福岡高等裁判所 昭和28年(ナ)1号 判決
原告 浦島哲夫 外四名
被告 熊本県選挙管理委員会
一、主 文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告等は、被告が昭和二十八年二月二十一日附熊本県選挙管理委員会告示第九号をもつてなした、昭和二十七年十月五日執行の熊本県玉名郡長洲町教育委員会委員選挙の当選の効力に関する異議申立に対し、同年十一月十六日長洲町選挙管理委員会がなした決定はこれを取消す、同年十月五日執行の長洲町教育委員会委員選挙において当選人と決定された吉田三男の当選を無効とする旨の裁決を取消すとの判決を求め、その請求の原因として、熊本県玉名郡長洲町教育委員会委員選挙は昭和二十七年十月五日執行され、原告等は該選挙における選挙人であるが、右委員の定数は四名、候補者数は七名で開票の結果は次のとおりであつた。即ち
当選 六六六票 福浦保
当選 六五一票 用木俊
当選 六四三票 田宮貞秋
当選 五六七票 吉田三男
次点 五六六票 清住尊義
四六一票 塩永功助
二八票 漁原秀雄
ところで、これに対し選挙人高瀬きじゆ外一名は、無効投票中「西住」と記載されたもの三票、「西住氏」、「にしづみ」及び「にしずみ」と記載されたもの各一票、「清水」と記載されたもの一票、「ウオツミ」と記載されたもの一票計八票は、いずれも候補者清住尊義に投票されたものと認定すべきであるから、清住尊義が当選者であると主張し、同年十月十九日長洲町選挙管理委員会に対し異議申立をなしたところ、同委員会は同年十一月十六日右八票は候補者以外の者の氏名を記載したもので、いずれも無効投票であると判定し、右異議申立棄却の決定をなした。そこで右異議申立人高瀬きじゆ外一名は、同委員会の決定を不服として同年十二月六日被告に訴願したところ、被告は昭和二十八年二月二十一日附同委員会告示九号をもつて請求趣旨記載のような裁決をなした。そしてその裁決理由の要旨は、前記無効投票中「清水」と記載された一票を除く以外の七票は、候補者以外の者の氏名を記載したもの及び候補者の何人を記載したか確認し難いものと認めて、いずれも無効投票と判定すべきであるが、「清水」と記載された一票については、候補者中これに類似の姓は清住一人であり「水(みず)」と「住(ずみ)」とは発音が上下反対になるだけであつて、諸般の事情から候補者清住の誤記と認めて清住の有効投票と判定するのが相当であるというのである。しかしながら今日の公職選挙は立候補制度を採用しているけれども、選挙人がすべて候補者の氏名を知悉しているものとは考えられず、殊に長洲町のようにその生活程度の低い地方においては、なおさらそうであつて選挙人は自己の信用する人であれば、立候補の有無や当落等を考えずに投票する実例はいずれの選挙においても枚挙にいとまない現状である。又今日の無記名投票制度の下においては、候補者の氏名を明確に記載してない投票をもつて選挙人の意志がいずれにあるかを判定することは至難であり、投票の記載そのものから判定する以外に途はないのである。ところが本件選挙において、現職の青年団長福浦保は前記のように最高点で当選し、前任の青年団長清水重人は昭和二十七年七月まで数ケ年青年団長をつとめ、町の中心街たる西新町に居住し先祖代々履物類と各種新聞雑誌の販売業を営み、長洲町で「清水」といえば「前青年団長で履物と新聞の清水」と町民の脳裡に浮ぶ程の清水である。そして本件選挙当時青年団長立候補の声高く、前青年団長清水重人は団長を辞して未だ二ケ月余しか経過しておらず、選挙人約四千五百人中には青年団長の更迭を知らない者もある情況であつた。してみれば前記の「清水」と記載された一票は、右のような情況に鑑み前青年団長清水重人が立候補したものと考え違いして同人に投票する意志で記載したものと判定するのが至当であり、該投票が漢字を用いて明確に「清水」と記載してある点から考え又運筆上から判断しても到底これを清住に対する投票とは判定できない。なお「清水(きよみず)」なる地名は福岡県内にあるやに聞き及んでいるが、人の姓に「清水(きよみず)」なる者は長洲町内にはないのみならず、他にその姓あるを聞知せず、人の姓に「清水」とあるは「しみず」と呼称するのが通例であり常識である。以上いずれもの点から判断しても「清水」を清住の投票と判定するのは相当でない。
よつて被告が地元の前記実状を考慮することなく、単に無理すれば観念上読み得るというだけの観点から「清水」と記載した投票を清住の有効投票と認めてなした請求趣旨記載の裁決の取消を求めるため本訴請求に及んだ旨陳述し、なお本件選挙における投票中「清水」と記載されたものは一票のみで、それには名の記載はなく他には名の記載の有無にかかわらず氏を「清水」と記載した投票はないと附陳した(立証省略)。
被告代表者は、主文と同旨の判決を求め答弁として、原告等主張事実中、原告等主張の日熊本県玉名郡長洲町教育委員会委員選挙が執行され、原告等がその選挙人であること、該選挙における当選人の定数及び候補者の氏名、員数並に各候補者の得票数が原告等主張のとおり決定されたこと、これに対し選挙人高瀬きじゆ外一名が原告等主張のような理由により長洲町選挙管理委員会に異議申立をなし、同委員会は原告等主張の日主張のような決定をなしたこと、高瀬きじゆ外一名が原告等主張の日右決定に対し被告に訴願し、被告は原告等主張の日主張のような裁決をなしたこと及び本件選挙における全投票中「清水」と記載されたものは一票のみで、それには名の記載はなく他には名の記載の有無にかかわらず、氏を「清水」と記載した投票のないことは、いずれもこれを認めるが、その余は否認する。
