福岡高等裁判所 昭和28年(う)2971号・昭28年(う)2972号 判決
よつて記録を調査するに、本件において昭和二十八年十月十五日の原審第九回公判期日に、主任弁護人小山清彦は、原裁判所の裁判官三名に不公平な裁判をする虞があることを理由として、忌避の申立をなし、同裁判所において、該申立は訴訟を遅延させる目的のみでなされたことが明かであるとして、直ちに却下の決定がなされたところ、該決定に対し同月十六日即時抗告の申立をなし、福岡高等裁判所第四刑事部において、同月三十日右即時抗告を棄却する旨の決定があり、該決定謄本は十一月五日送達されたが、その間原審は公判を開廷して審理を行い、十一月二日本件の判決を宣告していることが明かである。論旨は、忌避申立事件の繋属中に、忌避された裁判官が引続き審理、判決をなすことは、その裁判官の審理を拒否することによつて、公平な裁判所の裁判を受ける被告人の憲法に基く権利を保障するために設けられた忌避制度の趣旨に反するのみでなく、抗告審において忌避申立が理由ありと決定された場合に、該申立後になされた審理及び裁判を遡及的に無効に帰せしめる事態を生ずることとなり、かゝる危険を敢て冒すことは正当視し得ないので、刑事訴訟法第四百二十五条、同規則第十一条の解釈上当然に、即時抗告の効力として忌避申立却下の決定はその執行を停止され、爾後の訴訟手続は停止すべきものであるというにある。しかしながら、刑事訴訟法第二十四条が、訴訟を遅延させる目的のみでなされたことが明かな忌避の申立は、決定を以てこれを却下しなければならないことを規定し、この場合には忌避された裁判官がその決定に関与することができないとの同法第二十三条第三項の規定を適用しないことを明示し、且つ刑事訴訟規則第十一条を以て、その場合には訴訟手続を停止するを要しないことを明定している趣旨は、旧刑事訴訟法第二十九条、第三十条の規定と同趣旨に解すべきであつて、旧法の第三十条に相当する事項を新法のもとで規則に譲つたことは、本質的には毫も異るものでないと考えられ、従つて旧法第四百六十二条に相当する新法第四百二十五条において、忌避の申立を却下する決定について、その即時抗告の提起期間及びその申立があつたときは、裁判の執行を停止する旨規定しておるのは、旧法同様に、唯原則を示したものであつて、いかなる場合にも例外を許さない趣旨ではなく、すなわち訴訟を遅延させる目的のみを以てなされた忌避の申立を却下した決定に対してなされた即時抗告は、まさにその例外の場合に該当し、第四百二十五条の適用はなく、裁判の執行停止の効力を生じないものと解すべきである。
けだし、訴訟を遅延せしめる目的のみを以てする忌避の申立は、刑事訴訟法が認容する当事者の正当な権利行使を逸脱するものであることは多言を要しないところであり、かゝる申立は直ちに却下し、訴訟手続を続行し、その遅延を生ぜしめないことこそ、法の精神に合致するものというべくこのことは新憲法施行の前後により特に異る解釈をすべき理由はないからである。而して所論のごとく抗告審において抗告が理由ありとされた場合に爾後の手続が徒労に帰ることは訴訟の迅速と権利濫用排除の要請上已むを得ない結果といわなければならぬ。それ故本件の忌避申立に対し、原審が叙上のごとく認め、直ちにこれを却下する決定をなし、弁護人から即時抗告の申立があつても訴訟手続を停止することなく、審理を進め、判決の宣告をなしたことは、その訴訟経過に徴し、且つ前示法条の解釈からして、まことに正当であり、原審の前示法令の解釈、ひいてその適用に所論のごとく憲法の保障する権利を侵害し、又は忌避制度を実効なからしめることの違法乃至は不当があるというは当らない。論旨は採用することはできない。(中略)弁護人副島次郎の控訴趣意第一点(被告人の出廷なくして開廷した訴訟手続の法令違反)について、
論旨は原審が正当の事由のある公判期日変更の申請を不当に却下し、事実審理の中核をなす第五回乃至第十三回公判期日に、被告人の不出頭のまゝ開廷を強行しており、しかも被告人からの不出頭許可の申請がなく、且つ不出頭許可の裁判もしないまゝ審理して、裁判をしたのは、その訴訟手続に憲法第三十一条、第三十七条第二項、並びに刑事訴訟法第二百八十五条、第二百八十六条、同規則第四十四条第一項三十号の各規定の違反があるというにある。しかし記録を調査すると、本件においては、昭和二十八年五月十二日及び同年五月二十八日の二回に亘り、公訴の提起があつて、原審は当初公判期日を同年六月十八日と指定したが、被告人から四回に亘つて期日の変更申請があつて、順次期日が変更され同年八月十八日(第四回公判期日)に至り、始めて被告人が出頭し、その冒頭手続が実施され、引続き証拠調べがなされて、次回公判期日は同年十月五日として、順次期日の指定がなされたところ、その間被告人から同年十月二日及び十月十九日の二回に亘つて期日の変更申請がなされたけれども、原審はいづれもその都度これを却下し、同年十月五日の第五回公判期日以降十月二十一日の第十回公判期日迄、弁護人の出頭のみで、被告人不出頭のまま開廷して審理を続け、十月二十二日の第十一回公判期日には被告人不出頭のため、検察官の事実及び法律の適用についての意見陳述が翌二十三日の第十二回公判期日に延期され、十月二十四日の第十三回公判期日にも被告人及び弁護人か出頭しなかつたので、さらに十月二十六日に弁護人及び被告人出頭の上で第十四回公判期日を開廷し、被告人の最終陳述を聴いた上結審し、十一月二日の第十五回公判期日に、被告人及び弁護人が出頭して、判決の宣告がなされた経緯が明かである。
