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福岡高等裁判所 昭和26年(う)3915号 判決 1952年12月13日

控訴人 被告人 相馬鉄夫

弁護人 村田利雄 外一名

検察官 安田道直関与

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人村田利雄の陳述した控訴趣意は記録に編綴されている同弁護人並びに弁護人柴田健太郎から各提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

論旨は原判決が採用した証拠のうち、各鑑定書について、刑事訴訟法第三百二十六条の同意がないのに、各鑑定人を公判期日に証人として尋問し、その真正に作成されたものであることの供述を得ていないから、証拠能力がないというにあるが、原審第三回公判調書の記載によると、裁判官は訴訟関係人の異議なき旨の意見を得て、各鑑定人作成提出の鑑定書につき証拠調をなす旨告げた旨の記載があり、その措辞簡略のきらいがないでもないが、その訴訟関係人の同意を得てとの記載は、同公判調書の検察官及び弁護人はそれぞれその請求部分の鑑定書を証拠に援用する旨述べた記載と相俟つて、被告人及び弁護人がこれを証拠とすることに同意した趣旨と解し得られ、証拠とすることに同意しない旨述べていないことは自ら明かであり、証拠とすることに反対する趣旨は記録上他にこれを発見することができないので、被告人及び弁護人はこれに同意したものと認めることができる。次に検証調書に本件爆発現場である当時の左三片払を検証することができない旨明示され、増田精の予め用意していた青写真六葉、及び見取図二葉を検証の結果を明確にするため調書末尾に添付するとして、その指示説明を記載しているが、該図面を一括検証調書に対する証拠手続を以て証拠調をなしておりその作成者を証人として尋問せず、刑事訴訟法第三百二十六条の同意もないので、証拠能力がないと非難するけれども、所論の青写真及び見取図は原審裁判官の検証現場において、立会人増田精が本件矢岳炭鉱備付のものを、検証事項を明確にするため必要な状態を任意に指示陳述するについて、これを補足したものであつて、前記鑑定書と同様に原審第三回公判期日において被告人及び弁護人において、これを証拠とすることに同意したことが認められるので、検証調書と一括して刑事訴訟法第三百二十一条第二項により証拠能力を有するものといわなければならない。また検察官の実況見分調書二通が刑事訴訟法第三百二十六条の同意がない上に、同調書中各立会人の現場における指示説明を録取した部分は、一般の供述調書としての証拠調手続が履践されていないから、証拠能力がないと非難するが、前同条の同意は明示の意思表示であることを原則とするも、検察官から或る証拠の取調請求があつたとき、被告人及び弁護人がその証拠調の請求及び証拠調実施に、裁判官から意見を問われた際、別に意見はないと述べた場合には、同条に所謂被告人及び弁護人が証拠とすることに同意したものと認めるに妨げないと解するを相当とするところ、記録を調査するに、右実況見分調書中に立会人の任意の指示陳述を録取した部分があるとはいえ、その指示は検察官が見分により事物の状態を認識するための手段としてなされたものと認め得られ、且つ原審第三回公判期日において、検察官は弁護人の同意済である前記実況見分調書二通の取調請求をなし、裁判官は弁護人に対し検察官の右証拠調請求について意見を求めたところ、弁護人は右請求については異議はないと述べておるばかりでなく、第四回公判期日において、裁判官は、証拠につき反証の取調請求等により証拠の証明力を争うことができる旨告げたところ、弁護人は別に争はない旨述べたことも明かであつて、被告人並びに弁護人において、該実況見分調書を証拠とすることに同意があつたものというべきであること前に説示するとおりであるので、その証拠能力を否定するに由ない。さらに検察官作成の清水谷、増田精に対する各供述調書の証拠能力を否定する所論については、右各供述調書が前掲検察官の実況見分調書と同時に、原審公判廷において、被告人並びに弁護人がこれを証拠とすることに同意したものと認め得られ、清水谷の供述調書の末尾に添付された其の供述内容の一部をなす図面について、これを証拠とすることに同意があつたものと認めることができるから、右所論を容認し難い。なお原判決が弁護人の主張を排斥する資料とした検分調書添付のガス測定図なるものは存在せず該図面は前掲清水谷の供述調書末尾添付の図面を指称するものと推測されるが、該供述調書と別個にこれに関する証拠調手続が履践されていないことを非難する所論も、該ガス測定図は所論のように検察官に対する清水谷の供述調書の末尾に添付のガス停滞図と題する図面であること記録上明白であり、その証拠調手続が適法になされたことも前に説示のとおりであるから、その名称を誤記したこと並びにこれを別個に証拠調手続を履践しないことを以つて違法というは当らない。従つて原判決に所論のような採証法則の違背があるというを得ないので、論旨は採用することができない。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡本次郎)

