大判例

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福岡高等裁判所 平成9年(ネ)558号 判決 1998年1月22日

控訴人

株式会社A

右代表者代表取締役

甲野花子

控訴人

甲野花子

外一名

右三名訴訟代理人弁護士

堤克彦

田邊康平

古江賢

被控訴人

大同生命保険相互会社

右代表者代表取締役

平野和男

右訴訟代理人弁護士

平山三徹

被控訴人

第一生命保険相互会社

右代表者代表取締役

森田富治郎

右訴訟代理人弁護士

山近道宣

矢作健太郎

内田智

和田一雄

中尾正浩

被控訴人

富士火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

尾田恭朗

右訴訟代理人弁護士

山本紀夫

山本智子

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人大同生命保険相互会社は、控訴人株式会社Aに対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する平成八年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人第一生命保険相互会社は、控訴人甲野花子に対し、金二五〇〇万円及びこれに対する平成八年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被控訴人富士火災海上保険株式会社は、控訴人甲野花子及び同甲野花美に対し、各金七五万円及びこれに対する平成八年四月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

事案の概要は、原判決六頁七行目の「終身保険」を「新・特別終生安泰保険」と、同九行目の「二一日」を「二九日」と、それぞれ改めるほかは、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」に摘示のとおりであるから、これを引用する。

第三  証拠

証拠は、原審及び当審記録中の書証目録並びに原審記録中の証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  争点に対する判断

一  本件の各生命保険契約にかかる約款の規定について、証拠により認められる事実は、以下に訂正、付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」の一1の項に説示のとおりであるから、これを引用する。

原判決一五頁一〇行目の「原告らと」から同一六頁二行目の「不慮の事故とは、」までを「控訴会社と被控訴人大同生命との間の生命保険契約の災害割増特約(H2)において、災害死亡保険金は「被保険者が、保険期間中に不慮の事故等によって死亡したとき」に、太郎と被控訴人第一生命との間の生命保険契約の災害割増特約条項(S58)において、災害割増保険金は「不慮の事故による傷害を直接の原因として、その事故の日から起算して一八〇日以内に死亡したとき」に、それぞれ支払われるものとされていること、右にいう不慮の事故とは、いずれの約款においても、」と改め、同八行目の「等」の次に「右告示において」を加える。

二  また、証拠(乙ハ一)によれば、太郎と被控訴人富士火災との間の傷害保険契約にかかる約款には、「被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害」に対して、保険金を支払う旨の規定がある事実を認めることができる。

三  右のとおり、災害死亡保険金及び災害割増保険金にかかる保険契約の約款は、いずれも「不慮の事故による死亡」すなわち「急激かつ偶発的な外来の事故による死亡」を保険事故と定め、傷害保険契約の約款は、「急激かつ偶発的な外来の事故による死亡」を保険事故と定めているものであるから、そのような保険事故の発生については、生命保険、損害保険を問わず、保険金請求者の側に、その事実の立証責任があるというべきである。

四  そこで、右の保険事故の存在について検討する。

1  前記のとおり、太郎が平成七年三月二三日に、鹿児島市から福岡市に帰る途中で行方不明となり、同年七月五日、遺体で発見された事実は明らかであるが、この事実は、単に太郎の死亡の事実をいうにすぎず、これをもって右の保険事故が生じたことの立証があったということはできないから、進んで、太郎の死亡に至る経緯について検討しなければならない。

2  右につき、証拠によって認められる事実は、以下に付加、訂正するほかは原判決の「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」の二1の項に説示のとおりであるから、これを引用する。

(一) 原判決二一頁初行の「二二、」の次に「二六、二七の1ないし10、」を加え、同二二頁初行の「同表に示されて」から同二行目の末尾までを「前年及び前々年と比較して受注高(売上)の減少は明らかであり、右経常利益も前期末の損失を埋めるには程遠い状況にあった。」と改め、同三行目の「平成六年九月」の次に「末」を加え、同五行目の「約二八七六万円であり、」を「約二八七六万円であったが、右同時点で、下請業者等に支払を要する債務が約一〇〇〇万円ほどあった(右同時点で、貸借対照表上、買掛金、支払手形、未払金の計上はなく、損益計算書上も新たな工事原価の発生がないことからすると、右債務は簿外であったと推察される。)。そして、」と改め、同六行目の「九月末時点では、」の次に「控訴会社の定期預金、定期積金等によって長期、短期の借入金を支払うなどした結果、」を、同七行目の末尾の次に「しかし、右資産の主要なものは未回収の売掛金、投資有価証券と敷金であった。」を、同末行の末尾の次に「ただし、この負債の整理は、控訴会社の貸借対照表上には反映されていない。また、太郎、控訴人花子及び同花美は、それぞれ個人として、相当額の金融資産を有していた。」を、それぞれ加える。

(二) 原判決二三頁初行の「一五、」の次に「二八の1ないし28、乙ロ五、一六、」を、同二五頁四行目の「甲一、」の次に「二七の1ないし11、二八の1ないし28、」を、同七行目の「診断した。」の次に「また、太郎の遺体の着衣からは、高速道路の通行券や、ガソリン代の領収書等が発見された。」を、それぞれ加え、同二七頁初行の「原告花子本人、」の次に「調査嘱託、」を、それぞれ加え、同二八頁初行の「三つの堰」「一つの堰堤」と、同行の「堰には」を「堰堤には」と、それぞれ改め、同九行目の次に、改行の上、次のとおり加える。

