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福岡高等裁判所 平成9年(ネ)785号 判決 2002年6月27日

主文

1  原判決を取り消す。

2  別紙物件目録記載1の土地と別紙物件目録記載2の土地の境界は,別紙図面(一)の(交点)A2(別紙図面(四)のA2点)であると確定する。

3  別紙物件目録記載3の土地と別紙物件目録記載2の土地との境界は,別紙図面(一)の【あ】,【い】の各点(別紙図面(四)の(あ),(い)の各点)を直線で結ぶ線であると確定する。

4  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2(1)  別紙物件目録記載1の土地と同目録記載2の土地の境界は,別紙図面(一)の(イ),(ロ),(ハ),(ニ)の各点を順次直線で結ぶ線であることの確定を求める訴えを却下する。若しくは,

(2)  別紙物件目録記載1の土地と同目録記載2の土地の境界は,別紙図面(一)の(交点)A2(別紙図面(四)のA2点)であると確定する。

3  別紙物件目録記載3の土地と同目録記載2の土地の境界は,別紙図面(一)の【あ】,【い】の各点(別紙図面(四)の(あ),(い)の各点)を直線で結ぶ線であると確定する。

第2事案の概要

本件は,別紙物件目録記載1及び3の各土地(以下,順次「甲地」,「丙地」という。)を所有する被控訴人が,同目録記載2の土地(以下「乙地」という。)の所有者である控訴人に対し,甲地と乙地の境界(以下「本件甲乙境界」という。)は別紙図面(一)の(イ),(ロ),(ハ),(ニ)の各点を順次直線で結ぶ線(以下「(イ)~(ニ)線」という。)であることの,丙地と乙地との境界(以下「本件乙丙境界」という。)は別紙図面(一)の(イ),(a),(b),(c),(d)の各点を順次直線で結ぶ線(以下「(イ)~(d)線」という。)であることの,それぞれ確定を求めたのに対し,控訴人において,甲地と乙地は全く隣接していないか,あるいは,別紙図面(四)のA2の一点で接するから,前者であれば,本件甲乙境界の確定訴訟につき控訴人は当事者適格を有しないことになるから,これに関する訴えを不適法として却下することを求め,後者であれば,本件甲乙境界を別紙図面(一)の(交点)A2(別紙図面(四)のA2点)と確定することを求め,さらに,本件乙丙境界は別紙図面(一)のあ,いの各点(別紙図面(四)の(あ),(い)の各点)を直線で結ぶ線(以下「【あ】~【い】線」という。)であると主張して争っている事案である。

なお,別紙図面(一)は,乙1中に,被控訴人が主張する(イ)~(ニ)線及び(イ)~(d)線,控訴人が主張する【あ】~【い】線,原審が認定した(イ),(ロ),(ハ)の各点を順次直線で結んだ線及び(イ),えの各点を直線で結んだ線等を記入したもの,別紙図面(二)は乙1と同じものである。別紙図面(三)は,被控訴人がその原審平成7年10月26日付け準備書面に添付した現地復元点網図と同じもの,別紙図面(四)は控訴人がその当審平成14年5月21日付け準備書面に添付した境界点図と同じもの,別紙図面(五)は甲57と同じもので,別紙図面(三)ないし(五)は別紙図面(一)の各点を特定するための図面である。

1  判断の基礎となる事実

(1)  被控訴人は甲地及び丙地を,控訴人は乙地(以下,これらの土地を総称して「本件係争地」という。)を,それぞれ所有しているところ,乙地と丙地とは隣接している(争いがない)。

(2)  本件係争地は,従前,北九州市【A】区大字【B】(以下,単に「大字【B】」といい,他の大字名の場合も同様とする。),大字【C】,大字【D】,大字【E】,大字【F】の五つの村を統合して成立した福岡県【G】郡【H】村の一部にあったが,甲地は,明治28年1月19日から,【甲】ら【B】の住民より被控訴人に売却される昭和41年10月20日まで,共有林として【B】の共有地管理組合(以下「管理組合」という。)により管理されていた。