弁護人村田利雄の控訴趣意

第一点原判決は採証の法則を誤り証拠能力なきものを証拠として採用した法令の違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすこと明らかである。即ち、原判決は其の理由の部記載の事実を認定した証拠として、証拠の標目の部に一、検証調書、一、鑑定人山田穰、同高原稔、同前田利武の各鑑定書、一、検察官原田友一作成の見分調書(二通)一、同検察官に対する清水谷、増田精の各供述調書を挙示してゐるのである。

然し乍ら、右各書面はいづれも証拠として採用すべからざる証拠能力なき書面である。

(1) 鑑定人山田穰、同高原稔、同前田利武各作成の鑑定書 右各鑑定人は昭和二十六年二月十六日検証現場に於て夫々裁判官より一定の鑑定事項を鑑定し其の経過及び結果を書面を以つて報告すべきことを命ぜられ、其の鑑定の結果、鑑定書を作成提出してゐるのである。而して、此の鑑定書は原審第三回公判廷に於て証拠として採用され証拠調が為されてゐるのである。然し乍ら、此の鑑定書は明らかに刑事訴訟法第三二一条第四項の書面であるから、同法第三二六条による被告人の同意がある場合でなければ、鑑定人を公判期日に証人として尋問した上でなければ証拠とすることはできないものである。而も、此の同意は証拠能力を附与する重要な訴訟行為であるから、必ず積極的に明示されることを要し、且つ右意思表示は裁判所に対して為されることを必要とすること勿論である。更に又、此の同意は証拠調を請求する前にこれを要するのが判例である(名古屋高裁、昭和二五年九月六日判決御参照)に拘らず原審は此の手続を履践してゐない。即ち、原審第三回公判廷(昭和廿六年五月廿六日)の公判調書を検するに『裁判官は、前回に引続き審理する旨告げ訴訟関係人の異議なき旨の意見を得て昭和廿六年二月十五日及び翌十六日に為した証人、鑑定人尋問並に検証について作成された調書並に鑑定人作成提出の鑑定書につき証拠調をする旨告げ訴訟関係人の同意を得て、検証調書、鑑定人山田穰、同高原稔、同前田利武、証人増田精(以下証人氏名省略)に対する各訊問調書並に右鑑定人作成の鑑定書三通の各要旨を読み聞け、検証調書添付図面は之を展示した、検察官及び弁護人は夫々その請求部分の右調書及鑑定書を証拠に援用すると述べた』と記載せられてゐるのである。而して、前記二月十六日の検証期日に於ける証人、鑑定人の各訊問調書、検証調書については、該検証期日が公判期日でない為、刑事訴訟法第三〇三条の規定により裁判所は公判期日に於て職権を以つて之を取調べることを要するものとされ、前記の如く之が証拠調が為されてゐるのであるが、右検証期日が刑事訴訟法第三〇三条に所謂公判準備の期日に含まれるか否か暫く措くとするも、鑑定書については原審が為した手続を以つて直に証拠として採用し之が証拠調を為すべきものではない。

