福岡高等裁判所 昭和25年(う)1387号 判決 1950年12月21日
控訴人 被告人 下河栄 上原秀夫
弁護人 白水勝起
検察官 坂本杢次関与
主文
原判決を破棄する。
被告人下河栄を懲役一年に処する。
被告人上原秀夫を懲役一年及び罰金三万円に処する。
但し、被告人両名に対し、この裁判確定の日からいずれも三年間右各懲役刑の執行を猶予する。
若し、被告人上原秀夫において右罰金を完納することができないときは、金二百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
押収にかかる偽造の製品検査合格証三校(証物検第二号の一部)並びに三井化学工業株式会社製品封緘紙用ラベル一枚(同第三号の一部)は、これを被告人上原秀夫から没収する。
原審証人原田キミ子同藤本寛治に支給した訴訟費用は、被告人両名の連帯負担とする。
理由
被告人下河栄の弁護人作元勝胤、被告人上原秀夫の弁護人和智昂、同武井正雄、同和智龍一、被告人両名の弁護人白水勝起の各控訴趣意はそれぞれ末尾添付書面記載のとおりである。
右に対する判断。
作元弁護人の控訴趣意第一点(偽造文書の行使)の目的等について。
作成の権限なくして他人名義の文書を不法に作成偽造するにあたり、その文書が正当のものとして不法に使用されることについての予見がある以上、作成者自身において不法に使用する目的がなくても、行使の目的がなかつたものということはできない。
被告人下河において、みずから本件文書を不法に使用する意思がなかつたことは、所論のとおりであるがその作成の当時原田、池田若しくはその他の者によつて不法に使用されるものであることについて十分の予見があつたことは、原判決の掲げる証拠によつて明らかなところであるから、被告人下河の右所為を文書偽造罪に問擬した原判決は正当である。なお右原田池田らに対する処罰の有無が被告人下河の刑責に消長を来すべきいわれはない。論旨は理由がない。
弁護人和智昂ほか二名の控訴趣意第一点(法令適用の誤)について。
(1) 補強証拠の欠缺について。
他会社の製造販売にかかる人工甘味剤ミツゲンに類似する人工甘味剤百錠を一箇の容器罐におさめ、各容器に偽造の公文書(福岡県衛生研究所作成名義の製品検査合格証)を貼付し、これを商品として多数、数回に互り、多人数に販売交付し、以て右偽造公文書を行使した犯罪事実を認定するにあたり、原判決はその証拠として、被告人の自白のほかに、偽造公文書の作成顛末に関する関係人の始末書、供述調書、容器の作成顛末に関する関係人の事実申立書、買受顛末に関する買受人の買受始末書、事実申立書、その他押収にかかるミツゲン容器、同容器に使用すべき商標、説明書等の各証拠を綜合引用しているのであり、右各証拠は偽造公文書の行使に関する被告人の自白に対する補強証拠として十分であつて原判決が被告人の自白のみによつて偽造公文書の行使罪を認定したものとする論旨は当らない。
(2) (没収の不当)について。
他会社製造販売にかかる商品(赤罐の容器一箇に人工甘味剤ミツゲン百錠ずつ入れたもの)に類似する商品多量を製造販売する目的をもつて容器貼付用の貼紙、容器封緘用の貼紙、容器に封入すべき内容説明書等にそれぞれ他人の登録商標に類似する類似商標を表示したもの並びに容器に貼付すべき偽造にかかる福岡県衛生研究所作成名義の製品検査合格証等、容器約二万個の罐に使用する分を一括入手して準備し、その一部をそれぞれその用法に従い使用して、約千八百八十個の罐入類似商品を製造販売し、もつて、類似商標を類似商品に使用してその商品を販売し、なお右偽造の検査合格証を行使しその中途で発覚検挙された場合において、若し検挙されることがなければ引続いて右と同様に使用さるべき情況にあつたと認められる使用残りの、容器封緘用の貼紙又は偽造の検査合格証であつて、右犯罪の証拠品として領置されたものについては、これを右犯罪行為の用に供しようとした物件として刑法第一九条に従い没収することができるものと解するのが相当である。
何となれば右使用済みのものと未使用のものとの間には、その形状品質等に何らの差異なく、当初に準備されたもののうちのいずれが先に使用されるかは全く偶然のことに属し、その全部は準備された当初において既に偽造公文書の行使を伴う類似商標の使用、類似商標使用の商品販売という包括的な犯罪行為の用に供するために包括的に準備されたものであつて、右未使用のものも、これを右犯罪行為の用に供しようとしたものと解するのに何等の支障がないばかりでなく、右未使用のものをただ未使用という一事のみをもつて、これを犯人の手もとに保有せしむべきであるとするのは、全く実質的な理由がないからである。