また,乙地及び丙地を含む分筆前の大字【B】字【I】α番βの土地は,明治25年ころより,【甲】ら【B】の住民の共有地であり,同土地から,明治43年12月12日にα番γ(丙地)が,昭和7年4月16日にα番δないしζがそれぞれ分筆され,丙地は従前どおり共有地として管理組合により管理されていたが,α番βの土地(乙地)は昭和7年4月22日に,同番δの土地(以下「α番δの土地」という。)は昭和12年2月14日に,それぞれ【乙】の所有に,同番εの土地は昭和7年4月22日に【丙】の所有に(なお,その後,同土地は,α番εと同番ηに分筆された。),同番ζの土地(以下「α番ζの土地」という。)は昭和7年4月22日に【丁】の所有に,その後,【戊】株式会社の所有に,それぞれ帰したものである(甲28の1,2,31,34の1ないし6,42,乙8,証人【己】,弁論の全趣旨)。

(3)  被控訴人は,採石業等を業とする会社であるところ,昭和41年10月1日,当時,大字【C】にあった休業中の【庚】採石所の跡地を購入したが,さらに,十分な採石量を確保するために,上記購入した土地の裏側斜面に当たる山林部分を購入する必要が生じた。そこで,被控訴人は,当時,管理組合の代表世話役であった【辛】に対し,甲地の購入方を申し込んだところ,【辛】が,甲地と管理を同じくする丙地も一緒に買い取って欲しいと要望したため,採石には必要のない丙地も甲地と一括して買い取ることにした。

そして,被控訴人は,昭和41年10月20日,【辛】らが代表する【B】住民31名との間で,甲地及び丙地を買い受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,それぞれの所有権を取得した(甲1,4,31,乙8,10,証人【己】,同【壬】)。

(4)  乙地及びα番δの土地は,前記のとおり【乙】が所有していたが,同人が昭和60年3月30日に死亡したため,その妻である【癸】が相続した。そして,控訴人は,平成元年3月3日,【癸】との間で,乙地及びα番δの土地を買い受ける旨の売買契約を締結し,これらの土地の所有権を取得した(甲6の1,2,34の1,3,乙9,控訴人本人(第1回))。

(5)  本件係争地は,南北に走っている県道【J】線の【K】隧道付近から分岐して東側方面にある【L】に至る谷沿いの林道様の道(別紙図面(一)に「本件林道」と表示されている道。以下「本件係争道」という。),及びこれを挟んで両側(南北側)の急斜面からなる山林部分であり,本件係争道の南側に位置する斜面を含む峰(以下「南峰」という。)の尾根に沿って,「【H】村有林境」と刻字されたコンクリート杭(以下「本件コンクリート杭」という。)4本と木杭1本が打設されている。また,南峰の尾根を挟んで本件係争地の反対側(南側)斜面には,被控訴人や《甲》株式会社の採石場がある。本件係争道の南側斜面には,その北側に位置する斜面と同様に,雑木及び雑草が繁茂している。本件係争道は,【K】隧道から分岐して大字【D】と大字【B】の大字界である山の峰まで上り坂となっており,峰を越えて大字【B】内に入ると,【L】方向に向けて下り坂となり,その途中から本件係争道に沿って谷川が流れている(甲10の1ないし5,乙6,14,15の1ないし10,16,39,証人《乙》,同《丙》,控訴人本人(第1,2回),検証(第1,2回),弁論の全趣旨)。

2  争点

(1)  甲地と乙地は隣接しているか。

(2)  甲地と乙地が隣接しているとすれば,本件甲乙境界はどの位置になるか。

(3)  本件乙丙境界はどの位置になるか。

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)について

ア 被控訴人

甲地と乙地とは,以下のとおり隣接している。

(ア) 甲地及び丙地は,もと《丁》ほか30名の共有地であったが,被控訴人は,昭和41年10月20日,上記共有者全員から,本件売買契約により両土地(実測面積約1万9000坪)を代金650万円で買い受け,各所有権を取得するとともに,これらの引渡しを受けた。