刑事訴訟法第三〇三条に所謂「公判準備において」とは狭義の公判準備期日のみならず広く公判期日外の証拠調期日、検証期日も公判準備に含むと解されてゐるのであるから、原審の証人、鑑定人に対する各訊間調書及び検証調書(添付図面を除く)については、原審手続は一応適法な証拠調が為されたものと謂はねばならない。然し、鑑定書は右検証期日に於て、各鑑定人に命ぜられた鑑定の経過並結果を後日、書面に作成して、右検証期日外に裁判所に提出された書面である。これは各鑑定書の受付日付が昭和廿六年三月七日(高原、前田各鑑定分)同年五月八日(山田鑑定分)と記るされてゐるに徴しても洵に明らかである。従つて、各鑑定書については、之が証拠調請求を為した者より之が証拠調を為すにつき相手方の同意、不同意を訊ね、同意を得た後初めて証拠調が為さるべきである。一歩を譲り、之が証拠証につき職権を以つて為す場合と雖も当然証拠能力を有する書面ではないのであるから、証拠調の決定に際し当事者の意見を聴くのみで足りるものではない。然るに、原審公判証書の記載によれば、右鑑定書については前示証人訊問証書、鑑定人訊問証書と共に、一括して職権を以つて、証拠調を為すべく訴訟関係人の意見(刑事訴訟規則第一九〇条)を聴き直に証拠調を為してゐるのであつて、刑事訴訟法第三二六条の同意の有無を確め、之が同意を得た形跡は認められない。而して、原審公判証書の前示記載は「証人鑑定人尋問並に検証について作成された調書並に鑑定人作成提出の鑑定書につき証拠調べをする旨告げ訴訟関係人の同意を得て、検証調書、鑑定人山田穰、同高原稔、同前田利武、証人増田精(以下証人氏名省略)に対する各尋問調書並に右鑑定人作成の鑑定書三通の各要旨を読み聞け検証調書添付図面は之を展示した」と記載されてゐるのであるから、「訴訟関係人の同意を得て」、とは明らかに、各要旨の読み聞け、図面の展示に懸つてゐるのであつて、刑事訴訟法第三二六条の同意を得た旨の記載ではない。本来証拠書類は之が朗読を為さねばならぬものであるが、当事者に異議なき場合に限りその要旨を告げるだけで足りると解されてゐる(判例は反対である。たとえ当事者に異議がなくとも朗読の省略は許されないし、各証人訊問の要旨を告げたに止る場合は適法な証拠調が行われたものとは為し難い、とされてゐる。而も、本件は昭和二七年二月一日から施行された刑事訴訟規則の一部を改正する規則施行前の事案である)従つて、原審に於ては、此の解釈に基き実務上の要請から訴訟関係人の同意を得て、各要旨を読み聞けたものと認められるのである。仍て、此点に於ても、法令違反を免れないのであるが、訴訟関係人の同意は文言上あくまで各要旨の読み聞けに懸るのであるから、刑事訴訟法第三二六条の同意とは解し難い。従つて、前示公判調書の記載に続く「検察官及び弁護人は夫々その請求部分の右調書及鑑定書を証拠に援用する」との公判調書の措辞と相俟つて、前示第三二六条の同意を得てゐないこと明らかであるから、右各鑑定書については刑事訴訟法第三二六条の同意を得てゐない限り同第三二一条第四項に従ひ、各鑑定人を公判期日に証人として尋問し、其の真正に作成されたものであることの供述を得なければならないにも拘らず原審記録中各鑑定人が爾後証人として尋問を受けた事跡は毫も認められない。従つて、右各鑑定書は証拠能力なき書面と謂ふの外はない。

(2) 検証調書 昭和廿六年五月二十六日原審第三回公判期日に於て証拠調の為されてゐる同年二月十五日及び翌十六日の検証について作成された検証調書も亦証拠能力なき書面と謂ふの外はない。何となれば、該検証調書の記載によれば「左二片坑道と接触する当時の左三片払に通ずる連卸を連卸と左二片坑道との交叉点より望めば、内部約五米位迄は落盤した石塊等が転がつているが空洞となつており、その奥は落盤又は充填によつて埋まつていて、本件爆発事故現場である当時の左三片払は検証することができない」と明示されてゐるのであつて、本件爆発現場に関する限り、右検証調書に添付された「右増田鉱長の予め用意してゐた同鉱備付の青写真(以下これを単に附図と略称す)六葉及び現場見取図(以下見取図と略称)二葉を本検証の結果を明確にする為調書末尾に添付する」附図並に見取図によつて、其の説明指示を明らかにしてゐるに止るのである。而して、原判決は右附図並に見取図によつて事実を認定してゐることは原判決判示の通りであるところ、右附図並に見取図については前示検証調書記載の通り、増田鉱長が予め用意していた同鉱備付の図面、と謂ふのみであつて、其の作成の年月日、作成者、作成の方法並に作成経過については何等の記載なきもの、或は年月日の記載があつても其の作成者並に作成の経過が分明でないもの等がある。而して、右各図面が刑事訴訟法第三二三条第二号又は第三号に該当する書面であるとすれば、只検証調書添付図面として一括検証調書に対する証拠調手続を以つて証拠調を為すべきものではない、検証調書は裁判官、検察官、弁護人、被告人並に各立会人立会の上にて検証した結果を調書として作成するのであるから刑事訴訟法第三二一条第二項により当然其の証拠能力を認められるのである。然し、同第三二三条第二号、第三号の規定により証拠能力を認められるものは、業務の通常の過程に於て作成された書面、又は特に信用すべき情況の下に作成された書面であることを必要とし此の制限の下に於て初めて証拠能力が認められるのである。従つて、前示図面並に見取図については夫々業務の通常の過程に於て作成された書面又は特に信用すべき情況の下に作成された書面であるか否かが調査されなければならないこと勿論であつて、裁判官が自ら為した検証について作成せられた検証調書に対して為すと同一の証拠調手続を以つて足るものではない。殊に見取図に至つてはメモに類する書面であるから其の作成者を証人として尋問するか又は刑事訴訟法第三二六条の同意がなければ証拠能力はないものと謂はねばならない。然るに、原審に於ては前示調査手続を為すことなく又作成者を証人として尋問した形跡もなく、前示第三二六条の同意を得てゐないことも(1) 記載の通りに洵に明らかである。之を要するに、右検証調書は本来の検証調書と検証の結果に基き作成せられたものでない別個の書面、換言すれば、其の証拠能力並に証拠調手続を夫々異にする書面との結合した書面であるに拘らず之を本来の検証調書であるとして、検証調書と同一の証拠調手続のみを履践したに過ぎないのであるから、本来の検証調書ではない部分については其の証拠能力は無いものと謂はねばならない、従つて、一括して検証調書なりと為す本件検証調書は其の証拠能力無きものと謂ふの外はない。況や、爆発現場に関する限り、検証はできなかつたのであるから、適法な証拠調手続が履践されていない図面、見取図によつて事実を推測認定することは到底許されない。

