福岡高等裁判所 昭和25年(う)854号 判決 1950年8月26日
控訴人 被告人 秋吉末子 原野勝美
弁護人 辻丸勇次
検察官 坂本杢次関与
主文
原判決を破棄する。
被告人末子を懲役二年六月に、同勝美を懲役一年六月に処する。
原審における訴訟費用(証人綾部治雄に支給分及昭和二十四年十二月十四日出頭の証人前田栄之助同梅野佐平次に支給分)は被告人等の負担とする。
理由
被告人秋吉末子の弁護人辻丸勇次、被告人原野勝美の弁護人下尾栄の各控訴趣意は夫々末尾添付の書面に記載のとおりである。
辻丸弁護人の控訴趣意第一点について。
市町村農業会は農業団体法に基き設立されたものであるが、農業協同組合法の公布施行に伴い農業協同組合を設立する前提として一応解散することとなつたので、従前の農業会と新設の農業協同組合とは法律上形式的には全く人格を異にした別個の法人ではあるが、後者は前者の事業設備、財産上の権利義務一切を包括承継して発足したものであることは、前記両法及関係法令に照らして明かである。それ故本件における二日市町農業協同組合も昭和二十三年八月匆々、前敍の手続により従前の二日市町農業会の解散に伴い、同会の事業並にその設備及び財産上の権利義務一切を包括承継して発足したこと、従つて従前の二日市町農業会の役職員は一部交迭及事務の分担替えがあつた外そのまま新設の同町農業協同組合の役職員となつたのであつて、被告人等も農業会時代と同一の職場において引続き同一の事務を担当して来たものであることは原審第二回公判調書中証人綾部治雄の供述記載被告人秋吉末子、同原野勝美の各司法警察員に対する第二回供述調書及各検察事務官に対する第一回供述調書中の供述記載によつて推認することができる。而して本件起訴事実は弁護人所論のように単に被告人等が二日市農業協同組合金融係書記又は同組合金融主任として同組合保管にかかる組合員の預金を着服横領した事実のみではなく、被告人等が同組合設立以前の同町農業会金融係書記又は同会金融主任として同会保管の預金を着服横領した事実をも包含することは、本件記録中の起訴状及追起訴状並検察官の原審公判廷における立証方法に徴して自ら明白である。然るに被告人等両名に対する各昭和二十四年八月三十日附追起訴状及原判決が未だ二日市町農業協同組合の設立されていない昭和二十三年七月以前において被告人等が同町農業会金融係書記又は同会金融主任として同会保管預金を着服横領した事実を摘示するに当り、同年八月以後の同町農業協同組合保管金横領事実の摘示と区別することなく、漫然被告人等が終始同組合金融係として同組合保管金を横領したが如く記載したことは杜撰の譏は免れないが右は記載上の不注意の結果であつて、かような瑕疵は未だ起訴の効力を失わしめるものではなく、又判決に影響することでもないので事実誤認として原判決破棄の事由とするに足らないので論旨は採用し得ない。
同弁護人の控訴趣意の第二点及下尾弁護人の控訴趣意について、
本件記録全般を検討すると各弁護人指摘の如き組合内部の機構上並に人的欠陷、最高幹部の怠慢も窺知せられ之等が本件発生の誘因となり助長せしめた情況も見られるので、その他被告人等の性格、年令、境遇、犯罪後の情況を彼此考量すれば原判決の刑の量定は些か過重と思料されるので、論旨は理由がある。そこで刑事訴訟法第三九七条に従い原判決を破棄した上更に同法第四〇〇条但書を適用して次のように自判する。