(イ) 乙地は,控訴人において平成元年3月3日【癸】から買い受け,その所有者となった。

(ウ) 被控訴人は,甲地及び丙地につき,上記買受け直後,《丁》の子で,管理組合の組合長であった【辛】,及び当時,乙地の所有者であり,甲地及び丙地の共有者の一人でもあった【乙】ほか5名から,現地において,本件甲乙境界は(イ)~(ニ)線であることを説明され,その旨の確認を得た。

(エ) 本件甲乙境界が(イ)~(ニ)線であることは,明治37年以来これまで,【B】住民の代表者が,同住民の土地利用関係の基本図として,土地台帳と共に代々受け継いできた古典字図(以下「本件古典字図」という。)の表示とも一致している。

(オ) 控訴人が大字【C】と大字【B】との大字界であると主張する本件コンクリート杭は,甲地と隣接する民地(大字【C】字【M】ω番βの土地)との境界を示すために打設されたものである。また,本件係争地のように,山中に次々に畑を作ったり植林をしてきた場所では,その時々の都合によって境界が定められてきたものと思われる。したがって,本件コンクリート杭は,控訴人が主張するような大字界を示すものではない。

(カ) 本件係争地に関する昭和7年当時における公簿面積は,控訴人が所有する乙地とα番δの土地を合わせたものが3畝35歩(711平方メートル),被控訴人の所有する甲地と丙地を合わせたものが1反3畝 (1288平方メートル),実測面積は,前者が2万2121平方メートル,後者が3万9325平方メートルであるから,公簿面積と実測面積の割合は,控訴人の各土地につき31・1倍,被控訴人の各土地につき30・5倍となり,ほぼ拮抗する。したがって,甲地の方が乙地に比べて縄延び率が過大ということにはならない。

イ 控訴人

控訴人において【癸】から乙地を買い受けその所有者となったことは認めるが,甲地と乙地とが隣接していることは否認する。以下のとおり,甲地と乙地とは,全体としては隣接していないし,隣接するとしても別紙図面(四)のA2の一点で接するものである。

(ア) 本件係争地に係る字図・地番対照図及び森林施業図によると,甲地と乙地は互いに隣接する関係にはない。乙地は,大字【C】字【M】ω番βないし大字【C】字【N】ψ番δの各土地と,別紙図面(一)の各本件コンクリート杭を順次結ぶ線で隣接しており,甲地とは隣接していない。

(イ) 甲地と乙地は,前者が大字【C】,後者が大字【B】にそれぞれ存していることから,両土地の境界は大字界でもあるところ,このような大字界は,ほとんどの場合,変化しにくい山の尾根とされており,本件においても同様である。すなわち,別紙図面(一)の各本件コンクリート杭がこれに当たるものであり,これらはいずれも山の尾根に打設されているもので,大字【C】と大字【B】,及び大字【C】と大字【D】との各大字界を示すものの一部である。そして,これによっても,甲地と乙地が隣接していないことは明らかである。

(ウ) 本件売買契約書に添付されている2枚の図面については,その作成者や作成の経緯が不明であることから,これらをもって古文書ないし公図の類とはいえず,このような図面に基づき,甲地及び丙地の共有者の一部にすぎない者がした説明により,本件甲乙境界が客観的に示されたとはいい難い。

(エ) 本件係争道は,【L】への参道であって人の踏み分け道とでもいうべきものである。これが本件甲乙境界であるとすれば,本件係争地付近の山林についての大字界が,いずれも山の尾根とされていることと符合せず,字図との整合性もない。また,本件古典字図は,あくまでも私家製の絵図面にすぎず,その表示中には,公簿上そのような事実はないにもかかわらず,甲地がχ番β,γに分筆されたかのように記載されている箇所もあり,信用性はない。

