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福岡高等裁判所 昭和28年(う)514号 判決 1953年5月30日

控訴人 検察官 岩下武揚

被告人 小副川久夫

弁護人 山中唯二

検察官 安田道直

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

但し本裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審並びに当審における訴訟費用(各国選弁護人に支給した分)は被告人の負担とする。

理由

検察官の控訴趣意は、記録に編綴されている佐賀区検察庁検察官岩下武揚名義の控訴趣意書記載のとおりであり、弁護人の答弁は弁護人山中唯二提出の答弁書に記載のとおりであるから、いずれもここにこれを引用する。

同控訴趣意(法令適用の誤又は訴訟手続の法令違背)について、

よつて按ずるに、本件記録に徴すると、被告人は米穀の生産者ではあるが、所謂転落農家で、米穀の供出割当を受けて居らない者であるところ、昭和二十七年八月二十四日頃瓦販売業者内田清から屋根瓦二十三枚を代金四千三百七十円で購入するに際し、その代金の支払に代えて、自己生産の糯玄米四斗入一俵を金四千四百円に見積り、これを内田に譲渡し、差額三十円を同人より現金で受領した事実が認められ、該事実について、食糧管理法施行規則第三十七条(昭和二十七年農林、運輸省令第三号による改正前の)に所謂米穀の「売り渡し」に該当するものとして本件の起訴が為されたものであることが明かである。而して論旨は、前示規則第三十七条に規定する売り渡しには、純然たる売買行為のみでなく、交換、代物弁済その他売買と実質上同一の法的効果を有する譲り渡しをも包含し、仮りにそうでなく、且つ被告人の本件所為が売買でないとすれば、同規則第三十八条の規定に違反するものであると主張するにあるが、昭和二十七年十月二十四日農林、運輸省令第三号による改正前の前示規則第三十七条乃至第三十九条の規定について、その変遷の経過を観察し、且つこれを綜合的に考察し、なお食糧管理法第九条に基く一連の法規が、米穀の供出の完遂を期すると共に、供出外の米穀をもできるだけ正規の「ルート」に置くことを目的としていることに鑑みると、本来米穀は政府に売り渡す場合及びその他法定の事由ある場合を除き、これを他に譲渡する一切の行為を禁止することを法の建前とし、唯生産者で、供出割当を受けている者に対しては、その供出確保のためとその報償的意味合いから、供出を完了した場合に限り、売買以外の譲渡が許容されていたのであつて、所謂転落農家として供出の割当を受けない者は、米穀の生産をなすものであるとはいえ、叙上のごとき特権を享受するものでない。それ故供出割当を受けた生産者は前示第三十七条により、供出完了後といえども、政府以外の者に対し米穀を売買することのみを禁止した趣旨であり、従つてその所謂「売り渡し」は純然たる売買行為以外の譲渡行為を包含しないとともに、同条及び第三十八条の生産者とは、本件被告人のごとき米穀の供出割当を受けていない農家を指称するものでないと解するを相当とする。してみると、原審が本件について、売り渡しの事実を認めるに足りる証拠がないものとし、且つ第三十八条を適用すべきものでないと判示したことは、事実の認定及び法令の解釈適用共に正当であり被告人の本件所為が前示第三十七条に規定する売り渡しに該当するとの所論及び第三十八条の規定に違反するとの所論は、何れも当らない。しかし前示両法条に該当しない行為といえども、同規則第三十九条は生産者非生産者を問わず、何人の米穀の処分行為をも広く之を規制せんとする趣旨であるから、食糧管理法第九条、第三十一条による所罰の対象となり得ることは、前に説示の立法の趣旨に照し明白であり、被告人の本件所為は、前に説示のとおり、食糧管理法又は同法に基く命令の規定により定めた場合及び農林大臣の指定する場合でないのに、米穀を政府以外の者に譲り渡したものであるから、同規則第三十九条の規定に違反するものということができる。しかも同規則第三十七条の規定する米穀の生産者が法定の除外事由なく政府以外の者に対し、その生産した米穀を売り渡す所為も一種の譲り渡しであつてこれと、同規則第三十九条の規定する供出割当の有無と関係なく、米穀を所有する者が、法定の除外事由なく、政府以外の者に対し、その米穀の譲り渡し、すなわち所有権を移転する処分行為とは、その基本的事実において同一であり、単にその罰条が異なるにすぎないものであつて、裁判所において前者の起訴事実について、後者の事実を認定するも、新たな争点を追加したことにならず、被告人の防禦に実質的な不利益を生じたものとも認められないので、かかる場合には訴因の変更をも要しないこと、刑事訴訟法第三百十二条の律意に徴し明瞭である。

それで本件については、訴因変更の手続を履践することなく、直ちに前示規則第三十九条を適用処断すべきものであること、まさに検察官の所論のとおりであり、弁護人の答弁中、この点に関する所論は採用し難いから、原審が右と見解を異にし、被告人に対し無罪の判決を言渡したのは、前示法令の適用を誤つたか又は訴訟手続法令に違背し、審理不尽の違法を犯したことに帰着し、右の違法は判決に影響を及ぼすこと明かであるから、原判決は刑事訴訟法第三百九十七条に則り破棄を免れない。論旨は理由がある。

そして当裁判所は本件記録及び原裁判所において取調べた証拠により、直ちに判決をすることができると認めるので、刑事訴訟法第四百条但書に則り、更に裁判をすることとする。

当裁判所が認定した事実並びにその証拠は次のとおりである。

(事実)

