福岡高等裁判所 昭和24年(つ)251号 判決 1950年4月10日
被告人
伊藤友治こと
尹段弼
主文
原判決を破棄する。
本件を福岡地方裁判所飯塚支部に差し戻す。
理由
弁護人吉田勇三郞の控訴趣意第二点竝びに第三点について。
原判決によると、被告人は土木下請のかたわら飯場を營んでいるものであるが、配給の主食丈けでは足らぬところからいわゆる幽靈人口で主食等を騙取しようと企て、自分の飯場にいた受配者の人夫六十四名がそこを去つて稻築町に実在していないのにかかわらず恰も現在しているように裝い右不在受配者等の登載してある米通帳等を使用して、同町漆生食糧配給所の山内直正方で、同人に対し主食等の配給を要求して、その旨同人を誤信させ、その結果その都度その場でそれらの者に対する主食等の配給名義の下に、昭和二十三年十一月一日以降、昭和二十四年三月二十九日迄の間二十一囘に亘つて米麥等の主食を交付させてこれを騙取し、又昭和二十四年二月五日及び同年三月七日の二囘に前同樣、現在しない受配者の人夫六十八名分の配給として稻築町字漆生調味料配給所武藤高次方で同人を騙し砂糖の交付を受けてこれを騙取したとの趣旨の事実を認定し、これが証拠として、被告人の當公廷での供述、山内直正、武藤高次作成の各始末書の記載押收の主要食糧購入通帳二冊(檢第一號)家庭用品購入通帳三冊(檢第四號)及び印鑑三個(檢第二號)の各存在を挙示している。
しかし、右証拠に引用されている被告人の原審公判廷における供述の内容を記録について檢討すると、被告人は原審第一囘公判期日における檢察官の起訴状朗讀後の冐頭陳述において事実はそのとおり相違ないので何もいうことはない旨を任意に陳述してはいるものの、原審第二囘公判期日において証拠調終了後裁判官の尋問に答えて被告人は任意に「人夫達が飯場を去るとき仕事を見つけに行くから置いてくれといつたので、移動証明書を出さなかつたが、その後二三人はその証明書を取りに來たし、又飯場に歸つて來た人もある」との趣旨の供述をしていることが、明らかである。
そもそも世帶主は正規に發行された主食購入通帳によつて世帶全員のために一定量の主食を一定の配給所から購入することができるのであつて、その世帶員のある者が他の地域に轉住することがあつてもその轉出の手続を採らない間は通常の場合その受配者のために轉住前の地域の配給所から從前どおり元の購入通帳によつて主食等の配給を受け又その者が他の地域に一時的に旅行等をして短期間不在となることがあつても世帶主は無論その不在者に代つて、その者の配給を受けることは何等差支えのないところであるから世帶主が右轉出者或は一時的短期間の不在者が既に他の地域において、何等かの方法により主食等の配給を受けていることを知り又は轉出者が後日到底、轉出の手続を採らないことを知りながらそれらの者が恰も世帶内に現存するかのように裝つて、受けてはならない配給を受けた場合であれば格別、そうでない限り單に現在していないものを、現在しているように裝つてその配給を受けた丈けでは何等詐欺罪を構成するものではないといわねばならぬ。
してみると、前掲被告人がした供述の内容によつて、他所で職場を探して來るからそれ迄の間、配給籍をそのままにしておいてくれといつて被告人の飯場を出て行つた人夫のうち、「二三人」は、幾日かの後、被告人の許に移動証明書を取りにきて轉出手続をしておるし、又幾人かは被告人の飯場に再び歸來している者もいることが窺えるのであるから尠くとも右にいわゆる「二、三人」及び幾人かの人夫の一時的に不在であつた期間中、被告人がそれらの者に対する主食等の配給を受けるに當つて、それらの者が、他の地域で主食等の配給を受けておらず又仮にその配給を受けていたとしても被告人がその事実を知らなかつたとすれば、前記説示したところによつてこの点の受配は何等詐欺とならないのにかかわらず、それらの者の氏名員數は勿論、それらの者が他の地域で主食等の配給を受けていたかどうか、若し受けていたとすれば被告人がその事実を知つてなお且つ、二重に主食等の配給受けたものであるかどうかの点を確かめることなく、ただ漫然それらの者の右不在期間中、被告人が同人等に対する主食等の配給を受けたことをもつて、直ちに犯罪を構成するものとした原判決はこの点において審理不盡又は理由不備の違法がある。そしてこの違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決はこの点において破棄を免かれない。論旨は理由がある。