福岡高等裁判所 昭和22年(ネ)137号 判決
第一審原告 神谷諒作 外一名
第一審被告 壽福守雄
一、主 文
原判決を次のように変更する。
第一審被告は第一審原告等に対し金五千八百二十円及びこれに対する昭和十六年六月二十日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第一審原告等のその余の請求はこれを棄却する。
第一審被告の控訴はこれを棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じて二分し、各その一を当事者双方の各負担とする。
二、事 実
第一審原告等代理人は「原判決中第一審原告等の敗訴部分を取消す。第一審被告は第一審原告等に対し金六万九千四百九十八円八十銭及びこれに対する昭和三年十月二十八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共第一審被告の負担とする。」との判決並びに第一審被告の控訴に対し控訴棄却の判決を求め、第一審被告代理人は「原判決中第一審被告の敗訴部分を取消す。第一審原告等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共第一審原告等の負担とする。」との判決並びに第一審原告等の控訴に対し控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、援用、認否は、(以下第一審原告を単に原告、第一審被告を単に被告と略称する。)原告等代理人において、
第一、本訴は不法行為に基く損害賠償を請求するものである。
(一) 被告は本件畳、襖、障子が元原告諒作の所有であつたが、大正十三年一月十八日にこれを訴外郷谷宗市に譲渡し、その後大正十四年二月二十日に原告キヨにおいて同訴外人から賃借し、該賃借権に基き原告等においてこれを占有していたものであることを知悉しながら右物件を奪取しようとして、大正十四年二月二十六日に訴外柳井田孫市に「預り書」(甲第二十号証の一)を差入れさせた上、原判決事実摘示のように原告等を相手取り本件物件引渡請求の訴を提起し、右「預り書」を楯に右柳井田をして自己に有利な証言をさせ、裁判所の判断を誤らせて勝訴し、該判決の仮執行宣言に基いて昭和三年十月二十七日に強制執行を敢行して本件物件を自己の占有に移した上、その上訴審において敗訴し、その確定判決に基いて原告等が昭和十六年四月二十八日になした強制執行をして不能に終らせて以つて奪取の目的を遂げたものであつて、被告の不法行為は前記「預り書」を訴外柳井田に差入れさせたときに始まり原告等の前示強制執行を不能に終らせたときまで継続したものというべきである。仮りに被告が前述のように本件物件が訴外郷谷の所有に属し原告キヨがこれを賃借し原告等が占有していた事実を知らなかつたとしても、訴外柳井田に前記「預り書」を差入れさせた当時同訴外人から一応異議を申立てており、又前記第一審訴訟中にも将又前記仮執行宣言に基く強制執行の際にも原告等から本件物件は訴外郷谷からの賃借物であることを主張したのであるから、よく調査すれば当然右事実が判明したに相違ないのに被告が何等の調査もせずに右事実を知らなかつたというのは、被告に重大な過失があつたものというべきである。
(二) 右不法行為の損害額として当審判決当時における本件物件の時価を主張する。本件物件は前述のように訴外郷谷宗市の所有にして原告キヨが賃借し、原告等が右賃借権に基き占有しているものであるから、若し被告の不法行為により奪取されると原告等は訴外郷谷に他から新調して賠償しなければならぬ立場にあり、而して原告等は被告の不法行為のため当初から手許不如意で原告諒作は被告から破産の申立を受け遂にその宣告を受けたような事情にあつたので、被告が本件物件を奪取したため訴外郷谷に返還できなくなると原告等は被告から賠償を得てその賠償金で本件物件と同様なものを他から新調して訴外郷谷に返還するより外に途がないことを被告も重々承知の上で(仮りに然らずとするも、被告は原告諒作に対し破産の申立をした経緯等から見れば当然右事実を知悉し得べかりしことを主張する。)本件不法行為に及んだものであり、而も本件不法行為は前述のように長い期間にわたつてなされたものであるから、その間本件物件の時価も漸次高騰を示していたことは被告も知悉し又は知悉し得べかりしことであつて、被告の本件のような長期間にわたる不法行為がなかつたならば、同じく訴外郷谷に賠償するとしても原告等は当然判決当時におけるが如き恐らく高騰すべき物価で他から新調しなくても済んだのであるから、そのため原告等の被る損害は被告も右不法行為当時予見し又は予見し得べかりしことに属するので、被告は物価騰貴による損害額を含めて当審判決当時における本件物件の時価相当額を原告等に賠償すべき義務があるものといわなければならない。而して被告の不法行為により原告等が被つた現損害額は畳一枚につき金四百五十円、襖、障子各一枚につき各五百円合計金七万二千円であると認めるのを相当とするからここに請求の拡張をする次第である。