(オ) 公簿上,甲地は991平方メートル,丙地は297平方メートル,合計して1288平方メートル(約390坪)であるが,実測値はその約50倍近い6万2700平方メートル(約1万9000坪)である。このようなことになったのは,被控訴人において,甲地と丙地とを強引に結び付けることにより,控訴人や【戊】株式会社の土地を侵奪した結果であって,縄延びとしても余りにも不自然である。

以上により,甲地と乙地は全体としては隣接していないから,本件甲乙境界の確定を求める被控訴人の訴えは,控訴人につき当事者適格がないことになるので却下されるべきである。若しくは,甲地と乙地は,別紙図面(一)の(交点)A2(別紙図面(四)のA2点)の一点で接するのであるから,甲地と乙地の境界は別紙図面(一)の(交点)A2(別紙図面(四)のA2点)であることの確定を求める。

(2)  争点(2)について

ア 被控訴人

前記(1)アで述べたとおり,甲地と乙地は隣接しているところ,本件甲乙境界は,(イ)~(ニ)線である。

イ 控訴人

前記(1)イで述べたとおり,甲地と乙地は全体としては隣接していないので,本件甲乙境界が(イ)~(ニ)線ということはあり得ない。若しくは,甲地と乙地は,別紙図面(四)のA2の一点で接するものである。

(3)  争点(3)について

ア 被控訴人

本件乙丙境界は,乙地と丙地の境界が下がり尾根の状況にあったことから,本件売買契約の際,当時の乙地の所有者であった【乙】の立会いの下に,尾根に沿う形で本件乙丙境界を(イ)~(d)線と定めたものである。

イ 控訴人

本件乙丙境界は,【あ】~【い】線である。本件乙丙境界が(イ)~(d)線であるとすると,丙地の形状は字図のそれと相当大きく食い違ってくる。また,【あ】点と(d)点の位置関係をみると,前者は山の尾根にあるが,後者は山の斜面に存在することになって,やはり字図と符合しない。しかも,(イ)点は山道の一点であるが,このような人の踏み分け道で移動の可能性のある地点が境界とされることはない。その他,丙地の字図と比較すると,【あ】点は屈曲する部分でおおむね一致するし,【い】点についても,大字【C】との大字界である本件コンクリート杭が打設された尾根上にあるから,この点でも字図と一致する。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  字図等に表示されている甲地と乙地の位置関係

ア 証拠(乙5,7,17,20,26,30の2,証人《戊》)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実を認めることができる。

(ア) 甲地を含む大字【C】字【N】と乙地及び丙地を含む大字【B】字【I】は,別々の字図に記載されている。

(イ) 字図の作成において,このように大字を異にしている場合には,各大字ごとに別図面として作成する扱いが一般的であったが,測量に当たっては,一筆ごとに地押丈量を実施しているため,一筆の測点の位置は現地上で特定されており,隣接地との共通測点の位置は不変であるから,隣接する字図と字図の接合すべき部分の測点は現地上では一致している。

(ウ) 本件のように,明治初期にまでさかのぼるような古い字図が作成された当時は,測量技術が未熟であったため,一般的な字図(公図)の性格として,配列,曲がり具合,地形的特徴等の定性的な事項については比較的正確に記載されているが,距離,角度,面積等の定量的事項については必ずしもそうではなく,この傾向は特に山林において顕著であると言われている。

(エ) したがって,大字を異にする両土地の位置関係を把握するためには,字図と字図とを無理矢理接合させるのではなく,地番の特徴に応じて,両土地における各点の位置や曲がり具合等を,適当な間隔を保って両図を対称させながら比較検討するという対称的接合の手法によることが有効であると言われている。

