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福岡高等裁判所 昭和28年(う)777号 判決 1953年5月25日

控訴人 被告人 岩井武男

弁護人 諌山博

検察官 白土八郎

主文

本件控訴を棄却する。

当審の未決勾留日数中七十日を原審の刑に算入する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人諌山博の控訴趣意は記録に編綴されている同弁護人及び被告人各提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

被告人の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意第一、二点について、

原判示事実は総て原判示の証拠によりこれを認むるに足り記録を精査するも原判決には事実誤認の違法は存しない。従つて原審が原判示第二、第三の事実を認定し被告人の本件第二、第三の各所為を夫々詐欺及び恐喝と断じたことは相当である。尤も原審公判廷において被告人が原判示第二事実中の日時場所において八百七、八十円を所持していた旨の供述をなしたことは原審第三回公判調書中の被告人の供述調書に徴し明白であるけれども右は原判決の証拠として採らなかつたものでありその他所論は原判決の引用しない証拠に基ずき原判決を攻撃するものであつていずれも理由がない。

弁護人の控訴趣意第三点について、

原判決及び原審第三回公判調書によれば弁護人が被告人は本件犯行当時精神病者であり詐欺及び恐喝未遂はいずれも無罪である旨主張したのに対し原審が何等これに対する判断を示さなかつたことは洵に所論のとおりであつて右の判断遺脱は刑事訴訟法第三百三十五条第二項の規定に違反すること勿論である。しかして旧刑事訴訟法時代においては右の場合は旧同法第四百十条第二十号に所謂「判決に示すべき判断を遺脱したとき」に該当し絶対的上訴理由となつていたのであるけれども現行法の下においては右につき特に明示しないから右の場合は或は判決に理由を附さない違法となるのか或は訴訟手続に法令の違反があるのか或は法令の適用に誤があるのかにつき疑問を生ずるのであるが刑事訴訟法第三百三十五条第一項によれば罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用の三者を以て有罪判決を基礎ずける理由としていることが明白であるところ同条第二項の判断の如きは右有罪判決を基礎ずける直接の理由とは謂われないから右の判断遺脱は判決に理由を附さない場合には当らないと謂うべきである。結局かかる訴訟を追行するにあたり遵守すべき法令に違反したものはすべて刑事訴訟法第三百七十九条にいわゆる訴訟手続に法令の違反がある場合に該当するものと解するのが相当である。従つてその違反が判決に影響を及ぼすことが明らかでなければ控訴理由として主張し得ないことは同条の規定上明白であるところ本件においては前認定の如く被告人の判示第二の詐欺及び判示第三の恐喝未遂の事実はいずれも原判決引用の証拠によりこれを肯認し得るのみならず原審証人蒲池格の供述記載其の他原審の取調べた証拠によれば被告人は本件犯行当時心神耗弱は勿論心神喪失の状態になかつたことが明白であるので原審における弁護人の右主張は理由がないのであるから原審がこれに対する判断を示さなかつた違法は結局において判決に影響を及ぼずものでないと見るべきである。論旨は採用に値しない。

弁護人の控訴趣意第四点について、

しかし、本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われた被告人の性格、年齢、境遇、並びに本件犯罪の動機、態様その他諸般の情状及び犯罪後の情況等を考究しなお所論の情状を参酌しても原審の被告人に対する刑の量定はまことに相当で、これを不当とする事由を発見することができないので、論旨は採用することができない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に従い、本件控訴を棄却し刑法第二十一条により当審の未決勾留日数中七十日を原審の刑に算入し刑事訴訟法第百八十一条第一項に則り当審の訴訟費用は被告人の負担とし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下川久市 裁判官 青木亮忠 裁判官 鈴木進)

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