第二、右不法行為を請求原因とする主張が認められないとすれば、第二次的に民事訴訟法第百九十八条第二項に基き損害の賠償を請求するものである。同法条の損害賠償の請求は法律により特に認められたものでその本質は不当利得返還請求権であると解せられている。而してその損害額については右損害賠償請求権が本質上不当利得返還請求権である以上その悪意の場合においては民法第七百四条の規定に従うべく且つ不法行為による損害賠償の損害額につき民法第四百十六条第二項の規定の趣旨を援用して当事者がその事情を予見し又は予見することを得べかりしときは、当事者は特別の事情によりて生じた損害と雖も賠償すべき義務があるものとする大審院判決の趣旨を敷衍すれば民事訴訟法第百九十八条第二項民法第七百四条に基く損害賠償の額についてもこれと同趣旨に解すべきものであるから、前記第一の事実を必要な限度においてここに援用し前記第一の(二)と同額の損害額の賠償を請求する。と述べた。
<立証省略>
三、理 由
被告は原告等を相手取り小倉区裁判所大正十四年(ハ)第一、〇二八号物件引渡請求訴訟事件を提起し、同事件の第一審において勝訴の判決を受け、該判決の仮執行の宣言に基いて昭和三年十月二十七日に当時原告等の経営していた京都館に備付け使用中の備後表畳百枚、襖四十六枚、障子三十六枚に対し強制執行をなし右物件の引渡を受けたが、その後右第一審判決は第二審たる福岡地方裁判所において取消され、被告は原告に対し右仮執行の宣言に基いて引渡を受けた物件の返還を命ぜられたので、原告等は右第二審の確定判決に基いて昭和十六年四月二十八日に被告の住所に臨み右物件引渡の強制執行に着手したが、目的物の不存在により執行不能に終つた事実は当事者間に争のないところである。
而して原告等は右昭和十六年四月二十八日の強制執行の際被告が右物件は八幡市大門町訴外佐竹タツノ方において使用していると述べたので、更に同年六月二十日に右佐竹タツノ方に臨み強制執行に着手したが、これ亦目的物の不存在により執行不能に終つたと主張するのに対し、被告は目的物は全部右佐竹タツノ方に保管してあつて現存すると抗争するのであるが、成立に争のない甲第二号証によれば、右再度の執行も亦原告等主張の如く目的物の不存在により不能に終つた事実が認められる。右認定に反する原審における原告諒作本人の供述(第一回)及び原審証人佐竹タツノの証言はこれを信用し難くその他にこれを覆すに足る証拠はない。
而して原告等は被告に対し本訴において右第二審の確定判決に基き畳百枚、襖三十八枚、障子三十六枚について返還不能による損害の賠償を求め、該損害は前記事実の部第一の(一)並びに原判決の事実摘示のように被告の故意による不法行為に基くものであり、仮りに故意がなかつたとしても少くとも過失に基くものであると主張するので、この点について審究するに、原告等主張の如く被告が本件物件は訴外郷谷宗市の所有で原告等において賃借していることを知りながら敢えてこれを奪取しようとして訴外柳井田孫市と通謀の上「預り証」を差入れさせたという事実は、これに副う成立に争のない甲第二十三号証の二の記載を措いては他にこれを認めるに足る証左なく右記載はたやすく信用し難く、又成立に争のない甲第十号証の一及び原審証人佐々田吉太郎(第一、二回)の証言によれば、被告の前記仮執行の宣言に基く強制執行の際訴外郷谷宗市は訴外佐々田吉太郎を介して賃貸借公正証書を執行現場の関係者に提示して本件物件は賃貸中のものであることを主張し、執行の中止方を申出た事実を認めることができるけれども、成立に争のない甲第六号証、当裁判所においてその成立を認め得る甲第十四号証によれば、右賃貸借公正証書は前記仮執行の宣言を付せられた第一審判決の訴訟の審理において乙第一号証として提出され、又右郷谷宗市は同様証人として尋問を受けており、且つこれ等の書証及び証言は右判決においていずれも被告の主張を拒否するに値しないものとして排斥されていることが認められるので、被告が右賃貸借公正証書の提示及びこれに関する郷谷宗市の言を無視しこれに耳を藉さずに執行をしたからといつて、右執行を目して被告の故意若しくは過失に基く不法なものとはいい得ない。その他に右執行が不法であることは原告等の提出援用に係る全立証資料によるも認めることができない。なお前示甲第六号証及び成立に争のない甲第七号証同第十六号証の三同第十九号証並びに乙第一号証同第二号証の一、二によれば、被告は訴外株式会社大島銀行が原告諒作に対する抵当権者として諒作所有の京都館の建物等について申立てた競売手続において大正十三年十二月四日に競落許可決定を受け競落代金を完納して同月二十五日にその所有権取得登記を了したのであるが、本件物件は当時右旅館の一部に備付けてあつた畳建具であつたところから競落によつて建物と共にその所有権を当然取得したものと思い、又これについては原告諒作はもとより当時の旅館経営者であつた訴外柳井田孫市においても異議なく、かくて被告はその頃旅館の建物及び本件物件等の引渡を受け、その際原告諒作は被告に対し引続き柳井田に賃貸せられたい旨申出でたが、これは拒絶したものの明渡については大正十四年二月頃まで猶予したこと並びに被告は右柳井田孫市と郷谷宗市間の前記公正証書による本件物件の賃貸借契約が右両名並びに原告諒作において相通じてなした虚偽の意思表示に基く仮装行為にあらざるやを疑うに足るべき十分なる事情の存した事実を認めることができる。右認定に反する成立に争のない甲第二十二及び第二十三号証の各二の記載はたやすく措信し難くその他にこれを覆すに足る証拠はない。
