福岡高等裁判所 昭和25年(う)102号 判決 1950年6月27日
被告人
陽田大植こと
李大植
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金三万円に処する。
右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
国家地方警察糸島地区警察者に保管中の蒸溜器二点及び四斗樽二個は何れも之を沒收する。
本件公訴事実中公務執行妨害の点につき被告人は無罪。
理由
弁護人鶴和夫の控訴趣意第一点の要旨は、
本件犯罪事実中公務執行妨害の点につき、起訴状は「被告人は昭和二十四年三月十三日前記犯行を探知した糸島地区警察署勤務司法警察員重松繁樹等が前原簡易裁判所判事の発布した差押許可状を執行して自宅に收藏していた醪を差押えようとしたところ擅に之をその場に流失せしめて差押を不能ならしめ以て重松繁樹等の公務の執行を妨害したものである」と記載しその罰条として刑法第九十五条を掲げ、又原判決は「被告人は昭和二十四年三月十二日午前八時頃糸島地区警察署勤務司法警察員重松繁樹等が前原簡易裁判所判事の発布した中村一郞に対する差押許可状に基く執行として被告人が前記居宅の一隅に收藏していた醪を差押えようとしたところ擅にその容器をその場にころがして流失せしめ以て重松繁樹等の公務の執行を妨害したものである」との事実を認定し之に対し刑法第九十五条第一項(第一号とあるのは誤記と認める)を適用しているが、右は何れも差押対象物を損壞したに止まり未だ刑法第九十五条第一項の犯罪を構成するに至らないものであるから、原判決は法令の適用を誤つた違法がある。
と言うに在る。
そこで審査するのに、本件起訴状記載並びに原判決認定の各事実が夫々所論の通りになつていることは記録上明かである。而して先ず職権を以て調査するのに、被告人が本件醪を流失せしめたのは果して司法警察員等において差押許可状を呈示し正式に之が執行に着手した後であつたのか或はその以前右執行着手の準備の過程中であつたのか、原判決の挙示する証拠によつてはこれを確定し難く、従つて原判決には理由不備の違法があるのみならず、凡そ刑法第九十五条第一項又は第二項の犯罪が成立するためには当該公務員に対し直接或は間接の暴行又は脅迫を加えた事実があることを必要とするところ前記の原判決認定にかかる事実は結局「被告人は司法警察員重松繁樹等が中村又一郞に対する差押許可状の執行として被告人方にあつた醪を差押えようとするに際り擅にその容器をその場にころがして右醪を流失せしめた」と言うにあつて、右容器の転倒或は醪の流失が右司法警察員等に対して行われたのであれは格別(斯様な事実も記録上認め難い)、右認定の如く単に「容器をその場にころがして醪を流失せしめた」のみでは、未だ以て公務員に対し暴行又は脅迫が為された場合に該当するものとは解し難く、従つて右事実につき刑法第九十五条第一項を適用して処断した原判決には法令の適用を誤つた違法があるものと言わねばならないから右第一点の論旨はその理由がある。
(本号一二〇昭二五、七、五高松高裁判決参照)