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福岡高等裁判所 昭和28年(う)1062号 判決 1953年8月21日

控訴人 被告人 野口林太郎

弁護人 北川定務

検察官 宮井親造

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人北川定務の控訴趣意は記録に編綴されている同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

同控訴趣意第一について、

原審各公判調書の記載によれば原審証人中島辰治枝吉仲夫は被告人等と自宅の庭先で話した旨を原審証人徳馬嘉蔵は自宅は道路端であるが被告人等は道路から話した旨を原審証人鶴忠次、溝口正躬は自分等宅の小屋の処で被告人等と話した旨を夫々証言していることは所論主張のとおりである。ところで公職選挙法第百三十八条第一項に所謂戸別訪問は投票を得若くは得しめ又は得しめない目的を以て連続して二個以上の選挙人を其の居宅に訪問する場合であるけれども右戸別訪問たるには必ずしも被訪問者某の居宅につきこれを訪う場合に限らずいやしくも社会通念上何某方であると認められる個所例えば何某方の庭先、居宅外の小屋、事務所勤務先等を訪問した場合をも包含するものと解すべきところ原判決引用の証拠によれば被告人は北川操と共謀の上昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に際し佐賀県より立候補した北川定務に当選を得しめる目的を以て昭和二十七年九月三十日頃同県佐賀郡兵庫村選挙人を順次訪ね先ず中島辰治、枝吉仲夫についてはその各庭先徳馬嘉蔵についてはその居宅の接する道路端鶴忠次、溝口正躬についてはその自宅外の同人等所有の小屋の前において夫々同候補によろしく頼む旨挨拶をなした事実が明白である。従つて原審が原判示事実を認定し公職選挙法第百三十八条第一項第二百三十九条第三号を適用したのは相当である。もつとも所論引用の原審証人江川多八、飯盛徳太郎については原審公判調書によれば弁護人主張の如く前者は田圃よりの帰途後者は兵庫村農業協同組合において夫々被告人等に出合つたものであつてこれを目して公職選挙法に所謂個別訪問とは認め難いのであるが原判示事実は唯………中島辰治外数名………と記載しているのに止まるのみならず原判決に右につき事実の誤認があつたとしても該誤認は包括一罪の一部の誤認に過ぎず従つて右は判決に影響を及ぼすものではない論旨は採用しない。

同控訴趣意第二について、

しかし、本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われた被告人の性格、年齢、境遇、並びに本件犯罪の動機、態様その他諸般の情状及び犯罪後の情況等を考究しなお所論の情状を参酌しても原審の被告人に対する刑の選定はまことに相当で、これを不当とする事由を発見することができないので、論旨は採用することができない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に従い、本件控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下川久市 裁判官 青木亮忠 裁判官 鈴木進)

弁護人北川定務の控訴趣意

第一、原審判決は法令の適用に誤があつて明かに判決に影響を及ぼす場合に該当する

原判決は被告人は中島辰治外数名宅を順次訪ねて宜しく頼む旨挨拶を為し戸別訪問を為したと認定し其の証拠として右中島辰治外数名の証言を採用して居る即ち原審第二回公判の際証人中島辰治は「被告人が私宅に来た………ことがあるそれは昭和二十七年九月三十日と思ふ被告人は女の人一人を連れて私の家に来た恰度私は庭先で推肥を積んで居たので被告人等は家の中には行かず私の居る戸外の庭先で話した」旨の供述を為し徳馬嘉蔵は同第二回公判の際「たしか九月三十日と思ふ当日私宅は家葺をして居た私は屋根に登つて居たところ被告人と見知らぬ女がやつて来て道路から私に向ひ北川候補によろしく頼むと云つた私の家は道路端である」旨の供述を為し江川多八は「私が田圃からの帰途被告人が自転車を押して女の人と共に来て居るのに会ひました女の人は誰か知りませんでしたが何も言はなかつた被告人は北川候補をよろしく頼むと言つた」旨証言し同第二回公判期日に於て証人飯盛徳太郎は「昨年九月三十日と思ふ私が兵庫村農協に居た所外から飯盛さんと呼ばれ事務所外に出て見ると被告人と見知らぬ女の人が立つて居り云々」と証言も同第二回公判の際枝吉仲夫は「たしか選挙日の十日位前であつたと思ふ被告人が見知らぬ女の人を連れて来た話した場所は道路端で証人宅の庭先であつた」旨の供述同じく第二回公判の際証人鶴忠次は「昨年九月下旬であつた被告人は見知らぬ女の人を連れて証人宅の前にある小屋の所までやつて来て選挙の時はよろしく頼むと云つた被告人の姿を見たので私は出て行き立話をした」旨の供述及び同第二回公判の際証人溝口正躬は「昨年九月頃選挙の事で被告人が証人方に来たことがある私は道路から二十米離れた私宅の小屋に居ると被告人は女の人を連れて小屋の前まで来た小屋の前で私に今回の選挙は北川候補によろしく頼む」旨の各供述を為して居り更に被告人も又第一回公判の際被告事件に対する陳述として「控訴事実は事実と相違して居ます私は北川候補の奥さんである北川操を自転車の荷台に乗せて控訴事実掲記の人々の家を訪問した事はありますが屋内には入りませんでしたと」陳供述として居る而して各証人の証言や被告人の陳述の如く被告人は何れも証人方の屋外又は道路端に於て北川候補をよろしく頼む旨の依頼を為して居るものであつて之等の点を綜合すれば被告人が他人の邸内や居宅に這入つて居らない事は極めて明白である然るに被告人の該行為は公職選挙法第百三十八条第一項の戸別訪問に該当するものと判示して居るが明かに戸別訪問の解釈を誤つて適用したものである思ふに公職選挙法が戸別訪問を禁止したる所以のものは選挙運動者が他人の邸宅や居宅に立入つて選挙運動を為す時は秘密裡に買収饗応等の悪質の選挙違反行為を誘発助長し延いては選挙の公正を害するので之を禁止せんとするに外ならないものであつて戸別訪問が電話による投票の依頼や箇々面接の行為や挨拶の行為と区別せられる所以である而して本件の如く他人の邸宅や居宅内に立入らず屋外に於て為したる選挙運動の行為は所謂戸別訪問とは截然区別せられねばならない然るに原審裁判所は罪と為らざる事実を戸別訪問として問擬したるは明かに法律の解釈を誤つたもので破棄を免れないものと信ずる

第二、刑の量定不当なものと思料する

仮に百歩を譲つて本件が戸別訪問に該当するとしても被告人は当二十五年の前途有為の青年であり本件所為は何れも他人の邸宅外又は道路端に於て選挙運動を為したものであつて選挙の公正を著しく害したものでなく軽微なものと謂ふべきである殊に本件被告人と共犯関係にある北川操に対しては昭和二十八年一月十三日佐賀簡易裁判所は略式命令で罰金五千円但し一年間刑の執行猶予の寛大なる言渡を為して居るので同共犯者と本件被告人に対する原審判決とは刑罰の権衡上被告人に対しても又右共犯者同様の寛大なる判決を言渡さるべきものと思料せられる

以上の理由で原判決は破棄を免れざるものと思料致します

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