(オ) 本件における甲地と乙地についても,不動産鑑定士《戊》が,このような手法によって,それぞれの土地を含む大字【C】と大字【B】の両字図を対称的に接合させて検討した結果,字図上,甲地はその北側部分にあるα番ζの土地とは隣接するが,乙地とは全体としては隣接しておらず,甲地の北西部と乙地の南東部が一点で接していることが判明した。

(カ) このように,甲地と乙地が全体としては隣接しておらず,甲地の北西部と乙地の南東部が一点で接していることは,本件係争地を含む周辺の地域につき,北九州市が,昭和57年ころ測量会社に委託し,バラバラになっている字図の相互関係を把握するため,2万5000分の1の地形図に,関係する字図を重ね合わせて作成した北九州市地番対応図(乙7(写)。なお,乙17及び26は元図。)の記載とも一致している。

イ ところで,甲12,15の1,2,29の1,2(甲52は全体図)及び51の1ないし4によれば,甲地と乙地とは字図上隣接しているかのようである。

しかし,甲12(【A】区森林施業図に他の図面を貼付したもの)は,同図面中に本件係争地に係るものとしてされている図面の貼り合わせが,同証の図面そのものとの関係でいかなる根拠に基づいて行われたものか不明であり,甲15の1,2(公図複写図)及び甲51の1ないし4(明治20年12月作成の絵図及び詳細図)は,それらのみをもってしても,甲地と乙地との位置関係がどのようになっているのか明らかであるとは言えないし,甲29の1,2(明治37年3月調製の絵図写し)(甲52は全体図)と対照させることも,以下に判断するところからして,そのことにより甲15の1,2の信用性が補完されるとは言い難い。また,甲29の1,2(甲52)は,甲31,37ないし40の各1,42,証人【己】の証言,控訴人本人尋問の結果(第1回)及び弁論の全趣旨によれば,明治37年に作成されて以来大字【B】の住民により代々承継され,いわば古典字図としての扱いを受けてきたことが認められるが,これが,本件のような境界紛争を解決するに当たり,公図と同視し得るような証拠価値を有すると認めるに足りる証拠はない上,そこには,登記簿上存在しない大字【C】χ番γの土地が記載されていたり,乙地と丙地とが,本件甲乙境界をどの線とみるかはともかく,前記アに掲記した関係字図等に照らすと少なくとも乙地の西側に丙地が位置するという関係にならないといけないはずであるのに(この点は,被控訴人提出に係る甲51の2からもそのように認められる。),甲29の1,2(甲52)では,丙地の西側に乙地が位置するかのように記載されているという,他の関係証拠との間の齟齬ないし矛盾が見られるのである。

したがって,前記甲12,15の1,2,29の1,2及び51の1ないし4は採用し難いところである。

ウ 以上によれば,本件係争地に関する字図等においては,甲地と乙地とが全体として隣接したものとして記載されているとは認め難い。

(2)  本件コンクリート杭は大字界を示すものか

ア 前記第2,1(5)で認定したところに加えるに,乙34及び弁論の全趣旨によれば,現在,南峰の尾根に沿って本件コンクリート杭4本とそれに代わるものと見られる木杭1本が打設されているところ,本訴が提起された平成3年6月当時は,【K】隧道から南峰にわたる尾根に沿い,あるいはその北方にある大字【D】地内の山の尾根にも,同様に本件コンクリート杭が打設されていたことが認められる。ところで,前記第2,1(2)及び(5)で認定した各事実,証拠(証人《戊》,控訴人本人(第1,2回))及び弁論の全趣旨によれば,大字界とりわけ村界の場合には,その境界は変化しにくい山の稜線をもって画されるのが一般的であり,変化しやすい川とか谷をもって境界とする例は皆無に近いこと,本件コンクリート杭は,大正末期ころ,当時の【H】村長であった《己》が,同村内にある大字【B】,大字【C】及び大字【D】の各村有林の字界を示すべく,「【H】村有林境」という文字を刻み,本件係争地の関係では【K】隧道の峰から南峰沿いに約1500メートルにわたって打設したものであることが認められる。そして,上記のような,本件コンクリート杭の打設状況やその経緯,大字界に関する経験則,及び【A】区森林施業図(乙11の1。なお,控訴人本人(第1回)及び弁論の全趣旨によれば,同図は,大正時代ころ,福岡県により,各字村の植林管理区域を明確にするために作成され,【A】の法務局に保管されていたものを,控訴人において昭和30年代に入手していたものと認められる。)に照らし合わせると,本件コンクリート杭は,前記1(1)アに掲記した字図等や乙19(字図写し)により認められる大字【D】と大字【C】,大字【D】と大字【B】及び大字【B】と大字【C】との各大字界に沿って打設されたものと認めるのが相当である。

