福岡高等裁判所 昭和29年(う)1359号 判決
判決理由〔抄録〕
そこで右の様な事情の下において乗合自動車を発車せしむるに際し運転者が尽すべき注意義務の程度、範囲について考察するに、板塀と乗合自動車車体との間に挾まれた極めて狭隘な場所で乗車しようと乗降口に集って来た積残し客は停車中はさほど危険を感じないため乗れないからといって必ずしも直ちに全部そこから離散するものとは謂い難く、その儘発車するにおいては車体附近の積残し客は車の進行開始により始めて危険を感じ反射的に後退せんとし、しかも後方は他の積残し客と板塀に密接して之に妨げられ自由に動けないため動揺を来し事故発生の危険なきを保し難いのである。従って斯る特殊の情況下においては乗合自動車運転者たる者は出発に際し自動車前方のみならず左方積残し客の存在に十分注意を払い事故の発生防止に万全の措置を講ぜねばならない。ところが左方は乗客のため視界を遮られて自ら直接危険の有無を確認するに由ないから車掌をしてその衝に当らしむるの外なく、かくて運転者は通常の場合の如く乗務車掌の一遍の発車合図に従うことを以て能事終れりとなすべきではなく、積極的に車掌を介して車体附近の積残し客が安全な場所に避譲しているか否を確かめ、若し車体附近に佇立する者あれば車掌をして之を避譲せしめ安全を確認した上発車するか、又は車掌をして常に車体附近に居る積残し客の動静を監視せしめつつ発進し若し車の進行開始により危険を感じて動揺し転倒せんとする者ある時は直ちに停車の合図をなさしめ、以て事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務あるものと謂わねばならない。