そこで、先づ原審が所論の公判期日変更の申請を却下したことの当否について按ずるに、元来刑事裁判においては、刑罰法令の適正且つ迅速な適用実現を図ることがその最も重要な目的の一をなすことは言を俟たないところであり、殊に公職選挙法第二百五十三条の二は、国権の最高機関である国会を構成する議員の選挙が公明且つ適正に行われることを確保しようとする同法の立法趣旨からして、当選した議員の選挙法違反事件は速に訴訟を終結することを要請していることに鑑みると、本件のごとき事案において訴訟を迅速に終結させることについては、被告人自身としてもこれに協力する責務があるのみでなく、これに熱意を示すことこそその利害と一致する筈のものと思料されるとともに、裁判所の訴訟指揮もその方針のもとに推進されねばならない。従つて裁判所としては、国会議員である被告人が国会に出席しないことによつて、国政に重大な影響を受けるような議事が指定の公判期日に行われることが、疏明資料等によつて具体的に明かにされる等真に已むを得ない事由があると認められない限り、単に国会の会期中であるというだけで、公判期日の変更を許容すべきものでないことは自ら明白である。
してみると、本件において、記録に現われた被告人の原審公判期日に出頭し難いとした事情が、最初変更された四回までは、被告人が特別国会における予算委員会理事として予算案の審査に従事しなければならない事情があつたが、所論の期日変更申請当時には、予算の使途に関する国勢調査等のため、東京都を離れ難いことを事由とするものであつたこと及び本件訴訟の経過、その他諸般の情況のもとにおいて、原審が被告人の期日変更の申請を許容しなかつたことは、前に説示したところからしても相当であると認められ、これを不当とする理由は見出し難い。
次に被告人の不出頭のまゝ開廷したことについて考えてみるに、本件事案は刑事訴訟法第二百八十五条第二項に規定する事件に該当するが、原裁判所が被告人の期日変更申請を却下する決定をし、各期日に被告人に召喚状を送達して公判を開廷し、弁護人の立会の上で審理を行つていることが記録上明かであるから、前同条第二項後段に従い、同条第一項後段の例によつて、被告人がその公判期日に出頭しないことを許可したものと認められる。而して冒頭手続を実施する公判期日には被告人及び弁護人が出頭して適法に開廷されていることは記録上明かで、原審が前に説示したごとき本件事案の内容、訴訟の経過からみて、前記の被告人不出頭のもとに開廷された公判期日において、被告人の出頭がその権利の保護のため重要でないと認めたことは相当であつて、これを不当とすべき特段の事情は見出し得ない。ところで記録上被告人から不出頭許可の申請のなされた事蹟なくまた公判調書に被告人の不出頭を許可する旨の決定があつたことが明記されていないことは所論のとおりであるが、被告人の不出頭許可の裁判は、被告人の請求に基いてなされるのが通例であるとはいえ、裁判所が請求を俟たずにその許可をすることを禁止したものと解すべき法規上並びに理論上の根拠はこれを発見することはできないので、裁判所は職権を以て被告人の不出頭を許可し得るものというべくまたこの場合の許可は事実上その旨の決定をすれば足るものと解すべきであつて、原裁判所も同一見解のもとに職権により事実上被告人の不出頭を許可する旨の決定をしたものと認めるのが至当であり、このことは原審が弁護人立会のもとに公判審理を続けていること自体からして自ら窺われるところである。そして該不出頭許可の決定を公判調書に明記しなかつたからとてそのことのみで該公判調書を無効ならしめるものでないことは勿論右訴訟手続を目して法令の違反となすに足りない。
右説示のとおり、本件において原審は、被告人に対し公判期日に出頭する機会を与えることに何等欠くるところがあつたとは考えられず、その出頭の権利を不当に制圧したものとはいえないのであつて、唯適法にその出頭の義務を免除したに止まり、しかも被告人の最終陳述を聴いて結審し、判決していること冒頭説明したとおりであるから、原審の訴訟手続が憲法第三十一条、第三十七条、により保障された被告人の権利を侵害したものというは当らないし刑事訴訟法第二百八十五条、第二百八十六条等の諸規定に違反したものということもできない。それ故原判決には所論のような違法はなく、論旨は採用の限りでない。
(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)