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福岡高等裁判所 昭和28年(う)2065号 判決 1953年12月24日

控訴人 検察官 松尾一次

被告人 金成秀 弁護人 古川毅

検察官 納富恒憲

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金拾万円に処する。

右の罰金は仮に納付しなければならない。

右の罰金を完納することができないときは金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収されている別紙目録記載の物件はこれを没収する。原審において、証人大浦正二、同小林伝吉、同黒岩栄親、同半田繁筆、同李東珠、同山本成吉(差戻前)並びに証人半田繁筆(差戻後)に各支給した分及び当審において生じた訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

検察官の控訴趣意は、記録に編綴されている長崎地方検察庁厳原支部検察官松尾一次名義の控訴趣意書記載のとおりであり、弁護人三橋毅一の陳述した答弁は弁護人古川毅提出の答弁書に記載のとおりであるからいづれもこれを引用する。

同控訴趣意(事実誤認)について、

よつて記録及び原裁判所において取調べた証拠に徴すると、被告人が本件起訴状に記載の日時に、かねて大阪市において入手した起訴状添付目録の記載の貨物を大阪駅から博多駅迄鉄道便で輸送し、さらにこれを博多、厳原間の連絡船で長崎県上県郡琴村に送付したことは明かであるが、被告人が該貨物を右のごとく琴村まで輸送した目的が奈辺にあるかについては、被告人の司法警察員に対する第一回供述調書及び検察官事務取扱検察事務官作成の被告人の弁解録取書中に、該貨物を朝鮮に密輸する目的で送付したものであるとの趣旨の自白を内容とする供述があるほか、直接の証拠が存しないごとく見えること原判決に説示のとおりである。しかし記録を精査するに、原裁判所において取調べた証拠のうち、捜索差押調書(貨物二個の分)関税法違反物件の引継についてと題する書面の各記載や、差戻前の原審第三回公判調書中証人大浦正二、同黒岩栄次の各供述記載の一部並びに証人半田繁筆の供述記載と差戻後の原審第三回公判調書中半田繁筆の供述記載のほか、半田かね名義の金城宛封書の存在並びにその記載を併せて検討すれば、これを以て前記被告人の自白を補強する証拠となし得べく、起訴状に記載のごとき密輸出の目的の存在を肯認することができる。もつとも前記封書については、これを証拠とすることについて、被告人の同意がなく、原審において、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号の書面としてその取調がなされていることが記録上明かであるとはいえ、本件において該封書が証拠として使用された意味内容を考察するに、その存在又は状態が証拠となつているのみでなく、その記載の意義も証拠となつているものと見られるけれども、該文書はそれに記載された事実の証拠として用いられたもの、すなわち記載された供述内容の真実性の証拠に供せられたものでなく、その内容の真偽と一応無関係に、その供述がなされたこと自体が要証事実となつているのであつて、換言すると、単に琴村方面における海上保安部の警備状況に関して、大阪市に滞在の金城宛に、該手紙か発送されたこと且つこれを被告人が逮捕された当時所持していたことの情況証拠とされたものであることが記録上推認されるところであり、しかもその作成の真正に関しては、前記各公判調書中証人半田繁筆の供述記載により真実右半田繁筆から郵便官署スタンプの日付に被告人宛に発信されたものであることが証明されていることを認めるに足りる。それで、該封書は所謂伝聞証拠と異り、証拠能力を有する書面として、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号所定の要件を充足すると否とにかかわりなく、これを証拠として採用し得るものといわねばならない。然し伝聞証拠及び書証の証拠能力が否定される所以は、反対尋問の吟味を受けない供述は真実性が乏しいという点にあるのであつて、それはその供述内容の真実性の証明に供する場合、すなわち原供述者の直接に知覚した事実が要証事実である場合にのみ、これを証拠として使用することができないことを意味するに止まり、あらゆる伝聞供述を含むものではないと解すべきであり、従つて本件封書は前に説示のごとき意味において証拠に供されている以上、これを刑事訴訟法第三百二十条に規定する伝聞法則の適用を受ける証拠書類に該当しないということができるからである。

而して記録を精査しても、前示認定の妨げとなる証拠を発見することができず、当裁判所の事実取調の結果によつても右認定に消長を来たさないので、被告人は本件貨物を朝鮮に密輸出する目的を以て、前示のごとく輸送し、以て密輸出の予備をなしたとの公訴事実を認定するに充分であること所論のとおりであり、弁護人の答弁として主張するところには賛同し得ない。それ故原審が右に説示するところと見解を異にし、本件犯罪の証明がないものと認定したのは、ひつきようその事実の認定を誤つたことに帰着し、右の誤りは判決に影響を及ぼすこと明かである故、原判決は到底破棄を免れない。論旨は理由がある。

そして当裁判所は本件記録及び原裁判所において取調べた証拠により直ちに判決をすることができると認められるので、刑事訴訟法第三百九十七条に則り原判決を破棄した上、同法第四百条但書に則り更に裁判をすることとする。

そこで当裁判所の認定した事実、これを認めた証拠は次のとおりである。

(事実)

