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福岡高等裁判所 平成8年(ネ)765号 判決 1998年5月29日

控訴人

有限会社荒巻海産

右代表者代表取締役

荒巻勝德

控訴人

荒巻勝德

右両名訴訟代理人弁護士

永尾廣久

中野和信

被控訴人

大金食品有限公司

右代表者董事長

董希文

右訴訟代理人弁護士

松本久二

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人ら負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

第二  事案の概要

事案の概要は、以下に付加、削除、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」の欄に摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決一枚目裏末行の次に、改行の上、次のとおり加える。

「本件は、被控訴人が控訴人会社に対し、後記主張の、成立した調解による和解金の支払を、控訴人荒巻に対し、後記主張の右についての保証による同金員の支払を、それぞれ求めているものである。

一  争いのない事実(ただし、後記5の事実については、自白の撤回がある。)」

二  原判決二枚目初行冒頭の「一」を削り、同裏四行目の「民事調停」を「民事調解」と、同五行目の「和解」を「調解(以下、「本件調解」という。)」と、それぞれ改め、同三枚目表七行目を「(控訴人荒巻は、右事実を自白したが、後に撤回した。)」と改める。

三  原判決三枚目裏二行目から同七行目までを次のとおり改める。

「二 本件の争点

被控訴人は、控訴人会社に対しては、前記のとおり、大連市中級人民法院において前記調解が成立し、これにより、中華人民共和国(以下「中国」という。)民法通則上の契約(和解)もなされたので、これに基づき、右調解において定められた和解金の残金三二五七万七〇九七円とこれに対する本訴状送達の翌日である平成七年三月二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、控訴人荒巻に対しては、被控訴人と控訴人荒巻との間で、本件調解と同日になした、保証承諾書(甲八の1、以下「本件保証承諾書」という。)による保証契約に基づき、右と同額の金銭の支払を求めているのに対し、控訴人らは、本件調解及びこれによる契約(和解)は無効であると主張している。その当事者の主張の要旨は、以下のとおりである。

1  控訴人らの主張

(一) 本件調解は無効である。すなわち、

(1) 本件調解手続は、控訴人会社代表者である控訴人荒巻の日本への帰国を妨害した状況下でなされたものであって、控訴人会社の自由意思に基づくものではなく、強制されたものとして、中国民事訴訟法八八条前段の規定(調解の合意の達成は双方の自由意思でなければならず、強制してはならない。)に違反する。

(2) 本件調解における合意は、

① 中国の司法制度と官憲をして控訴人荒巻の帰国を阻止し、同控訴人が、控訴人会社の主張を言い通そうとすれば、さらに長期間帰国できない状況の下でなされたもので、「その危難に乗じて」なされたものに該当し、

② 控訴人荒巻は、調解をまとめる意思がないにもかかわらず、一刻も早く日本に帰国したいことから、真実の意思に反して、解決金の支払と船による代物弁済に応じたもので、「真実の意思に反する状況」で行われたものに該当し、

③ 被控訴人の要求に応じない限り、いつまでも帰国できないという現実の強大なプレッシャーを控訴人荒巻にかけてなされたもので、「脅迫の手段を用いて」なされたものに該当し、それぞれ、中国民法通則五八条一項三号の趣旨(一方が、詐欺、脅迫の手段を用いて、または人の危難に乗じて、相手方に真実の意思に背かせる状況の下でなされた民事法律行為は無効である。)に違反し、中国民事訴訟法八八条後段の規定(調解で合意した内容は法律の規定に違反してはならない。)に抵触する。

(二) また、被控訴人の主張する調解においてなされた契約(和解)も無効である。

すなわち、

(1) 前記(一)(2)のとおり、右契約にかかる控訴人会社の意思表示は、中国民法通則五八条一項三号に反するもので無効である。

(2) 加えて、控訴人荒巻の認識では、調解手続における合意は、本件調解で決められた金銭を支払うことができないときは、船を一八〇〇万円で処分して支払に充てるというものであったのに、右契約の内容(民事調解書の調解条項)は、右の船を競売して支払うとなっており、控訴人荒巻の認識と異なっている。