公職選挙法第六十七条後段の規定の趣旨に鑑みるときは、投票の効力は投票の記載、用いられた投票用紙等専ら形式的なものを基礎とし、投票の秘密と選挙の公正とを保持しながら、選挙人の意志を客観的に推測し且その意志を最大に尊重して決定さるべきものであり、今日の選挙がすべて立候補制度をとり、しかも選挙運動が活溌に行われる以上、選挙人は候補者中何人かに投票する意思があるものと推測すべきである。このことは国であると県又は市町村であるとを問わず、いやしくも法の規定にもとずいて行われる選挙にあつては当然適用さるべき規定であつて、原告等主張のように選挙人の生活程度等により主観的見地からこれを判断すべきではない。仮に本件選挙当時原告等主張のような地方的情況にあつたとしても、清水姓の選挙人が前青年団長清水重人を含めて二十数名実在するにかかわらず「清水」と記載した投票は僅かに一票存するだけであるのに反し、現町長西住の姓を記載した投票が六票も存した点から考えると清水姓の選挙人をさほど地方的に著名な選挙人であると断定する資料とはならないばかりか、青年団長の更迭すら知らなかつた選挙人があるとの原告等の主張とも明に矛盾するといわなければならない。従つて被告が「清水」と記載した投票を候補者清住の音読感から「清住(きよずみ)」を「清水(きよみず)」と誤記したものと判断して清住の有効投票と認定したのは何等違法でなく、原告等の本訴請求は理由がない旨述べた(立証省略)。
三、理 由
原告等が昭和二十七年十月五日執行された熊本県玉名郡長洲町教育委員会委員選挙に際し、いずれも選挙人であつたこと、右選挙に際し訴外吉田三男、清住尊義外五名が立候補し、開票の結果当該選挙会において吉田三男は得票数五百六十七票で最下位の当選者に、清住尊義は得票数五百六十六票で次点者に決定されたこと、選挙人高瀬きじゆ外一名がこれに対し原告等主張のような理由で長洲町選挙管理委員会に異議申立をなしたところ、同委員会は原告等主張のような理由で右異議申立棄却の決定をなしたこと及び高瀬きじゆ外一名は同委員会の決定を不服として被告に訴願し、被告が原告等主張の日その主張のような裁決をなしたことは、いずれも当事者間に争がない。
そこで本件係争の「清水」と記載された投票を候補者でない者の氏名を記載したものとして無効と認めるべきかどうかにつき考えてみるに、およそ公職の選挙において、投票に候補者以外の他の実在する人の氏名を完全明確に記載された場合には、これと類似の氏名の候補者があつても、その候補者の氏名の誤記と認めるよりも候補者でない実在の人物に投票する意志が表現されているものとして無効と認めるべきであるけれども、候補者制度を採る現行法の下においては、選挙人は候補者中の何人かに投票する意志があつたものと推定すべきであるから、単に候補者に類似の姓のみを記載したに過ぎない場合は、候補者以外の特定の人物に投票する意志が表現されているものとはいえず、むしろ類似の姓の候補者の誤記と認めるのを相当とするところ、本件についてこれをみるに、本件選挙に際し清水姓の選挙人は長洲町前青年団長清水重人を含めて二十余名あつたことが本件弁論の全趣旨から窺えるのであるが、本件係争の一票には「清水」とだけ記載され名の記載がなく、そして本件選挙に際し立候補した者の中、姓の頭文字に「清」の字のあるのは清住を除いては外にないことは当事者間に争がなく又「清水」と「清住」とは一字違うだけで発音上も類似するので、これをもつて候補者以外の前記清水重人又は他の清水姓の選挙人に投票する意志が表現されているものとは断じ難く、むしろ候補者清住の誤記と認めるのを相当とする。従つて右一票は、これを候補者以外の氏名を記載した無効投票と認めるべきでなく、清住尊義の有効投票として加算すべきものといわなければならない。
原告等は本件係争の一票は候補者以外の地方的著名人たる清水重人に対する無効投票と認定すべきである旨主張し、その理由としている地方的情況を述べるけれども、要するに本件選挙当時における、その地方の情勢により投票の記載が候補者以外の何人かを表示したものと推定すべき事情の存する場合には、その者に対する投票と判定するのが相当であるというのである。なるほど個々の具体的事実の如何によつて或は候補者以外の者に対する投票と認めるのを相当とする場合もあろうが、本件係争の一票には前記のように「清水」とのみ記載され、名の記載はなく、又全投票中、名の記載の有無にかかわらず氏を「清水」と記載されたものは僅かに一票だけで他には存しないことは当事者間に争がないので、この事実に徴するときは、該投票の記載が原告等主張の地方的著名人たる清水重人の氏名に完全に符合するでもなく、又同様の投票が他にも相当数あつたわけでもないから、仮に原告等主張のような地方的事情があつたとしても、単に姓のみを記載した本件係争の一票を直に右清水重人に対する投票と推定し、類似の候補者清住の有効投票たることを否定する根拠となすに足りないものと認めるべきであるから、原告等の主張は採用の限りでない。
そうだとすれば、被告が本件係争の投票を無効と判定した長洲町選挙管理委員会の決定を取消し、吉田三男の当選を無効とする旨の裁決をなしたのは相当であつて、原告等の本訴請求は理由がないものといわなければならない。
よつてこれを棄却すべものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 野田三夫 川井立夫 天野清治)