大判例

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福岡高等裁判所 昭和29年(う)1664号 判決

原判示第三の事実については、原判決の挙示した関係部分の証拠並びに当審でした検証の結果を綜合すると、被告人は判示日時頃、判示伊藤嘉市方東側に到り、その場で喫煙した際、たばこの火付に使つた燃えているマッチの軸木を、地面に捨てずに誤つて同家東側下屋物置に在つた竹籠の中に投げこんだため、その残火がたまたま竹籠の中に在つた鉋屑に燃え移り、火焔があがつたので驚きと恐ろしさの余りうろたえてそのままそこから逃げ出したため、火は漸次勢を増して遂に判示のとおり人の現在する伊藤嘉市方家屋の一部を焼燬したとの事実が認められる。

ところが、原審は、判示第三として、被告人は判示日時判示伊藤嘉市方東側に到りその場で喫煙した際、マッチの残火を同家東側下屋物置にあつた鉋屑の中に誤つて投げこんだところ、これが鉋屑に燃え移り火勢より家屋に延焼することを認めながら消火、求援の措置をとることなくその場を逃走し以て右伊藤嘉市その家族が現に居住している杉皮葺木造建造物に放火し因つて右家屋の一部分等判示のとおり焼燬したものであるとの不作為による故意の放火罪の事実を認定しこれを刑法第百八条に問擬処断しているが、自己の故意に帰すべからざる原因により既にある物件に発火した場合において、不作為による放火行為は、これを消し止むべき法律上の義務を有し且つ容易にこれを消し止め得る地位に在る者が、その既発の火力を利用し該物件を燃焼する意思を以て鎮火に必要な措置を採らないことによりなされるものであるところ、原判決の挙示した証拠によつては、前記認定のとおり被告人が漫然投げ棄てたマツチの燃えている軸木が誤つて軒下の物置の竹籠に入り、その残火が中の鉋屑に燃え移つたのを見て驚きと恐ろしさの余りうろたえて急遽そこから逃げ出したという事実が認められるだけであつて、なるほど、被告人は鉋屑の燃え上るのを見た場合直ちにこれを消し止めねばならなかつたものであり、しかも容易にこれを消し止め得たものではあるが、被告人が右軸木の残火が鉋屑に燃え移つたのを見て、故らにこれを放置し、その既発の火力を利用して人の現在する判示伊藤嘉市方家屋を焼燬する意思を以て消火その他の方法を採らず不作為に出たとの事実は毫も認められないので、被告人の右所為が失火罪として論議され得る余地のあることは格別原判決が挙示の証拠により右のとおり不作為による放火罪を認定したのは、虚無の証拠により事実を認定したことになり、事実と証拠とが、くいちがつていることが明らかであるから、原判決は刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百七十八条第四号に則り破棄を免かれない。論旨は結局理由あることに帰する。

(中略)

当裁判所の認定した犯罪事実竝びに精神状態に関する事実及びその証拠は原判示事実中(三)のうち放火罪に関する部分を削除してこの事実を後記のとおり認定し且つ関係部分の証拠に、更に「当審でした検証の結果」を附加する外、原判決の罪となるべき事実及び証拠と全く同一であるからこれを引用する。

当裁判所の認定した(三)の事実、

同日午前二時過ぎ頃、同市西唐人町二丁目四十六番地伊藤嘉市方東側に到りそこでたばこを喫んだが、凡そ道路上でたばこを喫む者は、その火付に使つたマツチの軸木を所かまわず捨てればその残火が可燃物に延焼し公共の危険を生ずる虞もあるので、その軸木の消火措置をとつて残火のないことを確認した上で捨てるなり、或はこれを捨ててもその残火から他の可燃物に引火する虞の全くない安全な場所に捨てるなど苟しくも捨てた軸木の残火から他の可燃物に延焼することのないよう周到な注意を以て始末しなければならない義務があるのにかかわらず、酒に酔つていたことでもありその義務を怠つて軽卒にも、たばこの火付に使つたマツチの未だ燃えている軸木を、そのまま漫然投げ捨てたため、それが同家東側下屋物置におかれていた竹籠(縦約六十糎、横約八十糎、高さ約五十糎位)の中には入りその軸木の残火から、たまたま中にあつた鉋屑に燃え移り、火は漸次勢を増して更に同物置の杉皮天井から同家屋の外側板壁天井に燃え拡がり以て伊藤嘉市及がその家族の現在する同家杉皮葺木造家屋の天井、外側板壁の一部分及び下屋物置の杉皮天井等を焼燬したものである。

(以下省略)

(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 大曲壮次郎)

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