大判例

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福岡高等裁判所 昭和30年(う)2783号 判決

よつて記録を精査するに、所論の如く小田正は昭和三〇年二月二七日公職選挙法違反の容疑で逮捕され、同年三月二日勾留状の執行を受けたところ、検察官木村博典は書面に依り同月五日捜査上の必要に基き弁護人又は弁護人となろうとする者と小田正との接見又は物の授受に関しその日時を「昭和三〇年三月五日より同月九日までの五日間を除く毎日午前八時より午後五時まで」と指定し、次いで検察官田中誠一は書面に依り同月一五日同様の理由により右日時を「昭和三〇年三月一〇日より同月一七日までの八日間を除く毎日午前八時より午後五時まで」と指定したこと、検察官は同月一〇日坂本弁護士の小田正に対する接見申出を許可しなかつたこと及び裁判官が接見禁止決定をなしたことが認められる。然し記録によれば坂本弁護士に対し前記不許可にした外接見を禁止したことは肯定できない。而して三月一五日指定の接見日時除外期間の中指定日以前である同月一〇日より一四日までの期間に対する遡及指定は法律上その効力を生ずるに由なく尚記録によれば検察官は前記書面による指定の外口頭による指定をなしていないことが窺えるから、右期間は所謂接見禁止期間に該当しないものと謂わねばならないから、三月一〇日検察官が坂本弁護士の接見申出を許可しなかつたことは違法の措置たるを免れない。かくて小田正は二月二七日より三月二一日までの拘禁期間中検察官の接見日時指定により弁護人等との接見禁止を受けたのは形式上は兎も角実質において三月五日より同月九日までと同月一五日より同月一七日までゞあり、しかも記録によれば坂本弁護士は二月二七日小田正の逮捕直後同人と面接しており、中川弁護士も亦三月九日と同月一八日の二回同人と面接していることが窺われるのみならず、同人が原判示選挙において占めていた地位の重要性と同人に対する被疑事件が複雑多岐にして容易に真相をつかみ難き点に徴すれば、検察官の前記各指定の措置は所論の如く刑事訴訟法第三九条第三項但書の規定に違反し、小田正が弁護人に依頼し防禦の準備をする権利を不当に制限したものとは認め難く尚憲法第三四条第三七条の規定の趣旨に反するものとも云えない。尤も坂本弁護士の接見申出を許可しなかつた検察官の措置が違法であること竝に裁判官による接見禁止の行われたことは前記説示のとおりであり、又小田正が当時神経痛等のため身体に幾分不調を来していたことは記録により認められないことはないが、これ等の事実を以て直ちに小田正がその拘禁中検察官に対してなした供述を所論の如く本件公判準備期日における同人の供述よりも信用すべき特別の情況が存在しないと断定することはできない。殊に昭和三〇年三月六日附供述調書は同月一〇日における検察官の前記不許可の措置と何らかかわりなき所である。次に小田正の検察官に対する各供述調書の記載内容からは所論の如くその供述が任意性の極めて稀薄であるとは到底認められない。小田正の検察官に対する各供述調書謄本、原審公判並びに公判準備における証人小田正の証言を仔細に検討すれば検察官が同人の取り調べに際し強制、誘導等その供述に不当な影響を与えたことを疑わしめる形跡は認められず、同人は極めて任意、卒直に事件当時の模様を詳細且つ整然と供述していることが窺われ、該事実に被告人の本件についての弁疎を考慮すれば公判準備期日における証人としての供述よりも右供述調書を信用すべき特別の情況が存在すること及び該調書の任意性を肯定することができる。従つて証拠能力あることは勿論であるから原審が右各供述調書を採つて以て原判示事実認定の証拠に供したのはまことに相当であり、原判決に所論の如き法令違反、理由不備は存しない。論旨は理由がない。

(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 中村荘十郎)

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