福岡高等裁判所 平成9年(ラ)78号 決定 1997年9月09日
抗告人 渋谷則子 外3名
相手方 渋谷道雄
被相続人 渋谷治郎
主文
原審判主文第2項及び第3項を取り消す。
上記取消部分を熊本家庭裁判所に差し戻す。
理由
第1抗告の趣旨及び理由
別紙のとおり
第2当裁判所の判断
1 抗告人らは、原審判の分割方法は不適正であると主張するので検討するに、記録によれば、次のとおり認められる。
(1) 本件の相続人は、被相続人の妻である抗告人渋谷則子(以下「抗告人則子」という。)及び子であるその余の抗告人ら3名及び相手方であり、その法定相続分は、抗告人則子が8分の4、その余の相続人が各8分の1である。
(2) 被相続人の遺産は、原審判別紙遺産目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)及び○○農業協同組合に対する出資金598,000円(以下「本件出資金」という。)である。
(3) 抗告人中野美子及び同大田清子は、自宅新築に当たり被相続人からそれぞれ1,500,000円の贈与を受けており、これは特別受益に当たる。
(4) 共同相続人中に遺産の維持又は増加につき特別の寄与をした者はいない。
以上によれば、本件における具体的相続分は、特別受益を受けていない相続人については、前記(2)の遺産の価額に前記(3)の特別受益の価額を加えてみなし相続財産の価額を算出し、これに前記(1)の法定相続分を乗じて算出し、特別受益者については、以上により算出した価額から特別受益の価額を控除して算出することになる。
そして、みなし相続財産の価額は、遺産である本件不動産の相続開始時の価額(時価)及び本件出資金598,000円に特別受益の価額3,000,000円を加えて算出すべきである。
ところで、本件においては、本件不動産の相続開始時の価額(時価)を認めるべき資料はなく、原審判は、みなし相続財産の価額の算出に当たって、本件不動産の固定資産評価額を用いているものとうかがわれるところ(原審判理由3の(1))、固定資産評価額は、時価とは異なるので、これに本件出資金の価額598,000円や特別受益の価額3,000,000円を加えるのは不合理であり、また、固定資産評価額は、時価よりかなり低額であるのが通例であるから、固定資産評価額を用いる方法によりみなし相続財産の価額を算出して遺産分割を実行すると、相続人中の特別受益者とその余の者との間で過不足を生ずることを免れず、相続分に応じた適正な分割が実現されないこととなるのであって、原審判には、相続分に相応する分割に欠ける違法があるものといわざるを得ない(記録によれば、当事者双方は、本件遺産分割の調停段階において、不動産の評価額は固定資産評価額によることで差し支えないと述べていることが認められるが、前記のような過不足を生ずる場合にも、当事者が固定資産評価額による算定を容認しているものとは解されない。)。
2 よって、本件抗告は理由があるから、原審判のうち、遺産分割に関する部分(主文第2、3項)を取り消して、同部分を原審に差し戻すこととし(抗告人らは、原審判中遺産分割に関する部分の一部(主文第2項の(1)、(2))のみの取消しを求めているが、本件において遺産の一部である本件出資金について他と切り離して分割を実行するのを相当とする特段の事情はないので、原審判中遺産分割に関する部分を全部取り消し、差し戻すのが相当である。)、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 高升五十雄 裁判官 古賀寛 吉田京子)
(別紙)
抗告の趣旨
原決定のうち、第2項(1)(2)の部分についてはこれを取消し、本件を熊本家庭裁判所に差し戻す。
との裁判を求める。
抗告の理由
原決定には遺産分割について、以下のとおり、分割方法の不適正があり、肯正されなければならない。
1 原決定は、理由3において遺産の分割方法を摘示している。その前段部分(3)によれば、次のとおりである。
「相手方美子、同清子及び同智子は、いずれも結婚して独立し、相手方則子とは離れた所で暮らしている。そのため、この3人は、相手方則子との間で、本件不動産を現物分割することは希望しておらず、法定相続分による共有としておけば足りると考えている。一方、申立人は、現物分割を希望し、取得する土地の一部に自らの居住とする建物を建て、残りの土地を自分で耕作する意思を有している。
(1) しかしながら、抗告人中野美子、同大田清子、同足立智子は、結婚して独立し、抗告人渋谷則子とは離れた所で暮らしているものの、本件不動産については、現物分割を希望していた。
