいえない。
(3) 控訴人らは,労働組合には,出向の意思のある労働者の労働条件を改善ないし規律する能力があるにとどまり,それを超えて出向の意思のない労働者にまで出向義務を強制ないし創設する能力はないと主張するところ,確かに合理的な理由もなく,出向義務のない労働者にかかる義務を負担させるだけの協約であれば,協約が締結されたことから直ちにこれが出向を是認しない労働者に対しても適用されるとするのは,労働協約の規範的効力や補充的効力の本来的機能と矛盾するものともいえよう。しかし,先にみたように,社外勤務協定は,人員削減による雇用調整の見返り措置の性格を有し,全組合員にとってより重要な雇用の確保を図るために,出向を受け入れざるをえない情勢下で,全組合員が命じられる可能性のある出向について,その際の労働条件等をより有利に定めるべく折衝した結果締結されたものであるから,その出向規定は,労働組合法16条の「労働者の待遇に関する基準」に該当するものというべきであり,組合員全員にその条項が適用されるべきものと解するのが相当である。したがって,控訴人らの右主張も理由がない。
(4) 控訴人らは,出向が出向元,出向先及び出向者の三者間の法律関係であることないしは免責的債務引受の法理に基づき,本件出向につき,控訴人らの個別の同意が必要である旨主張するが,出向は,出向元と出向者との関係において生じるものであり,民法625条1項も使用者の権利の譲渡について,譲受人と労働者との契約を要求しているわけではないから,個別の同意以外は認められないとする主張は採用できない。
(5) 控訴人らは,本件出向が復帰を予定しない出向(永久出向)であり,転籍(移籍出向)と同質であるから,個別の同意を要すると主張するが,前記のとおり,事実上復帰の可能性がないとみられるが,転籍と在籍出向との根本的な相違は,出向元との労働契約の存否であるから,それが維持されている以上,転籍と同質であるとはいえず,控訴人らの右主張も理由がない。
(6) 控訴人らは,労使間において,労働者を出向させる場合は,出向対象者の個別・具体的な同意を得るという,就業規則54条についての解釈ないし運用が確立し,定着していたと主張するが,右解釈ないし運用の確立,定着の事実を認めるに足りる証拠はない上に,かえって,前記2の1(四)(2)認定の労働者の意思に関する組合の見解は,右解釈ないしは運用とは相容れないものであり,右主張もまた理由がない。
2 権利の濫用について
(一) 以上に検討してきたところから,本件出向については,就業規則及び労働協約により,被控訴人に出向を命ずる権限があると判断されるが,もとより,出向は,出向先での勤務内容,勤務場所,労働条件等により,労働者の生活に影響を及ぼすのが通常であって,使用者が出向を命じる権限も無制約ではなく,出向についての業務上の必要性の有無や,労働者の受ける利益の程度によっては,出向命令権の行使が権利の濫用として許されないこともあり得る。そして,本件出向は,業務委託に伴う出向であって,前述のように,当初から出向期間が長期化し,復帰の可能性が見込まれないことが十分予想されていた(現に,3回に亘り,延長措置が採られている。)といえるから,出向後の労働条件の変更の程度,内容によっては,労働者の生活に重大な影響を与える危険性が高く,出向命令権の行使が権利の濫用にあたるか否かの判断もより慎重に行われるべきであると解される。
そこで,以下,この点について具体的に検討する。
(二)(1) 業務上の必要性
前記二2(本件出向に至る経緯について)認定の中期総合計画の策定とその背景事情,八幡製鐵所における構内輸送体制の再構築とこれに伴う輸送・出荷部門の要員改定,日鐵運輸の実績・経験等についての諸事実に照らすと,控訴人らが従事していた業務を日鐵運輸へ委託する必要性・合理性については十分に肯定することができるとともに,右業務委託を前提とする。人員措置についても,当時の八幡製鐵所における人員余剰の状況を前提とした従業員の雇用確保の観点及び控訴人らのこれまでの長年の経験と技能を前提とした委託業務の円滑な遂行と技術承継の観点等から,委託先会社への出向措置を講じる必要性があったものと認められる。
