福岡高等裁判所 昭和26年(ネ)334号・昭26年(ネ)335号 判決
一審原告 稲葉操
一審被告 稲葉ノブ子
一、主 文
原判決中一審原告勝訴の部分を除きその余を取消す。
一審被告は一審原告に対し別紙<省略>第二物件目録記載の土地につき昭和二十年十二月七日附贈与に因る所有権移転登記手続をなせ。
一審被告の控訴はこれを棄却する。
訴訟費用は第一、二審共一審被告の負担とする。
二、事 実
一審原告訴訟代理人は「原判決中一審原告敗訴の部分を取消す。一審被告は一審原告に対し別紙第二物件目録記載の土地につき昭和二十年十二月七日附贈与に因る所有権移転登記手続をなせ、若し然らざるときは熊本県知事の許可手続を経て右所有権移転登記手続をなせ、一審被告の控訴は棄却する。訴訟費用は第一、二審共被告の負担とする。」との判決を求め、一審被告訴訟代理人は「原判決中一審原告勝訴の部分を取消す。一審原告の請求はこれを棄却する。一審原告の控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審共一審原告の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、すべて原判決事実摘示と同一であるからこれを引用することとする。<立証省略>
三、理 由
一審原告が一審被告の亡養母稲葉アキの亡夫稲葉岩太郎の甥稲葉森八の孫であること。右岩太郎は戸主であつたが右アキとの間に実子がなく、昭和二十年九月二十二日家督相続人なくして死亡したこと。右家督相続人選定のため稲葉森八、福永義彦、稲葉清人の三名が親族会員に選ばれ、親族会招集の結果、一審原告の妹三代子が相続人に選定せられ、家督相続届出をなしたこと。然るにアキは右家督相続人選定及び相続が違法であるとして御船区裁判所に右親族会員三名を相手方として自己を右家督相続人に選定すべき旨の人事調停の申立をなし、昭和二十年十二月七日の右調停期日において調停が成立したこと。及びその後該調停が認可せられ調停調書正本が送達せられたことはいずれも当事者間に争がない。よつて本件の主たる争点である右調停の内容について検討するのに成立に争のない甲第一号証及び原審証人稲葉森八、福永義彦、稲葉清人、吉田安、原審並びに当審証人本田清太の各証言を綜合すると前記調停期日においては結局(一)相手方たる前記親族会員三名は亡戸主稲葉岩太郎の家督相続人として申立人たるアキを選定すること。(二)アキは岩太郎の家督を相続した上その相続財産中別紙第一物件目録記載の山林及び、同第二物件目録記載の田地を岩太郎の形見分として一審原告に贈与すること、但し右田地については申立人アキ生存中は同人をして使用収益せしめること、(三)右相続財産の移転登記は申立人アキにおいて相続届出後速やかにこれをなすこと。(四)調停費用は各自弁のことという調停が成立したこと。右調停成立当日前記第一物件目録記載の山林の公簿面上の所在地番及び各筆の坪数等詳細が判然しなかつたので後日当事者より右地番面積等土地の表示を係書記に通知することとしたが、その翌日頃前記稲葉森八より右山林の表示の通知があつたので、係書記において調停調書を完成し、前認定の如く認可の上その正本の送達がなされたものであることを認定することができる。右認定に反する原審並びに当審証人亀山改蔵の証言(当審は第一、二回)及び稲葉アキ(訴訟承継前の一審被告)の本人尋問の結果は措信し難く、他にこれを左右するに足る資料は存しない。尤も当審証人原田正(第一、二回)の証言、成立に争のない乙第一号証、同第二号証の一、二、同第六号証を綜合すれば前記調停調書正本の送達後右調停に慊らなかつた申立人稲葉アキより訴外亀山改蔵を介して係書記に対し贈与せられた山林は前記第一物件目録記載のものでなく、中山村大字津留字北田四百九十四番の二山林一畝六歩実測約八畝の一筆である旨申出たので、係書記において右稲葉森八及びアキの代理人たる前記亀山改蔵両名の出頭を求めて事情を聴取したが、双方共自己の主張を固執して譲らないので、調停主任判事の指図に基いて右両名に対し話合を進めた結果、昭和二十一年二月上旬に至り(一)前記調停によりアキより一審原告に贈与せられた山林は前示中山村所在の山林一筆であることを森八において承認すること。