福岡高等裁判所 昭和26年(う)2761号 判決
他人所有の財物を質入れする意思を以て他人の所持を犯し、これを自己の所持に移したときは窃盜罪が成立し、たとえ犯人において財物所持者の承諾を予期していたとしても、これを予期することが社会通念上是認されない限り窃盜罪の犯意を阻却するものでない。原判決の挙示した証拠によると、被告人は昭和二十六年五月十九日原判示中道磨知子方に宿泊し、その翌二十日朝同女が外出するや自己のため同女所持の原判示三つ揃脊広洋服一着その他の衣類を持出し入質しようと考えた末、同女宛に右衣類を借り受くる旨の置手紙をした上、右脊広洋服を着用しその他の衣類を風呂敷包とし持出し同日午後二時頃中津駅附近に差しかゝつた際、折柄帰宅していた右磨知子に出会つたのに拘わらず、同女には持出した衣類については何等の弁明もしないで立去つたところ、同人が被告人着用の洋服に不審をいだき帰宅後調査した結果、被告人がこれを持出していることを知り直ちに、被告人を窃盜犯人として中津駅鉄道公安官に申告したため被告人が検挙されその後右の洋服だけでなく前示衣類も被告人が持出していること及び被告人が前示の置手紙をしていることも判明したことを認めることができる。以上の事実から考察すると、被告人の置手紙は衣類持ち出しにつき磨知子の承諾を予期していたものでなく、単に後日の弁解の手段に供する意図に出でたものと推認されるのみならず、右の置手紙が被害者の承諾を予期し得べきものとは社会通念上是認することができない。尤も原判決の挙示した原審における証人中道磨知子の供述によると被告人と同女との間には或は情交関係があつたのではないかと思わせる点がないではなく、又被告人から現実に申出があれば前記洋服以外の衣類については同女において貸与方を承諾したかも知れないと推認されないではないがこれ等の事実だけでは被告人の置手紙により同女において衣類の貸与方を承諾することを予期し得べき状況にあつたものということはできない。