福岡高等裁判所 昭和28年(う)1143号 判決 1953年6月30日
控訴人 原審検察官 西春英夫
被告人 百武寿八 外二名 弁護人 安田幹太
検察官 安田道直
主文
被告人等の本件控訴はいづれもこれを棄却する。
原判決中被告人百武寿八に関する部分を破棄する。
被告人百武寿八を罰金拾万円に処する。
右の罰金を完納することができないときは金二百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
原審における訴訟費用は同被告人と原審相被告人等との負担とする。
理由
被告人等の弁護人安田幹太の控訴趣意及び検察官の控訴趣意は、記録に編綴されている同弁護人名義並びに佐賀地方検察庁検察官西春英夫名義の各控訴趣意書に記載のとおりであるから、いずれもこれをここに引用する。
弁護人安田幹太の控訴趣意第一点(法令適用の誤)について、
公職選挙に立候補の意思ある者の日常の準備的活動が、常に公職選挙法に禁止せられた所謂事前選挙運動に該当するものとはなし得ず、従つて公職の選挙に立候補を意図する者の為に、少数の近親者、知友が集り、限られた少数の同志に呼びかけて所謂後援会を組織して、その支持、宣伝をする活動は、日常の政治活動として、公職選挙法の取締りの対象とならないのが通例であること所論のとおりであるとしても、それが叙上の程度を逸脱し、広範囲の多数の有権者に呼びかけるものであり、その手段、方法において、諸々の観点からして現実の選挙運動と何等選ぶところなく、しかも、一般世人の間に国会の解散が近い将来に行われ、総選挙が施行されることがほぼ確定的に予想される時期において、該選挙に立候補を意図する特定人のためにその当選を得るにつき必要且つ有利な行為と見られる限り、も早や一般に公認された後援会活動又は通例の立候補準備活動と見るべきではなく、特定選挙を志向する事前選挙運動としてこれを取締ることが選挙の自由と公正を確保しようとする同法の立法の趣旨に合致するものと解すべきである。ところで、本件において、衆議院の解散による総選挙は昭和二十七年十月一日施行されたのであるが、わが国と多数連合国との間に講和条約が調印された直後の同年初頭においてすでに、該条約の実施という新しい事態に対応するため、成るべく速に衆議院を解散し総選挙が行われるべきであるとの議論が世上に現われ、昭和二十七年度の予算成立を機会に、少くとも同年四、五月頃には衆議院を解散し、総選挙が行われるものとの観測が政界における大勢であり、国民一般にもしばしばの内閣総理大臣の言明にも拘らず昭和二十八年一月の議員任期一杯内閣が継続するものとは信じられていなかつたところであるが、講和条約の発効後に至つては政府の諸施策殊に講和条約、日米安全保障条約の実施をめぐる諸問題に関連して、野党の内閣不信任案提出の動き等その攻撃は一段と加わり、政府の与党たる自由党の内訌も漸く表面化し、かくてわが国会内外の諸情勢は漸次内閣の更迭、又は政界再編成の気運を醸成し次回の選挙を目ざす者の動きは愈々活溌となつて来たので、大多数の国民において遅くとも同年秋頃迄には国会の解散は避け難いものと予想していたことは裁判所に顕著な事実であるのみか、被告人百武寿八の司法警察員津野栄に対する第一回供述調書及び副検事井手近六同江頭善吾に対する各供述調書の記載によつても推認されるところであつて、昭和二十七年五月頃において、近い将来に国会解散による衆議院議員総選挙が行われるであろうことは、国民多数の間に現実的にほぼ確定した予想であつたものと認め得られ、その後行われた解散が抜打的であつたとの見解もないではないが、右は政府の解散に対する態度を批判したものであるに止まり、右認定を否定する資料とはなし得ない。