被告人は税関の免許を受けないで、朝鮮に輸出する目的を以て、昭和二十七年一月二十三日頃かねて大阪において入手した目録記載の貨物を大阪駅から鉄道便で博多駅迄送付し、次いで同月二十五日頃博多、厳原間の連絡船で上県郡琴村にこれを予送するとともに、自らも同日同船にて帰島し、以て密輸出の予備をなしたものである。

(証拠)

一、被告人の司法警察員に対する第一回供述調書並びに検察事務取扱検察事務官作成の被告人の弁解録取書の各記載

一、捜索差押調書(貨物二個分)の記載

一、関税法違反物件の引継についてと題する書面(厳原海上保安部長作成)の記載

一。差戻前の原審第三回公判調書中半田繁筆、同大浦正二、同黒岩栄親、同小林伝吉の各供述記載(各その一部)

一、差戻後の原審第三回公判調書中証人半田繁筆の供述並びに被告人の供述の各記載

一、検第十九号の半田かね名義の金城宛封書の存在並びに記載

法律に照すと、被告人の判示所為は関税法第七十六条第二項、罰金等臨時措置法第二条に該当するので、その所定刑期中罰金刑を選択し、所定金額範囲において被告人を主文の刑に処し、刑事訴訟法第三百四十八条に則り被告人に対し、右の罰金を仮りに納付することを命ずることとし、刑法第十八条を適用し右の罰金を完納することができないときは一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、押収されている目録記載の物件は本件犯罪に係る貨物であり、被告人の所有にかかるから、関税法第八十三条第一項に則りこれを没収することとし、原審並びに当審において生じた訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項に従い、主文掲記のとおり被告人をして負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

別紙目録<省略>

検察官の控訴趣意

原審無罪の判決は事実の誤認があつてその誤認か判決に影響を及ぼすこと明らかである。即ち

(一)原審判決は公訴事実につき「別表記載の物件は被告人が大阪で購入して昭和二十七年一月二十日頃大阪駅から博多駅止で発送し更に同月二十五日頃これを上県郡琴村金珠秀(被告人)宛に送付したものであることは被告人に対する司法警察員の第一回供述調書検察官事務取扱検察事務官の弁解録取書及び捜索差押調書(財部回漕店で差押えた貨物二個分)並に関税法違反物件の引継についてと題する書面の各記載に徴して認め得られるのであるが、之を朝鮮に密輸出する目的で送付したものである事実は前記司法警察員の供述調書又は検察事務取扱検察事務官の弁解録取書に記載されている被告人の自白以外に証拠として認むるに足るものは存在せず結局犯罪の証明がないことに帰するから刑事訴訟法第三百三十六条に則つて無罪の言渡をした」と判示している。刑事訴訟法は所謂自由心証主義を採用しているのであるが、このことは証拠力を裁判官の良識と叡知を基礎とし刑事訴訟法第一条の目的に沿うて自由な判断に委ねられているのであつて不当な専断を容認するものではない。

判定の結論は被告人の自白はあるが他に証拠がないから事実認定の証明がないことに帰するというに在るものと窺われるが、右自白の外に本件の物件の存在並に輸送事実が存するのであるから補強証拠に欠くるところはない。しかもこのことを判決理由中に物件を大阪より送付した事実ありと認定して置きなから他に証拠は存在せずと論結することは不合理、非論理であり単に被告人の公判廷における弁解を鵜呑みにしたに過ぎないことに相成る。この様なものの見方に立てば現行刑事訴訟法の下において否認するものは悉く無罪とされることになり到底承服することは出来ない。

この事が既に採証の方法と判断に誤謬があつて事実の誤認を来していると思われる。

(二)更に被告人において本件の物件を朝鮮に密輸出する目的であつたことは、(イ)検察官事務取扱検察事務官作成の供述調書中被告人の「朝鮮の母のところに密輸出する目的で大阪から買つて持参した」との供述記載、(ロ)被告人所持の米田カネより被告人宛の手紙(証第一号)に「いろは旅館に居られた二人のお方(海上保安官のこと)は尚滞留している。琴村は空気が惡いので十五日ばかりは荷物は送られません。云々空気が惡い故ゆつくり御帰りなさい。荷物は博多にタメテ(溜めて)置かねば空気かよくなり次第発送の間に合はぬ故その積りで御取計いなさい」との記載があり右手紙を被告人が所持していた事実、(ハ)公判における証人米田繁筆の供述中「金成秀(被告人)より大阪から荷物を送ろうと思つているが琴の「いろは」旅館には海上保安部の者は未だいるか、琴方面の警備状態を知らしてくれとの電話かあつたので右の手紙を自分が書いて出した。差出人を母米田カネ名儀にしたのは証人方の家業である回漕店が母名儀で経営されているのでその名儀を使用したのである。金成秀が警備状況を問合したのは荷物を琴まで持つて来てから朝鮮に持つて行く目的であつたと思ふ」とある点、(ニ)本件の物件が僻陬の琴村で消費せられるものと推認すべき物資ではないことは対馬を管轄する長崎地方裁判所厳原支部なる裁判所をして容易に認定でき得る公知の事実ともいうべきである。等を彼是綜合すれば証明十分である。而して右物件を大阪より琴村迄遠路運搬し国外輸出の準備を為したことは関税法第七十二条第二項の予備を為したることは明らかである。

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