(二)右アキはその代償として右の外に別紙第一物件目録記載の山林中の十八歩一筆を一審原告に贈与し、右山林についてはこれを調停調書に記載せず、双方の間において直接登記名義の書換をなすことの条項を以て妥協が成立したので、係書記において右両名の承諾を得た上前記調停調書原本中の山林の表示をその旨書き改め、更に右趣旨の正本を送達したことを認めることができるけれども、たとえ係判事の指示に基いたものであり、且調停当事者の一部の者の承諾があつたとしても係書記が調停調書原本の一部を書き換えることは固より許されないところであるから、これによつて前記調停の効力に何等の影響をも及ぼすものでないといわなければならない。
次に一審被告は右調停は法律行為の要素に錯誤があるから無効である旨抗弁するが、前認定の如くその目的物に錯誤があつたとは認められないのであるから、右抗弁は採用の余地がない。
一審被告は更に一審原告が右調停による贈与契約につき利益を受ける第三者として受益の意思表示をなさなかつたので、昭和二十三年三月二十五日右契約取消の意思表示をしたから一審原告には何等権利がない旨抗争するけれども、原審証人稲葉森八、当審証人ミツル事稲葉三鶴(第一、二回)の証言によれば当時一審原告の親権者父仁三郎は応召不在中で親権を行使し得なかつたので、右調停成立後間もなく母稲葉三鶴が親権者として稲葉森八に依頼し同人を介してアキに対し右贈与につき謝意を表すると共に受益の意思表示をなしたことを認め得るし、又その後更に本件訴状送達により一審原告はアキに対し右贈与につき受益の意思を表示したものと認むべきであるから右抗弁も理由がない。
而してアキが右調停の趣旨に従い岩太郎の家督相続人に選定せられ、その旨の相続届出をなしたこと、その後昭和二十一年一月十七日アキと一審被告との間に養子縁組が成立し、一審被告がアキの養女として入籍したこと、及び昭和二十四年五月十一日アキ死亡により一審被告がその相続をなしたことは当事者間に争がないので、一審被告に対し別紙第一物件目録記載の山林を引渡すと共に同物件につき相続登記をなした上昭和二十年十二月七日附贈与に因る所有権移転登記手続をなすこと及び別紙第二物件目録記載の田地につき同日附贈与に因る所有権移転登記手続の履行を求める一審原告の本訴請求は全部正当として認容すべきである。尤も右第二物件目録記載の農地につき無条件にこれが所有権移転登記を命ずることの可否については臨時農地等管理令、農地調整法等との関係上いささか疑義が存するので、この点について説明を加えることとする。本件調停の成立した昭和二十年十二月七日当時は農地の所有権を譲渡するについては臨時農地等管理令第七条の二により地方長官の許可を要するものとされていたが、右規定はいわゆる取締規定であつて効力規定ではないから、地方長官の許可を受くることなくしてなされた行為でも、その私法上の効力には消長がないものと解すべきであるし、又農地調整法の第二次改正法(昭和二十一年法律第四十二号)附則第二項の規定はその文言自体によつて明かな如く、農地所有権の移転契約等につき地方長官の許可を以て効力発生の要件となした農地調整法の第一次改正(昭和二十年法律第六十四号による改正、昭和二十一年二月一日より施行)以後に締結された契約について適用されるだけで、それ以前に成立した契約には適用がないものと解すべきであり、本件調停による贈与契約は右第一次改正前のものであることは前認定の通りであるから、右契約については登記及び引渡のいずれもが完了していなくとも同附則の適用がなく、従つて地方長官の許可を要しないものと解釈するのが相当である。さすれば以上いずれの点から観ても本件第二物件目録記載の農地に関する贈与契約はその効力を生じているものであるから、右契約に基いて所有権移転登記手続を求める請求は認容すべきものといわなければならない。
よつて右と一部趣旨を異にする原判決は失当であつて、一審原告の本件控訴は理由があり、一審被告の控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十六条第三百八十四条第九十六条第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 竹下利之右衛門 柳原幸雄 中園原一)