(3) 検察官原田友一作成の実況見分調書二通 右実況見分調書二通も亦証拠能力無き書面である。何となれば右見分調書はいづれも刑事訴訟法第三二一条第三項の書面であること明らかであるところ、該書面が証拠として提出された昭和廿五年五月二十六日第三回公判廷に於て、弁護人は之を証拠とすることに同意した旨の記載は認められない。即ち、該調書によれば「検察官は弁護人の同意済である、(一)検察官事務取扱副検事原田友一作成の実況見分調書二通(二)同清水谷の供述調書(三)同増田精の供述調書、の取調を請求し(中略)裁判官は弁護人に対し、検察官の右証拠調請求について意見を求めたところ弁護人は右請求については異議ないと述べた」とあるのみである。而して、刑事訴訟法第三二六条の同意は裁判所に対して為されることを必要とし、且此の同意は積極的に明示されることを要するものであることは既述の通りであるから、予め検察官に対し同意を為したのみで足りるものではない、と同時に之が証拠調につき積極的に異議がとなえられないからと云つて同意が得られたものと解すべきではない。原審公判調書の記載によれば、検察官より前示各調書の取調請求に併せて証人の尋問を求むる旨の請求が為され、之に対して裁判官は弁護人に対して意見を求めてゐるのであるから、この意見は明らかに刑事訴訟規則第一九〇条第二項の証拠調請求についての意見を求めてゐるのであり弁護人も亦同規則による意見を求めてゐるのであつて同法第三二六条の同意ではない。又弁護人の「右請求については異議ない」旨の陳述は同規則による意見でないとすれば刑事訴訟法第三〇九条の異議がない旨の陳述とは認められるが同法第三二六条の同意とは到底認め難いのである、従つて、前示実況見分調書二通は証拠能力なき書面と謂ふの外はない。

加之、右実況見分調書中、昭和廿五年十二月九日午後四時三十分から同八時迄為された分については、被疑者相馬鉄夫の外立会人として、天野清、増田豊吉、佐々木功、山口近一の氏名が記され、夫々立会人は現場に於て指示説明を為してゐるのであつて、右各立会人の供述部分が右見分調書に録取されてゐるのである。而して其の供述部分が必ずしも、其の供述を手がかりとして実況見分者が五感の作用により知覚し得る手段たる供述に止まつてゐるものではないから、此の部分は実質的に証言と同様の供述と謂ふの外はない。従つて、此部分は一般の供述調書としての証拠調手続を履践するのでなければ直に証拠資料とすることはできない。然るに、右立会人中、天野清、佐々木功、山口近一の三名については公判廷に於て証人として尋問された事跡は原審記録には存在しない。従つて、此の部分についても実況見分調書は証拠能力なきものであるに拘らず原判決は無条件に之を証拠として採用してゐる。之は採証法則違反と謂はねばならぬこと明らかである。