そして原判決が挙示する証拠に徴すると、判示大坪保雄が同年五月頃既に右のごとく予想される総選挙に佐賀県から立候補する意思を有していたことは明白である上に、被告人百武寿八は右大坪保雄のために、同人の小学校同窓生等により発起され、同年一月頃結成された後援会の会長に就任して以来同後援会の拡大に奔走し、同年三月下旬頃曾て海軍在勤中同被告人から恩義を蒙つた白武一に対し、同郡白石町方面における後援会の結成を依頼し、また同年六月頃旧知の梶原次郎に対し同郡橋下村において、大坪保雄のため地盤を獲得することを依頼し、さらに同年七月頃白武同様に恩義を蒙つた吉野政雄に対し、大坪保雄の為協力方を依頼し同年五月十九日頃から同年八月中旬頃に亘つて、同人等をして、または同人等と共同して、同村の選挙権者森清八外多数人を招待して饗応し、又はそのため金員を供与したもので、それ等の席に招待された選挙人等はいずれも大坪保雄及び百武寿八とは親族、友人等の縁故関係がないのは勿論面識さえもなかつたし、同人等に対しては、大坪後援会組織のことについては触れることなく、唯近く衆議院が解散となつたら、大坪保雄が立候補するから、その節はよろしく頼むとの趣旨の挨拶がなされて判示のような酒食の饗応があつたことが明かである。してみると、被告人等はいづれも、次回の総選挙に立候補を意図する大坪保雄のため、同人の後援会を作つて、その活動方針を協議するべく少数の近親者のみを集めたその席上で、儀礼的に酒食を提供したものではなく、近い将来に行われることが予想された特定の選挙を目標として、少数の特定人以外の一般有権者を対象としてなされた選挙運動と見るのが至当であり、すなわち右選挙に際し、大坪保雄のため選挙権を有する者に対し、投票並びに選挙運動を依頼し、その報酬として金員を供与し又は酒食を饗応したものであるといわざるを得ないのであつて、所論のように、被告人等の所為が後援会結成の名のもと且つ現実の総選挙に先だつこと六ケ月に近い時期においてなされたということにより、一概に選挙運動に該当しないと論定するは当を得ない。されば原審が、以上と同趣旨の事実を認定し、被告人等の所為を事前選挙運動に該当するものとして公職選挙法第二百二十一条第一項第一号又は第四号ともに第二百三十九条第一号、第百二十九条をも適用処断したことはまことに相当であつて、原判決には所論のような違法はなく、論旨は理由がない。
弁護人安田幹太の控訴趣意(量刑不当)について、
しかし本件記録及び原裁判所において取調べた証拠に現われた本件の主観的並びに客観的諸事情を考究し、なお所論の情状を参酌しても、原審の被告人等に対する刑の量定が重きに過ぎ科刑が不当であるとする事由を発見することはできないので、論旨は採用することはできない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り、被告人等の本件控訴はいずれもこれを棄却すべきものとする。
検察官の控訴趣意(被告人百武寿八関係)について、
よつて本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われた事実並びにその他の情状に照すと、原審の同被告人に対する科刑はいささか軽きに過ぎ、量刑が不当であると認められるので、同被告人に対する原判決は刑事訴訟法第三百九十七条により破棄を免れない。論旨は理由がある。
そして当裁判所は本件記録及び原裁判所において取調べた証拠によつて、直ちに判決をすることができるものと認められるので原判決を破棄した上、刑事訴訟法第四百条但書に従い更に判決をすることとする。
そこで、原判決が同被告人関係において確定した事実(原判示第一の(一)、(二)、(三)、(四)及び第四)に法令を適用すると、被告人の原判示各所為は、公職選挙法第二百二十一条第一項第一号と同時に、第二百三十九条第一号、第百二十九条及び罰金等臨時措置法第二条(但し以上のほか判示第一の(三)及び第四については、刑法第六十条)に該当し、以上は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段、第十条に則り最も重い供与、饗応の罪の刑を以て処断することとし、その所定刑中いずれも罰金刑を選択すべきところ、右は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十八条第一項により、各罪につき定めた罰金の合算額の範囲内において同被告人を主文の刑に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法第十八条を適用し金弐百五拾円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項に従い、被告人をして、原審相被告人等とともに負担させることとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)