(3) 控訴人会社が輸入した生貝は、歩どまり率が悪く、採算ラインを大幅に下回っていたのであるから、通常は、慣行に従い口頭で再度値段の交渉に入るのが常態であるが、被控訴人は、書面をたてに中国の司法機関を自己に都合のいいように利用したもので、商道徳に反する行為である。

(三) 被控訴人の主張する本件保証承諾書に基づく保証契約は、そもそも保証契約ではないか、そうでなくても無効である。すなわち、

(1) 本件保証承諾書の内容は、控訴人荒巻が、その所有不動産を担保提供することに尽きるものであって、それ以上に、同控訴人が債務保証したものではない。

この点につき、控訴人荒巻が原審でなした自白は、事実に反し、錯誤に基づいてなしたものであるから、当審において撤回する。

(2) 仮に、本件保証承諾書が、債務保証を内容とするものであるとしても、前記のとおり、本件調解及びこれによる契約(和解)は無効であるから、これと不可分一体である本件保証承諾書による保証契約も無効である。

2  被控訴人の主張

(一) 本件調解の手続に違法はない。

控訴人荒巻の出国を制限したことは、中国外国人出国管理法二三条の規定に基づく適法な手続であり、同控訴人の中国国内における行動の自由を奪うものではなかったし、同人は調解をすることには異存がなく、中国人弁護士と通訳を依頼しているし、必要な資料も日本から取り寄せている。

(二) 本件調解の調解条項が、控訴人荒巻の認識と異なっているとの主張は否認する。控訴人荒巻は、中国人弁護士を通じて、調解の内容を確認の上、調解協議書に署名しており、調解条項と異なる真意があったものではない。

(三) 控訴人荒巻が、本件調解による控訴人会社の債務について保証した事実は、原審において控訴人荒巻が認めているし、本件保証承諾書の文意上も、控訴人荒巻の保証責任が認められる。なお、控訴人荒巻の自白の撤回には異議がある。」

第三  証拠

証拠は、原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  争点に対する判断

一  本件調解に至る経緯及びその後の状況について、証拠によって認められる事実は以下のとおりである。

1  控訴人荒巻は、平成六年三月一八日に、海産物の買付取引のため中国に滞在中、被控訴人から申し立てられていた調解手続のため、中国外国人出国管理法二三条の規定に基づいて、パスポートを押収されて、出国を禁止されたが、被控訴人と代金について調解をすることには異存はなかった。(甲六及び甲七の各1、2、乙九一、原審及び当審控訴人荒巻)

2  控訴人荒巻は、当時依頼していた通訳を通じて、律師(弁護士)許仁(以下「許弁護士」という。)を、控訴人会社の代理人に選任して、四回にわたって調解手続の期日に臨み、被控訴人から仕入れた貝が、生存率が悪かったり、大きさが当初の約束よりも小さいものが多かったことなど、不良品が多かったので、代金を減額するよう主張し、日本から販売先のクレームに関する資料等をファックスで取り寄せて、裁判所に提出したりした。(甲一〇の1、2、乙九一、原審及び当審控訴人荒巻)

3  その結果、控訴人荒巻は、被控訴人が請求額を減額したので、調解の金額である四五五八万円の内容について、許弁護士から説明を受けた上、前記争いのない事実4のとおりの内容で、調解協議書に署名し、本件調解を成立させた。(甲一、甲二の各1、3、乙九一、原審及び当審控訴人荒巻、弁論の全趣旨)

4  右同日、被控訴人と控訴人荒巻は、調解の手続外で、本件保証承諾書を作成し、、控訴人荒巻は、被控訴人に対し、控訴人会社の被控訴人に対する債務の履行を保証するため、冷蔵船一隻と柳川市所在の土地一筆を担保として提供すること、船舶の資料は裁判所が保管すること、土地家屋証明書を平成六年四月二四日までに裁判所に届けることを承諾した。(甲八の1、2)