「また、「神の瀬」の約五キロメートル下流にある瀬戸石ダムは、間欠的に放流をしており、平成七年三月二三日ごろには、同月二四日から二九日まで延六日間放流をしているが、その時の最大流入量は一秒当たり三六トンにすぎず、同年七月三日ごろには、同年六月三〇日から七月一三日まで延一四日間放流をしているが、その時の最大流入量は一秒当たり五四三〇トンに及んでいる。」

(三) 原判決二八頁一〇行目の「道路管理」を「道路・河川管理」と、同末行の「当裁判所」を「原審裁判所」と、それぞれ改める。

3(一) 右事実によれば、太郎の行方不明から死体の発見に至る経過及びこれに関連する事実関係は、

(1)  太郎が行方不明となった平成七年三月二三日ごろには、「神の瀬」を含む人吉市から球磨郡にかけての国道二一九号線に、自動車が路外に転落した事故の形跡は発見されておらず、

(2)  その当時は、球磨川の水量は非常に少なく、ダムの貯水池部分を除いて、自動車が転落して搭乗者が溺水する可能性は乏しいというべきであり、

(3)  太郎の死体には、明確な外部の損傷がなく、自動車で路外に転落し、濁流等によって自動車が破損して水中に脱出し、長距離を流されたこととは、必ずしも符合せず、

(4)  太郎が運転していた自動車も発見されていない上、

(5)  太郎の死体の行政解剖の結果によっても、太郎の死体は、死後二、三か月が経過し、その死因は、外傷死は否定され、溺水の可能性が最も高いと推測されるものの、溺水と断定されている訳ではなく、所轄警察署長も、不慮の事故か、自殺か、他殺かを決定できないとの見解である

というものであるから、太郎の死亡については、その死亡の場所、日時、死因を含め、その事実関係がおよそ不明であるといわなければならない。

(二) また、右平成七年三月二三日ごろ、太郎が経営していた控訴会社の経営は、必ずしも思わしくなく、頻繁に鹿児島市への出張を繰り返さなければならなかったことからすると、太郎に自殺につながるような動機がなかったということはできないが、さりとて、右の程度の経営不振をもって、太郎の死亡が自殺であると断定することもできないから、結局右の点も、太郎の死亡の原因を推認するに足る事実ということもできない。

4 以上の次第であるから、太郎の死亡については、死因、死亡の日時、場所を含めて事実関係が立証されているとはいうことができず、結局、前記保険事故の存在の立証がなされているということはできない。

5  控訴人らは、前記の各生命保険及び損害保険の約款が、被保険者の故意を保険金支払の免責事由としていることや、前記各約款の規定は、生命保険の災害割増特約や傷害保険が、災害起因性をその本質とすることを明らかにしたものにすぎないと理解されることから、保険金請求者には、事故の偶然性についての立証責任はない、仮に、その立証責任があるとしても、それは消極的事実の証明であるから、一応の証明で足り、かつ、その証明は、自殺を推認させる事情の不存在で足りるものであると主張する。

しかしながら、生命保険においても、損害保険においても、保険金支払請求権は、保険事故の発生を要件として発生するものであるとともに、その保険事故の内容は、それぞれの保険契約の約款において定められているものであるから、保険金請求者が、それぞれの保険契約の約款に定められた保険事故の存在について立証責任を負うことは当然のことといわなければならない。そうすると、右保険事故の存在の立証のなされていない本件においては、事故の偶然性についての立証責任や立証の程度をどのように解するかにかかわらず、控訴人らの請求を認容する余地はなく、控訴人らの主張は、本件に関する限り、採用の余地はない。

6  また、控訴人らは、太郎は、立ち寄ろうとした人吉市内のそば屋が休業であったことから、走り慣れた国道二一九号線を人吉市から八代市に向けて走行し、その途中で車ごと球磨川に転落し、遺体は三か月余り車内に閉じこめられた後、平成七年七月三日から五日にわたる熊本県一帯の豪雨による球磨川のダムの堰を遥かにオーバーする激流により、車外に放出され、軽い遺体は右激流により河口の八代海にまで急速に流され、重い車は、やがて川底に没したものと推定せざるを得ないとも主張するが、右は、単なる推測にすぎず、的確な裏付けのない事実主張であるばかりでなく、前記のとおりの遺体の損傷状況、平成七年三月二三日ごろと同年七月三日ごろの球磨川の水位の状況等の事実と整合せず、さらには、証拠(乙ロ一四)によって認められる、控訴人らの主張する太郎の行きつけのそば屋が、人吉インターチェンジから至近の距離に所在する事実に照らして、不自然な行動といわざるを得ず、控訴人らの右主張は採用することができない。

五  以上のとおりであって、控訴人らの本訴請求は、いずれも保険事故の存在についての立証がなく、理由がないといわざるを得ない。

第五  結論

よって、控訴人らの請求をすべて棄却した原判決は結局正当であって、本件控訴は理由がない。

(裁判長裁判官 山﨑末記 裁判官 兒嶋雅昭 裁判官 松本清隆)

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