被告人は法定の除外事由なくして、昭和二十七年八月二十四日頃、佐賀県佐賀郡小関村大字下小副川の自宅において、政府以外の者である内田清に対し、その所有に係る昭和二十六年度産糯玄米一俵(四斗)を譲り渡したものである。

(証拠)

一、原審第一回公判調書中被告人の供述記載

一、内田清の検察官に対する供述調書の記載

一、被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書の記載

法律に照すと、被告人の判示所為は、食糧管理法第九条第一項、第三十一条、改正前の同施行令第八条、同施行規則第三十九条、罰金等臨時措置法第二条に各該当するので、その所定刑中罰金刑を選択し、所定金額範囲内において、被告人を主文の刑に処し、刑法第十八条に則り右の罰金を完納することができないときは、金壱百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、なお情状に照し、刑法第二十五条を適用し、この裁判が確定した日から参年間その刑の執行を猶予し、原審並びに当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項に従い、被告人をして負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

検察官岩下武揚の控訴趣意

原判決は法令の適用に誤があるか又は訴訟手続に法令の違背があつて判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一、被告人は米麦の生産者であるが所謂転落農家であつて供出割当を受け居らざる者であるところ昭和二十七年八月二十四日頃瓦販売業内田清から屋根瓦二十三枚を代金四千三百七十円(一枚につき百九十円)で購入するに際りその代金の支払に代へて自己生産の糯玄米四斗入一俵を金四千四百円に見積り右内田に譲渡し差額三十円は之を同人より受領したものであるが本件は右玄米の譲渡が食糧管理法施行規則(以下単に規則と称する)第三十七条に所謂「売渡」に該当するものとして食糧管理法違反により起訴されたものである。

二、然るに原判決は被告人の右行為は右法条に所謂「売渡」に該当するものでなく且つ供出割当を受け居らざる被告人に於て前記の如き行為を為すは自由にして法の禁ずるところに非ざるを以て本件は罪とならざる旨判示したのであるが此の見解は左の理由により失当にして法令の解釈適用を誤つたものであると思料する。

三、本来米は政府に売り渡す場合その他法定の事由ある場合を除き他に之を譲渡することはその有償たると無償たるとを問わず之を禁ずるを法の建前とし唯生産者にして供出を完了した場合に限り売買以外の譲渡を許容されていることは規則第三十七条、第三十八条、第三十九条を綜合考察すれば明白である。而して規則第三十七条に所謂「売渡」中には民法に所謂「売買」のみならず之と実質上の効果を同じくする交換、代物弁済等に因る譲渡も包含されるものと解する見解もあり得べく殊に本件の如く米の値段を定め差額は現金にて受領し居る場合に於ては売買と殆んど選ぶところなく尚又現今農家の実状は物品購入につき米等の現品を以て弁済に充つる場合が多いので若し純然たる民法上の売買のみを処罰し右の如き事例の場合を「売渡」に非ずとして不問に付することは却つて法の精神に添わないものと考へられるので本件の如き代物弁済として米を譲渡する行為も規則第三十七条の「売渡」に該当するとの見解の下に本件起訴は為されたものであるが若し法文の文理解釈上右の「売渡」は売買のみに限定されその他の有償譲渡を含まないと解するならば本件は規則第三十八条又は同第三十九条に違反するものである。

四、規則第三十八条は生産者は供出完遂後でなければその生産した米を譲渡してはならない旨規定して居り右に所謂「譲渡」は規則第三十七条との関係上「売渡」以外の「譲渡」と解すべきものであるところ同条は結局生産者にして供出を完了した場合に限りその後の売買以外の譲渡を認める旨規定したものであつてその法意は供出の勧奨と供出完遂に対する報償的意図に在るものと考へられる、従て右の場合以外は生産者は売買以外の譲渡をも禁止され而もその生産者中には割当を受けて未完遂の者は勿論所謂転落農家も包含されるものである。何となれば元来転落農家は自家食糧の限度内に於て米の保有を認められて居るに過ぎないものであるから本来他に売渡し得べき米は皆無であるべき筈であり若し保有米を他に譲渡したとすれば恐らく供出すべかりしものを不当に供出を免れて自ら保有していたものとも認めらるべく然らずとするも自家保有米を他に譲渡したことに因て生ずる不足食糧は法を侵して他より供給を受けねばならぬことともなるので何れにするも之等の行為は米穀の統制を阻害するものと考へられ又転落農家が右の如き供出勧奨的或いは供出完了に対する報償的恩恵を享受し得ざることは当然であるからである。依て本件は規則第三十八条の適用を受けるものと言わなければならない。

五、若し仮に規則第三十八条は専ら供出割当を受けた生産者のみに適用さるべき規定にしてその割当なき生産者に対しては同条の関する処ではないとするならば本件は規則第三十九条の適用を受け同条に違反するものである。

六、結局本件は規則第三十八条或は同第三十九条に違反するものであるところ規則第三十七条違反として起訴されたものを規則第三十八条違反又は同第三十九条違反として認定するには単に罰条の差異のみであるから原審は訴因変更の手続を要せずして直ちに有罪の判決をなし得べく仮に訴因罰条変更の手続を要するものとせば之が手続を履むべきであつたに拘らず事茲に出なかつたのは法令の解釈並に適用を誤つたものであるか又は訴訟手続に法令の違背があり、何れにしても判決に影響を及ぼすこと明らかであるから結局原判決は破棄を免れない。

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