福岡高等裁判所 昭和26年(ナ)10号 判決
原告 中尾茂見 外一名
被告 熊本県選挙管理委員会
一、主 文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告等は「昭和二十六年四月二十三日執行の熊本県玉名郡横島村議会議員選挙における訴外島木藤男の当選の効力に関する訴願について被告が同年六月三十日なした裁決は、これを取消す。右選挙における原告中尾茂見の当選を確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、
その主張の要旨は、
原告中尾茂見は昭和二十六年四月二十三日執行の熊本県玉名郡横島村議会議員選挙に立候補し、得票数百十六票で最下位ではあつたが当選人と決定され、次点者は百十三票の訴外島木藤男であつた。ところが右訴外島木は横島村選挙管理委員会(以下単に村委員会という。)に対して当選の効力に関する異議の申立をなし、村委員会において同年五月十二日右申立却下の決定をなしたので、更らに被告委員会に訴願した。これに対し被告委員会は左記(一)(二)のような判定の結果を総合し「選挙会において決定した当選人中尾茂見の得票数百十六票は百十五票となり、落選人島木藤男の得票数百十三票は百十五票となる。従つて中尾茂見を当選人と決定したことは誤りで、村委員会が訴願人の異議申立に対してなした決定は不当である。」との理由を以つて「昭和二十六年五月十二日横島村選挙管理委員会が訴願人の本件異議申立に対してなした決定は、これを取消す。同年四月二十三日執行の横島村議会議員一般選挙において当選と決定された中尾茂見の当選を取消す。」との裁決をした。
(一) 当該選挙における無効投票中の「島本藤男」と記載された二票は訴願人島木藤男の得票として有効と解するのが至当である。
(二) 当選人中尾茂見の有効投票中その氏名の上下にかぎを附した一票は、明かに他事記載の投票として無効である。
しかしながら、本件裁決の基礎となつた右判定は違法である。すなわち、
(一) 右判定にいう「島本藤男」と記載された二票とあるのは「島本藤男」と記載された一票と「島本藤夫」と記載された一票との二票を指すのであるが、右二票の記載に類似する候補者は訴願人島木藤男の外に、島本義貞があり、この二票の中の「島本藤男」とある一票は、選挙人大佐古昭二が島本義貞に投票しようとしたのであつたが義貞の名が不明であつたので、急ぎ投票場の掲示を見たため、これを見損つて「島本藤男」と誤記したものであり、仮りにそうではないにしても、右二票は島木藤男及び島本義貞両候補者の何人を記載したものかを確認し難いものとして、無効でなければならない。
(二) 原告中尾茂見の氏名の上下に附されたかぎの記載は、開票当時には存しなかつたのであつて、それは開票後に加筆改ざんされたものである。仮りにそうではないにしても、右かぎの附記は、候補者の氏名の外に他事を記載したものに該当しない。従つてこの一票は原告中尾茂見の有効投票であるといわなければならない。
さすれば、横島村選挙会の決定が適法であつて被告委員会の裁決は違法であるから、右裁決の取消とともに、右選挙会の決定どおり原告中尾の当選の確認を求めるため、原告中尾は候補者として、又原告森は選挙人として本件出訴に及んだのである。(立証省略)
被告代表者は主文と同旨の判決を求め、その答弁の要旨は、
係争投票に関する点を除き、本件選挙より出訴に至る一連の経過的事項についての原告の主張事実は、これを認める。係争投票に関する原告の主張及び見解について、順次反駁する。
(一) 原告主張の二票の中、その一票に「島本藤男」とあり、他の一票に「島本藤夫」とある各記載は、候補者の一人である島本義貞に比べ、訴願人島木藤男に最も近似するので、島木の「木」を「本」、藤男の「男」を「夫」とそれぞれ誤記したものとみるのが相当である。
(二) 原告中尾茂見の氏名の上下に附されたかぎの記載が、開票後に加筆改ざんされたものとみられる根拠はなく、それは明かに他事記載に該当する。
さすれば、本件訴願に対し被告委員会が右と同旨の判定に基いてなした裁決は適法であつて、これと異る判定に基く選挙会の決定は違法であるから、原告の本訴請求は失当であるといわなければならない。(立証省略)
三、理 由
係争の三投票に関する点を除き、本件選挙より出訴に至る一連の経過的事項についての原告の主張事実は、いずれも被告の認めるところである。
以下係争の三投票について双方の主張及び見解を検討する。
(一) 後記(二)において判断する係争一票を除く二票の中、その一票に「島本藤男」とあり、他の一票に「島本藤夫」とある各記載は、訴願人島木藤男に最も近似するので、候補者の一人である島本義貞の「義貞」を「藤男」もしくは「藤夫」と誤記したものとみるより、前者の一票に関しては、訴願人の氏である島木の「木」を「本」と誤記したものとみるのが相当であり、又後者の一票に関しては、訴願人の名である藤男の「男」を「夫」と重ねて誤記したものとみるのが相当であるといわなければならない。けだし、「木」と「本」とは字形において近似するし、「男」と「夫」とは人名の場合の字音において同一であるからである。
なお原告は前者の「島本藤男」と記載された一票について「選挙人大佐古昭二においては右島本義貞に投票する意思であつたが、投票場の掲示を見損つて『義貞』を訴願人島木藤男の『藤男』と誤記したものである。」というけれども、投票が候補者の何人を記載したものであるかは、投票の記載自体について判定すべく、もつとも当時の一般情勢をも参酌することはあり得ても、無記名投票制度にあつては、特定の選挙人が候補者の何人に投票する意思であつたかなどということをせんさくし、又憶測することは、許されないことである。
さすれば、右係争の二票は訴願人島木藤男の有効投票といわなければならない。
(二) 前記(一)の二票を除く他の係争一票が、原告中尾茂見の氏名の上下にかぎを附したものであることは当事者間に争がなく、右係争の一票であることに争のない乙第一号証によれば、右かぎの附記は、その部位、形状及び筆勢等からいつて意識的な記載と認められる。証人石貫久民の証言によつては、右かぎの記載が開票後の加筆改ざんによるものであるとの事実を確認するに足りないし、他にはその証拠とてない。
さすれば、右係争の一票は候補者の氏名の外に他事を記載したものとして、無効投票といわなければならない。
以上の検討によつて導き出される結論は、原告中尾茂見と訴願人島木藤男は共に百十五票で得票数を同じうするから、右原告を当選人と定めた選挙会の決定は違法であつて、これを取消し、同原告の当選を無効とした被告委員会の裁決は適法であると断ぜざるを得ない。
よつて右裁決の違法を前提とする原告等の本訴請求は失当であるから民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して、主文のように判決する。
(裁判官 桑原国朝 中園原一 岡林次郎)