福岡高等裁判所 昭和27年(ネ)622号 判決 1954年12月28日
控訴人 原告 小郷恵四郎
訴訟代理人 井上守三 外一名
被控訴人 被告 赤玉被服株式会社
訴訟代理人 押山弘 外一名
主文
原判決を取消す。
被控訴人は控訴人に対し金九十七万四千九百八十円及び之に対する昭和二十七年二月十三日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
本判決は控訴人において金二十万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。
事実
控訴代理人は、主文第一乃至第三項と同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、甲第五、六号証を提出し、当審証人小郷浩、中島広介、岡貢の各証言及び当審における控訴本人訊問の結果を援用し、被控訴代理人において、当審における被控訴会社代表者本人訊問の結果を援用し、甲第五、六号証の各成立を認めた外、原判決当該摘示と同一であるから、これを引用する。(但し原判決書三枚目表十行に「第二号」とあるは「第二、三号」の誤記と認めその旨訂正する。)
理由
被控訴会社が控訴人主張の日その主張の為替手形三通に引受をなしたことは当事者間に争がない。
ところで被控訴人は、右各手形は控訴人が被控訴会社の増資新株を引受け、被控訴会社に対する売掛代金債権を該株金払込債務に振替えることの代償として、被控訴会社において控訴人に金融を得しめるため引受をなしたいわゆる融通手形であつて、被控訴会社には該手形金を支払う義務はない旨抗争するので按ずるに、なるほど控訴人が被控訴人主張の日その主張のように、被控訴会社の増資新株二万四千八百株を引受け被控訴会社に対し有する繊維製品売掛代金の内金百二十四万円の債権を該株金払込債務に振替える旨の意思表示をなしたことは、控訴人もこれを認めて争わないところであるけれども、なお進んで本件手形が控訴人に金融を得しめるための単なる融通手形に過ぎないとの被控訴人の抗弁事実については、これに添う原審証人満生七郎(第一、二回)、前野幸太郎、堤高則の各証言及び原審(第一、二回)並に当審における被控訴会社代表者本人訊問の結果は後記各証拠と対比して措信し難く、被控訴人援用の乙第一号証の一、二、第二、三号証その他本件にあらわれたすべての証拠によつても未だ該事実を確認するに足りない。むしろ各成立に争のない甲第一乃至第六号証(第四号証は一、二)、右乙第一号証の一、二、第二号証に、原審証人小郷修、原審並に当審証人小郷浩、中島広介、当審証人岡貢の各証言及び原審(第一、二回)並に当審における控訴本人訊問の結果、前顕証人満生七郎、前野幸太郎、堤高則の各証言の一部及び被控訴会社代表者本人訊問の結果の一部並に本件弁論の全趣旨を綜合すれば、被控訴会社は繊維製品の販売等を営むものであるが、昭和二十六年四月頃から商品の価格が暴落したため、多額の欠損を生じ経営困難に陥つたので、負債の整理と資本の増加とにより経営の健全化を図るべく、その具体的方策として、取引先に対する債務の半額を現金で支払い残り半額については各債権者に対し該金額に相当する増資新株を引受けこれを株金払込債務に振替えることの承認を得ることとする会社更正案を樹立し、同年八月初頃事情を明示して右更生案につき各債権者の承認を得べく鋭意努めた結果、大部分の債権者はこれを了承するに至つたが、当時大口債権者の一人として総額金二百四十八万円余に達する商品売掛代金債権を有していた控訴人は、被控訴会社の右提案を容認しその代金債権の半額に相当する被控訴会社の増資新株を引受けるときは、多額の資本を固着せしめることとなり自己の営業に支障を来す虞があつたので、被控訴会社の該提案に応じかねる旨をもつてこれを拒絶したところ、同会社の代理人たる取締役満生七郎は、同月十二日重ねて控訴人に対し、被控訴会社が更生するためには控訴人において他の債権者に同調し前記提案を容認してもらう外に途はなく、若しそれができなければ被控訴会社は取引銀行から融資を受ける見込が立たず従つて債務半額に対する現金支払にも支障を生ずるに至るべき事情にあることを告げて、極力その承認を得ることに努め種々折衝を重ねた結果、双方間において(一)控訴人は被控訴会社において融資を得るため取引銀行に提示する方便として、表面上被控訴会社の増資新株二万四千八百株に対する株式申込証(甲第五号証)、株式引受証(乙第二号証)及び右増資新株引受によつて金百二十四万円を出資し、先に被控訴会社が売掛代金債務支払のため引受をなした為替手形金債権をもつて該出資金にあてる旨の契約書(乙第一号証の一、二)に捺印すること(二)但し当事者はこれによつて何等拘束を受けることなく従つて被控訴会社は、表面上右新株払込債務に振替えられた控訴人の売掛代金債権金百二十四万円については別途これを支払うこととし、その支払確保のため手形を交付すること等の了解が成立したので、これが実行として即日控訴人の代理人たる訴外小郷浩は、右満生の提示した前記各書類に捺印すると共に、これと引換に同人から被控訴会社の引受のある金額九十七万四千九百八十円(前掲金百二十四万円の売掛代金債権の内金に当る。)の為替手形一通を受領したところ、その後満生は同月十七日に至り、被控訴会社の支払の都合があるとして右為替手形一通を改めて各満期を異にする本件為替手形三通に書替えて、これを控訴人の代理人たる訴外中島広介、小郷浩に交付したものであることを窺知するに十分である。
してみれば、本件売掛代金債権を前記増資新株の引受株式の株金払込債務へ振替える旨の意思表示は、控訴人と被控訴会社との通謀による虚偽表示と認めるべきであるから、本来無効であつて、当事者を拘束するものではないと解すべきである。そして、仮に被控訴人主張の如く、たとえ、控訴人において、商法の規定上非真意表示乃至通謀虚偽表示たることを理由として、前記増資新株の引受の無効であることを主張し得ないとしても、株式の引受と売掛代金債権を該引受株式の株金払込債務に振替えるということとは観念上はもともと別個のものであつて両者が不可分の一体をなすものではないのは勿論、本件の場合に前者の無効を主張し得ない場合には後者についてもこれを無効としない旨の当事者の意思であつたとも到底認め難いので、後者の意思表示は依然無効たることに変りはないものというべく従つて控訴人の前記売掛代金百二十四万円の債権はこれがために消滅するものではないから、被控訴会社はその内金九十七万四千九百八十円の支払のため引受けた本件為替手形金の支払義務があるものといわなければならない。
(其の他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 野田三夫 判事 中村平四郎 判事 天野清治)