福岡高等裁判所 昭和24年(ネ)286号 判決
控訴人に対し、被控訴人岩田は福岡市藥院相割町三十番地木造瓦葺二階建住家一棟建坪十八坪二合五勺外二階八坪五合を、被控訴人前田は右同所同番地木造瓦葺二階建住家一棟建坪二十坪二合五勺外二階十坪二合五勺を、それぞれ明渡せ。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。
二、事 実
控訴代理人は主文と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人等は「本件控訴はこれを棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出援用認否は、控訴代理人において「被控訴人岩田は控訴人の承諾を受けないで、昭和二十四年二月頃同人関係の本件家屋の二階を訴外村上彦眞に轉貸しているから右無断轉貸を理由に同被控訴人に対し本訴において賃貸借解除の表意をする。」と述べ、当審証人高橋みゆきの証言を援用し、被控訴人岩田において「控訴人主張の右無断轉貸の事実は認める。それは余裕住宅税が賦課されるようになつたからである。なお当被控訴人は九州英和商工社に勤務している。」と述べ、被控訴人前田は「当被控訴人は当被控訴人関係の本件家屋の敷地に隣接する土地を買受け、昭和二十四年十月頃右地上に延坪二十坪の二階建工場を建設し、義弟江川勝一と共同して経営している蒲鉾製造に右工場を使用し、ここと住宅にあてている右本件家屋との間は通行できるようにしている。なお当被控訴人は日本海陸鉄工所の從業員であつて、右蒲鉾製造業は内職ともいわばいえるものである。」と述べた外はいずれも原判決書当該摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
三、理 由
本件家屋二棟が控訴人の所有であり、被控訴人等がさきにその各一棟を控訴人から期間を定めないで賃借し、爾來それぞれこれに居住して今日に至つている事実は、当事者間に爭がなく、成立に爭のない甲第一号証の二同号証の四、原審における被控訴人両名の各本人尋問の結果及び当審証人高橋みゆきの証言によれば控訴人が被控訴人等に対しそれぞれ昭和二十二年二月頃から八月頃にかけ、本件家屋賃貸借についての解約の申入を爲した事実を認めることができる。
それで右解約の申入につき正当の事由があるかどうかについて檢討しなければならない。
成立に爭のない甲第一号証の二乃至四同第二乃至八号証(内第三号証第五号証は各一、二)原審における被控訴人両名の各本人尋問の結果及び当審証人高橋みゆきの証言、並びに前記事実の部摘示の被控訴人等の各自陳の事実を総合すれば、
控訴人家は今次戰爭の戰災者であり、控訴人は未成年の学業半ばの身で毎月相当額の学資を必要とし、その家族は祖母だけであつていずれも消費一方の存在であるのだが、それに多額の諸税金を賦課され、その納付に苦慮し、諸財産をそのため処分したけれど追いつかず、約金四十五万円を借金して納税を完遂した次第であつた。かくて右借金の返済資金と学資家計費の捻出に万策盡き他に賃貸中の本件家屋二棟を含めての貸家四棟を他に賣却して調達する以外には、その自滅を避け得る方途を見出し難いまでの窮地に追いつめられているのであり、賃借居住者がいては買手がつかない現状であるため、被控訴人両名及び他二名(他二名に対する分は当廳昭和二十四年(ネ)第三二四号事件)の賃借人に対し貸家の明渡を求めるのやむなき事態に立ち至つたのであつた。右のように本件家屋の賣却は納税の後始末等のためであり、決して借家人の犠牲において私利を求め、享樂を貪ぼろうとするものではないのである。
他面被控訴人岩田はその家族数も少く、且つ昭和二十四年二月以來控訴人には無断で本件借家の二階を訴外人に轉貸しており、從つて必ずしも右借家のような廣さ構造の住家を一家のため必要とするわけでないばかりでなく、勤め人である職種からいつて、場所的に本件借家を固執する経済上の利益とてないようである。また被控訴人前田もその本來の家族数は少く鉄工所に勤務のかたわら、本件借家の敷地に隣接する土地を買受けてその地上に昭和二十四年十月頃新築した延坪二十坪の二階建工場で、義弟と共同(義弟は他所から通つている。)して蒲鉾の製造販賣業を営んでおり、本件借家をただその住宅にあてている現状であつてみれば、本件借家に必ずしも居座わる必要とてないようである。それにもかかわらず、被控訴人等は控訴人側からの借金返済のためとの事情を具しての本件家屋の買取方の交渉にも話にのらず、控訴人からの明渡調停の申立に際しても、自らの一方的言分でこれを不調に終らせ、且つ相当額の立退料を提供しての明渡懇請に対しても、それに数倍する額の立退料を要求して、遂に控訴人側をして円満解決を断念させるの羽目に追い込んだのであつた。
という事実を認めることができる。右認定を左右する証拠はない。
これによつてこれをみれば控訴人の本件家屋を含めた所有貸家の賣却は、賃借居住者である被控訴人等の犠牲もさることながら、所有者である控訴人にとつては直面している経済的危難をまぬかれるための撰び得る唯一つの最後の方策であつて、まことにやむを得ないものといわなければならない。
本件解約申入についての正当の事由と爲すのに足るものと断ぜざるを得ない。被控訴人等は控訴人に対し、それぞれその居住借家を明渡さなければならない。
よつて、控訴人の本訴請求は正当であつて、これを排斥した原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十六條第八十九條第九十六條を適用して、主文のように判決する。なお、仮執行はその必要があると認められないから、その宣言をしないことにする。
(裁判官 小野謙次郎 桑原國朝 森田直記)