大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和26年(ラ)9号 決定 1953年10月02日

抗告人 申立人 木場カズ子 外一名

訴訟代理人 土橋岩雄

相手方 木場マツ

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の要旨は、

「原審判は、抗告人等の本件遺産分割の請求を却下した理由として、「申立人等(抗告人等)と、その父木場犬之助の養父木場藤吉との間の親族関係は、犬之助の離縁(昭和十七年六月八日)により消滅したから、抗告人等は藤吉(昭和二十三年二月十三日死亡)の遺産につき相続権あるものとはいえない」と判示しているのであつて、右判示は、新民法の解釈としては相当と考えられるが、本件は、旧民法時代より新民法時代までの間に生じた事柄であり、旧民法によれば、その第七百三十条第二項が示す如く、養子犬之助が離縁により養家を去つても、その直系卑属たる抗告人等が養家に留まる限り、養父藤吉と抗告人等間の親族関係は消滅しないのであるから、抗告人等は、依然藤吉の孫であり、従つて旧民法上、抗告人等は藤吉の遺産相続人として相続権を有しているのである。殊に本件においては、抗告人等に藤吉の遺産を相続させるため、犬之助は、離縁に際し、抗告人等を養家に残しておき、養家に対し、殊更従来の労力に対する報酬を求めなかつたばかりでなく養家の借財約四百円を負うて去つたのであつて、このような事情にある抗告人等が、新民法の下では、藤吉との間の親族関係が消滅したからといつて、同人の遺産に対し、何等の権利がないということは、旧民法時代に当事者の予期しない変更であり、このような権利の急激な変更は、個人の尊厳と公共の福祉竝びに信義誠実を原則とする新民法のよく忍ぶところではない。さればこそ、新民法は、その附則第四条に経過的規定を設け、新民法遡及の原則を掲げると共に、その但し書において「旧法及び応急措置法によつて生じた効力を妨げない」と規定しているのであつて、右但し書によれば、抗告人等と藤吉との間の親族関係及び抗告人等の相続権は、新民法時代の今日においても、その効力は保護されるものと解すべきであるから、抗告人等の藤吉の遺産に対する本件分割の請求は、正当というべきであり、これを排斥した原審判は失当たるを免れないと信ずるので、本件抗告に及ぶ。」というのである。

よつて記録について本件の事実関係を調べてみると、抗告人両名の父木場犬之助は、昭和十年九月九日相手方及びその夫木場藤吉の養子となり、昭和十六年六月二日木場ヤスと婚姻し、抗告人等は右犬之助夫婦の間に生れた子であること及び犬之助は、昭和十七年六月八日藤吉夫婦と協議上の離縁をなし、抗告人両名を養家に残して、妻ヤスと共に養家を去り、実家に復籍したこと竝びに藤吉は、昭和二十三年二月十三日死亡し、その配偶者である相手方において藤吉の遺産を相続したことが明かである。しかし応急措置法(昭和二十二年法律第七十四号日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律)施行前に養子が離縁した場合、その養子を通じて養親と親族関係にあつた養子の直系卑属と養親との間の親族関係は、新民法と同様の立場において法律上の制度としての家を廃止し、且つ親族関係に対する家の制約を否定した応急措置法の建前上、その直系卑属が養子離縁の際、養子と共に養家を去らなかつたとしても、同法律の施行と同時に当然消滅するものと解すべきであるから、本件において、抗告人等と藤吉との間の親族関係は、昭和二十二年五月三日応急措置法の施行と同時に終了したものという外はない。抗告人等は、旧民法第七百三十条第三項に基く抗告人等と藤吉との間の親族関係の存続は、新民法施行後においても、同法附則第四条但し書の規定により、その効力を妨げられない、と主張するけれども、右但し書の規定は、新民法の遡及効に対し、同法施行前の家族制度上認められた一定の身分関係に伴い、既に法律的に処理された事項の効力をくつがえすことによつて法律関係の安定を害することを防ぐ趣旨の制限規定であつて、新民法により否定された旧来の身分関係そのものの法律的効力を維持しようとするものではないから、抗告人等の前記主張は、理由がない。

そうだとすれば、抗告人等は、新民法施行後死亡した木場藤吉の遺産につき相続権を有しないこと明白であり、従つて藤吉の相続人たる前提の下に、同人の遺産の分割を求める本件請求は失当たるを免れないもので、これを却下した原審判は結局相当であるから、本件抗告を理由なきものとして、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 野田三夫 裁判官 川井立夫 裁判官 天野清治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例