控訴人らは,本件出向は雇用調整型の出向であり,整理解雇の脱法形態として利用される危険性があるから,整理解雇の要件としての業務上の必要性と同様に,これを厳格に解すべきであると主張するが,本件出向には,雇用調整の手段としての側面が強いとはいえるが,整理解雇を避けるための措置という側面があるのであって,整理解雇の脱法形態としての実質を有することを認め得る証拠はないから,右主張は採用できない。控訴人らは,本件出向命令当時,被控訴人は,史上最高の経常利益を記録し,景気拡大による大幅な増収増益を達成していたと主張するところ,確かに昭和62年度から平成2年度に実施された中期総合経営計画の期間中にいわゆるバブル景気に沸いていた時期があったが,想像を上回る円高や中進製鉄国との関係など新中期総合計画を立ち上げなければならない構造的課題が存在していたのであり,労働生産性の向上を図るための構内輸送体制の見直し等の施策の必要性がなくなっていたわけではない。
(2) 人選の合理性
前記二の3(本件出向命令について)の(一)人選の項において認定した事実によれば,出向対象者の人選は,各人の保有する知識・技能・経験・年齢等の客観的な基準に基づいて行われ,控訴人らを出向対象者として選定する過程に不合理な点は存在しないと認められるから,出向対象者の人選の合理性についても肯定することができる。
(3) 控訴人らの受ける不利益について
前記二の3(三)(本件出向期間中の控訴人らの労働条件について)で認定のとおり,出向の前後を通じて,控訴人らの勤務場所,勤務内容,勤務形態に特段の変化はなく,また,勤務時間(所定内労働時間)についても,被控訴人の労働時間の短縮が進み,年間の休日日数が当初(控訴人らが最初に本件出向を告げられ時点)の91日から,平成元年4月に93日,平成3年4月に96日,平成4年に99日,平成5年に102日と漸次増加したため,同年時点では年間で11日間の差が生じているが,右は事後の事情変更に起因するものである上に,これに対しては,時間差に応じて出向手当B(月額)を支給されている。もっとも,控訴人らは,出向後,所定外労働時間が増加したと主張するが,所定外労働時間は,その時々の状況に応じて,変動するものである上に,控訴人らは,出向前の出向元の労働時間と出向後の出向先の労働時間を単純に比較しており,仮定に基づく推測に過ぎないといわざるを得ない。また,控訴人らは,被控訴人に勤務したと仮定した場合に支給される過勤務手当と出向手当Bとの差額を主張するが,控訴人らの計算によっても,右差額は1か月で327円から6375円の範囲にあるから,本件出向命令の効力を左右する程の不利益とはいえない。
他に,控訴人らの受ける不利益につき,検討すべき点は見当たらない。
(三) 以上,(1)ないし(3)の各事情によれば,本件出向は,業務上の必要性があり,人選の合理性も確保され,出向の前後により,勤務場所,勤務内容,勤務形態に全く変化がなく,その他の点でも控訴人らに看過できない程度の不利益が生じているということはできないから,当初から長期化し,復帰の困難性が予想されていたとしても,被控訴人が控訴人らに本件出向を命じることが権利の濫用にあたるということはできない。したがって,この点に関する控訴人らの主張は採用できない。
3 労働者派遣法の脱法行為であるとの主張について
控訴人らは,本件出向命令は,労働者派遣法が,一般労働者として雇い入れた者を労働者派遣の対象とする場合に必要な当該労働者の同意(32条2項)を形骸化することを狙った脱法措置であり,無効であると主張する。
そこで検討するに,労働者派遣法にいう「労働者派遣」とは,「自己の雇用する労働者を,当該雇用関係の下に,かつ,他人の指揮命令を受け,当該他人のために労働に従事させることをいい,当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする。」(同法2条1号)とされているところ,本件出向については,在籍出向として,被控訴人との労働契約関係を維持しながら,出向命令に応じ,日鐵運輸の定める労働条件に従って,その指揮監督の下で労務に服させるものではあるが,出向によって労働契約関係の大部分が日鐵運輸に移転しているのであって,派遣先の従業員としての地位を有することなく,派遣先の指揮命令を受けて労働に従事させられる「派遣」労働とは本質的に異なるものというべきである。なお,前記認定のとおり,本件出向命令において,控訴人らに労働人事室勤務を命じたのは,専ら,事務処理の便宜のためであるから,本件出向命令が労働者派遣法の脱法措置であるとの控訴人らの前記主張は採用できない。また,労働者派遣法は,労働者の派遣が労働者供給事業の性質を有し,強制労働や中間搾取等から労働者を保護するために制定されたものであり,営利目的や事業として出向させているわけでもない本件出向を派遣労働と同列に論じることは相当ではない。