イ 被控訴人は,本件コンクリート杭は,甲地と隣接する民地(大字【C】字【M】ω番βの土地)との境界を示すために打設されたものであると主張し,甲31及び証人【壬】の証言はこれに沿うかのようである。

しかし,被控訴人が主張する趣旨であれば,本件コンクリート杭には,「【H】村有林境」ではなく,もっと端的に【B】住民の共有地との境界を画することがすぐに分かるような文字を刻むはずであるし,その打設地点も,【K】隧道の峰や大字【D】地内の山の尾根にまで及ぶ必要はなく,むしろ,甲地とその以南にある【B】住民以外の者の所有地との境界に沿った地点を選ぶのが自然であると解される。上記各証拠はいずれも不自然であって採用できず,したがって,上記被控訴人の主張も採用し得ない。

ウ そうすると,本件コンクリート杭は,前記アで認定した各大字界を示すものとして打設されたものというべきである。

(3)  本件係争地の現況と大字界

ア 証拠(乙6,24,25の各1,2,26,27,35の1,2,36,証人《乙》)及び弁論の全趣旨によれば,本件係争地を含む周辺の現況につき,北九州市が作成した基本図(乙6)及び旧建設省国土地理院の承認に係る旧電電公社・郵政局専用地図(控訴人のいう旧基本図(乙24の2)。なお,控訴人は,同図面をもって旧建設省国土地理院が作成したものとしているが,上記のとおり,実際には,旧建設省国土地理院が作成したものではなく,承認したにとどまるものである。)において,大字【D】と大字【C】,大字【D】と大字【B】及び大字【B】と大字【C】の各大字界が,それぞれの地区を画する山の尾根とおおむね一致するように記載されている(乙24の2でいえば,「《庚》(株)採石所」と記載されているすぐ上の部分)ことが認められる。

イ 被控訴人は,乙24の2につき,これは旧建設省国土地理院作成の図面ではないこと,同図面は9枚の貼り合わせとなっているが,左上と左下の各部分は他の部分とつながらないこと,控訴人が主張する同図面中央部分の一点鎖線を大字界としていることについては根拠がなく,尾根の部分と無関係に引かれていて,控訴人の主張とも矛盾する旨主張している。

しかし,乙24の2が旧建設省国土地理院の作成したものでないことは前記アのとおりであるが,旧建設省国土地理院が承認した旧電電公社・郵政局専用図ということからして,その精度には相応の信頼が措けるものと考えられる。また,確かに,同図面の左上と左下の各部分が他の部分とずれていることは指摘のとおりであるが,証人《乙》の証言及び弁論の全趣旨によると,同人は,昭和49年9月から平成8年5月末までα番ζの土地を所有する【戊】株式会社に勤めていたところ,在職中の昭和63年ころ,同図面を作成するに当たり,同図面中央付近に表示されている本件で問題となるところの前記各大字界の交点部分に主眼をおいて,一冊の地図帳から9枚の関係部分を取り外した上で貼り合わせてこれを作成したことが認められるところ,これによれば,前記ずれがあっても,肝心の上記交差点部分の精度に問題となるほどの影響は与えていないものと考えられる。そして,尾根の部分と無関係に一点鎖線が引かれているとの点については,乙24の2のみをみる限り,証人《乙》も認めているように当該指摘のとおりであると認められる。しかし,証人《乙》の証言によると,同人が乙24の2を作成した意図は,前記交点部分(すなわち,三つの大字界のいわゆる三方界。)が付近の尾根の一番高い部分にあるということを示したかったところにあると認められること,これに加え,乙25の1,2及び35の1,2によれば,やはり前記各大字界は山の尾根とおおむね一致することが認められる。