(4) 検察官作成の清水谷、増田精に対する各供述調書 右各供述調書もいづれも証拠能力はない。右各供述調書は刑事訴訟法第三二一条第一項第二号の所謂検察官の面前調書である。従つて、同法第三二一条第一項第二号後段に規定する所謂特別の情況が存することを要すること勿論である。而して、此の特別の情況の存否については検察官に何等の主張、釈明はなく裁判所も亦これが証明の有無の取調を為すことなく漫然と証拠として採用し証拠調を為してゐることは原審公判調書(第三回公判調書)記載の通りである。而して、右第三回公判調書によれば、右各供述調書は、弁護人の同意済であるものとして、之が証拠調請求が為されてゐるのであるが此の同意は刑事訴訟法第三二六条の同意換言すれば、証拠能力なき書面に対する証拠能力を附与する重要な訴訟行為であろから、予め検察官に対する同意のみでは足りないこと(1) (3) 縷述の通りである。従つて、同法第三二六条の同意がない限り同法第三二一条第一項第二号後段の特別の情況の存否を取調べない限り到底証拠として採用することができないものであることは明らかであらう。更に又清水谷の供述調書末尾添付の図面は、其の供述内容を詳細ならしめるメモ類似の図面たるは(2) に於ける見取図と同断である。従つて、此の図面が上述の手続のみで直に証拠能力を取得するに由ないこと(2) 記載の通りである。

(5) 検分調書添付のガス測定図 検察官作成に係る実況見分調書二通がいづれも証拠能力なき書面であることは(3) 縷述の通りであるが、更に、原判決に引用し弁護人の主張を排斥してゐる同検分調書添付のガス測定図なるものは存在しない。即ち、右見分調書を仔細に検討すれば、昭和廿五年十二月九日午後四時三十分より同八時迄為された現場(日鉄北松鉱業所鹿町炭鉱矢岳鉱坑内五尺層)の実況見分調書には図面三葉が添付されてゐるけれどもガス測定図は添付せられてゐないし又測量者たる清水谷も右実況見分に立会つた旨の記載はない。更に、同日午後一時より同三時まで為された耐爆型コールドリルCE-11(オーガー、電気ドリル)の実況見分についてもその調書には図面三葉、写真四葉の添付はあるが、ガス測定図は添付されてゐないし又該実況見分にガス測定者清水谷が立会つた旨の記載はない。従つて、原判決が弁護人の主張排斥の根拠として事実認定を為した証拠たる見分調書添付のガス測定図は存在しないこと明らかである。只、右ガス測定図と思料される図面は検察官原田友一作成の清水谷の供述調書(此の書面が証拠能力のない書面であることは(4) 記載の通り)末尾に添付された図面であることは昭和廿六年八月三十日第七回公判期日に於ける同証人の証言により推測されるのである。然し乍ら右各調書の記載によればいづれも右図面は証人又は供述者の供述を確める為に展示されたに止り、証拠書類、又は証拠物として公判廷に提出されたものではない。従つて、証拠書類又は証拠物に非ざるものを直ちに事実認定の資料として弁護人の主張を排斥するのは虚無の証拠による事実認定と同様採証法則の違反たるは免れない。仮りに、右図面が証人の証言を確実明細ならしめる為訴訟記録に編綴されたとしても、其の図面の内容はあくまで証言又は供述内容の一部を為すに止つて、図面自体が証拠となるものではない。之を証拠とする限り当然証拠調手続を履践するを要することは多言を俟たない。然るに、原判決は「鑑定人山田穰の鑑定と証人清水谷の証言並に検分調書添付のガス測定図によつて確認し得るし」と謳ひ、明らかに証拠書類として事実認定の資料としてゐるのであるから、証拠調手続を履践しない証拠書類を断罪の資料としたことは否めないのである。加之、右ガス測定図は証人清水谷の訊問調書、公判廷に於ける同人の証言を綜合するに同人の測定は十二月七日と翌八日の二回に亘つてゐるのみならず、前日の測定は精密検定でなく(第七回公判調書御参照)又図面上の誤記がある旨(同人訊問調書御参照)明らかに述べてゐるに拘らず、図面自体は十二月八日観測と記され両日の検定の結果を何等分別することなく一体として記入されてゐるのである。従つて、該図面の真憑力は極めて薄いものと謂はねばならない、斯る真憑力の稀薄な書面であり且又適法な証拠調が行われてゐない書面である以上、仮りに、原判決引用のガス測定図が本図面を指すものとしても到底証拠と為し難いことは洵に明白である。

以上(1) 乃至(5) はいづれも証拠能力なき書面であり適法な証拠調が履践せられてゐないのであるから、いづれも証拠として採用すべからざるものである。これ、原判決に採証法則の違反があり、此の法令違反は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、到底原判決は破毀を免れないと為す所以である。

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