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福岡高等裁判所 昭和26年(う)885号 判決 1952年1月28日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人田中実の陳述した控訴趣意は記録に編綴されている弁護人作元勝胤名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

同控訴趣意について、

論旨の主眼とするところは、日本電気産業労働組合(以下電産と略称する)と原判示電気供給を業とする十社の経営者を以て組織された電気事業経営者会議(以下経営者会議又は経営者側と略称する)との間に、昭和二十三年三月二十五日締結された仮協定は原判決が説示するごとく本協定と同一視すべきものでなく、本協定の成立に至るまでの暫定的取極めであつて、争議権抛棄の意思を伴う最終的なものでもなく、該協定成立により従来の争議は妥結したものでなく、依然として争議権は留保され、争議はなお継続していたのであるから、被告人の本件所為は電産の右争議権に基く組織的争議行為の一環としてなされた争議手段というべく、電気事業法違反罪としてはその違法性を阻却されるものであるとの趣旨に帰着する。しかし右仮協定の成立後同年八月二日電産が経営者側に対し要求書を提出し、更に同年九月十七日に政府からの強制調停の申請は中央労働委員会(以下中労委と略称する)により受理されたことが記録上明白であるので、被告人の本件所為が電産の具体的争議権に基く正当な争議行為であるか否かを究明するために、所論の(一)三月仮協定により電産の具体的争議権が消滅したか否かを考察するほか、進んで職権を以て(二)前示強制調停が受理されたことにより電産は更めて労働関係調整法所定の期間を経過しなければ争議行為をなし得ないか(三)被告人の判示のごとき電気の供給を停止した行為が争議行為として正当性の範囲を逸脱しないかの点を検討することとする。

本件記録及び原裁判所において取調べた証拠に徴すると、

(一)昭和二十三年三月二十五日締結された仮協定はその内容において、昭和二十三年四月乃至六月の平均基準賃金及び一月乃至三月の賃金支払について早急に必要とする暫定措置を取極め、七月以降の賃金改定についてはスライド制適用の原則を明示したのみでその具体的実施方法及びその他の重要問題については凡て当事者の将来の直接交渉もしくは中労委の斡旋を予定しておること、また右協定成立の経過において、電産が昭和二十一年九月以来賃金問題等三要求事項について開始した第一次争議の途上でも仮協定の成立をみたが、本協定に際しストライキの全面的解決が特段に確約されるまで闘争態勢を維持して事務ストを継続しており、右争議が一旦終了し、その具体的解決等について折衡が続けられ、昭和二十二年八月頃から第二次争議に入り、同年九月十九日電産から中労委に調停を申立た結果(右調停申立の日から法廷の期間を経過した同年十月二十日以降電産は直ちに争議行為に訴え得る権利を取得した)中労委が斡旋に乗り出し、右仮協定が成立するまでにも、中労委から第一次斡旋案で争議行為の全面的解決に努めるよう勧告をうけたとき及び第二次斡旋に際して争議行為の中止の条項を入れることを要望されたときも、電産はつねに組合の自主性にまつべきものと主張し、斡旋者もこれを明文に表示しないことの建前で進んできたこと、及び右協定成立当時の情勢が、電産の要求事項について容易に妥結に到達せず電産から停電ストを含む争議行為の準備が指令され、まさに地域的大停電ストに突入しようとした事態にあつたので、この危機を回避するため右仮協定の成立をみたことがいづれも認められ、これらの事実から推せば右協定は懸案の重要問題について将来の紛争解決の基本方針を定める暫定措置として妥結したものであり、このことは該協定書の前文の文意にも窺われるところで、右協定により第二次争議が全面的に終局的解決に到着したものとするに足りない。もつとも中労委の斡旋案を双方が受諾調印し、問題は一応中労委の手を離れて両当事者の直接交渉に移され、電産は争議行為を中止したことも明かであるが、右仮協定のごとく重要問題である賃金改定についてはその大綱の協定ができたものというを得ず、将来に解決さるべき紛争が残されている限り争議を全く解決する意思を表示したものとなし難く、争議が未だ解決するに至らぬ以上争議権を留保することは契約自由の原則から容認さるべきであつて、労働関係調整法第三十七条が公益事業に関する規定であるからというて、本件において調停手続中に中労委より提出された斡旋案を双方が受諾し、一応の妥結をみた限り、たとえ将来の解決に譲つた部分を含み、争議を全面的、終局的に解決するものでないとしても、電産が従来保有した争議権は自働的に消滅したものと看做すべきで、当事者の任意によりこれを存続せしめ得ないと解することは、具体的争議の現実から離れ、当事者の意思を無視するものであつて、到底是認するを得ないから、電産がその争議行為を中止したことは争議権を抛棄したものでなく、争議行為を打切つたものにもあらず、前に説明したような客観情勢に対して自発的に道義的且つ戦術的見地から争議行為を中止したものに過ぎないと見るべきである。従つて電産が保有した具体的争議権は右仮協定の成立により消滅せず、協定成立後もいつでも直ちに争議行為に訴える権利を有していたものといわねばならない。

