大判例

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福岡高等裁判所 昭和29年(う)1584号 判決

原判示第二の事実のうち、判示犯行に至るまでの事情並びに判示殺害の所為が判示のように殺意に出たものである事実は、原判決の挙示引用にかかる関係証拠によつてこれを認定しえられないことはなく、証拠に関する原審裁判官の判断過程に経験法則の違背等特に不合理と目すべき事由があるものとは認められず、原判決に所論のような判決に影響を及ぼすべき事実誤認の違法があるものとは認められない。判示犯行に至る動機原因等諸般の事情につき、原判決も、判示野村隆行において被告人に対しチンピラ云々と申向けたことがその発端となつた旨、なお判示野村隆行において被告人を判示場所に連行した上被告人の顔部を殴打したため被告人においてこれに激昂した旨の事実を認定しているのであつて、右認定の趣旨は、必ずしも所論のように判示野村隆行の被告人に対する攻撃が被告人の排発によるものであることを認定した趣旨でないことは、判文自体によつて明らかであり、判示犯行に至るまでの事実に関する原判決の摘示は、遂一詳細にして委曲をつくしたものとはいい難いとしても、刑の量定の基礎となるべき事情としては、その必要にして十分な大要の摘示をつくして間然するところがなく、しかも右の判示事実は、原判決引用の関係証拠によつてこれを認めえられること前述のとおりである。

次に、殺意の点に関し、これを肯認すべき直接証拠の存しないこと、殺意の点に関し、被告人は終始これを否認するのみならず、却つて判示傷害の所為に出るにあたつては大きな傷を与えないように特に下の方を突いた旨を述べ、致死の結果を生ぜしめないように積極的な考慮をさえめぐらした趣旨の供述をしていることは論旨指摘のとおりである。

しかし、被告人の供述といえども他の証拠に照らして措信するに足りないと判断される場合においては採用されないこともありうべく、また、事実認定の証拠は必ずしも直接証拠のみに限られないことは言を俟たない。本件兇器が刃渡り約一三、五糎の鋭利な匕首であること、鑑定人医師広沢正久の鑑定書の記載によつて明らかであるように、判示野村隆行の受けた創傷の部位程度は、(一)、左耳上方七糎の部より上口唇部に斜走し、骨損傷、左鼻翼離断等を伴う長さ一四糎の切創、(二)、股動脈、股静脈の切断を伴う左大腿上部剌創、(三)、幅三糎、深さ一〇糎に及ぶ左大腿下部剌創等である事実、判示野村隆行は右の(二)創による失血のために受創後約一時間にして死亡した事実、右兇器の性状、創傷の部位程度等から推認される被告人の判示野村隆行に対する攻撃手段の態様は、健全な常識に照らし、一般的に殺人に至る可能性がきわめて強度であると判断されるのが合理的であること、このような攻撃手段が現実に用いられた場合においては、行為者の精神状態に特に正常でないものがあつたとさるべき特段の事由がない以上、行為者には殺害の結果につき少くとも未必的な認識があり、結果の発生を意に介することなくしてその所為に出たものであると認めるのが相当であること、判示所為の当時被告人の精神状態に特に正常でないものがあつたと目すべき特段の事由があるものとは認められないこと等、これら諸般の事情に徴するときは、本件所為の当時被告人には、少くとも未必的の殺意があつたものと認めるのが相当であつて、被告人に殺意があつたものとする原判決に所論のような事実誤認の違法があるものと認められないこと、これまたさきに説示したとおりである。この点に関する論旨は採用の限りでない。

同第二点(審理不尽)について。

自首の事実に関し、裁判所において職権または訴訟当事者の申立により調査をするのは格別、訴訟当事者より何らの主張がなされないのに、これが調査をしなかつた事実をとらえて、判決に影響を及ぼすべき審理不尽の違法があるものということはできない、原審において訴訟当事者より自首に関する主張のなされた事実を認むべき何らの事跡なく、原判決に右の審理不尽の違法ありとする論旨は理由がない。

仮りに右の自首に関する当審における主張が、原判決の刑の量定の不当を証明する事由としての主張であるとしても、自首の事実が刑の量定の不当なることの立証のために欠くことのできないものである旨、並びに右の自首の事実を立証するためとして、当審において申請される証人佐藤警部補の取調の請求が原審においてなされなかつたのはやむをえない事由にもとずくものであつた旨の事由については、いずれもその疎明がないので右の証人の取調請求は却下されるのほかない。

(裁判長裁判官 柳原幸雄 裁判官 大曲壮次郎 裁判官 岡林次郎)

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