四 本件延長措置の必要性・合理性について
1 前記二の4(本件延長措置について)の認定のとおり,本件出向は,日鐵運輸への業務委託に伴うものであるところ,右委託の必要性は続いていること,平成3年以降の被控訴人の厳しい経営環境の下,人員合理化の要請は強く,被控訴人が控訴人らを始めとする出向者を復帰させることは,固定費負担を増加させ,右要請に逆行するものであるし,八幡製鐵所における人員余剰の状況において,控訴人らを原職に復帰させることは,実際上も困難であったこと等の事情に照らすと,本件延長措置には,いずれも業務委託の遂行と雇用調整の実行という被控訴人における業務上の必要性が存在していると認めることができる。
控訴人らは,出向期間が3年を超える場合には,当該労働者を元の職場へ復帰させる義務を免除するに足りるだけのより高度の業務上の必要性が求められると主張するところ,社外勤務協定が出向期間を原則として3年以内としていること,出向期間の長期化は,労働者により大きな負担を負わせることになることからすれば,当初の出向命令に比べて,延長措置については,より高度の業務上の必要性を求めるのは妥当な見解というべきであるが,右にみたような鉄鋼業界の置かれた状況からして,当初の出向命令時にも増して業務上の必要性が高まり,継続しているというべきである。
控訴人らは,八幡製鐵所には,本件出向の当初から多数の余剰人員が存在し,何時でも控訴人らを復帰させ,他の労働者を替わりに出向させるというローテーションを組むことは可能であったと主張する。しかし,控訴人らは,熟練の技術職員であり,容易に代替要員を求めることは困難であり,業務効率を阻害せずに具体的かつ現実的なローテーションシステムの可能性を認めるに足りる証拠はないから,控訴人らの右主張は理由がない。この点に関連して,控訴人らは,長期間に亘り,出向者を特定の労働者に固定することは,他の労働者が出向を免れることになり公平を失うから,本件延長措置の必要性,合理性が認められるとしても,公平の原則に反し,権利濫用として無効であると主張するが,控訴人らのみが長期間の出向の対象となっているものではなく,延長措置が権利濫用として無効となる程の不公平が存在する事実を認めることはできないから,右主張も理由がない。
2 控訴人らは,被控訴人が,意図的に控訴人らの出向を無期限化しようとすることは,控訴人らの思想・信条による差別待遇であり,本件出向命令及び本件延長措置は,憲法14条,労働基準法3条に違反し,無効であると主張するが,被控訴人において,控訴人らを思想・信条を理由にして差別待遇する意図の下に,本件出向命令及び本件延長措置を実施したという事実を認めるに足りる証拠はない(<人証略>は,控訴人らの右主張に沿う証言をしているが,同証言は,同証人の推測に基づくものに過ぎず,採用しない。)から,右主張は理由がない。
3 控訴人らは,本件出向命令及び本件延長措置は,期間の明示がないから,社外勤務協定4条1項に違反し,無効であると主張するが,前記二の3(二)認定のとおり,被控訴人は,本件出向命令に際し,控訴人らに対し,本件出向命令及び延長措置は右規定に基づいて行われることを告げ,その具体的内容について説明しているのであり,右規定によれば,必ずしも,出向期間(延長の期間)を定める必要はないから,右主張は理由がない。
五 結論
以上,検討してきたところによれば,本件出向命令は有効に存続していることになるから,控訴人らは,本件出向命令に従って,日鐵運輸に対して労務を提供する義務を負うことになる。
したがって,当審で追加された主位的請求は理由がないから,いずれも棄却を免れない。そして,控訴人らの第2次請求にかかる訴えは不適法であるから,これを棄却した原判決を取り消し,右各訴えをいずれも却下し,当審で追加された第3次ないし第5次請求にかかる各訴えも不適法であるから,いずれも却下することとし,主文のとおり判決する。
(口頭弁論の終結の日 平成12年7月27日)
(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 白石史子 裁判官 高橋亮介)