(二)三月仮協定成立後電産は右協定の具体化につき経営者側と直接交渉に入つたが進渉せず、特に賃金問題に関しては該協定において七月以降の賃金改定に関し四月末までにその具体的細目を協議し成案を得ることを勧告されていたにも拘らず、経営者側は漸く七月に至りこの問題を採りあげながら電産の要求を拒否したため電産から同年八月二日に、三月協定の内容の実現を計るべく重ねて七月以降の賃銀スライド制に関する要求書を提出したところ、これをも拒否するがごとき協定不履行の態度を続けて来たので、電産はこの間の同年五月上旬全国大会において三月仮協定の内容を完全にたたかいとるため停電ストを含む実力を行使し、地域闘争の手段に出る方針を決定し、次いで六月中に中央執行委員会からスト戦術に入るべき旨の指令を発し、その態度は愈々硬化して八月中旬には各地で停電スト等が行われるに至り、事態は悪化の一途をたどるうちに、政府においてこれを憂慮し前記強制調停を申請したものであることが明らかであり、従つて前記八月二日の電産の要求は先の仮協定の内容と本質的に同一性を失うもので、別個の新な要求による新な争議とはいえず、もとより従来の争議の継続にほかならないから、前記強制調停の申請は、結局三月仮協定の内容の一部である賃金スライド制に関し当事者間に現に発生していた争議に関してなされたものということができるので、旧労働関係調整法第三十七条第一項但書の規定の趣旨からして電産が既に取得していた前に説示の具体的争議権に何等の影響をも及ぼしたものでないというべきである。この点について旧労働関係調整法のもとにおいても昭和二十四年法律第一七五号による改正の同法第三十七条第二項が規定するところと同様に、調停案の内容について紛争を生じた場合でも、これについて強制調停の申請があれば、新たに所定の冷却期間を経過しなければ争議行為をなし得ないとの議論を生ずる余地がないでもないが、右改正にかかる第三十七条第二項の規定は、該規定を設けることにより争議の終期に関して従来往々にして存した疑義を将来に向つて一掃する趣旨で規定されたものと解するのが相当であるから、その施行前に既に具体的争議の生じていた本件争議に、特別の規定の存しない以上、これを遡及して適用すべきものでないことは当然であるので、右の議論も正当ということはできない。

してみると電産は前記強制調停の申請があつたことにより更めて所定の冷却期間を経過しなければ争議行為をなし得ないとの拘束を受けるものでなく、従つて電産がその具体的争議権に基いて全国大会で決定した前に説明した地域闘争の方針による中央執行委員会の闘争指令並びに同福岡県支部の停電ストの指令に従つて行つた被告人の原判示所為は具体的争議権に基く争議行為であるといわねばならない。

(三)被告人の本件所為は、電産の具体的争議権に基く争議手段として中央闘争指令並びに同福岡県支部の指令に従つて行つたものであること前に説明したとおりであるのみならず、占領軍関係、保安電力関係の電力を停電の対象から除外し、電気機械等の破壊を防止し、その他一般公衆に対し不測の損害を及ぼさぬようとの事前予告の上なされたことが認められる。それで社会に及ぼす影響に対して充分考慮を払つていることが看取されるばかりでなく、本件のように発電用ボイラー罐の操作を停止することは、電気事業の特質からして時間的労務拒否と実質的に選ぶところはなく単純な労務拒否、又は職場放棄に比し、公衆に対する影響において寧ろ合理的であるとも考えられるし、また当時経営者側においては電力制限を強度に実施していたことも記録上明かであるので、原判示の被告人が発電用ボイラー罐の操作を一時間停止した行為が労働者の経済的要求貫徹のための争議手段として行われたものである限り、電気供給事業の公益性の故をもつて、正当な事由にもとづかないで電力の供給をしない場合にも、また企業経営の基幹をゆるがし、企業権を積極的に侵害した場合にも当らないのみならず、一般国民大衆に直接強度の打撃を与えたものとすることができない。従つて被告人の原判示所為は争議権の濫用に出たものでなく、争議行為として正当性を有するものと認めねばならない。

以上説示するとおり、被告人の本件所為は、電産の保有した具体的争議権に基いて展開された第二次争議に関連して、その目的達成のためなされたもので、正当な争議行為の範囲を出たものでないことが明白であるから、労働組合法第一条第二項により電気事業法第三十三条違反罪としては、その違法性を阻却され、罪とならないものというべく、原判決が被告人の本件行為について右の違法性阻却の原由たる事実の存在を否定したのは、結局事実の認定を誤り乃至は労働関係調整法第三十七条、第七条、労働組合法の諸規定の解釈適用を誤つたもので、右の違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は刑事訴訟法第三百九十七条に則り破棄を免れない。論旨は理由がある。

そして右の理由により原判決は破棄せらるべきものであるから、控訴趣意中その余の所論についての判断を省略し、刑事訴訟法第四百条但書により直ちに次のとおり判決する。

本件公訴事実は「被告人は日本発送電株式会社戸畑発電所汽機課運転係で、電産労組戸畑分会の執行委員長であるが、被告人等の所属する電産労組が従前より前記会社に対し、最低賃金制の確立等の要求交渉を続けていたところ、政府よりその強制調停を申請し昭和二十三年九月十七日これが中労委において受理されたので同日から所定の冷却期間を経過しなければならないにも拘らず、同年十月五日電産福岡県支部より同戸畑分会に対し発せられた前記要求事項の貫徹を期するため闘争手段として十月七日午前零時を期して停電ストを含む実力行使に突入せよとの指令に従い、同分会執行委員銅山繁美、成在潤等と相謀り、分会の各機関に諮つた上、十月九日午前十時から同十一時に至る一時間ボイラー一罐の操業停止を決議し、同日時戸畑発電所の従業員を指揮して、故なく発電設備である第一号ボイラーの操業を停止する電源ストを決行し、以つて右会社の電力供給を妨害したものである。」というにあるが、既に述べたとおりの理由により、被告人の所為は罪とならないものであるから、刑事訴訟法第三百三十六条により被告人に対し無罪の言渡をなすべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。(昭和二七年一月二八日福岡高等裁判所第一刑事部)

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