5  その間、控訴人荒巻は、出国は禁じられていたものの、常時通訳と行動を共にし、調解の手続について許弁護士と打合わせをすることや、中国の国内の移動は可能であって、他の業者との商談も行っており、日本との電話やファックスによるやり取りもできる状態にあった。(乙九一、原審及び当審控訴人荒巻)

6  控訴人会社は、平成六年四月二六日、前記争いのない事実6のとおり、本件調解において定められた和解金の一部として、被控訴人に対し、銀行送金の方法により、八九九万五〇〇〇円を支払い、その後、人民法院が前記船舶を売却することにも同意して、その競売代金の一部が、右和解金の支払に充当された。(乙二四、原審証人千々岩、原審控訴人荒巻)

7  前記争いのない事実4の売買契約、前記調解、これによる合意及び保証は、いずれも中国においてなされたが、控訴人らと被控訴人との間において、これらについての準拠法の定めはなされていない。(原審及び当審控訴人荒巻並びに弁論の全趣旨)

二  右事実により検討する。

1  本件調解の効力について

(一) 本件調解の手続は、中国において、同国民事訴訟法に基づいて行われたものである。

ところで、前記認定のとおり、控訴人らと被控訴人との間で準拠法の定めはなされていないので、法例七条二項、八条二項前段により、右調解、これによる合意の効力、方式は、中国の法律によることになるところ、中国民事訴訟法八五条は、「人民法院の民事事件の審理は、当事者の自由意思の原則に基づいて、事実を明白にした基礎の上で、是非をはっきりと区別し、調解を行う。」と、同法八九条一項前段は、「調解の合意の達成は、人民法院が調解書を制作するべきである。」と、同条三項は、「調解書は双方当事者が署名受領後、直ちに法的効力を具える。」と、それぞれ定めている(弁論の全趣旨)ので、これらの規定からすると、右調解が成立すると、これによって当事者間に私法上の権利義務が発生するものと解される。

また、右にいう「調解の合意の達成」は、弁論の全趣旨により認められる、中国民法通則五四条に定める民事法律行為であって、同法八五条に定める契約に該当するとも解されるから、これによっても、当事者間に私法上の権利義務が発生するものというべきである。

(二) 控訴人らは、本件調解の手続は、中国民事訴訟法八八条前段の規定に反し、無効であると主張し(前記「本件の争点」中の「控訴人らの主張(一)(1)」)、控訴人荒巻も、原審及び当審において、本件調解の手続で、裁判官から、そろそろ日本に帰らなければならないだろうから、この辺で話を決めろと言われて、帰れさえすればどうでもいいという気持ちになって調解に応じた、当時、日本で控訴人会社が倒産するとの噂が流れていたため、一刻も早く帰国したかったなどと、右控訴人らの主張に副う供述をしている。

(三) しかしながら、本件調解の成立に至る事実経過は、前記認定事実のとおりであって、確かに控訴人荒巻は、日本への帰国を制限されていたが、それは、中国における法律の規定に従ったものであって、そのこと自体には違法性はないことに加えて、同控訴人は、中国国内での行動の自由を制約されていた訳ではなく、許弁護士との打合せや、日本とのファックス等によるやり取りを通じて、資料を入手した上で、裁判所の調解手続に臨んでいることからすれば、本件調解の合意の達成が、控訴人荒巻の自由意思によらずしてなされたとは到底認めることができない。そうすると、控訴人荒巻の右供述は信用できない。

よって、控訴人らの右主張は採用できない。

(四) また、控訴人らは、本件調解における合意は、中国民法通則五八条一項三号の趣旨に違反し、中国民事訴訟法八八条後段の規定に抵触して無効であると主張する。(前記「本件の争点」中の「控訴人らの主張(一)(2)」)

