大判例

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福岡高等裁判所 昭和29年(う)826号 判決

しかし、原判決が証拠にあげている被告人の司法警察員に対する供述調書には「私は殺すつもりで絞めたが、マダムがギヤツといつた瞬間、長女と長男が眼を醒まし、わんわん泣き出した、その子供の泣き顔をみて私の気持もゆらぎマダムを絞殺することができなかつた」との供述竝びに被告人の検察官に対する供述調書には「私が押えつけた瞬間、マダムが「ギヤツ」というよらな悲鳴を一声立てたので寝ていた節子と数也とが目を醒まし、蒲団の上に起き上り私のしている様子をみて「母ちやん母ちやん」といつて泣き出した。私は三十秒か一分位マダムの首を絞めていたが子供達が泣き出した様子をみてマダムを殺してしまえばこの子供達が可愛想だという気が起るとともに、自分は大変なことをしたという反省の気持も起つたのでマダムを殺すことを断念して手を放した。私は、既にマダムが死んだと思つて手を弛めたのではなく、未だ決して死んではいないと思いながらこれ以上押えて殺すという気がなくなつて手を弛めた、私が手を弛めてから十秒位もした頃マダムはパツト起き上つて便所に行つたので私も安心して自分の部屋に帰つた」との供述があるばかりでなく、記録上明白なとおり、被告人は右犯行後、判示野田方二階のバンドステージに腰かけていてまもなく巡査に逮捕されるに際し、「すみませんでした」といつて極めて温順であつた事実などを考え併せると、被告人が犯罪の実行に着手した後これを中止したのは、幼児達が泣き出したため、犯罪が発覚し、逮捕されることを怖れたことによるものではなく、公訴事実のとおり「泣き出した幼児に憐憫を覚え飜意した」ことによるもので、反省悔悟した被告人自らの意思により任意に犯罪の実行を中止したものとみるのが相当であるから、被告人の本件所為は障碍未遂ではなく、まさしく中止未遂に当るものといわねばならない。

(後略)

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