そうすると,被控訴人の前記各指摘するところをもって乙24の2を排斥する事由とまでは解し難く,この点に係る被控訴人の主張も採用し得ない。

なお,別紙図面(一)によれば,本件大字界を上記のように認定すると,それは,同図面に記載された本件コンクリート杭を順次直線で結ぶ緩い弧状をなしていることと矛盾するかのようである。確かに,本件大字界を山の尾根とするならば,上記のような矛盾があるかのようであるが,弁論の全趣旨によれば,本来山林の境界は,公図上,山の峰から峰へと直線で結び記載される場合が多いと考えられることに照らすと,公図との符合性につき有意の矛盾があるとは考えられない。

ウ よって,本件係争地の現況からしても,前記各大字界は【K】隧道から南峰に至る尾根と一致するものと認められる。

(4)ア  以上検討したところによれば,大字【B】と大字【C】との大字界は,前記第2,1(5)で認定した4本のものを含む本件コンクリート杭が打設された南峰であって,後記(5)で認定するとおりこれが(イ)~(ニ)線とは認められないので,甲地と乙地とは,前記(1)アで認定した字図等に記載されているとおり,全体としては隣接しているものではなく,別紙図面(一)の(交点)A2(別紙図面(四)のA2点)の一点で接すると認められ(乙地は大字【C】ψ番δないしω番βの各土地と隣接しているものと認められる。),甲地,乙地及び丙地を含む本件係争地の位置関係は,控訴人が平成元年3月3日,【癸】から乙地を買い受ける前後ころ,土地家屋調査士に依頼して測量し作成してもらった上で,大字【C】ω番βの土地の所有者であった《辛》及びα番ζの土地の所有者である【戊】株式会社ほか7名の隣接ないし周辺土地の所有者らの確認を得たところの丈量図(乙1)に記載されているとおりであると認められる(ただし,(イ),(ロ),(ハ),(ニ),(ホ),(ヘ),(ト),(チ),(リ),(ヌ),(ル),(オ),(ワ)の各点を順次直線で結んだ線,(イ),(a),(b),(c),(d)の各点を順次直線で結んだ線,及び(イ),【え】の各点を直線で結んだ線を除く。)。

イ  なお,甲1(本件売買契約書)に添付されている各図面は,その作成経過や作成者が不明である上,甲1中の第6条によれば,「甲(【辛】ほか30名の売主)は本契約(本件売買契約)成立後遅滞なく本件土地(甲地及び丙地)を別紙添付図面に従い境界を明らかにして乙(被控訴人)に引き渡すものとする。」とされていることからして,本件売買契約の対象土地である甲地及び丙地は,契約時にその範囲や面積,境界等が確定されていたものか極めて疑わしく,また,甲2(甲3)も,甲1の添付図面を前提にして測量されたものと認められること(甲4,証人【壬】,弁論の全趣旨)に照らし,いずれも前記アの認定を左右するに足りない。