原判決が、刑法第十九条第一項第二号後段第二項に則り押収にかかる本件偽造の製品検査合格証三枚(証物第二号)三井化学工業株式会社製品封緘用ラベル一枚(同第三号)を没収したのは、相当であつて、論旨は理由がない。
(3)(4) (併合罪の規定適用の誤)について。
刑法第四五条前段の併合罪の関係にある多数の同一偽造公文書行使罪につき、刑法第四七条第一〇条の適用を示し、所定の併合罪加重の経緯を示す以上、たとえ加重の基準となるべき罪を特に具体的に抽出して示さなくとも、判決に影響を及ぼすことの明らかな法律適用の誤があるものということはできない。
又刑法に従い、罰金刑と懲役刑とを併科する場合に刑法第四八条の適用を特に明示することのないときも同様である。論旨は理由がない。
(5)(刑訴第一八二条の適用の誤)について。
刑訴第一八二条に、共犯の訴訟費用は、共犯人に連帯してこれを負担させることができる。と規定する。共犯又は共犯人とは刑法第六〇条以下に規定する共同正犯、教唆、従犯等の関係があつて、共同被告人の関係にある者のほか、犯罪遂行前後の過程において実質的に密接な関連があつて且つ共同被告人の関係にある者をも含むと解すべきである。
けだし、併合罪審理の手続中に生じた訴訟費用の負担関係において両者の間に差異を設くべき理由がないからである。
原審における共同被告人下河と上原とは、刑法第六〇条以下の共犯関係にあるものではないが、下河は、本件公文書を偽造し、上原は、同偽造公文書を下河から譲受けた上行使したものであつて、両名の犯罪はその遂行前後の過程において実質的に密接な関連があり、原判決が右両名に連帯負担を命じた訴訟費用は原審証人原田キミ子、同藤本寛治の両名に支給したものであつて、同両名の証言事項は本件偽造公文書等の作成顛末に関連し、下河の犯罪に関係があるのは勿論、ひいて上原の犯罪にも至大の関係があるのであるから、刑訴第一八二条により右の訴訟費用を下河上原両被告人の連帯負担とした原判決は相当であつて、これを不当とすべき理由はない。論旨は理由がない。
同控訴趣意第二点(理由不備について)
商標法第三四条第一号にあたる類似商標の使用、又はその使用商品販売の罪ありとして処断するためには他人の登録商標と同一、若くは類似の商標を同一若くは類似の商品に使用し、その商品を販売した事実を判決に具体的に示す必要があるのはもとより言を俟たないところであるがその犯罪の手段方法が如何なるものであるかを同種の他の犯罪から区別し得られる程度に具体的に判示し、登録商標並びに類似商標の形状の如きも、証拠と相俟つてこれを認識し得られる程度の理由を具備する以上、登録商標の形状に関する精密該細な説明を具体的に示さなくとも判決に理由を附しない違法があるものということはできない。
原判示によれば「被告人上原秀夫は、三井化学工業株式会社が製造販売している人工甘味剤ミツゲンに類似の人工甘味剤を製造し、これを商品として販売しようと企て、昭和二四年七月頃これが製造にとりかかり、同二五年一月一一日頃から肩書自宅において、かねて知合の相被告人下河栄等を介し入手所持していた右会社登録商標と同一の商標附甘味剤の各容器等に前記製造にかかるミツゲン百錠ずつ、及び同一商標入りの内容説明書等を封入した上、前項下河栄の偽造にかかる福岡衛生研究所作成名義の製品検査合格証をその情を知りながら、古容器等に貼付して行使し、以て右会社製造にかかるミツゲン百錠入赤罐等の如く見せかけて右会社の商標と同一の商標を使用し」その商品を販売したと、いうのであつて、犯罪の具体的な説示として別段欠くるところはない。そしてその証拠として三井化学工業株式会社社長榎本好文作成の告訴状、押収にかかるミツゲン容器赤罐一箇、ミツゲン容器封緘用レツテル三枚、ミツゲン青商標、赤封緘商標、ミツゲン説明書各一枚の存在を、他の証拠とともに併せ掲げてあり、右各証拠によれば原判示事実を認定し得ないことはない。殊に被告人の使用にかかる商標の形状は右各押収物件等によつて明白であり、被告人の使用にかかる商標が前記会社の登録商標と類似のものであることは、右告訴状と、検察官の提出にかかり、本件記録に編綴してある。三井三池染料工業所長作成の商標に関する件と題する書面(記録第五五丁)同書面添付のミツゲン青商標、赤封緘商標、ミツゲン説明書(記録第五六第五七丁)とに徴して明らかである。(右告訴状によれば被告人の使用商標と会社の登録商標とは「同一」のものであるといい、原判決もまたこれを「同一」のものと説示しているが、高度の近似を「同一」という文字で表現するのは通常の用例であり、告訴状にいう「同一」の真意は、高度の近似、すなわち商標法にいう「類似」の趣旨であると解せられ、従つて原判決が「類似」とせずして「同一」としたのは、正確さを欠き、事実誤認の疑があるけれども、仮りに事実誤認であるとしても、右は判決に影響がないことは明白であるから、原判決破棄の理由とならない。