本件について当裁判所が認定する被告人等の各犯罪事実は原判決摘示の事実中第一の被告人秋吉末子の関係において「被告人秋吉末子は筑紫郡二日市町農業協同組合金融係書記として同組合員の」とあるのを「被告人秋吉末子は予て筑紫郡二日市町農業会金融係書記として同農業会員又は同組合員の」と第二の被告人原野勝美の関係において「被告人原野勝美は同組合金融主任として組合員の」とあるのを「被告人原野勝美は予て同農業会金融主任、昭和二十三年八月以後は同町農業協同組合金融主任として同農業会員又は同組合員の」と夫々改め又第一、第二の各被告人関係において「同組合において擅に組合保管の預金から云々横領した外」とあるのを「同農業会において擅に同会保管の預金から云々横領した外同会又は同組合において同会又は同組合保管の預金から」と夫々改める外該事実(犯罪表を含む)と同一であるから茲に引用する。
以上の判示事実は一、被告人両名の原審公判調書中各判示同旨の供述記載一、被告人両名の各司法警察員に対する第二回供述調書及各検察事務官に対する第一回供述調書中の供述記載一、梅野佐平次作成の各上申書及添附明細書中の記載一、被告人両名が何れも短期間内に同種行為を反覆累行したる事蹟に依つて認める。
法律に照すと、被告人等の各判示所為は刑法第二百三十五条(昭和二十二年十月迄の所為については改正前の同法第五十五条)に夫々該当するが以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条に則り被告人末子に対しては最重の昭和二十二年十月三十一日の一万五千円の横領罪の刑に、被告人勝美に対しては最重の同二十四年二月二日の二万三千円の横領罪の刑に各法定の加重をした刑期範囲内で被告人末子を懲役二年六月に、同勝美を懲役一年六月に夫々処することとし、刑事訴訟法第百八十一条第一項により原審における訴訟費用(証人綾部浩雄に支給分、昭和二十四年十二月十四日出頭した証人前田栄之助、同梅野佐平次に各支給分)は被告人等に負担させることにする。
仍て主文のように判決する。
(裁判長判事 石橋鞆四郎 判事 筒井義彦 判事 柳原幸雄)
控訴趣意
第一、原判決には事実の誤認がある。
原判決は被告人が二日市町農業協同組合の金融係書記として昭和二十一年十二月十三日から同二十四年三月十三日迄の間に二百三十七回に亘り同組合の金八十六万二千五百九十七円五十七銭を業務上横領したものと認定している。
しかし証人綾部浩雄の証言にも明かなように二日市町農業協同組合は昭和二十三年七月末頃(此の点不明瞭)発足したもので前の農業会とは全く人格を異にした別個の法人である。
而して本件の起訴は被告人が二日市町農業協同組合の書記として同組合の金を横領費消した事件であるから其の判断も此の部分に限られなければならない。
第二、原判決は刑の量定が重きに失する。
其の理由、
(1) 被告人は若い女性であり且つ被告人を直接監督する原野被告人がある。
しかも原野は被告人の行つた行為を容易に発見し得る地位及実際でありながら、且つ之を知りつつ看過し飲食を常に共にし情交関係を結んで寧ろ其の犯行を助長せしめている。
(2) 被告人が横領した金銭は其の大部分が原野被告人の飲酒遊興のために費消されている。
被告人が農業会時代に横領した金は其の金額も小であり、使途も被告人又は其兄弟の病気其の他のために費消されているが原野被告人が被告人の監督の地位に立つようになつてからは横領金額も大となり専ら原野のための飲食等に費消されている。
(3) 被告人等を監督する組合役員の多年に互る怠慢無能も考慮せられねばならない。
組合役員の怠慢は本件のみでなく組合内に種々の欠陷を醸成している。
被告人のような年若い女性が簡単に本件犯行を行うことが出来たのは組合内部の腐敗の結果でもある。
意思の不安定な若い者には決定的な影響を与えるものである。
(4) 組合の内部の種々の欠陷のため被害の弁償も第一審までは進まなかつたが最近弁償についても進行している。
(5) 被告人は女学校四年で退学し間もなく父を失い母を助けて当時はまだ珍しい職業婦人として多数の幼い弟妹の養育に青春を苦労した。其の疲労が本件犯罪となつたとも見られる。前科は勿論なく再犯の虞も絶無だと確信する。
(その他の控訴趣意は省略する。)