(五) しかしながら、前記認定事実によれば、控訴人荒巻に対する出国の制限は、中国の法律に基づいて適法に行われたものであって、それのみで「危難」に該当する、あるいは、出国を制限すること自体が同控訴人に対する脅迫に当たるということはできないし、前記認定の事実経過に照らせば、本件調解における合意が、同控訴人の真実の意思に反していたということもできないというべきである。

よって、控訴人らの右主張も採用できない。

2  本件調解においてなされた契約の効力について

(一) 控訴人らは、

① 右契約にかかる控訴人会社の意思表示は、前記中国民法通則五八条一項三号の規定に反しており、

② また、控訴人会社所有の船舶の売却について、控訴人荒巻は、当該船舶を一八〇〇万円で売却すると認識していたのに、本件調解では、競売するとなっており、その間に錯誤がある、

③ 被控訴人の、商慣行・商道徳に反する行為により、右契約はされたものである

ので、右契約は無効であると主張している。(前記「本件の争点」中の「控訴人らの主張(二)」)

(二) しかしながら、

(1) 本件調解に、中国民法通則五八条一項三号に該当する事由のないことは前示のとおりであり、

(2) 前記争いのない事実及び前示認定事実によれば、本件調解にかかる調解書(甲一の1)には、控訴人会社は、本件調解に定めた期日までに、本件調解に定めた金銭を支払わないときは、控訴人会社は、その所有する冷蔵船一隻を関係機関を通じて売却し、未払代金の支払いをする旨の条項があり、その文意は、右船舶を競売するというにあると理解されるところ、控訴人荒巻は、右調解書の条項の趣旨について、許弁護士から説明を受けた事実が明らかであるから、控訴人会社に錯誤があったとも認め難く、

(3) さらに、被控訴人に商慣行又は商道徳に反する行為があることについては、原審及び当審控訴人荒巻の右に副う趣旨の供述は、十分な裏付けを欠くから、採用できなく、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

よって、控訴人らの前記主張も採用することができない。

3  控訴人荒巻の本件保証承諾書による保証の合意について

(一) 控訴人荒巻は、本件調解と同日付けで作成された本件保証承諾書は、控訴人荒巻に本件調解において合意した控訴人会社の債務の保証債務を負わせるものではなく、これを認めた原審における控訴人荒巻の自白は撤回すると主張する。(前記「本件の争点」中の「控訴人らの主張(三)」)

(二) しかしながら、本件保証承諾書は、控訴人荒巻において、その所有財産を売却して、本件調解において定められた債務を履行する旨を定めたものであって、その約定の趣旨は、控訴人荒巻に、本件調解において定められた債務の履行(支払)の責任を負わせたものと理解することが十分可能である上、被控訴人代表者が、原審において、本件保証承諾書の趣旨は、本件調解において定められた債務の履行の担保となる不動産等が、控訴人荒巻の個人所有であったことから、同控訴人に右債務を個人保証してもらう趣旨のものである旨の証言をしていること等からすると、控訴人荒巻が、原審において、被控訴人の主張する、本件保証承諾書による保証契約の成立を自白したことは、事実に反するともいえず、控訴人荒巻が錯誤により自白をしたものとも認めることができない。

よって、控訴人荒巻が当審でなした自白の撤回は認められず、同控訴人が、被控訴人に対し、本件保証承諾書によって、本件調解で定められた債務を保証したことは、当事者間に争いがないことになる。

しかして、右保証契約は、中国においてなされたものであるところ、前記認定のとおり、右契約について、控訴人荒巻と被控訴人間に準拠法の定めをしていないので、右保証契約の成立及び効力については、法例七条二項により、中国法によることになるところ、弁論の全趣旨により認められる中国民法通則五六条、五七条、八九条一号によれば、右保証契約は有効に成立し、その内容どおりの効力を有するものというべきである。

第五  結論

以上によれば、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がない。

(裁判官兒嶋雅昭 裁判官松本清隆裁判長裁判官山﨑末記は退官につき署名押印できない。裁判官兒嶋雅昭)

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