すなわち、平成8年3月6日付調査官作成の調査報告書の調査結果「第一当事者の主張」によっても明らかなように、抗告人美子、清子、智子は、抗告人母則子に相続部分の土地を取得させ、自分達はそれ以外の土地を共有とする旨を主張してきたし、抗告人則子もほぼ同意見であった。つまり、抗告人ら4名が相当部分の土地を4名全員で共有とする旨の意思表示をしたことはなかったのである。例えば次のとおりであった。
「法定相続分に応じた分割を希望する。ただし、渋谷則子が安心して生活できるよう、遺産目録3、4、5、6、12は渋谷則子に取得してもらいたいと思うので、その場合、渋谷則子の取得分が法定相続分である2分の1を越えてもよい。また、申立人に遺産目録1を取得させることを考えてもよい。その場合、中野美子、大田清子、足立智子の3人は、遺産目録2の3分の1ずつ及び遺産目録7、9、11(いずれも田1反)のひとつずつを取得すればよい。(大田清子)
申立人に遺産目録1、2のいずれか一方を取得させてもよい。遺産目録1、2の一方は、中野美子、大田清子、足立智子が3分の1ずつ取得する。これに加え、遺産目録7、9、11のいずれかを取得したい。
(足立智子)」
(前記当事者の主張末尾部分)
抗告人らは、実質上寄与分を有する抗告人母則子の固有部分とそれ以外の部分についての抗告人美子らの共有部分とは区別して考えていたのである。
原決定は、これを無視ないし誤解している。
(2) だからこそ、平成8年10月の段階で示された裁判所の調停案も、当事者の希望を考慮して次のとおりになったのである。
(分割案)
別紙遺産目録記載の不動産の固定資産評価額の合計は46,232,360円である。これを確認の相続人に従って分配すると、妻・則子の取得分は23,116,180円であり、子らの取得分はそれぞれ5,779,045円である。これと当事者の主張、前記(3)の事情等を総合勘案して策定した分割案は次のとおりである。
(1) 3から6までと12の不動産は妻・則子の取得とする。その固定資産評価額は合計29,066,792円であり、前記基準額を大幅に上回る。
(2) 2、8、9の土地は子・道雄の取得とする。その固定資産評価額は合計8,540,762円であり、前記基準額を大幅に越えるが、前項(3)の事情を考慮して、さらに農協に対する出資金約600,000円も子・道雄の取得とする。
(3) 1、7、10、11の土地は子・美子、清子、智子の持分各3分の1の割合による共有取得とするが、その管理は妻・則子に一任する。その固定資産評価額は合計8,624,802円であり、1人分に換算すると、2,874,934円であって、前記基準額を大幅に下回る。
この調停案については、抗告人らは結論としては受け入れる旨を申し上げた訳である(但し、(3)の管理は妻則子に一任するのではなく、娘3名が管理する旨お願いした)。
(3) 従って、原決定主文第2項(2)のように、当該土地全部を、抗告人ら4名の共有とすることは、これまでの審理の経過とも相違するだけでなく、当事者本人の意思とも合致しないこととなり、肯正されるべきである。
2 次に原決定は、理由3の後段部分において、被抗告人(申立人)に、本件土地のうち2、8、11の各土地を取得させる理由を述べている。
(1) しかし、特に本件土地のうち11の土地がなぜ被抗告人に帰属させるべきなのか、その理由は必ずしも明らかではない。原決定は、この点について、次のように摘示している。
「(4)申立人が本件11の土地の取得にこだわるのはこの土地に隣接する農道の方が本件9の土地に隣接するそれより広く、耕作するのに便利であるということにあり、相手方らが申立人のこの土地の取得に反対するのは申立人の言いなりになることへの抵抗感がその背景にあること、以上の事実が認められる。
しかし、農道の点についていえば、9の土地と11の土地に決定的な差異は認められない。むしろ、被抗告人が11の土地にこだわるのは将来この土地の価値が上昇し、売買などにより高収入が期待できる、ということによるものではなかろうか、としか考えられないのである。いずれにしても両土地の具体的吟味が必要となってくる。
(2) 原決定は、結局、被抗告人に対し、本件土地のうち2、8、11を取得させるとの結論(主文)に達している。
しかしながら、前記「調停案」でも指摘されていたように、これでは、被抗告人への遺産分割が法定相続分を大幅に上回ることになるであろう。
一方では被抗告人の「寄与分」を否定しながら、結局は「寄与分」を相当程度認めた結果となってしまうものではないか。被抗告人には、せいぜい、2の土地を取得させるのが適当である。