(5) 被控訴人は,甲地と乙地が隣接している根拠として,本件甲乙境界は本件係争道であるところの(イ)~(ニ) 線であると主張している。しかし,前記第2,1(5)で認定したように,本件係争道は【K】隧道付近から分岐して東側方面にある【L】に至る林道様の道であり,大字【B】内に入って下り坂となった途中からこれに沿って谷川が流れているところ,その両側(南北側)斜面にはいずれも雑木や雑草が繁茂している状況でいわゆる林相に変わりはないこと,加えて,前記第3,1(2)アで認定したとおり,大字界は山の尾根であることがほとんどであるということをも考慮すると,本件甲乙境界が,山の尾根と比べて明らかに変動する可能性が高い本件係争道であるとは認め難い(なお,本件係争地のように,山中に次々と畑を作ったり植林をしてきたような場所では,その時々の都合によって境界が定められてきたものと思われるという被控訴人の主張は,当事者の意思にかかわらず客観的に定まっているべき境界の性質と乖離するものであり,到底採用することはできない。)。そして,このように判断する方が,周辺土地に関する他の境界線との整合性がある一方,本件甲乙境界が(イ)~(ニ)線であるとすると,例えば,【戊】株式会社が所有するα番ζの土地の所在位置が分からなくなるなど,周辺の土地やその境界との矛盾齟齬が顕著となるのであり,この点は,甲地及び丙地と乙地との公簿上の面積と実測面積をあえて対比してみるまでもなく明らかである。

よって,上記被控訴人の主張も採用し得ない。

(6)  以上によれば,甲地と乙地は,全体としては隣接しておらず,別紙図面(一)の(交点)A2(別紙図面(四)のA2点)の一点で接すると認められる。

2  争点(2)について

前記1で判断したとおり,甲地と乙地とは全体として隣接していないが,別紙図面(一)の(交点)A2(別紙図面(四)のA2点)の一点で接していることが明らかである。そうすると,甲地と乙地の境界は別紙図面(一)の(交点)A2(別紙図面(四)のA2点)であると確定するのが相当である。

3  争点(3)について

(1)ア  証拠(乙1,34,控訴人本人(第2回),検証(第1,2回))及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおり認められる。

(ア) 控訴人が本件乙丙境界と主張する【あ】~【い】線については,これに沿って境界木として用いられることがあるウツギの木が植えてあったところ,昭和18年ころの台風により大木が倒れかかって枯れてしまい,株だけが残っていたが,控訴人において,昭和62年ころ,そのうちの一株があった位置にプラスチック杭を打設した。

(イ) 【あ】点は,大字【D】と乙地ないし丙地との交点に当たる山の尾根であるところ,控訴人は,乙1が作成される際の準備の過程で,上記尾根付近の所有者である北九州市の立会いを得て,同地点にもプラスチック杭を打設した。

(ウ) 【い】点は,前記1(2)で認定した本件コンクリート杭によって画される大字境の尾根に沿った地点であり,現在は本件コンクリート杭に代えて木杭が打設されている。

上記認定したところに加えて,争点(1)で判断したとおり本件大字界は南峰に沿った尾根であること,及び乙5の字図に照らした丙地の形状を併せ考慮すると,本件乙丙境界は控訴人主張の【あ】~【い】線であると認めるのが相当である。

イ これに対し,被控訴人は,本件乙丙境界は,乙地と丙地の境界が下がり尾根の状況にあったことから,本件売買契約の際,当時の乙地の所有者であった【乙】の立会いの下に,上記下がり尾根に沿う形で本件乙丙境界を(イ)~(d)線と定めたものであると主張し,証拠(甲4,41,43の1,2,証人【壬】,検証(第1,2回))によれば,上記主張に即した事実が存在したことが認められる。しかし,前記1(5)で指摘したように,境界は当事者の意思いかんにかかわらず客観的に定まっているものである上,本件乙丙境界を(イ)~(d)線とした場合,争点(1) で判断したところや前記字図から認められる丙地の形状と全く異なってくることから(このことは,原判決が認定する(イ),【え】の各点を結んだ線についても同様である。),この点に関する控訴人の主張もまた採用することができない。

(2)  よって,本件乙丙境界は,【あ】~【い】線と確定するのが相当である。

第4以上によれば,本件控訴は理由があるから,原判決を取り消した上で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮良允通 裁判官 石井宏治 裁判官 野島秀夫)

(別紙 図面省略)

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