而して叙上認定の事実によれば、被告が原告等を相手方として本件物件引渡請求の訴訟を提起したのは競落によつて建物と共に本件物件の所有権を取得したものと信じてなしたことが窺われ、又かく信じたことについては相当の理由があつたものと認めることができる。さればその第一審の勝訴判決に付せられた仮執行の宣言に基いてなした強制執行が後日上訴審の本案判決において敗訴したという一事によつて被告の故意若しくは過失による不法のものとなるべきいわれはないというべきである。よつて原告等の不法行為の主張は失当である。
次に原告等の第二次的主張について審案するに、既に前段において説示した通り被告が原告等に対し第二審の確定判決により第一審判決の仮執行の宣言に基き引渡を受けた畳百枚、襖三十八枚、障子三十六枚の返還義務を有することは明らかであり、該返還義務は民事訴訟法第百九十八条第二項に基くものであるから、苟くも未確定の判決で敢えて執行をした者はその故意過失を問わずその責に任ずべきものと解すべきである。而してその法律上の性質については議論の存するところであるが、前示のように故意過失を要しないとはいえ、不法行為に近似するものと解すべく従つて不法行為に関する法理はこれに類推適用すべきものといわなければならない。
されば被告は原告等に対し前示返還義務を履行し得ないときは、これに代わる損害の賠償をなすべき義務のあることは当然であるから、進んでその数額について検討する。この点について原告等は被告の右物件の引渡不能により賃貸人たる郷谷宗市に返還するがためにはこれを新調しなければならぬこととなり、而も本件物件の時価は漸次高騰を示しており被告は仮執行当時右の事情を予見し又は予見し得べかりしものであるから、その損害額は本件口頭弁論終結当時の価格によるべきものであると主張するけれども、物の返還不能による損害賠償額は特別の事情のない限りその履行不能となつた当時におけるその物の交換価格によつてこれを算定するのが相当である。蓋し債務者はこの時において債権者をして現実に財産上の損害を被らしめたのであつてその当時の交換価格によつて該損害額を賠償するにおいては債権者の財産上の損失は填補せられるからである。従つて債務者が賠償金の支払を遅延した場合においては債権者は履行不能となつた当時から賠償を受くるまでの間における法定利息を請求することができるものというべきである。
本件についてこれを見るに、被告が原告等主張の如く特別事情を予見し又は予見し得べかりし事実は原告等の全立証によるもこれを認め難く、又被告の本件物件の返還義務が履行不能になつた時期についても他にこれを認めるに足る確証がないので、前記第二審の確定判決に基き第二回目の強制執行が執行不能に終つた昭和十六年六月二十日と見る外はないから、被告は原告等に対しこの時期における右物件の価格によりその損害を賠償すると共にその後の遅延の責に任ずべきものといわなければならない。而して当審証人柳井田孫市の証言及び当審鑑定人田中伊三次の鑑定の結果によれば、本件畳一枚の昭和十六年六月当時の価格は金十円を相当とすることが認められ、又右柳井田証人の証言及び当審鑑定人中野勇の鑑定の結果によれば、当時の本件襖一枚の価格は金七十円、障子一枚の価格は金六十円を相当とすることが認められる。
されば被告は原告等に対し右認定額による損害賠償として畳百枚分金千円、襖三十八枚分金二千六百六十円、障子三十六枚分金二千百六十円合計金五千八百二十円及びこれに対する前記履行不能に終つた昭和十六年六月二十日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による法定利息の支払をなすべき義務があるものといわなければならない。なお、被告は第一審判決の仮執行について被告に過失があつたとしても、原告等は直ちに強制執行停止を求め得たにもかかわらずこれを求めなかつたのは原告等にも過失があると主張するけれども、強制執行停止を求めるか否かは債務者の自由であつてその義務ではないのみならず本件損害賠償義務は前示の如く過失の有無を問わないのであるから被告の右過失相殺の主張は失当たることが明らかである。
よつて原告の本訴請求は右認定の限度においてこれを認容しその余はこれを棄却すべきであつて、原告等の控訴は一部その理由があるから原判決はこれを変更すべく、被告の控訴は理由がないからこれを棄却すべく訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十二条第九十三条を適用して主文のように判決する。
(裁判官 小野謙次郎 桑原国朝 森田直記)