原判決には、所論のような理由不備若くは審理不尽の違法はなく、論旨は理由がない。
各弁護人の其の他控訴趣意(量刑不当)について。
被告人両名の年齢、経歴、犯罪の動機、態様、犯罪後の情況、家庭的環境、その他記録にあらわれた諸般の犯情に照らすときは被告人両名に対しては、将来の善行を期待し得べき事情あるものと認められ、今直ちに実刑に服せしめるよりはむしろ藉すに暫くの日時を以つてし、その間更に深く内省悔悟おもむろに善に赴かしめるのが刑事政策上至当の措置であるというべく、各懲役刑について、その刑の執行猶予の言渡をしなかつた原判決は科刑その当を得ないものというほかなく、この点に関する論旨はすべて理由があり、原判決は破棄を免れない。
よつて刑訴第三九七条第三八一条により原判決を破棄し、刑訴第四〇〇条但書に従い、本件について更に判決する。
原判決摘示の事実(但し原判示第二の事実のうち「同一の商標」とあるのを、「類似の商標」とする。)を法律に照らすと被告人下河の所為は刑法第一五五条第一項にあたるのでその所定刑期の範囲内で同被告人を懲役一年に処し、被告人上原の所為のうち偽造公文書行使の点は、各刑法第一五八条第一項第一五五条第一項に商標法違反の点は各商標法第三四条第一号にあたり、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、後者の罪について所定刑のうち罰金をえらび、罰金等臨時措置法第二条を適用し、懲役刑については刑法第四七条第一〇条により犯情の最も重い昭和二五年一月下旬頃石原正章に対して売り渡した商品に貼付行使した偽造公文書行使罪の刑に法定の加重を施し、罰金刑については刑法第四条第二項により各罰金を合算し、以上の刑期及金額の範囲内で、刑法第四八条第一項に従い、同被告人を懲役一年及び罰金三万円に処し、被告人両名に対し右各懲役刑については、犯情刑の執行を猶予するのを相当とすること前段説示のとおりであるから、各刑法第二五条により、この裁判確定の日からいずれも三年間右各懲役刑の執行を猶予し、若し被告人上原において右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により金二百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置し、押収にかかる偽造の製品検査合格証三枚(証物検第二号の一部)並びに三井化学工業株式会社製品封緘用ラベル一枚(同第三号の一部)は、被告人上原の原判示犯罪行為の用に供しようとしたものであつて、犯人以外の者に属しないから、刑法第一九条第一項第二号後段第二項によりこれを同被告人から没収し、原審証人原田キミ子同藤本寛治に支給した訴訟費用については刑訴第一八一条第一八二条を適用し、これを被告人両名の連帯負担とすべきものとする。
以上の理由により主文のとおり判決する。
(裁判長判事 石橋鞆次郎 判事 柳原幸雄 判事 川井立夫)
弁護人和智昂、武井正雄、和智龍一の控訴趣意
一、原判決には判決に影響を及ぼすことが明かな法令の適用の誤りがある。
1、(補強証拠の欠缺)について……<省略>
2、偽造検査合格証(三枚)、及び封緘用ラベル(一枚)の没収について。
偽造文書行使罪については、偽造公文書は犯罪の構成に関し、法律上必要なる物件であつて、犯罪行為を組成したものであることは、大審院判例(明治四二、一一、二二、宣告)に明であり、之を犯罪行為に供したものであるとはいえない。
又没収にかかる、右の偽造合格証紙は、現実に行使したものではないから偽造文書行使罪の組成物でもなく、単に犯罪を組成しようとしたものに過ぎない。犯罪行為に供し又は供せんとしたものでもなく、又犯罪行為を組成したものでもなく、その他、刑法第十九条に該当せぬものは没収することは出来ない。
然るに、之に刑法第十九条第一項第二号後段を適用して、没収の言渡をしていることは、法令の適用に誤りがあるといわねばならぬ。
(その他の控訴趣意は省略する。)